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2021年10月4日月曜日

2021.10.04 弘兼憲史 『めざせ,命日が定年』

書名 めざせ,命日が定年
著者 弘兼憲史
発行所 幻冬舎
発行年月日 2020.04.15
価格(税別) 1,100円

● また読んでしまったよ,弘兼憲史さんの老人向け生き方本。この人,若いときから人生論,仕事論の本をたくさん書いている。自分から望んだのではなく,出版社からのリクエストに応じてきただけのことだろうけど。
 老いてから弘兼さんの説くようにできる人は,老いる前にも弘兼さんの説くようにできていた人なんだろうかな。

● たぶん,人は脱皮できるのだと思う。しかし,それができるのは何歳までだろうか。60歳になっても70歳になってもできるとは思えない。
 定年を迎えた時点で,定年後の人生がどんなものになるか,その勝負は決している。定年になってからバタバタしても手遅れだ。こうした本も定年後に読んでも遅い。

● 副題は「終わり笑えばすべてよし」。憶えておきたい言葉でしょ。あるいは,頼りたくなる言葉でしょ。
 生涯現役のすすめであるわけだが,現役の内実は仕事でなくてもいい。遊びでも何でもいい。時間をうっちゃるのではなくて,世間や家族のためではなく,自分のために楽しく過ごす術を持て,というのが本書の説くテーゼ。

● 以下に転載。
 人生はあるがままに生きて初めて輝きます。(中略)本当の人生は,むしろ定年後に始まると言っても過言ではありません。(p4)
 人間には,生まれたら必ず死ぬというプログラムがある。僕らはみんなそのプログラムの中で生きている。老いるということは,そのプログラムの最後の到達点に向かって,着実に歩を進めているということである。(p14)
 僕は「何かを成し遂げる人は年齢に関係なく何かを始める人」だと思っています。当たり前の話だけれど,何かを成し遂げるには何かを始めないといけない。(中略)会社のためでも家族のためでもなく,自分自分のために何かを成し遂げてみせる。おれは高齢者になったからこそ与えられる,大きなチャンス,大きな楽しみの一つなんじゃないでしょうか。ただし,チャンスはじっとしていたら掴めません。(p23)
 立てていた計画を修正するって,ものすごいエネルギーがいります。精神的にかなり疲弊します。そんなことになるくらいなら,最初から予定なんて立てずに,「先はどうなるかわからないけれど,まあまあ行くところまで行ってみよう」くらいの感じでいたほうが,ずっと楽に生きられるんじゃないでしょうか。(p27)
 人生というのは,逆らったところでどうにもならない,だからムダに考えすぎちゃいけない,ケセラセラ,なりゆきまかせでいいんだよ,ということだと思うんです。(p28)
 先のことはあんまり考えない。でも,今目の前にある仕事については考えて考えて考え抜く。(中略)むしろ計画がないからこそ全力投球できるというのが,僕の率直な感想です。(p28)
 叱るって,エネルギーがいるでしょ。(中略)僕の場合,叱る前に必ず30分くらい,あれこれシミュレーションして考えるんですよ。で,いろいろ考えるうちに,疲れちゃって,面倒臭くなっちゃって,結局叱らないで放っておく,となってしまう。(中略)年がいったら,エネルギーを使って消耗してくたびれるようなことは,できるだけ避けるに限りますよ。(p35)
 いくら一人でがんばったって,周囲からの応援がなければ何も始まらない。声援を得られるような言動を身につけて初めて,議員なり何なりになれるわけですよね。(中略)結局人生って,ある意味すべてが人気投票だと思うんですよね。(p38)
 僕の知る限り,成功者になって第一線を走り続けている人は,みんな概ねいい人です。コンプレックスや欠点もあるのでしょうけど,それを感じさせない,おおらかさや朗らかさがある。(p41)
 そういう時って,あまり深く考えないほうがいいです。大事なことだから真剣に,失敗できないから慎重に,と思う気持ちもわかりますけど,深く考えすぎるとかえってうまくいかないということもあります。(p46)
 反省するのは悪いことじゃないんですけど,そこにずっとこだわっていると,次もまたうまくいかなくなる。(p48)
 「失敗したらどうしよう」じゃなく「失敗してもいいや」で振り切るのがいいんです。(p49)
 特に年がいったら,ムキになるより頭下げたほうがスマートですよ。(p53)
 蓄えも年金も十分にあって,働く必要がなかったとしても,ゴロゴロしてちゃいけません。何かしら打ち込めるものを見つけたほうがいいんです。イキイキやれるなら,仕事でなくてもいい,遊びだって構いません。(p57)
 一人暮らしってやっぱりいいですよ,最高ですよ。本当に,これほどいいものはないって心底思いますよね。(p68)
 ただ,一人ぼっちで引きこもってしまうような一人暮らしは,やっぱりよくないですね。コミュニケーンをとるのがイヤで,とことん人を避けて暮らす。そういう極端な一人暮らしだと,むしろ人に迷惑をかけてしまうことになりかねません。(p70)
 見栄も世間体もかなぐり捨てて,一人で楽しいことをしたらいいんです。(p71)
 一度上げた生活はなかなか下げられないとか言いますけど,ンなもん,いくらでも下げられます。「金がないんだからしょうがねえな」って思うだけですよ。(p73)
 「手持ちのものでどう乗り切るか」という考え方が身についていれば,何があってもなんとかなると思えます。(p74)
 取り越し苦労に悩まされないためには,「何かあったらあったで,その時そこで考えればいいや」という胆力を養っておくこと。(p74)
 自分で言うのもなんですけど,速いんです,仕事が。というか,せっかちなんだな。何ごとにつけても,決めたらさっさとやるのが僕の強みかも知れません。(p75)
 漫画家ってこういう時,大人になれない人がとても多いんですよ。才能があるのに途中で終わってしまう人は,たいていそれです。編集者の意見を聞かないでごねたりする。これ,ものすごく損なことですよ。(中略)結局,実力一本の世界に見えて,マンガの世界も人間関係が重要なんです。なんだってそうですけど,一人でやれることなんて一つもない。(p77)
 仕事に関しては一人でやるより,何人かいてワイワイやってたほうが,やっぱりはかどるんですよね。というのも,一人でやってるとどうしても怠けちゃうんですよ。(p78)
 僕のオススメは,誰かと待ち合わせをした時に,約束時間の30分前に待ち合わせ場所い行くことです。で,その周りをちょっと歩いてみる。関心を持って眺めてみる。(中略)きっと面白そうなものと出会えますよ。(中略)待ち合わせ相手からは「30分も時間があったら退屈でしょう?」と言われますけど,とんでもない,30分家にいるほうがよっぽど退屈ですよ。楽しいことは,家の中より外の世界にあるんですから。(p83)
 なかなか眠れなくてもちょっと我慢すれば,10分ほどでパタッと寝られるともいうんですけど,(中略)僕,せっかちですからね,10分じっとしてるのがダメなんです。(p89)
 世の中腹を立ててもどうしようもない,抗ってみてもどうにもならないこともある。先に進むためには,潔く諦めることが必要な時もある。「まあ,いいか」は,前向きな意味での諦観でもあるんです。(p95)
 好き勝手にするまって損をするより,周囲から好かれて助けてもらったほうがずっと得。謙虚になるということは,老後を生きる術の一つと心得て,「身勝手山」からは下りるべきなのです。(p103)
 最近,シニアの間で「一人カラオケ」が流行っていると聞いたことがあります。と言っても,歌を歌うわけではありません。仕事をするための事務所代わりに使うのだそうです。(中略)でも,僕はやっぱりファミレスが好きです。(中略)一人こもって考えるより,大勢の中のほうがはかどるからです。(p110)
 よくインタビューなんかで「この作品のメッセージは何ですか?」って聞かれますけど,ないんです,そんなもの。みんなほとんどないと思います。(中略)メッセージ云々ではなく,好きだから描いている。(p117)

 ビートたけしも映画について同じような発言をしている。「メッセージなんてないよ! ジェットコースターに乗るのに理由なんてなくて,「面白い」からでしょ。映画はやっぱり面白ければいい」と。

