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2015年5月16日土曜日

2015.05.11 尾田栄一郎 『ONE PIECE STRONG WORDS 2』

書名 ONE PIECE STRONG WORDS 2
著者 尾田栄一郎
発行所 集英社新書ヴィジュアル版
発行年月日 2014.03.09
価格(税別) 760円

● ここでも内田樹さんの「解説」が面白かった。以下に転載。
 僕は武道と能楽を稽古していますが,その分野には強い型というものがあります。その型が周りにいる人たちの身体に刻み込まれ,他人の身体にまで「感染する」,そういう力を持つ型のことです。(中略) いかに力感があふれていても,破壊力があっても,スピードが速くても「感染しない型」があります。どこか生物として不自然な動きは感染しません。(p188)
 「美しい」というよりは「強い」という印象を与える芸術作品がときどきあります。そういう作品は近づくと「身体が整う」「身体が浮く」「身体が泡立つ」など,いろいろな感触を僕に残します。誰でも同じように感じるかどうかはわかりませんが,とりあえず僕は芸術作品を身体で受け止め,自分の身体の反応に基づいて,作品のクオリティを計ることにしています。(p191)
 外部から到来したものを自分がずっと探し求めていたものだと感じて,それに一気に同化できる「被感染力」の高さこそ,他のどんな種にもまさって人類の成長と変身を可能にしたものだ(p193)
 イノセントで,(食欲以外については)無欲で,冒険への好尚と友人に対する無限責任以外に生きる上での特段の方針を持たないルフィは,その「空虚」さゆえに,世界を支える天蓋になりつつあります。なぜこの少年がその任にふさわしいのか。それは,世界のコスモロジカルな中心は「空虚」でなくてはならないからです。「クッションの結び目」と同じです。クッションの結び目は実在物ではありません。布のドレープが全部そこに集約される「空虚」です。(p195)
 「おれは助けてもらわねェと生きていけねェ自信がある」というのは,ルフィという人の「強さ」のありようを語ってあまりある名言です。(中略) ふつうは逆に考えます。誰にも依存しない,誰にも頼られない,自立した人間がいちばん強い。そう思っている人がたくさんいます。もしかしたら現代日本人の過半はそう信じているかも知れません。でも,違いますよ。いちばん強いのは「あなたなしでは生きられない」という言葉を交わし合って生きる人です。 「あなたなしでは生きられない」というようなかたちで他人に依存するのは危険な生き方ではないかと思う人がいるかも知れません。その人がいなくなっちゃったらどうするんだよ,と。そのときはなんとかなるんですよ,実は。問題は「あなたなしでは生きられない(ので,死にました)」という事後的な話ではなく,「あなたなしでは生きられない(だから,死なないで)」という懇請の方なのです。(p199)
 この依存を緩和する方法が一つあります。それは頼ってくる人を頼らなくてもいいくらいに強くすることです。(中略)どうすれば人間は強くなるか。そう,「あなたなしでは生きられない」と人に言われると人間は強くなるのでした。(中略)ですから,考えれば自明のことなのですが,「あなたなしでは生きられない」という祝福に対しては「私もあなたなしでは生きられない」という祝福を返すことがもっとも効率的だということになる。(p201)
 現代の日本人のほとんどはそんなふうには思っていません。それよりは自分につがりついてきたり,懇請したりする人間をできるだけ切り捨てようとしている。扶養家族や生活保護受給者や老人や幼児のような「足手まとい」なんかいない方が生きる競争では有利になると信じ込んでいる。そのために,できるだけ濃密な人間関係を持たないようにしている。それが賢い生き方だと思っている。(p202)
 他人から依存されるときにこそ人間の潜在能力は爆発的に開花する(p202)
 ルフィが不動の船長の地位を占めている最大の理由は彼が「何かが足りない」というタイプの愁訴を(「腹が減った」と「退屈」以外)絶対に口にしないことにあると僕は思います。すべての必要はすでに満たされている。「何かが足りない」という欠落感は必ず「隙」を作り出します。「何かが足りない」というのは,文字通りそこに「隙間」があるということに他ならないからです。「何かが足りないせいで,ものごとがうまく進まないのだ」という他責的な言葉づかいで現状を説明する習慣を持つ人はやがてその「隙」をことあるごとに誇示し,ことさら大げさに語るようになります。それはほとんど自分の弱点を満天下に公開しているに等しいのですが,愚痴を言う人はなかなかそのことに気づきません。(p206)
 魚人族との戦いにおいて『ONE PIECE』で今回ルフィが直面するのは「テロリストには理があるのか?」という問題です。これはおそらく作者である尾田さん自身の問題でもあるのでしょう。 もちろん,こういう場合にもルフィには迷いがありません。彼には直感的にわかる。それはルフィの判断基準がおのれの「生身の身体」だからです。生き物として正しいかどうか,それがルフィの唯一の基準です。(p211)
 麦わらの海賊たちは「小さな義理」を重んじるけれど,「聖戦完遂」というような「大きな話」は信じません。友情は信じるけれど,イデオロギーは信じない。イデオロギーを信じないのは,どれほど整合的であっても,過激であっても,イデオロギーにはそれが生きる上でどうしても必要なのだと訴える生身の身体による支えがないからです。(p214)
● 『ONE PIECE』本体を読んでみたくなった。たぶん,読むことになるだろう。まんが喫茶かネットカフェかレンタルショップに急げ。
 既刊77巻。買って読むってことにはなりそうにないものな。読み終えたあとにブツが残るのはイヤだから。コミックは貸本屋で借りて読むって人が多いんじゃないか。

