2018年9月7日金曜日

2018.09.07 成毛 眞 『このムダな努力をやめなさい』

書名 このムダな努力をやめなさい
著者 成毛 眞
発行所 三笠書房
発行年月日 2012.10.20
価格(税別) 1,200円

● ビジネスマン向けの現代版『君主論』のようなもの。ここで説かれていることは全く正しい。正論だ。たいていの人はどこかで気づいていたはずなのだ。それをアジテーションを利かせた文章で目の前に差し出された。
 しかし,行動に移すことはできない。移せる人は,薄々気づいている時点でやっているはずだ。できない人はいくら言葉にされてもできない。

● 日本の同調圧力や思考風土や教育のせいにしても仕方がない。ぼくは昭和40年代の空気を吸って,考え方の骨格を作ってしまったが,時代のせいにしても仕方がない。持って生まれた性格のせいとも言い切れない。
 ともかくできない。そう考えてしまう人を凡人と言う。凡人は凡人を全うするのがよい。

● 以下に転載。
 努力には「時間」がかかる。時間がかかるということは「お金」や「労力」もかかるのだ。こういった「コスト意識」がないと,ムダな努力を重ねてしまうことになる。だから努力も「選別」する必要がある。(p2)
 部下を上手に動かすための方法,などといったセミナーに通ったりするのは愚の骨頂である。結果さえ出せば部下は勝手についてくるものだ。(p2)
 自分な苦手な仕事は放っておけばいい。そうすれば誰かがその仕事を代わりにやることになる。会社組織というのは,そういうものなのだ。(p3)
 自分が「やりたいこと」「好きなこと」「得意なこと」で思う存分本領を発揮する。それが成功への最短距離である。だから,ムダな努力をしているヒマなどない。(p4)
 今の日本は,これ以上豊かになれない国になった。そういう時代になった。だから(中略)地デジ化で強制的にアナログ放送を終了したりしないと,エアコンやテレビを買い替えようとしない。その特需もほんの一時的なものだ。(p13)
 日本に閉塞感が漂っているのは,もはや伸び代がない国なのに,若者に夢や目標を持てと大人たちが発破をかけるからだ。(p13)
 結局,「根性」でやることの大半は無意味だ。(p16)
 とはいえ,二〇代はめいっぱい働くほうが圧倒的に仕事ができるようになる。(中略)これは最小限の労力で成功できる近道である。三〇代になってから,必死にビジネス書を読んで「できるビジネスマンになろう」と努力してもムダだ。(p17)
 世の中の常識を無条件で信じ込むことは,洗脳されているのと同じだ。世の中に合わせるのが正しいと思っている善人にありがちな行為である。(p20)
 はみ出している人を枠に収めようとするのは,ムダに労力を使う。はみ出している人をありのまま受け止めるほうが,よほどラクだ。(中略)その場での関わり合いしかない人に目くじらを立てるのは,ムダな時間を使っているとしか思えない。(p20)
 「由来ぼくの最も嫌いなものは,善意と純情の二つにつきる」 これは明治生まれの評論家・中野好夫の著書『悪人礼賛』(筑摩書房)の冒頭の文章だ。この本では,「善意と純情は退屈であり,動機が善意であれば一切の責任を解除されるものだと考えているから困る」ということが述べられている。まったくその通りだと思う。(p22)
 行動や考えが読める「わかりやすい人」など,たいした魅力はない。(p24)
 今は善人しか出てこない『釣りバカ日誌』のような作品が好まれる。これらに登場するのは,おひとよしの善人ばかりである。こういう作品を喜んでいる人の気持ちはよく理解できない。(p27)
 今の時代は,「いい人」を演じていても何のメリットもない。そういった人間は,都合のいい人であり,無能の代名詞であり,消耗しつくされてしまう。(p29)
 日本では正社員の権利が厚く守られているので,裁判になれば企業側は確実に負ける。裁判を起こされると厄介なので,やはりクビを切っても抵抗をしない,おとなしくて文句をいわない人間から切り捨てていくものだ。「いい人」になろうと努力をすれば,企業側の思う壺にはまる。企業が困るくらいの人になったほうが実は安泰なのである。(p30)
 「戦略的に生きる」というのは,今までのトレンドだった。そんなものは不可能だと,リーマンショックや東日本大震災でよくわかっただろう。明日には何が起きるのかわからないのに,目標を立てても意味はない。これからは「場当たり的に生きる」のをおすすめする。(p34)
