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2018年4月14日土曜日

2018.04.14 岡田斗司夫 『「いいひと」戦略』

書名 「いいひと」戦略
著者 岡田斗司夫
発行所 マガジンハウス
発行年月日 2012.12.20
価格(税別) 1,500円

● 本書のキーワードは「評価経済社会」。前提にあるのは誰もがネット(SNS)を使うということ。SNSはプライバシーを自ら進んで公開するもの。したがって,ネット上では誰もが評価の対象になる。そこで「いいひと」戦略が活きてくる,と。
 ネットに対するリスペクトが基本にあるわけだ。その些細な例として著者があげているのが“食べログ”。今,“食べログ”がなかったら,どうやって行くべき店を特定するのか。かつてのように店構えを見て判断するしかない。それよりも“食べログ”を見て決める方が間違いがないではないか。

● このあたりが著者の価値観(?)に対する賛否が分かれるところだろう。“食べログ”なんぞよりも,店構えの方が雄弁だと思う人がいるはずだからだ。
 “食べログ”を書いた人と自分とでは,好みも年齢も違うだろうし,そもそも信頼できる味覚の持ち主かどうかはわからないではないか。それよりは自分の勘の方が信じるに足る。そう思う人が,少なくない数いると思う。

● そもそもがネットやSNSをそんなにリスペクトしていいのか。「ネットはバカと暇人のもの」ではなかったのか。SNSを怖いものとして捉えている人もいると思う。それが間違っていると言えるだろうか。
 評価されるのがイヤだからSNSは使わないというのは,怯懦なのか賢明なのか。

● 結局,ぼくには著者の見解を判定することができない。著者の十分の一もネットを使いこんでいないだろう。経験の絶対量が足りない。
 しかし,だ。「評価経済社会」といっても,ネット上で評価してもらえるところまで行ける人は少ないと思う。大半の人は,評価以前,誰の目にもとまらないで終わるのじゃなかろうか。
 というわけなので,SNSの裾野が広がるほど,ネットは貴族社会になる。貴族にあらずんば人にあらず。そういう状況になるのではないか。で,大半の人たちはネット上で広場の孤独をかこつことになる。

● ただし,著者の助言にしたがって,Twitterでフォローしてくれている人には,すべてフォローを返した。

● 以下にいくつか転載。
 「いっけん損に見える言動が,実は長期的には利得になる」 これが本書で述べている「いいひと戦略」です。(p7)
 現在では,今いる場所や夕食のメニューなど,情報価値がほとんどゼロの内容をつぶやくのは,違和感のない行動です。私たちは既に,ネットが登場する以前のように考え,行動することができなくなっています。(p17)
 モノや情報を提供する人と,それを受け取って利用する人。この両者が相互に評価し合うシステムが経済評価社会です。これまで評価する側だった私たちが,同時に評価される側になる日が,既にやってきているのです。(p19)
 アドバイスを素直に聞き入れられる人は,10人に1人いるかいないかでしょう。人の欠点を探したり,改良点を提案したり,悪口を言うのは,全て「イヤな人戦略」です。(p22)
 「心」の美しさや綺麗さなどではなく,人に親切にするという「行為」が自身の幸せを決めているのです。(p25)
 日本の景気が良くなったとしても,二度と広告なんかに使うことはないでしょう。お金で評価を買うことの効率の悪さに,みんな気づいてしまったから。(p41)
 スキルが高い人なんて,外注で充分です。(中略)本当に必要な人間は,周りの人の仕事の邪魔をせず,楽しく強力し合えるグッド・ネイチャード・パーソンというわけです。(p66)
 娯楽作品とうものはその時代その時代で失われつつある価値観をベースにしているものです(p108)
 相手の懐へもう一歩だけ踏み込んで,まず共感してあげる。改善点の提案はそのあとで充分。(p124)
 ブログやTwitterやFacebookといったメディアは,個人のプライベートな情報を映し出すものです。(中略)そして,この情報公開の波はもう止めることができません。プライベートな情報-実名や年齢や顔写真などを公開すればするほど,信頼できる人間に見えるようになるから。(p126)
 批評性は物事をいろんな観点から考えるうえで大切です。これがあるからこそ,私たちは思考を深め,進めることができる。でも,それを人に対してのべつまくなしに発揮してたらダメ。距離を置かれてしまいます。(p136)
 クローズドなコミュニティで集まっていると(中略)「伝える力」も失いやすくなります。(中略)だから,組織やコミュニティは常に外部に対して開かれていなければならない。「パブリック」な存在として外部の視線に晒されていなければならない。(p142)
 新人が入らない組織というのは,必ず時代に取り残されます。(p143)
 有名人のフォロー数とフォロワー数のバランスって極端ですよね。(中略)その戦略は,せっかく自分に興味を持ってくれた人を自ら手放してしまうようなものです。(中略)フォローされたら,とにかくフォロー返しする。これを原則にしましょう。(p149)
 私たちは「得られるもの」よりも「失うもの」に目を向けてしまいがちです。これは思考の癖のようなものですが,だから情報を公開することのリスクばかり考えてしまう。でも,「得られるもの」にも目を向ければ,そんなに怖いものではないことが分かります。(p152)
 学びは4つのプロセス--「理解する」「やってみる」「成果を得る」「教える」で完結します。(中略)とりわけ最終段階の「人に教える」という仕上げのプロセスで,学びは飛躍的に向上します。(P166)