 普通の本ならたいていネットで買えます。(中略)絶版になってしまった僕の漫画もアマゾンで入手可能でした。ですから,本は一度読んだら捨てる。必要になったらまた購入する。そういう付き合い方で十分なんじゃないでしょうか。(p125)
 あの良寛さんや一休さんも,70歳を過ぎて現役バリバリで恋愛を楽しんでいたそうです。良寛さんには貞心尼という尼さんが,一休さんには森女という盲目の恋人がいたのだとか。(p129)
 女たらしの役をやらせたらピカイチと言われた,ある俳優さんの話です。彼,女性と一緒に寝ている時に「私と一緒に死んでくれる?」って言われて,すんなり「いいよ」って言ったんだそうです。なんの迷いもなく,堂々と。なんだかもうそれだけで,「うわぁ,すげえ」って思いますよね。(p136)
 降りたことのない駅で降りて,その辺をぐるぐる歩いて,お寺や商店街なんかを見て回る。「これはいい」と感じた景色があったら,スマホやデジカメで撮ってみる。うまそうなうどん屋があったら,うどんを食って帰ってくる。これだけでも,立派に旅になるじゃないですか。(p164)
 冒険しようとするなら好奇心が大事です。漫然とじゃなく,しっかり観察しながらものを見る。でないと,せっかくの風景も「なんだ,どこにでもあるものじゃないか」としか思えないですからね。(p166)
 僕はツイッターとかインスタとか,いわゆるSNSというのは全然やりません。「自分の近況を人に知らせて何の意味があるんだ」と思いますし,そもそも忙しくてそんなことをしている時間がありません。(中略)最近は政治家も大統領もよくSNSをやってますけど,思うに,彼らはヒマなんじゃないですかね。(p175)
 SNSなどやらなくても,自分の外に自分を押し出していく手段を持っているからってのもあるかもね。実際,SNSの世界でインフルエンサーと呼ばれる人たちはSNSがなくても困らないんじゃないですかねぇ。
 会社のトップになる人ってキレイ好きな人が多いです。(中略)中には全然気にしない人もいますけど,きれいにしてる人と比べるとやっぱり野暮に見える。要するに本物の紳士というのは,公共の水回りも美しく使うということなんですよね。(p179)
 僕の場合むしろ「俺にやらせてくれ」って感じなんですよ。何しろ動いてないと死んじゃう回遊魚だから,人の分まで動きたくてしょうがない。(中略)積極的に体を動かすのは健康にもいいです。手足や指先をこまめに使うのはボケ防止にもなります。そう考えたら,動くっていうのはじっとしているより得なことが多いはずです。(p182)
 自分をよく見せたくて,服やアクセサリーにやたらお金をかけたがるお金持ちも多いですよね。でも,孫さんレベルともなるとまるで逆。毛玉ができたから新しく買い換えようなんて,そんなケチくさいことは考えない。毛玉を気にするヒマがあったら,新しい事業プランを考える。(中略)「お金があるからいい服を着よう」という発想が,もはやないんですよね。(p186)
 僕の高校時代の恩師が,亡くなる直前,こんなことを言ってました。「自分はもうすぐ死ぬけど,死ぬ瞬間自分がどういうふうになるのか,ちょっと楽しみだ」(p202)
 生も死も同じ人生の地続きだと考えれば,どう生きたかがどう死ぬかに結びつくことになる。結局僕らにできることは,どう死ぬか以前に,残された今をどう生き切るかということなんじゃないでしょうか。(p209)

2021年7月28日水曜日

2021.07.28 弘兼憲史 『50歳すぎたら,「まあ,いいか」「それがどうした」「人それぞれ」でいこう』

書名 50歳すぎたら,「まあ,いいか」「それがどうした」「人それぞれ」でいこう
著者 弘兼憲史
発行所 幻冬舎
発行年月日 2018.08.25
価格(税別) 1,100円

● この著者の “老後の生き方” 本はすでにいくつか読んでいるんだけれども,見つけると読んでしまう。
 はるかな昔,受験生だった頃は合格体験記をよく読んでいた。合格者の軌跡を辿っていると,自分も勉強して合格したような気分になれたからだ。
 もちろん,合格体験記を読んで合格できれば極楽中の極楽なわけで,たいていは論語読みの論語知らずに堕ちるだけのことだ。参考書や問題集は何がいいかとか,そうした情報には詳しくなるが(ただし,それが自分に合うかどうかは考えもしない),参考書や問題集を開くことはないのだから,結果において合格することはない。

● 長じてからも同じようなことを繰り返している。高齢期になって “老後の生き方” 本を読むのは,典型的にそうだろう。
 こういうのを読んだからといって,合格できるとは限らない。実際に自分が老後をどう生きられるかは,こういうものを読むかどうかとは別のところで決まるだろう。

● ので,“老後の生き方” 本を読むのがあまりいいことだとも思っていないのだが,17歳の魂は65歳になっても続いているということですなぁ。
 まぁ,本はすべからく,ビジネス書や自己啓発本もそうだが,読み物として面白ければそれでいいのだ。数時間を面白く過ごせればそれでいいのであって,その上に読書を何かの役に立てようとするのは,欲が深すぎるようにも思う。

● 以下に転載。
 面白く生きる。それが後半人生の基本だと僕は考えています。(中略)面白いことを見つけて,それをやることが,面白く生きることではないのです。どんなことも,何だって,面白がってやる。そこに面白く生きる人生があるのです。(p3)
 面白そうに,楽しげに,人生を送っている人もいるし,しかつめらしい顔が定番で,「人生苦悩だ」みたいな風情の人もいます。しかし,抱えている状況はたいしてちがいがなかったりする。(p13)
 自分で目標や課題をいっぱいつくって,それを達成するためにがんばる,というのも,案外,人生をつまらなくするのだ,と思います。(p14)
 状況にのめり込むからつらさが増すばかりとなるのです。状況から距離を置いて,客観的に眺めてみると,いろいろな方策が思い浮かんできたりするものです。(p15)
 どうせ楽しみなんかない,と塞ぎ込んでいたり,人生楽しくなくたっていい,と投げやりになっていたりしたら,ほんとうにその通りの人生になってしまうのだ,と思います。(p24)
 躊躇したり,迷ったりなんかしていないで,やりたいことはやったほうがいい。失敗したっていいじゃないですか。人生は片道切符です。行った道を戻ってくることはないのです。戻ってくるのであれば,失敗の苦さを,飲んだ煮え湯を,折り返してきて,また味わわなければならなくなりますが,片道切符にその心配はありません。(p27)
 美しさの源泉は,人への気遣い,そして何より感謝の思いでしょう。最後に感謝を思う人生,感謝しながら死んでいく人生は,美しいのです。感謝の思いと繋がっているのが納得感だという気がします。「あれもやった。これもできた。やり残したことはない」 そんな納得感があったら,感謝の思いが湧いてきます。(p39)
 「笑顔」は人生を楽しむうえで,人生を面白くするうえで,重要な要素だと思います。笑顔がチャーミングな人のまわりには,たくさん人が集まってきますし,その場の雰囲気も和やかなものになります。(中略)あえて僕はいいたいのです。「つらいときこそ,無理して笑顔をつくろう」(中略)もちろん,無理やりのつくり笑顔です。しかし,それでその場は剣呑な空気になることから,かろうじて救われる。(p48)
 何ごともこだわると面倒くさいし,しんどい。(中略)馴染みの店を一軒くらいもってこそ,大人といえる,なんて考えもあるようですが,僕には面倒くさいとしか思えません。(p53)
 人生面白くない,いいことなんか何もないじゃないか・・・・・・。そんなふうに感じている人には,ある共通項があるように思います。人と自分を比べているというのがそれです。(p64)
 本来人は孤独なのです。その本来の姿を愉しめばいい。独りぼっちは寂しいというのは,思い込みでしかありません。(p71)
 ある分野で傑出した才能を発揮するのがオタクなのです。とくにものをつくり出すクリエーティブな分野では,それが顕著のように思います。(p82)
 けっして絵がうまいわけじゃない。(中略)しかし,漫画としての “力” がある。その力の源泉は,おそらく,オタクとしての「熱」なのだ,と僕は思っています。(p83)
 クヨクヨするのも,落ち込むのも,時間の無駄です。「まあ,いいか」と諦めて(現実を受け容れて),次なる一歩を踏み出したほうがいい。(中略)気持ちを切り替えて,明日に踏み出したら,そこには別の風が吹いています。(p89)
 若い世代には,「何がやりたいか,わからない」という人が少なくありませんが,結局,頭で考えているだけで何もやっていないのじゃないかと思います。やりたいことがわかってからやる,という姿勢ではいつまでたっても動けない。(p94)
 どの瞬間も,目の前にあることを全力でこなしていく。刹那主義とはそういうことなのだと思いますし,その意味ではぼくは刹那主義者です。人生が一〇〇年に延びようと,それが刹那の積み重ねである,という基本は変わりません。(中略)常に目の前のことに本気を出して取り組む。それ以外に本気の出しようなんかないのです。(中略)じつはそのことが,人生を楽しむことに,人生を面白く生きることに繋がっている。(p104)
 肝心なのは笑顔です。もの怖じせず,はっきりものをいうのはいいですが,そのとき仏頂面だったら,ただの “小生意気な若造” になってしまいます。笑顔が加わってはじめて,「爺殺し」の三種の神器が出そろうことになる。(p142)
 いわゆる,費用対効果ですが,たとえば,遊びでもこれを考えないと,中身が薄いものになるのです。(p164)
 夢をもつのは美しいこと,もたないのはロマンに欠ける,といった風潮があるようですが,これにも僕は反対です。(中略)夢をもっていないということは,現実に立脚しているということでしょう。(p170)
 遊ぶ子どもの声に感動を覚えるのは,子どもたちが無邪気に,心底,遊びに打ち込んでいるからでしょう。これが遊びの真髄。余計なことは考えず,とことん打ち込んでこその遊びです。(p197)
 文豪たちが原稿を書いている写真を見ると,太い万年筆の真ん中あたりをおもっている人が多い。ペン先に近い根元をもつよりかっこいいのです。なんともサマになっているあの執筆姿は,やはり,万年筆ならではでしょう。(p207)
 心配事や悩みのほとんどは,どうでもいいことか,どうしようもないことではありませんか。(中略)そのとき問題がなければ,健康の心配などどうでもいいことだ,と僕は思っています。(中略)どうでもいいこと,どうしようもないことは考えない。というより放っておくのです。そして,今日(いま)を楽しむことに全力を傾ける。くよくよするのは考えることで,それに縛られるからです。(p221)
 僕がいっている楽しく生きるということの意味は,楽しいことをするということではありません。することを楽しむということなのです。(p223)

