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2025年10月31日金曜日

2025.10.31 和田秀樹 『60歳からはやりたい放題[実践編]』

書名 60歳からはやりたい放題[実践編]
著者 和田秀樹
発行所 扶桑社新書
発行年月日 2023.09.01
価格(税別) 880円

● 怒涛の勢いで高齢者本を出している著者の本をまた読んだ。同じ内容が何度も出てくるから,新味はそんなにない。
 が,読めば元気になれる内容だ。読んでいて気が満ちて来るような気分になる。

● まぁ,錯覚かもしれない。間違いなく一過性のものではある。
 が,錯覚だろうと一過性だろうと,副作用があるわけではないから,片っ端から読むことにしている。

● 以下に転載。
 60歳以降は,とにかく「脳を喜ばせること」が大切なので,おいしいものを食べて楽しむほうが理に適っています。いま,「食べたい」とあなたの頭に浮かんだものを食べることは,脳への良い刺激になります。(p24)
 甘いものを食べる際,最も気を付けてほしいのは虫歯です。60代以降は歯の健康が,その後の人生の質を大きく左右します。(p30)
 仮に栄養学的には何も意味がなさそうな食材であっても,その食べ物に含まれている「微量物質」と呼ばれる物質が含まれています。(p47)
 心の健康を優先して,過度な節制を求めないほうが良いと私は思います。(p58)
 「できないこと」については,すっぱり諦めてしまうに限るのです。(p85)
 幸せな60代の大切な特徴は「完璧主義に陥らず,できることは続けること」です。老いに逆らわず,老いを受け入れ,細かなことは気にしない。(p87)
 現代の認知科学の世界では,人の心は内面よりも外面によって形作られるものだという考え方が強まっています。外見や行動によって人の心は変化し,それを受けて体の状態も変わる。(p95)
 「趣味」や「遊び」は脳に刺激を与えるのになくてはならない存在です。(p116)
 記憶の低下よりも意欲の低下のほうが老化を促進することを忘れないでください。(p119)
 「歩くのはおっくうだ」という人は,必ずしも歩く必要はありません。(中略)とにかく「用事をつくって,外に出ること」が肝心なのです。(p121)
 私自身も50代後半から朝30分ほど散歩する習慣をつけるようになりましたが,血糖値などの数値の改善の他,夜もぐっすり眠れるようになりました。(p124)
 週に一日,二日の休館日を設けても,さほど効果はないように思います。肝臓を休めたいと思うのならば,一週間くらい続けてお酒を飲まない日を作らないと意味がないとされています。(p128)

2024年5月27日月曜日

2024.05.27 和田秀樹 『もうちょっと「雑」に生きてみないか』

書名 もうちょっと「雑」に生きてみないか
著者 和田秀樹
発行所 新講社
発行年月日 2017.07.24
価格(税別) 900円

● 著者が言う「雑になれない人」は日本人には多いのじゃないかと思う。ぼくもそうかもしれない。しかし,手抜かりやウッカリも相当やらかしてきたから,自分で思うほどには「雑になれない人」ではないかもしれない。
 と思ってしまうのも,「雑になれない人」の特徴か。

● 企業をはじめとする日本社会の同調圧力も,真面目さを作る要因になっているかもしれない。あるいは,見えない相互評価が隠然たる拘束要因になっていることも。
 そして,そうした評価というか,他者との関係性においてしか自分を認識できないこと。

● 本書で最も参考になるのは,「マシ」という考え方を持つことだと思った。只今現在において完全でなければ意味がないという考えを捨てること。
 それができるかどうかを決めるのは,性格ではなくて知性かもしれないとも思った。柔軟であるという意味での知性だ。