2014年7月14日月曜日

2014.07.13 岡田斗司夫 『人生テスト 人を動かす4つの力』

書名 人生テスト 人を動かす4つの力
著者 岡田斗司夫
発行所 ダイヤモンド社
発行年月日 2000.04.21
価格(税別) 1,500円

● 世上の自己啓発本や宗教書,人生論を説いた本は役に立たない。素の自分を変えようとしたって変えられるものじゃない。そうではなくて,素の自分に合わせた方法論があるのだ。
 宗教なんて単なる人生訓の体系化です。心理学は「精神構造の解明」が目的であって,「あなたの幸福」なんて知ったこっちゃありません。書店に多数並んでいる自己啓発本なんてのは,成功者が高みから語り倒す,オッサンの根性論そのものです。
 女性向けに書かれている「素敵な恋愛が,あなたを綺麗にする」なんてのは,書いているほうも出版しているほうも,そんなこと信じちゃいません。ああいうのは「幸福のペンダントで奇跡が!」と同じ,坦あるコンプレックス産業です。(p2)
 素のままの自分,本来の欲求を押さえつけるためには,大変なエネルギーが必要なのです。しかしそこまで時間とエネルギーを投資しても,無理矢理デッチあげた人格にはたいした幸福感もやってこないのです。そんな効率の悪い方法が長続きするはずがありません。大切なのは,素のままの自分を我慢することではなく,その自分に合わせて,なりたい自分像や,行動そのものをかえることです。
 言い換えれば,素のままの自分が喜ぶように行動することだけが,あなた自身を根底から幸せにする方法なのです。(p33)
● そこで人間を4つのタイプに分ける。王様,軍人,学者,職人。タイプごとの相性や,どう対処すればいいかが縷々説かれる。
 で,これが面白い。ここまで面白くできるのは,相当人生に元手をかけているんだろうなと思わせる。

● ただ,では自分はどのタイプに属するのかというのが分明にならない。ぼくの場合だと,学者4割,王様3割,軍人3割のような感じ。
 そんなものがハッキリしなくても,本書を楽しむのに支障はないんだけれどもね。

● あとひとつだけ転載。
 この世は自分を幸せにするためにのみ,存在する。人類や歴史に意味はなく,あなた自身の幸福がこの世界を意味づける。
 大丈夫,思い切ってここまで決めつけてしまいましょう。「自分以外の一人一人も,こう考える権利がある」という部分さえ忘れなければ,この解釈で突っ走ってもOKです。(p219)

2013年12月3日火曜日

2013.12.02 岡田斗司夫 『オタクの息子に悩んでます』

書名 オタクの息子に悩んでます
著者 岡田斗司夫
発行所 幻冬舎新書
発行年月日 2012.09.30
価格(税別) 940円

● 朝日新聞の人生相談の回答者を務めた経験から,人生相談に回答を与えるために必要なノウハウをまとめたもの。
 ってことになるんだけど,著者の思考技法をケーススタディ化して,具体的に見せてくれたものでもある。『あなたを天才にするスマートノート』の実践編。

