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2016年3月10日木曜日

2016.03.03 林 真理子・見城 徹 『過剰な二人』

書名 過剰な二人
著者 林 真理子
   見城 徹
発行所 講談社
発行年月日 2015.09.29
価格(税別) 1,300円

● 宇都宮駅ビルの八重洲ブックセンターで購入して,しばらく読まないでいた。読み始めてみれば一気通貫。第一級の人生訓が収められている。

● 見城さんがしばしば書いていることが,本書にも登場する。
 彼らとの付き合いが深まるにつれ,僕ははっきりとあることを自覚した。それは,「この人たちは,書かずには生きていけない」ということだ。彼らは自分の中に,侵み出す血や,それが固まったかさぶたや,そこから滴る膿を持っている。それらを表現としてアウトプットしなければ,自家中毒を起こして死んでしまうのだ。 それだけのものは,僕にはない。書かなくても,僕は生きていける。(見城 p48)
 創造するとはどういうことか。創造には何が必要なのか。それをここまで簡潔明瞭に解き明かしている文章を,ぼくはほかに知らない。

● 以下に,長すぎるであろう転載。
 小説は,文章描写の芸術である。しかし,ただの描写ではいけない。細部を描くことによって,人物なら人間性や肉体を感じさせ,その人の人生まで表現しなければならない。(見城 p56)
 細部にこだわることの大事さは,小説に限らないと僕は思う。ビジネスもそうだ。ビジネスとは一般的に,合理的な経済活動と思われている。そのため,人間的な要素を軽視する人が少なくない。しかし,ビジネスは,何よりまず,人間の営みである。それは多くの感情的な細部から成り立っている。(見城 p58)
 僕はとにかく,才能のある人間が好きだ。僕が編集の仕事をしているのも,いろんな才能に出会えるからだ。(中略) すべての素晴らしい作品は,たった一人の熱狂から生まれるのだと思う。逆に,熱狂のないところに,創造はない。熱狂のないところから出てきた作品は,結局,人の心に響くことはないだろう。(p67)
 匿名のジャーナリズムなど,ありえない。匿名である限り,ネットが正当性を認められることは,絶対にない。(見城 p75)
 人間は,便利さがすべてではない。僕などは,劣等感をバネにして仕事をし,生きてきた。もし僕の少年時代からネットがあり,そこで憂さ晴らしをしていたら,僕の人生はもっと薄っぺらなものになっていただろう。 人間は,負のエネルギーを溜めなければだめだ。それが醸成されて,何かを成し遂げ,人生を豊かにできるのである。(見城 p76)
 仕事の一番重要な点は,嫌なことでも我慢しなければならないこと。給料は,ガマン代と言っていいでしょう。この我慢が,忍耐力という,生きてゆく上で何より大事な力を身に付けさせてくれるのです。(林 p84)
 若い頃は,モテたい気持ちが強かったが,年齢を重ねると,そうではなくなったと言う人がいる。そういう人は,仕事に対する意欲も落ちているのではないだろうか。僕はいつまでも女性に振り向いてもらうために,仕事を頑張り続けたい。(見城 p88)
 自己顕示欲が,仕事の原動力になるのは,間違いない。しかし,それだけではだめだ。僕は,一方で,同じ分量の自己嫌悪が必要だと思う。(中略)自己顕示と自己嫌悪の間を揺れ動くから,風と熱が起きる。それがその人のエロスであり,オーラなのだ。(見城 p88)
 仕事は,あくまで生活の手段であり,家族との時間など,プライベートを充実させることが,人生の目的だと言う人もいる。僕には,そのような仕事との向き合い方が信じられない。(見城 p90)
 僕は角川書店の社員の中で,一番稼いでいたと思う。入社1年目から退職するまで,それは続いた。誰よりも仕事をしている自信もあった。ギリギリまで頑張っている手応えが,僕を支えていた。(p121)
