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2021年10月31日日曜日

2021.10.31 三浦 展 『下町はなぜ人を惹きつけるのか?』

書名 下町はなぜ人を惹きつけるのか?
著者 三浦 展
発行所 光文社新書
発行年月日 2020.11.30
価格(税別) 900円

● 副題は「懐かしさの正体」。著者は下町を4つに区分する。
 第一下町:江戸時代の下町。1920年以前が人口最大。日本橋,神田,京橋。
 第二下町:明治・大正以降の下町。人口は関東大震災後に減少。浅草,下谷,芝,本所,深川。
 第三下町:震災以降の下町。震災後に人口が急増。荒川,向島。
 第四下町:戦後の下町。城東,王子,江戸川,葛飾,足立。

● 東京近代史といっていい内容。近代史を総花的に扱うのではなく,人口の移動と街並みの形成,地場産業の盛衰に絞って,その理由,原因を探るというもの。
 東京歩きは自分の趣味というと語弊があるが,楽しい時間の使い方になっている。本書を読んで良かったと思う。街歩きの楽しみが少しは深まるかもしれない。

● 以下に転載。
 1970年代に入り,下町は〈発見〉されたのだとわかる。それは都心の近代的オフィス街化,郊外住宅地を中心とする生活様式の西洋化などが進むことにより,近代的でも西洋的でもない,伝統的で日本的なものとして下町が珍しがられる時代が始まったということでもある。(p6)
 関東大震災のあった1923年は田園調布の分譲開始の年であるということは実に象徴的である。震災のために,下町が壊滅し,もう下町には住めないぞという気運が高まり,山の手,西郊への人口移動が加速したのである。下町中心でのコレラの流行も一因である。(p33)
 第一~第三下町に限ると,人口は戦争によって4分の1に減り,その後回復するものの,戦前には届かない。対して山の手は,戦後は戦前より3割ほど増えている。いかに震災と戦争が下町に被害をもたらしたかが明瞭である。(p35)
 東京の人口移動を考える上で重要なのは,1919年に制定された旧都市計画法である。これにより東京は地域ごとに,商業,工業,住宅などと用途地域指定された。(中略)こうして同じ郊外でも西側山の手は中流ホワイトカラーが多く,東側下町は工場,倉庫などで働く労働者階級が多い,という近代東京の構造が固まった。(p36)
 今われわれが思い浮かべるお寺のような外観の銭湯は,大正時代につくられはじめたものだ。戦後も人口増加に対応して,たくさんつくられた。大正から昭和,戦後にかけて,東京に流入してくる人々は若く,貧しい,風呂のある住宅には住めない人々だったからである。(p41)
 大正時代に同じようなことが起きている。「郷土」という言葉が重視されたのだ。今は当たり前に使う郷土という言葉であるが,この言葉が重視されたのは明治以降の近代化がひとしきり進んだ1910年代のことである。(中略)明治以来近代化を進め,1880年代に憲法や教育制度などの新しい体制を確立した日本が,それから30年経って発見したのが「郷土」「故郷」「ふるさと」なのだ。(p45)
 麹町区と深川区の(区民所得の)差は20倍ほどである。皇居と隅田川を隔てた土地には,今から見れば「超格差」があったことがわかる。(p58)
 銀座煉瓦街も建設以前はスラムだった。小商人,職人,日雇い,大道芸人らの下層民や雑業者が住んでおり,彼らを強制退去させて煉瓦街がつくられたのだ。(p58)
 明治20年代には小石川区に15の貧民窟があったという。浅草区には13,神田区,芝区に各11,日本橋,京橋区に各10があった。東京市15区内での構成比では小石川が13%,浅草が11.3%,神田,芝が9.6%,日本橋,京橋が8.7%である。これが明治30年代になると,浅草は14.2%に増え,下谷区が11.2%に急増する。(中略)神田にいた貧民層が浅草区内,そして下谷万年町などに移住してきたからである。(中略)第一下町から第二下町に貧民が移動したことがわかる。1900年頃から10年ほどで地代が10倍以上に上昇したことも,貧民を郊外に押し出す圧力となった。(p59)
 江戸は何度も火災にあったが,明治以降も火事は多く,1881年には神田で大火があり1万戸以上焼失するなど,明治期最大の被害となった。(中略)大火が起こる理由は,貧民の暮らすこけら葺きの長屋が多いからである。だから不燃・防火の都市をつくり,煉瓦や石づくりなどの高額な住居をつくることは,貧困層が住める家をなくすことにつながる。(p77)
 単に東京の人口増加が下町の拡大をもたらしたのではなく,都心部の近代化とそれに伴う政策が貧民たちを外側に(場末に)追い出し,場末の人口を増やし,結果としてその場末を次第に下町的にしていったのである。(p81)
 明治時代は,日本橋から神田須田町にかけてが東京の中心だったという。銀座はまだ栄えていない。このへんの感覚が今はわからない。(p86)
 地主は,大きな土地を持つ人ほど都心にいた。(中略)下谷の土地はほとんどが第一下町か浅草の地主に所有されていたのである。言い換えると,江戸時代以来の場末としての性格が明治期までそのまま引き継がれていた。(p107)
 速水融『歴史人口学の世界』によれば,江戸時代の町人の平均寿命は農民より短かった。また民俗研究者の岩本通弥によると,都市の死亡率が農村より低くなったのは,なんと1920年代以降である。(p110)
 1921年の調査によると,たとえば浅草の田中町(現・東浅草)にあったスラムでは居住者1044人中,なんと239人が1年間で死亡している。(中略)その他のスラムでも四谷旭町(新宿駅南口あたり),下谷金杉本町,深川富川町・猿江裏町では1割以上死亡している。(中略)浅草は娯楽都市として繁栄し,銀座はモダンな消費都市として繁栄していたが,一歩そこから踏み出せば,衛生状態の悪いバラックのような長屋に住む貧困層が大量に存在していた。(p111)
 竹内誠氏によれば,深川が下町と称するようになったのは江戸時代どころか明治ですらなく,昭和になってからだという。(p138)
 深川は江戸と川を隔てて隣接しているだけなのに,江戸から見れば自然豊かで美しい別荘地であり,深川の人は隅田川を渡って西に行くことを「江戸へ出る」と言った。(p141)
 今でも,門前仲町で有名な居酒屋に行くと,「おきゃん」とはこういう感じかという女性が切り盛りしている。テレビドラマ『孤独のグルメ』にもその店が出てきて,女性役を浅野温子が演じていたが,口調も身のこなしも本物そっくりだった。(141)
 明治以降の向島は別荘地であった。(中略)大財界人である大倉喜八郎は1912年,向島に別邸「蔵春閣」を建築した。内部は秀吉の桃山御殿のふすま,杉戸を使い,狩野探幽の屏風も置かれる豪華なもので,海外の賓客を招いたという。(p154)
 1902年当時,石鹸工場は日本全体で175あったが,うち東京都が46,大阪府が33と,非常に大都市に集中した業種であった。現在のような石鹸を使う生活は,当時は未だ大都市の中流以上の階級による新しいライフスタイルだったからであろう。(p161)
 当時は紡績会社といっても何のことかわからない人がほとんどで,表向きは紡績工場と言いながら,実は火葬場をつくるに違いないと噂されて土地の買収に手間取ったという。まら煙が噴出するのは衛生上迷惑だという苦情も多く,住民が竹槍を持って騒動を起こすこともあったため,鐘紡役員一同はピストルを携行したというから,昔の日本は西部劇のように物騒だったらしい。(p162)
 戦後も,墨田区は(中略)中小零細の町工場が無数に密集し,高度経済成長を支えた。優秀な縫製職人がたくさんいるため,ファッション産業の土地でもある。イッセイ ミヤケ の洋服の縫製も墨田区の企業が何社か担当している。(p162)
 『女工哀史』の刊行と同じ1925年,建築家で考現学者の今和次郎は「本所深川貧民窟付近風俗採集」をしていた。うかつだったが,私はこの2つの著作が同じ年のものだとはつい最近まで気づかなかった。社会問題と都市研究では分野が違うし,女工といえば製糸工場,だから明治時代だと,何となく間違って記憶してしまっていたからだ。(p172)
 労働はつらく寄宿舎は多少不潔なところもあっただろうが,おそらく地方の貧しい農村から出てきた女工にとっては,あるいは当時まだ農村地帯だった下町の生活から見れば,十分近代的で,給湯設備がある洗濯場などは天国のようなものだと思われた可能性はある。託児所の整備も近代的だと言える。(p191)
 寄宿舎のある工場街は一種の団地であり,それゆえ一般国民よりは早く近代的な生活が実現した。だから,戦後の団地がそうであったように,工場街をモデルにして一般国民の暮らしが近代的な方向に変わっていった側面もあろう。(p192)
 東日暮里ではアーチストレジデンスと思しき物件にもいくつか遭遇した。(中略)銭湯や長屋や商店街があって職人が住んでいる庶民的な街は,墨田区京島などと同じで,若いアーチストなどには住みやすいのであろう。(p207)
 1964年のオリンピックに向けて東京都心部はどんどんきれいになっていった。しかしそれは,部屋に散らかっているモノを押し入れに詰め込むように,見栄えのよくないものを下町に押しつけることでもあったのだ。(p218)
 山の手を舞台にした落語というものはない。山の手に住む武士は,落語ではからかいの対象である。だから,寄席はもちろん,演芸,映画などの娯楽全般は下町で発達したわけで,その代表が浅草だ。(p219)
 荒川区の歴史はまさに昭和の庶民の歴史である。底辺労働の苦しみも,貧乏な長屋も,人間味のある近所づきあいも,活気のある商店街も,そこにはあった。神田のようなちゃきちゃきの江戸っ子の下町ではなく,地方から集まった人々が方言混じりの言葉で話す朴訥な下町,それが荒川区だったのだ。(p222)
 北千住はもともと日光街道の,日本橋を出て最初の宿場町・千住宿である。現在の千住1丁目から5丁目が成立当初の宿場だ。(p248)
 北千住は,豊かな商人層に支えられた文化都市でもあった。(p249)
 下町の娯楽というのは大衆的であると同時に,意外に流行的である。比較的所得の低い労働者が多いため,安価で手軽な娯楽を求めるからだろう。(p263)
 プライバシーの中に閉じこもらず,あけっぴろげで,気さくで,言いたいことを言って生きている。(中略)下町の,人々が自分に閉じこもらずに,生活を街に開いている雰囲気が,むしろこれからの時代,いろいろな街に何らかの形で増えていってほしいと思っている。(p280)

