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2023年4月7日金曜日

2023.04.07 落合陽一 『落合陽一34歳,「老い」と向き合う』

書名 落合陽一34歳,「老い」と向き合う
著者 落合陽一
発行所 中央法規
発行年月日 2021.12.14
価格(税別) 1,400円

● 著者は「介護業界へのテクノロジーによるアプローチ」(p164)も行っており,本書はその中間報告とでもいうべきもの。冒頭に養老孟司さんとの対談を収録している。

● 副題は「超高齢社会における新しい経済成長」。少子高齢化を踏み越えていく策はあるという確信,デジタルテクノロジーへの信頼が基盤にある。
 ぼくも世の中を変えるものは政治や外交や教育ではなく,テクノロジーだと思っている。テクノロジーを生むのは少数の天才であるから,天才が夜の中を変えるのだと考えている。

● 以下に転載。
 やっていることや周囲に切実な関心がないと,時間が無駄に過ぎていってしまいますよね。(養老孟司 p54)
 僕はジムでトレーニングしてダイエットするのが好きじゃないんです。(中略)身体運動は,自分のなすべき行為の中で行われるべきだと思っていまして。たとえば,日常の中でものを探し回ったり,電車ではなく自転車で移動したりすれば,それが運動になる。こうした手触り感覚を日常のコンビニエントな中でも探していくことで,世界から切り離されずにいられるのではないでしょうか。(p53)
 生死の問題,人生の問題には一般解がないことを,みんなが理解すべきです。具体的なその人,その都度,その場所の問題です。(養老 p74)
 老いや死がきちんと機能しないと,次の世代にバトンが渡されず,社会が硬直化しやすくなるとも思うのです。(p82)
 世界全体の中央年齢が30.9歳であるのに比べて,日本の中央年齢は48.7歳。つまり,「若者」の定義が,世界全体と20歳近くずれているのです。(中略)見方を変えれば,日本は40代前半でもまだまだ「若者」ととらえられる,珍しい国だともいえます。(p109)
 一般的に,介護職は高齢者と家族のような関係を築くことが望ましいといわれがちです。この要請こそが介護職の過重労働につながっているのではないでしょうか。(p134)
 人口減少はあくまで問題の要素の一つであり,わたしたちが「何を目指すのか」さえはっきりしていれば,対処は可能なはずです。イノベーションの多くは「負」を解消するために生み出されてきました。少子高齢化を乗り越える解決策は,必ず存在するはずです。(p166)
 中国が我々と同じような超高齢社会に突入するのは2035年以降だろうといわれています。超高齢社会であるいまの日本が,経済成長のできるビジネススキームやロボティクス,AI技術を先んじて開発しておく。すると,数十年後に大きなビジネスチャンスがやってくる。(p168)
 「法規制のせいで,できなかった」と泣き寝入りするクリエイターやエンジニア,そして研究者をこれ以上生み出せるほど,僕たちに残された時間は多くありません。(p173)
 良質な土壌があれば良質な森ができるように,土壌となるエコシステムが良質であれば,テクノロジーやサイエンス,コミュニティも良質なものになるのです。(p178)
 人の能力は高く,たいていの場合は人の自助努力で解決されてしまい,テクノロジーが不要になってしまうことが多いことも学びました。(p182)
 僕は導入時に余計なタスク(作業)を増やさないことが,使いやすさの条件を満たすために絶対必要だと思っています。(中略)余計な機能をつけてユーザーのタスクを増やすのではなく,従来の業務をよりスムーズにすることこそが,現場で受け入れられるテクノロジーの要諦です。(p185)
 介護職と利用者の間で忌憚のないコミュニケーションがとれればいいのに,わざわざ現場の最前線にいない経営者が介在してしまうことも多い。それにより,ケアのPDCAサイクルの効率が上がらず,介護職のやりがいも生まれにくい構造が生じているケースも散見されます。(p197)
 これからはローカルに,それぞれの場所で創意工夫されつつ作られる「民藝」的なものが,新たな価値提供の基盤になると思われます。(p212)
 介護における「スーパースター」が増えることも,僕は介護職の社会的地位を向上させるために重要だと思っています。(中略)たとえば歴再総理の看取りを行った介護職の人がいれば,それはスタープレーヤーといえます。(p228)
 コロナ禍において,社会から多くのものが失われましたが,その最たるものの一つが「祝祭」でしょう。(中略)リモートで飲み会を開いてみても,身体性がないから “祝祭性” や “共時性” が足りない。(中略)ライブをオンライン配信するアーティストも増えましたが,現場で起きていることをそのまま中継しているだけだと,尺が間延びしてしまい,観るのがしんどくなってしまうと感じます。祝祭がなくなると,社会に対する帰属意識やお互いにとっての共通基盤,コミュニティに属しているという感覚がなくなります。(p238)
 クリエイションとは「生きること」です。クリエイティブであるということは,常に何かを生み出そうと試行錯誤しながら,時間と空間に存在するということ。健全な精神と肉体を育むために,動物的な狩猟性は不可欠です。そして,それは(中略)クリエイションというかたちで発露されるべきだと考えています。(p247)
 多くの地域において,あらゆるモノがインターネットで買えて,Zoomを介して世界中のどことでもつながれる。これにより,遊牧民的な生き方を実現できるようになったのです。(p248)
 ポジティブに老いていく,もっといえばよりよく生きていくために大切なのは,「豊かさ」だと思うのです。(中略)好きなことや好きなものを持ち続けて,それに取り組んでいきながら老いていくのは,とても豊かなことだなと。(中略)そして,テクノロジーの発展は,より多様な「豊かさ」を可能にしてくれると思います。(中略)家にいながらにして手に入る「豊かさ」の選択肢が広がっていることは,明らかにデジタル化による恩恵だと思うのです。(p253)
 個々がスーパーマーケットを往復するよりも,配達員が一台のバイクで個々の家に届けたほうが,炭素消費も少なく済む場合も多いです。(p258)