● 以下に転載。
 がんばりすぎて疲れを感じている人,あるいはその結果としてうつ病になったりする人には完全主義的な傾向があります。生き方が一直線なのです。(p3)
 完全主義な人は「くだらないこと」や「無駄なこと」を嫌う傾向があります。馬鹿話で盛り上がることもあまりないでしょう。上昇志向が強い傾向もあります。ひと言でいえば,息苦しい生き方ですね。(p4)
 わたしは長く受験生を指導してきましたが,はっきりと言えることがあります。雑な受験生のほうが結局は勝つのです。(中略)まじめな受験生は手を抜けません。試験問題と向き合ったとき,とにかく第1問から解こうとします。(中略)それがむずかしい問題や日が手な分野からの出題だとしても,あきらめることができません。(中略)でも,時間がどんどん過ぎていきます。(中略)雑な受験生は違います。解けそうもない問題や,苦手分野からの問題はさっさとあきらめてしまいます。(中略)結果はどうでしょうか?(p33)
 一つの仕事が続かないようでは,何をやっても中途半端になるだろうと考えてしまうのです。(中略)でも,そういった考え方をしてしまうと,一直線の人生しか思い描けなくなります。いまやっていることや,いまの自分の延長線上にしか将来を描けなくなります。それはそれで,堅実に見えても選択肢のない,危うい人生ということにならないでしょうか。(p46)
 たとえば強迫神経症の人です。手の汚れが気になって,一度洗い始めたら1時間でも洗い続けないと気が済まないような人は,家の中もさぞ清潔だろうなと思いますが,じつはばい菌だらけだったりします。本人は自分の手の汚れだけを気にして,それ以外の汚れには案外,無頓着なのです。これは,部分しか見えていないということです。(p47)
 雑になれるということは,たくましく生きていけるということです。いい加減なように見えても,ほんとうに大事なものを見失わないのが雑な人でもあるのです。(p48)
 「いまがすべて」という思い込みを捨てることさえできれば,どんな不幸や不運も人生の転機を教えてくれるものでしかないのです。(p77)
 人はあなたに期待していません。少なくとも,あなたが思うほどには期待していないことが多いのです。(p90)
 雑になれない人が思うほど,周囲の人間は無力ではありません。安心して任せていいし,頼っていいことがたくさんあります。(p92)
 行き過ぎた長所は短所になってしまうのです。(p100)
 じつは,大正時代というのは日本人がぜいたくに憧れた時代でもありました。「ぜいたくは敵」が登場するまでの日本は,ぜいたくに罪悪感を持つ人は少なかったのです。(p102)
 日本は明治時代から昭和の初めまで,学校での体罰は禁止されていたようです。それが守られたのも,当時の教師が師範学校を出たいわば知的エリートだったからだといいます。ところが昭和10年代になって,軍事教練が始まるようになると教育の現場に軍人が入ってきます。そこで体罰が当たり前のように繰り返されたのです。(p103)
 「いままでの苦労はなんだったのか」という完全主義のつまらなさを,AIが教えてくれる時代になるような気がします。(中略)そうなってくると,もはや人間の取り得は雑になれることしかありません。(中略)真面目な人間ほど,AIの時代に適応できなくなるような気がします。(p112)
 遊ぶために働いているのですから,せめて休日ぐらい,頭の中から仕事のことは消し去っていいのに,それができません。「働くために休む」という考え方から抜け出せないのです。これは,ほんとうに気が休まるときがないということです。(p117)
 「そんなことして何になる」と言い出せば,目的のないすべてのリラックスは無意味になります。温泉でゴロゴロしたって何にもなりません。時間とおカネのムダです。(中略)そういうまじめさの裏には,やはり刷り込まれた道徳観や価値観が潜んでいるような気がします。(中略)でも,ほんとうにAIの時代になったら,そういった刷り込まれた道徳観や価値観こそが重荷になるし,そこから抜け出さない限り,苦しい生き方しかできなくなります。(p118)
 雑になれない人に気づいてほしいことがあります。自分がまじめすぎるだけで,相手も周囲も口で言うほどまじめではないし,真剣でもないということです。(p123)
 かりに仕上がりに不満があったとしても「できないよりマシ」と喜んでいいのです。ところが完全にこだわってしまうと,欠点ばかりが目につきますから,「やらないほうがマシだ」となります。(p129)
 雑になれない人がマシでは満足できないのは,いまだけを見ているせいもあります。「いまがすべて」と考えると,いま50パーセントなら全然,ダメなのです。(p130)
 マシという考え方は,動く弾みをつけてくれます。(中略)これは,「とりあえずやってみよう」という積極さにもつながってきます。失敗したらそのときのことと考えて,ダメでもいいからまず動いてみようという考え方です。(p136)
 雑になれないひとほど一直線の人生を描いてしまうと書きましたが,その理由は決められたルールに乗ってしまうからでした。(p137)
 人生の目的は幸せになること,楽しく生きることというのはだれでも気がついているはずです。はたして完ぺきを期すことが,そういういちばん大切な目的をかなえてくれるのかどうか,雑になれない人にはゆっくりと考えていただきたいと思います。(p149)
 (雑になれない人は)とにかく,自分のモノサシを持ち出さないと気が済まないのです。相手の行動や考えがそのモノサシに合わないときには,どうしても冷たい言い方になってしまいます。そのことに,本人はなかなか気がつかないのです。(中略)まず最低限,人にはそれぞれのモノサシがあることを受け入れてください。あなたがまじめで頑張り屋さんなのは,みんなが認めています、つまり,周囲の人はあなたのモノサシをとっくに受け入れているのです。(p162)
 子どもには子どものモノサシがありますね。(中略)きちんとした子,まじめな子に育てば親は満足するかもしれませんが,逆にその子の長所や得意なことを伸ばせないままになってしまう可能性もあります。(p167)
 雑になれない人ほど,雑になれない人の餌食になってしまう可能性があります。そのことにも気がついてください。(p173)
 人と人は弱みを見せ合いながら生きていきます。うわべはどんなに強気を装っていても,長くつきあえる関係というのは弱さを見せ合う関係でもあるのです。(p178)
 ここで最後の,雑になれない人の特徴を書きますが,じつは臆病な人ということもできるのです。臆病だから手を抜けないし,負けちゃいけないと思ってしまうのが雑になれない人です。(p182)

