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2016年12月11日日曜日

2016.12.11 下川裕治・阿部稔哉 『週末ちょっとディープな台湾旅』

書名 週末ちょっとディープな台湾旅
著者 下川裕治
   阿部稔哉(写真)
発行所 朝日文庫
発行年月日 2016.08.310
価格(税別) 700円

● 今日,八重洲ブックセンター本店を覗いた。ピンポイントで買いたい本があったので,それを買うため。
 そしたら,この下川さんの新刊が目に入ってきた。8月に出ていたのだな。今まで気がつかなかったとは。本屋には何度も行っているのに。

● 紀行文学という言葉が現在も生きているのかどうか知らない。紀行文をたくさん読んでいるわけではないけれど,文学の香りがするというか,文章で読ませるのは,現在では下川さんを第一人者としていいのではあるまいか。
 けっこう,“社会派”が入っているのではあるが。で,その“社会派”が下川さんの真骨頂ではあるのだが。

● 読み終えた本は処分するようになった。残さない。
 が,何人か手元に残す著者がいて,下川さんはそのひとりだ。

● 今回は,最後の章で,沖縄がアジアより東京に近くなってしまったことを淋しそうに記しているのが印象的。もっとも,アジアじたい,猛烈な勢いで変化を続けていて,どんどん東京化しているようだ。古き良きアジアを旅するのなら,今しかないのかもしれない。
 けれどもね,こういうのっていつの時代でも言われていたことかもしれないのでね。アジアほどではないにしても,東京も変わっている。この変化に棹さしてはいけないのだと多う。棹さす術などないわけだけど。

● 以下にいくつか転載。
 世界の料理は,保存技術のなかで育まれてきた面がある。現代のように冷蔵や冷凍といった手法がなかった時代,食品を腐らせない技術は,人が生き延びていくための重要な要素だった。(p36)
 アジアの飲食店は酒で儲けるという発想が薄いから,多くがしっかりした料理を出す。(p57)
 台湾を歩くと,そのあまりにあっさりとした酒への思いに足を掬われてしまうことがある。酒というものへも思い入れが少ないのだ。(p59)
 「彼ら,外省人だね」 李さんは日本語でいった。周りの人は日本語がわからないから堂々と話すことができる。「あだれけ酒を飲んだら,明日の午前中は仕事にならないよ。(中略)まあ彼らは,午前中,休んでも大丈夫な仕事に就いてるってことだよ。本省人はそうはいかない。朝からしっかり働かないと,金が稼げないからね。(中略)」 李さんの言葉に険があった。(p74)
 海外に出向くと,買うものもないというのにコンビニに入る日本人は多い。言葉がわからなくても,安心できるスペースがコンビニである。日本で慣れ親しんだ世界でひと息つく・・・・・・そんな感覚だろうか。(p81)
 蒋介石への憎しみを抱いても不思議はないのだが,行き場のなくなった蒋介石像を前に悩んでしまったのだろう。彼らのなかには,像を破壊する感性はなかった。それが台湾人なのかもしれない。いや,アジア人というべきだろうか。記憶を引き出しにしまうことがうまい人々である。(p112)
 一般の人々がアップする情報が,ネット系ガイドを真似ていることが鼻につく。(中略)文章などへたでもいいから,本音で語ってほしいのだ。店選びにも主張がない。(p124)
 北回帰線の南にあるこの街(台南)には,ともすれば硬直化しがちな東アジアとは別の文脈が流れている気もする。(p160)
 台南の街に流れる空気はどこか違う。その奥にあるものは,香港やマカオ,シンガポールといった植民地になった都市に共通した処世術なのかもしれない。これらの街にはさまざまな人が住みついていく。流入する人々と渡りあっていく術をこの街はもっている気がする。(p165)
 台湾の人って,カラオケ大好きだからね。彼らって,カラオケと酒がつながっていない。素面でがんがん歌うからね。(p224)
 台北より静かな台南の街からやってきたのだが,こうして那覇の街に立つと,その静けさに足を掬われそうになってしまうのだった。(p243)
 アジアの都市は,ここ二十年でずいぶん変わった。(中略)生活が豊かになり,中間層が急増したが,彼らは金の動きに敏感になり,権利を守ろうとする保守化の道を歩きはじめている。金はないというのに,将来のことも考えない底が抜けるようなエネルギーは,影を潜めつつある。日本とアジアの温度差は年を追ってなくなってきている。(p252)
 十年という年月は,沖縄を変えていた。空気のなかから,アジアらしさが消えてしまったように映る。(p254)