2023年4月4日火曜日

2023.04.04 落合陽一 『働き方5.0 これからの世界をつくる仲間たちへ』

書名 働き方5.0 これからの世界をつくる仲間たちへ
著者 落合陽一
発行所 小学館新書
発行年月日 2020.06.08
価格(税別) 820円

● 30代で際立った存在感を示すコンピュータ科学の研究者が,若い人たちにこうあって欲しいと語る生き方論。あるいは,研究論序説。
 これを読んで感じたのは,これからの若い人たちは大変なんだなということ。どう大変なのかは,この後の多すぎる転載を読んでもらえばわかる。

● 著者の言うことがどれだけの若者に刺さるかといえば,0.1%もいるかどうか。何せ,若者の多くはネットの文章は読むだろうけれども,教科書以外の本はあまり読まないだろうし(昔の若者も同じ。大人になるともっと読まなくなる),著者の提言に従えるのは相当な知力を持った人に限られるからだ。
 著者のいうクリエイティブ・クラスになるためには,自分の頭で考え抜くことと専門性を持つことが必要となるのだが,そんなことができるのは少数派中の少数派のはずだ。

● 以下に転載。
 コンピュータやインターネットなどのデジタルな情報があふれ人工物と自然物が垣根なく存在する環境が,人間にとっての「新しい自然」だということです。(p8)
 技能の民主化や自動化によってゆるやかに人材の価値が変化していくことに自覚的であるかどうかが大切です。(中略)その価値の変遷に気づきながら動くか,動かないかが,将来の価値を大きく左右するでしょう。(p11)
 ビジネス書や自己啓発書の多くも,「好きなことをして生きる」という抽象論や近視眼的なノウハウや,相変わらず「優秀なホワイトカラー」になるためのノウハウを提供しています。私には,それがこれからの時代に沿った方向性とは思えません。「好きなことをして生きる」のではなく,適切な課題設定を社会に創造するのがクリエイティブ・クラスの役割だと考えているからです。(p13)
 コンピュータという大きなものの文化的価値を知らずに生きていくことは,人々が貧困の側に回り,それが再生産されていく温床になりかねません。(p17)
 インターネットのSNS上では,誰一人として「同じタイムライン」を追っていない時代です。(中略)皆と同じようなものを消費する「映像的価値観」は消失しました。(p24)
 いつまでも今ユータは「ただの道具」なのでしょうか?(中略)それはもっと根本的なレベルで,人間の生き方と考え方に変革を迫るはずです。つまり,コンピュータは電気製品ではなく,我々の第二の身体であり,脳であり,そして知的処理を行うもの,たんぱく質の遺伝子を持たない集合型の隣人です。(p27)
 プログラミングは,自分が論理的に考えたシステムを表現するための手段にすぎません。(中略)多くの分野にとってプログラミングは道具にすぎず,(中略)それ自体が目的化しては意味のないものになってしまいます。(中略)大事なのは,やはり自分の考えをロジカルに説明して,システムを作る能力でしょう。(p33)
 いわゆる「IT革命」は世界を大きく変えましたが,それに適応するだけでは,もう時代に追いつけません。IT革命と同等かそれ以上のインパクトを持つ世界の変革が,そう遠くない将来に何度もあるはずなのです。そこでは,いまの40~50代の常識が覆されるのはもちろん,小さい頃からデジタル・カルチャーの中で生きてきた私たちの世代の常識でさえ,おそらく通用しません。(p34)
 SNSの主体が「意識だけ高い系」いなってしまったような気がしています。(中略)無駄な自己アピールなどを除くと,その第一の特徴は,本人に何の専門性もないことが挙げられます。もうひとつは,専門性がないがゆえに自慢するものが「フォロワーの数」か「評価されない活動歴」「意味のない頑張り」程度しかないことです。(中略)そこから出てくる情報には,その人が自分で考えたものが何ひとつありません。いろいろな知識を広く浅く持っているだけで,専門性も独自性もない。これでは,ただの「歩く事例集」です。(中略)平均経験人間はウィキペディアの劣化コピーでしかありません。(p38)
 システムの効率化の中に取り込まれないために持つべきなのは何でしょうか。それは,システムになくて人間にだけある「モチベーション」です。(中略)それさえしっかり持ち実装する手法があれば,いまはシステムを「使う」側にいられるのです。(p41)
 均質的な価値が意味を持たない時代になったのです。(p44)
 人が努力しながら行っているような単純で辛い作業や,誰がやっても同じ作業はシステムにどんどん取って代わられていく(p50)
 著名クリエーターや数百万人のフォロワーを持つインスタグラマーのような人は,他の追随を許さない(要するに「代わりがいない」)ので,そのまま生き残っていくでしょう。しかし,「もどき」のクリエーターはそうはいきません。(中略)これからの時代は「ひとりのオリジナル」以外には大きな価値がない。(p54)
 これまでブルーカラーの労働者は,その仕事をマネジメントするホワイトカラーの搾取を受けてきたと言うことができます。実質的な価値を生み出しているのは現場のブルーカラーなのに,どういうわけかマネジメントをしている側のほうが高い価値を持っているように見えていました。(中略)そんな錯覚が生じていたのは,システムによる効率化という概念がなかったから。それだけのことです。(p66)