 仕事のできる人には特徴があります。それは,見た目がシンプルだとうこと。(中略)私は,プロとアマチュアの違いとは,無駄の差だと思います。プロはとにかく無駄がありません。これは女性の場合,とくに顕著です。ファッションや立ち居振る舞いがすっきりとし,どことなく引き締まった感じがします。(林 p123)
 私自身,型やスタイルの大切さに気付いたのは,大人になってからです。日本舞踊を始めたり,着物を着るようになったりして,ようやくわかりました。姿勢がよくなったり,動作ががさつでなくなったり,見た目がよくなることは,大変な自信を生みます。(林 p126)
 僕自身,仕事のできる女性には,とても魅力を感じる。仕事とは厳しい半面,正直でもある。打ち込めば,必ず実りがある。そこに,男女の違いはない。(見城 p131)
 人の心をつかむには,努力しかない。それもただの努力ではない。自分を痛めるほどのものでないと,意味はない。この痛みが,人の心を動かすのだ。自分を痛めない表面的な努力では,決して人の心はつかめない。(見城 p143)
 売れるコンテンツには4つのポイントがある。オリジナリティ,明快,極端,そして癒着である。僕はこれを,「ベストセラー黄金の4法則」と呼んでいる。(見城 p151)
 自分が生きるべき場所への嗅覚が,働いたのだと思います。この嗅覚は,誰にでもあるのではないでしょうか。ただし,自信のある時しか働きません。そのためにも,自信を持つことは,とても大事だと思うのです。(林 p155)
 僕は編集という仕事を選んで,本当によかったと思う。とりわけ僕は,相手が書きたくないものを書かせることに,心血を注ぐのが大好きだ。編集者の一般的なイメージは,作家から原稿を受け取り,それに赤を入れて本にするというものだろう。間違いではないが,ほんの一部でしかない。それよりもっと大事なのは,作家に刺激を与えることだ。(見城 p161)
 何でもいい,自分が好きで,熱狂できるものを仕事にしなければダメだ。熱狂していれば,苦痛はもとより,退屈も虚しさも感じない。そこから必ず,結果という実りが生まれるのだ。 これはとても大事なことである。好きではないことを仕事にしても,本当にいいものが生まれるはずがない。それは人生という限りある貴重な時間の,とてつもない空費である。(見城 p162)
 日本人は,野心を剥き出しにすることを嫌います。「分相応」「身の程を知る」といった言葉も,そうした土壌から生まれたのでしょう。それは建て前にすぎません。建て前を鵜呑みにしてしまっては,損をするのは自分です。 人は常に上を目指していないと,充足感のある人生を送れないのではないでしょうか。「身の程」を知りすぎることは,この充足感を奪ってしまいます。(林 p187)
 私は,運命の正体を知っています。それは意志なのです。(中略)その人はチャンスに,間違いなく自分から近づいて行ったはず。それが運や運命と言われるものの正体ではないでしょうか。運は,自分からつかみに行こうとすれば,必ずつかめます。(林 p194)
 運と意志は,相乗効果を起こします。強い意志を持つ人のところに幸運は,やってきます。するとその人は,ますます強い意志を持つことになるのです。逆に,運はいったん離れると,どんどん遠のいてしまう。(林 p197)
 いい結果に導くのは,どこまでも努力である。努力とは,意志の持続のことだ。多くの人は,簡単に諦めすぎだと僕は思う。(見城 p199)
 僕が会社を始めた時,出版界はすでに斜陽だった。死んでもいいと思うくらいの覚悟がなければ,始められなかったのだ。出版界が下り坂であることを,僕は逆手に取ろうと考えた。(中略)逆風だからこそ,圧倒的努力をして結果を出せば,鮮やかに見えるのだ。(見城 p200)
 「ゆとり教育」とは,個性は余裕の中から生まれるという考え方だと思いますが,私はまったく逆だと思います。個性は厳しさの中からはみ出そうとして生まれるものだと思います。甘やかしの中からは生まれません。(林 p227)