● CDやDVDについては曲がりなりにも制作者側との協議は経ていると思われる。
 が,コミックの場合はどうなのだろう。「出版物貸与権管理センター」なるものがあって,作者にお金が流れる仕組みはあるようだけど。

2015年5月15日金曜日

2015.05.10 尾田栄一郎 『ONE PIECE STRONG WORDS 下巻』

書名 ONE PIECE STRONG WORDS 下巻
著者 尾田栄一郎
発行所 集英社新書ヴィジュアル版
発行年月日 2011.04.20
価格(税別) 760円

● 巻末の内田樹さんの「解説」が面白かった。ここを読むためだけに,この本を買う価値はあった。

● その「解説」からいくつか転載。
 本格的にスポーツをやっている人や,あるいは自然科学の最先端で仕事をしている人なら,すぐに納得してくださると思いますけれど,ある定型的な「増量法」でごりごりやっている限り,どうしても超えることのできない壁にぶつかります。その壁を超えるためには,発想を根本から変えるしかない。どういうふうに変えるかは分野によって,課題によってさまざまですけれど,いずれにせよ「コペルニクス的転回」が必要です。(p187)
 「この人と一緒に仕事をしいたいか,したくないか」ということは言葉を交わさなくても自分の身体が反応する。自分自身の内臓のわずかな緊張や脈拍や体温の変化,そういうものをていねいにモニターしていると,「この人と一緒に仕事をしいたいか,したくないか」はわかる。 面接する相手を仔細に観察して情報を得ているわけではないのです。自分を観察しているのです。(p194)
 僕たちはふつう自分の強さや才能といったプラス要素を誇示すれば,人々の尊敬や愛情を獲得できると考えています。でも,ほんとうはそうではない。僕たちは「あなたなしでは生きてゆけない」という弱さと無能の宣言を通じてしか,ほんとうの意味での「仲間」とは出会うことはできない。そういうものなのです。(p195)
 僕たちは「あなたなしでは生きてゆけない」という言葉を聴くと深い感動を覚える。それは,その言葉が「だから,あなたにはいつまでも健康で,愉快に,生き続けて欲しい」という強い予祝と祈りの言葉を伴って到来するからです。「あなたなしでは生きてゆけない」という祈りを向けられたものは,その懇請に応えるために「私は生き続けなければならない」という強い使命感を感じます。 予祝と使命感がどれほど人間の生きる知恵と力を高めるか,それは例えば幼児と母親が互いに見つめ合うさまを見れば理解できるはずです。(p196)
 たしかに,「誰の支援もなしに私は生きてゆける。私は誰にも迷惑をかけたくないし,誰からも迷惑をかけられたくない」と宣言する人もある意味では「強い」と言えます。でも,その強さには限界がある。というのは,そのような「自立」した個人には,その人に「死なれては困る」という人がいないからです。その人が仮に疲労の極,絶望の淵に立ったとき,死の限界を超えてもなお踏みとどまることができるでしょうか。僕はむずかしいと思います。(p197)
 僕はこのウソップという登場人物の造形の巧みさに,作者尾田栄一郎の天才性を感じたのです。(中略) ウソップの「責務」とは何でしょう。それは(中略)「ウソをつくこと」です。言い方を変えれば「物語を語ること」です。その才能が集団的なパフォーマンスに必要不可欠のものであるという理路は,ルフィもほかの乗組員も誰もうまく言葉にすることができません。でも,実はそうなんです。あらゆる集団は,「その栄光の冒険譚を末永く語り継ぐ」ストーリーテラーを含むことなしには,そのポテンシャルを最大限まで発揮することはできない。その貢献は,ある意味で,個別的な超人的身体能力のもたらす貢献を大きく上回ります。(p199)