 IT化した世界では,そういった固定された物理的リソースで勝負するより,情報で勝負するほうが圧倒的に勝ちやすい。物理的リソースがない分,スピードが早いからです。(p71)
 誰にでも作り出せる情報の中には,価値のあるリソースはない。その人にしかわからない「暗黙知」や「専門知識」にこそリソースとしての値打ちがあります。(p72)
 IT化で資本主義のあり方は激変しましたが,このいちばん根底にある原理は変わっていません。それは,「誰も持っていないリソースを独占できる者が勝つ」という原理です。(中略)コンピュータが発達したいま,ホワイトカラー的な処理能力は「誰も持っていないリソース」にはなり得ません。(p75)
 スティーヴ・ジョブズは,間違いなくクリエイティブ・クラスです。しかし,それをロールモデルにして「スティーヴ・ジョブズのようになりたい」といった目標を持っても,あまり意味がないでしょう。唯一無二の存在だからクリエイティブ・クラスなのであって,目指したところで頑張ってもも「もどき」にしかなれないからです。(中略)その「誰か」にだけ価値があるのですから,別のオリジナリティを持った「何者か」を目指すしかありません。「誰か」を目指すのではなく,自分自身の価値を信じられること。自分で自分を肯定して己の価値基準を持つことが大切です。(p77)
 いくら勉強しても,それだけではクリエイティブ・クラスにはなれません。(中略)クリエイティブ・クラスの人間が解決する問題は,他人から与えられるものではありません。彼らの仕事は,まず誰も気づかなかった問題がそこにあることを発見することから始まります。(中略)新しい問題を発見して解決するのは,「勉強」ではなくて「研究」です。(中略)研究者は誰もやっていないことを探し続けるのが仕事です。(中略)教科書を読んで勉強するのが方ぃとカラーで,自分で教科書を書けるぐらいの専門性を持っているのがクリエイティブ・クラスだと言ってもいいでしょう(p78)
 抽象的な教養やアイディアだけあっても,何もできません。「実装」と「アイディア」が個人の中で接続されることに価値があるのです。(中略)一般教養と違って,テクニカルな専門性というのはインターネットをクリックするだけで学習できるようなものではありません。みんながアクセスできる知識に,専門性はないのです。(p84)
 単に「みんなと違う」だけでは,説得力がないのです。(中略)「みんなが甘いものなら辛いもの」「みんながデジタルならアナログ」というロジックは,それ自体が「誰でも思いつくもの」でしょう。ですから,結局は「オンリーワン」にはなれません。(中略)その価値を説明するロジックまで含めて,誰にも真似されないオリジナルなものでなければいけません。それは付け焼き刃の思いつきでは成しえません。(p97)
 テレビの企画がつまらなくなったという声が出てきたのも,彼らがウィキペディアや食べログやユーチューブを情報ソースにしてしまったからかもしれません。(中略)そこから生まれる企画は,すでにあるものの縮小再生産にしかならないでしょう。(中略)視聴者層と同じ情報体験をしながら番組を作っても,真新しく面白いものは作れないのです。(p99)
 ・それによって誰が幸せになるのか
 ・なぜいま,その問題なのか。なぜ先人たちはそれができなかったのか
 ・過去の何を受け継いでそのアイディアに到達したのか
 ・どこに行けばそれができるのか
 ・実現のためのスキルはほかの人が到達しにくいものか
 この5つにまともに答えられれば,そのテーマには価値があります。これを説明できるということは文脈で語れる=有用性を言語化できるということであり,他人にも共有可能な価値になる可能性があります。(p102)
 大きなマーケットで勝負する場合,高いオリジナリティを持つ商品やサービスがそれを独占することは稀で,たいがい競合相手がいます。逆に言うと,誰も競合相手がいないところで独走しようとすると,小さなマーケットしか得られないということにもなるでしょう。でも,それに意味がないということはまったくありません。(p105)
 このビジネス(ウナギトラベル:お客さんから預かったぬいぐるみをカバンに詰め込んで観光地などに行き,そこで記念写真を撮る)が面白いのは,利用者がコンテンツではなく,コミュニケーションを求めているところでしょう。自分の分身がどこどこに行ったということを使ってコミュニケーションする。その幸せを買っているとも言えます。(中略)ニッチの強さを感じています。(p108)
 「小さな問題を解決することがクリエイティブな事業を生む」ということです。(中略)だからこそ,まずは問題を発見することが大切になる。問題を見つけられない人は,当然ですが問題のオリジナルな解決法も考えられません。大人から「好きなことを見つけろ」「やりたいことを探せ」と言われると,「自分は何が好きなんだろう」と自分の内面に目を向ける人が多いでしょう。(中略)それは袋小路に行き当たってしまうことが少なくありません。しかし「自分が解決したいと思う小さな問題を探せ」と言われたら,どうでしょう。意識は外の世界に向かうはずです。そうやって探したときに,なぜか自分には気になって仕方がない問題があれば,それが「好きなこと」「やりたいこと」ではないでしょうか。(p110)
 生まれたときからパソコンもインターネットもスマートフォンもあると,「昔は何ができなかったのか」を直感的には理解しにくいものですが,それがわからないと,20年後,30年後にまた別の時代が訪れることも理解できないのです。(p115)