2016年3月10日木曜日

2016.03.06 下川裕治・阿部稔哉 『週末シンガポール・マレーシアでちょっと南国気分』

書名 週末シンガポール・マレーシアでちょっと南国気分
著者 下川裕治
    阿部稔哉
発行所 朝日文庫
発行年月日 2016.01.30
価格(税別) 700円

● 下川さんの著作はほぼすべて読んでいる。朝日文庫の週末シリーズも読んでいないものはない。

● そこで思うのは,下川さんの真骨頂は,その国や地域の現在がなにゆえに今あるような現在なのか,そこを歴史を遡って素描する際に発揮される。
 本書では,プラナカン(海峡華人)やプミプトラ政策(マレー人を優遇するマレーシアの政策)について,鮮やかに切り取って見せてくれている。

● 貧乏旅行,お金を使わないでどこまでやれるか,という旅でデビューしているから,そっち方面についてのノウハウも膨大にお持ちのはずで,それも披瀝される。
 だけれども,それよりも文章の妙と,この歴史素描の冴えが,下川作品の魅力だと思う。

● 以下にいくつか転載。
 (シンガポールでは)少なくとも,タクシーに乗るときに,「運賃メーターを使え」などという必要はない。だいたい,客待ちをするタクシーもほとんどない。民度がここまであがるということは大変なことなのだ。(p18)
 シンガポールに限らず,窓のない部屋は少なからずある。台湾,上海,香港,カンボジアのシェムリアップ,マレーシアのマラッカ・・・・・・華人が多い街の傾向のようにも思う。(p42)
 宿の予約をすることが性に合わない。決められた日に,その街に着くことができるかどうかわからない旅が多いという事情もあるが,予約を入れてしまうと,そこに行かなくてはならないということが面倒なのだ。しかしシンガポールは事情が違った。ネットを通して予約したほうが安いのだ。(p45)
 シンガポールで節約すること。それは庶民の世界になると,セントの世界の攻防だった。バス運賃といい,ホーカーズといい,一ドル以下,八十六円以下の積み重ねが安くあげるコツだった。(p78)
 シンガポールの一日目は快適だ。堪えるのは物価の高さだ。そのなかで二日目,なんとか抗ってみた。しかし二日目の晩になると,収まりのつかないものがむくむくと頭をもたげてきてしまう。(p90)
 歩くのもままならないような人混みのなかを,ぐいぐい歩くのは,大陸の中国人の得意技である。(p154)
 国家という枠組みは,海峡植民地に生まれたプラナカンのおおらかさを削いでいくことになる。それは国家というものがもつ宿命でもある。(p165)
 (イスラム圏の)アルコールを禁止するという戒律は,かなり揺らいでいる。(中略)国によっての違いはあるが,アルコールは財力に結びついているようなところもある。国際社会で成功し,英語を口にするイスラム教徒というイメージには,アルコールがついてまわる。(p186)
 LCCは中距離や短距離では,目を疑うような運賃を導くことができる。しかし長距離になると,一気に精彩を欠いてしまう。LCCには運賃を安くするさまざまなノウハウがある。しかしその多くは,中短距離で機能する。(p268)

