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2023年2月23日木曜日

2023.02.23 成毛 眞 『39歳からのシン教養』

書名 39歳からのシン教養
著者 成毛 眞
発行所 PHP
発行年月日 2022.07.04
価格(税別) 1,700円

● 著者はこれまで読書や本の読み方についての著書をだしている。たとえば,本は10冊同時に読め,といったようなこと。あるいは,ノンフィクションはこれを読めといったようなもの。
 しかし,本書は「あえて本を読まずに教養を身につける方法を紹介するもの」(p28)だ。宗旨変えをしたのかといえば,そうではないだろう。39歳まで本を読まずに来てしまった人に,しょがねぇなぁ,それじゃこうしてみれば,と助け舟を出しているのかもしれない。

● 以下に多すぎる転載
 30代も半ばを迎えてから,ヨイショと重い腰を上げて教養を詰め込んでいるようでは,遅い。遅すぎる。時間は有限である。(p5)
 知識を得るために本を書い,あるいは図書館に行って本を探し,ページを開いて,そこに書かれた知識を自分のものにするのは結構だが,恐ろしく時間がかかり,コスト面からみても効率が悪いことこのうえない。(中略)筆者は今,知識の9割を,本ではなくインターネットから得ている。(中略)最大の理由はネットの文章が簡潔であることだ。(中略)断言しよう。これから差がつく能力はたった1つ。ネットでググる(Googleで検索する)力。これだけだ。(p6)
 「なぜ勉強しなければいけないのか」というレベルに留まっている人は,今すぐこの本をブックオフに売るなり,メルカリに出品するなりしなさい。(中略)教養とは,「何のために学ぶかわからない」「それを知っても得にならないかもしれない」,それでも学び続ける人にしか備わらないのだ。(p25)
 ウクライナで戦争が始まったら,「争いをやめろ」「民間人を救え」と叫びながら,日本政府が防弾チョッキを送ろうとすると「武器輸出反対」と言い出す。(中略)そのような論理性のない主張をする人々を一生懸命説得するのは,時間の無駄でしかない。(p26)
 それでもあなたが最小限の読書で本から教養を身につけたいと考えているのなら,「今の高校の教科書を読め」と言いたい。(中略)あまりの高度さに我が目を疑うはずだ。(p28)
 ググるのは,本を読むよりずっとラク。少し時間ができたら,スマホやパソコンで気になるキーワードについてググるだけ。それを1年,5年,10年と続ければ,そんでもない量の知識の蓄積になる。(p34)
 ウィキペディアはアテにならない。いい加減な情報ばかりで見る価値がない」
 そう言って最初から信用しない人がいる。そういう人は,ネットの黎明期の価値観をいまだに引きずっている「時代遅れ」だ。(p41)
 哲学的なもの,正解がないものについては,ググる必要がないと考えている。だから一切,手を出さない。(中略)哲学とは深い思索であり,情報収集や知識を得る行為とは,全く異なる次元のものであるから,そもそもググるメリットがない。(中略)ググるメリットなどなく,単なる時間の無駄。それより客観的な事実や正解のあるものについてググることに,頭を時間を費やしたほうが利口である。(p48)
 若い人のテレビ離れは深刻と言われるが,テレビの情報量はかなり多い。テレビというとワイドショーを連想する人がいるが,あれせいぜい中学生レベルの内容しか扱わないので観る価値はほぼない。観るべきは,NHKの教養系のBSプレミアムか総合テレビで放送される教養番組だ。そこから取れるネタは実に多い。(p51)
 はっきりいえば,「観たい番組」を観ればよい。なぜなら興味のある番組を観るからこそ,そこで新たな好奇心が湧き上がり,広く,深く知識を掘り下げたくなるからである。(p53)
 「貧困の解消」なども,個人の問題というより,社会制度の問題だ。個人が努力してもどうにもならない問題を解決するのは政治の役割であり,筆者は運も良く,努力すれば解決できる立場にあるのだから,おのずと社会問題に対する関心は低くなる。同じように,悲惨な話もあまり興味がない。それが個人の資質によるものでも,社会制度の不備によるものであってもだ。(中略)自分が口を挟むような問題ではない。「担当が違う」という認識でいる。(p54)
 もしもウィキに書いてあることの7割も理解できないという場合には,以後,その分野には触れないという諦めも肝心。(p60)
 見るのは,データのみ。憶測を含む,主観に基づいた「物語」は読む価値がない。経営者のインタビュー記事や談話も,未来予測にはあまり役に立たない。(中略)データを自分で解析し,評価するのがわれわれの仕事であり,そのための材料を提供してくれるサイトを活用すればいい。(p66)
 アマゾンについてのデータを集める際,漠然と「アマゾン」で検索していないだろうか? それこそ,アマゾンの公式サイトがヒットするだけだ。これでは効率が悪い。だから,キーワードを掛け合わせて検索するのだ。(中略)キーワードの掛け合わせ検索は,連想ゲームのようなもの。(中略)すべては連想する力,言ってみれば発想の豊かさとか志向の柔軟性が問われる。(p68)
 メモは取らなくていい。Google Chrome なら右端にある「履歴」をクリックすれば,過去に見たサイトが一覧で表示される。(p73)
 媒体側の人間がニュースバリューを判断し,仰々しいタイトルをつけた記事を目立つ場所にアップする。そういうニュースは,価値判断の邪魔になる。ニュースは事実だけを伝えてくれればいい。(p78)
 フェイスブックが貴重は情報源になる。学者や研究者のフェイスブックをフォローすると,正確で専門性が高いニュースをアップしてくれる。(中略)彼らの知見がフィルターとなり,ネット上に溢れる無数の情報から余計な情報をカットし,網にかかった選りすぐりの情報にアクセスできる。文系分野では,記者上がりの編集者系フェイスブックが役に立つ。(中略)「フェイスブクはオワコン」と言い切る人もいるが,どんでもない。世界中の “友だち” からの投稿は,ググりたいフレーズの宝庫なのである。(p79)
 すべてを知り尽くしているように書く人は,すでに探究心を失くしていると思っていい。最初の1行を読んだだけで「なんでこの人こんなに偉そうにしてるの?」と思った人をフォローから外すだけで,無駄な情報に時間を費やす必要がなくなる。(p80)
 自分の情報源として,いい書き手の新着記事を最低でも週に1回はチェックするのを勧める。(p85)
 主張が偏ってしまっている記事は,その主張が正しいか正しくないかに関係なく,絶対に読まない。時間の無駄だ。一切,視界から消すのがいいだろう。(p85)
 新潮社や文藝春秋など,校閲がしっかり機能しているオンライン媒体も信用できる。(p86)
 海外のメディアもいまひとつ信用できないが,中東カタールのドーハに本社を持つ「アルジャジーラ」は,信用に値する数少ない放送局の一つだ。反米でもなく中立的で穏健,そのうえ速報性で群を抜いている。(p86)
 どちらも出版社系の会員系サイトである「フォーサイト」(新潮社)や「クーリエ・ジャポン」(講談社)は見逃し厳禁だ。(中略)本来,貴重は情報には高額の原稿料が支払われるべきだから,広告収入頼みのサイトで実現するのは不可能に近い。新潮社も講談社もそれがわかっていて,会員系有料サイトとして,お金を出してでもハイクオリティの記事を読みたい人向けに配信している。(中略)はっきり言ってしまえば,「日本の0.1%くらいが読んでくれればよくて,99.9%は読まなくていい」というぐらいのスタンス。こういう会員制メディアは “マス” メデイアでない分,信頼が置ける。(p89)
 「日本のメディアに掲載される海外ネタはレベルが低い」ことが多い。(中略)(中略)知識がないから読むに値する記事を書けないのである。(中略)特定のジャンルであれば,You Tube を見ている素人のほうが,現地にいる記者よりも詳しいということも起こりうる。(p95)
 記事にアクセスする前に内容が面白いかどうかの見当をつけるコツがある。それは画像を見ることだ。面白い画像が出ている記事をクリックすると,文章も楽しめることが多い。(中略)ググる際には検索窓にキーワードを入れ,まず,画像を検索する。その中から読むべき記事を見つける。難解な理系テーマのキーワードは,この方法で概要を理解するのが手っ取り早い。(p103)
 素人に理系の知識を教えてくれる You Tube チャンネルの登場によって,理系の理論を,われわれ一般人も楽しめる時代になっている。(p130)
 教え方がうまい人の動画や,有名教授の講義を見ると,難解でとっつきにくい理論も,目から鱗が落ちるように理解できることがある。最近筆者がそのような体験をしたのは,「ローレンツ変換」だ。(p134)
 筆者の場合,30分以上の動画は,よほそのことがない限り見ない。(中略)10分以上になると,プロが作ったもの以外は見ていられない。(p138)
 大人になってからも,好奇心,探究心を持ち続けることは,人間としての成長に直結する。好奇心を失えば,知的な面での成長は止まってしまうし,メディアが流す情報を漫然と受け止めているだkでは,情報が溢れる現代で情報弱者となるのは否めない。(p142)
 興味のままにググる人たちは,コアな情報やマニアックな情報を集め,それだけで1冊の本を書けるぐらいの知識を簡単に集めてしまう。いわゆる「偏愛者」だ。(p142)
 この世には,われわれの想像の斜め上をいく事典が数多く出版されている。(p150)
 古典落語の3分の1超は,歌舞伎が元ネタになっている。そのため,歌舞伎を知らないと落語は楽しめない。(p157)
 歌舞伎も,ストーリーやその背景を知ったうえで観たほうが楽しめる演劇。映画のように,ストーリーがこれからどうなるかわからず,ハラハラ,ドキドキを期待するような観方はしないもの。(p158)
 個人ブログやSNSで大事なのは「キャラ立ち」である。書き手のキャラクターが立っていないと,面白いことを言っても「ふーん」で終わってしまう。(中略)ネットで話題になる発言を見ればわかるが,有名人も無名の人も,言っていることは大して変わらない。それなのに有名な人の発言ばかりが取り上げられる。(中略)本人のキャラによるところが大きい。(中略)ビジネスを考えると,世間にぱっとイメージしてもらえるようなキャラを確立し,そのイメージをうまく使いながら情報発信することが求められる。(中略)いい情報を発信しても,多くの人に受け止めてもらわないと意味がない。まずは多くの人に聞いてもうことが情報発信者の前提になる。(p165)
 過去の会長のらの強烈な個性に比べれば(トーマス・バッハ会長は)可愛いものである。もともとICO会長は,欧州の貴族の末裔が務めることが多い役職で,われわれの常識の斜め上を行くような人たちであると思ったほうがいい。(p181)
 話題になっている先端技術のキーワードを見つけたら,その起源すなわちスタート地点を知ることも,次に何が来るのかを考える際にとても参考になる。(p195)
 海外の情報に関するキーワードは,英語版ウィキにしか載っていない場合がある。そのためにも,英語版,さらに英語記事をググれば,これまで知らなかった世界が一気に広がる。(中略)もちろん,英語でサッと読めればいいのだが,さすがにネイティブ並みの速度では読み込めない。だからGoogle翻訳で和訳してしまうのが手っ取り早い。(p205)
 ヨーロッパのさまざまな言語は,そこから直接日本語に翻訳するのもいいが,できれば英語に翻訳することを勧めたい。(中略)一度英語にGoogle翻訳してさらにそれを日本語にGoogle翻訳したものを読む。そして記事の大枠を把握した後,必要があれば英語翻訳を丁寧に読む。(p221)
 昭和の時代に比べると,入手できる情報量は何万倍にも増えたと言っていい。(中略)これは,われわれの接することができる情報媒体の多様化であり,情報の取捨選択がますます重要になっていることを意味する。(p222)
 いちいち本を買うより,最新の状態になっているウィキをググって知識を入手する。それをSNSを利用して発信して,自分の知識をさらに広げてくれるフォロワーを増やし,彼らとのコメントのやり取りでさらに知識を磨いていく。(p224)
 令和の今は,「ながら族」になれない人は,非効率な昭和の遺物と思われている,と考えたほうがいい。限られた時間しか与えられていない人間にとって,複数のことを同時に行えるほうが効率的だからだ。「ながら族」だと効率が悪くなるタスクだけ,それをやめて集中すればいい。(p225)
 情報が溢れる時代に効率的に情報を入手するためには,2つのアプローチが重要であることは理解してもらえたと思う。つまり,①キーワードをググって知識を増やす,②不必要な情報を取り込む前にカットしていく--この2点だ。(中略)イデオロギーや宗教が絡む媒体はそもそも視界に入れない。(p225)

2020年10月10日土曜日

2020.10.10 成毛 眞 『この自伝・評伝がすごい!』

書名 この自伝・評伝がすごい!
著者 成毛 眞
発行所 KADOKAWA
発行年月日 2017.04.20
価格(税別) 1,400円

● 次の20冊の自伝・評伝の書評。
 アシュリー・バンス『イーロン・マスク』(講談社)
 小倉昌男『小倉昌男 経営学』(日経BP社)
 安藤百福発明記念館『転んでもたたでは起きるな!』(中公文庫)
 出町 譲『清貧と復興 土光敏夫100の言葉』(文春文庫)
 梶谷通稔『成功者の地頭力パズル』(日経BP社)

 藤原正彦『転載の栄光と挫折』(文春文庫)
 山中伸弥『山中伸弥先生に,人生とiPS細胞について聞いてみた』(講談社+α文庫)
 中村修二『負けてたまるか!』(朝日新聞出版)

 岡崎慎司『鈍足バンザイ!』(幻冬舎文庫)
 桂 米朝『桂 米朝 w他シオン履歴書』(日経ビジネス人文庫)
 小松茂美『勘三郎,荒ぶる』(幻冬舎文庫)
 樋口毅宏『タモリ論』(新潮新書)

 石原慎太郎『天才』(幻冬舎文庫)
 常井健一『小泉純一郎独白』(文藝春秋)
 山口敬之『総理』(幻冬舎)
 冨田浩司『危機の指導者チャーチル』(新潮選書)
 明石和康『大統領でたどるアメリカの歴史』(岩波ジュニア新書)

 中村彰彦『名君の碑』(文春文庫)
 福田千鶴『徳川綱吉』(山川出版社)
 徳永 洋『横井小楠』(新潮新書)