2021年6月15日火曜日

2021.06.15 弘兼憲史 『弘兼流50歳からの定年準備』

書名 弘兼流50歳からの定年準備
著者 弘兼憲史
発行所 東洋経済新報社
発行年月日 2018.08.23
価格(税別) 1,000円

● 50歳からどうすべきかを書けるのは,60歳とか70歳になってからになる。ぼくもその歳になっているわけだが,50歳の人に対して何か語るべきことがあるかといえば,あまりないような気がする。
 というか,60歳で定年退職をしたばかりの頃はあったような記憶があるのだが,すでに往事茫々として,詳しいことは憶えていない。

● ただ,言えるとすれば,本書のタイトルのことだ。定年後のことを定年になってから考えたのでは遅すぎる。定年後の人生がどうなるかは,定年になった時点では決着がついてしまっている。すでに勝負は決している。
 だから,50歳から考えていないといけない。考えただけではダメで,具体的に準備を始めていなければいけない。具体的にどうすればいいかといえば,定年になって時間ができたらやってみたいと思っていることを,50歳から始めてみることだ。できる範囲でやっておくこと。やり続けること。
 そうして,それが本当にやりたかったことなのかどうかを確認しておくこと。これじゃないというのであれば,また考えて試してみること。要するに,定年後の予行演習をやっておけということだ。

● 以下に転載。
 会社で自分が将来どんな処遇になるのか,なんとなく見えてくるのも50代です。(中略)一発逆転は,よほどのことがないかぎり難しいでしょう。それでもいいじゃないかというのが,本書の一番のメッセージです。(p4)
 アランの『幸福論』の中に,「悲観主義は気分によるもの,楽観主義は意志によるものである」という有名な言葉があります。日常は気分に流されがちだからこそ,しっかり意志を持つことが大事なのだと思います。(p6)
 ピンチが多いということは,むしろ従来にないチャンスに出会える可能性が高いということでもあります。(p8)
 隣の芝生が青く見えるのは人間の性ですが,人は人,自分は自分と割り切る。50歳といえば,もうそういう分別がつく年代のはずです。(p23)
 世間の常識や世間体に縛られることは,決して幸福ではありません。結果はどうであれ,自分で考えて道を選ぶことこそ,真の幸福につながるのではないでしょうか。(中略)その際に基準にすべきは,「どうすればもっと自分が楽しめる人生になるか」ということです。(p32)
 人間社会においてもっとも気をつけるべきは,孤立することです。(中略)「逆らわず,いつもニコニコ,従わず」(p49)
 効率一辺倒ではなく,あえて非効率なことに身を置いてみると,新たな価値観に気づけるはずです。単純に言えば,何かバカバカしいことをやってみればいいのです。(p58)
 僕は,ひとりの時間を大事にしたい。(中略)傍から見れば「孤独」かもしれませんが,ひとりだからこそできることはたくさんあるし,それこそが人生を豊かにしてくれると信じています。その結果としての「孤独死」なら,文句なし。(p65)
 概して日本の高齢者はお金持ちなのです。そのお金持ちの高齢者を,お金持ちではない現役世代が支えて汲々としている。(p93)
 70~80歳にもなって,豪邸に住む必要はありません。高齢になってもっとも気楽な空間というと,せいぜい六畳一間か二間といったところでしょう。(p96)
 幸せとは「幸せと感じる心」のことです。(中略)身体が動くうちに,どんどんお金を使ってどんどん楽しんだほうが,幸せの度合いは大きくなるはずです。(p98)
 家の中にいて役に立たないから嫌われるのです。(p102)
 私見によれば,家族サービスに熱心な父親は,会社であまり出世しません。家族を優先するということは,必然的に仕事は後回しになるわけです。逆に出世する人は,だいたい家庭が壊れている。(中略)つまり仕事と家庭というのは,なかなか両立できないというのが現実ではないでしょうか。両方ともうまくいっている人は稀です。(p109)
 アメリカでは,イェール大学やハーバード大学のようなエリートの学生ほど大企業は志向せず,自らでベンチャー企業を起こそうとする傾向があると言われています。それが軌道に乗ってきたら,その事業ごと大企業に売却して,またゼロから会社を起ち上げたりする。(中略)このバイタリティが,アメリカ経済の強さの根源でしょう。(p123)
 もともと成績が良かったり好きだったりする科目をもっと集中的に勉強させたほうが,ひょっとしたら将来突出した人物になるのではないでしょうか。平均的に全体を力を上げるより,よほど効果的な気がします。(p127)
 フランス料理の第一線で活躍している人は,大学まで行っていない人が多いと思います。ところが料理の腕はもちろん,フランス語も流暢に話せたりする。修行の過程で,どうしても必要になって学んだのでしょう。これは言葉ばかりでなく,すべての技術や知恵にも当てはまることだと思います。(p128)
 多くの子どもは,緩めれば緩めるほど,楽なほうへと流れるだけです。多様化・個性化とは,人と違う道を行くということです。それを本格的に目指すなら,今までよりももっと厳しい世界が待っている。(p131)
 子どものうちは,知識が圧倒的に足りないわけです。それを一度は網羅的に知っておかないと,自分は何が好きか嫌いかもわからない。(p133)
 漫画家にとって重要なのは,絵の上手下手より,物語を作る能力があるかどうかです。物語が面白ければ,たとえ絵が下手でも,それがかえって味になったりするのです。(p138)
 今は雑誌ごとにいろいろな新人賞があり,入賞するのは毎年10~20人にものぼります。しかし,その中で数年後にも漫画を描いてメシを食えている人は,ほとんどいません。(中略)一方で,『ビッグコミック』などの連載陣は何年も変わならなったりします。これは既得権が新人を排除しているわけではありません。ベテランを押しのけるほどの人材が,登場していないのです。こうした現状から考えられることは1つ。漫画家志望の若い人には,圧倒的に努力や根性が足りないということです。(中略)まず当然ながら,毎日必死に描く覚悟を決めること。質はともかく,量で上回るくらいでなければ,勝負になりません。(p139)
 認知症の高齢者に思い出話を聞くと,つらかったことはすべて忘れ,楽しかったことやおいしかったことはびっくりするくらいよく覚えているそうです。これは,人間の防衛本能なのかもしれません。(p150)
 僕の漫画に登場する男女は,ステキに出会って恋愛に発展することがよくあります。しかし現実では,なかなかそううまくはいきません。ストーリーは取材や実体験をもとに練ることも多いのですが,ステキな部分はほとんどフィクションです。(p156)
 かつて名優ジョン・ウェインがガンで亡くなったときも,最後まで「痛い」とはひと言も言わなかったそうです。どれほど痛くても,それだけは言うまい。カッコいいイメージのままで死にたいと心に決めていたのでしょう。(p183)
 日常で腹の立つことはいろいろあります。しかし次の瞬間,「怒るのはエネルギーと時間のムダ」と自分に言い聞かせる。そのリソースを楽しいこと,面白いことに振り向けようと考えるわけです。(p188)