2015年8月28日金曜日

2015.08.22 下川裕治・阿部稔哉 『週末ソウルでちょっとほっこり』

書名 週末ソウルでちょっとほっこり
著者 下川裕治
   阿部稔哉(写真)
発行所 朝日文庫
発行年月日 2015.08.30
価格(税別) 700円

● ぼくは今のところ韓国に旅行に行きたいとは思わない。目下の日韓関係からして,韓国に嫌気がさしている。ウォン高もあるけどさ。
 自分は日本人なんだなぁと思うんだけども,国と国の関係がどうかってところに影響を受けてしまうのは,少し以上に寂しいというか情けないというか。

● その点,下川さんはそういうふうにならず,相手がタイ人だろうと韓国人だろうと,国籍に関係なく,個対個の関係を最優先にする人なんだろうなと思う。
 個対個の関係を持っていれば,ぼくでもそうなるのかもしれない。そうした人間関係を一切持っていないので,国対国の関係を自分とその国との関係を同一視してしまうわけだ。

● 本書の話題は食と酒,Kポップ,安宿。以下にいくつか転載。
 滞在日数の短い日本人は,ソウルの食堂で,食べたい韓国料理を網羅しようとする。たとえば,サムギョプサルという豚の三枚肉の焼肉を食べたあとに,冷麺を注文したりする。(中略)これは韓国人にしてみたら「?」がつくオーダーである。サムギョプサルを食べたあとは,テンジャンチゲという韓国風味噌汁と決まっている。(中略) 日本人の節操のない注文を質すつもりがあったわけではないが,やはり韓国にこだわれば,韓国の食べ方に倣うのが筋というものだ。食べてみればわかることだが,そのほうがはるかに,胃へのおさまりはいい。(p10)
 この料理(クルポッサム)はもともとポッサムという料理だった。茹で豚を包んで食べていた。そこに,「生ガキを加えてみたら・・・・・・」と発想した韓国人がいたのだ。僕のような平凡な舌をもつ者にはなかなか思いつかない大胆さである。いや,無謀にも映る。そころが,一緒に食べてみると・・・・・・いけてしまうのである。人間には一定の割合で,食べ合わせの天才がいるらしい。(p37)
 韓国人のなかには,ひとつの経験則があるのかもしれない。においがきついものやくせのあるものは,茹でたり蒸したりした豚肉と一緒に食べればいい。韓国料理が少しわかったような気がした。(p41)
 韓国には解けない謎が山のようにあるが,そのひとつが酒である。なぜ,あんなにも飲むのだろうか。(p50)
 十代の頃からジャニーズ系のグループのコンサートは欠かさないという女性に会ったことがある。彼女はすでに三十代の後半に差しかかっていた。「二十代との違い? コンサートの最中,泣かなくなったことかな。ちょっと寂しい思いはあるけど」 そんな話を聞くと,やはり同じようにコンサートの会場に入っても,湧きあがる興奮のエネルギー総量のようなものが落ちているのかもしれないと思う。それでもチケットを買いに走ってしまうのだ。(p88)
 国と国との間には,深刻さのレベルはあるにせよ,常にこの種の問題が横たわっているものだ。陸の国境のある国々の人は,それないrの自己防衛のロジックをもっている。しかし,日本人は島国に育ったためなのか,こういったプレッシャーに弱い気がする。小規模な騒乱でも報道されると過剰に反応し「あの国は治安が悪いから訪ねるのをやめよう」と考えてしまう。日本人観光客が多い国は,この種のナーバスさに,しばしば戸惑うことになる。(p101)
 人は麺を啜るとき,視線が器に向かうはずである。(中略) オタクと追っかけ・・・・・・。共通した因子をもっているという話を読んだことがある。男はオタクに走り,女は追っかけになる。そしてこの同じタイプの男と女は,心を食事に移さずに食べることができる。(p110)
 皆,若い頃,誰かの追っかけをやってたんです。ジャニーズ系が多いかな。Kポップのアイドルと出会って,突然,ファンになるわけじゃない。そういう因子をもった女の子だって気はしますね。(p110)
 ファンが口をそろえるのは,Kポップアイドルの踊りや歌のうまさだった。(前略)デビューするときは,かなりの完成度に達しているのだという。 このあたりが日本のアイドルと違う。ジャニーズ系やAKB48にしても,デビューしたあとに育っていくという感覚がある。ファンにしてみたら育てていく感覚だ。(p111)
 かつて日本で『たまごっち』という電子ゲームが大流行したことがあった。「たまごっち」と呼ばれるキャラクターを画面のなかで育てていくゲームである。しかしこのゲームは,韓国ではあまり流行らなかった。韓国の人は,育てていくということに興味を示さないのだろうか。(p112)
 日本ではビジネスホテル,ラブホテル,ゲストハウス,ホテルといった性格分けがはっきりし,その外観からもわかるのだが,韓国はその境界が曖昧なのだ。(p238)
 温泉マーク宿が妙に落ち着くのは,鼻腔に届く部屋のにおいが理由かもしれなかった。あの頃,なにをしたらいいのかもわからず,狭い部屋でひとり悩んでばかりいた。年をとっても,戸惑ってばかりの人生に変わりはないが,いま,心を占めている苦痛はより現実的な悩みだった。若い頃は幸せだったというのはそういうことなのかもしれない。(p263)
 週末のソウルで,ほっこりとした気分に浸ることができるのは,重い歴史のなかでの決断を後悔しない彼らの優しさのためではないかと思うのだ。(p297)

