書名 日本社会の歴史・下
著者 網野善彦
発行所 岩波新書
発行年月日 1997.12.22
価格(税別) 640円
● 江戸末期まで。明治以降はほんとの駆け足。
あとがきを読むと,本書は相当な難産のすえに生まれたもので,その分,著者としても思い入れの強い著作になったのではないかと思われる。
● いくつか転載。
この時期に出現し,のちに「東山文化」として結実したいわゆる伝統的芸能は,ほとんどがこれらの被差別民と何らかのかかわりをもっていたということができる。ここにこの時期の文化を考える上での大きな問題の一つがあるといえよう。(p50)
この時期(16世紀)には,商工業にプラス価値をおき,「農人」の営む農業を苦しみの多い生業として低く見る見方も,社会の一部にかなりの力をもつようになってきた。これは,従来の,日本国の統治者の支配を支えてきた「農本主義」的な思想とは明らかに異質であるが,真宗,日蓮宗,さらにキリスト教はこうした「重商主義」的な思想に対して肯定的で,それを支える役割を果たしていた。(p85)
このころのポルトガル人は戦争による物の掠奪とも関連して,日本人奴隷の売買を行っており,秀吉は国内の戦争での人の掠奪・売買を禁ずるとともに,ポルトガル人による日本人売買を禁じたのである。(p106)
禁じて,それを実効あらしめることができたのだから,当時の日本の軍事力は世界屈指のものであったはずだ。そうでなければ,ポルトガルの宣教師がおとなしく引っこむはずがない。
● 明治以降のいうなら国家の歴史観について,著者は相当な批判,不満を持っている。このあたりが網野史観の真骨頂になるのかもしれない。
日本列島はアジア大陸の北と南を結ぶ懸橋であり,こうした列島の社会を「孤立した島国」などと見るのは,その実態を誤認させる,事実に反し,大きな偏りをもった見方であるが,明治国家のつくり出したこの虚像は,最近にいたるまで研究者をふくむ圧倒的に多くの日本人をとらえつづけ,いまもなおかなりの力を持つほどの影響力を及ぼしつづけているのである。(p153)
海,川,山における生業や小規模な商工業はすべて切り落とされ,いちじるしく農業に偏った社会の「虚像」がつくり出されていくことになった(p154)
日本人は,すでに北海道のアイヌの世界や「ウタキ」を信仰する沖縄に対してもそうしてきたように,水田を開拓するとともに,そこに必ず鳥居を持つ「神社」を建て,その地域の人びとにその信仰を強要したのである。 これはさきの「大和民族」の優越意識と結びついて,長い歴史と独自な文化をもつアイヌや琉球,さらに植民地とした台湾,南樺太,朝鮮半島等の人びとの固有の言語を否定して,日本語の使用を強制し,日本風の姓名を名のらせて戸籍にのせた上で,天皇への忠誠(皇民化),崇拝を強要して恬然たる驚くべき無神経な姿勢とまったく共通しており,それが第二次世界大戦-太平洋戦争を通じてはかり知れない苦痛をアジアの多くの人びとに与えた(p155)
書名 日本社会の歴史・中
著者 網野善彦
発行所 岩波新書
発行年月日 1997.07.22
価格(税別) 630円
● 10世紀から鎌倉幕府滅亡までを扱う。中学や高校で日本史を習ったときも,この頃になると動きがめまぐるしくなってきて,面白いと思った記憶がある。
鎌倉幕府を東の王朝として,西の天皇家を中心とする朝廷と対比する。ここまで明解に言ってもらうと,それまでモヤモヤとしていたものが氷解していくような快感を覚えた。そうだったのか,そういうことだったのか。
● 列島の内発的な変化とアジア大陸から及んでくる外発的な動きの綾もわかりやすい。読み手であるぼくの錯覚かもしれないけれど。
視座が広い。それが著者の史観の特徴。面白いから引きこまれる。グイグイ読んでいける。
● 信西(藤原道憲)は「宋人と中国語で話ができたといわれるほどの驚くべき博識と学才をもつ人物」(p83)で,保元の乱を後白河の勝利に導いた立役者であったらしい。
こういうことも教えてもらえる。
● いくつか転載。
列島の東西におこったこの反乱(天慶の乱)のなかで,短期間ではあれ,京都の天皇による日本国に対する支配が分断されて麻痺し,とくに東国に独自な国家がごく短期間ではあれ誕生した意義はきわめて大きかった。新皇将門,白馬に乗る英雄将門の記憶は長く東国人のなかに生き続け,東国が自立に向かって歩もうとするときにこの記憶は甦り,それを支える役割を果たすことになったのである。(p20)