2021年3月8日月曜日

2021.03.08 弘兼憲史 『弘兼流 「老春時代」を愉快に生きる』

書名 弘兼流 「老春時代」を愉快に生きる
著者 弘兼憲史
発行所 海竜社
発行年月日 2020.08.29
価格(税別) 1,000円

● 老いをどう生きるかをテーマにした本をずいぶん読んだ。自分がそういう年齢になっているからだが,その年齢になったからといってその種の本を読むのは,最もつまらない人間かもしれない。
 かつて,「中1コース」や「高1時代」という特定の年齢層に向けた雑誌が学研や旺文社から出ていたが,「中1コース」を読む中学1年生や「高1時代」を読んでいる高校1年生は,基本,つまらない人種ではないか。
 かつての自分がそうだった。老いてもなお変わっていないということだ。

● この本もそうだけれども,特に尖ったことが書いてあるわけではない。内容からして尖りようがないはずだ。
 この本で特に熱心に著者が説いているのは,人間関係の断捨離だ。嫌な人から離れろということだ。大事なことだが,老年期になれば自ずとそうなっている人が多いのではないか。
 ぼくは元々,人間関係の構築や維持に熱心ではなかったから,切らなければならないような人間関係は引きずっていない。それでも自らフラッシュバックを招来するようなことをしてしまっているが。

● 老後をどう生きるかくらいは,人の知恵を借りずに,自分で考えて自分で決めたいものだ。
 と言いながら,以下に転載。
 私はこう考えます。「悠々自適が幸福とは限らない」「死ぬまで働くことは悲劇的なことではない」「死ぬまで愉しくチャレンジ」(p4)
 ヘタにお利口になるよりも,バカでも好奇心が健在であるほうが,人生は愉快なはずです。(p18)
 重い罪を犯し実刑判決が確定した人間は,移動の自由を奪われます。それが,罪を犯した人間に対する罰として,もっとも効果的だからにほかなりません。(p24)
 なぜ若い人に「教えてください」と言えないのでしょうか。それができない高齢者は悲しい存在です。(p43)
 自分が利口だと思っているからダメなんだよ。自分がバカだと思っていれば,いろいろなことを教えてもらえるし,発見もあるんだよ。(p48)
 二度目の現役人生で健康寿命を延ばすために大切なのは「食」と「運動」です。神経質になる必要はありません。私流のポイントは「無理をしない」につきます。(p52)
 忘れてはならないのは,いくつになっても,自分ができることがあるということ。それを実行することで「重宝される」生き方があるということです。(p60)
 私たちは今回,外出自粛,三密回避など行動が制約される中で,これまで常識とされてきたライフスタイル以外のライフスタイルがあることを知りました。(中略)また,多くの人が「誰かと会わなくてもそんなに困らない」ということにも気づきました。(p79)
 妻が夫に求めているのは「聞いてもらう」と「共感してもらう」であって,論理や解決策の提示などまったく求めていないというわけです。(中略)男性と女性,その諍いの原因は,どちらが正しいかではないのです。ただ「違う」ということなのです。(p84)
 人は得てして,土俵が前にあると,つい上がりたくなる。土俵に上がれば戦いたくもなってしまう。だから,相手が土俵に上がりそうなら,自分は静かにその場から去る。(p91)
 人類は,体が動かなくなって亡くなる直前まで,なんらかの形で働いてきた時代のほうが圧倒的に長いわけです。(p103)
 「禍福はあざなえる縄のごとし」という言葉もあります。(中略)先に出世したからといって,人生の勝ち負けが決まるわけではないのです。(p108)
 私の知るかぎり,はじめから社長になることを目的としている人は社長にはなれません。(p108)
 過去に決めた選択が正解だったか誤りだったかを,現在の状態で判断してはいけないように思います。選択が正しいかどうか,その答えはその人が人生を終えたとき,初めて見えてきます。(p111)
 結局,日々をどのように生きていくか,そのプロセスを大事にいていくことこそ,人生の醍醐味なのではないでしょうか。(p111)
 「自分の仕事に対してどのような感情を抱きながら臨むか」
結局,仕事における一流と二流,三流の違いは,そこに尽きるような気がします。(p113)
 恵まれたセカンドステージを得る人は,そのためにファーストステージでがんばってきた人だからです。(p127)
 『トム・ソーヤの冒険』に出てくる,ペンキ塗りの話を思い出してください。(中略)同じ仕事でも嫌々やるのでなく愉しんでやっていれば,新しい展開,新しい発見があるということを教えてくれます。はじめから好きな仕事など滅多にありません。続けることで好きになるものなのです。(p136)
 人生の終盤を「老春時代」にするためには,とにかくマイナスの感情とつきあう時間を少なくすることです。(中略)しつこいマイナスの感情を無菌化するためにはどうすればいいか。方法はじつにシンプルです。とにかく,そのきっかけとなった人間,場所から遠ざかるのです。(p154)
 人生の後半期は悪人になったほうが間違いなく快適です。(中略)プライベートの関係なら,最大限「離」を心がけるべきです。(中略)「老春」のためには不快な距離感,ギクシャク感を感じさせる人間関係からは離れることです。(p155)
 「暗いお客さんはイヤですね」
 銀座で長くクラブを経営しているママがそんなことをいっていました。その理由を尋ねるとこういいました。「ほかのお客さんまで暗くなっちゃう。営業妨害ね」(p157)
 人生の残り時間は限られています。余計な人との余計なつきあいは時間の無駄づかいといってもいいでしょう。(p161)
 「その歳で,なんてパワフルなんだ」
 そう感心してしまう人がいます。たとえば,江戸時代,文化・芸術の分野で赫々たる業績を残した葛飾北斎,貝原益軒,伊能忠敬の3人はその代表格かもしれません。(中略)3人に共通しているのは高齢になってからも精力的に仕事を続けたことです。(p164)
 壮年も老年もできるだけ外に出るべきです。歩いて,キョロキョロしているだけでも,なにかしらの発見があります。(p166)
 どんなシーンでも,まず相手を褒めることを心がけます。(中略)新たな人間関係で他人の心を開くカギです。(p176)
 私のポリシーは「年齢やポジションに関係なく,ふだんから敬語を使う」です。(中略)成功している経営者はとても魅力的な人たちなのですが,共通しているのは言葉遣いがとても謙虚だということです。(p183)
 言葉というものは不思議なもので,いったん口に出してしまうと自分を縛ってしまう力があります。(p196)

2020年10月22日木曜日

2020.10.22 弘兼憲史 『俺たちの老いじたく 50代で始めて70代でわかったこと』

書名 俺たちの老いじたく 50代で始めて70代でわかったこと
著者 弘兼憲史
発行所 祥伝社
発行年月日 2019.12.10
価格(税別) 1,300円

● 20年前に刊行したもののリメイク版。まえがきと序章を読めば本書を読んだことになりそうだ。
 が,一切の外的条件から自由になれだとか,主観を強めることで客観(現実の事象)を抑え込むとか,悟りを啓いた高僧でもできないだろうと思えることが説かれる。
 間違ってはいないのだろうが,そこに至るための具体的方法論(もしあれば)も併せて提唱しないと,何も言っていないに等しいのではないか。

● あるいは,生きがいを持てば,免疫系が強まり,病気をも克服しやすくなるとかね。生きがい万能論。
 これも正しいのだと思う。今日できることは明日に延ばすな,というのと同じ程度には。つまり,誰でも知っているのだ。
 が,生きがいを持てている人はさほどに多くはない。知らないから持てないのではなくて,知っていても持てないのだ。正論を述べて終わりでは,やはり何も言っていないに等しい。要するに,何の情報も付け加えていないわけだから。