 「自由な」とは,生きる知恵と力を最大化するためには,何をすることもためらわない,そのような開放性のことだとぼくは理解しています。自分なりの「こだわり」とか「美意識」とか「スタイル」とかいうものがあって,それを外すとうまく生きることができないと言っているうちは,まだまだ「自由な人間」とは呼ばれません。(p204)
 ルフィは自由です。仲間の誰よりも自由です。ほとんど無文脈的に自由です。「これまでのいきさつ」とか「ものごとの筋目」といったことはルフィの判断や行動を規制しません。ルフィが気にするのはただ一つ。それが自分にとって「楽しい」かどうか,それだけです。 もちろんこれは平凡な快楽主義とはまったく別のものです。快楽主義者たちは「説明」したがるからです。(p204)
 その人が発する言葉の重さと,そのコンテンツの「政治的正しさ」の間には相関関係は(ほとんど)ありません。むしろ,論理的に正しい命題だけを選択的に語っている人間の言葉はしだいに重みや深みを失っていく。そういうものです。正しい命題は言い換えを嫌います。だから,しだいに録音された音声のリピートのようなものになっていゆく。そういう言葉は人に届きません。(p206)
 僕たちの身体の奥には,そこから言葉が湧き出てくる「マグマ」のようなものが,熱を発して生き生きと活動しています。その「マグマ」からときどき間欠的にボコボコと気泡のように言葉が湧いてくる。それは用意されたものでもないし,検閲されたものでもないし,推敲されたものでもありません。だから,状況や条件が変わるたびにそのつど変わる。でも,源泉は一緒なので,どんなに表現が違っていても,「つじつまが合っている」んです。「マグマ」から湧き出す言葉は重く,深く,熱く,しっかりとした手応えがある。(p207)

2015年5月14日木曜日

2015.05.10 尾田栄一郎 『ONE PIECE STRONG WORDS 上巻』

書名 ONE PIECE STRONG WORDS 上巻
著者 尾田栄一郎
発行所 集英社新書ヴィジュアル版
発行年月日 2011.03.14
価格(税別) 760円

● 『ONE PIECE』のアンソロジーといっていいんだろうか。作家のエッセイや小説から文章を抜きだして1冊のアンソロジーを編むことはしばしばあるように思うんだけども,漫画から「STRONG WORDS」を抜きだすというのは,『ONE PIECE』以外に知らない(あるのかもしれないけど)。
 ただ,漫画からその一部だけを読むってのは,さほどに面白いものではないですね。ストーリーや展開があっての言葉(台詞)なのだろうな。

● ぼくは,じつは『ONE PIECE』は読んだことがない。テレビアニメは見てた。ムスコがまだ小さかった頃だから,15年も前の話か。
 圧巻だと思ったのは,クロコダイルだね。魅力的な悪役だったと思う。で,クロコダイルの巻が終わると,アニメも見なくなっちゃった。
 映画化されたものは,その後もムスコと見たことがあるけど。

● 解説を内田樹さんが書いている。『ONE PIECE』を「昭和残侠伝」になぞらえている。ルフィたちは支配者に刃向かう者なんだけど,体制自体は認めている,というようなことが語られる。