2015年6月27日土曜日

2015.06.23 下川裕治・阿部稔哉 『週末香港・マカオでちょっとエキゾチック』

書名 週末香港・マカオでちょっとエキゾチック
著者 下川裕治
   阿部稔哉(写真)
発行所 朝日文庫
発行年月日 2015.02.28
価格(税別) 680円

● 「茶餐廳」の話で1章分書いている。色々なメニューを試しているわけだけど,これだけで1章分書ける筆力がすごい。たんに書くだけじゃない。読ませる文章だ。しかもグイグイと。

● 下川さんは社会派でもある。現在の香港の苦境とその理由を丁寧に説明する。中国に対する学生たちの反発についても,学生側に立って諄々と解き明かすという感じ。
 文献も渉猟しているのだろうが,基本,現地で確認している。それが下川さんの真骨頂でもあるわけだけれども,説得力のある1章になっている。

● これで下川さんの作品の手持ちはなくなった。すでに読んだものを再読するという手はある。それで糊口をしのぐか。

2015年6月15日月曜日

2015.06.14 下川裕治・阿部稔哉 『週末沖縄でちょっとゆるり』

書名 週末沖縄でちょっとゆるり
著者 下川裕治
   阿部稔哉(写真)
発行所 朝日文庫
発行年月日 2014.08.30
価格(税別) 680円

● 最も印象に残るのは,波照間島で自殺した友人を語るくだり。編集者だった。ベストセラーを送りだした。下川さんが世に出たのとほぼ同じ時期だった。下川さんのデビュー作『12万円で世界を歩く』もヒットした。
 ので。友人の悩みの襞がわがことのように思われたのだろう。気が入っている文章が連なる。
 マスコミは怖い世界である。ヒット作がなければ見向きもされないが,一度,売れる本を作ると,それを超える本を暗に要求してくる。僕は出版社にいわれるままに本を書き続けたが,貧しい旅行者というイメージは強く,そこからはずれることは許されないようなプレッシャーを感じていた。(中略) 僕はそのなかでアジアを書きはじめた。そして,タイのバンコクに暮らすことになる。自分のなかでは,アジアをもっと知らなくてはいけないという思いはあったが,いまになって考えてみれば,ある種の逃避だったような気がしてしかたない。バンコクのとろりとした空気のなかに身を置くことで,次の本を書かなければいけないという息苦しさから逃げた気もする。それは一時的なことであることもわかっていたのだが。(p178)
● 以下にいくつか転載。
 沖縄病に罹った人たちの一部は,移住を決意する。(中略) 暮らしはじめると,沖縄はまた違った顔を見せる。(中略)蜜月はそう長くない。あれほど好きだった沖縄への思いに綻びが目につくようになる。それを呑み込んで生きていかなくてはならない。(p64)
 東京にいても,さまざまな祭りはある。しかしそれに加わる気にはなれなかった。ひねくれ者といわれればそれまでだが,少し離れた場所で,祭りを見ることのほうが心地よかった。 いつも客観視しようとすること・・・・・・そこに美意識を見いだしているようなところがあった。実際には手をくださず,周囲から眺めているだけという謗りを向けられれば返す言葉もなかった。(p87)
 沖縄の人の多くは,気がつくと手をあげ,カチャーシーを踊っている。彼らのなかにも,僕のような性格の男はいるだろう。しかしウチナーンチュのなかには,それを越える世界がある。それが彼らのアイデンティティなのかもしれなかった。 「笑顔ッ」 カメおばぁが何度となく口にした言葉の意味がわかった気がした。カチャーシーは踊りではなく,嬉しさを示す手段なのだ。(p88)