● 以下に多すぎる転載。
 ポイントはここである。マスクは大金持ちではないのだ。それはなぜかといえば,そこを目指していないからである。(p13)
 クリーンエネルギー技術の改良や人類の活動領域を拡大するための宇宙船開発を,幼い頃から自分の責任にように
とらえていたのだ。40代になった彼はこの2つを実現している。こんなことを実現してしまった源泉は,やはり空想うと現実の区別がついていなかった,というところにあるのではないか。(p14)
 マスクの少年時代の特徴としては,白昼夢と異常な読書欲と書いてある。(中略)学校の図書館で読む本がなくなると百科事典を読破したという。(p15)
 あり得もしないことを実現するのには当然,困難がつきまとう。この困難というのは「それは無理だ」という人間の存在だ。これがいちばんの障壁になるが,マスクはこういった声を押さえ込んできた。つまり関係者の「できない」を許さないのだ。(p18)
 商品やサービスをひとつに絞るのは大きな危険を伴う。まず,そのひとつがダメだったらどうなるのか,リスクの分散ができないということがある。また,既存の商品やサービスを捨てるというのは,そこに関わっていた取引先や顧客との関係を絶つことにもなる。(p23)
 「私はラーメンを売っているのではない,お客さまに時間を提供しているのだ」
 これがインスタントラーメンの成功の理由である。安藤は闇市でラーメンの魅力を感じたが,決してラーメン屋はやらなかった。安藤は高度成長期,生活が便利になるにつれて更新されていく需要を的確に把握していた。(p36)
 自分が上手くいかない現状を社会や環境や人のせいにする風潮があるが,うまくいかないのは自分が悪いのだ。不遇の理由を自分以外にあると考えた段階で,その人間に未来はない。(p36)
 私はいわゆる名言本はお薦めしない。偉人の至言・名言を読んでも「だからどうした」と感じる他ない。(中略)何故なら,気づきを与えてくれるような言葉には,必ず前後の文脈があって,そこが重要になるからだ。(p39)
 政治家たるもの我欲を挟むものではない,というようなことを本気で信じている。土光はあくまでそのあたりが純粋なのだ。政治家に倫理を求めるときも,本気だ。政治家は倫理に反することをすると騒ぎ立てられるから,気をつけろ,なのではない。(p43)
 土光はイメージを良くしようということで,メザシを食べていたわけではない。食べたかったから食べていたのだ。これが証拠に土光は質素に暮らしていたが,他者に質素であれ,と押し付けていない。(p44)
 もちろん休んで生産性が上がる人間はいる。それは一流の人たちのことだ。(中略)一流でない人間は休んでいる場合ではないのだ。(p45)
 私が何よりもすぐに思いつくビルの特異な能力は「一挙に3万人ぐらいの名前を軽く覚えられる」ということである。(中略)ようするに桁外れの記憶力があるということなのだ。(p49)
 まず,念頭においてほしいのは,数学者がこの世に存在する,いわゆる「頭の良い人たち」の中で最高レベルである,ということである。(p60)
 私たちはとかく理解不能な人や事を低く見る性質がある。(p65)
 科学者を怒らせる質問として「これが何の役に立つんですか」というのがある。なぜ怒るのか,その理由は何の役にも立たないから,である。(p69)
 科学者が好きな言葉には「分からない」というのがある。(中略)常に何か分かろうとする姿勢でいたら,科学者は5分と持たないのだ。当然,日々,成果を迫られている市井の人間は,こういった事情を理解しえない。よって「何の役にたつんですか」という質問をしてしまうのだ。(p69)
 山中の理念を分析すれば「研究をするためには金が必要で,金を集めるためには誰もが納得する目的が必要」という順番になる。(中略)表面的には「人の命を救うため」としながら,山中の動力はあくまで表面的な目的ではないのだ。(中略)つまり義憤が動機ではない。(p72)
 よく戦場カメラマンが正義の味方のように報じられるが,彼らの中には「戦争が好き」という動機で専従しているケースが少なくない。つまりその多くは「戦争がなくなったら困る」と思っている連中だ。(p73)
 「負けてたまるか!」。これが中村の原動力であり,(中略)中村の才能だ。(中略)「青色LED」を発明したことが,中村の特別さではない,ということを認識していただきたい。中村の特別なところは「『研究のためには喧嘩も辞さず』ではなく『喧嘩のためには緊急も辞さず』」という基本姿勢にある。あくまで「喧嘩」が先なのだ。(p77)
 中村は「つぶれそうな会社を救うため,全く勉強してこなかった研究分野に挑み,それを発明してしまった」のだ。(p80)
 この笑いは自己顕示欲(=自分はかっこいい)がある人間には絶対できない。(p87)
 「僕はいつもネガティブなイメージを持っている。メンタルトレーニングのほとんどが,成功する自分をイメージして,というポジティブなものなので,いつもお断りしている」とある。(中略)ガッツポーズで喜ぶ完全無敵のヒーローよりも,悩み多き達成者のほうがたくさんの発想とたくさんの言葉を持つはずだ(p91)
 イチローに代表されるように,アスリートはr-ティンを守るものだという先入観があるが,岡崎はゲン担ぎもしないし,こだわりも全くないという。積極的にルーティンを壊すと,新しいことに出合える確率が増えるというのである。(p94)
 少し,持ち上げられると専門家ヅラになる面々はどこの分野にでもいるが,芸人がここに参入しつつあるように感じるのだ。米朝は自伝で私の意見に少し,賛成してくれている。「落語は,笑われてなんぼ」と書いているのだ。「笑わせる」ではなく「笑われる」。(p102)
 米朝はパイオニアなのだ。瀕死の落語を復活させたのではない,違うステージで生まれ変わらせたのである。(p103)
 私はビジネスマンの研鑽を考えたときに,普段使わない英語を習うぐらいなら,歌舞伎を観たほうがいいと思っているのだ。(p105)
 勘三郎の他者に対する評価の仕方が心地いい。勘三郎は人を評価する際に同じ言葉を使っていない。そこには,人はそれぞれに優秀さが違う,替えがきかない才能を持っているのだ,という敬意があふれており,むやみやたらな褒め方になっていないのである。(p111)
 私は近年の「テレビを観ていない」という主張が散見される状況に疑問を感じ,やたらとテレビを観るようになった。驚かれるかもしれないが,週に視聴する番組は30本をくだらない。その中には,ドラマも4,5本入っている。(p113)
 タモリはあれだけテレビで身をさらしながら,ほとんど身の切り売りはしてこなかった。つまり,視聴者はタモリがどんな人だか,分からないのだ。テレビというメディアは,画面に映る人間のパーソナルを赤裸々に暴く特徴があるが,タモリはその特性の範疇に入ってこないのである。(p115)
 悲しみは笑いを邪魔する要素になりうるが,タモリは悲しみをまとった珍しいコメディアンなのである。(中略)近年は自虐が笑いのひとつのトレンドになっている。(中略)これは悲しみを逆転の発想で,笑いに変えるといった構造になっている。(中略)タモリは悲しみを道具にしていないし,逆転させてもいない。悲しみを笑うのではなく,悲しみを悲しみとしてまとっているのだ。(p117)
 笑いというものは,そもそも悲しみを宿した人間でないと提供できないのではないか。果たして,毎日が楽しくて楽しくて仕方がない人間が笑いを届けることができるだろうか。(p118)
 タモリは決して専門家にならないということだ。えてして,彼ほどのキャリアを持つ有名人であれば,コメンテーターといった役割を求められることが多い。事実,北野武や松本人志など,こういった求めに喜んで応じている有名人は少なくない。だが,タモリはコメンテーターなどやらないし,そんなコメントを求められても,(中略)「もう忘れました」と答えるだろう。(p119)
 「俺は無類の人間好き。人間の生き様にしきりに興味がある」。(p125)
 エリートというのは何とかして相手を見下そうとする癖があるが,田中が来てその構造がなくなった。(中略)人間というのは得てして微差に反応するものだ。つまり,官僚にとって田中は見下す対象ではなかった。結果,ここでも田中は自分の出自を最大限利用したことになったのである。(p126)
 田中に驚愕するのは選挙を人と出会う場と考えているところだ。(中略)つまり選挙を勝ち負けで考えていない。勝っても負けても本気で「ありがとう」と握手をする。(中略)この感覚は日本人の情に訴えるにはかなりのインパクトがあるだろう。(p127)
 「大事な頼みごとに金を持参するのは当たり前」という部分が出てくるが,田中が金だけ持っていって,お茶を濁していたわけではないことは明白だ。田中には土方の経験が深く刻まれていたが,田中が肝に銘じていたのは体を動かすことではなかったのか。(p129)
 往時は田中に反旗を翻していた,この本の著者である石原慎太郎が「長い後書き」と称して,田中にゴルフ場で声をかけられたことを何とも嬉しそうに書いている。(p130)
 田中は決して反知性主義ではない。田中はエリートの向こうをはって,対立していたのではないのである。あくまで誰に対してもリベラルなのが田中の特徴だ。出身大学や肌の色で人を判別しないというところも田中の人脈力の源泉と言えよう。(p131)
 「角福戦争など実際にはなかった。圧倒的に出自が違った。だが,あれは水泳の試合みたいなもので,あの試合で俺は役人天下にひと泡吹かせてやったと思う」。(中略)ここで我々が注目しなければならないのは「ひと泡吹かせてやった」の部分ではない。水泳の試合なのだから,負けたってどうということはない,というところに田中の重要な感覚がある。(p131)
 小泉は既存の権力に抵抗し続けた政治家なのだ。(中略)小泉は人づきあいよりも公憤を取った。決して調整型ではなかったのが小泉なのである。(p135)
 あのときは郵政民営化の中身を国民が理解していたわけではないが,国民は政治家に抵抗する政治家がまぶしく見えたのだ。調整型でなくても人がついてきた。これも小泉の特別なところだ。(p136)
 小泉の特徴である「ネチネチしていない」がここにも表れている。とにかく終始一貫明るいのだ。そして発言の全てにおいて,何かに対して抗っている構造がある。(p137)
 小泉の言葉には真剣さを感じたが,これは選んでいる言葉ではなく,発言している姿や決して長ったらしくないという要素からもたらされている。加えて小泉の言葉はひとつも難しくない。内容よりインパクト重視なのだ。プロンプターや図表を使うのは最悪,という言及も出てくるが,これらに傾注すると伝えたいことが伝わらないことを小泉はよく知っている。(p138)
 抵抗する力と言っても,ただただ反抗するというのでは,話にならない。常識人が抵抗するから話になるのだ。(p139)
 元々こうなっているから,こういう決まりだから,ということについて小泉は寄り添おうとせず,おかしいと思ったら一直線に抵抗し続ける。その愚直な姿に国民は胸を打たれたのではないだろうか。(p140)
 安倍の幸運力でいえば,1回目の辞任の理由が病気だったことだ。これが病気でなかったら2回目はなかったろう。(p143)
 100万部のベストセラーを読んで,100万人と感覚が同じであれば,それは読んで得た知見の価値が100万分の1になっていることになる。これからは知見の差別化が物を言う時代だ。(p145)
 推薦本(山口敬之『総理』)には組閣案など緊張感のあるやりとりの現場に著者がいたことが明かされているが,政治家は国家の大事を左右するような話をするときに記者など呼ぶはずもない。著者が聞いたのは「政治家が記者に聞かれても困らない話」ということだ。私がここで読者に注意喚起したいのは,推薦本に書いてあるようなことを鵜呑みにして「安倍さんはこんな人なんだ」と思ってはいけない,ということである。(p147)
 とかく,評伝の類は「この人物はすごいことをした」といった美化をしていることが多い。悪いところには目をつぶり,何とかして良いイメージにしようという強制力が働くのだ。ここには注意が必要である。(p151)
 私がチャーチルにおいて特別だと感じる能力は「貴族力」である。まず出生地が広大な宮殿,しかも世界遺産だというのだから尋常ではない。(p152)
 チャーチルは戦時において名声を得たが,この原動力になった才能が庶民の気持ちがわからない貴族力である。例えばチャーチルは,ドイツに暗号解読が成功したことを勘づかれないために,その作戦内容を知りながらロンドンの空襲を眺めていた。逃げ惑う国民を見殺しにしたのである。つまりチャーチルは,国民を勝たせるために戦争をしたのではなく,国を勝たせるためにその才能を発揮したのだ。(中略)チャーチルは何か決断するときに,いろいろ人間の顔が浮かぶタイプではない。国が勝つためなら,国民が死ぬのはかまわないのである。(p153)
 チャーチルは政治感なんかではなく,根っからの文筆家であったことである。何せ,チャーチルの従軍は,義憤や軍に所属していたからといった理由ではなく,戦記を書くためだったというのだ。(中略)チャーチルは記者として,自らを新聞社に売り込み,従軍したインド,スーダン,南アフリカ,どこででも戦記を書き,それを発表して稼いでいたという。こうしてチャーチルは,20代で既にベストセラー作家になっていたそうだ。(p154)
 私が本書で強調したいことのひとつに「古典を読む必要はない」ということがある。とかく,教養の分野では「古典にあたれ」ということが喧伝され,読者に配慮のない専門書のような本が薦められることが多い。しかし,こういった風潮には「古典をすすめると見識が高くみられる」という強制力が働いている。(中略)せめて夏目漱石や森鴎外ぐらいを読んでいなくては,という強迫観念があるが,全く読む必要はない。(p171)
 問題解決にあたっては,あくまで現代に起点をおいて学び,考えるべきなのだ。現代を学びつくしてから,歴史にあたるのはいいが,現代を学びきっていないのに,歴史を学ぶのは見当違いという他ない。(p172)
 AIの時代である。よって,さらに古典には意味がなくなる。人工知能はこれまでの情報の蓄積であるから,古典などすべてお見通しだ。(中略)古典を知っているという素養で特化される分野は,これから全てAIに置き換わる。よって,私たちに求められるのは,蓄積がない今を起点として考えることだ。(p172)
 よく今はリーダー不在と言われれが,リーダーよりも重要なのが社会のビジョンを時代に合わせて描ける人間だ。(p173)
 バブルが崩壊し,低成長時代に入った日本をみると,日本はつくづく個人主義が合わない,と思うのだ。(中略)私は若い人と話しているとつくづく「江戸だな」と思うのだ。シェアハウスなどはその典型かもしれないが,議論するより,ぐっとこらえて仲良くする。こういった姿勢は欧米にはない。(p178)
 なんといっても大化の改新の頃から武士の時代を経て,日本は「人を殺すこと」が問題解決の方法だった。(中略)当然であるが,1000年続いた社会通念を変えるのは一筋縄ではいかない。よほどインパクトのある方法をとらなければ,「命を大切に」という意識改革はできない。(p181)
 「殺してしまえ」ができなくなると,人と理解し合うためにはどうすればいいか,ということを必然的に考えなければならなくなる。ここで助けとなるのが学問である。どんな学問でも効用としてあるのが,視野を広げてくれることだ。(p183)
 変革というのは,変えた後が大変である。(中略)既存勢力を倒すことよりも,その後の社会構築のほうが何杯も労力を要する。(p188)
 小楠は,勝(海舟)にアメリカの事情を必死に聞いたというのだが,一を聞くと一〇を知るといったふうに,勝が話し終える頃には,すっかり米国通になったそうなのだ。体験せずともそれを理解する力,これが小楠の特徴的な才能といえよう。とかく日本は「現場主義」などといって,体験至上主義のようなところがある。「行ってみなければ分からない」「やってみた人が偉い」というような感覚だ。(中略)特にアメリカでは,「現場主義」というような考えはない。体験しないと理解できない,といったことでは話にならない,と考えられている。(p190)
 ここまで開明的だった小楠がなぜ歴史的に扱いが軽いのか。その理由は,小楠が革命家ではなかったからである。(中略)人にはどん欲に会ったが,行動派というには程遠かった。(中略)日本人は「隗より始めよ」といった姿勢が大好きである。言うことと行動が伴わないことを嫌うのだ。(p194)
 事ここに至るまでには多くの人命が失われているがゆえ,変革には細心の注意が必要なのである。ここで小楠のような存在が必要になる。災厄を最小限に抑えながら,変革を起こす。そしてその後,どうしたいのかというビジョンを明確にする。ただ,行動すればいいというものではない。(p195)
 私はこの脈絡のなさが大事だと思っている。何の脈絡もないのが人生ではないだろうか。(中略)我々は想定外に対しての免疫をつけておかなければならないのである。(p197)
 それはとかく人が,ひいては世の中が美談を急ぐからだ。美談を急げば本質を見失う。今回,私はその本質をついただけなのである。(p198)

2020年7月1日水曜日

2020.07.01 成毛 眞 『amazon』

書名 amazon
著者 成毛 眞
発行所 ダイヤモンド社
発行年月日 2018.08.08
価格(税別) 1,700円

● 陳腐すぎる言い方だが,壮大な叙事詩を読んだような気分。読後に爽快感が残る。いやいや,amazonという企業は途方もない。
 もっとも,本書の刊行後に,著者の成毛さんはヨドバシドットコムにフランチャイズを移したと書いていたのを読んだ記憶がある。

● ぼくもamazonプライム会員だ。昨年の1月22日からだから周回遅れもいいところの会員だけど,amazonで買物をするのは年に数回しかない。金額も大したことはない。もっぱらプライムビデオのために会員になった。プライムビデオには筆舌に尽くし難いほどお世話になっている。
 それあればこそ,隠居暮らしができていると言ってもいいくらいだ。年会費は4,900円。たとえば月額千円のTSUTAYAプレミアムに比べれば,格段に安い。
 著者も指摘しているが,会費はいずれ1万円程度に値上げされるだろう。それでも,プライム会員をやめることはできない。

● amazonがユーザーの購買履歴をはじめ,多分野にわたる業務のそれぞれにおいて膨大なビッグデータを集積している。それがまたamazonの大いなる強みであるわけだが,地球上の人間の1人としてamazonに向き合うときには,そんなのはどうでもいいことに属する。
 SNSやブログを使っているということは,自分のプライバシーを自らが不特定多数に公開しているということだ。ぼくにしても同じだ。ぼくのTwitterから,ぼくの好み,趣味,居住している場所,年齢,性格,家族構成,収入額,職業,ライフスタイル,人生観を正確に把握することは容易なはずだ。資産や頭の良さ(悪さ)まで,見る人が見れば丸わかりだろう。

● その状況で,amazonに購買履歴やプライムビデオの視聴履歴を握られることを問題視する意味はない。どうぞご自由にお使いくださいということだ。
 amazonから受けるベネフィットの方が大きい以上,amazonとは付き合い続けるほかはない。