2021年5月8日土曜日

2021.05.08 三浦 展 『あなたの住まいの見つけ方』

書名 あなたの住まいの見つけ方
著者 三浦 展
発行所 ちくまプリマー新書
発行年月日 2014.03.10
価格(税別) 880円

● 戦後住宅事情史でもあり,リノベーションとシェアハウスの解説書でもあり,コミュニティや街づくりの提言書でもある。
 コロナ以後も基本的には変わらないと思うのだが,シェアハウスについてだけは強烈な向かい風になったのではないか。出かけないで家にいれば安心というのが,シェアハウスだと通用しない。実際には感染上の問題はないのかもしれないのだが,互いに縛らない,縛られないというのを貫徹するのは難しくなったのじゃないかなぁ。

● 以下に転載
 木造建築なので,木が湿気を吸い込む。だから祐天寺の時のようにカビが生えるということはありませんでした。日本の気候には木造が合うと思います。(p33)
 和室というのは,できるだけ何も置かないのが最も美しい使い方だと思います。(p34)
 なぜ本来は斜面かというと,眺めがいいからという理由もあるでしょうが,何と言っても水が出るからです。(中略)昔話で,おじいさんは山へ柴刈りに,おばあさんは川へ洗濯に行きますが,これは二人が斜面に住んでいることを意味します。おじいさんが行った山は里山ですね。そこは人が住む場所ではなかったのです。(p34)
 地主さんの住む地域には,ある特徴があります。(中略)その特徴とは,古そうな,少し曲がった細い道が交差する場所に,米屋,酒屋,たばこ屋,郵便局が固まっているということです。(中略)米屋は炭屋を兼ねていることもあります。つまり食料と燃料を売っているのです。(中略)水と食料と燃料を支配することが地主の役割だったはずです。(中略)お酒もほぼ生活必需品ですし,神社に供える御神酒も必要ですから,地域には酒屋が不可欠です。(中略)国が独占して製造販売したり,管理したりする米,酒,たばこ,塩,切手を売る店や郵便局は,まずは地域の代表である地主さんがつくったのだろうと思われます。(p35)
 1970年前後に建てられたマンションでは,風呂,トイレ,洗面が一緒のケースが多いです。一緒であることが,洋風で,かっこよいと思われたのでしょう。(中略)不思議なことですが,それほど当時の日本人が西洋的なライフスタイルにあこがれたということでしょう。
 ホテルは1950年代からそのスタイルを先取りしていた。その頃建てられたホテル,たとえば高輪プリンスは客室の改装をしていないようで,そのまま残っている。
 今となってはどうにもならない。リビングの調度と水回りのところがあまりにアンバランス。客室係も掃除が大変だろうな。
 1993年当時には,マンションを管理するという発想がまだ日本人には弱かったのです。(中略)60年代,70年代はまだマンションは高級品でした。つまり比較的裕福な人が買うものでした。一種のステイタスシンボルだったとも言えます。だから,長く大事に管理して使うというより,高級車を買うように,壊れたらまた買い換えればいいくらいの気持ちで買った人が多いのです。(p52)
 どうして多額の借金をしてまで家を買うのか,その理由はこの老後の安心がおそらく最大の理由です。(中略)国民の寿命が延びたから持ち家が必要になるという面もあります。(p59)
 当時(1973年)の日本では,木造賃貸住宅は基本的には若い一人暮らしのための広さと設備しかなかったが,64%が二人以上で住んでいたということです。(中略)ですから,子どもができれば,ぜひとも団地に住んだり,郊外の一戸建てに住んだりしたかったのです。(p64)
 家族四人で住める3LDKなどの比較的広いマンションが23区内で借りられるようになったのは1980年代以降だと思います。1970年代までにマンションを買った人が,部屋を貸しに出し始めたからです。(p66)
 団地はあまりに大量生産的で,画一的,非人間的であるという批判もされるようになりましたが,(中略)大都市の庶民の住宅事情はとてもひどかったのです。大量生産的で画一的であろうと,狭くて過密な住宅よりはよかったのです。(p73)
 戦後の日本人が住宅に求め続けてきたものは何だったのか,(中略)私はそれは「私生活の重視」だったと思います。(中略)その私生活重視の価値観の究極的な実現形態が郊外庭付き一戸建てだったと言ってよいでしょう。(中略)どうして戦後,人々は高額なローンを長期にわたって組んでまで,都心から遠く,通勤時間の長い郊外に家を買ったのか。(中略)新天地だからこそ何からも束縛されないと思ったという面も少なからずあったのです。(p87)
 家をリノベーションするときは物を捨てる人が多い気がします。不要な物を捨てて,リノベーションした部屋に合うものだけを残すのです。(p109)
 私も2007年に中古マンションを買ってリノベーションしてみました。こんなにおもしろいことはない!というのが私の感想です。この面白さは新築物件を買っても絶対に味わえません。(p110)
 消費者の新築信仰が薄まって,仕方なく中古から,中古でもいい,さらには中古がいい,というような意識の変化があるようです。(p119)
 インターネットは自分の好きなように,好きなだけたくさんの物件を見られるのが長所ですから,だからこそ常識的な検索はしないということが重要です。(中略)自分にとって最適なものを,たった1軒でも見つけるために使うのがインターネットの正しい使い方です。(p138)
 ゴミ捨て場に捨ててある物を集めるのも楽しみになりました。(中略)古い茶箱,座椅子,すだれ,鍋,茶筒などを拾いました。こうして拾った古道具がまた部屋に似合うのです。なので私は最近,物を買うとき,これはもしかしたら拾えるかもしれないと思うと買わないようになりました。古道具屋ですらあまり物を買わなくなってしまいました。(中略)そういう意味でリノベーションという行為は,単に部屋を改造するというだけではなく,自分にとって本当に重要なもの,本当に好きなものは何かと考えるきっかけになり,そのために自分の生活自体をリノベーションするという効果もあるような気がします。(p146)
 シェアハウスと家族の違いは婚姻届と血のつながり以外に実はあまりない気がします。(p152)