 とりあえず走り出すことも,ときに重要です。(中略)実際に動かないと出遅れてしまう。つまり,実際に手を動かすことで常に学び続けることができるのが,インターネット以後のクリエイティブ・クラスの仕事です。(p115)
 デジタル世界だけで簡潔していたのでは,問題が縮小再生産されてしまうのです。スマートフォンは道具の完成形じゃありませんし,生活の中でのインターネットはまだ進歩していくべできす。そうしたとき,いまある環境インフラを制約条件として捉えてしまうのはマイナスにしかなりません。(p116)
 では,人間とコンピュータはどちらがどちらを飲み込むのか。多くの人は,コンピュータを作った自分たち人間のほうが上位種だと思うでしょう。でも私の直観では,コンピュータのほうが後発で,より情報処理に最適化された種のように思うのです。(中略)いまのところは人間がスマートフォンを飲み込んで好き勝手に使っているように見えますが,その関係はいずれ逆転するでしょう。(中略)コンピュータがあらゆることを記述していく,人は精神や心を持つ特別な存在ではなく,身体を持つコンピュータとして受け入れられていくことによって,いままでの自然観(いわばデカルト的自然観)が崩れていく。(p117)
 クリエイティブ・クラスになるような人たちは常に自分の問題について考えています。一点を考え抜いて深めていくので,彼らの中には暗黙知がどんどん蓄積されます。そうしたクリエイティブな人たちが生み出す物やサービスが,ショッピングモール的世界で暮らす人々が享受する幸福感のタネになるのです。(p124)
 思考体力を身につけるには,他人と情報交換ばかりしていても意味がありません。(p126)
 何か疑問を持ってグーグルで検索したときに,ウィキペディアや「ヤフー!知恵袋」のようなページですぐ「答え」が出てきたら,その答えを知って満足する以前に,自分が抱いた疑問自体を反省しなければいけません。なぜか。ウィキペディアに答えが書いてある問いが浮かんだということは,その疑問の持ち方そのものにオリジナリティがない証拠だからです。(p126)
 思考体力の基本は「解釈力」です。知識を他の知識とひたすら結びつけておくことが重要です。したがって大事なのは,検索で知った答えを自分なりに解釈して,そこに書かれていない深いストーリーを語ることができるかどうか。(p127)
 抽象的なことをできるだけ具体的に言語化する習慣をつけるといいでしょう。(p129)
 思考体力のある人は常にマジです。そういった人は自分の人生の問いについて24時間,365日考え続けています。(p130)
 「自動翻訳は,ちゃんと翻訳してくれない」と文句をつける人の多くは,そもそも自分が日本語で明確な文や機会が翻訳しやすい文章を書けていないのではないでしょうか。(p138)
 自分が発見した世界の問題を解決するためにコミュニケーション能力が必要なのは,「世界は人間が回している」からです。(中略)多くの人々は,個々の人間ではなく,何か得体の知れない「システム」が世の中を動かしていると思い込んでいます。(中略)そしてひいいては自分も社会の主体であるにもかかわらず,「社会のせい」にしていってしまいます。(p139)
 時間を切り売りする仕事を選ぶと,人生は「お金を稼ぐ時間」と「休む時間」に分かれます。すると,いわゆる「ワーク・ライフ・バランス」を考えざるを得ません。(中略)ワーク・ライフ・バランスが問題になるのは,「好きなこと」「やりたいこと」を仕事にしていないからです。(中略)ワークとライフを区別せず,自分のやりたいことに時間を使う生き方には「消費」がほとんどありません。すべては自分の能力を高め,問題を解決するための「投資」なのです。「ワーク・アズ・ライフ」の醍醐味はここにあります。(p149)
 資本主義は「お金がお金を生むシステム」ですから,お金持ちは富を貯めておくだけでは意味がない。だから実は,それを「投資」という行為によって再配分したがっています。ところが現在の日本には,(中略)おの選択肢を取りに行く人間が多くありません。(p153)
 世界を変えようと思ったら,玄人にしかわからないものを作っていてはダメです。(p183)
 それより難しいのは,「楽しい」と思わせること。この感覚には文化差があることも多いので,ある場所でウケたものが別の場所でもウケるとはかぎりません。(中略)逆に言うと,ほぼ全世界の人々に「楽しい」と思わせているハリウッドやディズニーのセンスは,凄まじくレベルが高いということになるでしょう。(p184)
 猛烈に好きなことがある人間が集まると何か大きな化学変化が起きる。それを人はイノベーションと呼ぶのかもしれません。(p187)
 予定調和を繰り返し続けることでたどりつく視座からは決して価値を生み出せないでしょう。(p189)
 もはや国境をはじめとする境界線はインターネットによって融けたと言えるでしょう。(中略)いまは年齢の差も関係ありません。世界中のすべての人間が同じフィールドで競い合っているのがインターネット以後の社会です。したがって,どこかの誰かと同じことをしても意味がありません。過去にあったものを再現してもダメで,いまの時点で人類の最高到達点を踏んだ人だけが勝者となるのです。(p193)
 世界に変化を生み出すような執念を持った人に共通する性質を,私は「独善的な利他性」だと思っています。(中略)たくさんの知識を貪欲に吸収してオリジナリティを追求していってほしい。それはこれから先,いつの時代でも幸福な生き方だと思います。(p200)