● 以下に転載。
 ママゾンは,酷悪の望みを叶えるために,テクノロジーでインフラを整えてきた。いまや,AI,自動運転,顔認証や翻訳システムにまで投資している。アマゾンの投資先を知れば,この先の世界がわかるといってもいい。(p11)
 企業経営者が人格すべてをさらけ出す必要もないし,有能な経営者の多くは外向きの人格を備えている。(p29)
 アマゾンは自社に有利な情報ですら沈黙を続けるのだ。その理由も推測するしかないが,顧客の利益を掲げるアマゾンにしてみれば,そもそも報道機関などの第三者と接触するのが,時間の無駄であると考えているのかもしれない。簡単に言えば,多くの事業を手がけすぎて,本業に集中したいあまり関わるのが「面倒くさい」のだろう。(p30)
 マーケットプレイスに参加する企業の中には,事業規模を拡大できたことで,アマゾンの提供する情報システムであるAWSを利用しはじめる企業も出てくる。さらに仕入れのための資金が必要になり,これまたアマゾンが行なっている融資サービスを使う企業もあるかもしれない。企業がアマゾンを一度利用し始めると,便利すぎて他のサービスも横展開で利用する可能性は大きい。(p32)
 アマゾンの大きな特徴は,新しい事業を立ち上げるときに,赤字覚悟で投資をいとわないことだ。これは,明確なアマゾン全社での戦略である。(p33)
 アマゾンの場合,完全に独立しているように見える。事業部門のひとつひとつの責任者は,おそらくアマゾン全体のことまで考えていない。(中略)そして,特筆すべきは,ベゾスもそれぞれの事業をコントロールする気がないところである。これこそが,アマゾンが新たな事業をどんどん横展開しやすい理由であり,これがアマゾンが何の会社かをわかりにくくしている最大の理由かもしれない。(p56)
 驚くべきは,その圧倒的なスピードだ。そこに需要さえあれば,それは購買需要であれ,サービス需要であれ,企業からの需要であれ,敏感に感じ取り,まさに光速で実現していくのだ。(中略)アマゾンからすると地球上のすべての存在が顧客に見えているのかもしれない。(p69)
 たとえば,ある出店企業がマーケットプレイスを利用して,アマゾンが自ら取り扱っていない商品を売り,それがヒットしたとしよう。当然,支払いを管理しているアマゾンにはそれが筒抜けなので,アマゾンは売れ筋商品と判断する。アマゾンはその商品を仕入れ,直販で取り扱いを始めるだろう。(中略)マーケットプレイスは便利な一方,気づけばアマゾンに情報を吸い取られ,身動きできない状況に追い込まれる危険もあるのだ。実際,アマゾンに自社の売れ筋商品を知らせたくないという判断でマーケットプレイスを敬遠する企業も存在する。(p78)
 それでは,もうアマゾンには絶対に勝てないのだろうか。そんなことはない。奮闘している企業もある。共通するのは,アマゾンの逆張りだ。たとえば,書店である。(中略)成長を続けるのがツタヤチェーンを持つカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)だ。(中略)躍進の象徴が「蔦屋書店」である。書店をカフェや家電と融合させ,居心地の良い空間を創る。(中略)こうした空間,体験の提供はオンラインでは展開しにくい。(p108)
 CCCとは仕入れた商品を販売し,何日間で現金化されるかを示したものである。(中略)アマゾンの場合,このCCCがマイナス28.5日。約30日前後で推移しているのだ。極論すれば,物流倉庫にある商品が販売される30日前にすでに現金になっているということになる。CCCのマイナスが大きいことこそ,アマゾンが巨額の投資や新たな事業を次々と展開できる源泉なのである。大量のキャッシュが動いていれば決算書の赤字など,どうでも良いことだ。(p128)
 普通,10兆円規模の企業になれば成長が鈍りそうなものだが,そんなことはお構いなしに年間20%以上の成長を保っているのだ。(p139)
 アマゾンは,1997年の上場から20年間の累積利益が約50億ドルほどだ。(中略)これほど少ない利益でこの規模に達した企業は歴史上,他にない。(中略)この決算上の利益の小ささこどがアマゾンの強みなのである。(p142)
 現在,アマゾンの株価は当初の1252倍だ。もしも100万円アマゾンの株を買っていれば,現在12億5000万円ほどになっていた計算になる。しかし,きっと20年間アマゾン株を持ち続けた投資家はいないだろう。ダウ・ジョーンズの報道によると,アマゾンは上場後の20年のうち,16年の間で年間20%超株価が下落した。(中略)ウォーレン・バフェットですら,2017年に自身が経営する投資会社の年次株主総会でベゾスについて「すばらしさを過小評価していた」とし,同氏が成功するかどうかは「まったくはっきりしなかった」と述べたほどだ。(p144)
 各社はCCCを縮めようと必死だが,忘れてはいけないのは,モノを仕入れてから売るまでの機関を短くすることが最も重要であることだ。そのためには当然,物流への投資が必要だ。アマゾンは物流センターやトレーラー,航空機を保有するまで,きめこまかい兵站線を構築している。ベゾスは事業を伸ばすというより,兵站線の充実に力を注ぐことで巨大な経済圏を構築してきたのだ。(p146)
 この2000年がアマゾンの窮地だった。(中略)アマゾンも危機を囁かれ,アマゾン・ドット・ボム(爆弾)と揶揄されるようになる。いつ破裂するかわからない存在だったのだ。(中略)ここで驚くべきなのは,当時アマゾンは利益を生み出していないのにもかかわらず,1999年からの1年間で倉庫を2ヵ所から8ヵ所に急拡大していることだ。(中略)赤字を垂れ流しても,事業拡張に投資を続けるという現在のアマゾンの原型はすでにできあがっていたのだが,(中略)外部からの評価が低い中でも,当時からベゾスの姿勢はまったくぶれていない。(p149)
 そんな時代の2000年,ベゾスはずっと「投資が必要だから」を強調していた。(中略)私も,どう肯定的に捉えても,苦し紛れの発言だったという印象がぬぐえない。(中略)窮地を強気な「言い訳」で乗り切った後のAWSの大成功が,ベゾスのそれまでの発言を正当化させたといえよう(p153)
 現在ではアマゾンにAWSを利用する申し込みをしてから15分程度で数千台のサーバーを利用する体制が整うという。自前のサーバーを大金をはたき,何年もかけて用意するのが馬鹿らしくなってくる。システムも,ジャンルを問わず豊富な種類で用意されている。(中略)アマゾンは小売りのノウハウもすごいから,AWSがモテ要るシステムの方が,自社で開発するよりも便利だったりもする。(中略)こういったクラウドサービスいおいて,もはや,この分野でアマゾンに対抗できるのはマイクロソフトだけだといい切ってもいい。(中略)価格競争力も高い。サービス開始からの約10年でなんと60回以上値下げしている。(中略)このジャンルでも,アマゾンお得意の規模のメリットを最大限に発揮し,顧客への還元を続ける。これでは,競合他社に勝ち目はない。(p161)
 AWSの死角をあげるとすれば,アマゾンがあらゆる産業で大きくなりすぎたことかもしれない。小売りや物流で強大な存在になったために,それらの分野で競合する企業が,クラウドを使うときはアマゾンの利用を避ける動きが出てきている。(P180)
 今や,コンピューター業界に人びとは気づいている。アマゾンの本当の敵は出版社や書店ではない。我々コンピューター業界だと。書店は文化施設として生き残るかもしれない。しかし,下手をすると,機能と価格だけで勝負するコンピューターの世界ではアマゾンしか生き残らない可能性すらある。(p185)
 小売業にとっては顧客との継続的な関係性こそ資産であり,生命線である。この会員制サービス(プライム会員)は顧客のロイヤルティ獲得だけでなく,金銭的にも大きな意味を持つ。年会費は前払いだ。アマゾンには,1年前にお金が入ってくる。キャッシュフロー経営を掲げるベゾスにとってはこの金脈を見逃すわけがない。(p195)
 アマゾンの日本市場への期待は,プライム会員の年会費に如実に表れている。米国が119ドル(約1万2000円),イギリスが79ポンド(約1万4000円)。ドイツがちょっと下がって49ユーロ(約6500円)で,日本はさらに安い3900円だ。世界的に見ると破格の値段設定だ。(p199)
 米国のスタートも39ドルだった。会員数の増加に伴い,2014年に99ドル,2018年に119ドルに引き上げたように,日本でも段階的に価格を引き上げるだろう。おそらく3900円から最終的には1万円前後に上げる可能性が高い。すでにアメリカでは年会費を引き上げても会員は減るどころか増えているので,あとから年会費を上げても会員が減少することは少ないことが予想できる。(p199)
 一度入会させてしまえば,プライムは,便利すぎるが故に脱会するきっかけを奪う機能を多く持ち合わせている。(中略)会員をやめる影響は,通販の使い勝手が悪くなるなどにとどまらない。プライム・サービスは,すでにリア不スタイルの一部となってしまっているのだ。(中略)会員拡大のいちばん魅力的なものは,日本では2015年9月に始まった「プライムビデオ」だろう。(中略)豊富なコンテンツを考えると,動画サービスだけ使ったとしてもすごい。(p200)
 しかし,アマゾンの強みは,オリジナルコンテンツの充実ぶりだ。(中略)ここまでくると,すでに映像制作会社だと言っていいだろう。視聴者のテレビ離れという潮流にものっている。(中略)これまでテレビや映画のコンテンツを流していたアマゾンが,自らのコンテンツをテレビ向けに逆に売る可能性も大きい。(p201)
 アマゾンの成功を見ているとシェアを重視することが本当に「悪」なのかと思えてくる。アマゾンのシェア重視は採算性を完全に度外視しているといっても言い過ぎではない。(中略)自分が撤退するか相手が撤退するかの極端な勝負に出る。(p224)
 アマゾンは現在はNVOCCとして海上輸送を手がけるが,輸送量が増え,自前で船を持つ方が合理的と判断すれば,船を保有するだろう。(中略)顧客に安く商品を届けるには手段を選ばない。それがアマゾンなのだ。(p233)
 物流では,このラストワンマイルの費用が最も大きく,ここのコスト削減ができるかどうかが鍵を握っている。(p235)
 ヤマト運輸がアマゾンに自前化の引き金を引かせている。(中略)アマゾンは日本でのサービスを開始した時点で,米国での事例を参考に,将来はヤマトを使わない状況をおそらく見越しているだろう。(中略)実際,ヤマトから当日配送の撤退検討を受けても,アマゾンは冷静だった。(p248)
 アマゾンは新しいサービスへの参入が早く,また撤退も早い(p259)
 日本の出版物は,卸である「取次会社」を通して書店に流通されるのが伝統である。しかし,アマゾンは取次会社を介さずに本を出版社から仕入れる「直接取引」を拡大する方針に舵を切っている。(中略)アマゾンと直取引すると,出版社にもメリットがある。取次を通す時間がなくなる分,アマゾンの在庫がなくなった場合の時間が短くでき,機会損失を防ぐことができるからだ。(中略)出版業界でアマゾンが黒船扱いされてきたのは,見たこともない手口を使って業界に殴り込みしているように見えるからだろうが,じつはこの「卸の中抜き」は,小売り業者にとっては当たり前のことだ。(中略)アマゾンは,小売業として新しくもない当たり前のことをやっているだけだ。(p262)
 万引きの問題も見過ごせない。(中略)書店の万引きロス率は1.41%である。一方,大手取次の日販によれば2017年の書店の営業利益率は0.11%だ。つまり万引きさえなければ書店の利益は10倍以上になることになる。(p264)
 購入時の総量はゾゾタウンが一律200円であるのに対し,アマゾンは2000円以上で無料になる。(中略)巨大なキャッシュと物流網を持つアマゾンとの体力勝負になれば,ゾゾタウンもユニクロも勝ち目はない。(p287)
 銀行は,融資を決めるときは一般的に決算書で判断する。しかし,アマゾンは決算書など見ない。自分で持っているデータの方が確かだからだ。マーケットプレイスを通して得た,種品している商品や日々の売上など膨大なデータを分析して融資する。(中略)あとは融資の判断のための基準を決めれば,融資は全自動で行える。(p291)
 アマゾンから,融資の提案がきた時点で,審査はすでに終わっている。借りたい出品企業はオンラインで金額と返済期間を選択するだけで,最短で翌日に手元にお金が入る。通常んお金融機関での融資は1カ月以上の期間を要することを考えれば,その短さは常識を塗り替える。このスピードは小規模な事業者がビジネスチャンスを逃さないためには,大変ありがたい仕組みだ。(p294)
 金利は年率6~17%とも言われており,銀行融資より高い。(中略)しかし,零細や小規模業者の中にはアマゾンレンディングでしか借りない業者もいるという。面倒な書類手続きからも解放されるため,商品企画や仕入れに専念できるからだ。(p295)
 クレジットカードが儲かるのは,リボ払いやカードローンなどだ。クレジットカードの利用者のうちの1%が10万円のカードローンを利用すれば,すごい数字になる。(p298)
 アマゾンゴーの真の脅威とは,万引きがゼロになることだ。(中略)リアル店舗が増えれば,おそらく店頭でのプライム会員向けの特典なども提供される。(中略)店員を少なくすることで小型店舗を多数展開し,売れ筋だけを最安値で販売する。これが実現したときの,既存コンビニへのダメージは計り知れない。(p314)
 アマゾンゴーのすごさは,店舗自体の売上ではなさそうだ。おそらくアマゾンも,売上には大して期待していない可能性が高い。アマゾンゴーの本当の意味は,そのテクノロジーだ。(中略)アマゾンがこのシステムを作り上げることこそ,プラットフォーマーとしては重要なのだ。このシステムは,他の店にも使える。(中略)「作ったシステムを売る」というのは,プラットフォーマーにとっては必要条件だ。(p316)
 すでにアマゾンは2015年9月に「アマゾンフレックス」を始めている。これは,配送の専門業者ではなく「個人」が荷物を配達する仕組みだ。こうすることで,注文からお届けまでの時間を30分以内に短縮しようとしている。(中略)アマゾンゴーが街中に普及すれば,自転車や徒歩で気軽に個人が配送代行を手がける日は遠くないのかもしれない。(p320)
 ECサイトでのアパレル各社も,顧客の販売履歴を持っている。いつ誰が何を買ったかは把握できるのだが,アマゾンはエコールックを通じて,この情報に,「買った服がどの程度着られているか」,「どのような組み合わせで着られているか」を把握することも可能になったのだ。(p333)
 ベゾスが求めるのは,協調などするよりは個のアイデアが優先される組織である。つまり,権力が分散され,さらにいえば組織としてまとありがない企業が理想だという。たとえば,AWSを開発している部署はアマゾンゴーには興味がない。それがいいというのだ。(p356)
 ベゾスは,理系のトップらしいところが出ているように思う。たとえば,経営数値にあまりとらわれないところだ。(中略)当然のことながら,AIなどテクノロジーへの感性も理系の方がある。たとえば,理系には実験がつきものだ。実験したら失敗することがよくあることを,経験的に知っている。(p357)
 企画会議では,6頁にまとめられたプレスリリースを模した史料を用意するらしい。それを,出席者が最初の20分をかけて読むことから始まる。パワーポイントなどは使わないらしい。(p358)
 アマゾンはKPI(重要業績指標)至上主義とも言われる。(中略)恐ろしいのは,このKPIの目標管理を0.01%単位(通常は0.1%単位)でしていることだ。(中略)日本では楽天がこれを真似たが3カ月くらいで自然消滅したとか。(p359)
 ベゾスは英単語で「情け容赦ない」を意味する「Relentless」という単語を非常に好んでいたからだ。ちょっと恐い。しかし,ベゾスは本当にこの言葉が好きなようだ。(p362)

2020年5月19日火曜日

2020.05.19 成毛 眞 『成毛流「接待」の教科書』

書名 成毛流「接待」の教科書
著者 成毛 眞
発行所 祥伝社
発行年月日 2018.04.10
価格(税別) 1,300円

● ノーパンシャブシャブとか官官接待とかで,接待はだいぶイメージを悪くした。いや,昔から接待は必要悪とされてきたか。銀座のクラブで飲む社用族を品性下劣と言ったのは山口瞳さんだったか。とまれ,接待の総量は減っているらしい。
 しかし,だからこそ,接待はやりようで効果があるのだと,天邪鬼氏は言う。正統派の教科書だが,読み物としても面白い。

● 以下に転載。
 接待は時間がかかる,金がかかる。だから無駄だという経営者やコンサルタント,やりたくないという現場もいる。(中略)そう考えるのは,接待のようでいて接待ではない接待もどきを接待と思い込んでいるか,接待についての悪意ある創作を信じているからにほかならない。要するに,本当の接待を知らず,したがって,接待の絶大なる効果も知らないのだ。まったくもって,無知は損と言わざるを得ない。(p5)
 人と会わなくても進められる仕事が増えた。(中略)では,合理的なだけで仕事は進むのだろうか。資料はデータで届けるのが当たり前の時代に,手書きの資料を届ける人がいたらどうか。実に非合理的だが,印象には必ず残る。(p15)
 営業マン,営業ウーマンにとって,年賀状や記念日の贈り物はプラスのアピールにはならない。そんなものは,やって当たり前のものだからだ。はっきり言おう。やらないのは失格だ。戦いの土俵に立つことなく負けている。不戦敗だ。(中略)では,プラスを得るにはどうするか。周りがやっていないアピールをするしかないだろう。それが接待だ。今,接待をすべき理由,私が接待を薦める理由は,接待の数が減っているからだ。それを軽視する人が増えているからだ。(p16)
 昨今,打ちあわせなどの際にパソコンでメモをとるのは失礼かどうかという議論が,定期的に起こっている。私はそうされても失礼とは感じないどころか,紙にメモをそるのは前時代的とすら思うが,失礼と思う人がいまだ存在していることは知っている。ならば,パソコンでメモはとらない方がいい。(p18)
 接待の目的は,相手と仲良くなることだ。それ以上でもそれ以下でもない。そして,仲良くなるとは,相手を知ること,こちらを知ってもらうことだ。(中略)人間は,近くにいてよく顔を合わせていると,仲が良くなるようにできているのだ。(p21)
 Windowsは,パソコンメーカーに大量に買ってもらうBtoBの商品だ。もしも私が,店頭で販売する商品の営業担当だったら,さほど接待について考えなかっただろう。(中略)しかしBtoBの場合は違う。顧客の数は限られていて,その顧客とは長い付き合いになる。新規開拓の必要はない。決まった顧客に,変わらずのお付き合いを願うためのもの,それが私にとっての接待だ。(p24)
 どんな店を選ぶのか,どんなものを食べて飲むのか,どんな話をするのか,二軒目以降にどんな店を用意しておくのかには,接待する側のセンス以上に,本気度が問われる。(p29)
 準備されていない接待は,接待される側にすぐに伝わる。(中略)準備が不十分な接待なら,しない方がましだ。(中略)しっかりと準備されたぬかりのない,芸術的な接待は相手の心に残る。その芸術性を左右するのは,生まれ持っての感性などではなく,準備だ。(p30)
 どれだけそつがなくても,印象に残らない接待はなかったに等しい。一方で,強烈なインパクトを残す接待は,語り継がれる。(p33)
 接客担当者として最もまずいのは「お客様は神様です」と言わんばかりにへりくだるタイプだ。客は,少なくとも私は,接客担当者に私の言いなりになってほしいとは思わない。(中略)へりくだる接客担当者の悪い点は,自分を神と勘違いした客を集めてしまうところにある。(p49)
 一番恐れなくてはならないのは,接待の相手に「自分はこの程度の店での接待がふさわしいと思われているのか」と思わせてしまうことだ。(中略)だからこそ,味のチェックよりもまず,人のチェックを優先すべきだ。(p50)
 接待では,テーブルは狭ければ狭い方がいい。なぜなら,テーブルの奥行きはそのまま相手との距離感だからだ。(中略)なので,中華はNG。あのラウンドテーブルの広さは,人との距離を縮めるのに不向きである。(p53)
 私の経験上,外観が素晴らしく,スタッフもプロフェッショナルで,古さと新しさをうまく調和させている店の料理がまずかったことはこれまで一度もない。(中略)だからこの順に店を絞り込むのが効率的だし,楽なのだ。外観による絞り込みをしないままひたすら旨い店を探すとなると,時間が何時間あっても,胃がいくつあっても,予算が湯水のごとく使えても,なかなか難しいはずだ。(p55)
 こういった「外し」ができるのも,一軒目でスタンダードな接待をしているから。驚きは,一軒目とのギャップで生まれているのだ。(p72)
 一角の人物は必ず,面白い武勇伝のひとつやふたつは持っている。その奇想天外でロマン溢れ,血湧き胸躍る物語は,聞いておいて損はない。というか,シンプルに面白い。(p87)
 かつて,一緒に接待に臨んだ部下がこのお見送りをないがしろにしたことがあって,私はかなり強く叱責した。車が視界から消える前に,お辞儀をした頭を上げたのだ。(中略)その行為は,丁寧にだしをとり,いい食材だけで作った一皿に仕上げに,市販のマヨネーズをどばどばかけるような行為だ。(中略)終わり良ければすべて良しとは,終わりがダメならまるでダメということだ。(p100)
 一人だけが特別に楽しいより,全員がそこそこに楽しい方がいい。それが最も効率のいい飲み会だ。同じだけ予算と時間を使うなら,一番,遠慮しがちな一番若い人が楽しめる飲み会が,最もコストパフォーマンスが高いと言える。(p124)
 接待は,いい関係をより良くするものであり,さほど良くない関係をプラスに変えるにはあまり向いていない。このことをきちんと理解しておく必要がある。(p132)
 接待ゴルフは僅差で負けるべきものとされている節もあるが,そんな曲芸のようなことはする必要がない。(p156)