 仕事が,滞りなくすらすらと進んでいるとしよう。たいていの人は,安心するだろう。しかし,僕は,かえって不安になる。そのスムーズさこそ,危険の兆候にほかならない。スムーズに進んでいるとは,自分が楽をしているということだ。そんな時,僕はより辛いほうへ,より困難なほうへと舵を切る。当然,負荷が生じるが,それがいい仕事の実感なのだ。(見城 p231)

2015年4月18日土曜日

2015.04.12 林 真理子 『野心のすすめ』

書名 野心のすすめ
著者 林 真理子
発行所 講談社現代新書
発行年月日 2013.04.20
価格(税別) 740円

● 林真理子さんの作品を読むのは,今回が初めて。
 いや,面白かった。ページごとに抜き書きしたくなる箇所がある。

● まず,女性向けに男女のことや結婚について説いているところから転載。
 男性の職業や年収などにはさしてこだわらず「私を好きになってくれる,優しい人なら」という女性たちがなかなか結婚できないのはなぜでしょうか。 私が考える答えはいたってシンプルです。女性が「ハードルが低い」と思うような男性には,心をすっくり奪い取られるほどの魅力がないからだと思います。(p7)
 昭和三十~四十年代には,日活映画で吉永小百合さんが演じていたような貧乏だけど賢くて健気な女の子が,どこかの御曹司と結ばれるという話はあったかもしれません。しかし,それは,貧しくて教育を受けられず,中卒で働いている人がいっぱいいる時代だったからです。 いまの世の中で教育をロクに受けていない人というのは,単に努力しない人だとみんなわかっているから,ちゃんとした男の人は高校中退の女の人にはまず近寄りません。(p48)
 ヤンキーとして生きていきます! という強い覚悟があるなら,ヤンキーのムラ社会で早々に結婚し,誰にも読めない無謀な当て字の名前をつけた子どもを育て,一生ヤンキーの暮らしをしていくことができるでしょう。 いちばんやっかいなのは,ヤンキー人生を送る覚悟も持たずに,このままなんとか二流三流の社会で生きていけるとぼんやり思っている人々です。(p48)
 年下の友人女性は,立派な大学を出て証券会社に入ったのですが,電話で勧誘する仕事を任されたら怒鳴られっぱなしで,ついにはストレスで十円ハゲができてしまいました。彼女は職場の人と結婚して会社を辞め,いまは昼間からママたちとカラオケしたり,公園で子どもと遊んだりしていて,とても楽しそう。もう二度と働きたくないそうです。 「でも,お宅の旦那さんが,十円ハゲ作ってるかもしれないよ?」と言ったら,彼女は「それは仕方ないでしょ」って。大半の女性たちにはまだ「女は十円ハゲ作っちゃいけないけど,男は仕方ないよね」っていう気持ちが根強く残っているのは事実です。(p124)
 二十歳の誕生日プレゼントがゴルフクラブの会員権だったA子さんは,その後,田園調布のお金持ちと結婚して,お子さんたちは名門私立に入りました。A子さんのように育ってきた人は,「自分は不幸になるはずはない」と確信している。(中略)“絶対安全専業主婦”の揺るぎない自信があるわけです。 そして実際,彼女たちには,たとえば旦那さんの会社が倒産したりリストラに遭ったり,とか,旦那さんが他の女の元へ逃げるといった不幸は起こらず,裕福で幸せな専業主婦としてずっと生きていく。生まれながらに上流の層にいる人たちにたいして“専業主婦のリスク”なんていうことを持ち出しても,何の意味もありません。(p126)
 世の中は理不尽なことで溢れていて,自分の思い通りになることなどほとんどありません。だけど人間は努力をしなければならない。それを社会で働くことで学んでいる。仕事から逃げ出して主婦になった人が,子育てで成長しようなんて目論んでいるとしたら,あまりにも自分に甘いんじゃないかしらと思います。(p135)
 オスの度合いが高い男性-たとえば野球選手とか起業家の人たち-ほど,きれいなメスを選ぶよう,DNAに刷り込まれているような気がします。そこにはあまり複雑で屈折した思考はなくて,単に,オス度の高い生物としての本能的な選択なのだと思います。(p140)
 女は若ければ若いほど・・・・・・なんて平気でのたまう“伊勢神宮男”はこちらから無視してやりましょう。若い女を愛するなんていうことは誰にだってできる。(p161)