● まず,面白い。次に,自分も賢くなれると錯覚させてくれる。さらに,人生をやっていくうえで,かなり大事なものを教えてくれる。
 福祉(とか教育)の現場でケースワークに携わっている人にとっても,助けになる本ではないかと思う。下手にその分野のケースワーク入門的な本を読むより,本書を読む方を先にした方がいいと思った。

2013年11月13日水曜日

2013.11.10 岡田斗司夫 『プチクリ』

書名 プチクリ
著者 岡田斗司夫
発行所 幻冬舎
発行年月日 2005.12.10
価格(税別) 1,200円

● 再読。プチクリとはプチ・クリエイターのこと。プロであるプロクリと対をなす。プロクリなんてそんなに羨ましがるほどの職業じゃないよ,プチクリでいるのが楽しいよ,ということ。
 キーワードは,表紙にも掲載されている「好き=才能!」。
 一番大切なことは「プチクリであるということは,それだけで心地よい」ということです。 プチクリの活動は,「自分が好きなこと」を他人に伝え,喜ばせること。 このしくみの中には,敵もいなければ,損をする人もいません。 プチクリであるということは,それだけで自由です。(p189)
 ● プチクリになるのに必要な才能とは?
 プチクリの才能。 それはまるで,自分の好きという気持ちをオノロケすることだったんですね。 オノロケが恥ずかしい人なら,知的ぶってちょっと気取ってもいいんです。(p107)
● 才能ではない。表現力だ。
 実は,「才能」というのは,そんなに差がありません。 いろんな才能を見てきた私が言うのですから,ある程度信じていただきたいのですが,「圧倒的な才能」と「まったく才能ゼロ」との差というのはせいぜい3倍程度です。(中略) しかし,「コントロール力」は違います。平気で人によって10~100倍の差があります。(p119)
 よく自分を「才能がない」と言う人がいますが,そういう人は「あんまり時間を使っていない」という場合がほどんどです。 「年中,そのことを考えてる」 「時間がありさえすれば,すぐに手を動かしだす」 こういう人は,あっという間に上手くなります。(p121)
● 決意と自覚も大切。
 クリエイティブな能力を最大限発揮するために必要なもの,それは才能ではありません。ましてや「お金」でも「コネ」でも「根性」でも「時間」でもありません。 それは「決意」と「自覚」です。 「私はクリエイターである」という決意。 「私はクリエイターだから」という自覚。 どれだけ本気で決意できるか。どれだけ腹の底から自覚できるか。 必要なのは,たったそれだけです。(p134)
● 具体的には,次のような提言がなされている。
 ・ペンネームを考える
 ・プチクリ宣言をする
 ・プロ仕様の道具を買う
 ・締め切りのある具体的な目標を決める
 ・心の師匠を決める
 ・自分で自分を先生扱いする

2013年11月9日土曜日

2013.11.08 岡田斗司夫 『オタクはすでに死んでいる』

書名 オタクはすでに死んでいる
著者 岡田斗司夫
発行所 新潮新書
発行年月日 2008.04.20
価格(税別) 680円

● 本書が言いたいことは,以下に尽きている。それを訴えるのにこの1冊を作りましたよ,っていう。
 「みんなが好きなものというのは人から与えられたもので,みんなから仲間外れにならないために選んだようなものだけど,私たちは違う。自分が好きだから選んで,いまだに差別があっても選び続けているんだ」 こんな強烈な自意識,自負心があるのがオタクだと思ってきました。ところが,オタクとはそういう強者では,どんどんなくなっている。自分の趣味を理解してくれないのは世間が悪い,と訴える弱者のたまり場になりつつあるのです。(p138)
● 結局,著者は強烈に自分を書いているわけで,その著者のありようがとても魅力的。一気に読了できた。

2013.11.08 岡田斗司夫 『東大オタク学講座』

書名 東大オタク学講座
著者 岡田斗司夫
発行所 講談社文庫
発行年月日 文庫版:2008.05.15
          元版(単行本):1997.09
価格(税別) 781円