2020年3月12日木曜日

2020.03.12 成毛 眞 『AI時代の子育て戦略』

書名 AI時代の子育て戦略
著者 成毛 眞
発行所 SB新書
発行年月日 2018.06.15
価格(税別) 800円

● 子育て戦略は生き方戦略でもあって,どう生きるのがいいのかをプラクティカルな視点から解説。
 いい大学→大企業(官庁)のコースに乗れば安泰という昭和の価値観では大損をこく。「何に」熱中するかではなく,対象が何であれ熱中できる能力そのものが大切。ということが説かれている。

● 以下に転載。
 すでに「ガリ勉をして東大」というルートはヤバい。私の肌感覚から言うと,東大卒で本当に使える人は10人に1人いるかどうかだ。(p4)
 よく「才能+努力」と言われるが,正しくは「素質+のめり込む才能」である。(中略)両方とも遺伝で受け継がれるものである。(p23)
 いろいろな人を見ていて不思議に共通しているのは,人間は同レベルの友だちと一番仲がいいということだ。(中略)マイルドヤンキーが地元から出ないというのは,みんなレベルが一緒で居心地がいいからに決まっている。(p27)
 道は無数にあるのだから,1つは他人より傑出している分野があるはずだ。今ではいい大学に行く以外の選択肢が増えてきている。いい大学に行くより,市穴太を発揮できる分野で活躍したほうが幸せに決まっている。(p29)
 よく「子どもの体力が落ちた」などと言われることがある。でも,本当に子どもの体力がおちているのか疑わしいものだ。(中略)おそらく,子どもたちの体力が下がっているのではなく,みんなが学校の体育を軽視しているだけではないか。(p32)
 スポーツも勉強も平均値は落ちているように見えるが,個々のレベルはとてつもなく上がっている。この状況に,「オール5」を良しとする学校教育が追いついていないだけだ。(p33)
 世の中には,自分で自分の才能に気付いていない人がたくさんいる。なんとももったいない話だが,才能にあふれているのに無自覚なまま生きているのだ。(中略)今はSNSを通じて,誰もが文章やイラストや音声やダンス姿などを発信できる時代なので,以前よりも才能が発掘されやすい環境は整っている。(p37)
 くれぐれも注意してほしいのが,「今好きなこと」という基準で考えないことだ。(中略)重要なのは,あくまでも子どもの頃好きだったかどうか。子どもの頃好きだったことのほうが本来の才能を表している可能性が高い。(p39)
 親の中には,一度始めたものは何でも最後までやり通すべきだと信じ込んでいる人たちがいる。(中略)続けさせることで,根性がつくとか,やり抜く力がつくと考えているのだろうが,正気の沙汰とは思えない。(p44)
 親(特に父親)がよかれと思って子どもをキャンプに連れ出すことがあるが,たいていの子は実際のところ楽しんではいない。(中略)キャンプはたいてい父親1人が楽しんでいる。ただ,父親が喜んでいると子どもはやっぱり嬉しい。どんな子だって親の喜んでいる顔を見たいので,それなりにがんばる。(中略)いい子であればあるほど,両院の喜ぶ顔が見たいがために無理を重ねてしまう。そうやって無理を重ねて努力しても,何かに上達することはあり得ない。(p47)
 知り合いの水彩画のセミプロによると,普通の人は同じようなスタイルで100枚も絵を描いていたら飽きてしまうのだという。これに対して,プロは1000枚くらい飽きずに描き続けられるのがすごい,と語っていた。よく,プロの画家が思いきり画風を変えて,まったく違った作品を描くことがある。これも1000枚近く描いてきて飽きてしまったからなのだという。(p50)
 リハビリの世界では,1つの筋肉が動くようになると,それに引きずられて周囲の筋肉も発達することがあるそうです。それと似たような原理で,(中略)プログラミングに熱中して作品を作った子が,それを伝えるためにプレゼンのスキルをアップさせることがよくあります。(長谷川敦弥 p63)
 適応できてしまうがゆえにつらい人生を送るというわけですね。とくに成績のいい子は,ある種の柔軟性があって適応できてしまう。でも,それを小学校からずっとやり続けていくと,大人になったときにもう取り返しがつかない。(p70)
 障害者の就職支援をやってきてつくづく感じるのは,「結局,人って自分らしくしか生きられない」ということです。(長谷川敦弥 p71)
 ポンコツ系に共通するのは,親からガリ勉を強いられて,なんとか東大に引っかかったという点だ。(中略)勉強にモチベーションがなく,大学4年間を漫然と過ごすから,卒業するころには唯一の拠り所だった学力さえも失ってしまう。だから,東大卒のポンコツ系は圧倒的に頭が悪い。(中略)いろいろ言われる以前に,単純に頭が悪すぎる。(p83)
 本当に賢い東大卒は普通の民間企業にはやってこない。彼らはそもそも卒業後に向かう世界が違う。(中略)民間企業には残りの7割しか回ってこないから,使える人材の割合が10人に1人くらいになってしまう。(p85)
 新しい技術に目を向けない人は,徹底的に取り残される。たとえば電子決済技術について知らない人が,ビットコインが登場したときに反応できたはずがない。同じようなことが,これから何度も何度も繰り返されるだろう。(p97)
 「日本の大学では勉強しないが,アメリカなら真面目に勉強するから意味がある」 これもよく聞く話だが,結局のところ大同小異である。ハーバード大学も含めて,本当に時間のムダだと思う。(p88)
 日本マイクロソフトでもポスドク(博士課程修了者)を2~3人採用した経験があるのだが,まったく戦力にならずに1~2年で全員が辞めてしまったという過去がある。私が思うに,MBAや大学院にこだわる人たちは,世の中に学位以上に面白くて大事なことがあるという事実にまるで気付いていない。時代が変われば学位など紙くず同然になるという想像力が著しく欠如している。(p90)
 東大以外の学歴でも,閣僚ともなれば頭のいい人がそろっている。官僚だって相当賢い人が多いが,有能な政治家は官僚以上に賢い。官僚から「やっぱりこの人は自分よりすごい」と思われない限り,政治家は力を持ち得ないからだ。一方,暴言報道で議席を失った豊田真由子氏や,不倫スキャンダルを起こした山尾志桜里氏などは,誰がどうみても頭が悪い。(中略)受験勉強においては賢いのかもしれないが,政治家としての行動に致命的なまでに知性が欠けている。(p98)
 10年近く前から企業の人事部では「SFC出身者が使えない」というのが定説になっている。うまく言えないが,鼻っ柱の強さに能力が伴っていない。(p99)
 英語が使えるだけなら,そもそもアメリカに留学していたような学生が山ほど存在するわけだが,留学経験者もまた使えない人材が多い。(p100)
 新しいものに興味を持つ能力や,答えのない問いに答えようとする能力を削いでまで受験勉強をさせるのはあまりにリスクが大きすぎる。そこまでして東大に行かせる意味など一つもない。(p101)
 明治エッセルスーパーカップの「超バニラ」しか食べないという人は,かなり文系脳といえる。新しいものに興味を持たないから,変化に対応できない。(p108)
 コミュニケーションについてはもともとの能力差が大きすぎるため,才能がない人がそこそこ能力を高めたところで焼け石に水という気がする。言葉に対する才能は,音楽や美術の才能と一緒で,勉強したからといって身につくものではない。(p116)
 一般にアウトドア=運動好き,インドア=運動嫌いと思われているが,大きな誤解である。アウトドアとインドアの市街は,本質的に人見知りかどうかの違いである。アウトドアは体を動かすこと以前に,人と会うのが好きな人たちだ。彼らは人見知りをしない社交的な人たちだ。(p118)
 一般にインドア派のほうが精神的に弱そうに見えるが,本質的にはアウトドア派のほうが弱い。少なくとも,人と会うのが嫌で本ばかり読んでいる人のほうが,年中キャンプをしている人たちより精神的には成熟する。(p119)
 出版社の元編集者で喫茶店のマスターをしている人は山ほどいるが,喫茶店のマスター出身の編集者というのはいない。よほどの例外を抜きにすれば,人の流れは上流から下流へと決まっていて,逆流することは考えられない。必然的に,上流の会社に就職したほうが「つぶしがきく」ということは言える。(p156)
 最初に入社した会社は,どこまでも自分を追いかけてくる。早稲田大学卒でも日本大学卒でも,電通に入社してしまえば,それ以降のキャリアは「電通出身者」としてみなされることになる。だから,どの大学に入学するかよりも,最初にどの会社に入社するかのほうがはるかに重要である。(p158)
 そもそも仕事の好き嫌いと向き不向きは別の問題である。(p163)
 私がベンチャーキャピタルで新卒採用をした経験でいえば,会社員や公務員の子よりも,自営業の家庭に育った学生のほうが,能力を発揮する傾向が強かった。(p164)
 才能が遺伝するといっても,最初から才能が明らかなフィジカルな遺伝と違って,抽象的な思考は,ある程度年齢を重ねなければ完成しない。つまり,ビジネスマンが本当の意味で天職に出会えるのは30代以降になってからで,20代で才能を決めるけるのは早すぎる。(p165)
 今後,社会起業家やシャキ貢献につながるビジネスは確実に増えるだろう。これは「いい人」が増えているからというより,単純に食べるのに困らない人が増えてきたからだと言える。(p173)
 経験上,ボランティアを積極的にやりたがる人と,まったく興味を持たない人は明確に分かれている。ボランティアに積極的な親を持つ子は,ボランティアに興味を示す傾向が強い。これも,言ってみれば遺伝の影響である。(p175)
 お金というのは,面白い仕事をしてうまくいった結果,ついてくるものである。お金になりそうな仕事をしたことで得られるわけではない。だから,結論から言えば,お金の教育はしないほうがいい。(p177)
 私の周りでも,お金儲けがうまい人というのは,利に賢い人ではなくて,損得抜きで自分のキャリアに投資できる人だ。(中略)そういう人は,直感に任せて動いているので,最終的にどんな商売をするというビジョンが明確なわけではない。ただ,みんながよく口にする「夢」とか「目標」を持っていない代わりに,「今やっておくべきこと」に対する嗅覚が圧倒的に鋭い。(p177)
 お金を儲ける人は,1つのことが続かず,どこかで飽きてしまう人でもある。飽きずに「○○一筋」というような人は,案外,お金に縁遠いことが多い。(p178)
 今後,AIの進化によって10年後,20年後に我々の社会生活を根本から変えるような歴史的なイノベーションが東欧することだろう。そのとき10%の専門家は「どえらい物が出てきたぞ」と驚愕し,残りの90%の人は拒否反応を示すだろう。(中略)でも,時間が経てば誰もが新しい技術を当たり前のように使いこなすに違いない。かつてたどってきた道なのだから,手に取るようにわかる。とのとき,新しい技術にいち早く飛びついた人は,新しいビジネスやサービスを生み出すだろう。出遅れた人は,新しい技術に使われる生活を余儀なくされるだろう。(p182)

2020年3月8日日曜日

2020.03.08 成毛 眞 『人生も仕事も変わる! 最高の遊び方』

書名 人生も仕事も変わる! 最高の遊び方
著者 成毛 眞
発行所 宝島社
発行年月日 2019.08.09
価格(税別) 1,400円

● 5章で構成されているが,最後(第5章)の六角精児と著者の対談を最初に読んで,第1章から読んでいくのがいい。第5章さえ読んでおけば,あとはどこでやめても構わない。

● 以下に転載。
 話題の映画を観ることや,流行りの音楽を聴くことは,遊びとは言えない。遊びは意図的にやらなければ,遊びではない。(p10)
 人々が最高に楽しんでいる場所では,必ず未来が見つかるのだ。未来を発明するのはいつだって,うまく遊んでいる人間たちなのである。(p11)
 実益を考えず,ただ単純に遊ぶことを提案したい。間違っても,「遊び」でやっていたものを本業にしようとは思わないことだ、趣味はひとりで極めるものだが,遊びは誰かを巻き込んでやろう。(p16)
 遊びでプロを目指してはいけない。プロになるなら,仕事と同じだ。(中略)中途半端なままで終わらせることができるのも,また遊びの醍醐味だ、(p17)
 目的があるようでない,何かを達成するものではない,というのが遊びの定義だとすると,日本人には「遊び上手」の素質があるように思える。それに比べると,アメリカ人は遊びが下手な人が多いかもしれない。彼らはその気になると,遊びではなくて,本格的な趣味にしてしまうのだ。(p19)
 どうせ遊ぶなら人がやらないようなことをやったほうがいい。みんながやっていることは,あえてやらないことだ。何をして遊ぶかを考えるときに,みんながやっていないことは何かを探すことが,すでに面白い。(p20)
 3000時間もやればプロ級になってくるが,そうなると面白いことばかりでもないだろう。(中略)遊びであれば1000時間ほどやって,他に面白そうなものがあれば,すぐに移るのをオススメする。無理に苦しい思いをすることはないのだ。(p30)
 ピカソやダヴィンチの作品など,アートにはある種のいかがわしさがある。アートは,現在の価値と違うものを提示しなければ売れないのだ。(中略)美術史のなかで,従来の価値観に対するアンチテーゼを描くことで評価を得る。(中略)時代に合わせつつ,いかに時代をリードするか,ということはビジネスでも同じである。よって,ビジネスマンはアーティストを見ておかなければならない。アートが極端に変化するときは,ビジネスも変化する。(p37)
 自分にとんでもない才能があるかもしれないのに,やらないからわからないのだ。今の若い世代の人たちは,やってみないとわからない,ということを理解している。(p38)
 真面目な人に多いのが,基本に忠実でありたい,最初から本格的でなければならないと,思い込むことだ。そんなことはない。あくまで遊びであるから,楽しみ優先でいいのだ。(p39)
 今あることの積み重ねでイノベーションは起こらない。大きなジャンプをするためには,奇想天外な発想が要るのだ。広い視野を持って,大きく考えることが必要になる。壮大な空想を描く力は,天賦の才ではない。空想力を高める上でSFは実に役立つ。だから頭の柔らかい10代,20代のうちに読んでおきたい。(p48)
 仕事でも遊びでも,「やらないこと」を決めるのが楽しむためのコツだ。ボクが遊びでやらないと決めていることは,銀座のクラブなど,女性が席につくようなお店に行かないことだ。お金ありきで寄ってくる女性に囲まれて,何が楽しいのかわからない。(p72)
 今では公私ともみ必要のない選択を極力減らしている。例えば,サラリーマンを辞めてから20年間,毎日ほぼ同じ服を着て,ほぼ同じ昼飯を食べている。(p76)
 スティーブ・ジョブズなども発達障害があって服や食事などにさほど興味を持つことのない子どものまま大人いなったがゆえに,子どものような発想ができ,それを我々はクリエイティブだと思い込んでいるのかもしれないのだ。(p78)
 ある程度の資産を持っている仲間と飲んでいて,全員が同意した共通点がひとつあった。若い頃から毎日1回,寝る前の数分間などに,次のふたつを無双する習慣があるというのだ。 ・どうやって資産を増やそうか(どうやって少しでも稼ごうか) ・どうやって資産を減らさないか(無駄遣いしないか) しかも,その夢想はほとんど実行されない。ふと夢想するだけなのだ。大したことではないが,意外とその積み重ねが重要なのかもしれない。(p82)
 巨大企業を困らせるのは,実はそれほど困難ではない。彼らの収入源をピンポイントに,最少コストで狙うだけだ。戦国時代とはそういうものだ。(p85)
 天才と呼ばれる人たちは,得意なことが飛び抜けてでき,普通の人なら当たり前にできることができなかったりする。(p124)
 通常のキャンプを見ていると,コーヒー一杯,沸かして飲むのに火をつけて水を沸かしたり,豆にこだわったりと,あくせくしている。(中略)キャンプを楽しむ違う形があってもいい。コーヒーを飲むなら,ネスカフェのアンバサダーであってもいいわけだ。(p176)
 ギャンブルを真剣に勝たなきゃいけないと思ってやっていると,不思議とどんどん負けていくんですよ。だから真剣にやらないほうがいいですよ。(中略)やっぱりギャンブルは軽い気持ちでやったほうがいい。そうでないと,大人の嗜みとは言えませんね。(六角精児 p193)
 自分の金の9割くらい賭けて,勝った負けたなんてやっていると,勝ったときの高揚感と負けたときの虚脱感は,とどのつまりどちらも同じなんです。どちらも快感なんですよ。(中略)真剣にやるんではなく,いい加減にやらないとダメです,あんなもんは。全部,運なんですから。(六角精児 p194)
 芝居の世界には芝居だけっていう人がいるし,ギャンブルの世界にはギャンブル一本槍っていう人がいる。そこでしか生きられない人がいっぱいいる。あれが面白いんですよね。(中略)その世界でしか生きられないっていう人をはた目で見たり,話を聞いたりするのが僕の大好物なんですよ。(六角精児 p196)
 尿酸値も,尿結石も,糖尿も全部,当てはまるんですけど,僕は。でもいいんです。そんなものは,なんとかなる限りは薬で適当に対処していれば。(中略)医者の言うことをちょっと小馬鹿にしながら聞いているヤツのほうが,ずっとそのまま元気なんじゃないかな。(六角精児 p209)
 みんなからモテたってろくなことないでしょう。100人いたら,実際は2人か3人とかの人から本当に愛された方が世の中,絶対,幸せですよ。(六角精児 p211)