 多くの人は,「これからの時代,英語ができないと生き残れない」という英会話教室のキャッチコピーに踊らされている。お金や時間に余裕があるのなら踊らされてもいい。だが,そんな余裕のない人も多いはずだ。ムダな努力をしている場合ではない。(p38)
 やりたくもない勉強を嫌々やっていても身につかない。好きなことを追求して,それが身についたときに無上の喜びとなる。これこそ,最上の「遊び」だと私は思う。(p39)
 人生は楽しんだもの勝ちだ。(中略)どれだけ人を楽しませるネタをそろえられるかが人生の最優先課題だ,と私はかなり本気で思っている。(中略)素の自分でいかに人の記憶に残る人生を送れるかが重要なのだ。(p39)
 よく,人には無限の可能性があるといわれている。だが,そんな「きれいごと」に騙されていはいけない。人の可能性は有限だ。育った環境でその人の将来の九割は決まる。(p42)
 ビジネスパーソンは,研究者や医師のように人の命を救う仕事でもなければ,芸術家のように人を感動させる仕事でもない。退職と同時に自分の働いた軌跡も消えてしまうような,儚い仕事である。(p44)
 嫌な上司にごまをすったほうが仕事を進めやすいなら,さっさとごまをすればいい。(中略)あれこれ悩むのは,ムダな努力だ。(p45)
 一流の人間とそうでない人間の違いは,何を努力すればいいのかがわかっているか否か,という点につきる。やみくもに努力するのは二流の人間だ。一流の人間は,最短で目的を達する方法を理解し,そのための努力は惜しまない。(p49)
 目的を達成するための手段に執着しないのが,いいこだわりなのだ。(p57)
 私は,どうでもいいという生き方にこそこだわっているのであって,そこを批判されるのだけは我慢がならないのである。(中略)人生で固執しなければならないことなど,ほとんどない。(p61)
 タコは,骨がないからどんなところにも入り込めて,また丈夫な皮があるからちぎれない。つまり「究極の柔軟性」と「鉄壁の外皮」という理想的な要素を併せ持っている。人も柔軟でありながら,まわりの発言に傷つかない鉄壁の心を持てれば最強だ。(p62)
 ムダな努力をしない人は,付き合う人を決め,それ以外の人とは交流を断つ。自分にとって何らかの意味を持たない人と一緒にいるのは時間のムダだからだ。(中略)私が人を見極める基準にしているのは,「好奇心」だ。(中略)好奇心の旺盛な人は個性的なので,話も興味深い。外向きの視点を持ち,開放的な性格だ。(p63)
 我慢しない。頑張らない。根性を持たない。私はこのことを徹底している。(中略)何かを我慢したり,ひたすら苦労をしなければできないことなら,最初からしないほうがマシだと思う。(p67)
 優秀な社員は「育てる」のではなく,「引き抜く」ものだと考えている。(p68)
 才能や個性というのは,本来,誰もが持っている。ないと思っているのは,気づいていないのか,そう思わされるような教育を受けてきたかだ。(中略)そのような世間の洗脳から抜け出すのが第一歩だ。まわりの目など気にせずに,自分の好きなことをやればいい。引きこもりが好きならずっと引きこもっていてもまったく問題はない。(p69)
 「いい人」は,世間の常識を「無条件」で信じていて,世間の定めた枠の中に収まることばかり考えている。それは自分の頭で考える力がなく,自分で判断して行動する勇気がないからだ。偽善者は,自分が無能な人間だという自覚がないのだ。(p71)
 座右の銘などを持っているのは,二流の人間だと私は考えている。この世には素晴らしい言葉が無数にあるというのに,その中から一つを選んで,自分の人生の指針だなどとのたまう。それも,大概みな同じような言葉を選ぶ。これでは「自分には能力がない」と公言しているようなものだ。同じように,愛読書を聞かれて司馬遼太郎などを挙げるのも,かなりイタい人である。確かに司馬遼太郎の本は面白いが,「仕事で迷いが生じたら読む」などと真顔で答えてしまうのは,間違いなくクレバーではない。(p74)
 ビジネスでは,自分の能力の限界を相手に悟られてはいけない。つまり,優秀な人間を演じるのだ。相手に自分の手の内を読まれたら負けるポーカーと同じだ。(p75)
 権力を握ったときに孤独に耐えられる人間こそ,成功者になれる。孤独を不幸だと思わず,むしろ孤独のほうが気楽だと思うようなタイプだ。大企業の経営者でも孤独に耐えられる人は少なく,経済同友会やロータリークラブ,ライオンズクラブといった経営者が集まる団体に属し,仲間を持とうとする。こういう団体に所属する人間は,肩書は立派でも人間的には強くない。(p79)
