2023年6月10日土曜日

2023.06.10 小林紀晴 『まばゆい残像 そこに金子光晴がいた』

書名 まばゆい残像 そこに金子光晴がいた
著者 小林紀晴
発行所 産業情報センター
発行年月日 2019.11.27
価格(税別) 1,000円

● 金子光晴の旅の跡を追いながら,自分の越し方を振り返る。著者もその折々の旅や出会った人のことを綴った紀行文をいくつも出している。
 その多くを,ぼくは購入していた。たぶん,写真に惹かれて買ったのだと思うが,読んだのはその中の一部に過ぎない。書棚を探して,未読のものを引っ張り出して読んでみよう。

● 金子光晴の作品も中公文庫になっているのは全部持っていたはずだ。それらも読まなくちゃな。
 本書では金子の詩のいくつかが引用されている。巻末に参考文献がまとめられているが,それによると岩波文庫と集英社文のから詩集が出ているようだ。それも書店で探してみよう。

● 以下に転載。
 金子はすでに存在せず,新たな創作物はない。だというのに,常に新鮮に感じてきた。おそらくこの先においても変わらないだろう。自分が常に変わってゆくからだ。(p5)
 刺激的なもの,旅先に好奇心を抱かせてくれるものを求めていたのだ。それでいて実際の私の旅はおどおどしたものだった。尻込みしながら,仕方なく前に進んでいたという感じだった。地味で静かなものだった。(p19)
 私は長いあいだ甲板に出て海を見ていた。帰国するための数人の中国人も同じように甲板に出て遠くを見ていた。彼らの多くは双眼鏡を持っていて,じっと遠くを見つめていた。真剣に見続けるものなど,どこにも存在しないはずなのに。(p30)
 それまでの旅はいってみれば出会い頭や刺激を求めていた。目的など必要なかった。初めての場所,初めて口にするもの,初めての風景に触れることで起きる摩擦熱のようなものだけで十分だった。しかしそれらを求める過程をすでに通過していた。(p47)
 旅とは常に心もとなく,寄る辺ないものである。そこに先人の痕跡などが見えると,急に頼もしくなる。ただし,二〇代の頃の私はそれをたいして求めていなかった。(p75)
 旅人は異質な存在だ。昨日までその地におらず,なんの関わりもなく,またふらりと明日いなくなる。責任というものがほとんど介在しない。同じ場所で少しずつ関係を構築したり深めていくこともたいしてない。(中略)私はあるときから,それにある種の寂しさや物足りなさを感じるようになった。(p86)
 金子の詩に限らず,詩にはそんなところがある。ある年齢,ある状況,ある環境になったとき急に自分に響いてくることが。それは写真に似ていると感じる。観る側の力に委ねる部分が大きいからだ。(p109)
 私もかつての旅のことを時々考える。正確にはふとした瞬間に脈絡もなく,ある情景が甦るといった方が正しい。(中略)そんなふうに頭に浮かんでくる情景は,不安だったり心細かったりする場面ばかりだと気がつく。(中略)そんなふうに頭に浮かんでくることの多くは,写真に撮ることができなかったことに気がつく。たとえ撮れたとしても面白みにかけるということにも。(p112)
 最後に残るものは記憶だ。それもかなり偏ったそれだ。それを反芻することが新たな旅,あるいは旅の成熟といえるのではないか。(p113)

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