● 林さんが言う野心とはどんなもので,野心を持つとどんないいことがあるのか。
 彼ら,最近の若い作家は素晴らしい才能を持っているし,真面目に努力もしている。なのに,あっという間に舞台からいなくなってしまう。どうして彼らは消えてしまうのか。 それは,野心という前輪がまわっていないからではないかと思うのです。努力の後輪はちゃんと回っているにもかかわらず。 若い作家のエッセイを読むと,昼頃に起きてシャワーを浴びて,自分で美味しいパスタを作って,そのあとちょっと仕事して,ビデオを観て寝る,みたいな一日だったりするんですよね。欲がまったく感じられない。(p32)
 運と努力の関係とは面白いものです。自分でちゃんと努力をして,野心と努力が上手く回ってくると,運という大きな輪がガラガラと回り始めるのです。(p63)
 運というのは一度回り出してくると,まるで,わらしべ長者のように,次はこれ,その次はこの人,と,より大きな幸運を呼ぶ出会いを用意してくれるのです。(p67)
 人生には,ここが頑張り時だという時があります。そんな時,私は「あっ,いま自分は神様に試されているな」と思う。(中略) ちゃんと努力し続けていたか,いいかげんにやっていたか。それを神様はちゃんと見ていて,「よし,合格」となったら,その人間を不思議な力で後押ししてくれる。(p64)
 その「ここぞという機会」を自分で作り出すのが,野心です。私が強運だと言われているのも,次々といろいろなことに挑戦し続けてきたからだと思います。 もちろん,いまも,小説は一作一作,いつも新しい挑戦をしています。(p67)
 野心が山登りだとすると,少し登り始めると,頂上がどんなに遠いかがわかってくる。少しクラッとするような場所まで来て,下を覗いてみると,登山口の駐車場ではみんなが無邪気にキャッキャッ楽しそうに群れている。でも,自分はぜったいその場所にはもう下りたくないと思う。(中略) なぜ,わざわざ辛い思いをしてまで山登りを続けられるのでしょうか。それは,必死で登って来た場所から見る景色があまりに美しく,素晴らしい眺めを自分の力で手に入れて味わう満足感と幸福をすでに一度知ってしまったからです。(p190)
● では,どうしたら野心を持てるようになるのか。
 野心を持つことができる人とは,どのような人なのでしょうか。それは,自分に与えられた時間はこれだけしかない,という考えが常に身に染み付いている人だと思います。 私が最近の若い人を見ていてとても心配なのは,自分の将来を具体的に思い描く想像力が致命的に欠けているのではないかということです。時間の流れを見通すことができないので,永遠に自分が二十代のままだと思っている。(p36)
 一度も勝ったことがない人は勝ち気にさえなれない。どんなに小さなことからでもいい。人に認められる快感を味わい,勝った記憶を積み上げていくと,人格だって変わっていくんです。(p174)
 田舎で生まれ育った器量も頭も悪い女の子が,どうしてこんなに人並みはずれて欲張りで野心を持つ人間になったのかといえば,それは「妄想力」の為せる業なのではないかと思います。 妄想力とは,想像力よりもさらに自分勝手で,自由な力。現実からは途轍もなく飛躍した夢物語を,脳内で展開させてみるのです。秘密の花園でこっそりと花を育てるように。(p176)
 妄想力を鍛えるためには,なんといっても本を読むことです。辛い時には,空想の中で遊んだり,物語の世界に逃げ込むことだってできる。 それに,読書って,ひとりでやっていて惨めに見えない,数少ない趣味でもあります。(p179)
 ● 三流の場所にいると,その温さが心地よくて長居したり,あるいは抜け出せなくなるから気をつけなよ,とも。
 ここで注意したいのは,二流や三流の人々というのは,自分たちだけで固まりがちなことです。(p17)
 年を取っても,三流仲間は自分を出し抜いたりせずに,ずっと三流のままでいてくれるだろうという安心感。周りはみんなぼんやりしていてプレッシャーもないし,とにかくラクですから,居心地が良い。三流の世界は人をそのまま三流に引き止めておこうとするやさしい誘惑に満ちているのです。(p50)