 若いときに,需要の高い地域に中古でも家を買っておくことが,その後の経済生活の選択肢を増やすことにつながることはたしかです。賃貸住宅のほうが好きなときに好きな地域の好きな家に住めるという自由さがあると思いがちですが,それはある程度の収入がずっとあるという前提があったのことです。また中古を買ったときの毎月の返済額のほうが家賃より安いことも多い。(p168)
 シェアハウスで他人と一緒に住めるのも,個人主義が浸透したからだと私は思います。つながりたいが,縛られたくないし,縛りたくもないという人間関係をお互いに尊重しているからこそ,他人でも一緒に住めるのだと思います。(p173)
 戦後,高度経済成長期以降,住まいとは寝たり食べたりするだけの場所という意味になってしまった。住まいにはコミュニティが必要であり,コミュニティの核として職があるということがわからなくなってしまったのです。(p177)
 賃貸物件の決まりごと,常識をちょっと変えてみる。それだけで部屋の可能性がすごく広がるんです。(p186)
 「住む」は「澄む」に通ずるという説もあるそうです。水は激しく流れれば濁ります。でもとどまりつづけると腐ります。止まっているようでありながら,実は静かに動いているとき,きっと水は最も澄んでいるのでしょう。(中略)住まいもそうなのかもしれません。(p189)

2021年4月18日日曜日

2021.04.18 三浦 展・麗澤大学 清水千弘研究室 『日本の地価が3分の1になる!』

書名 日本の地価が3分の1になる!
著者 三浦 展
   麗澤大学 清水千弘研究室
発行所 光文社新書
発行年月日 2014.09.20
価格(税別) 880円

● 「2020年 東京オリンピック後の危機」という副題があるのだが,そんなものよりよほど大きな激震が日本(のみならず世界)を襲った。本書で語られていることがこのあとどこまで通用するか。大都市圏を中心に土地需要のあり方が大きく変わることになると思われる。
 たとえば,空港やターミナル駅に近いことのアドバンテージはこの後も続くのか。いずれは国際便も再開されるだろうけれども,旅行やビジネスの出張で移動する人がコロナ以前まで戻るだろうか。しょっちゅう,空港やターミナル駅を利用するのなら,その近くに住まいがあることに効用はあるが,そうでないなら効用は下がる。

● 巻末の鼎談(三浦,清水,島原)は正直,自称知恵者が脳内の浅いところだけ使ってオダをあげているような印象を受けた。
 彼らが言うようにはならないだろうと思う。知に基づいただけの提言など,現実に歯型すら残すことはできないものだ。

● 以下に転載。
 地価に影響するのが(中略)現役世代負担率である。現役世代負担率が上がるほど地価を押し下げるのである。(p51)
 いちはやく人口が減り,高齢化も進む地域もあれば,高齢化が比較的遅く始まる地域もある。しかし高齢化が遅く始まる地域ほど,いちど高齢化が始まると,その速度が速い傾向がある。(p52)
 第三次産業が発展してくると,生産性が上がる。金融業や不動産業,情報産業といったサービス業は,第二次産業よりも利益率が高く儲かる(p79)
 エンプロイヤビリティ(雇われる能力)が低い日本人は,エンプロイヤビリティが高い外国人に職を奪われるのである。いや,奪われるという言い方はよくない。これはまったく正当な競争の結果である。(p102)
 杉並区は,区の人口規模が大きいわりには外国人が少ない。これは,家賃が高いわりに都心から遠く,羽田空港から遠いなど,外国人にとって魅力が欠けるからではないかと思われる。(p106)
 江戸川区でインド人が増えた背景には,ブルーカラーではなくホワイトカラーの増加が貢献していることがある。(p115)
 インド人は移民先でも同一宗教,カーストに基づく緊密なネットワークを持ち,「自分たちの居場所」を形成する特徴があり,みずからのアイデンティティの維持のために宗教儀礼や景観づくりを行うという。西葛西でも近くを流れる荒川がガンジス川を思い出させるというのも,インド人が集まり住む理由の一つだという。(p118)
 東京のような世界都市で,これほど純血主義的な都市はない。(中略)だが今後,東京の生産年齢人口が減ることで都市の活力が低下するのだとしたら,東京にもっと多くの外国人が働くようにならざるを得ないであろう。(p130)
 吉祥寺は激しく変動している。飲食店も全国チェーン店が増え,まるで新宿みたいになっていく吉祥寺に失望している人も多い。(中略)ジャージ姿の客が増えたし,サイゼリヤやしまむらを探し歩いている客がいるなど,普通の郊外駅前のようになってきた。こういう客層は,吉祥寺に愛着もロイヤリティもない。(p144)
 1985年くらいから,それまで以上に多くの人々が渋谷に押し寄せるようになって以降,渋谷があまりに大衆化し,人の数は多いがお金の落ちない街になり,さらにその後は風俗店ばかりが増えて,結局ファッションも文化も衰退していくプロセスを見てきた。(p146)
 吉祥寺が大衆化することの悲惨を渋谷に重ねているわけだが,金のない大衆は入ってくるなということかね。
 自由が丘の特徴は,女性好みであること。女性であることの幸せの空気が街全体に漂っている。(中略)時代の雰囲気,若者の価値観が次第にユニセックスになり,女性が80年代より女性らしい格好をしなくなった現代でも,自由が丘の客層は,あくまで女性的な女性が主流であり,きちんときれいな格好をした人たちが多い。年配の女性もとてもおしゃれだ。雨の日にはビニール傘の女性はほどんどおらず,かわいい傘が花のように開く。(p162)
 都市とは,アメニティの集合体,いわばエンタテイメントマシンといえます。(清水千弘 p194)
 彼ら(外国人のバックパッカー)はたいてい東京から入って,京都を観光し,大阪に泊まるのですが,大阪に来るとほっとするらしいですよ。(島原万丈 p196)
 地価が下がって広いところに住もうという人が増えてきたら不動産の価値は下がりません。そのためには,建物の価値をもっと認める社会にしていく必要はありますね。だいたい,日本の土地はタカすぎるんですよ。(清水千弘 p200)
 何だよ。日本の地価が3分の1になる!と脅しておいて,最後の結論はこれかよ。