● 以下に多すぎる転載。
 自立とはなにものにも頼らず,自分の居場所を楽しめる精神の快活さのことだ。(p7)
 運命が過酷になるのは,希望を持たなくなったときあkらだろう。希望さえ抱き続ければ,人生で起こる大多数の出来事はちょっとだけ憂鬱な事柄にすぎない。(中略)現実がどうあろうとそれに左右されにですっきり立ち続けることができるかどうかだ。言い換えれば,一切の外的条件から自由になることだろう。(p7)
 二〇歳が人生に感じる豊かな可能性への予感は,五〇代にも当然あっていい。ないというなら,五〇年分の垢をため込んで身も心もズッシリ重くなっているんじゃないかと心配する。(p16)
 幸せとは何だろう。金銭も地位も客観的現実にすぎない。それを幸せと感じるのは主観だから,幸せの正体は「幸せだと感じる心」があることだろう。(p23)
 値段とか地位とか,比較され得るものから得られる幸福感は,つねに不幸感と隣合わせだ。自分より上が現れれば,途端に幸福ではなくなる。
 比較しないというのはどういうことか。他人があらゆる意味できにならないということだ。自分だけのくつろげる空気に浸っていられることだ。(p26)
 生きていくのに大切なのは,世間が押しつけてくるモノサシを蹴っ飛ばして,生きたいように生きようと思う,そんな主観の強さだろう。言い換えれば,自分の内部に自分だけのモノサシを持つ。(中略)誤解されやすい言葉だけど,「地球は自分中心に回っている」と思ってもいい。(中略)自分があるから,周りの世界があるんだということだ。世界は自分の脳内に生まれた幻影だと思っても差し支えない。(p34)
 世の中のモノサシは全部川に流してしまうのだから,慚愧にたえない過去はもう忘れていい。モノサシがなくなればそこにいるのは別の人間だ。一度死に,そして生き返ることと同じなのだ。新しい人間としてこれからを生きる。少なくともその覚悟だけは旺盛に持つ。(p35)
 気力も主観だから,主観を強めることで客観を抑え込む。(中略)楽しいことを探す姿勢,生きがいを持とうとする姿勢が,「気」の高まりとなる。(p44)
 ぼくは典型的なB型のマイペース人間だ。ゴルフのアプローチのときでも,絶対に成功するいいイメージだけを考える。(中略)ぼくのようなタイプは,失敗したときのことを不必要に考えて悩まない。たぶん重病にかかっても,「なんとかなるさ」と,見舞いに来てくれた友人と,バカ話をする口だ。こういう気持ちが最大の治療法なのだそうだ。(p50)
 生きがいを持てない人の多くは,生きがいを探す以前に,自分に自信を持てない人が多い。自分を好きになれる人なら,生きがいを探すのにそう苦労しない。(中略)自分を好きになったり,自信を持つとはどういうことか、「我を忘れる自分」を知っていることだ。(p56)
 自分が肯定できれば,他人も肯定できるようになる。(中略)他人のアラばかり探すような生き方は,自己治癒力の低下にもつながる。損じゃないか。(p58)
 髪の毛が薄くなったり少なくなるのはやむを得ない。でも腹がせり出してくるのは,それと同列に語れない。それは(中略)「自己をコントロールする能力の欠如」なのだ。(中略)気にならないというのは単なる試合放棄,自分をコントロールする気持ちの張りすらなくなってしまっているということじゃないか。(p62)
 上昇志向はポキンと折れやすい。それは生きることの本質ではないからだ。(p78)
 気後れは,「人生の土俵は二〇代から定年までの四〇年間にある」と思うからだ。その時間を無為に過ごしたという思いから来る。そして,この歳でうまくやっていけるだろうかと臆してしまう。
 でもこれは間違っている。人生の勝負は常に「今」しかない。(p85)
 今やっていることが必ずその人らしさを作っていく。「あの人は昔,銀行の支店長だったんだよ」といくら近所の子どもに言っても,フーンで終わりだ。今が漁師ならその人は漁師なのだ。(p87)
 定年までの舞台が会社なら,定年後の舞台は家庭だろう。家庭でどれだけダンディでいられるか。(中略)舞台が変わってもダンディであろうとすれば,自分のことは自分でやれる男にならなければならない。(p95)
 妻にかっこいいと思わせるしかない。(中略)むずかしいことではない。身の回りのことは自分でやればいい。それだけだろう。(p97)
 素人料理のコツは手を抜くことだ。(中略)料理は手を抜けば抜くほどオリジナルになる。(p106)
 性の不一致というが,男と女の関係は性だけではない。一緒にいることが自然で,ホッとする空気がある。それが情緒だ。情緒の不一致は性の不一致以上にたがいを引き裂く。(中略)セックスレスでもうまくいっている夫婦は,情緒が合っている、(p118)
 定年をすぎると男は気弱で小さくなる。仕事とか会社とか地位とか,二回りも三回りも自分を大きく見せていた装置がなくなって,元の姿に戻ったということだろう。(p121)
 ならば今,何をすべきか。はしゃぎたい気持ちを抑えないことだ。(中略)いい歳してバカなことをやっていると思うなら,あなたの中の「少年」はすでに窒息してしまっている。(p123)
 買うのなら,可能な範囲で一番気に入ったモノを一個だけ買い,わが子のように大切にしたい。(p130)
 モノを修理して使う感覚を忘れてしまっていないか。(中略)何回も修理しているうちに,気のきいた趣味のひとつになるはずだ。(p132)
 贅を語れる人は,粗も語れなければならない。(中略)粗とはシンプルであるがゆに,その本質を堂々と表してしまっているものだ。(p134)
 若さの力は凄いもので,見ばえで言えば,特にオシャレをしなくても,溌剌さ,初々しさは伝わってくる。後半生になるとそうはいかない。だからこそ後半生でのオシャレが必要になる。(p137)
 外面が決まっていれば,きっといい人生を送ってきたんだと無条件に納得する。(p138)
 背広を着ている男を周囲の人が見て,「この人はサラリーマンだな」と思うなら,それは仕事着にすぎない。そうではなく,何をやっているか分からないが背広が似合うと思われたい。そういう男でありたいのだ。(p139)
 ひとり遊びができることが,自立している証拠だ。(p156)
 意外なものに出会って面白いと思えるのは,そろばんが得意とか字がきれいに書けるのと同じレベルの能力だと思う。(p166)
 たとえバス停で五〇分待たされても焦ることはない。(中略)五〇分間,停留所の周辺をウロウロできるほど自由なのだと思いたい。(p168)
 なぜ彼女たち(四〇代,五〇代の女性たち)は元気がいいのか。まず,周囲との年齢差を気にしない。一〇代向けの店にもどんどん入って,彼らと同じものを頼んで嬉々としている。(中略)もうひとつ彼女たちの元気の元には,人の気持ちをあまり忖度しないというのもあるだろう。(中略)自らの行動範囲を限定しない女性たちのなりふり構わなさは,十分に男たちのテキストになる。(p169)
 どんな趣味も,テーマを絞り込んだほうが面白い。(p180)
 一生懸命時間を作って,ヨシこれで明日はゴルフだ,そうおもうからわくわくする。(中略)いつでもできるなら何も今日やらなくてもと思うはずだ。(p183)
 プロを目指すのでないかぎり,早く始めたかどうかは関係ないはずだ。(p184)
 土に触るのは気持ちがいい。「気持ち悪い」という女性もいるが,生命力が弱くなっているんじゃないか。(p186)
 人生は死ぬまで未完なのだ。明日,何が起こるかすら分からない。(中略)人生を完成させることができるのは死だけだ。死をどう考え,どう対応するか。もともと,「生き様」なんて言葉はなかった。あったのは「死に様」という言葉だけだ。それほど死に方,人生のピリオドの打ち方は重要なのだ。(中略)散らかしっぱなし,迷惑のかけっぱなしでも,腹の据わった死に様ならば,周囲は納得してくれる。タレ流しのような人生でも,去るときの清々しさが,すべてを帳消しにしてくれる。(p202)
 最終的には「死んでみせる」ことを自らの存在理由にする。(p210)
 心を支配するものが欲望やモノだけだったら,心は何の仕事もしていないことになる。心の仕事とは,心自体を楽しませることだ。(p211)

2019年8月16日金曜日

2019.08.16 弘兼憲史 『60歳からをどう生きるか』

書名 60歳からをどう生きるか
著者 弘兼憲史
発行所 新講社
発行年月日 2013.08.26
価格(税別) 1,300円

● 「過去に呼んだ本を読み返す,前に見た映画を見直す」という勧めがある。それができる人は勝ち組かもしれない。若いときから読書と映画に親しんできたわけだから。それが可能な人が,さて全国の60歳に何割いるか。

● 「何気ないことを20代,30代,40代,50代というふうに思いだし,記録しておきましょう。きっとこれからの人生を勇気づけてくれるよ」ともある。60になってから思いだす作業をするところに妙味があるのだろうが,まだ若い人がそうした記録を残そうとすれば,Twitterを使うのが最も簡便だと思う。