2024年5月17日金曜日

2024.05.17 和田秀樹 『60歳からはやりたい放題』

書名 60歳からはやりたい放題
著者 和田秀樹
発行所 扶桑社新書
発行年月日 2022.09.01
価格(税別) 880円

● これまで著者が,「70歳・・・・・・」「80歳・・・・・・」と年齢を冠して刊行した多くの著作と内容は被っている。出す本,出す本がメスとセラーになるのを横目で見ているだけというわけにも行かず,多くの出版社が著者の本を出そうとした結果のことかと思う。

● とはいえ,以下に転載。
 日本人は予期不安と呼ばれる「起こっていないこと」への不安を抱きがちです。しかし,多くの日本人は,不安を抱いているのに何も対策を取らない。その結果,余計に不安が高まってしまうのです。では,この悪循環を断ち切るにはどうしたらいいのでしょうか。それは,「最悪の事態」を想定しておくことです。(p16)
 日本人は,「起こってほしくないこと」を,「起こらないこと」として片づけてしまう傾向があり,その結果,不安を放置しているがゆえに起こる最悪の事態が,頻繁に起こってしまっているのは事実です。(p17)
 浴風会に勤務していた際,相当な高齢なのに常にアクティブで若手に慕われている某現役政治家の脳のCT画像を見たことがあります。その方の前頭葉自体は「認知症なのでは」と思うレベルで萎縮していましたが,逆に考えると,脳が萎縮していても使い続ければ脳の機能は衰えないのだという大きな根拠を得たと感じました。(p27)
 医師の平均寿命は一般の人よりも低いといわれています。それは,医師の言うことをうのみにしていても,長生きはできないことの証明です。(p31)
 脂肪には脂肪を燃焼する作用があるので,脂肪を完全に絶ってしまうと,体内の脂肪を燃やせず,接種した脂肪を蓄積する一方です。(p41)
 人間がおいしいと感じるもの。それは,甘いものや脂肪分があるもの,うまみ成分(アミノ酸)が含まれているものなどです。なぜ人間がこのような食べ物をおいしく感じるのか。それは,生物進化の過程で「体に必要なものはおいしく感じるように進化しているから」です。(p47)
 農業中心で誰もが激しい労働をしていた時代よりも,現代のようにホワイトカラー人口が増えてからのほうが,外見も若返っている上に,寿命も延びています。体は使い続けるに越したことはないのですが,屋外で紫外線を浴びて激しいスポーツをするよりも,適度な散歩や自宅でできる簡単な筋トレ程度が望ましいと考えています。(p66)
 前例踏襲をする限りは,どんなに難しいことをしても前頭葉を使ったことにはなりません。(中略)では,どんな人が前頭葉を使っているのかというと,他人と違う意見を言う人です。(p71)
 片付いている部屋が好きな人もいれば,少し雑然としてるほうが落ち着く人もいます。それは本当に人それぞれです。今の環境が自分にフィットしていると思うのであれば,あえてそれを変える必要はありません。(p75)
 高齢者が感動できる景色や料理,芸は本物です。シニア世代が喜ばないものを「若者の感性がわかっていないから」と言ってしまうのは,非常に本末転倒なこと。(中略)だからこそ,せっかくの感性を雑多なコンテンツに費やすのはもったいない。ぜひ,様々な “本物” のグルメや芸に触れて,その感性を十分に楽しませてほしいと思います。(p80)
 「何が一番頭を使っていることになるのか」というと,最も効果が高いのは他人との会話です。(中略)声を出すこと自体にも,ボケ防止の効果があるように感じます。(p112)