 ホテルのマネージャーをしている知人はこんなことをいう。 「リーマンショックのあと,観光客が一気に減ったんですよ。それでホテルは値段をさげた。そこから値段を元に戻せないでいるんです。(中略)新しくやってくる観光客は,すごくシビアなんですよ」 これもLCC効果というらしい。人は不思議なもので,安いLCCに乗ってやってくると,石垣島で使うお金も節約モードに入ってしまうようなのだ。それを島の人たちは見抜くことができなかった。(p126)

2015.06.13 下川裕治・阿部稔哉 『週末ベトナムでちょっと一服』

書名 週末ベトナムでちょっと一服
著者 下川裕治
   阿部稔哉(写真)
発行所 朝日文庫
発行年月日 2014.03.30
価格(税別) 660円

● ベトナムといえば日本の中高年はベトナム戦争を連想する。しかし,日本人の連想したものと現実とはかなり違ったらしい。
 本書もそのあたりを詳述しており,その部分が最も面白かった。

● そこのところを書こうとすれば,いきおい,ベトナム戦争当時に学生だった自分を語ることになる。そこを含めて,読みごたえがあった。

● ちなみに,ぼく自身のことをいえば,興味がなかった。興味がなかったといってしまっていいと思う。
 遠い世界の出来事だったし,政治やイデオロギーを熱く語る輩には相当以上の違和感を抱くタイプだった。そういう人を信用しないところがあった。たんに冷たい性格だったというだけかもしれないけれど。普通にはノンポリといったのか。


● 以下にいくつか転載。
 戦争が終わってから,南部も急速に社会主義化が進んだ。おばさんは配給制度も経験しているはずである。しかしそのふるまいからは,社会主義のにおいがしないのだ。タイと同じように愛想がいいし,サービスということを知っていた。(中略) 社会主義という制度は受け入れたが,人と人の間にあるアジアはなにひとつ変わっていなかった。東南アジアの気質は,勘定高さと絡みあい,イデオロギーをも呑み込んでしまっているかのようだった。(p32)
 大学へ入り,それが自然な流れのような感覚で,左翼運動に加わっていった。デモの隊列のなかで足並みをそろえ,夕暮れの三里塚で放水車の水を浴びた。しかしいまになって考えてみれば,それは全共闘世代のまねごとにすぎなかった気がする。若者はそうするものだと思い込んでいる節すらあった。遅れてきた青年だったのだ。(p119)
 記憶というものは不思議なものだ。視覚に刻まれたものは,折に触れ,脳細胞の奥のほうからのっそりと顔をのぞかせるのだが,においの記憶というものは,なにげなく甦ることはない。しかしそのにおいが鼻腔に届くと,視覚の記憶とは比べものにならないほど鮮明に,そのときのシーンが脳裡に広がる。においの記憶は,より本能的なもののような気がする。(p157)
 ローカル列車の車掌は,本当に働かない。自分の利権を使って,車内販売おばさんに,さまざまな用事をいいつけるのだ。 これも社会主義国の公務員らしい話といいたいところだが,同じことがタイでも行われている。タイの鉄道も多くは国営で,職員は皆,公務員である。公務員という人種は,どの国でも,こういうことをする。それは社会体制とは別次元の話である。(p232)