 一流の場所に行って気づくのは,一流の人たちって本当に面白いんですよね。どんな会話をしても,いちいち面白くて,行動かあら好きな食べ物(たとえラーメンでも),そのすべてが輝きを放っているのが一流の人々です。糸井さんや中畑貴志さんクラスの人って,まぶしいほどの一流オーラが出ている。毎日が刺激的で,信じられないほど楽しかった。(p53)
● 著作そのものについても語っていて,これもなるほどなぁと思うところが多かった。
 「資料を読む楽しさに比べると,文章を書くのは付け足しのようなもの」というのは,敬愛する作家,有吉佐和子さんから生前にお聞きした言葉です。(p22)
 初めての小説を執筆する過程で,私は学んでいったのです。書くからには内臓までお見せする気で,目を背けたくなるような自分をも切り刻んでいかなければならないことを。たとえ小説という虚構の世界において自分とはまったく違う人間を描く時であっても,それこそが自分にとっての「書く」という行為なのだ,ということを。(p109)
 小説よりもエッセイのほうが,物書きは嘘を吐くと私は断言します。いくら本音を売りにしたエッセイであっても,小説のほうが遙かに正直な自分が出てしまう。(p110)
 やはり編集者がついてくれたことは大きかった。編集者と〆切の存在なくしては,私みたいな怠け者は無理。(中略)だから,新人賞の応募で,編集者もいないのに長編一千枚くらい書く人って,たいしたものだと感心します。(p112)
● その他,転載。
 人気を得た芸能人がデビューのきっかけを訊かれて,「友達からオーディションについてきてくれって頼まれただけだったのに,なぜか私がたまたま受かっちゃって!」と少し困った顔をして見せたり,あるいは,急に有名になった文化人美女が女性誌のインタビューで,「本当に自分でもびっくりするくらいのんびりした性格なんですけど,周りの方々が引き立ててくださって・・・・・・」と恐縮しているふうを装うパターン,目にしたことはありませんか。 全部とは言いませんが,ほぼ百パーセント,嘘です。 「私って実はすっごく大食いなんですー」とのたまう極細モデルさんと同じくらい,嘘。 剥き出しの野心が嫌われるこの国で,彼や彼女たちは,嘘をついてでも見事に野心を貫徹させた成功者といえるでしょう。(p5)
 私は思います。「若いうちの惨めな思いは,買ってでも味わいなさい」と。(p19)
 現状がイヤだと思ったら,とことん自分と向き合うこと。 友達と気晴らしに呑んで騒ぐのもいいけれど,時にはひとりで思い切り泣いたり,徹底的に落ち込んでみる必要があります。(p20) このまま布団をかぶって寝てしまいたくなるほど,消したい過去はいっぱいあります。(p25)
 取り返しがつかない,という意味では,やったこともやらなかったことも同じです。やってしまった過去を悔やむ心からはちゃんと血が出て,かさぶたができて治っていくけれど,やらなかった取り返しのつかなさを悔やむ心には,切り傷とはまた違う,内出血のような傷みが続きます。(p25)
 本当に恐ろしいのは「止まっている不幸」だと思います。出口が無くて,暗く沈んでいくだけのモヤモヤとした不幸。(中略) それに比べると,何が欲しいかはハッキリとわかっている「走っている不幸」にはいつか出口が見えてくる。走ることを知っている人たちは,諦めるということも知っています。実際に,運が悪い人とは見切りが悪い人でもある。(p180)
 母はよく,「貧乏って,消極的になるから悲しい」と言っていましたが,その通りではないでしょうか。お金がないと,どうしても行動範囲が限られてくる。(p60)
 自分への投資が実を結び,会話の面白い人間になっていくと,いろんな人が寄ってくるし,お座敷がいっぱいかかるようになります。そこで,また面白い人に出会って,さらにどんどん会話が広がって魅力的な人間になっていくのです。(p62)