2021年4月11日日曜日

2021.04.11 三浦 展 『格差固定』

書名 格差固定
著者 三浦 展
発行所 光文社
発行年月日 2015.07.20
価格(税別) 1,500円

● 「下流社会10年後調査から見える実態」とある。こういうものは真面目に受け止めるべきなのか,面白半分に読むものなのか。ま,後者的な態度でよろしいのだと思うが。
 階層と支持政党を分析しているところは特にそうで,ここは絶滅危惧種になった週刊誌を読むような気分で読めばよいと思う。ちなみに,著者は安倍首相や自民党政権がお嫌いなようだ。
 あと,公務員の待遇が良すぎると叩いているのだが,著者の両親は小学校の教員だった。つまり,公務員だ。公務員が嫌いになった理由でもあるのだろうか。


● 以下に転載。
 人工の9%が,全員の金融資産総額の59%を保有しているということになるのだ。逆に,300万円未満の人の構成比は49%あるが,彼らの金融資産総額に占める割合はたった4%に過ぎないのである。(p30)
 そもそも社会全体で正社員の数はずっと増えていないのだから,学歴を上げても正社員になれるとは限らないのである。それでも高卒よりは良い就職ができるだろうと大学に進み,今や大学進学率は5割を超える。(中略)こうなると大学では,大学らしい教育をすることは不可能である(p52)
 そもそも大学進学率が上がったのは,少子化で学生が減るのを恐れた大学が,学力のない学生でも合格させたからである。それは,大学をつぶしたくない大学経営者と,失業を恐れる大学職員の都合に過ぎない。(p53)
 階層が低下するほと地理的移動は少ない。引っ越し貧乏という言葉があるが,本当に貧乏な人は引っ越すお金もないのである。(p71)
 階層の固定化は,雇用形態の固定,年収の固定,居住地の固定という幾重もの固定化と連動していると言える。(p72)
 下流層ほどテレビを見ていない。特に20-34歳の下流層は44%が見ていない。10年前よりずっと増えている。これはテレビ業界にはショッキングな数字ではないか。(p147)
 新聞を長時間読む人は,かつてのいわゆる「革新」系の人たちである。他方,若い人を動かすのはオールドメディアの新聞ではなく,もちろん雑誌でもなく,インターネットメディアなのだ。(p156)
 単なる消費ではなく,プレゼントという理由づけが消費に必要な時代なのであろう。(p166)
 物を新たに買わなくても所有者を移転するだけで消費者のニーズに応えられる時代が来ている。要するにすべての物のストックが増えたために中古品で間に合うのである。クルマも住宅も衣料品も日用品もそうなったのだ。(p167)
 これから10年ほどして,団塊世代の女性が次第に亡くなると,何百万個ものウェッジウッドやロイヤルコペンハーゲンやジノリの食器が日本中に溢れるだろうと私は予想している。娘や息子の趣味には合わない。希少価値もないから古道具屋も買わない。それがゴミとして大量に捨てられ,それを,お金のない人たちが拾って使う。(中略)そんな「拾う時代」が来るだろう。(中略)近年若い世代で人気の建築家に坂口恭平がいる。彼は(中略)ホームレスの人たちのライフスタイルに学んで,物を買わず,拾い集めて暮らすライフスタイルを提案している。そういう提案が,貧乏くさくなく,むしろエコロジカルでエシカル(倫理的)な行為として評価されている。(p167)
 もはや日本のクルマ市場は軽自動車中心であり,一部の富裕層が超高級外車を買っているという状況だ。(p182)
 若い人,特に上流層,大都市居住者にとってSNSは非常に重要な情報源となっている。そしてこのことが,若い世代が都心や繁華街に行かない理由になっていると私は考えている。(p201)
 昔ならば,休日の午後2時に,渋谷のどこかの商業施設に5万人の若い女性が集まったとする。それが今は,SNSで50人ずつ1000ヵ所にバラバラに集まっているのだ。(p202)
 主婦というのは,なぜだか将来展望が明るめな人たちである。(p219)
 面接法だと世間体,恥ずかしさなどの意識から階層を上めに答えがちである。(中略)他方,インターネット調査は実態よりも社会に対して否定的に回答する傾向があるのではないかと,かねてから調査専門家などの間で言われている。無職者,ひきこもり気味の人でも回答しやすいので,下流が増えやすいのである。(p249)

2019年7月11日木曜日

2019.07.11 三浦 展 『下流老人と幸福老人』

書名 下流老人と幸福老人
著者 三浦 展
発行所 光文社新書
発行年月日 2016.03.20
価格(税別) 740円

● 著者お得意のデータに語らせるという内容。「資産の多い少ないにかかわらず,幸せな人ほど友人と余暇を楽しむ機会が多く,幸せでない人ほど機会が少ない」という。大きなお世話だ。
 一方で,男性シニアは友人の数が多いほど幸福度が上がるという傾向は顕著ではない,とも。首肯できる。

