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2015年8月29日土曜日

2015.08.23 ゲッツ板谷 『ズタボロ』

書名 ズタボロ
著者 ゲッツ板谷
発行所 幻冬舎文庫
発行年月日 2015.03.20(単行本:2012.10)
価格(税別) 800円

● 3月に文庫になった。それを知らずにいて,買ったのは5月。にもかかわらず,今日まで読まずにいた。
 が,読み始めると途中でやめることなんてできなかった。一気通貫で読了。

● 『ワルボロ』では「ヤッコ」,『メタボロ』では「鬼」というスーパーヒーローが登場したが,この『ズタボロ』では「竹脇のおっさん」が登場する。
 彼の存在がストーリーに彩と安定感,安心感を与えている。重要な役回りだ。

● この作品は青春小説というレッテルでいいのだろう。純正の青春小説。
 クライマックスでは復活した「ヤッコ」が主人公の応援に駆けつけ,主人公を奮い立たせる。読者もここで奮い立つという仕組みだ。
 戦いすんで日が暮れて。主人公はパーキンソン病で植物化したかに思われる山田規久子が入院している病院を訪ね,彼女に静かに語りかける。
 「山田,お前も錦組だからな・・・・・・。錦組は一生解散しねえんだからな」
 このクライマックスの部分は何度も読んだ。

● 中学→高校→大学→社会人,という段差を通過していくときに,高校に入ると中学時代の友人をリセットし,社会人になると大学時代の友人をリセットする。
 就職してからもサラリーマンなら異動がある。その都度,前職のつきあいをリセットして,今のセクションに適応しようとする。
 たいていの人はそうなんじゃなかろうか。ぼくなんか典型的にそうしてきた。去る者は日々に疎し,というわけだ。リセットの連続だった。

● それをしないのが主人公を初めとするこの作品の登場人物たちで,それがあるから青春小説になる。
 リセットと言ったけれども,リセットなんてするまでもない交友関係しか作れていなかったのだろうな。それを後悔しているわけではないけれども。
 
● 「竹脇のおっさん」と「鬼」に名言を吐かせる。
 この世の中で自分に邪魔が入ったり,裏切りを受けたりするのは,言ってみれば当たり前のことすらよ。世の中っつーのは,ソレの連続ずら。だから,ソレにいつまでも悩むなんてことはバカらしいことで,逆にソレを楽しむぐらいじゃないと,男としてのブッ太い充実感はいつまで経ってもやってこないんでねえの。(p94)
 人を殺しちゃうっていうのは,それだけの度胸や覚悟があるからっていうより,むしろバランスの悪い奴らが何かの拍子でウッカリ犯しちゃうことの方が圧倒的に多いんだよ。(p282)
 命賭けてるか・・・・・・。でも,ケンカとか戦争っていうのは,そんなものを賭ける前に終わっちゃうことが殆どなんだぎゃな。(p329)
 ケンカなんてもんは,そういう細かい計算なんかより,大切なのは出たとこ勝負の気合いなんだよ。相手より気合いが入ってればコッチのチョーパンやパンチも当たるし,鉄火場に流れる独特な運だってコッチに転がり込んでくるんだ。大体,ケンカをする前にいかに相手にやられない方法はないのか,なんて考えてる時点で,もうそのケンカは負けだ(p452)
● 前作の『メタボロ』の執筆中に,作者は脳出血で2ヶ月間の意識不明。そこから復活したというわけなのだが,以後,それがどう執筆に影響しているか。作中で,三度にわたって述べている。
 オレは文章をリズムで書く方なので,ポンポンと色々なフレーズが飛び出してきて,それを文章に組み立てているうちにドンドン筆が止まらなくなり,また,自分でも笑ってしまうようなギャグが所々でボコン,ボコン!っと出てくる。が,こうも色々な名前が思い出せないと,そのターボが全然かからないのだ。(中略) そう,オレの脳は85%ぐらいは回復しているのだが,文章を書く作業というのは,その残りの15%を主に使うのである。(p6)
 ここまで必死に書いてきたが,まだダメだ。特に比喩表現が全然ダメだ゙・・・・・・。 10代の頃の,まだ何の駆け引きも知らないオレを囲んでいた超アクの強い面々たち。奴らの感じが,こんな幼稚な比喩じゃ殆ど表現されていない。(中略) まいった・・・・・・。この比喩表現こそが,オレが書く文章の命なのに。 あと,もう1つ言わせてもらえば,匂いとか,色とか,味とか,雰囲気とか,季節感とか,とにかくそういったモノを伝える言葉が全然欠けていない。よって,文章に深みが全くでていないのだ。(p170)

2014年6月16日月曜日

2014.06.16 ゲッツ板谷 『メタボロ』

書名 メタボロ
著者 ゲッツ板谷
発行所 幻冬舎文庫
発行年月日 2012.10.10(単行本:2010.04)
価格(税別) 648円

● 『ワルボロ』後の1年間。この話はほぼ実話に近いのだと思うんだけど,何とも濃い1年。高校1年生でこれかよ,っていう感じの。見過ぎ世過ぎといっていい暮らしを半ば強制され,半ば自分から飛びこんでいく。
 新たに登場する同級生の植木と鬼。テキヤ稼業で知り合う清美,ヤクザの叔父である猛身と満。いずれも(小説の登場人物としては)魅力的な面々だ。

● ヤッコがずっと奥に引っ込んでしまうのだが,鬼がその分を埋めて,物語が立体的になった。『メタボロ』で最も魅力的な人物を一人あげろといわれれば,この鬼でしょう。強くて影があって,しかし幼気を感じさせるほどに人情に厚い。自分に好意を寄せる人に弱い。
 主人公のコーチャンがまさしく主人公然としてくる。物語の中心人物になる。居場所のないところに居場所を作っていく。