 私は,人が生涯で使える「運」には限りがあると信じている。(中略)そのため私は運をムダ使いしないようにしている。運は継ぎ足せないので,減ればそれっきりだと思っているからだ。だからギャンブルはやらない。宝くじも絶対に買わない。そんな些細なところで運を使ったら,大きな運は巡ってこないと考えている。(p82)
 成功者には共通点がある--。などともっともらしく説く人もいるが,私はそんなものはないと思っている。成功するかしないかは九割方,運で決まると考えている。(p83)
 成功者でも病からは逃れられない。大富豪でも天国にはお金をもっていけない。運の前には,誰でも平等ではないだろうか。(p85)
 小さな負けを重ねておいて,最期に大きく勝てばいい。それが「運を引き寄せる」ということではないかと思う。だから,些細な成功で喜ばないほうがいい。(中略)勝負時に備えて運を貯めておくべきで,日常の小さな業務で成果を出していたら,いつの間にか運を使い果たしてしまう。(p85)
 人に無用な情けをかけない。人に期待しない。見返りも求めない。これがムダな努力をしない人間の人付き合いの鉄則である。(p89)
 家族には全力で愛情を注ぎ込むべきだ。(p93)
 たった五分間でも,一生の付き合いとなる人は見抜ける。何度も会って,やっと相手の人間性がわかると思っている人は,ムダな努力をしている。(p97)
 環境はいとも簡単に人を変えてしまう。人は思っている以上に流されやすい。だから付き合う価値のないつまらない人間,くだらない人間とは距離を置くに限る。付き合う人を選べないのは,自分が嫌われたくないからだ。その考えこそ偽善であり,そういう人こそあっさり人を裏切ったりする。(p100)
 時間をムダにするまいと,スケジュール帳にびっしりと予定を書き込んでいる人がいる。中にはその日にやるべきことをすべて書き出し,一つ終えるごとにチェックして小さな充実感を味わっている人もいる。この手の人はスケジュールを管理しているというより,スケジュールに管理されているといったほうが正しい。(p106)
 プライベートの時間までスケジュールを組んで生活するのは,人生の幅を狭くしているとしか思えない。数年後の夢を手帳に書き込む云々といった本がはやっているが,手帳に書き込んで夢想しているくらいなら,実現すべく今すぐ行動に移すほうが早い。日々のスケジュールを組んで淡々とこなしていくのは,とてもじゃないがクリエイティブな生活とはいえない。(p107)
 目先の仕事以上に大切なものがあると気づかない限り,せっせとスケジュールを管理するだけで人生は終ってしまう。会社という殻に閉じこもっていたら,自分のアンテナの感度は錆びていくばかりだ。そこから抜け出すためにも,仕事のスケジュールだけでぎっしり詰まっているような生活は見直すべきである。(p109)
 これからは,「会社に必要とされる人」ではいけない。「世の中に必要とされる人」になったほうがいい。必死で「会社に必要とされる人」になることは,ムダな努力につながる可能性がきわめて高い。(p109)
 どんな仕事でもルーチンワークからは逃れられない。しかし,ルーチンワークもクリエイティブな仕事に変えることは可能だ。人が機械と違うのは,自分の頭で考えて工夫ができる点だ。(p113)
 たいてい仕事の遅い人は,一度ですむはずの仕事を数回に分けてしまうから効率が悪く,いたずらに時間を費やす結果になる。(中略)仕事が多いとぼやく人は,自分で仕事を増やしていることに気づいていない。(p113)
 そもそも毎日同じ仕事をしているのだから,毎日残業するほうがおかしな話ではないか。(p114)
 始終意見を変えるくらいなら,その場で判断せずに熟考してから答えを出すべきだと考える人もいると思う。しかし,熟考するとマイナス要素ばかりが目について,かえって決断力が鈍る。(p125)
 不思議なことに,日本の会議では結論が先送りされることが多い。(中略)まさにムダな努力の典型である。「話し合って」結論が出ない--。ならば,「やってみて」結論を出すしかない。(p126)
 私は昔から上から目線でものを見てきた。なぜなら,自分が世の中で一番優秀だと思っていなければ,仕事はうまくいかないと考えているからである。(p128)
 心まで奴隷にならないことが重要なのだ。多くの人は,他人から否定されるとプライドをズタズタにされたと感じるかもしれないが,「自分が一番すごい」と思っていたら,それほど腹は立たない。「この人にはわからないか。しょうがないね」と,こちらから切り捨てられる。(p129)