2015.06.13 下川裕治・阿部稔哉 『週末台湾でちょっと一息』

書名 週末台湾でちょっと一息
著者 下川裕治
   阿部稔哉(写真)
発行所 朝日文庫
発行年月日 2013.08.30
価格(税別) 660円

● 読みだしたらとまらない。
 ひとつには文章。この人の文章はコントロールが効いている。すべて自分のコントロール下に置かずんばやまずといった気概(といっていいのか)を感じる。
 神経質といってもいい。これでは疲れるはずだと思う。

● 日本社会の神経質さかげんが嫌で旅に逃げる。一方で,文章に関してはここまで神経質。じゃなければ人に読んでもらえる文章にならないとしても,人はどこかで神経質のスイッチが入る分野を抱えているのか。

● もうひとつは,そこはかとなく漂うせっぱつまった感じ。タイトルどおりにはゆるみ切れない哀しさというか。
 それとユーモアだ。ひょっとすると狙っているのか。狙っているわけではないとしても,たくまざるユーモアというのではないような気がする。

● 旅をしてその体験をそのまま書けば事が成るというわけではないだろう。読者の気を惹くエピソードが必要だ。旅の場合,その多くはトラブルということになる。あるいは,現地人との心暖まる交流ってやつ。
 本書にはそのどちらもあまり登場しない。著者の内面の表出が過半を占める。それでも面白い。

● 台湾史については蘊蓄が溜まるほどの勉強をしたろうし,文献も読み込んでいると思う。が,勉強の結果を書いてもらっても,面白くも何ともない。
 著者の体液を通しているから,読むに耐えるものになる。

● 以下にいくつか転載。
 僕は,ドミトリーというスタイルが苦手である。もともと,陽気な旅行者ではない。自分から知らない人に声をかけることも少ない。そういう性格がわかっているから,ドミトリーに泊まると,ことさら陽気に振る舞ってしまうようなところがある。自分で笑顔をつくっておきながら,自分でその表情に疲れてしまうのだ。(p42)
 すっかり台湾庶民派食堂の心地よさが,薄味の台湾料理と一緒に刷り込まれてしまった。こういう店を覚えてしまうと,丸テーブルが並ぶレストランは宴会場に映り,四川や広東と銘打つ店は高級エスニック中華に思えてきてしまうのだった。(p83)
 清は台湾への移住を制限するために,女性の渡航を禁じていた。開拓民のほとんどは男だったのだ。(中略)しかし,この土地には平埔族という先住民族が暮らしていた。次々に漢民族の男性と,平埔族の女性のカップルが生まれていく。混血が進んでいく。移住した漢民族は世代を重ね,やがて平埔族は姿を消してしまうことになる。(中略) 本省人の体のなかには,北回帰線から赤道あたりのエリアに住む人々の血が流れている。ゆるい空気を共有していることになる。本省人のなかで,最も多いのは福建系の人々だが,大陸にいる福建系の人々とは違うのだ。(p236)