このこと(紫式部や清少納言らが輩出されたこと)は,宮廷という狭い世界ではあれ,自らの自由な目を失わず,人間の関係を批判的に見通し,それを女性独自の文字,平仮名によって文学として形象化する力量をこれらの女性たちがもっていたことを物語っており,おそらくこれは,人類社会の歴史のなかでもまれにみる現象といえるであろう。(p30)
太政官の事務局-官務を小槻氏,外記局の実務-局務を中原氏が世襲独占したように,官司を特定の家が世襲的に請け負う体制も,鳥羽院政期にはほぼ固定化するようになった。おのずと官職の昇進コースは家格によって定まることになったので,貴族たちはそれぞれその家格に応じて官職を請け負い,それに応じた実務を行うことをいわば「芸能」とするようになったのである。(p61)
書名 日本社会の歴史・上
著者 網野善彦
発行所 岩波新書
発行年月日 1997.04.21
価格(税別) 630円
● 刊行されてすぐに買ったものの,読まないままで17年。やっと読むことができた。こういうツンドク本が呆れるほどにある。
● 「はじめに」に著者の問題意識が述べられている。
これまでの「日本史」は,日本列島に生活をしてきた人類を最初から日本人の祖先ととらえ,ある場合にはこれを「原日本人」と表現していたこともあり,そこから「日本」の歴史を説きおこすのが普通だったと思う。いわば「はじめに日本人ありき」とでもいうべき思い込みがあり,それがわれわれ現代日本人の歴史像を大変あいまいなものにし,われわれ自身の自己認識を,非常に不鮮明なものにしてきたと考えられる。
事実に即してみれば,「日本」や「日本人」が問題になりうるのは,列島西部,現在の近畿から北九州を基盤に確立されつつあった本格的な国家が,国号を「日本」と定めた七世紀以降のことである。それ以後,日本ははじめて歴史的な実在になるのであり,それ以前には「日本」も「日本人」も,存在していないのである。
● 本書は3巻で構成されているが,近現代史は含まれない。1巻目は武士の胎動が表面化するちょっと前までを扱う。
日本列島の外との関連に目が配られている。歴史を扱った書物で面白いと感じるのは,まず宮崎市定さんの一連の中国物だけれども,これまた中国と他との関係に目配りが利いているところから独特の説得力が生じている(ように思う)。『アジア史概説』など,宮崎さんにしか書けなかったものだろう。
同様に,これだけ面白い日本通史を読むのは,今まであったかどうか。古代史に関しては野放図ともいえるほどに想像力を駆使したものはいくつか読んだことがあるけれど(たとえば,聖徳太子はモンゴルから来た人だと主張しているのを読んだことがある)。
● 大宝律令に関して詳しく記述している。大宝律令って,日本の国情を考えずに中国の制度を真似たもので,作ったはいいけれどもすぐに骨抜きになってしまったものだと思っていた。
それはそうなんだけれども,しかし,大宝律令が後の日本に与えた影響は相当なものだったようだ。
この制度(大宝律令)は,それまで口頭でおこなわれてきた命令や報告を,すべて文書によって行うことを原則とする徹底した文書主義を採用した。そのため,国家の官人になるためには,後宮に組織された女性官人の場合を含めて,文字(漢字)・文章を学び,それを駆使できなければならなかったのである。しかし,各地域の人びとの律令を学ぼうとする意欲がいかに強かったかは,この国家の周縁部である秋田城から出土した,熱心に文字の学習をしたことを示す木簡によってよく知ることができる。(中略)このように統一的な文字・文書によって運営される,硬質な文明ともいうべき律令制が列島社会を広くおおったことが,この後ながく社会に大きな影響を与えていったことは間違いない。(p115)
文書行政がさらに徹底した結果,天皇の立場にも変化があらわれてきた。天皇自身が政治を領導するのではなく,一個の権威として朝廷に臨むようになってきたのである。(p182)
この国家は(中略)都や畿内の貴族・官人と各地域の首長とのあいだに著しい差別を設けた畿内中心の国家だったのであり,それは地域社会そのものの否応ない反発を内在させていた。(p133)
● 日本は古来から差別が少ない国で,特に女性の発言権を認めてきたと何ヶ所かで説かれている。あわせて,壬申の乱の意義について。
「壬申の乱」はこのように,「東国」までを広く巻き込みつつ,大海人側の完勝に終わった。そしてこのとき「東国」ははじめて自発的に大王の支配下に入ったのであり,畿内の政権の「東国」に対する支配はここにようやく安定的になったということができよう。(p104)
大陸の国家と違って,この社会が牧畜を欠き,去勢の技術がなかったことと関連して,この宮廷には大陸や半島の国家に見られた宦官は存在せず,後宮は女性自身によって統括されたのである。(p118)