● 以下に転載。
 わたしは「黄昏流星群」がこれほど長く続くとは思っていませんでした。描くネタは尽きません。団塊の世代には多様な姿,スタイルがあり,活力に満ちているからです。(p29)
 お金がかからないことのほうが,ぜいたくするより落ち着きます。(中略)わたしたちの世代はやはり「ぜいたく」を否定したい意識が心の底にあります。(p41)
 若さに秘訣があるとすれば,それは「やりたいことがあるかどうか」です。(p49)
 わたしの経験で申し訳ありませんが,完璧な準備などできたことはありません。(中略)見切り発車ではありませんが,まず始めてみることだと思います。(p51)
 誰かに好かれたいというのは,とてもエネルギーを使います。エネルギーがない人間は,やはり異性からモテません。(p67)
 よく年寄りが怒鳴っていたのは,わからない,あるいは面倒くさいからだったんだということが,自分がこの年齢になってみてよくわかりました。(p72)
 アクティブというと,バイクに乗ったり,スキーや登山をしたりと,体を動かすというイメージですが,わたしは,頭を使う会に参加することも,アクティブに加えてもいいと思います。(p107)
 高齢者になったら「ありがとう」を口癖にしましょう。静かに穏やかに日に何度もこの言葉が口から出れば,きっとすばらしい後半生が待っていると思います。(p121)
 生活習慣で重要になるのが,運動です。「運動が嫌いだから薬を飲んでいる」という高齢者がいます。その話を聞いて,すでに軽度な寝たきりと同じではないかと思いました。(中略)「血糖値が高いから薬で抑える」「血圧を下げる薬を常用している」という前に,運動と食事で改善してみましょう。薬に頼るのは80歳からだとわたしは自分に言い聞かせています。(p126)
 わたしは必ず下調べを十分にします。調べすぎると現地を訪れたときに新鮮な発見や驚きがないと思われるかもしれませんが,下調べをすることで,興味のアンテナが間違いなく大きく広がるはずです。(p132)
 (「タイタニック」に)こんなワンシーンがあります。主人公役のディカプリオが,船底の客室からセレブたちが乗る特等席にタキシード姿で現れます。あの労働者の移民が,たちまちセレブな人種に見えるから不思議です。それこそが着るものの力。(p158)

2019年3月30日土曜日

2019.03.30 弘兼憲史 『男子の作法』

書名 男子の作法
著者 弘兼憲史
発行所 SB新書
発行年月日 2017.01.15
価格(税別) 800円

● そんなことは知ってるよ,と言いたくなることが書かれている。いや,自分はそうは思わない,というところもあるかもしれないが。
 が,知っているのとできているのとは全くの別物。このとおりにできたら確かに人生の達人で,著者はたぶんやってきたのだろう。というわけで,静かな迫力がある。

● 以下に転載。
 世の中には自己啓発本が好きな人種というのがいる。(中略)そういう本に振り回されちゃいけない。(p5)
 高級店でもコストパフォーマンスが悪い店はダメだ。(p19)
 銀座の高級鮨店には,値段に見合った仕事がある。これはどの高級店にも通じることだが,秒を争うような温度管理がなされている。(p10)
 その日の一番いい食材を一番美味しい方法で食べたかったら,店がすすめる料理や作法に従ったほうがいい。(p25)
 パリなんかは内陸部だから,新鮮な素材が入ってこない時代はソースにこだわって勝負していた。(中略)今は内陸部でも新鮮な素材がどんどん入ってくるから,その必要がなくなって素材の味を引き出すようになったわけだ。(p25)
 ゆで時間が10秒過ぎると美味い料理も不味くなる。葉野菜なんかをゆでたりするときは,色がきれいな緑になった瞬間に火を止めなきゃいけない。10秒ずれたらもうおしまいだ。(p33)
 人生で最もストレスを抱える時期が,男性は40代,女性は20代というデータがある。(中略)そういう時期の女性にとって,同じく人生の転換期にある40代の男性はストレスを解消するのに最適な相手となる。(p55)
 そもそも人間はひとりでは生きていけない。だが,男はどこかに自分ひとりでやっていく心構えというものを持っていたほうがいい。起業する場合なんかでも,共同よりひとりでやったほうがいいと思う。(p61)
 他人の感情を読み取るのが苦手な男にとって,上下の関係がはっきりしている組織は楽な環境だ。それだけに会社という組織の中で長い間生きてきた男が,定年退職をして上下関係の介在しない社会に放り出されると,周囲の人たちとコミュニケーションが上手くとれうに孤立してしまうケースが多い。(p62)
 男は違う世界で生きてきた人間とは,簡単に打ち解けることができない傾向がある。(p64)
 編集者から,マーケティングリサーチの結果,こういう漫画を書いたらヒットが狙えると言われてもほとんど従ったことがない。自分が描きたいものを描いてダメだったらそれで仕方ない。(p69)
 漫画家になってからは,時間帯によっていろいろな客が集まるファミレスが人間観察の場となった。同じ空間なのに午前中には午前中の顔があって,夜はまた違う顔があるから面白い。(p72)
 人間観察で気を付けなければいけないのは,自分の経験値に頼らず分析することだ。(p73)
 年をとるということは,年輪を重ねて成長しているということだ。「僕はいつまでも若いだろ」などと自慢するようなヤツは,「いつまでも成長していない」と自分で白状しているようなもの。(p79)
 できないところを指摘するよりも,できるところを指摘して自信を持たせることが大事だ。(p82)
 同窓会は,ある程度の幸せ者同士が会って昔話をしたり,淡い恋心を復活させたいと思ってお洒落をして集まるような場所なのだから,引け目を感じる人間が参加しても場の雰囲気を壊して噂話のターゲットになるだけだ。(p109)
 遊びというのは,同じレベルで遊べる相手じゃないと共有できないものだ。(p110)
 おカネがないときでも,飯を抜いて映画館に行っていた。自宅で見たテレビの深夜番組を合わせれば,多い日は1日8本も映画をみたときがあった。ウィリアム・ワイラー監督の『ローマの休日』なんて40回以上みているが,あれもネタの宝庫さ。いろいろなところからたくさんアイデアをもらっている。(p136)
 大型液晶テレビが普及して,ブルーレイで見れば家にいながらとてもきれいな映像を楽しめるようになったが,映画はやはり映画館のスクリーンで見てこそ,制作者の意図が汲めるというものだ。(p136)
 配偶者だからといって,お互いのことを全部知っていなければいけないことなどない。自分のことを全部教える必要もないし,相手だって知りたくもないと思う。(p147)
 「あったら便利」「みんなと同じ」と追いかけるのはもうやめたほうがいい。(p151)
 そういう40代後半の男女で,僕の漫画を読んでいる人たちがもう一度やってみたいことは何かと考えてみたら,燃えるような恋じゃないかと思った。それで中高年のラブストーリーを描こうと思って誕生したのが『黄昏流星群』だった。(p161)
 人間は「思いつめないで生きる」ことが大事だと思っている。(p171)
 身体的には老化が始まっている40年代でも,脳はまだまだ活性化できる。しかし,感動するものがなくなると一気に脳も老化を始めてしまうという。そのまま10年経つと,もう感受性は戻らなくなるらしい。(中略)そういう感動は,待っていても巡り会えるものではない。追い求める気持ちがなければ,感動するものには出会えない。(p173)
 本来プライドというものは,あくまで内なる自分が持っているものであって,他人に誇示したり自慢したりするものではないと思っている。一流の職人は,「ここにこだわっています」「素材はこれしか使いません」なんてことを,ほとんど口にしない。ラーメン店でも,スープはこういう素材を使って,麺はここにこだわっています,なんてことを壁一面に掲げているところがあるが,あれはプライドではなくて能書きというものだ。そういう店で美味いところは,僕の経験上,少ない。(p176)

2019年2月16日土曜日

2019.02.16 弘兼憲史 『弘兼流 60歳からの手ぶら人生』

書名 弘兼流 60歳からの手ぶら人生
著者 弘兼憲史
発行所 海竜社
発行年月日 2016.11.25
価格(税別) 1,000円

● この本も「まえがき」だけを読めばいいかもしれない。モノ,習慣,人間関係を含めて,捨てるべきは捨てよ,と説く。
ぼくも年賀状はやめた。中元や歳暮には昔から無縁だ。交換した名刺はその日のうちに捨てていた。学校時代の通信簿や卒業証書も処分済み。友人はもともと少ない。
 では,捨てるべきがないかというと,さにあらず。“老前整理”すべきものはけっこうある。