2019年11月22日金曜日

2019.11.22 成毛 眞 『決断 会社辞めるか辞めないか』

書名 決断 会社辞めるか辞めないか
著者 成毛 眞
発行所 中公新書ラクレ
発行年月日 2019.06.10
価格(税別) 800円

● 終章は必読のこと。
 あくまで大事なのは,人間とは,いつまでも,どのような状況でも,成長できるという視座だ。それを持つことができるかどうかで,その人生が大きく変わってしまう。(p229)
 この一文をこれまでの情けない来し方と照らし合わせて,心を入れ替えるよすがにするべきである。

● 以下に転載。
 ここまで地銀が長らえてきたのは「巣ごもり」を続けてきたからだ。(中略)リスクをとらず,コストを抑えていたからに過ぎない。つまり「何もしない」という消極的なスタンスで生き残ってきたのだ。(p25)
 おそらくこれからの日本は,移民問題に国の根幹を大きく揺るがされている欧州先進国が通った道を,そのまま辿る可能性が高い(p26)
 先を考えて50歳前後で辞める決断をした人って,信用力が増すと思うんです。何も考えずに60歳を迎えて退社した人と比べると,間違いなくチャレンジ精神は健在だし,逆に仕事仲間としては信用できるんだよね。(p40)
 でも一昔前,できる人ほど家に帰らない,という状況が実際にあった。今考えると異常だけど。(p59)
 じつは,『月刊現代』が廃刊になった直接の原因は,雑誌ではなく,書籍が売れなくなったからなんです。雑誌自体は赤字でも,そのコンテンツを書籍化することで回収できた。それで成り立っていたビジネスモデルだったのに,書籍まで売れなくなってしまった。(瀬尾傑 p63)
 聞いた情報はあくまで材料の一つ,という発想がないわけだ。与えられた材料が本当かどうかを確認するのが,編集者の役割で取材なのに。それを知らないから,付加価値も付けられない。(p71)
 本業とは別に,ライフワークを持つことが重要だと,常々僕は言っています。これが意外にキャリアでの「決断」に影響しているし。瀬尾さんの場合,間違いなく酒だよね。(p72)
 とりあえず手を出す,という姿勢はこれからのビジネスマンにとって必要ですよね。(p83)
 新聞はスポンサーをとても大事にします。お前らの食い扶持はどこからでているか,と。決して読者ではない,スポンサー企業があっての日経新聞だと。(大西康之 p101)
 企業側の広報の姿勢も近年,大きく変わっているんです。昔は内部から浄化するため,わざとネガティブ情報を出す,くらいに気概のある広報室長がいましたから。(大西康之 p103)
 報道はエリートたちの目線なんだよね。たとえば彼らは,リアルな低所得者層の世界なんか,人生で一度も接したことがない。じつはそんなエリートは,首都東京でも一割ほどしか存在していないわけで,それこそ,千代田区と港区と中央区という中心3区だけに暮らしている。(中略)日経新聞のつらさでもあるよね。読者のアッパー層なら,書いている人もアッパー層。取材対象者も,広告主も全部アッパー層ですから。(p114)
 あくまで会社のなかで,のし上がっていきたいだけの人にとってはSNSは不要なんですよね。逆に,外部と遮断されていることこそステータス,というか。(中略)SNSより,狭いたばこ部屋でボソボソと行う情報交換の方が大事。それが新聞社ですから。(大西康之 p116)
 「無駄な贅沢しなければ食っていける」という真理に気付くことができるかどうか。これって人生において,かなり大きい。ほとんどのサラリーマンはそこに気付かない。だから「会社辞めたら,人生即終わり」だと感じて,追い詰められる。(p117)
 メディア論の授業で教えているのは,「じつはメディアは結構,理系の仕事だぞ」ということですね。メディアって,記事とかコンテンツのことと思いがちだけど,じつはそもそもの部分が,ハードウェアとプラットフォームから成り立っている。(柳瀬博一 p125)
 中でも過去30年を遡り,上場企業が赤字へ転落したタイミングと転落した会社の経営者の就任時期の相関グラフを作らされた作業は鮮烈に覚えています。(中略)それこそ一週間,朝から晩まで日経新聞本社の書庫にこもりっきり。ちなみにそれで得た結論として,(中略)相関関係がまったくないということがわかりました。つまり80年代より前の日本企業にはコーポレートガバナンスがなかったわけです。(中略)特集を担当した末村さんからは「大学の修論くらいだったらこれで取れるよ」と褒められましたが。(柳瀬博一 p133)
 それまでの編集現場で,お金のことを考える習慣はありませんでした。「記者が自社の商売のことを考えると筆が鈍る。だから考えるな」という文化が,とりわけ新聞記者にはあったのだと思います。(柳瀬博一 p138)
 高校を卒業するくらいまでは典型的な中二病。「俺は洋楽しか聴かないぜ」みたいな。でもそのノリでいたら,大学生になった頃,つまらない自分になっていることに気付いてしまった。洋楽を聴いても,評論家気取りだから自ら演奏はしない。でも邦楽好きな人たちはみんなで歌って演奏をしている。(柳瀬博一 p153)
 見ず知らずの有名作家の著作を全部読んだあと,手紙を出すようなタイプの編集者ではなかった。そういうエネルギーがまったくなかったし。(柳瀬博一 p162)
 自分自身のことを,決して「面白い人間」「すごい編集者」と思っていない,ということもあります。面白いことはいつも外から飛んでくる。そして僕は,飛んできた珠をとりあえず全部打つ。お声をかけてもらったら「やります」の一択。(中略)仕事を選ぶ権利を持つ人は,そのジャンルでの「天才」であることが前提。でもほとんどの人は僕も含めて「凡人」。だから「仕事を自由に選べる」というのは,そもそもどこかで勘違いした考えだと僕は思っています。(柳瀬博一 p163)
 あらゆる仕事は面白いと思えば,大抵は面白いし,つまらないと考えたら,大抵つまらない。(柳瀬博一 p164)
 10年の間,そのジャンルの人たちとしっかり付き合うことが,次の10年にも活きますしね。そのまま20年やってしまうと,付き合いも知見も広がらない。むやみに足元を深堀りしていくだけ,というか。今の時代,それは合わない。10年掘れば,十分に深い。(p171)
 そもそものところ,金融とは完全に情報産業だからね。今でこそ,みんなそういった認識になってきたけれども。(p186)
 (都民響の練習は)最高のストレス発散の場で,疲れも全部吹き飛びますから。リフレッシュ効果もあるし,オン・オフの切り替えにもなる。今ではどれほど忙しくとも,練習しない方が気持ち悪い。仕事で使っている頭の部分と,音楽で使っている頭の部分がまったく違うからでしょう。(山田俊浩 p194)
 オーケストラの雰囲気には,会社組織と通じるものがあると思います。(中略)ある程度,やるべき形が決まっているのですが,そのなかでは存分に自由。まさに会社です。(山田俊浩 p194)
 経験上,僕からいえるのは「感情的には動かない方がいい」ということだと思います。不本意な部署異動とか想定外のキャリアチェンジとか,いざそういったものを目の前にすると,その瞬間は,それが人生の「大事件」のように感じてしまう。でも後々振り返ると,まったくそんなことはない。しかも,周囲もそれほど大したことと考えていない,というのも事実なんですよね。(山田俊浩 p196)
 とにかく深刻なのは,消費者との接触ポイントが激減していることです。駅売りはほぼなくなり,本屋も減った。(中略)本当におかしな話ですが,もし各社から「明日から必要なコストを真っ当に負担してください」と言われたら,途端に立ち行かなくなる,というのが多くの出版社の実態です。だから,紙から電子へ,という出版業界の流れは,読者以外の部分で,じつは多くの方が喜んでくれていることでもあると思います。何とも皮肉ですが。(山田俊浩 p202)
 今までは大人がどんな雑誌を電車で読んでいても,それほど恥ずかしいものではなかったかもしれません。でもこれからは,「その人が何を読んでいるか」ということが,同時に「その人がどういう人か」という輪郭を掴むツールになりうる。だからこそ雑誌側も,そのブランディングを真剣に考えることが,より重要になってくるのではないかと。(山田俊浩 p204)
 目の前のコンテンツを磨き上げられているか,今一度,見直さなければならない時期にきたのかもしれません。(中略)伝わればそれでいい,などとどこかで思った瞬間,それならばもう,インターネットでいいよね,ということになってしまいますから。(山田俊浩 p205)
 市場の縮小により,新聞社も報道の論理より,経営の論理が上回るようになりつつある。つまり,読者の利益より,スポンサーにもなりうる取材先の企業の利益をあからさまに優先するような事態が生まれているのだ。(p212)
 あなたが身を置く業界や立場によっては「逃げ切れる」のかもしれない。しかし,そもそも「逃げ切れる」という発想が旧態依然としたものであることに,ここで気付いてほしい。(p228)
 雑誌やネットでは「AI時代に必要なスキルはこれだ」などと特集されている。ここで断言するが,そんな時代に通用するわかりやすいスキルなど,この世に存在しない。(p229)

2019年10月6日日曜日

2019.10.06 成毛 眞 『一秒で捨てろ!』

書名 一秒で捨てろ!
著者 成毛 眞
発行所 PHPビジネス新書
発行年月日 2019.10.02
価格(税別) 850円

● 小気味いいほど論旨明快。この内容は成毛さんにしか書けないもの。それを読んで自分も実行できるかというと,できるところもないではない。
 が,その部分はすでにやっている。やっていないことは,やらないままかな。でも,いいのだ。