● 以下にいくつか転載。
 富裕層は何を買うのかと私もよく聞かれるが,富裕層が買うのはお金なのである。富裕層だからといって,毎日高級フランス料理を食べるわけではないし,健康を考えれば日々の食事は質素である。(中略)特に高齢ともなれば買う物もない。買うとすれば,貴金属も含めた金融商品である。富裕層にとってお金は消費の手段ではなく,さらにお金を増やす手段なのである。(p42)
 金融資産による格差があるのは「生活資金の不足」だけである。病気も災害も介護も死別も差はないのだ。「生老病死」の不安に格差はないと言える。いくらお金があっても,最後は死ぬ。それだけは平等だ。(p50)
 年収が1000万円以上になると幸福度が下がることがしばしばある。また,男性は年収が上がるほど既婚率が上がるのだが,やはり1000万円を超すと既婚率が下がる傾向も,ほとんどすべての調査で見られた。詳しい理由はなぜなのかわからないが,どうも年収800万円が最も幸福なラインらしいのだ。(p94)
 知っている人n数が少ない場合の幸福度は男女差が少ないが,女性は,知っている人の数が増えるほど幸福度がどんどん増していく。(中略)男性の場合は(中略)女性ほどには幸福度を上げないようなのである。(p114)
 男性は(中略)ガールフレンドがいることで格段に幸福度が上がる。ガールフレンドは,子供や孫がいることよりも,隣近所の知人の数が多いことよりも遥かに幸福度を上げるのだ!(p116)
 お金があって友人がいないよりも,お金がなくても友人がいるほうが幸福度が増すのである。(p132)
 不幸な人はお金が欲しい人なんです。お金があれば幸せになれるという価値観で凝り固まっている人が不幸なんですね。(藤野英人 p208)
 何でもネガティブに考えて,世の中のことを否定的に見ている人より,何でも見てみる,何でも首を突っ込んでみるおじいさんとか,おばあさんのほうが,お金があろうがなかろうが幸福だし,たぶんそういうタイプの人が結果的にお金を持ちやすいんだろうと思います。(藤野英人 p211)

2015年8月25日火曜日

2015.08.19 三浦 展 『昭和「娯楽の殿堂」の時代』

書名 昭和「娯楽の殿堂」の時代
著者 三浦 展
発行所 柏書房
発行年月日 2015.05.10
価格(税別) 1,900円

● 船橋ヘルスセンター,江東楽天地,池袋ロサ会館,ボーリング場,東京オリンピック,競馬場,寄席。
 それぞれに1章をあてた7章で構成されている。

● 昭和の都市はこうだったという都市断面の解説であり,都市の歴史的変遷のある時点を切りとった都市現代史でもある。

● 船橋ヘルスセンターはテレビCMをかなり打っていて,そのおぼろな記憶はある。もちろん,行ったことはない。
 庶民に健全な娯楽を提供する施設ということなんだけれども,あの頃って,同じ庶民でも都市と田舎の庶民では生活がぜんぜん違ったはずだ。つまり,都市と地方の二重構造が歴然とあったような気がする。
 船橋ヘルスセンターって,当時のぼくには遠い憧れだったから。

2015年7月2日木曜日

2015.07.01 三浦 展 『「情報創造」の技術』

書名 「情報創造」の技術
著者 三浦 展
発行所 光文社新書
発行年月日 2010.05.20
価格(税別) 740円

● これは読んでおいて損はない。というか,特に若い人たちはぜひとも読んでおくべきではないかと思う。
 以前から薄々感じていたことが,そういうことだったのかとウロコが落ちる快感を味わえた。

● たとえば,次のようなことだ。
 しかし問題は30歳くらいを過ぎてからです。30歳を過ぎてもずっとまねをしているのはいかがなものでしょう。20代までに人をまねして,知識を吸収して築いた基礎の上に自分なりの独創性,個性,つまり,「まねない力」を加えていかなければならないはずです。そうしないと生き残れない時代が来ていると思うのです。(p13)
 そういう提案をするために大切なのは,「相手を説得しよう」「自分がやりたい方向に進めよう」という気持ちです。そういう気持ちがあれば,集めた情報から何が言えるかを真剣に考えようとするはずです。(p14)
 企画を2,3本出せと言われると,たくさんのアイディアの中から選んでしまう。結果として,いちばん完成度の高い企画とか,いちばんすぐにもできそうな企画ばかりが出てくる。でも,そういう企画って編集長である私から見ると面白くないことが多いんです。もう私が昔考えたことがあるとか,すでに記事にしたことがあるような企画だからです。 しかし10本出せと言われると,スタッフ本人はつまらないと思っているもの,こんな企画を出したら馬鹿にされそうだと思うようなもの,この雑誌にはこんな企画は合わないかなと思うものでも出さざるを得ない。そうやって12人のスタッフが出した120本の企画はまさに玉石混淆ですが,しかし「玉」があるわけです。(p42)
 私はアンテナよりも情報を可視化する装置の方が大切だと思っています。(中略)私の家のテレビはまだ地デジではありませんが,地上波でもクラシックのコンサートを聴くと,ものすごくいい音です。そのことがわからないのは,普通のテレビのスピーカーで聴いているからです。ちゃんとしたステレオにつないで再生すると,「なぜこれをデジタルに変えなきゃいけないんだ」と思うくらい,ものすごくいい音です。つまり,すでに情報は来ているんです。(p49)
 街歩きをすると,企業の人の中には,どこに仕事のネタがあるだろうかと探し回る人がいますが,そんな都合のよいネタがいつも転がっているわけがありません。どうのような街であれ,自分が楽しみながら,街の空気を吸う,時代の空気を吸うことが重要なのだと思います。(p63)
 重要なのは,アンテナを張り巡らすことではなくて,アンテナに引っかかった情報をもとに実際に行動をするかどうかじゃないでしょうか。(中略) 今の時代は情報がたくさん手軽に手にはいるので,情報を見るだけで時間がつぶせるから,かえって主体的に情報を調べたり,実際に行動しなくなっている危険性があります。(p64)
 人間は知らないものは見えない,感知できないという傾向がある。だから,情報を映し出すためには,知識をたくさん持つことが重要なのです。知識なしにまっさらな気持ちで情報に触れるべきだという考え方もありますが,それはちょっと文学的な考え方ですね。(p75)
 実は中立的で客観的なだけでは情報は見えてこない。これは好き,これは嫌い,これは疑問だ,これは問題だといった個人の価値判断があったほうが見えやすいのです。 言い換えれば,いろいろなことに興味を持つべきだということです。(p83)
 市民大学などで話をすると,元大学教授みないは人が座っていて,「定義をしてください」と言うわけです。 でも,これは根本的に態度が間違っていると思います。それはフクロウの態度なんです。(中略)定義をしてから考えるという態度は,確定した過去を研究するときの態度です。現代社会論には不向きです。だって,社会はつねに動き続けているわけですから。(p94)
 私の仕事は感覚の論理化です。普通の人は,好き嫌いを感じても,そのままにしています。感覚的な問題だから,論じてもしょうがないと考えている。「だって好きなんだもん」と言われたら,理屈で反論できないとおもっているわけです。 でも私は,感情的,感覚的なことを,論理的な言葉にするように心がけている。(p97)
 予測は,客観的で科学的な行為ではなく,主観的で主体的で,個人の価値観の入り込んだ創造的な行為なのです。(中略)だからこそ,社会現象を予測するには,その人の主観や価値観が大切なんです。普通の人と同じように時代に巻き込まれる必要があるんです。(p119)
 さらに重要なのは,情報から一つのストーリーをつくることです。情報創造力の重要な本質はストーリー力だと言ってもよい。無味乾燥なばらばらのデータや資料から,何かのストーリーを紡ぎ出す。これも情報創造です。(p161)
● さらに,いくつか転載。
 パワポづくりで3時間以上残業していたら,もう創造力が破壊されている可能性があるんじゃないかな。(p34)
 かくいう私も,自分が好きで出す本だから,印税がなくてもいいから出してほしいと言って出してもらった本や,デザイナーへのギャラも自分が払うからと言ってつくった本もあります。でも,やはりそういう自分らしい本はほんとにあまり売れないんですよ。(p48)
 情報を創造し,アウトプットすると,友だちが増えます。(中略)私には人をよろこばせたい,面白がらせたいという気持ちが強いんだと思います。(p58)
 ナンシー関とか小倉千代子くらいの才能があると,毒舌でも笑えますが,とても笑えない批判ってのは本当につまらないなと思います。(p59)
 時代の空気を吸うのは大事だが,吸うだけでは窒息します。吸った空気は吐き出さないといけない。(p66)
 10の知識がある人と100の知識がある人の情報創造力(の差)は10倍ではありません。10の知識の順列組み合わせと100の知識の順列組み合わせは何万倍も違う。(p78)
 情報は,料理と一緒で,素材を加工して食べるのが普通。最初からすごく面白い情報というのはない。それを加工して面白くするのが情報創造なんです。(p81)
 先日ある有名な居酒屋に行ったんです。そのあと,その店について書かれたブログを見てみたら,なんとみんな同じものを食べて,同じ写真を掲載しているんです! 「噂の○○○を食べてきました」って。 みんな,収集した情報を確認しに行っただけなんですね。(中略)でも,大衆というのはそんなもんです。大衆には情報創造はできない。情報を収集して消費するだけです。(p82)
 情報の受信も,なんでもかんでも中立的に受信していてはきりがないのです。好きな情報を受信する,気になる情報を受信するという態度でないと,情報は無限にあるから,にっちもさっちもいかなくなる。(p84)
 情報創造をするために必要なことは何かと聞かれて,絶対に間違いない真理だと言えるのは,「考え続ける」ことだということです。考えたこともないことが突然ひらめくはずはないんです。(p88)
 経営は,予測なしにはあり得ません。なぜなら5年後,10年後を予測しないと,どの分野に投資するかも決められないからです。(中略) そういう予測をするには,実証主義だけでは無理です。どこかに情報創造が必要になります。(p116)
 重要なのは,情報を整理しながら同時に仮説を考える,仮説が出たらすぐに情報収集の基準を変えるという作業を毎日することです。ところが彼は,情報の整理とは情報を日付順やアイウエオ順に並べることだと思っている。それは間違いです。情報の整理とはそれ自体が創造なのです。それ自体が分析であり,それ自体が仮説出しの作業であると考えるべきです。(p138)
 情報収集というと最も古典的な手段は読書ですが,私は,いわゆる読書はあまりしません。資料として本を見るだけです。必要な部分だけを読んで,1冊を通して読むことはほとんどありません。(中略) 私は,個人的な暇つぶしや趣味で本を読むこともあまりありません。本を読むのは99.9%仕事のためです。(p143)
 世の中には,読書家だが,その人の考えはつまらないとうのがいます。「活字中毒」だが何も理解していない人もいる。(中略)それなら,斜め読みでも自分のオリジナルをつくれる人の方が重要だというのが私の考えです。(p145)
 カード派の人は研究室で仕事をすることが多い人なんじゃないでしょうか? いろいろな仕事をいろいろな場所でしている私のような人間には不向きです。(p154)
 他人に負けないようにがんばる人は,どんな車に乗るでしょう? 「人より速い車」ですよね。スポーツカーです。 では,のんびりと自分の人生を楽しみたい人は,どんな車に乗りたいでしょうか? ポルシェじゃないですよね。日産キューブでいいわけです。(p194)
 将来の予測は過去から現在までのトレンドの延長線上にあります。まっすぐ線を延ばせばいいだけではないですが,延長戦とはまったく違うトレンドが出てくることはあまりない。だから,将来を予測するためには昔のことを知っている必要があります。(p195)