2019年11月2日土曜日

2019.11.02 落合陽一 『超AI時代の生存戦略』

書名 超AI時代の生存戦略
著者 落合陽一
発行所 徳間書店
発行年月日 2017.03.25
価格(税別) 1,300円

● 一読して理解できたかと問われると,何とも心もとない。「時代の速度より遅い進捗は,いくらやってもゼロになる」とは目次(見出し)の一節。
 本文を全部読むより,目次だけを見て,自身の想像と連想に任せてみるのも,本書の読み方としてはアリかもしれない。

● 以下に転載。
 スマートフォンの普及による結果,人はインターネット上に第二の言論・視聴覚空間を作り,住所を持ち,SNSを生み,社会を形作った。言うなれば人はデジタル空間にもう一度生まれた。(p13)
 「AIはAIとしての仕事を,人間は人間らしいクリエイティブな仕事をすればいい」という論調が僕は嫌いだ。この論調は思考停止に過ぎず,クリエイティブという言葉であやふやに誤魔化すことで,行動の指針をぼやかす。(p25)
 ワークライフバランスは一生をいくつかのサブセットに分けて考えることが可能であるということを許容した言葉であり,常時接続性の高い現代には親和性が低い。(中略)好きなことで価値を生み出すスタイルに転換することのほうが重要だ。それは余暇をエンタメで潰すという意味でなく,ライフにおいても戦略を定め,差別化した人生価値を用いて利潤を集めていくということである。(p30)
 全世界の他のすべての人と比べて「自分らしい」というのと,あるコミュニティの中で「自分らしい」というのを比べると,後者のほうはすぐに実現可能だから,人はコミュニティに逃げ込みやすい。(p39)
 今,全世界70億人の中で自分らしくないといけない。技術は発展するし,個性は無数に存在する。そうなると,日のんではオリジナリティが高いと考えられている文化人や著名人ですら自分らしさを保つことは難しいだろう。(p40)
 ローカルとグローバルというのは,人生をそこに置く上ではその優劣を比べるものではないものだ,と考えることが重要だ。そこに差はなく,「どちらもよい」が正解である。(p41)
 これからやらないといけないことは,全員が全員,違う方向に向かってやっていくことを当たり前に思うということだ。つまり,誰も他人の道について気にかけていない,そして自分も気にしていないというマインドセットだ。今,この世界で他人と違うのは当たり前で,他人と違うことをしているから価値がある。(p45)
 競争心を持ち,勝つことを繰り返すのがレッドオーシャンだったら,ブルーオーシャンは黙々と,淡々とやることだ。(p46)
 すべての生活スタイルにおいて私たちの人間性を許容し,人間とはこうあるべきという「べき論」で語らないことが,超AI時代においては重要なことだと思う。(p51)
 趣味性を持っておかないと,「他人と違って何かをしたい」という原動力は出てきにくい。(p57)
 成果を完成物や可視化して見えるように意識したり工夫をしたりすると,仕事も生活全般もゲーム的にやりやすくなる。(p71)
 遊びにおいては,「とりあえずやってみる」ということも大事だ。(中略)何かを行動を起こす前段階としての「自分らしさ」は必要ないということだ。つまり,「他人の猿マネでもいいからやってみる」ということ。(中略)とにかく何かアクションを起こして,そこからより詳しく問題を探すほうがとっかかりがつかみやすい。(p73)
 今は難しいとされていることも,やがてすべての人々が意識せずに簡単にできるようになってしまうと予測できる。(p80)