● 以下に転載。
 この先,ビジネスの世界で生き残っていきたいならば,悪いことは言わない。古いものを捨てて,新しいものをどんどん使うべきだ。なぜか。それは,古いものを積極的に捨てる意識を持たないと,世の中の変化についていけなくなるからだ。(p17)
 私自身も,新しいものはガンガン買って使うようにしている。(中略)見たことのないような画期的なサービスや商品を目にしたら,よほどの金額でなければ,値段を気にせずに試してみる。(p22)
 iPhoneの最新型はいま現在のトレンドの集大成と言っても過言ではない。(中略)HDDレコーダーも,全録レコーダーをフル活用している。(中略)私はとにかくテレビをよく見るので,いまやこれがないと話にならない。(p23)
 さらに不思議なのは,日本がなぜ,そのデジタル途上国のマネをするのかということだ。誰がどう考えても「タッチ,ピッ」が便利に決まっている。いちいちQRコードを表示させるなど,バカの極みである。(p28)
 わかっているにもかかわらず,現実的には,新しいものを取り入れるのに消極的な人が多い。消極的になる理由は,「捨てない」からだ。(p29)
 「捨てる」ことが重要なのは,ものだけでなく,考え方や知識も同様だ。(中略)いまの時代に合った考え方や知識を身につけるには,これまで学んだ考え方や知識に上書きをするのではなく,いったんそれらを捨て去って,新たに学び直すことが必要という考え方だという。私は,中高年の学び直しに関しては否定的だが,この考え方には同意する。(p31)
 自分がどうやったら勝てるかを考えた場合,何かを加えることよりも,むしろ何かを捨てて,一つに集中したほうが良い場合もある。中途半端に得意としている仕事を思い切って捨ててしまい,ほかの人よりも秀でる可能性のある仕事だけに,自分の持てるリソースを集中投下するのである。(p33)
 先日,テレビで,来日した外国人がコンビニのカツ丼を食べて,「これが3ドルなのか」とショックを受けていたが,その外国人の感覚が世界標準なのだ。たかだか500円の弁当で,一流店と遜色ないクオリティに仕上げる技術にこだわるのはどうかしているのである。このような職人気質は日本人のDNAに組み込まれているのかもしれない。ならば,一個人も,それを活用すればいい。(p34)
 仕事のムダをなくし,生産性を高める最良の方法は何か。それは,「仕事を捨てること」。作業効率を改善するのではなく,作業全体を止めてしまうことだ。(p48)
 日本マイクロソフトの社長に就任してから,私は,会議をなくすことにした。部下たちに「君たちで勝手に会議するのは,構わない。だが,絶対に俺を呼ぶな」と伝えたのである。(中略)社長主催の会議を一つもしないので,アメリカ本社から「会議ぐらいやれ」と言われ,ビル・ゲイツから「お前,普段,何やってんだ?」と聞かれていたが,意に介さなかった。(p51)
 メールでコミュニケーションできないのは,思考が整理されていない証拠。つまり,伝えるべきことを的確に伝えるのがヘタなのだ。電話は仕事のできない人間がするものであり,そんなヤツらに,仕事のジャマをされたくない。(p54)
 いずれも「営業は足で稼げ」を愚直に実行しているわけだが,ネット証券がこれだけ全盛の時代に,こんな昭和時代のやり方を続けていたら稼げるわけがない。(p59)
 若い頃からマナーでがんじがらめになっていると,自分が管理職になったときに,部下をマナーでがんじがらめにするので,ろくなことはない。(p64)
 「フリーアドレス」はデメリットもあるので,導入には注意したほうがいい。少なくとも開発系の仕事の場合は,フリーアドレスは逆に捨てたほうがいい。開発者には自分の城を築かせないと,独創的なアイデアが出ないからだ。(中略)オフィスに余計なものを置かないのもダメで,くだらないオモチャやガジェットなど自分が好きなものを仕事場に持ち込ませて,クリエイティブ性を発揮させようとしている。(p66)
  かつて早稲田大学ビジネススクールの客員教授をして改めて感じたことだが,大半の人は,セミナーや研修,スクールなどの座学では成長しない。なぜかというと,そこで学んだことを実践するなら良いのだが,そんな人はほとんどいないからだ。「ためになることを聞いた」と言って,それだけで満足してしまうのが,関の山なのである。これほどムダなことはない。(p69)
 ビジネススクールで習うような分析方法やフレームワークなどを学んだことで,独創性を失ってしまうのは,よく聞く話である。(p70)
 私は,前任者のやり方は何もかも変えるようにしてきた。日本マイクロソフトでも,前社長のやり方をすべて変えてしまった。オフィスの場所まで変えてしまったくらいだ。(中略)後任の社長にも,「俺のやり方は全部捨てろ」と言っていた。それぐらい,私は思い切って変えることが重要だと考えている。(p72)
 人生を振り返り,私が最も捨ててきたのは何かといったら,おそらく「人」だ。(中略)転職するたびに,それまで付き合っている人間をバッサリと捨ててきた。転職した翌日から,まったく会わなくなるのだ。(p76)
 過去を語り合っても意味などない。私が語りたいのは明日だ。明日を語る知り合いや友達は,時代と自分の年齢に合わせてどんどん変わっていくものなのだろう。(p79)
 フェイスブックでは,友達の誕生日に「おめでとうございます」のメッセージを送ると,他人も読むことができるが,はっきり言って,自分はいかにつまらない人間かということを何千,何万人にさらす最高の方法だと思う。(p82)
 何らかのSNSで自己発信することはいまや必須だが,そのとき,最重視すべきなのが,プロフィール写真だ。私のように名前を忘れる人でも,プロフィール写真に特徴があると,ビジュアルとして記憶されるからだ。(中略)一度設定したら,プロフィール写真を変えないことも重要だ。(p91)
 会社は仕事をする場であり,ウエットな人間関係なんて関係ない。(中略)私は,飲みニケーションに限らず,会社関係の付き合いは,とことん排除していた。慶事ですら断っていたぐらいだ。部下の結婚式や披露宴に招かれることは何度もあったが,じつは一度も行ったことがない。(p92)
 ただ,そんな式嫌いの私でも,葬式だけは顔を出す。かつて仕事をしたことのある人や知り合いの経営者が亡くなったときは,必ず行くようにしている。(中略)「結婚式に行くバカ,葬式に行かぬバカ」という有名な言葉があり,経営者の多くはこの言葉を知っていて,実践している人も多い。(p97)
 私は,スターバックスやタリーズなど,ちょっとおしゃれなコーヒーショップにはほとんど行かない。その理由は,それらの店のコーヒーが嫌いだからではない。そこにいる,気取ったヤツを見たくないからだ。具体的に言えば,「MacBook Pro」を開いてスタイリッシュに仕事をしている(と思い込んでいる)ノマドワーカーが嫌いなのである。(中略)飲みに行くときも,客層が悪そうな店には行かない。(中略)要するに,“頭の悪い人”と同じ空間にいるのが嫌なのである。(p101)
 人間はバカとつるんでいるとバカが伝染るけれども,頭の良い人や気持ちの良い人と付き合っていると,良い影響を受ける。とくに,40代以上の人たちにすすめたいのは,自分より10歳も20歳も若い世代の人たちと交流することだ。(中略)何かを教えようとしないで,流行や視点など若い人から何でも吸収しようとする謙虚な姿勢をもつべきだ。(p106)
 最近,ビジネスをしていて,大きく様変わりしたと思うことがある。かつては同業者同士は変なライバル意識をもっていたのに,それがなくなってきていることだ。(p110)
 保険は,塵が積もってゴミとなる典型だ。(p129)
 蕎麦屋を推すのは,手間をかけるほど美味しいのが明確だからだ。寿司は新鮮なネタの仕入れルートを確保して,半年ほどの修行を積めばそれなりの味を提供できるが,蕎麦はそうはいかない。(p145)
 SNSを見ていると,毎日のようにミシュランの3つ星レストランのような場所に足を運んでいる人がいるが,愚の骨頂である。田舎者がルイ・ヴィトンのモノグラム・バッグを持つのと一緒で,所詮「ブランド信仰」だろう。(p146)
 穿いている下着が高級ブランドでもユニクロでも,ランチがホテルのレストランでも駅前の牛丼店でも,ほとんど自分自身は何も変わっていないことに気づくだろう。だったら,悩む時間は極力減らしたほうがいい。(p148)
 答えは,「良い本だろうが,つまらない本だろうが,どんどん捨てる」だ。分類などしている時間の余裕はないし,いまなら一度捨ててしまっても,読み返したくなったら,ネットですぐに購入できる。それに読み返すといっても,たいがいの本は読み返さないものだ。読んだ本は,遠慮なく捨てて良い。(p150)
 子供のオモチャは,湯水のように買い与え,飽きたらポイポイ捨てればいい,というのが私の持論だ。(中略)その理由は,子供には,とにかく多くの体験をさせてあげることが大切だからだ。(p163)
 中学・高校までに,好きなことや自分の才能を見つけることは,のちの人生を大きく左右する。その年頃に見つからないと,やることが受験勉強ぐらいしかなくなる。(p165)
 本来,インプットはアウトプットして,生産性を高めたり,イノベーションを起こしたりするために行うものである。しかし,インプットはそれ自体が目的になりがちだ。(p181)
 発信する内容は自由であり,ビジネスに限らず,趣味についてでも構わないが,絶対に避けたほうがいいテーマがある。大衆が取り上げそうなネタだ。(中略)私もフェイスブックでさまざまなことを発信しているが,令和ネタはいっさい発信しなかった。(中略)他人とは一味違う視点で発信できる気がしなかったからだ。一目置かれるようなことを発信しないと,意味がないのである。ありがちなのは,経済や政治関連の出来事の是非をあれこれ論じる人。これもやめたほうがいい。自分はいかに賢いかを誇示しようとしているのだろうが,残念ながら,周囲はそうは見てくれないからだ。(中略)そのように,大衆的なネタを避けてアウトプットをしていると,SNSのフォロワーから,「あの人の言うことは,ほかとは視点が違っていて面白い」と見られるようになる。たったこれだけで,SNS上では,凡人の領域から一歩抜けた存在になれるだろう。(p184)
 私も,フェイスブックで発信するときには,「人と違う見方」を意識するし,自分のアイデアが誰にどの程度受け入れられるかを日々試しながら,次作の企画のテストマーケティングをしている。したがって,フェイスブックへの投稿は,つねに真剣勝負だ。誰でも思いつきそうだが誰も考えてこなかったことや,誰でも知っているようで意外にホントのところは知られていないことをひねり出すように投稿するのは,これだけ本を出している私にとってもけっこう大変なのだ。(中略)たくさん投稿しようとすると,どうしても平凡なネタを投稿せざるをえなくなる。投稿するほど平凡な人に見えてしまうぐらいなら,思い切って頻度を減らすべきだ。(p186)
 コツはない。ともかく最初の1行を書き始めるのだ。全体の構成やら落とし所を考えない方がいい感じの文章になると思っている。(p189)
 ただし,私の場合,フェイスブックに投稿してからも,平均5回以上書き直している。本職の作家ならさらに推敲を重ねているだろう。文章は書いて,直しての繰り返し。訓練しかない。(p189)
 (インプット手段の)おすすめは,ズバリ「テレビ」だ。(中略)テレビは,素晴らしい番組が山ほどある,最強の情報源だ。それを知らないヤツこそ,完全に情弱だ。(p190)
 できるだけ効率良く見るにはコツがある。まず,リアルタイムではなく,録画で見ること。そうすれば,1.3倍速で見られるので相当な数の番組を短時間でチェックできる。(p197)
 見るべき番組は,自分の興味のある。興味のないものをいくら見ても頭に入ってこないが,興味のあるものは,子供が恐竜の名前を簡単に覚えてしまうように無限にインプットできる。苦もなく見続けられるので,ネタも見つけやすいというわけだ。(中略)逆に言うと,自分の興味のないことは,たとえ流行だろうがなんだろうが,情報をインプットする必要はない。私もそれを実践していて,ベストセラーは読まない。みんなが読んでいるものを読んでもネタにならないし,何よりつまらないからだ。(p199)
 私のように書評をルーティンワークにしている人は,電子書籍ではなく紙の本を読むべきだ。付箋を貼ったり,ポイントを書き込んでいくので,電子書籍だと作業効率が悪い。同じ作業をしても紙の本のほうがサッとできて,読書そのものに集中できる。(p201)
 友達だろうがなんだろうが,つまらないことを言う人は,どんどん「ミュート」することを強くすすめる。(中略)こうして,自分にとって欲しい情報だけを得られるタイムラインを編成するのが,SNSの魅力だ。気に入らない人をミュートしていくと,同じ思想・志向で偏りやすくなるが,気にする必要はない。SNSぐらい自由にやってもいいだろう。(p204)
 私がブログやメールマガジンでは発信せず,フェイスブックにしか投稿していないのは,SNSがメディア化しているからだ。最近は「note」を書く人が増えているようだが,いちいち好みの情報を探しに行くのは面倒くさく,今後,そこまで大きく広がることはないと思う。誰もが気軽に見られるメディアに無料で投稿し続けて,アナログの形でマネタイズ(私の場合は書籍化)する。これこそが,令和型のアウトプットだろう。(p206)
 アウトプットするときに,私がもう一つ意識していることがある。それは,できるだけほかの人が書いたものを見ないことだ。(中略)他の事例を参考にしすぎると,そちらに引っ張られてしまい,斬新な事業ができない。それよりは,思い込みで突っ走っていったほうが,面白い事業ができるし,その事業は発展する。何事も,駆け出しのうちは先人の真似をしたり,参考になる事例を勉強したりすることから始まる。しかし,オリジナリティを発揮したいなら,先人の教えや先行事例などを捨て去って,自分一人で考えることが大切なのである。(p209)

2018年11月15日木曜日

2018.11.15 成毛 眞 『日本人の9割に英語はいらない』

書名 日本人の9割に英語はいらない
著者 成毛 眞
発行所 祥伝社
発行年月日 2011.09.06
価格(税別) 1,400円

● 7年前の出版。楽天とユニクロが社内公用語を英語にすると言い出したことに対して,小気味よく一刀両断。言語を明け渡すことは,文化や思想を乗っ取られることであって,わざわざアメリカの植民地になってどうするのか。
 社内言語の英語化って,その後どうなったんだろうね。なし崩しにチャラにした?

● 以下に多すぎるかもしれない転載。
 英語は普通の科目ではいい成績を取れない人のための救済科目になっている可能性がある。得意科目を聞かれて「英語」と答える人は,自分は物覚えがいいだけのバカだと公言しているのだと自覚したほうがいいかもしれない。(p19)
 必要だから覚える。それが自然であり,必要でないのに覚える人は自分のしていることの無意味さに気づいていないのだろう。(p22)
 追いつけ追い越せで先進国を追いかけている途上国は英語が重要だが,日本は追われる立場なのである。日本はこれから成熟を目指すべきであり,どこかの国をまねて追いかける必要などない。(p32)
 外資系企業とつきあいのある私ですら,この1年で外国籍の人と交流したのは数えるほどである。外国人はおろか,九州の人ともさほど交流などしていない。(中略)同じ国民同士ですら交流をもたないのに,なぜグローバル化が進むと,アメリカ人やイギリス人と交流するという発想になるのか不思議でならない。(p38)
 語学に関しては“泥縄”でいいのではないかと思う。(中略)英語はペットボトルの水とは違い,備えにはならない。(中略)英語はいつか話すであろうときのために習っておいても,ずっと覚えてはおけない。普段使わない語学は,使わないとあっという間に忘れてしまうのである。(p41)
 そもそも中国の非識字率は今でも増え続け,2000年から2005年の間に3000万人増え,2005年末時点で1億1600万人に達し,世界の非識字率の11.3%を占めている。英語ができる・できない以前に大きな問題を抱えている国なのである。(p45)
 英語を母国語としない人が,自国にいながら易々と他国の言語を受け入れるのは,想像以上に危険な行為である。言語を受け入れたら,文化も受け入れることになる。(p46)
 日本に何十年も住みながら,日本語を一切使わないのをプライドのようにしているアメリカ人もいる。(p47)
 英会話スクールは日常英会話を教えるのがきわめて下手である。英会話スクールの講師は,日常会話で使われる単語やセンテンスを覚えさせず,英語で会話をしているフリをさせているだけである。(p51)
 母国語がしっかりできていれば,何歳で学んでも外国語は習得できる。20歳を過ぎてからの語学は,いつスタートしても同じだろう。(p58)
 ツイッターでは楽天社員だと思われる人が,「『重要なことなので日本語で失礼します』という言葉が流行ってきた」とつぶやき,ネットではちょっとした騒ぎになっていた。これが本当のことなら,最高のギャグだと思う。(p67)
 幹部社員はともかく,一般社員にまで社内で英語を使わせることに,何の意味があるのだろう。おそらく,海外赴任を経験しないまま会社人生を終える社員が大半である。なぜそんな社員まで社内で英語を使わなければならないのか,まるで拷問のような企画である。年に1回しか乗らないのに,マイカーを買うのと同じぐらいムダな行為である。(p68)
 それでももし語学を学びたいなら,マイナーな言語を覚えるほうがまだ付加価値になる。(中略)誰もやらないことにこそ,成功の芽が隠れているのである。(p77)
 まじめに話そうとするから英語が出てこなくなるのである。(中略)「まだサムライはいるのか?」と聞かれたら,「ああ,この間日光で会ったよ」とさらりと答えればいい。(中略)気楽に構えているほうが,海外でも人と打ち解けられる。そのために人とコミュニケーションをとるのではないだろうか。(p80)
 外資系企業のトップの3%はネイティブと同じレベルの英語力を求められるが,それも体当たりで学んでいくしかない。実際,デリケートな交渉などは事前に学んだ英語で乗り切れるものではなく,コミュニケーション力を駆使して解決するしかない。英語はコミュニケーションを補完するものであり,TOEICのスコアなどほとんど当てにならないのである。(p83)
 どこに国内の本社で自国の若者より他国の若者を多く採用する国があるのだろう。ほかの大企業もこれに追随したら,間違いなく日本国内は荒廃する。(中略)日本の若者を見捨てている企業は,こちらから見捨てるぐらいでいいと思う。(p86)
 森本(正治)シェフは,客は30%しか味が分からない,残りの70%は予約の電話から始まって店員の対応や店の雰囲気によって評価されると言い切っていた。(中略)森本シェフはまさにグローバルな視点を持っている。(中略)商機をつかむ才能に長けているのではないか。結局,どこの世界でもそういう人が勝ち残る。(p93)
 学問とは学び問うこと。ただ暗記するだけの授業は学問ではないし,テストで1番をとるための授業も学問ではない。日本の学校は学問をするために通う場所ではなく,学問の楽しみを奪うためにあるような場所である。だから大人になった今,学問に目覚めよう。(中略)六十の手習いということわざもあるように,学ぶのに遅すぎることはない。(p99)
 英語は単なる道具であり,身につけても生きる力までは養えない。学び問えない勉強なのである。(p100)
 学校教育にすっかり洗脳された日本人は,通って学ばないと身につかないと想いこんでいる。だが,歴史の研究家の講釈を聞くより,書物を読むほうが自分なりの歴史観を養える。基本的に,スポーツ以外は人から習わなくても自分自分の力で学べるものである。学び問うのは教師に問うのではなく,内なる自分に問いかけるのである。(p100)
 私は洋書をほとんど読まない。(中略)理由は単純明快であり,日本の翻訳文化が優れているからである。海外の面白い本はほとんどが翻訳されているし,翻訳されるまでのタイムラグも驚くほと短くなってきている。(p127)
 雑誌に関しては『ロンドン・エコノミスト』『モデル・エンジニア・マガジン』など,英語雑誌を月に4~5冊取り寄せて読んでいる。(中略)『モデル・エンジニア・マガジン』というのは,イギリスで出版されているミニチュア模型の雑誌だ。(中略)不思議なもので,自分の趣味に関するものとなると,たとえ単語がわからなくても,どんなことが書かれているのかが完全に理解できる。(p129)
 現地の言葉を早く習得したとしても,その時点での日本語の理解度に合ったレベルでしか習得できないのである。(p138)
 幼いころから多言語と接しているために,どの言語もまともに話せない,理解できないようになる状態を「セミリンガル」,最近では「ダブルリミテッド」ともいう。(p138)
 受験英語の弊害は,テストに関係ないことには見向きもしなくなるという点である。(p143)
 学生時代に何も考えずに暗記するという習慣が身につくと,自分の頭で考えようとしなくなる。考えるより,暗記の方が数倍も数十倍も楽だからである。受験勉強はいかに効率よく覚えて処理するかをトレーニングする勉強である。物事を味わい楽しむ余裕はなくなり,すべてがタスク(仕事)になる。(p144)
 インターナショナルスクール出身の人で,日本で成功した人の話などほとんど聞かない。(p154)
 英文が読めたり,書けたり,会話ができるだけで役に立つものではない。何を読むのか,何を話すのかというところで価値が生まれる。(p157)
 もし自分の世界観を広げたいのなら,本を広げればいい。世界中を旅して回るより,短時間で未知の世界に触れられる。(p160)
 直訳英語ではネイティブをカチンとさせてしまうのである。(p163)
 グーグルもいつかは陳腐な大企業になり,それについれて被害者であるメディア業界や広告業界も気を取り直して反撃に転じ,創業期のメンバーが退職し,やがて若い会社と新しいビジネスモデルの出現に呆然と佇むであろうことを確信した。それはまさにマイクロソフトが辿った道なのだ。(中略)マイクロソフトに比べ,グーグルは成長も早かったが,老化も早いのかもしれない。(p171)
 日常会話をマスターするなら,日常的によく使われるフレーズを覚えるのが効率的である。単語をひとつひとつ覚えるより,フレーズで覚えてしまうのである。(p198)
 英語の字幕付きまたは字幕なしの映画は,ヒアリング力を鍛えるのに使える。海外のテレビドラマもいいテキストである。(p201)
 語学の場合,実際に使ってみて恥をかくことで上達するような部分がある。現地でなら,自分は外国人なのだと開き直って話してみよう。(中略)コミュニケーションとは互いにわかり合うところから始めるのではなく,分かり合えないからコミュニケーションをとるのである。(p202)
 まったく知らないことはいくら説明されても分からない。(p203)
 未知の世界に踏み込んだとき,自然と人は能動的に情報を得て取り入れようとする機能が働くのである。(p204)
 日本人から見ると,傍若無人で何にでも積極的に首を突っ込む人のほうが,喜んで受け入れられる。郷に入らば郷に従えということわざのように,海外では,オーバーアクションで意思表示をハッキリとし,傍若無人キャラに切り替えてみる。(p206)
 多くの物事は多数派に有利になっていく。だから,英語のルールも通じればOKという実用主義になり,難しい語彙やネイティブ独特の言い回しを使ったりしないシンプルな「グローバル英語」が台頭してきている。英語が母国語であるネイティブより,非ネイティブに主導権が移っているという面白い構図である。(p210)
 仕事で英語を使うのは,そのほうが便利だというだけで,本当はドイツ人もイタリア人も母国語のほうがやりやすい。仕事で使うだけなので,彼らは正しい英語や完璧な英語を目指すつもりは全然ない。そのようなことを気にするのは日本人くらいだろう。(p212)
 アメリカ人は偉い人の前では徹底的にへりくだり,意向を聞く場合は「Yes」ではなく「No」と言わせるように質問をする。それがビジネス界の鉄則であり,出世には欠かせない技術なのである。(p215)
 語学は女性より男性のほうが上達するのは遅い。それは単純に話す量が違うからだろう。一般的に男性同士はそれほどおしゃべりをしない。アフター5に居酒屋で愚痴を言い合っているビジネスマンもいるが,それは酒の力を借りておしゃべりになっているのである。女性はしらふであっても,他愛のない会話を何時間でもできるので,圧倒的に話す量が違う。(p233)
 恋愛やケンカで言葉が上達するのは,感情が裏側にくっついているからである。相手にぶつけたい感情がたくさんあり,それを言葉で表現しようと懸命になるから,言葉を覚えるし,言い回しも工夫する。それはコミュニケーションの基本である。(p234)