2014年12月10日水曜日

2014.12.07 三浦 展 『大人のための東京散歩案内 増補改訂版』

書名 大人のための東京散歩案内 増補改訂版
著者 三浦 展
発行所 洋泉社新書
発行年月日 2011.05.21
価格(税別) 1,000円

● 本書の序文に「(旧版と)写真を並べてみて思うのは,街を壊すのは簡単だが,造るのは大変だということである」と書かれている。
 ところが,人間は壊すのが好きなのだろうな。自分で壊さなくても,東日本大震災のような災害があれば,いやでも壊されてしまう。街ははかないものっていう諦観が日本人のどこかにあるようにも思う。

● 著者の街歩きでは,同潤会のアパートや賃貸住宅がランドマーク(?)になっているようだ。何か思い入れがあるんだろうか。

● 著者は勉強もできたんだろうけど,高校生の頃から勉強だけの人ではなかった。「私は新潟県,越後高田の出身だが,音楽好きの私の好奇心を満たすには地元のレコード屋だけでは不足だった。だから私は高校時代,毎年春休みになると,東京までレコードを買い出しに行っていたのだ」(p124)という。
 ぼくはこういう人にコンプレックスを感じてしまう。レコードだろうと本だろうとスポーツだろうと楽器だろうと,勉強以外に入れこんでいたものを持っていた人には。
 文章であれ映像であれ音楽であれ,いうところのクリエイティブな業績を残した人は,そうしたそれぞれの余裕というか余力を,何かに注いでいた人じゃないかと思っていてね。
 ま,自分がそうじゃなかったからなんだけど。

● いくつか転載。
 下町情緒がどうだこうだといっても,人にとって魅力的な街というのはつまるところ色気のある街ということであり,色気というのは結局芸者さんやカフェの女給,お妾さんといった,そうしたわけありの女たちの気配が感じられる街ということなのかもしれない。(p105)
 ニュータウンというものは街にまったく色気がない。これは本当に不思議なくらいない。そこはあまりにも「健全」で,「正しく」て,父と母と子どもからなる典型的な家族ばかりがいて,芸者さんもお妾さんも母子家庭もいない。(p109)
 あまりに街に闇も日陰もないから,心の中のどんな小さな闇ですらなんだかひどい病気に見えてしまい--つまり闇は「病み」なのだ--それがどんどん沈殿して,真っ黒などろどろの固まりになってしまいそうだ。 本当の街には,人の心を汚す泥も,その汚れを流す水の流れも,同時に必要なのだ。(p111)

2014年10月31日金曜日

2014.10.31 三浦 展 『データでわかる団塊の財布・ジュニアの財布』

書名 データでわかる団塊の財布・ジュニアの財布
著者 三浦 展
    三菱総合研究所生活者市場予測システム
発行所 洋泉社
発行年月日 2014.05.07
価格(税別) 1,600円

● 三菱総合研究所が行った調査「生活者市場予測システム」のデータを三浦さんが分析したもの。分析の仕方によっていろんな結論を引きだせるのだろうが,本書はひとつの引きだし方を示したもの。