 魯山人はこんな言葉を残している。「わかるヤツには一言いってもわかる。わからぬヤツにはどういったってわからぬ」まさにその通りだ。わからぬヤツにわかってもらおうと努力するのはムダである。(p129)
 実際に会ったなら,相手が誰だろうと必要以上にへりくだらないことだ。(p134)
 他人から何かを学ぶには,その人になりきることがもっとも効率的だ。話し方や歩き方,口癖や視線の配り方に至るまでコピーして,それが身についたら,次は自分なりの方法を模索するのである。(p137)
 勝ち組,負け組の二極化も限界まで行ったら崩壊するかもしれない。(中略)負け組のほうが多数派なのだから,少数派の勝ち組がいつまでものさばっていられるとは限らないだろう。(p142)
 正直者が馬鹿を見る世の中とはいえ,最後に人がおりどころとするのは「良心」ではないだろうか。「世間」ではなく,「自分」の中の良心に耳を傾けて,判断し,行動することが重要ではないかと思う。(p143)
 できるビジネスマンは目指してなれるものではない。元々頭の回転の速い人や臭覚に優れた人が,自然とそうなっているだけなのだ。(p146)
 たとえ努力をしていても,それを感じさせずに涼しい顔をしているくらいの「余裕」がないと,一流にはなれないだろう。(p147)
 洋の東西を問わず,成功者というのは,「後悔しない人間」だ。決断したら即行動に移し,どんな結果に終っても後悔などせずに,すぐに忘れてしまう。「失敗に興味がない」ともいえる。(p150)
 失敗に対して過度に反省することは,ムダな努力である。自由な発想の芽を根こそぎ摘み取り,決断力を鈍らせる。NHKのTV番組『プロジェクトX』の影響なのか,失敗→反省→大成功という図式が理想的だと信じている人間があまりに多い。(p151)
 日本では,ほしいものを聞いても「何もない」と答える大人が多い。日本人は世界一“悟り”に近い位置にいる民族だ。(中略)求めないのは,あきらめているからだろう。(中略)しかし,「こうなりたい」「これがほしい」という欲がなければ,人生はつまらなくなってしまう。手に入れたいと願い続けるからこそ積極的になり,生きる力が湧いて疲れも感じなくなる。欲はバイタリティーの源なのである。(p154)
 ん? 「今の日本は,これ以上豊かになれない国になった」のではなかったか。「日本に閉塞感が漂っているのは,もはや伸び代がない国なのに,若者に夢や目標を持てと大人たちが発破をかけるから」ではなかったのか。
 たいていの成功者は忙しく仕事をこなしながらも,しっかり遊んでいる。多趣味であちこちに出かけるし,女性と遊ぶのも忘れない。ほしいものを手に入れるために子供のように懸命になっている。だから脳が活性化され,自由な発想が生まれる。(p155)
 例外はある。たとえば,森博嗣さん。
 医師の石原結實氏は,日本の医学生は文系学生の何十倍も勉強させられ,六年経ったころには,勉強のしすぎで“普通の判断”ができなくなると話していた。教育で理屈ばかり教え込まれると,疑うべきときに疑う感性が鈍ってしまう。(p160)
 寛容な国だからこそ,“悪人”も活き活きとしていられる。規制でがんじがらめになった国では善人ばかりが栄える。(中略)人の行動を大目に見られない度量の狭い人間が跋扈し,窮屈な世の中になる。現に,日本はそうなっている。(p163)
 国家の運営よりスキャンダルを優先する国民のほうが,よほど政治をおろそかにしている。(p164)
 やはり,予測のつかない人のほうが面白い。空気を読んでまわりに合わせようとしている時点で,二流のままで終わる道を選んでいるようなものだ。(p166)
 自分にチャンスがなかなか巡ってこない--。そう思うならば,振るサイコロの数を増やせばいい。(p176)
 場所を変えるのもチャンスにつながる。残念ながら東京に住まないと,チャンスは少なくなってしまう(中略)明治時代から地方の優秀な人間はみな東京を目指した。だから東京には知的資産の蓄積があるのだ。歴史的な流れなのだから,こればかりはどうしようもない。(p176)
 ずっと同じ場所に留まっていると,誰でも保守的になる。保守的になるとチャンスを増やそうとする意欲もなくなるので,運が低迷してしまう。(p177)
 本やネット,新聞といった情報を集めるツール自体は今後も変わらない。情報源を固まらせないことが,幅広い情報を得るコツだ。(中略)その情報は積極的に拡散すべきだ。情報が情報を呼ぶ,という状況になり,やがて一般の人が知らないような情報も集まり始める。(p178)

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