● かなりスリリングな知の展開。こういうふうにすれば,知って面白く見せられるのかっていう見本のようなもの。
 後半はゲストをよんでの対談になっている。これも全部面白かった。
 UFOや外気功,スプーン曲げのような超常現象を一刀両断。いまや,DaiGoが登場して,スプーン曲げのからくりはかなり知られてきてるけど,登場したてのユリ・ゲラーには,子供ながら驚かされたもんだ。

● 元になった東大での講義は20年近くも前のものだけれども,今読んでもぜんぜん面白い。核になっているのが知の使い方だから,古くなりにくいんでしょうね。

● 自分の作品のユーザーの大半は馬鹿ではないかという不安。
 『脱正義論』のところでも描かれていたんですが,「厚生省前で集まれ!」と呼びかけられて,何千人か集まりましたよね。あの何千人も集められたというのは,本当に『ゴーマニズム宣言』の力だと思うんですが,あれで集まった何千人というのは,一体どういう人たちなんでしょう。(中略) こういう言い方は変ですけれど,「まんがにそそのかされて来るような奴」ですよね。(p477)

2013年10月30日水曜日

2013.10.29 岡田斗司夫 『フロン 結婚生活・19の絶対法則』

書名 フロン 結婚生活・19の絶対法則
著者 岡田斗司夫
発行所 海拓舎
発行年月日 2001.06.14
価格(税別) 1,500円

● まず,痛快な読みもの。次いで,分析の深さ,バックグラウンドの広さに感服。
 この本を書くにあたって気をつけたことは,机上の空論にならないこと。まず現在の日本の実情をかなり性格に把握するため,実例を多数収集しました。 そこから「いまの日本の家庭はどうなっているのか」を判断し,なぜそうなっているのか,理由を考えました。 この現状と理由を合わせて考えると,「次はこうなるだろう」ということが見えてきます。(p253)
● 男女の不平等。何だろうかなぁ。神さまがそういうふうに男女を作ってしまったってことかねぇ。出産は女にしかできないし,育児もオッパイを持つ女と持たない男が平等にやるなんて,最初からできない相談。
 「自分が女だったら,どう思うだろうか?」 「女に生まれたら,どう考えるだろうか?」 この発想は,私の世界観を激変させました。とにかく,いままで見えていた世界がガラッと変わってしまったのです。 うまく言えないのですが,なるほど「男として生きる」というのは,ある種の特権階級だと感じました。 自分が特権階級であることに関して,大部分の男は無自覚なままで,女はその無自覚さに対して諦めるか寛容になるか考えないようにして生きているんだなぁと,しみじみ思いました。(p37)
 これを著者は「おかまエンジン」と呼ぶ。そうだよなぁ,このエンジンは搭載することを試みるべきだよなぁ。

● 少子化対策ってのは,かなり以前から大金を注いで,行政がいろいろやってきた。が,その効果はまったく見られないまま,数十年が経過している。
 非婚化や晩婚化が理由なのはバカでもわかる。ではなぜ,結婚したがらない女性が増えているのか。その理由を著者は明晰に提示する。

● 「オンリーユー・フォーエバー症候群」という言葉を初めて知った。
 「オンリーユー・フォーエバー症候群」とは『〈非婚〉のすすめ』(森永卓郎著・講談社)で発表された概念です。日本人女性だけが固有に持っている「恋愛に対する信仰心」のことです。 「この世の中にはたったひとり,自分にとって運命の人がいる。その人と生涯添い遂げて暮らすことが,女の本当の幸せである」という考え方が,オンリーユー・フォーエバー症候群の特徴です。 これにはいっさい根拠はないのですが,どういうわけか,日本人女性は全員,この妄想を信じて疑おうとしません。 しかも,オンリーユー・フォーエバー教を信じているのは女性だけで,男性の信者はほとんどいないのが特徴です。 男性は,どんなにモテるヤツでもじつは「僕を好きになってくれる人なら誰でもいい」と考えています。(p91)
 この本が書かれたのは2001年。もう昔といっていいだろう。今の若い女性はどうなっているのか。少なくとも,田舎ではあまり変わっていないような気がしているけど。