 ひと昔前は,会社の寿命は長かった。なぜなら,技術革新が遅いスピードで進化していたからだ。イノベーションはそう簡単には起こらないし,情報の伝達形式もマスメディアが担っていたから遅かった。(p88)
 会議などで用意される「捨て資料」の文化が世の中からなくなれば,社会はずいぶんとよくなると思う。(p95)
 非合理なことと合理性のあることを比べれば,合理性のあることは機械のほうが断然得意である。けれど,合理性はなぜ生まれてくるかというと,ある問題のフレーム,もしくはゴールを設定したときに,そこまでどうやってたどり着くか,という計算できる世界があるから合理性が生まれるわけだ。(p102)
 日本は異常にクイズ番組が多いけれど,なぜクイズ番組をやってきたかというと,受験勉強がほとんど「パターン暗記」だからだ。思考力を問うと言っておきながら,思考ツールとして覚えた解法のパターンを何個まで繋げられるかというレベルの話である。(p126)
 暗記するためにノートにひたすら書いたり,何回も唱え続けたりすることはないけれど,ざっくりとフックがかかっている状態,おぼろげにリンクが付いているような状態が,これからの時代に理想的な知識の持ち方だと思う。(p127)
 スペシャリストであることは,これからの時代では大前提で,スペシャリストになるから受験勉強にも価値があるわけだ。(p132)
 重要なのは,その業界でトップレベルかということだ。資格を取るようなレッドオーシャンの分野では,トップを目指さないと意味がなくなってくる。(p134)
 そのニッチの1位を取るほうが,「一部上場企業に勤めている人」や,「弁護士資格を持っている人」と比べて生き残りやすいかもしれない。(p136)
 「無為自然な感じに生きる」というのが最もストレスを感じない。それでは,「無為自然」とは何かといえば,それは「自分が主体的だと思わない」ということだろう。(p140)
 もしあなたが仕事で溜まったストレスを違うことで発散していたとしたら,その生き方は間違っているということになる。理想的なのは,仕事で溜まったストレスが仕事の中で報われて,仕事の中でストレスから解放されるということだ。(p141)
 「体が資本だ」とはよく言われることだが,体を動かさないと脳の働きは悪くなるし,これは人間とコンピュータを比べたときのかなり大きな特徴である。(p144)
 油に絡まって,しょっぱくて,炭水化物が含まれていたら,それはうまいに決まっている。(p149)
 世の中は,化粧品をはじめコンプレックスビジネスばかりである。そういうものに流されないためにも,「何が自分のコンプレックスなのかを知っておく」ということはキーワードになってくる。そして,「隠さない」ということだ。(p152)
 20世紀は平均値社会だったので,平均値が高い個体であることがすごく重要だったのだが,私たちの平均的なことは(中略)すべてコンピュータがやるようになってくるので,むしろ,ピーク値が高い人のほうが重要になる。(p153)
 好きなものだけを集めていけば,おのずとその人らしさは表れていく。(p156)
 エリート階層の話をすると,たとえば医者だったら,東大医学部を出ている人たちの集まりだけでその業界の話が決まってしまうことがあるかもしれない。(中略)世の中,極めて少ない人数で決まっていることがすごく多(い)(p160)
 たとえば今でも,大物芸能人は都内に住まずに,わざわざ館山や鎌倉のほうに住んでいたりする。(中略)テレビ局の車が迎えに来たり個人で運転手付きだったりするので,本人にとって移動の苦痛がほとんどないからだろう。そして,おそらくこの概念は,自動運転がはじまると,より一般的になっていくと思われる。(p161)
 時代は過ぎるだけであり,長期的には適応のみが残る。(p187)