2018年9月30日日曜日

2018.09.30 成毛 眞 『情熱の仕事学』

書名 情熱の仕事学
著者 成毛 眞
発行所 日経BP社
発行年月日 2015.06.22
価格(税別) 1,400円

● あとがきに,読んであぁ面白かったで終わらせるな,という著者の言葉がある。ぼくは,あぁ面白かったで終わらせてよいと思う。
 ここに登場する人たちのように,みんながなってしまっては,世の中が立ち行かなくなる。多数の凡人が必要なのだ。あなたやぼくのような。

● 決断もできないし,度胸もないし,逆境には弱いし,頭の回転もゆっくりしている平々凡々な人々がいるからこそ,世の中が世の中たり得ているのだ。その上でのイノベーションであり,新たな業態の成立であるのだ。
 彼らの活躍譚を読んで,あぁ面白かったで終わらせるのは,凡人の特権というものだ。

● そうして,ぼくらは「勝者には何も与えるな」というヘミングウェイの言葉を憶えておこう。勝者は勝者というそれだけで充分な報酬を得ているのだ。

● 以下に多すぎる転載。
 今回は新たな試みもした。学生にはゲスト講師への質問を課し,いい回答を引き出せた質問者にはいい成績を付けたのだ。そうした理由は,学生にとって質問を考えることが,学びになるからだ。(p9)
 起業前,出口さんは日本生命に勤めていた。いかにも日本的な大企業の中にこれだけの人物がいたこと,そして,今もおそらくいるであろうことを,我々は常に意識する必要があると思う。(p16)
 何かを前に進めるのは,ロジックではなくて情熱や勇気なんです。彼らが持ってきたビジネスプランが,エクセルのしーとにまとまった精緻なものであったら,僕は熱くならないし,それに,そういう分析はたいてい外れます。(加藤崇 p29)
 僕が2人の技術のすごさに気がついたのも,大した話ではないんです。ある閾値を超えたすごいものに反応できただけです。素直に反応するには,悪い方,難しい方に考えなければいいだけのことです。(加藤崇 p30)
 ベンチャーキャピタルはリスクを取る機関です。(中略)それなのに,大きな花火が打ち上がってから投資するのでは遅い。そのタイミングになったら,小学生だって投資した方がいいとわかります。(中略)僕はそれがクソだとは思いません。それが普通です。だから,もし大きな一打を打ってやろうと思うなら,普通になってはいけない。先に何かをつかまないといけない。(加藤崇 p32)
 早稲田は東大の劣化コピーではないのだから,早稲田の卒業生は,自分を東大と比べるのではなく,東大とは別軸で勝負してほしい。早稲田は東大の次のポジションだと思った瞬間,早稲田卒業生の人生からは,何もなくなってしまいます。(加藤崇 p38)
 他人のものを右から左へ動かしてさやを抜くのではなく,クリエイトをしろ,ということです。これはとても重要なことで,みんながピケティを信じて資産転がしをやり始めた瞬間に,GDPは縮小します。そういう世界でも何人かは,リスクをテイクしてクリエイトする方向へ行かなくてはならないんです。(加藤崇 p39)
 スティーブ・ジョブズがアップルに戻ったとき,「Think different.」というキャンペーンを行いました。人と違うことを考えよう,という意味ではありません。(中略)「I Think it different」,「俺,それは間違っていると思うよ」ということ。つまり,世の中は間違っている,ということ,もっと言えば,俺が正しいという意味です。(加藤崇 p40)
 彼の息子には好きな女の子がいて,でも,その気持ちをなかなか伝えられずにいます。そしてそれについての相談を,父親にする。すると,父親はこうアドバイスをします。20秒間だけ恥をかく勇気を持てれば,必ずうまいく。人生はその連続だと。(加藤崇 p41)
 議論は大半がマクロです。日本企業ってダメだよねとか,あの会社はダメだよねとか。しかし,そのマクロの中にいる人が成功するかしないかというミクロの話とは別です。難しいことですが,僕はその違いを意識するようにしています。(加藤崇 p45)
 (選択を迫られたとき,決め手となるものは何ですか)直感です。では,その直感は何でできあがっているかというと,哲学です。では僕の哲学は何かというと,フェアであることであり,判官贔屓です。弱い者の味方です。これには僕が小さいときに貧乏生活をしていたことも影響しているでしょう。(加藤崇 p47)
 台風の規模は,発生する海域の海水温の温度が0.4度上がるだけで,平均して2倍にも大きくなります。(出雲充 p75)
 ベンチャーは,最初に手を差し伸べてくれた企業のことを一生忘れないということです。ご恩は必ずお返しします。(出雲充 p86)
 ベンチャー,アントレプレナーに最も必須の素養は何かと聞かれれば私は必ず,それは1番にこだわることだと答えるようにしております。(出雲充 p87)
 たった一度の挑戦で成功する可能性は低いです。うまくいく可能性は1%,ということはうまくいかない可能性は99%ですから,ほとんどの人が挑戦しません。では,2回挑戦したらどうなるでしょう。2回続けてうまくいかない可能性は,0.99の二乗で98.01%となり,成功する確率は1.99%に上がります。(中略)100回繰り返すと,63%になります。(出雲充 p91)
 僕は1981年生まれで,グーグルの誕生に立ち会った世代です。(中略)あんなにシンプルな検索ボックスにキーワードを入れるだけで,世界中の情報に簡単にアクセスできることに,とても感動しました。にもかかわらず,仕事になった瞬間に,気合と根性の世界です。なぜ,こんな非合理的なことがまかり通るのか,(中略)他社の友人に聞くと,やはり同じような問題を抱えていました。日本だけでなく,UBS証券のロンドンオフィス,ニューヨークオフィスの同僚も同じです。(梅田優佑 p105)
 お金を儲けたいから,起業したいからと起業することを否定しませんが,そういう人たちが大変な時期に何をよりどころにしているのか,不思議です。柱になるのはビジョン。それは『ビジョナリー・カンパニー』に書いてあることで,その大切さに気がついたのは,読むのを投げ出して8年くらい経ってからでした。(梅田優佑 p118)
 最初に決めるべきは誰と一緒にバスに乗るかなんです。このメンバーの人選が間違っていると,勝てる試合にも勝てません。(梅田優佑 p119)
 交渉の際に心がけていたのは,すぐに航空券を買ってすぐに飛ぶこと。電話やスカイプでは絶対にダメです。(梅田優佑 p129)
 ニュースと,ニュースによって起こる周辺の反応がセットになることで,ニュースの価値が上がる。これをなんとかネット上で再現できないかと考えた結果が,今の(NewsPicksの)設計につながっています。(梅田優佑 p131)
 そのときにリアルビジネスとはこういうものだと実感し,論理の積み重ねでは新しいものは生まれないことを知りました。ゼロからイチを作るのは,感性なのです。では感性はどこから出てくるかというと,五感をフルに刺激することで生まれます。勉強をするのではなく,五感を刺激するインプットを得ること。これに尽きます。(梅田優佑 p132)
 もうひとつ,厳選の価値を高めます。情報過多な時代だからこそ「これだけを読め」と言ってくれるならいくらか払うというニーズはあるはずです。(梅田優佑 p135)
 さて梅田さんが課題としている英語について,私は一昨年『日本人の9割に英語はいらない』という本を書きました。梅田さんも英語が不要かと言えば,NO。ビジネスで英語を必要とする1割の人は,バイリンガルのレベルの英語が求められます。実は私もマイクロソフトに入ったときは英語がまったく話せませんでしたが,現在はバイリンガルのレベルです。そのためにやったことは,英語をひたすらに聞くこと。3000時間が目安です。1000時間は学生時代に聞いているとして,残り20000時間を聞き続けると,少しずつたまったコップの水がこぼれるように,英語が出てくるようになります。CNNがオススメ。(p139)
 人間は社会の中で生きているので,脳は,その社会の常識を無意識のうちに反映してしまいます。だから,自分の頭で考えることはなかなか難しい。(出口治明 p146)
 日本の伝統的な企業では,ボードメンバーが10人いたとしても,おそらくその全員が50代,60代のおじさんばかりです。そうすると,個人個人がいくら優秀であっても,会った人,読んだ本,行った場所はかなりオーバーラップしているはずです。(出口治明 p152)
 ダイバーシティという言葉は,多様な情報交換のしやすさと言い換えてもいいと思います。情報交換しやすい方が,勉強ができて,いい仕事ができます。(p153)
 楽をしたい,いい思いをしたい,サボりたいという気持ち,怠け心が,実はイノベーションを生み出すのです。これは,真面目に仕事をしていてはあかんということではなくて,真面目に仕事をしているだけでは新しい発想が出てこないということです。(出口治明 p154)
 僕は6年間経営をやってきて,自分の商売のことは自分で発信しなくてはならないという当たり前のことを改めて学びました。ほかの誰も代わって発信してくれません。(出口治明 p160)
 経営をしていてつくづく思ったのは,人間の社会で生き残るのは,賢い者や強い者ではなくて,変化に対応した者だけだということです。これはダーウィンが進化論で言っていることですが,その通りだと思います。(出口治明 p161)
 20世紀はものがない時代,21世紀はものが溢れる時代です。(中略)ものが溢れた時代には,ファンをつくることがキーになると思っています。(出口治明 p166)
 機械は人間に勝てない,どれだけ機械が進化しても,人間は人間の影響しか受けないのだ(出口治明 p168)
 死ぬほど考え抜いて起業を決めるなどというのは,出来の悪いビジネス書に書いてある幻想です。(中略)歴史もそうで,劇的なことがあって時代がステップアップすると思いがちです。(中略)世の中は,徐々に変わっていくんですね。(出口治明 p171)
 唐の太宗・李世民は,将来,何が起こるかは誰にもわからないが,悲しいことに教材は過去にしかないという趣旨のことを言っています。歴史を学ぶ意味はこれに尽きると思います。(出口治明 p176)
 どんな能力も頑張れば身につくというように,傲慢に考えてはいけないと思っています。ただ,ボルトのように走るよりは,ビジネスの方がはるかに簡単だとは思うのですが。(出口治明 p178)
 高槻亮輔さんの話からまず学んでほしいのは,「リアルオプションを増やせ」ということです。(中略)それは人生においても,そう。例えば,多様な人と付き合う。そこで,自分だけでは知り得ない世界や知識に触れることができます。そして,多様な力を組み合わせることで,新たな可能性に挑むことができます。(p205)
 ビジネスにはリアリティとディテールが必要です。マクロで全体感を捉えることも大事ですが,しかし,特に消費財を売るビジネスの場合は,いかに消費者に財布を開いてお金を払ってもらうかという話なので,現地に何度も,いろいろな時期,いろいろな時間帯に行って,いろいろな情報を得ないと,うまくいきません。(高槻亮輔 p208)
 (ハラールファンドの次にやりたいことは何ですか)何も考えていません。事業開発のしごとは,計画してできることではないからです。ハラールファンドはあと9年ありますが,その9年間でどんな経験や人脈を築けるかはまったくわかりません。今の時点で9年後のことを考えると,非常に狭い未来しか見えてこないと思います。(高槻亮輔 p208)
 未来は過去の延長線上にはありません。(中略)15年前と言えば,IT起業ではiモードが普及し始めた頃です。当時はマイクロソフトもインターネットに対しては半信半疑でした。15年前と今とでは社会は大きく変わりました。(田中栄 p215)
 グローバルではすでに手数料0円のネット決済サービスもいくつか登場しています。こなってくると,わずかな手数料よりも,その人が何を買ったか,という情報の方が価値を持つようになるのです。(田中栄 p222)
 人工知能が本当に使えるようになったのはつい最近。理由は人工知能に必要なストレージのコストが極端に下がり,コンピューティングの分散処理ができるようになったからです。これによって,認識や判断の領域でもコンピューターが人間を超え始めました。(田中栄 p230)
 オキュラスリフトを使ったことのある人はどれくらいいますか。(中略)360度広がる映像,その没入感は今までとは別世界です。そしてこれは,光ファイバーによるブロードバンド環境があるからこそ実現できるのです。こういう環境が生まれると,今まで平面上で楽しむしかなかったゲームやコンサートなどが,圧倒的なリアリティで体験できるようになります。(田中栄 p234)
 そういうコンテンツやサービスを誰がつくるのでしょうか。私はこの分野を日本がリードすると予測しています。(中略)なぜなら日本人は,面白いプラットフォームがあると,その上にいろいろなソフトをつくってしまうアマチュアのプログラマーやクリエイターがたくさんいるからです。(田中栄 p234)

2018年9月26日水曜日

2018.09.26 成毛 眞 『成毛眞の本当は教えたくない成長企業100』

書名 成毛眞の本当は教えたくない成長企業100
著者 成毛 眞
発行所 朝新聞出版
発行年月日 2014.09.30
価格(税別) 1,300円

● 4年前に出版されたもの。ので,この中から投資先を選ぼうとするなら,追跡調査が必要。この本から学ぶべきは目の付け方であって,100%本書に倚りかかるのはそもそも不可。
 スルガ銀行も推奨されている。故意に隠されたものを見破るのは難しい。いよいよにならないと表に出てこない。東芝しかり。

● 以下にいくつか転載。
 2008年に韓国銀行がおもしろい報告書を発表している。タイトルは『日本企業の長寿要因および示唆点』だ。それによると,世界には創業200年以上の企業が41カ国に5586社あり,実にその半分以上に当たる3146社が日本に集中しているというのだ。(中略)韓国には創業200年以上の企業は1社もなく,創業100年まで条件を緩めてみても2社に限られる。同様に,中国にも老舗企業はほとんど存在しない。(中略)日本は職人をリスペクトするくにだ。(中略)優れたものを作る技術が強化され尊ばれるからこそ,職人はその仕事を選び,続けるのだ。ドイツにも長寿企業が多いのも理由は同じで,マイスター制度によって,技術が伝承される仕組みがあるからだ。(p90)
 東京をコンパクトにまとめたミニ東京=イオンがあるおかげで,マイルドヤンキーはそういった生活ができる。一方で,模倣された側の東京には,ほとんどイオンはない。(中略)これは興味深い現象を引き起こしている。(中略)イオンは東京のコピーのはずが,オリジナリティを持っている。これが,地方に新しい経済圏と文化をもたらしているのだ。(p133)
 少子高齢化は確かに日本の課題かもしれない。しかし,過去を振り返ると,日本の企業は課題を解決し,困難を克服することで伸びてきた。たとえばオイルショックのときには,できるだけ石油を使わない省資源,省エネルギー,リサイクルなどの技術が急伸した。これらがその後,世界がエコに注目したときに重宝されるようになった。それと同じことが,少子高齢化先進国の日本で再び起こる可能性がある。(p147)
 私は常々,社会人にとっての最終学歴は最初に入った会社名だと考えています。いい会社ほど,誰がどこの大学を出ているかを重視しなくなっているという印象を受けます。(p181)
 単に資格を多く持っているからといって転職が有利になることはありません。今まで一度もありませんでした。(武元康明 p182)
 武元 歴史ある土地の歴史ある企業には,MBA取得者というだけで門前払いというところもあります。 成毛 言葉を選ばずにいうと「うざい」ということでしょうね。(p183)
 中小企業でも,倒産後もオーナーと一緒に残務整理をし,部下を転職させた人が,そろそろ自分もというケースは,すぐに再就職先が決まります。(武元 p184)
 あまり簡単に転職を考えないほうがいいと思います。会社がなくなってしまうのであれば仕方ありませんが,新しい企業カルチャーに対してキャッチアップするのははたから見るよりもずっと大変なことですから。(武元 p185)
 日本の場合,ある企業でキャリアを築いたとしても,新たな環境ではそれは評価されないからです。選考の段階ではキャリアが評価されたとしても,転職したとたんにそれはリセットされてしまいます。(中略)ですから,キャリアがあっても,転職でステップアップできる人はごくわずかです。(武元 p185)
 海外でも,製造業関係者は転職を繰り返さないですね。(中略)日本は製造業が多い国なので,仕事を変わらない国になっているのかもしれません。(p185)
 かつては我々も,最初から決裁権者が出てきたほうが話が早いと思い込んでいました。権限がオーナーに一極集中されているような組織ですね。ところが場数を踏んでいくうちに,まずは担当窓口を通して話を詰め,商談の最後になって初めてトップが登場する企業のほうがいいと気が付きました。これは,組織としてしっかりした企業であることの証明です。(武元 p187)
 成毛 有望な企業に共通している特徴はありますか。 武元 あります。何と言ってもスピード感と先行投資です。(中略)トライする前にある程度は机上でも考えますが,実際のところは,やってみないとわからないと知っています。やってみてダメだったら,修復,修正,改善して,次の手を打てばいいという感覚です。今うまくいっている企業の共通点は,これです。(p189)
 ベンチャーキャピタルも同じです。千三つと言いますが,投資した企業のうち千に三つ,つまり0.3%しか成功しないのは仕方のないことです。その千に三つの企業の株価が1000倍になれば十分という認識です。プロでもそれぐらいの確率なのですから,個人が百発百中で的中させるのは難しいですね。(p190)
 よくない企業を千知っていないと,優良企業を,三つと言わず一つでも発掘するのは難しいですね。(武元 p191)
 市場変化に対応できなかった三洋電機やソニーのパソコン部門などに投資したり,就職したりしてはならない。人手不足に気づかずに人件費圧縮に明け暮れた「すき家」でアルバイトするのは無謀というものだ。(p193)