 私は,貰った四十通以上の不採用通知の束をリボンで結んで,宝物にしていたんです。 あまりに呑気というか,正気の沙汰ではないと思われるかもしれませんが,きっと,近い将来,私のところへ取材にきた出版社の人に手紙の束を見せながら,「あなたがいる会社も含めて就職試験,全部落っこちゃって!」と笑って話せる日がくるだろうと信じていたからです。(p72)
 貧乏で先の見通しは何も立っていなかったけれど,不思議と,落ち込むほどの悲愴感はありませんでした。当時は日記を書いていましたが,それも,いまに私は大金持ちになって貧乏時代を懐かしむ日が来る,と確信していたから。(p73)
 どん底時代をどういう心持ちで耐え抜いたかというと,「いまに見てろよ」っていうような不屈の精神ではないんです。「おかしいなぁ・・・・・・私,こんなんじゃないはずなんだけど」という「???」の思いでした。 たとえ根拠が薄い自信でも,自分を信じる気持ちが,辛い局面にいる人を救ってくれるということはあると思います。(p88)
 自分を信じるということは,他人が自分を褒めてくれた言葉を信じるということでもあると思うんです。(p89)
 「林真理子って,あんなに野心家だからさー」「あそこまで売り込めないよねー」と当時さんざん悪口を言う人たちがいましたが,成功した人を貶めようと負け惜しみを言う人間は,自分がどんなに卑しい顔をしているんか知らないのでしょう。そして,彼らはもう誰一人として第一線には残っていません。(p98)
 メジャーになるとうことには,大なり小なりの恥ずかしさがついてくるでしょう。そうした恥ずかしさをものともしあい無垢な泥臭さは,野心の味方をしてくれます。都会人のスマートさは,野心の邪魔をすることもある。(p101)
 人に否定されたら,悔しい気持ちをパワーに変えてしまいましょう。凹んでいるだけでは,悪口を言った憎たらしい相手の思うツボではありませんか。(p111)
 漫画家の人たちって総じて野心が低いなぁというのが私の印象です。オタク度が高くて,野心度が低い。(中略)野心というよりも「天然」という言葉が思い浮かぶ人たちが多いんです。なぜだろうかと考えたこともあるんですけど,やはり絵を描ける「才能」が先に立つからではないでしょうか。「アーティスト」の域に入っている人に,野心は不要なのかもしれませんね。(p150)
 松田聖子さんにしても,野心という言葉では括れない女性だと思います。彼女の場合は,まるごと生命体としての強さというか,野心なんてまったく必要なく身体が勝手に行動している感じ。(p150)
 トラへと姿を変えるのは三十歳ぐらいが良いのかなぁと思いますが,あんまり長年ウサギをやっているとウサギ癖がついてしまい,もはやトラになりたくても変身できなくなってしまうから要注意。(p154)
 人生に手を抜いている人は,他人に嫉妬することさえできないんです。それほど惨めなことはありません。(p181)
 こま切れの隙間をどう過ごすかで,生き方さえも決まってくると思います。同じ時間を生きているのに,私たち人間には知識や器の差がある。この差はどこから生じるかというと,隙間の時間にもどれだけ積極的に自分の人生とかかわっているかの違いに拠るところが大きい。電車にのっている三十分なりで,本や新聞を読む人と,携帯電話でのメールに明け暮れている人の差は,年齢を重ねるごとに大きくなってきます。(p183)
 一晩ぐっすり眠ったら,少々の嫌なことを忘れさる能力は大事です。(中略)嫌なことを引きずらない能力は,絶対に運も強くすると思います。今日は今日の楽しみを見つけるのが得意な人が,運の強い人。道端でかわいい花を見つけたら,何かいいことありそう! と思える感性こそが強運への近道なんです、(p184)
 運が強い人って,明るいし,よく食べて,声も大きい。(p185)
● ぼくとしては,最後の“運が強い人は声が大きい”というところで納得。つまり,ぼくは声が小さいのでね。しかも早口。しかも,通らない声だ。
 これじゃ,運が付いてこないのか。言われてみれば,思いあたる節が多々あるね。