● 進学した高校が違えば,中学のサークル仲間は容赦なく解体する。コーチャンの錦会も例外ではない。
 にしても。ヤッコはどうしちゃったんだよと読み手も思う。作者の他のエッセイふうの作品に,キャームはしばしば登場するけれども,ヤッコはまったく出てこない。
 たぶん,この小説においてもコーチャンとは別の世界に進むことになるんだろう。あるいは,ひょっとして死んでしまうのか。というようなことを考えさせる。

● 次作の『ズタボロ』はすでに出ている。だけども,宇都宮の本屋にはないんですよ(全部まわったわけではないんだけど)。幻冬舎は文庫化するのが早いから,もうすぐ文庫で登場するのかもしれないけど。
 このシリーズは4部作になるらしい。完結すれば,他に例のないピカレスク・ロマンがこの国にそびえ立つことになる。大げさなもの言いですか。いや,そんなことはないと思うんですよね。

2014年6月14日土曜日

2014.06.14 ゲッツ板谷 『ワルボロ』

書名 ワルボロ
著者 ゲッツ板谷
発行所 幻冬舎文庫
発行年月日 2007.07.20(単行本:2005.09.25)
価格(税別) 686円

● 2008年7月に一度読んでいる。2年後に続編の『メタボロ』が出た。すぐに読んでおけばいいものを,無為に過ごして今日に至る。
 でも,やっと『メタボロ』の文庫本を買って読み始めたんですよ。でも,ダメ。何がダメかというと,主要な登場人物は『ワルボロ』から継続しているわけだけれども,『ワルボロ』でどんな役どころだったのか忘れちゃってるんですよ。主人公のコーチャンのほかに,ヤッコとキャームはさすがに記憶にあるけど,ほかは忘れている。
 これじゃ『ワルボロ』を読み返さないとダメだわってわけで,『ワルボロ』を再読。

● 再読だから,ストーリーは知っている。知っているけれども,一気通貫で読了。面白い。ゆるぎなく面白い。
 登場人物がみな魅力的。情が細やかで男気があって。それぞれが重いものを抱えていて。
 ストーリーの展開もスリリング。弛みは一切なし。
 神は細部に宿る(のかどうかじつは知らないけど)。細部の描写や語彙の選び方に手抜きがあっては,こちらの集中もそこからこぼれていくだろう。この作品にはそれもない。
 たとえば,最後の最後に登場する昭和中学の安原のたたずまい。その描写は圧巻の迫力で,そうした迫力がこの作品のそこここに散りばめられている。

● 純な恋も横糸になっている。相手をどんどん美化して,身動きできなくなる主人公。中学生だもんな,じゃなくて恋ってそういうもので,だからできるときにしとかなきゃ。
 相手の女子生徒は中学生にしてすでに大人。山田規久子もエミもサユキも。

● 小説というのを読まなくなって四半世紀が経つ。だものだから,その間にどんな小説が世に出ているのかぼくは知らない。そのうえで言うんだけれども,この『ワルボロ』は,阿佐田哲也『麻雀放浪記』以来の本格的なピカレスク・ロマンといっていいのではあるまいか。
 ともあれ。これで『メタボロ』も読める。

● にしても。すごい小説でしょ,これ。

2013年7月22日月曜日

2013.07.20 ゲッツ板谷 『板谷式つまみ食いダイエット』

書名 板谷式つまみ食いダイエット
著者 ゲッツ板谷
発行所 角川書店
発行年月日 2011.08.31
価格(税別) 1,200円

● 5年前にたまたま彼の紀行文の1冊を読んだら,これが面白いのなんの。その他の紀行文やエッセイ集を次々に読んでいった。たぶん,あらかた読んだと思う。
 なんかこの人,ハズレがない。お見事。でも,この行き方だと量産はできないよな。

● が,圧倒的に驚いたのは『ワルボロ』だった。ピカレスク・ロマンというのか悪漢小説というのか。青春小説でもある。息をつかせぬスリリングなストーリーの展開。背景にはプラトニックな恋愛が彩りになってて。登場人物のひとり一人が魅力的。
 この種の小説で第一に指を屈すべきは,阿佐田哲也の『麻雀放浪記』だろう。ぼくは麻雀には詳しくなくて,ルールもあまりよく知らないんだけど,そんなことはこの小説を読むのに何の障害にもならない。っていうか,そんなものを吹き飛ばすほどに面白かった。
 吉川英治の『三国志』もここに加えていいかもしれない。
 そして,ゲッツ板谷の『ワルボロ』をぼくらは読めることになった。

● ところが,先に「あらかた読んだ」と言ったんだけど,じつは『ワルボロ』の続編『メタボロ』『ズタボロ』をまだ読んでいない。何やってんだ,オレ。
 この種の小説は文学賞には縁がない。こういうものにカスリもしない文学賞って何なんだとは思うんだけど,これは言っても仕方のないことだからね。

● 特にエッセイ集についてだけれど,タイトルが秀逸(っていうのも変か)。“情熱チャンジャリータ”とか“妄想シャーマンタンク”とか“直感サバンナ”とかね。別に内容を表しているわけじゃないしね。っていうか,そもそも何かの意味を持つような語じゃないもんな。

● そのゲッツさんも7年前に脳出血を患い,以後,やや生産性が落ちているかもしれない。死んでもおかしくなかったようだからね,それも当然。
 煙草もやめて,ダイエットもして,健康指向。これまた,そうなるしかないものだろう。

● それでも,それを本書のような抱腹絶倒の読みものに仕立ててくれるわけだね。