書名 旧型自転車主義
著者 平野勝之
発行所 山と渓谷社
発行年月日 2012.03.10
価格(税別) 1,905円
● 再読。といっても,ザッとだけど。
著者の好みはマニアック。許容範囲はピンポイント。そこからわずかでも外れたものは,お呼びじゃないというか。必然的にディープになる。
旧型なのだからこれから参入するのは難しいはず。安易に著者のエピゴーネンにはなるまいぞ。
● っていうか,一昨年の5月に転倒骨折顔面血だらけ事件を起こしてから,自転車は奥さんに禁止されて今日に至る。それを押してまで自転車に復帰したいという気持ちはなくなってしまっててね。
でも,復帰するとすればBROMPTON P6Rがいいと思ってる。旧型じゃないけど。っていうか,折りたたみ式だけど。
● でも,日本一周程度なら問題ないだろう。キャンプツーリングもOKだ。
あと,小径車のいいところはパンクの修理が楽なところ。最後にタイヤをはめこむのがさ。27インチもあるととんでもなく力がいるもんね(なんかコツがあるんだろうか)。
● 以下にいくつか転載。
「旅」が自転車遊びの最高峰なのは,おそらく一度でも旅を味わったことがある人なら異論はないと思う。だが,自転車遊びの世界は旅やレースだけではない。「自転車遊び」を味わうのに,最も手軽な方法は,自分の生活に,自転車を取り入れてしまうことだ。(p2)
当時,自動車並みに高額だったこともあり,ハンパな人間はとても扱えない代物だったのだ。そのプライドと気品は,いまでも十分に生きているように見える。「あなたは私と暮らす勇気はあるのかな?」と,(サンビームの)伊達ではない黒塗りの車体がそう語りかけてくる。(p11)
古いロードスター,とくにサンビームなどは,まさしくメカニズムの魔宮,すべてがオリジナルパーツのため,扱いはおそらく覚悟がいるだろう。それと同時に,自分自身の「格」も上げないと似合うことはないと思う。金があるから,欲しいからといって手を出してはいけない。(p18)
たしかに体を動かすものだし,峠だってあるからハードな部分はあるけれど,自転車旅行の本質はじつはそこにはないのである。(中略)けっして自然に対して出しゃばらない地味な自転車と服装,それが自転車旅行の礼儀であるべきだ。(p28)
イギリスの旧車はカッコイイ。フランスの旧車は美しい。(p32)
書名 旅用自転車 ランドナー読本
著者 平野勝之
発行所 山と渓谷社
発行年月日 2010.04.15
価格(税別) 1,800円
● 昨年6月に一度目を通している。ので,今回は再読。
ランドナーを手に入れてツーリングに出てみたいと思っているわけではなく,著者の“ランドナー愛”のあり様というか,その深さというか,それがわずか1年前なのに,妙に懐かしく思いだされた。
● で,それを再度味わってみよう,と。その欲求は満たされた。しみじみと満足した。
● 以下にいくつか転載。前回に転載したところもあるけれども,再度の転載をいとわないことにする。
じゃあ,立派な機材を揃えれば,もっと面白い旅ができたのか? 僕はそう思わない。この「矛盾」が「贅沢」へと進化していくから,人生や旅は面白くなるのである。(p2)
しょせんは,「遊び」なのである。結局は「不便」で「非効率」で「しんどい」のが自転車旅の正体だ。しかし,それをちっぽけな知恵と工夫で乗りきるからこそ,面白さが生まれる。「遊び」だからこそオリジナリティと真剣さが必要なんだと思う。人から教えられないとできないとか,誰かについていったりする「遊び」が,面白いわけないじゃないか。(P3)
大切に扱われたツーリング車は,長い時間をかけて人生を刻み,その姿は次第に威厳を放ち,まるで「生き物」のような姿となり,その持ち主を無言で語りだす。(p36)
手入れを知らない,めんどうだと思う方は革サドルはやめたほうがいい。自分のケツくらい,自分で手入れをしたいものだ。(p45)
「視覚」は重要だ。「スタイル」は機能なのである。そこから「精神」が生まれ,旅の哲学が生まれる。(p48)
世の中は頑張る人が好きだ。頑張るのは普段の仕事くらいでいいじゃないか。頑張りたくないから,僕は自転車で旅に出る。集団で走るのも,僕は苦手だ。(p88)
そりゃ,峠の上りでひいひい言ったりしているわけだから,苦しいんだけど,頑張ってるつもりはない。雨や向かい風もつらいけど,「不便=自由」を楽しみに来ているので,とくに苦にはならない。(p89)
