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2014年11月11日火曜日

2014.11.11 秋元 康 『秋元康アートのすすめ』

書名 秋元康アートのすすめ
著者 秋元 康
編者 美術手帖編集部
発行所 美術出版社
発行年月日 2012.02.15
価格(税別) 1,600円

● 月刊『美術手帖』の連載をまとめたもの。副題は「29人のゲストとめぐる美術館の楽しみ方」。その29人は次のとおり。
 高橋みなみ ヒロミ 彦摩呂 篠田麻里子 秋山成勲 大島優子
 リリー・フランキー 藤原ヒロシ 甘糟りり子 清川あさみ 岩崎夏海
 村上 隆 高岡早紀 勝間和代 藤井フミヤ 堤 幸彦 山口 晃
 サイトウ・マコト 宇津井 健 中井美穂 姿月あさと 伊藤英明 石橋貴明
 和田秀樹 藤岡藤巻 長島一茂 川島なお美 梅佳代 千住 明

● 現代美術ってこういうものなのかと蒙を啓かれたが,読み終えるのに1週間かかった。小さな本だけれども,だいぶ手こずった。

● いくつか転載。
 秋元 こういうのを見ると,改めて考えさせられますよ。アートとそうでないものの境目はどこにあるんだろうと。 村上 それはコンテクスト(文脈)がつけられるかどうかでしょ。秋元さんはアイドルをプロデュースするとき,どこを見て「いけるな」と思いますか? 秋元 ストーリーを紡ぐことができるかどうかだね。その人からたくさんのイメージが湧けば,いろんなことを仕掛けられる。つまり,深読みできる要素を持っている人がいいと思う。 村上 すごい! アートもまさに同じ。深読みしてもらえなかったら終わりなんです。(p90)
 秋元 アートとデザイン,作品をどちらと呼ぶにせよ,クリエイターとは「俺の才能を見せつけたい!」っていう人なんだね。 サイトウ つまりはエゴの塊。モノを生み出す人間っていうのは,そういうものでなくちゃ。(p132)
 何かを信じている人たちの,迷いのなさと潔さ。それが大きなエネルギーを生む原動力になる。(中略)信じることは,極めて主観的な行為です。客観的な立場にいては,「信じて突き進む」という態度にはなりえません。(p158)

2012年10月29日月曜日

2012.10.29 秋元 康 『世の中にこんな旨いものがあったのか?』


書名 世の中にこんな旨いものがあったのか?
著者 秋元 康
発行所 扶桑社
発行年月日 2002.03.30
価格(税別) 1,238円

● ぼくの食に対する訴求点は相当に低い。ご飯が炊きたてであれば,おかずなんて何でもいい。しかも一品でいい。二つも三つもは要らない。一汁一菜というけれど,一汁は要らない。一菜でいい。
 たとえば,納豆だけでいい。丸美屋の「のりたま」があればいい。真空パックのカツ節に醤油をかけて混ぜ合わせたものを乗せるだけでもいい。ネギ味噌でいい。魚肉ソーセージをフライパンでから煎りしたのに醤油をかければそれでいい。卵かけご飯なら文句はない。目下は,桃屋の「唐がらしのり」を食卓の友としている。
 多分に育ちの悪さが影響していると思っている。自分の味覚に自信がない。ぼくに旨いものを喰わせることは,すなわち,豚に真珠を与えるのに等しい。

● けれどもというか,だからこそというか,いわゆる食味エッセイというのはけっこう読んでいる。旨いものは自分の舌で味わうより,他人の文章で味わった方が間違いがない。

● かつて,丸谷才一氏が邱永漢『食は広州に在り』の文庫本解説で, 吉田健一『舌鼓ところどころ』『私の食物誌』,邱永漢『食は広州に在り』,檀一雄『檀流クッキング』を,「傑作として推奨に足るものである」と紹介したことがあった。
 そうかぁと思って,この4冊を読んだ。はるか昔のことだ。
 ほかにも池波正太郎,阿川弘之,山口瞳,開高健などが,それぞれの味わいのエッセイを残している。いずれ読み返したいと思っている。

● 本書は秋元康さんによる旨いもの紹介。お店紹介でもある。ほとんどが都内にある店なのは仕方がない。ことの性質上,後世に残るというわけにはいかないものだろうが,サラッと短時間で読めるので,手持ちぶさたを埋めるのにはちょうどいい。
 それで旨いものを喰った気になれればさらにいい。