● 団塊ジュニア世代の階層意識調査では,公務員の階層意識が最も高くなっているらしい。「労働時間は短く,地方公務員なら転勤が少なく,共働きもしやすいからです」。
 これに対して,三浦さんは次のように警鐘を鳴らす。
 団塊ジュニア世代で公務員の階層意識が高いのは,民間企業の魅力が低下していることの裏返しであり,日本の活力という観点からはよいことだとは思えません。新しい事業に挑戦し,GDPを生み出すビジネスマンより,前例主義でもやっていける公務員のほうが「上流」に近づけるというのでは,日本の国力は衰えていくばかりでしょう。(p116)
● 団塊ジュニア世代の男女別・家族類型別に「金持ちになり,高級品を持ちたい」という意識を比較した調査では,一人暮らしの男性と妻が専業主婦である男性とでは,かなりの差があるらしい。
 男性の場合,結婚していること,特に妻が専業主婦であることが「金持ちになって,高級品を持ちたい」という意識を高めるのです。逆に言えば,金持ちになりたい男性は,「究極の高級品」としての専業主婦を求めるとも言えるでしょう。(p133)

2014年7月10日木曜日

2014.07.10 三浦 展 『しごと星座 女子のための天職ガイド』

書名 しごと星座 女子のための天職ガイド
著者 三浦 展
発行所 牧野出版
発行年月日 2011.02.07
価格(税別) 1,100円

● こういう遊びも楽しいかもしれない。著者が作ったのは,次のような星座だ。
 創造宮 天然座  パティシエ,お菓子屋
       じぶん座  漫画,アニメ,映像関係
       魔法座  ペットトリマー,ペットショップ店員
 芸能宮 いやし座  芸能人,タレント
       カリスマ座  女優,モデル
 女性宮 ギャル座  キャバクラ嬢,ホステス
       しゃべり座  ホテル,ブライダル関係
       モテ座  秘書,受付
 社会宮 マネー座  OL,一般事務
       リーダー座  弁護士,検察官,裁判官
       まじめ座  公務員
       プレゼン座  広告関係

● 自分の正確や好みをあてはめるとどの星座に該当するか,というゲームになるわけだ。こういうことをよく思いつくものだな。
 これ以外にも作れるはずだ。といっても,どうやっても二番煎じになってしまうわけだけど。

2014年7月7日月曜日

2014.07.06 三浦 展 『スカイツリー 東京下町散歩』

書名 スカイツリー 東京下町散歩
著者 三浦 展
発行所 朝日新書
発行年月日 2011.10.30
価格(税別) 1,000円

● 押上・両国・錦糸町・亀戸,向島・曳舟・京島,北千住,西新井・梅島・五反野,日暮里・尾久・三ノ輪,堀切・青戸・立石,小岩・小松川・市川の7つに分けて紹介。地図と写真がふんだんに盛りこまれている。ちょっととんがった下町ガイドブックの趣。

● 下町のゴチャゴチャした有り様を好む著者の嗜好は,郊外のロードサイドに立地する大型商業施設を嫌うのとパラレルなんでしょうね。
 大型商業施設は消費を均質化するのみならず,コミュニティを破壊して,住民を匿名化すると指弾するわけだけれども,それを免れているところが下町には多いというわけだろう。

● この中で,ぼくがともかく足を踏み入れたことがあるのは,錦糸町,北千住,三ノ輪,青戸,小岩だけだ。面的に歩いたことがあるのは,錦糸町と三ノ輪くらい。
 山谷と吉原を1日かけて歩いたことがある。だいぶ前だけど。山谷は外国人バックパッカーの根城になっていた。吉原には朝から営業している店があった。客引きもいた。

2014年7月6日日曜日

2014.07.05 三浦 展 『下流同盟 格差社会とファスト風土』

書名 下流同盟 格差社会とファスト風土
編著者 三浦 展
発行所 朝日新書
発行年月日 2006.12.30
価格(税別) 720円

● “ファスト風土”の定義と問題点。「日本中の地方の郊外農村部のロードサイドに大型商業施設が急増し,その結果,本来固有の歴史と自然を持っていた地方の風土が,まるでファストフードのように均質なものになってしまった」(p13)ということ。
 それをなぜ問題にするのかといえば,次のような価値観のゆえである。
 私は,世界が均質な消費文化によってのっぺらぼうになることを望まない。消費は私たちに豊かな多様性を与えるためにあるべきであり,貧しい均質性をもたらすべきではないのである。(p39)
● そうなる以前の郊外農村の買い物環境はどうだったか。ぼくの記憶にあるのは,あまり愉快な光景ではない。
 ま,大昔の,郊外のつかない純然たる農村の光景なんだけどね。大字(おおあざ)に一つか二つあったよろず屋的な店で,文具や棒アイスを買う。まだ物資が乏しい時代で,売る方が威張っていたな。売ってやるっていう感じ。二度と戻りたくない。

● そうした農村にもスーパーができて,かつてのよろず屋は店じまいをしちゃってる。そうなると,車がないと買い物ができない。
 これはこれで困ったことなんだけど,ここまでの農村になると,巨大商業施設による均質化以前に,人口減少によるコミュニティ崩壊を心配しないといけない。

● 地方のファスト風土化にどう抵抗するか。本書ではフランスの都市計画を紹介している。その中身は規制。専門家の児戯だろう。いつか来た道という感じがした。
 「ロードサイドに大型商業施設が急増」するのも車が交通手段の代表になったからで,原因の大元は車社会になったことだ。ここをそのままにして,規制をかけても実効があるのかどうか。
 規制はするけど,例外がたくさんある法律か条例になりそうだ。要するに,複雑で条文を読んだだけでは何を言っているのかわからない規則ができそうだ。

● 地方の側にまだ都会コンプレックスがあるのかも。都会を代表するのが大型商業施設で,それが自分の町にもできることは,都会に一歩近づくことであって,特に若い人たちには歓迎される。そいういう状況がまだあるんだと思う。
 そんなのはもうダサイんだよっていう気分ができるのが,最も有効な処方箋になるんだと思うんですけどね。
 首都圏に残っている活気ある商店街が,そのための広告塔になるかなぁと思ったりもするんですけど。

● 理想論をいえば,こういうのは青少年のゲームと同じで,さっさと通過してもらうのがいい。やるなと言ったって効果はないんだから,どんどんやらせて早く飽きてもらう。
 大型商業施設が地方に醸す都会的な空気に対しても,ガンガン利用して,さっさと飽きてもらうのが一番。
 そう巧くいくかどうかわからないけど。っていうか,そこしか買い物に行くところがなければ,飽きても行くしかないわけだからな。

● 早い話が,わが家でも宇都宮の北部にあるショッピングモール(ベルモール)にはけっこう行くもんね。もう10年以上になるけど,飽きる気配はない。
 よくできている。アミューズメント施設の趣もあって,映画を見るのも,スポーツ用品を買うのも,ケータイを買うのも,けっこうこちらを利用している。