2015.06.12 下川裕治・阿部稔哉 『週末バンコクでちょっと脱力』

書名 週末バンコクでちょっと脱力
著者 下川裕治
   阿部稔哉(写真)
発行所 朝日文庫
発行年月日 2013.03.30
価格(税別) 640円

● 「はじめに」に次のように書いている。
 旅はいつか終わる。怖い日本社会に戻らなければならなかった。そんな繰り返しのなかで,バンコクという街に出合った。この街で救われた。 しかしバンコクという街が,高度経済成長の波に乗ってしまった。僕を救ってくれたバンコクは,次々に姿を変えていった。僕が愛したバンコクは,しだいに色を失い,若いタイ人から「時代遅れの日本人」と冷ややかな視線を浴びるようになっていた。若い日本人がバンコクを描くようになっていく。内容は,元気なバンコクにアップデートされていく。そんな書籍を書店で眺めながら,忸怩たる思いに包まれていた。(中略) それから十年---。 バンコクが変わりはじめた。誰しも十年も走れば疲れがでる。ましてやタイ人である。彼らの波長と再び合ってきた感覚がある。そういう十年だった気もするのだ。(p8) 
● 下川さんはタイについてはたくさんの本を書いている。タイは彼のホームグラウンドのようなもの。ただし,ホームだからといって,たくさんの人たちがそこで生活している以上,それは竜宮城にはなり得ない。

● 日本に帰国したときに下川さんが感じること。だけれども,外国から戻ってくると,誰しもそう思うのじゃないか。
 気分を暗くさせるのは,空港からの電車である。飛行機の時間帯によっては,朝のラッシュとかち合ってしまう。ただでさえテンションは低く,体は寝不足で重く,電車は脇に置いた荷物への視線がきついほど混み合っている。しかしそれ以上につらいのは,車内を支配する思い静けさである。会話ひとつなく,人々はスマホや新聞に目を落とす。いつから日本人は,こんなにものっぺりとした顔をした民族になってしまったのだろうか。(p200)
 日本人は車内では静かにするものだと思っている。車内放送でも静かにするよう言うことがある。うるさい人がいると,眉をひそめるのが一般的ではないか。ぼくもその例にもれないんだけど。
 それが行き過ぎちゃってるんだろうか。

● 「いまのバンコクは,ぼんやりしていると,毎食,チェーン店で食事をすることになってしまう」(p212)という状況のようだ。日本と同じ。
 で,ぼくはチェーン店で食事をすることにほとんど抵抗がない。飲むときも,和民とか海蔵とか,けっこう使っている。が,ものには限度があって,日本国内どこに行っても飲むのは和民というのでは味気がなさすぎる。
 下川さんは貧乏旅行を出版社(ひいては読者)に強いられているのかもしれないけれども,彼が書くものを読むと,アジアは安くて旨いものにあふれている。これなら,レストランやホテルで食事をするのはお金を捨てるようなものだと思えてくる。

2015年5月31日日曜日

2015.05.31 下川裕治 『「裏国境」突破 東南アジア一周大作戦』

書名 「裏国境」突破 東南アジア一周大作戦
著者 下川裕治
    阿部稔哉:写真
発行所 新潮文庫
発行年月日 2015.04.01
価格(税別) 630円

● 海外を旅するっていったって,今どきは航空券もホテルもネットで予約できるんだし,スマホという便利至極なものがあって,それを持っていって現地でも使えるんだから,あとは身体を動かせばいいだけじゃないか。
 間に合うように成田か羽田の空港に着けば,あとは何もしなくても飛行機が現地まで運んでくれる。着けば着いたで,入国手続きと両替をすませれば,バスか電車で街中に入るだけでしょ。

● ところが,もちろん,そんなものじゃないですよね。旅のリテラシーは厳然としてあると思う。リテラシーを要しない旅の仕方ももちろんあって,多くの人は(当然,ぼくも)そういう旅行しかしていないだけのことで。
 バックパッカーになっての旅だって,リテラシーなしでやろうと思えばできるんだろうと思う。そういうやり方もあるんでしょ。バックパッカーの多くはそのやり方を採用している(と思う)。

