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2016年8月10日水曜日

2016.08.10 堀 正岳・中牟田洋子・高谷宏記 『モレスキン 人生を入れる61の使い方』

書名 モレスキン 人生を入れる61の使い方
著者 堀 正岳
   中牟田洋子
   高谷宏記
発行所 ダイヤモンド社
発行年月日 2011.09.08
価格(税別) 1,600円

● モレスキンユーザーを取材して,それぞれの具体的な使い方を紹介したもの。3年前に読んだ。今回は再読。

● 前回はモレスキンに対して斜に構えてて,けっこう辛辣なことを書いた。この本に対してではなく,モレスキンに対してね。
 モレスキンを使ったことがない状態だったのにね。斜に構えてはいけなかったよね。価格だけは知っていたので,その価格に腹を立てていたのだろうな。

● その後,使ってみましたよ,モレスキン。一度だけね。一度で懲りた。この程度のノートが何でこんなにもてはやされるのか。しかも世界中で。まったくわからない。
 しかし,本書を読み返してみると,61人のユーザーがそれぞれ楽しそうに使っている。それでいいのだ。っていうか,こういうものにいいも悪いもないのだ。

● 以下にいくつか転載。
 何を書き込めばいいのか迷ってしまう,そんなときは必ず人生の壁にぶつかっているときです。興奮して眠るのも忘れて何かを書き込んでいるときは,きっと正しい選択をしたときです。(p13)
 昨日描いた絵,今書いた文章,明日貼る写真。モレスキンノートはバラバラだったモノやコトを連続してまとめて見せてくれる(p30)
 アイデアが湧かない,まとまらないという人は,(中略)まずモレスキンに線を引っ張ってみましょう。そして,1週間分のToDoリストを書き出してみるなど,手を温めることから始めてみて下さい。(p46)
 紙のノートを使いこなせる人こそが,パソコンの中でしか考えられない人の限界を超えていけます。(p78)
 叙述的に書くよりも,こうして断片を断片として並べることで,まだ形をとっていない思考がすべていったん外に出され,客観的な思考を可能にします。(p79)
 むしろ小さいという制限がさらにクリエイティブにノートを使うきっかけになることを,私は中世の細密画を見るたびに思い出します。(中略)箱庭のような世界にも,気づかれない自由があるのです。(p80)
 ノートの大きさが思考の大きさを決める的なことが言われるけれども,これはそれに対するアンチテーゼでしょうね。
 ただ,中世の細密画に比せられるようなノートの使い方っていうのは,あまりしている人はいないと思われるので,一般的には「ノートの大きさが思考の大きさを決める」でいいでしょうかねぇ。
 科学者であることは誰よりも難しい問題を考えることができるということではなく,問題に対して真摯であることができるかが実は問われます。妥協を許さない心の強さは,自分と向き合うことからしか生まれません。(p175)

2013年7月27日土曜日

2013.07.27 堀 正岳・中牟田洋子・高谷宏記 『モレスキン 人生を入れる61の使い方』

書名 モレスキン 人生を入れる61の使い方
著者 堀 正岳
   中牟田洋子
   高谷宏記
発行所 ダイヤモンド社
発行年月日 2011.09.08
価格(税別) 1,600円

● モレスキンユーザーを取材して,それぞれの具体的な使い方を紹介したもの。
 ノートを恒常的に使ってる人って,仕事で使ってますよというのを別にすれば,圧倒的に少数派だろう。

● しかも,かのモレスキン。ぼくはもちろん使ったことはない。
 第一,高価だ。A6サイズの小さなノートが千数百円するのじゃなかったか。仮に買ったとしても,値段を考えてケチケチした使い方をしそうだ。ノートを使うときに,やってはいけないことの筆頭にくるのが,このケチケチ使うというやつだろう。

● たぶん,ぼくだけじゃないでしょうね。この値段だと大衆的な商品にはならない。
 となると,大衆のひとりとしては,やっかみのひとつも言いたくなる。ピカソやヘミングウェイも使ったノートだといったって,それを使っているアンタがピカソやヘミングウェイになれるわけでもあるまいよ,っていうようなね。

● ではあっても,モレスキンに熱狂的なユーザーがいるとは以前から聞いていた。それなりの理由があって熱狂しているはずで,つまりは高いだけのことはあるってことなんだろう。手帳におけるEDIT,パソコンにおけるMacのような風合いを持っているのかもしれない。
 もし,ぼくがノートをガンガン使う暮らしをしていたのであれば,ノートくらいは贅沢しようと,モレスキンに手を出していたかもしれないと思ってみたりもする。
 幸か不幸か(たぶん不幸なんだろうけど),そういう暮らしは身につかなかった。

● 本書で紹介されている使い方の中に,モレスキンでなければできないというものはひとつもない。あたりまえだ。モレスキンは要するにノートだ。モレスキンでできることは,他の安いノートでもできるに決まっている。
 けれども,モレスキンでやった方が快適なんでしょうね。そこは伝わってくる。

● それと,単純に文字だけ書いている人は少数派で,絵や図を書いている人が多いのも印象的。ユーザーの職業も,デザイナーとかわりとクリエイティブ系が多い感じ。ここでもパソコン界のMacという感じですな。
 本にしやすいからという理由で,そういう人を集めたのかもしれないけれども,なるほどこういう使い方をするのであれば,紙質や製本が大事だろうなと思った。

● ちなみに,ぼくもちょっとノートを使うようになった。ごく最近のことなんですけどね。
 ずっとパソコンで日誌を書いていたんだけど,今年の4月からそれをやめた。同じく,パソコンでこづかい帳をつけていたんだけど,それもやめた。そのかわりに,ちょこっとノートに何事かを書いておくことがあるようになった。

● 使用しているのはダイソーで買った「ペン差しカバー付きA6ノート」ってやつ。そこに景品でもらったボールペンを差しこんで使用中。ペンと一緒に携行できるのはすこぶる便利。っていうか,必須の要件でしょうね,これは。
 あんまり書かないから,しばらくもちそうなんだけど,ダイスキン(ダイソーで売ってるモレスキン風のノート)も一緒に買った。堅い表紙にゴムバンドが付いてるやつね。
 恥ずかしながら,ぼくにはこれで充分なようだ。正確にいうと,ぼくにはこちらの方が似合っているようだ。ぼくがモレスキンの似合う男になる日は,たぶん永久にこないだろうね。