● もっと郊外にはさらに規模の大きなショッピングモールがある。そちらの方が,本書に登場するだだっ広いモールに近いたたずまいだ。
 日本人の身体感覚からすると,とりとめもないといった感じになるのじゃなかろうか。ショッピングモールであっても適度な狭さがないと快適さを感じられない。
 本書に悪の代表として登場するウォルマートのような大きさは,なかなか日本では定着しないのではないかと思う。それを真似ているらしいイオンの将来は,あまり明るくないだろうと予想しておく。

● 以下にいくつか転載。
 東京のような大都市は,江戸時代から今日に至るまでずっと何百年も巨大な消費都市であり続けた。だから,今さら何ができても,東京に住む人々は大して驚きはしないし,精神的に影響を受けることもない。 それに比べると,それまで何もなかった地方の郊外農村部がファスト風土化する場合は,そこに住む人々に非常に大きな影響を与えるはずだ。それは人間観や倫理観にまで影響するのではないだろうか。(p25)
 製造業が減少し大型商業施設が増加し,そして非正規雇用者の増加した地域が,学力の低下,体力の低下,犯罪の増加などが見られる地域でもある可能性があるのではないかと見ている。(p47)
 コミュニティが崩壊するということは,人々が匿名化してしまうということです。それでは良き市民意識は育ちません。(p67)
 安いからといって,要らない物まで買って,金がなくなってサラ金に駆け込み,それで首がまわらなくなった人間は無数にいる。労働で搾取されるのではなく,消費することで搾取される。それが現代だ。(p237)

2014年2月15日土曜日

2014.02.13 堤 清二・三浦 展 『無印ニッポン』

書名 無印ニッポン
著者 堤 清二
    三浦 展
発行所 中公新書
発行年月日 2009.07.25
価格(税別) 740円

● 読み終えたから気がついた。前に一度読んでいた。しかし,見事に,まったく,何も記憶に引っかかっていなかった。サラッと読んで,ああ面白かった,で終わったのだろう。
 ただ,読書はそれでいいのであって,あまり多くを求めてはいけない。

● 本書の対談が行われたのは民主党政権誕生前のこと。今とは多少以上に,世相というか世間の空気が違っていた。知らず知らず,そうした空気の影響を受けるものだろう。

● 以下に転載。
 わたしの考えでは,商店街や中心市街地はコミュニティ(共同体)というよりソサエティ(社会)なんです。それらを守らなければいけないのは,それがソサエティだから。つまり,商店街や中心市街地が消えるということは,社会が消えることである。そして,企業と消費するだけの人間と国家だけが残る。社会はない。(三浦 p66)
 この生活の二四時間化が日本人の暮らしをすごくゆとりのない,貧しいものにしたと思います。(中略)本来スーパーでもコンビニでも百貨店でも,人々の生活を豊かにするためにあるはずです。しかし正月も休まず二四時間営業となると,働く方は生活が解体していく。買う方も,生活にゆとりや落ち着きが,かえってなくなっていく。生活を愛せない人が増えたと思うんです。(三浦 p90)
 一度入るとどこが出口だかわからないように作ってある。最近そういうものが流行っていますね。つかまえたら逃がさないというか。わたしの考えでは,これは全然都市的ではないんですよ。もっと隙間があったほしい。(中略)スポンジの中みたいにいくつもの穴を通って,街歩きや買い物を楽しみたい。入ったら逃がさない,とにかくここで買って帰れ,という,資本の論理と言うか,搾取というか,消費者主権とは対極にあるイオン・モール的構造が耐えられない。(三浦 p140)
 日本全体に愛着をもつなんて,虚構ですよ。自分の育った地域と,三〇年暮らしている東京の中央線沿線が残れば,田園都市線沿線が消えてもなんら痛痒を感じません。みんなそんなもんだと思うんですよ。しかし,だからこそ,お互いがそれぞれの地域への愛着を尊重し合って生きていけばよい。日本中,世界中がウォルマートやイオンやTSUTAYAになるなんて,私は真っ平御免。(三浦 p206)
● TSUTAYAといえば,行ったことはないんだけれども,代官山にできたTSUTAYAタウンはどんなものなんだろう。構造はともかく,発想はイオン・モール的なものなんですか。特定のエリアに,街をそっくり作ってしまおうっていう感じなのかね。
 行ってみればわかることなんだけどね。

● 表参道ヒルズやイオン・モール,都会駅のいわゆる駅ナカに限らず,いったん掴まえた顧客を逃さない戦略を採用している商業施設は,いくらでもあるよねぇ。百貨店もスーパーもそうだもん。規模が違うだけで。
 昔の温泉ホテルもそう。二次会も三次会も館内でできるようになってた。コンパニオンを入れて,風俗まで館内に作ってたわけだしね。

● 日本人って,引っ越しを億劫がる国民らしいし,いったん落ち着いたら動きたくないっていう性癖がけっこう強いんじゃなかろうか。それに合ってますよね,イオン・モール的なものって。
 六本木ヒルズができて麻布十番商店街が潤ったというのは,ヒルズにはお上りさんには手が届かない高い商品しかなかったからじゃないですか。
 ただ,規模の利益にも限度があって,限度を超えると,一気に効用が低下するのかも。

● 宇都宮でいうと,ベルモールにはけっこう行ってるんですけどね。
 ヨーカドーがあり,ダイソーがあり,カルディがあり,書店があり,文具店があり,ユニクロがあり,千円カットの理髪店があり,化粧品店があり,ケータイショップがあり,大型スポーツ用品店があり,和洋韓の食べ物屋があり,ファストフードがあり,ミスタードーナツがあり,CDショップがあり,旅行代理店があり,DPE屋があり,生活用品店があり,中古のパソコンショップがあり,お菓子屋があり,パン屋があり,隣には映画のシネコンがあり,日帰り温泉まである。
 たしかに,ここは百パーセント消費空間であって,社会はない。ただ,地方ではまだまだ消費が娯楽になっていて,快適に消費ができる空間は,イコール,アミューズメント空間でもある。

2013年12月10日火曜日

2013.12.07 三浦 展 『妻と別れたい男たち』

書名 妻と別れたい男たち
著者 三浦 展
発行所 集英社新書
発行年月日 2012.07.18
価格(税別) 720円

● アンケートや調査を実施して,そこからどんなデータを取りだすかが,じつは調査者によって多様なのだろうし,データの解釈の仕方も人の数だけあるものだろう。
 本書では,『下流社会』で知られた著者らしく,離婚問題も階層の問題だと捉える。

● 以下に,ひとつだけ転載。
 男性は相変わらず仕事中毒だし,女性にも仕事中毒や社畜たちが増えてしまった。鼻息の荒い,男勝りの女性たちが活躍する時代になった。 まあ,それはそれでいいとしても,問題なのは,仕事中毒になる適性がない,あるいは仕事中毒に関心がない男女は,しばしば正社員ではない不安定な立場に置かれるようになったということだ。(p200)
● 著者はフェミニズムなんて薄っぺらいものと思っているらしい。ぼくも同意見。そんなに単純なものじゃないよなと思う。割りきりすぎだろうっていうか。
 だいたい,威勢のいい意見は捨ててかかれ,と思っている。逡巡がない意見もダメだ。