● その点,下川さんは『12万円で世界を行く』から,旅のトラブル処理の専門家的な役割を,出版界から求められてきたようなところがある。そうした現場での嗅覚やリテラシーは相当な水準になっているんだろう。
 が,還暦を迎える年齢になっても,その役割を果たさなくちゃいけないってのもなぁ。

● 当の下川さんは,身体の衰えを嘆きながらも,わりと嬉々としてその任務を果たしているように思われる。
 とは言いながら,ミャンマーではバスが横転して肋骨を3本折るというめにも遇っている。平穏とはほど遠い。

● 「裏国境」とは旅行者がまず通過することのないゲートの意味で使われている。ただし,国際情勢の基本方向は“安定”のように思われる。「裏国境」の裏性も薄らいでくるのではないか。
 そうなると,下川さんの活躍の場もなくなってくるのではないかと余計な心配をしたくなるんだけれども,まぁ,そんなことはない。「裏」だけが彼のフィールドでもないし。

● 以下にいくつか転載。 
 戦乱に明け暮れた国は産業が停滞する。豊かな自然は,流れる血や土に還る死体を養分にするかのように育まれていく。そんな話を傭兵として雇われて戦地に向かう日本人から聞いたこともあった。彼はその眺めを懐かしむかのように,「戦場の自然は,うっとりするほどきれいなんだよ」などというのだった。(p13)
 長距離バスを使うのは,高度成長に乗ることができなかった人や若者たちである。ターミナルに飛び交う言葉はつっけんどんで,流れる空気は寒々しい。(中略) 数年前まで,北バスターミナルを埋めるタイ人たちの瞳は,もう少し輝いていた気がする。久しぶりに故郷に帰る若者の顔には無邪気さがあった。(中略)いまは瞳の底に,都会の澱のようなものがべったりとくっつき,精彩が薄れてきた。(p22)
 中国人観光客は,アジアの主だった観光地でできれば一緒になりたくない人々だった。(中略)多くの国の団体客は,個人旅行者に気遣いの態度をみせてくれる。しかし中国人団体客にはそれがない。(p48)
 救済など人が暮らす土地にはないと悟るにはやはり彼らは若かったのだろう。ドラッグが誘う一時的な快楽とないまぜになったイメージがネパールやインドを中心にできあがっていった。日本の若者もその後を追いかけることになる。(p64)
 ベトナムは若い国だ。皆,元気にご飯を食べている。 日本のテーブルとは,そこに漂うエネルギーが違った。全員の食べ方が太いのだ。高齢化が進む日本はさまざまな階層で食が細くなっている。老人の食は細く,シニア層はメタボを気にして食を細め,ダイエットに支配された若者の食も細い。先細りとは,つまりこういうことなのかもしれなかった。(p135)
 しかしこの寒さと雨である。(中略)僕の前に座った男の子はTシャツ一枚と短パン姿にビーチサンダルだった。雨のなかで船を待っていたのだろう。体は冷え切っているらしく歯の根が合わないほど震えていた。唇の色も変わっていた。それでも子供である。年長の子が口にした冗談に無邪気に笑った。震えながら笑う顔をいうものをはじめてみた。(p169)
 ベトナムからラオスに入り,急に旅のストレスが減った。宿や食堂では英語が通じ,どこもぼることをしなかった。旅というものは,それだけで心が軽くなる。(p179)
 それはおそらく密度の問題なのだろう。ラオス人が図抜けて正直なわけではない。何万人もの人が暮らす街と数百人が集った町との違いなのだろう。(p179)
 こういう経験をすると,中国人には悪いが,ラオス人の宿に泊まりたくなる。ラオス人が経営する宿は,質素だが清潔だった。そして泊まり客と宿の関係が普通だった。(p200)
 国境を通過できるか,どうか。それは一国の問題ではなかった。ひとつの国の公式ホームページに掲載できる性格の情報ではないのだ。(p312)