2019年5月11日土曜日

2019.05.11 落合陽一・堀江貴文 『10年後の仕事図鑑』

書名 10年後の仕事図鑑
著者 落合陽一
   堀江貴文
発行所 SBクリエイティブ
発行年月日 2018.04.13
価格(税別) 1,400円

● AIが人間に代わって仕事をしてくれる→いい未来がやってくる。そう考えていいようだ。そりゃそうだよなぁ。そうじゃなかったらおかしいよ。

● 以下に転載。
 好きでやっているのならまだしも,やらされていやっているような職業である場合,その時間の浪費は人生の損失であり,好きなことや楽しいことを突き詰めてニッチトップを目指したほうが人生が楽しくなるのではないかと思う。(落合 p21)
 インターネットが社会を刷新し,誰もがスマートフォンを持つ時代は,何を意味しているのだろうか? 世界が急速に小さくなり,これからは“日本のあなた”ではなく,“世界のあなた”として生きていかなければならないのである。周りの顔色を見て自分を演じているようでは,当然「価値のない人間」になってしまう。(堀江 p23)
 現在のAIは「人間の目と耳を代替する機能を持っている」に過ぎない。この先一番の鍵となるのは,AIが「“手”を持ったとき」だと思う。(中略)たとえば人間も,目と耳があるだけでは急速なスピードで進化することはできない。(堀江 p26)
 会社勤めを望む人間の多くはネガティブであり,組織にネガティブ脳の人間がいていいことはない。(堀江 p37)
 みんな「炎上」をネガティブに考えているようだが,議論を喚起するという点において,本来それは正しいことなのではないだろうか。「炎上」はポジティブな議論の契機と捉える視点が肝要に思える。(落合 p51)
 この世の中には「働く」ことが不得意な人間が一定数いる。そうした人たちに労働を強いるより,働くのが好きで新しい発明や事業を考えるのが好きで本気で働きたい人間にのみ,どんどん働かせたほうが効率がよい。(堀江 p54)
 やりたいことや,ハマれるものが見つかったら,毎日自発的に思いを発信し続けることが大切だ。(中略)稚拙でもいいから,読み手に「熱さ」が伝わるものでなければならない。(堀江 p57)
 SNSやネット記事を見て情報収集するだけの「情報メタボ」が非常に多い。得た情報をSNS上でアウトプットし,多くの人の意見を取り入れることで,より多角的な視座を手に入れることができる。「インプット」と「アウトプット」,両方のバランスがとれているとき,人は格段に成長できるのだ。(堀江 p58)
 僕は大学教員として,就活を経てから目が死んでしまった学生を何人も見てきた。あの場で一体,何が行われているのだろう。(落合 p65)
 むしろ修行期間を長く積めば積むほど型にはまり,「それしか作れない」事態が起こるのではないか。一番よくないのは,10年修行したこと自体をありがたがることだ。(堀江 p67)
 「研究」のルーツも,古代ローマかギリシャの貴族層が余暇時間をつぶすためにはじめたことにある。ほかにも音楽など,貴族が考えることは大体が遊びを元にするアートの追求だ。(落合 p69)
 デジタル空間の中では転移学習が可能なはずだが,現状人間は,誰かが学習したデータを他人からもらうことはできない。それゆえ人はムダを繰り返す。(落合 p69)
 “本屋”は,昔は本を置いていればそれだけでお金が生まれた。そういう「昔栄えた業界」の多くは“文化”という体のいい言葉を盾にして言い訳をしている。(堀江 p112)
 目まぐるしいスピードで社会が変化していくのだから,誰も数年後の未来を正確に言い当てることはなどできない。(中略)10年後の未来を想像することに何の意味があるのだろうか。そんなの暇人がやることだと思っている。(堀江 p124)
 特に高級店なんて,利益から考えたら半分趣味みたいなものだろう。(中略)儲からなくても好きでやっているのだから,もはや労働ではなく,趣味の延長だ。(堀江 p126)
 イケてる職人たちは,自分たちの技術や能力をいかに機械で再現できるかを考え,研究・実践している。自分にしかできなかった技を機会に代替させることで,自分の作業効率を上げようと,“AIを使いこなす”考え方をしているのだ。(堀江 p128)