(北海道で)幹線道路を外れ,できるだけ道道やマイナーな道をのんびり走る。不思議なことに,国道を外れると,一度もサイクリストに出会ったことがない。おかげで,こんな素晴らしい風景を独り占めだ。(p90)
書名 旧型自転車主義
著者 平野勝之
発行所 山と渓谷社
発行年月日 2012.03.10
価格(税別) 1,905円
● イギリスのサンビームという古い自転車があるんだそうだ。写真で紹介されている。
著者によれば,「「あなたは私と暮らす勇気はあるのかな?」と,伊達ではない黒塗りの車体がそう語りかけてくる」(p11)ような自転車で,「自分のレベルを上げないと,とてもつきあえない」(p12)自転車である。
しかし,ママチャリの中にもこれと似たデザインのものがなかったか。あったとしても,あくまで似ているだけで,本物と偽物ってことになるんだろうなぁ。
● イタリアのチネリについては,「この「魔物」という強烈な形容詞がついたものは,僕の知るかぎり自転車だけだ。自転車はそんなふうに呼ばれるほど,人を狂わせるものなのかもしれない」(p62)と言う。
このあたりの感覚,わかる人にはわかるんだと思うけど。
● 「蛍光灯は,便利だが醜い。明るいことは素晴らしいことだが,余計なものまで,鮮明に写し出してしまう。僕は,日本が美しくないとしたら,それは蛍光灯のせいだと思っている」(p111)とも言う。
たしかに蛍光灯というのは味も素っ気もないっちゃないんだけど,そこまで言ってしまうと,蛍光灯が気の毒だとも思う。
これからはLEDが取って代わっていくんでしょ。蛍光灯よりずっといいよね。
● 自転車に関しては著者の美観はとんがっていて,したがって許容範囲がごく狭い。こういう人は距離をおいて付き合う分には面白い。
著者と読者という関係が理想的か。
書名 旅用自転車 ランドナー読本
著者 平野勝之
発行所 山と渓谷社
発行年月日 2010.04.15
価格(税別) 1,800円
● ランドナーはたしかに端正な形で美しいと思う。だけど,今のロードバイクも同じように美しい。
そこで,ランドナーに惹かれるというのは,形以外の何かの理由があるはずだ。著者の場合は,それは何なのか。
● 昔からその自転車に乗り続けてきた先達が紹介されている。堀越進一さん,88歳。渋谷英さん,81歳(当然,本書の出版時)。
こういう人がいるのだと思うと,自分も老けこんではいられないと思う。当時に,自分はその年齢になっても自転車に乗っているだろうかと,遠い目をしてみたくなる。
● 著者は厳冬期の北海道を一人でツーリングするそうだ。しかも,野外にテントを張って。完全に冒険の領域だろう。
「帰ってきてしばらくすると,また行きたくなってしまう。なぜだろう? 正直,わからない」(p113)というんだけどね。
● 以下にいくつか転載。
「視覚」は重要だ。「スタイル」は機能なのである。そこから「精神」が生まれ,旅の哲学が生まれる。(p48)
いつから,こんなに自転車の地位は下落したのだろう。少なくとも,1950年代から60年代にかけては,スポーツタイプの自転車で旅をすることは,大人の優雅な遊びだったはずだ。(p87)
今まで旅人を見てきて,強く感じたことのひとつに,自由であるはずの自転車旅行が,気がつくと,あるレールに乗って,みんなで判で押したようにパターン化されているのを感じたことだ。(p88)
世の中は頑張る人が好きだ。頑張るのは普段の仕事くらいでいいじゃないか。頑張りたくないから,僕は自転車で旅に出る。集団で走るのも,僕は苦手だ。(p88)
もしかしたら,日本一周したり,縦断して完遂した人ではなく,途中で挫折した人のほうが「旅」をしてきた人なのではないか?(p89)
吹雪の国道を自転車で走るなど,クルマから見たら「ただの馬鹿者」でしかない。旅人が存在しない雪の路上では,僕は完全に異星人と化す。(中略) フッと,「でも,お邪魔虫の客人とは,もしかしたら,旅人であることの基本姿勢ではないのか?」と気がついた。「孤立に耐えること」それは旅の証明書でもあったのだ。(中略) 「自転車の旅」は「自由である」と錯覚しやすい。(中略)しかし,実は「旅の本当の姿」とは,たったいま,味わっている,この「孤立感と不自由」にこそあるのではないだろうか?(p115)