● 以下に転載。
 60歳を過ぎると残された人生は,それほど長くありません。そういう貴重な時間を,いろいろなものにゴチャゴチャと囲まれた,わずらわしい生活にしたくないと思ったのです。(p4)
 「身軽に生きる」というのは,「停滞しない」ということでもあります。(p7)
 その人間関係は今も本当に必要でしょうか。(中略)場合によっては,すでに不要なのに「必要だと思い込んでいる」,または「思い込まされている」ということだってあります。(p8)
 物語は「結」に突入しているのですから,ここから拡大させる必要はありません。エンディング近くでなんの前振りもしていない,新しい登場人物が出てきてしまったら,それこそ物語は収拾がつかなくなってしまいます。(p21)
 数年前から「アンチエイジング」という言葉を聞くようになりましたが,個人的にはあんな無駄なこともないと思っています。(中略)そんなことに抵抗して,いらぬパワーやお金を使ってもしようがない。大事なのは「いかに老いを受け入れるか」です。(p25)
 新人賞を取るほどの力のある漫画家であっても,その後もずっとプロとして描き続けられるのはほんの一握りです。プロの世界とはそういう厳しい世界です。ですから,本気で目指すのなら「夢に期限を設ける」ことが絶対に必要です。(p28)
 いくつになってもオシャレであることは,僕は大事だと思います。そうしないとすぐに老け込んでしまいます。不要になったらまた処分すればいいのです。(p39)
 自分に合った新しい服を買うと出かけたくなります。(p40)
 本でも映像でも写真でも,多くのものをパソコンで取り込み,ハードディスクやクラウドといったものに保存することができます。「どうしても捨てられない」という人にはいい時代なのかもしれません。しかし,その作業にかかる膨大な時間を考えると,僕はそれをまったくやる気になりません。常に見返すのならやる意味もあるのでしょうが,仕事で忙しい毎日の中で過去を振り返っている時間などほとんどないのが現実です。(p48)
 友人の数は多いほうが幸せである,と思っている人は,僕の印象ではけっこう多いのです。(p56)
 比較というのは,妬みやそねみといったネガティブな感情を生み出す原因になりがちです。(中略)比較というのは,そもそも何となく劣等感を感じている部分に関してする傾向にあります。(p65)
 どんなことでも,ひとりで楽しめる人の人生は豊かです。(p72)
 よく同い年ぐらいの友人から「新しく買った機械の使い方がまったくわからない」という愚痴を聞くこともありますが,それも原因は頑固さゆえだと思います。(中略)説明書をきちんと読み,その通りに操作すれば,何歳になっても使い方がわからないなんてことはないはずです。ところが,年を取ってくると「このスイッチを押せば動くはず」などという長年の経験値がありますから,ろくに説明書を読もうとしません。(p75)
 「年長者なのだから俺の言うことを聞け」「少しくらいわがままをしても許されるはず」。そういう態度だと周囲から嫌われ,浮いてしまいます。それは「孤独」ではなく,「孤立」です。孤独を楽しむことはできますが,孤立すると人生には損しかありません。(p77)
 僕が友人は減らそう,というのには,ひとつには日本特有の連帯責任が嫌い,というのもあります。(中略)連帯責任とは,簡単にいえば巻き添えです。(p82)
 同窓会というのはおもしろい場で,基本的に人生がうまくいっているやつしか参加しません。(中略)そうなると場は必然的に明るい雰囲気になります。(p88)
 老後不安であれ何であれ,不安というのは,つまるところお金の不安です。少なくとも日本という文明社会に生きている以上,人生の大半の不安は,お金に対する不安に尽きる。(p95)
 僕は,お金持ちというのは,それほどうらやむ存在ではないと思っています。(中略)お金をたくさん持つ,というのは,他の何かをたくさん持つことと根本的に変わらず,増えれば増えるほどわずらわしい面があるのです。(p114)
 最近では「お盆玉」なんてものまで登場しました。(中略)高齢者にお金を使わせたい企業が新しく考えたイベントにいちいちつき合っていたら,それこそ破産してしまいます。(p118)
 そもそも目標や計画を立てて,仮にその通りにいったからといって,それが楽しいとも思えません。それは,旅行にガイドブックを持っていき,その通りに回るのと似ていないでしょうか。あれは旅行に行っているのではなく,ガイドブックの確認に行っているだけです。(p124)
 誰もが,「お父さんお母さんを大切にしよう」とか「家族は仲よく」なんてことを子どもの頃からくり返し,学校や社会から教え込まれてきています。(中略)しかし逆に言えば,そんなことをくり返し教えるということは,「教えないとそうならない」ということでもあります。(p139)
 一度こじれるとなかなか修復できないのが家族関係でもあります。(p141)
 いつも「お前どっちがしたい? どっちが好き?」と子どもに選ばせてばかりでは,楽なほうしか選ばない人間になってしまう可能性があります。(p153)
 主婦業に定年はありません。ということは,結婚している限り,奥さんはいつまでもあなたの世話から解放されないのです。貴重な残りの人生を,どうしてそんなつまらないことに費やさなければいけないのでしょうか。(p156)
 奥さんから見た場合,「定年退職した男の価値はゼロ」というのは大きく間違っていないはずです。(中略)そのあたりがわかっていないと,旦那というのは,定年前と変わらず奥さんに対して威張った態度で接してしまったりするわけです。(p156)
 奥さんから自立し,嫌われないために,あなたが心がけることは2つあります。それは,「奥さんとなるべく一緒にいないこと」,「お互いの距離を保つこと」。(p159)
 「もう2人だけなのだから,これからは一緒にいる時間を増やそう」なんて発想は,奥さんにとってはいい迷惑ですから,早いこと捨てることをおすすめします。奥さんとの距離を保つには,奥さんのテリトリーに侵入しないことが大事です。奥さんの行動にも干渉しないこと。(p160)
 いずれ近いうちに死んでいく世代が,医師や病院のベッドを占領してはいけないと思うのです。(p179)
 ある医師からこんな話も聞きました。「人の死は,飛行機が着陸態勢に入り,少しずつ高度を下げていくようなもの。延命治療は,せっかく着陸態勢に入った飛行機にガソリンを入れ,ムリヤリ高度を上げさせるようなもの」だと。そして,その医師はそれを「とても残酷なことだ」と言いました。(p180)
 女性の中には「専業主婦がいちばん幸せ」というような考え方があるというのです。つまり,自分は外で働くことなく,「旦那の稼ぎで趣味や習い事をするのが,いちばんのステータス」という考え方です。そして,そんな女性は働く主婦を「働かなきゃいけないなんてかわいそう」と見下すのだそうです。(p197)
 楽をすることが楽しいことだと思っている人は本当の楽しさを知らないだけでしょう。(p198)
 同じ金額で雇うならできるだけ若くて元気なほうがいい,というのが正直なところです。(p200)
 介護の現場というのは,近いうちに亡くなっていく人をケアする場で,未来ある若者を治療し,社会復帰させる医療の現場とは根本的に違います。そういう場に果たして若者の力を使うべきなのか,ということが僕は疑問です。若者にはもう少し違う職場で,日本の未来のために働いてほしい,というのが僕の本音です。(p203)
 僕は京都へ行くと,わざと観光客のいない,ごちゃごちゃっとして狭い路地に行くようにしています。(中略)どこか異国の地にでも迷い込んだような感覚があって,それが僕は何となく好きなのです。(p210)
 日常から少しだけ離れてみるのが旅行です。お金や時間などかけなくても頭を使えばいくらでも楽しむ方法はあるのです。(p211)
 60にもなると,自分でも気づかないうちに考え方や行動が保守的になって,新しいことを受けつけなくなっている場合があります。未知なる刺激を求めるより,「損や後悔をしたくない」という気持ちが上回り,安心や安定を求めるようになるのです。(中略)安心や安定が悪いわけではありません。物事はルーチン化することで,効率を上げ,失敗を減らすことができますから。でも,いつもそれでは何となく味気ないし,つまらなくないでしょうか。(p211)
 何度も通うとどうしても人間関係ができ,店の人から連絡をもらうと,どうしても「行かなきゃ悪い」という気持ちになってしまいますから,僕はそれがあまり好きではないのです。(p213)
 怒るというのは,思っている以上にパワーを使います。ですから,怒りというのは時間の経過とともに薄まっていく。あれは,つまりパワーが持続しないから,薄まっていくのです。僕はそんなことにパワーを使うのはあまり意味がないと思っています。(p236)
 僕がくよくよと落ち込まないのは「そんなことに時間を費やすのはもったいない」という発想があるからです。(p237)
 「老い」も成長のひとつです。何にでも「いい感じ」をつければ,「いい感じに体力が落ちてきた」「いい感じに貧乏になってきた」「いい感じにもの忘れがひどくなってきた」なんて,なんでもいい感じになってしまうのです。(p238)