● 女性に具体的な知恵を与えていく。
 理想の彼でさえ結婚し共に暮らし始めるとダメな男に変化していきます。「いい男,頼れる男」とは,「ダメ男への変化途上にある男」と考えるぐらいが妥当なのです。(p118)
 「お互いに高め合う恋愛」というのは,やはり男性には理解できない女性のみの発想です。「高め合いたいなら仕事でがんばればいい」と考える男性が大部分でしょう。 仕事という厳しい現実を通して,なにかはっきりした成果を残したい。 こう考えている男性は多いですが,彼らにいわせれば「女性は,まるで仕事みたいにな恋をしたがる」ということになります。(p119)
 ● 家庭の問題は父権が弱くなったこととは何の関係もない,そもそも父権などというものは幻想に過ぎない,と説く。
 引きこもりとか,イジメとか,少年凶悪犯罪といった子どもに関する議論も,とにかく「家庭に問題がある。女だけで子どもを育ててるからだ。やっぱり男が一家の大黒柱として家に帰らないと」という結論になってしまいます。 ところが不思議なことに,「なぜ夫や父親が家族の大黒柱になると,子どもはちゃんと育つのか」を論理的に説明した本は1冊もありません。このことは皆さん,腹の底から知っておいてください。ほんとうに,1冊もないのです。(p136)
 ● ではどうすればいいか。夫をリストラするしかないではないかと言う。
 安らぎというのは,夫であれ妻であれ子どもであれ,個人個人が感じる条件も場所も違うものです。自分のための安らぎは,自分で作るしかありません。誰か他人に自分のための安らぎの場を作ってくれと求めること,それは相手に非人間的な我慢を強いることです。(p181)
 どんなに良い父親も,いわゆる「父親」というイメージの存在である限り,将来的にはリストラされてしまうのだろうし,それがあるべき正しい世の中の流れなのではないでしょうか。(p262)
● 個人的には著者の意見に賛成だ。本当にそうだと思う。夫と妻という配偶関係は残しながらも,育児の足を引っぱることしかできない夫を育児に参加させないというのは,無能な人間を雇わないということと同じで,ものごとの自然というものだ。
 著者のいうことが現実のものになると,男はほんとにひっそりと生きていくしかないようにも思えるけれども,実際にはそうはならないだろう。そうなる男も出るだろうけど,活き活きとしだす男もいるはずだ。
 目下のところは,結婚という制度のもと,女の献身によって男は楽をしている。その献身を外されれば,男の実力差が出るだけだ。実力がある者はあるように,ない者はないように,それぞれやっていくことになるだけだ。それでいいと思う。

2013年10月22日火曜日

2013.10.21 岡田斗司夫 『あなたを天才にするスマートノート』

書名 あなたを天才にするスマートノート
著者 岡田斗司夫
発行所 文藝春秋
発行年月日 2011.02.25
価格(税別) 1,500円

● 買ってからけっこう寝かせておいたんだけど,そのことを後悔させられた。少しでも早く読んでおけばよかったよ,と。
 梅棹忠夫『知的生産の技術』以来,アウトプットを高める技法の紹介は,数え切れないほど提唱されてきた(と思う)けれども,本書はその底流をゆさぶるもの。この分野でひとつの画期をなすんじゃなかろうか。

● 言っていることは単純。「ノートを相手に考え続ける」ことだ。
 著者によれば,能力には発想力と表現力と論理力がある,と。その3つを兼ね備えている人は,じつはあんまりいない,と。
 本書のメインは,ノートの見開き2ページを毎日使おうよ,それで「論理訓練」をしましょうよ,というもの。

● 右ページから書き始める。あることがらについて,まずは下方向に「なぜ?」と掘りさげる。これをしないでいきなり解決策を考えるのはNG。
 上方向に「ということは?」「じゃあ,どうする?」と考える。左方向に,過去の類似の経験を探る。右方向に似たもの探しをしていく。
 そうしてできあがった論理に,最後に「自分の感情をいれる」。

● 左ページには,極端,ムチャ,ギャグを書く。そうすることによって,自分オリジナルができあがる。しかし,書くことがなければ,無理に書かなくていい。白紙のままでもよし。
 これをずっと繰り返していくと,個々バラバラなものがリンクしてくる。
 でも,これ,左右逆じゃダメかね。右を書いてから左を書くと,書いている右手が汚れるんだよなぁ。左利きの人にはいいだろうけど。