2018年9月7日金曜日

2018.09.07 成毛 眞 『このムダな努力をやめなさい』

書名 このムダな努力をやめなさい
著者 成毛 眞
発行所 三笠書房
発行年月日 2012.10.20
価格(税別) 1,200円

● ビジネスマン向けの現代版『君主論』のようなもの。ここで説かれていることは全く正しい。正論だ。たいていの人はどこかで気づいていたはずなのだ。それをアジテーションを利かせた文章で目の前に差し出された。
 しかし,行動に移すことはできない。移せる人は,薄々気づいている時点でやっているはずだ。できない人はいくら言葉にされてもできない。

● 日本の同調圧力や思考風土や教育のせいにしても仕方がない。ぼくは昭和40年代の空気を吸って,考え方の骨格を作ってしまったが,時代のせいにしても仕方がない。持って生まれた性格のせいとも言い切れない。
 ともかくできない。そう考えてしまう人を凡人と言う。凡人は凡人を全うするのがよい。

● 以下に転載。
 努力には「時間」がかかる。時間がかかるということは「お金」や「労力」もかかるのだ。こういった「コスト意識」がないと,ムダな努力を重ねてしまうことになる。だから努力も「選別」する必要がある。(p2)
 部下を上手に動かすための方法,などといったセミナーに通ったりするのは愚の骨頂である。結果さえ出せば部下は勝手についてくるものだ。(p2)
 自分な苦手な仕事は放っておけばいい。そうすれば誰かがその仕事を代わりにやることになる。会社組織というのは,そういうものなのだ。(p3)
 自分が「やりたいこと」「好きなこと」「得意なこと」で思う存分本領を発揮する。それが成功への最短距離である。だから,ムダな努力をしているヒマなどない。(p4)
 今の日本は,これ以上豊かになれない国になった。そういう時代になった。だから(中略)地デジ化で強制的にアナログ放送を終了したりしないと,エアコンやテレビを買い替えようとしない。その特需もほんの一時的なものだ。(p13)
 日本に閉塞感が漂っているのは,もはや伸び代がない国なのに,若者に夢や目標を持てと大人たちが発破をかけるからだ。(p13)
 結局,「根性」でやることの大半は無意味だ。(p16)
 とはいえ,二〇代はめいっぱい働くほうが圧倒的に仕事ができるようになる。(中略)これは最小限の労力で成功できる近道である。三〇代になってから,必死にビジネス書を読んで「できるビジネスマンになろう」と努力してもムダだ。(p17)
 世の中の常識を無条件で信じ込むことは,洗脳されているのと同じだ。世の中に合わせるのが正しいと思っている善人にありがちな行為である。(p20)
 はみ出している人を枠に収めようとするのは,ムダに労力を使う。はみ出している人をありのまま受け止めるほうが,よほどラクだ。(中略)その場での関わり合いしかない人に目くじらを立てるのは,ムダな時間を使っているとしか思えない。(p20)
 「由来ぼくの最も嫌いなものは,善意と純情の二つにつきる」 これは明治生まれの評論家・中野好夫の著書『悪人礼賛』(筑摩書房)の冒頭の文章だ。この本では,「善意と純情は退屈であり,動機が善意であれば一切の責任を解除されるものだと考えているから困る」ということが述べられている。まったくその通りだと思う。(p22)
 行動や考えが読める「わかりやすい人」など,たいした魅力はない。(p24)
 今は善人しか出てこない『釣りバカ日誌』のような作品が好まれる。これらに登場するのは,おひとよしの善人ばかりである。こういう作品を喜んでいる人の気持ちはよく理解できない。(p27)
 今の時代は,「いい人」を演じていても何のメリットもない。そういった人間は,都合のいい人であり,無能の代名詞であり,消耗しつくされてしまう。(p29)
 日本では正社員の権利が厚く守られているので,裁判になれば企業側は確実に負ける。裁判を起こされると厄介なので,やはりクビを切っても抵抗をしない,おとなしくて文句をいわない人間から切り捨てていくものだ。「いい人」になろうと努力をすれば,企業側の思う壺にはまる。企業が困るくらいの人になったほうが実は安泰なのである。(p30)
 「戦略的に生きる」というのは,今までのトレンドだった。そんなものは不可能だと,リーマンショックや東日本大震災でよくわかっただろう。明日には何が起きるのかわからないのに,目標を立てても意味はない。これからは「場当たり的に生きる」のをおすすめする。(p34)
 多くの人は,「これからの時代,英語ができないと生き残れない」という英会話教室のキャッチコピーに踊らされている。お金や時間に余裕があるのなら踊らされてもいい。だが,そんな余裕のない人も多いはずだ。ムダな努力をしている場合ではない。(p38)
 やりたくもない勉強を嫌々やっていても身につかない。好きなことを追求して,それが身についたときに無上の喜びとなる。これこそ,最上の「遊び」だと私は思う。(p39)
 人生は楽しんだもの勝ちだ。(中略)どれだけ人を楽しませるネタをそろえられるかが人生の最優先課題だ,と私はかなり本気で思っている。(中略)素の自分でいかに人の記憶に残る人生を送れるかが重要なのだ。(p39)
 よく,人には無限の可能性があるといわれている。だが,そんな「きれいごと」に騙されていはいけない。人の可能性は有限だ。育った環境でその人の将来の九割は決まる。(p42)
 ビジネスパーソンは,研究者や医師のように人の命を救う仕事でもなければ,芸術家のように人を感動させる仕事でもない。退職と同時に自分の働いた軌跡も消えてしまうような,儚い仕事である。(p44)
 嫌な上司にごまをすったほうが仕事を進めやすいなら,さっさとごまをすればいい。(中略)あれこれ悩むのは,ムダな努力だ。(p45)
 一流の人間とそうでない人間の違いは,何を努力すればいいのかがわかっているか否か,という点につきる。やみくもに努力するのは二流の人間だ。一流の人間は,最短で目的を達する方法を理解し,そのための努力は惜しまない。(p49)
 目的を達成するための手段に執着しないのが,いいこだわりなのだ。(p57)
 私は,どうでもいいという生き方にこそこだわっているのであって,そこを批判されるのだけは我慢がならないのである。(中略)人生で固執しなければならないことなど,ほとんどない。(p61)
 タコは,骨がないからどんなところにも入り込めて,また丈夫な皮があるからちぎれない。つまり「究極の柔軟性」と「鉄壁の外皮」という理想的な要素を併せ持っている。人も柔軟でありながら,まわりの発言に傷つかない鉄壁の心を持てれば最強だ。(p62)
 ムダな努力をしない人は,付き合う人を決め,それ以外の人とは交流を断つ。自分にとって何らかの意味を持たない人と一緒にいるのは時間のムダだからだ。(中略)私が人を見極める基準にしているのは,「好奇心」だ。(中略)好奇心の旺盛な人は個性的なので,話も興味深い。外向きの視点を持ち,開放的な性格だ。(p63)
 我慢しない。頑張らない。根性を持たない。私はこのことを徹底している。(中略)何かを我慢したり,ひたすら苦労をしなければできないことなら,最初からしないほうがマシだと思う。(p67)
 優秀な社員は「育てる」のではなく,「引き抜く」ものだと考えている。(p68)
 才能や個性というのは,本来,誰もが持っている。ないと思っているのは,気づいていないのか,そう思わされるような教育を受けてきたかだ。(中略)そのような世間の洗脳から抜け出すのが第一歩だ。まわりの目など気にせずに,自分の好きなことをやればいい。引きこもりが好きならずっと引きこもっていてもまったく問題はない。(p69)
 「いい人」は,世間の常識を「無条件」で信じていて,世間の定めた枠の中に収まることばかり考えている。それは自分の頭で考える力がなく,自分で判断して行動する勇気がないからだ。偽善者は,自分が無能な人間だという自覚がないのだ。(p71)
 座右の銘などを持っているのは,二流の人間だと私は考えている。この世には素晴らしい言葉が無数にあるというのに,その中から一つを選んで,自分の人生の指針だなどとのたまう。それも,大概みな同じような言葉を選ぶ。これでは「自分には能力がない」と公言しているようなものだ。同じように,愛読書を聞かれて司馬遼太郎などを挙げるのも,かなりイタい人である。確かに司馬遼太郎の本は面白いが,「仕事で迷いが生じたら読む」などと真顔で答えてしまうのは,間違いなくクレバーではない。(p74)
 ビジネスでは,自分の能力の限界を相手に悟られてはいけない。つまり,優秀な人間を演じるのだ。相手に自分の手の内を読まれたら負けるポーカーと同じだ。(p75)
 権力を握ったときに孤独に耐えられる人間こそ,成功者になれる。孤独を不幸だと思わず,むしろ孤独のほうが気楽だと思うようなタイプだ。大企業の経営者でも孤独に耐えられる人は少なく,経済同友会やロータリークラブ,ライオンズクラブといった経営者が集まる団体に属し,仲間を持とうとする。こういう団体に所属する人間は,肩書は立派でも人間的には強くない。(p79)
 私は,人が生涯で使える「運」には限りがあると信じている。(中略)そのため私は運をムダ使いしないようにしている。運は継ぎ足せないので,減ればそれっきりだと思っているからだ。だからギャンブルはやらない。宝くじも絶対に買わない。そんな些細なところで運を使ったら,大きな運は巡ってこないと考えている。(p82)
 成功者には共通点がある--。などともっともらしく説く人もいるが,私はそんなものはないと思っている。成功するかしないかは九割方,運で決まると考えている。(p83)
 成功者でも病からは逃れられない。大富豪でも天国にはお金をもっていけない。運の前には,誰でも平等ではないだろうか。(p85)
 小さな負けを重ねておいて,最期に大きく勝てばいい。それが「運を引き寄せる」ということではないかと思う。だから,些細な成功で喜ばないほうがいい。(中略)勝負時に備えて運を貯めておくべきで,日常の小さな業務で成果を出していたら,いつの間にか運を使い果たしてしまう。(p85)
 人に無用な情けをかけない。人に期待しない。見返りも求めない。これがムダな努力をしない人間の人付き合いの鉄則である。(p89)
 家族には全力で愛情を注ぎ込むべきだ。(p93)
 たった五分間でも,一生の付き合いとなる人は見抜ける。何度も会って,やっと相手の人間性がわかると思っている人は,ムダな努力をしている。(p97)
 環境はいとも簡単に人を変えてしまう。人は思っている以上に流されやすい。だから付き合う価値のないつまらない人間,くだらない人間とは距離を置くに限る。付き合う人を選べないのは,自分が嫌われたくないからだ。その考えこそ偽善であり,そういう人こそあっさり人を裏切ったりする。(p100)
 時間をムダにするまいと,スケジュール帳にびっしりと予定を書き込んでいる人がいる。中にはその日にやるべきことをすべて書き出し,一つ終えるごとにチェックして小さな充実感を味わっている人もいる。この手の人はスケジュールを管理しているというより,スケジュールに管理されているといったほうが正しい。(p106)
 プライベートの時間までスケジュールを組んで生活するのは,人生の幅を狭くしているとしか思えない。数年後の夢を手帳に書き込む云々といった本がはやっているが,手帳に書き込んで夢想しているくらいなら,実現すべく今すぐ行動に移すほうが早い。日々のスケジュールを組んで淡々とこなしていくのは,とてもじゃないがクリエイティブな生活とはいえない。(p107)
 目先の仕事以上に大切なものがあると気づかない限り,せっせとスケジュールを管理するだけで人生は終ってしまう。会社という殻に閉じこもっていたら,自分のアンテナの感度は錆びていくばかりだ。そこから抜け出すためにも,仕事のスケジュールだけでぎっしり詰まっているような生活は見直すべきである。(p109)
 これからは,「会社に必要とされる人」ではいけない。「世の中に必要とされる人」になったほうがいい。必死で「会社に必要とされる人」になることは,ムダな努力につながる可能性がきわめて高い。(p109)
 どんな仕事でもルーチンワークからは逃れられない。しかし,ルーチンワークもクリエイティブな仕事に変えることは可能だ。人が機械と違うのは,自分の頭で考えて工夫ができる点だ。(p113)
 たいてい仕事の遅い人は,一度ですむはずの仕事を数回に分けてしまうから効率が悪く,いたずらに時間を費やす結果になる。(中略)仕事が多いとぼやく人は,自分で仕事を増やしていることに気づいていない。(p113)
 そもそも毎日同じ仕事をしているのだから,毎日残業するほうがおかしな話ではないか。(p114)
 始終意見を変えるくらいなら,その場で判断せずに熟考してから答えを出すべきだと考える人もいると思う。しかし,熟考するとマイナス要素ばかりが目について,かえって決断力が鈍る。(p125)
 不思議なことに,日本の会議では結論が先送りされることが多い。(中略)まさにムダな努力の典型である。「話し合って」結論が出ない--。ならば,「やってみて」結論を出すしかない。(p126)
 私は昔から上から目線でものを見てきた。なぜなら,自分が世の中で一番優秀だと思っていなければ,仕事はうまくいかないと考えているからである。(p128)
 心まで奴隷にならないことが重要なのだ。多くの人は,他人から否定されるとプライドをズタズタにされたと感じるかもしれないが,「自分が一番すごい」と思っていたら,それほど腹は立たない。「この人にはわからないか。しょうがないね」と,こちらから切り捨てられる。(p129)
 魯山人はこんな言葉を残している。「わかるヤツには一言いってもわかる。わからぬヤツにはどういったってわからぬ」まさにその通りだ。わからぬヤツにわかってもらおうと努力するのはムダである。(p129)
 実際に会ったなら,相手が誰だろうと必要以上にへりくだらないことだ。(p134)
 他人から何かを学ぶには,その人になりきることがもっとも効率的だ。話し方や歩き方,口癖や視線の配り方に至るまでコピーして,それが身についたら,次は自分なりの方法を模索するのである。(p137)
 勝ち組,負け組の二極化も限界まで行ったら崩壊するかもしれない。(中略)負け組のほうが多数派なのだから,少数派の勝ち組がいつまでものさばっていられるとは限らないだろう。(p142)
 正直者が馬鹿を見る世の中とはいえ,最後に人がおりどころとするのは「良心」ではないだろうか。「世間」ではなく,「自分」の中の良心に耳を傾けて,判断し,行動することが重要ではないかと思う。(p143)
 できるビジネスマンは目指してなれるものではない。元々頭の回転の速い人や臭覚に優れた人が,自然とそうなっているだけなのだ。(p146)
 たとえ努力をしていても,それを感じさせずに涼しい顔をしているくらいの「余裕」がないと,一流にはなれないだろう。(p147)
 洋の東西を問わず,成功者というのは,「後悔しない人間」だ。決断したら即行動に移し,どんな結果に終っても後悔などせずに,すぐに忘れてしまう。「失敗に興味がない」ともいえる。(p150)
 失敗に対して過度に反省することは,ムダな努力である。自由な発想の芽を根こそぎ摘み取り,決断力を鈍らせる。NHKのTV番組『プロジェクトX』の影響なのか,失敗→反省→大成功という図式が理想的だと信じている人間があまりに多い。(p151)
 日本では,ほしいものを聞いても「何もない」と答える大人が多い。日本人は世界一“悟り”に近い位置にいる民族だ。(中略)求めないのは,あきらめているからだろう。(中略)しかし,「こうなりたい」「これがほしい」という欲がなければ,人生はつまらなくなってしまう。手に入れたいと願い続けるからこそ積極的になり,生きる力が湧いて疲れも感じなくなる。欲はバイタリティーの源なのである。(p154)
 ん? 「今の日本は,これ以上豊かになれない国になった」のではなかったか。「日本に閉塞感が漂っているのは,もはや伸び代がない国なのに,若者に夢や目標を持てと大人たちが発破をかけるから」ではなかったのか。
 たいていの成功者は忙しく仕事をこなしながらも,しっかり遊んでいる。多趣味であちこちに出かけるし,女性と遊ぶのも忘れない。ほしいものを手に入れるために子供のように懸命になっている。だから脳が活性化され,自由な発想が生まれる。(p155)
 例外はある。たとえば,森博嗣さん。
 医師の石原結實氏は,日本の医学生は文系学生の何十倍も勉強させられ,六年経ったころには,勉強のしすぎで“普通の判断”ができなくなると話していた。教育で理屈ばかり教え込まれると,疑うべきときに疑う感性が鈍ってしまう。(p160)
 寛容な国だからこそ,“悪人”も活き活きとしていられる。規制でがんじがらめになった国では善人ばかりが栄える。(中略)人の行動を大目に見られない度量の狭い人間が跋扈し,窮屈な世の中になる。現に,日本はそうなっている。(p163)
 国家の運営よりスキャンダルを優先する国民のほうが,よほど政治をおろそかにしている。(p164)
 やはり,予測のつかない人のほうが面白い。空気を読んでまわりに合わせようとしている時点で,二流のままで終わる道を選んでいるようなものだ。(p166)
 自分にチャンスがなかなか巡ってこない--。そう思うならば,振るサイコロの数を増やせばいい。(p176)
 場所を変えるのもチャンスにつながる。残念ながら東京に住まないと,チャンスは少なくなってしまう(中略)明治時代から地方の優秀な人間はみな東京を目指した。だから東京には知的資産の蓄積があるのだ。歴史的な流れなのだから,こればかりはどうしようもない。(p176)
 ずっと同じ場所に留まっていると,誰でも保守的になる。保守的になるとチャンスを増やそうとする意欲もなくなるので,運が低迷してしまう。(p177)
 本やネット,新聞といった情報を集めるツール自体は今後も変わらない。情報源を固まらせないことが,幅広い情報を得るコツだ。(中略)その情報は積極的に拡散すべきだ。情報が情報を呼ぶ,という状況になり,やがて一般の人が知らないような情報も集まり始める。(p178)