2018年8月3日金曜日

2018.08.03 弘兼憲史 『古希に乾杯! ヨレヨレ人生も,また楽し』

書名 古希に乾杯! ヨレヨレ人生も,また楽し
著者 弘兼憲史
発行所 海竜社
発行年月日 2017.07.28
価格(税別) 1,000円

● 御用とお急ぎの方は「まえがき」の4頁だけ読めば,本書を読んだことになる。1時間もあれば本文も読めるだろうけど。
 早く完全引退して,好きなこと,やりたいことをして過ごしたいと思っていたのだけど,それは間違いだったかも。全き自由を得てしまうと,“やりたい”や“好き”は死んでしまうのかも。

● ぼくには“やりたい”も“好き”もあって,できる範囲でやってきた。引退すれば思いっきりそれらに時間を注げると思ってたんだけどね。どうもことはそう単純ではないのかもなぁ。
 働ける間は働くのがいいのかも。定年後に働く場を見つけられるかどうかの問題はあるけれど。
 どうもわからなくなってきた。で,そういうわからない状態にいるのが,じつはボケないためには一番いいのかもしれないね。

● 以下にいくつか転載。
 老後を豊かに暮らすことが本当に楽しいのか。ひとりで老後を過ごすことは不幸なのか。人間にプライドは必要なのか。家族団欒はいいことなのか。頭のいい人が幸せになれるのか。個人の権利が優先される社会っていいことなのか。世界のトップレベルの長寿国ということは喜んでいいことなのか。(p4)
 楽しく生きるには,ひと言で言うなら「好かれる人(老人)」になることです。(p5)
 病院のベッドは,そこで治療して社会に復帰していく人のためにあるもので,高齢者の棺ではありません。(p14)
 「汚い」「お金がかかる」「役に立たない」。残酷な表現ですが,これがかつての老人の三大要素と一般的に言われてきました。(中略)「小奇麗な老人」で,「お金を稼ぐ老人」で,「役に立つ老人」でいたほうが社会のためになるでしょうし,自分でも楽しいと思うのです。(p18)
 まず60歳,70歳になったら,暮らしのレベルを下げていくのは必要なことだと思います。でもそれは無理に努力しなくても,年齢に従って自然に落ちていくものなのです。(p30)
 いいじゃないですか,下流で。下流のどこが悪いのでしょうか。(p32)
 楽しいことも辛いことも,嬉しいことも悲しいことも適度に混ざっているほうが人生は面白いのです。(p36)
 偉そうな老人,話が面白くない老人,自慢話が多い老人は嫌われます。自分の話ならまだしも,親戚が東京大学出身だとか偉い官僚だとか,誰もそんな話は聞きたくありません。(p44)
 「さからわず,いつもにこにこ,従わず」,いい言葉ですね。この姿勢を貫き,毎日の生活を愉しむべきです。そうすれば,少なくとも嫌われずにすみます。(p45)
 ケチな老人は嫌われますが,貯め込んだ貯蓄を使えずにいる人たちがまだまだいます。その理由は,自分があとどれだけ生きるかわからないからです。(中略)いつ死ぬかわらかないからこそ,少し楽観的な気持ちになって「この人生を楽しもう」と考えてみませんか。(p49)
 もともと男性には,自分の価値観にこだわって人間関係を軽視しがちな傾向がありますから,周りの目を気にしなくなると,孤立して内向するのです。こういう老人が好かれるはずはありません。(p60)
 後ろに軍事力があって,初めて対等な交渉が出来るというのが世界の常識ですから,軍備を持たない国は小規模な島国を除いてほとんどないのです。(p65)
 老齢になってまで,あえて大勢の人間とわかり合う必要も,ぶつかる必要もないと思います。(中略)自分と考え方の違う人たちがいるという事実を認めてさえいれば,それでいいのではないでしょうか。その事実を認めない人がいるから紛争が起きるのです。(p66)
 人生は出会いと別れを繰り返すものですから,自然に関係が希薄になっていったのなら,無理して親友でいようとする必要はないと思います。(p75)
 「無常」とは仏教用語で,この世に常なるものはないという意味です。この世のすべてのものは日々刻々と変わっていて,人間だって例外ではありません。「永遠の愛」でるとか,「変わらぬ友情」などというものは,人間の錯覚にすぎません。この真理を忘れないようにしたほうがいいでしょう。(p77)
 よほどの信頼関係があっても,「俺が金を出すからみんな協力してくれ」という経営は難しいのです。(中略)最終的に信用できるのは自分ひとりだと思っておいたほうがいいでしょう。寂しいけれど,これが現実です。(p79)
 とくに異性に対しては,自分の価値観や考えを話すことはあったとしても,わかり合いたいとか,多くを共有したいなどと思わないほうがいいでしょう。もし,相手にそんなことを伝えてしまったら,暑苦しいオヤジだと思われて,敬遠されるだけです。人は人,自分は自分なのです。(p84)
 やはり夫婦というものはどこまでいっても2本の平行線のような関係にあるのが,理想的なのではないかということです。2本の線はいったん交われば,あとは離れていく一方です。同じ距離感を保ってお互いの領域には踏み込まないことが,夫婦関係を長く続ける秘訣だと思います。(p86)
 女性は友人をおしゃべりして情報を共有することが最高のストレス解消になるのです。(中略)男性が1日に発する単語数は平均7000語。一方,女性は2万語。(中略)女性が6000語以下しか話せないと脳はストレスを感じやすくなるそうです。(p88)
 男が仕事を離れて家庭に軸足を置くということは,妻が自分の人生の中で築いてきた社会に夫が割り込んでくるということなのです。(中略)妻もずっと我慢をしながら家庭を支えてきたのですから,ここでさらに我慢を重ねるようなことになれば,「私の世界から出ていってほしい」と思います。(p91)
 親でも兄弟でもなく,他人と共同生活をしているのですから,食事を作ったもらったら「ありがとう」というのが当然です。共同生活の相手がなんらかの理由で食事を作れないときは,作ってあげるというのが普通の関係です。(p92)
 雑用とされているような仕事でも工夫しだいで楽しみ方を見いだせます。(中略)楽しもうとするかしないかで同じ時間が活きるんですね。「究極のプラス思考」の根本原理は,とても簡単なひとつのことだけなんです。同じ時間を過ごすのなら,楽しまなければ損。それだけです。(p128)
 私の高校の恩師が,いよいよ亡くなるという時に,家族に話した言葉があります。私は,その言葉に感銘を受けました。それは,「これから一生に一度しかない死ぬということを体験できるので,ワクワクしている」という言葉です。(p129)
 人間というのは,よくできたもので,戦争や大地震などのあまりにも強烈な被害を受けたら,トラウマにはならないそうです。(p132)
 いつか観た映画のなかに,「運命は従うものを潮に乗せ,拒むものを曳いてゆく」というセリフがありましたが,私も基本的には流れには逆らわず生きてきました。(p134)
 こだわりや決めつけは生きる幅を狭くしてしまい,柔軟性のない堅い人間を作り出します。(p134)

2013年1月29日火曜日

2013.01.26 弘兼憲史・竹内義和 『楽しむ心を忘れない大人たちの人生娯楽術』


書名 楽しむ心を忘れない大人たちの人生娯楽術
著者 弘兼憲史・竹内義和
発行所 ぶんか社
発行年月日 2002.02.20
価格(税別) 1,500円

● 人生をいかにして楽しむかを説いた本かと思って読み始めたんだけども,内容はテレビ論,漫画論,映画論だった。二人とも忙しい人だから,なかなか休みが取れない。いうなら寸暇を惜しんでの楽しみだから,遠くへ出かけるってのじゃなくて,身近に楽しめるインドア娯楽となるのでしょうね。
 テレビと漫画と映画,インドアの代表だね。若い人は映画の代わりにゲームってことになるのかな。

● 映画は往年の名画が紹介されているんだけど,すでに古典になった感のある「2001年宇宙の旅」や「スター・ウォーズ」もぼくは観ていない。
 映画もそうだし,テレビもそうなんだけど,谷間の時期ってありますよね。全然見なかった時期。映画についてはそれが長く続き,テレビも長くはなかったけれどもそういう時期があった。
 漫画も小学生の頃は,「少年マガジン」は楽しみだったし,少年じゃなくなってからも,「少年ジャンプ」にはお世話になった。が,そこでとまってしまってて,大人向けのコミック誌には移行せずに終わった。何を読んでいたかというと,「週刊プレイボーイ」とかそういうやつね。そっちを読むようになっちまった。コミックは単行本で時々読む,と。「釣りバカ日誌」や「課長島耕作」なんかはそうして読んだ。