● で,次のようなことが諄々と説かれていく。
 ITツールではなくてノートを使った方がいい理由。
 自分の日記やノートをデジタル化してデータベースにすることの無意味さ。
 ノートに書くことによって悩みが軽減(もしくは消滅)するわけ。
 解決法を考える前に,「なぜ?」を充分に考え抜くことの大切さ。
 「面白くなることが人生で幸せになる一番効率のいい方法」で,そのためには自分が組みあげた論理にツッコミを入れてみることが重要だということ。
 人間の脳は工業ではなく農業でとらえるべきで,効率的にアウトプットを最大化しようとすると枯れてしまう,ムダな書きこみという腐葉土が必要だ,ということ。
 『7つの習慣』的な目標管理がダメなわけ。

● 最後の,『7つの習慣』的な目標管理に漂う胡散臭さは,多くの人が感じていると思う。実際にやった人は,やりながらこれってムダなんじゃないと思ったろうし(ぼくはやったことがないんだけど,危うくやりかけたことはある。その種の本をけっこう読んじゃってたからね),やった人は徒労感に包まれたに違いない。
 その理由を明確に言葉にして言われると,それが別に目新しいものではなくても,自分が感じていたモヤモヤはこれだったのかと気づくことになる。

● 学び方についてもタメになることが書いてある。
 師匠からなにかを学ぶ方法は「すべて信じる」です。(中略) モノを学ぶというのは,まず無批判に相手がやってることをすべて写すことから始まります。学ぶのが下手な人というのは,早い段階で批評や自分の意見をいれちゃうんですね。(p219)
 何かを学ぶ時は信者にならなきゃダメです。それぐらいやったら,ちゃんと効果はある。逆に,そんな様子を笑う人は,誰かの信者にもなれないくらいの中途半端な奴に決まってます。(p221)
 よく「批判的に読め」といわれるけれど,最初から批判的に読んでたら,学べるものはひとつもないってことになりそうだ。ひょっとすると,小学生の頃から「批判的に読め」と指導されているのかもしれない。罪つくりな言い方かもねぇ。

2012年11月25日日曜日

2012.11.24 岡田斗司夫・福井健策 『なんでコンテンツにカネを払うのさ?』


書名 なんでコンテンツにカネを払うのさ?
著者 岡田斗司夫・福井健策
発行所 阪急コミュニケーションズ
発行年月日 2011.12.07
価格(税別) 1,400円

● 副題は「デジタル時代のぼくらの著作権入門」。前半はその著作権の「現状と課題」的な話。
 しかし,本書の白眉は後半にある。岡田さんが自分のビジョンを展開する。これが面白い。

● 現行の著作権制度を維持するのは無理というのが,岡田さんの出発点。まず,「ユーザーが求めているのはコンテンツではない」(p112)と。
 では何かといえば,「お金を払う対象は,崇拝の対象となる人自身です」(p114)ということ。その人が産みだすコンテンツではなく,その人自身なのだ,と。

● それを受けて福井さんも言う。「ライブの売り上げがまったく落ちなかったのは,デジタルで代替できないから」(p119)だ。
 「ライブイベントの関係者に「どうやって稼いでいるの?」と尋ねると,入場料自体の収支は武道館のワンデーがフルハウスでやっとトントンというところで,大したことはない。(中略)じゃあ,何で収益を上げるのかといえば,大きいのはタオルなどのグッズなんですよ」(p119)ということ。
 では,なぜライブの観客がグッズを買うのかといえば,「臨在感を買おうとしているから」(p120)だ,と。

● 岡田さんは「コンテンツで食えるクリエイターは「世界で」1,000人が限度じゃないか」(p155)と大胆なことを言う。
 さらに「僕らが救うべきは,食うや食わずで創作を行っている貧乏なクリエイターではなく,無料で作品を作っているプチクリエイターなんですよ。こうしたクリエイターこそが,文化の多様性を生み出す最大多数です」(p157)とつないでいく。
 このあたりはスリリングといっていいほどに面白い。