 僕は,これからの幸福の指標は「感情のシェア」だと考えている。「楽しい」「うれしい」「気持ちいい」といった感情をシェアすると,そこにたくさんの賛同者が集まる。(堀江 p139)
 日本は,富裕層向けの宿泊施設が非常に少ない。そのため,海外の超がつく富裕層たちは,他のアジア地域に訪れている。(堀江 p140)
 まだわからないという人には,「ウサイン・ボルトを見習え」と言いたい。(中略)ボルトは,足が速いという,誰にも真似ができないが,社会にとっては不必要な仕事をしている。しかし,彼は世界中で人気があり,高収入だ。(中略)つまり,この代替不可能性に人は熱狂し,価値を見いだしているのだ。(堀江 p145)
 そもそもお金は何かをしたい人のためにあるもので,貯めたいと思っている人のところにただ貯まっていても,少しも世の中のためにならない。(堀江 p155)
 スマートフォンで会計ができる今,現金を持つことは盗まれるリスクしかない。そのことを考えれば,もはや貨幣なんて現在の社会ニーズに合致していないことがよくわかるだろう。(落合 p159)
 「時給○○円」と明示的に定型化された労働に自分を当てはめるのではなく,自分固有の価値や信用を生み出すことに時間を使おう。(落合 p175)
 新しいことに興味を失ってしまえば10代でも老人だし,新しい刺激を求め続けるのならば60歳でも若者だ。(堀江 p189)
 労働力を確保するための選択肢に移民はないだろう。だって,すでに日本の魅力は低くなっているのだから。(堀江 p198)
 僕から言わせてもらえば「副業はダサい」。この一言に尽きる。(中略)中途半端な思いで打ち込む「副業」とやらのクオリティなんて,まったく信用できない。「そこには,ピュアな情熱や社会的な使命感なんて存在しないだろう」と思えてならない。(堀江 p210)
 よく学生から「やりたいことがありません」などと言われるが,正直なところ,その姿勢ではこれからの未来はおぼつかない。(落合 p213)
 波は座していてもやってこない。すごく単純な話だが,自分で波を起こしながらものづくりができる人にこそ価値があるのだ。(落合 p214)
 たくさんのことが満遍なくできる「ジェネラリスト」なんかより,1つのことに強みを持っている人のほうが,圧倒的に魅力的だ。(堀江 p222)
 「幸せな結婚式」なんていうものはほとんど宗教に近い。「皆がそうしているから,よさそうに見える」といったただの刷り込みにすぎない。(落合 p231)
 資格なんてほとんど無意味な肩書に陳腐化する。スキルのコモディティ化はコンピュータによって加速するし,その速度が昔のコモディティ化の速度とまったく異なってきていることに気づいたほうがいい。(落合 p232)
 先生に教わらなくたっていい。自分から動き,情報を取りにいけ。SNSを利用すれば,自分が「面白いな」「この人の話聞いてみたいな」と思う人たちの情報に一瞬でアクセスできる。(堀江 p234)
 批判してくるような人の多くは,次の日には批判したことすら忘れてしまっている。そんなものに振り回されているなんて,本当にバカらしい。(堀江 p235)
 やりたいことをやって成功する人は,「リスク」なんて,あまり考えていない。それができない小利口な奴は失敗することばかり考えていて,結局リスクをとれないのだ。実現可能性をまず考えて尻込みするような人間は,リスクをとらないこと自体が最大のリスクだということに気づいていない。(堀江 p237)
 今の社会をみていると,人々が映画「マトリックス」のエージェント・スミスになりつつあると感じる。みんながりんごつきのノートパソコンと携帯電話を持っている状況に,オリジナリティは見いだせないだろう。(堀江 p244)
 一方で,エージェント・スミスになる生き方が必ずしも間違っているわけではないことも覚えておいていい。なんにせよ,社会に溶けるのは楽だ。生活コストは年々安くなっているし,レジャーだって安価に提供されている。それはそれで,悪いことだとは思わない。(堀江 p245)
 商売が成功する基本的な秘訣は1つだけだ。すなわち,成功するまでやり続けるということ。市場原理があるようでないので,100回もやれば大体成功するのだ。(堀江 p248)