 認知症予防として,何をすればいいのでしょうか。その一番の対策は「楽しいことをやる」ことだと思っています。楽しいことをやればやるほど,脳にはプラスの効果が伝わります。(p114)
 「人と交わる機会がなくてかわいそうだ」「独居は孤独でつらいのではないか」などというのは,世の中で多様性を認めない人々の思い込みだと私は思います。(p118)
 ガンは治療をすると非常に苦しい病気ですが,治療させしなければ,死ぬ数ヶ月くらい前までは元気に過ごす事ができます。(p130)
 60代で「ガンで余命はあと1年ほどです」と言われた場合,治療でどんなに頑張っても,おそらく余命は2年程度しか持ちません。1年を2年に延ばす治療となると,抗ガン剤は必ず使われるでしょう。(p131)
 結婚関係を続けるための一つの指標として,夫婦の間にどれだけ会話があるかという点が挙げられます。(中略)また,定年退職したあとも,子ども抜きでふたりが出かける関係を築けているでしょうか。(p136)
 60代以降は「性格の先鋭化」が顕著になります。「実はひとりのほうが気楽だった」という人は,もっとひとりを好むようになります。だからこそ,60代以降の人間関係は「したい人だけすればいい」と思います。(p149)
 言葉を選ばすにいうと,日本は,お金持ちであればあるほどに,子どもが「バカ息子」「バカ娘」になりやすいシステムが残っています。お金があるほど,子どもをエスカレーター式の大学の付属校に幼少期から入学させ,大学まで受験を知らずに育てるケースが非常に多いのです。(p167)
 「年を取ったら物欲がなくなる」という方もいますが,資本主義社会にいて消費に参加しないのは,発言力がなくなるのと同じこと。(p175)
 今は要介護認定されれば,介護支援を受けることができます。つまり周囲のサポートがなくてもなんとかなるので,「嫌われてもいい」と開き直ることができる時代です。(中略)自分を押し殺してまで,その共同体にしがみつくことが本当に大切でしょうか。(p186)
 物事を楽しめる体力や脳の機能が生きているうちに,様々なことを思いっきり楽しむ,これは終活よりも大切なことです。(中略)「年甲斐もなく」という言葉さえ忘れてしまえば,世間体を気にせずあらゆることをずっと楽しんでいていいのです。(中略)年甲斐もないことは,むしろ脳の老化予防にも役立つことが多いのです。(p191)
 他人と比べている限りは,いつまでも生きづらさや苦しさから逃れることができません。(中略)「他人よりも優れている人がえらい」という価値観は,もう60代になったら捨てる準備をしてください。できることはオンリーワンでよいのです。(p197)
 「できること」はできるだけ維持し続ける一方で,「できないこと」を無理に「しよう」とする必要はないのです。(中略)どんな人でも歳を取れば,当然「できないこと」は増えていきます。ですので,「できないのは当たり前」と割り切る姿勢が大切なのです。(p198)

2024年5月1日水曜日

2024.05.01 和田秀樹 『70歳が老化の分かれ道』

書名 70歳が老化の分かれ道
著者 和田秀樹
発行所 詩想社新書
発行年月日 2021.06.25
価格(税別) 1,000円

● 著者の老人本のベストセラー群の嚆矢になったのが本書だと思う。その後に刊行された本をかなり読んでいるわけだが,本書に書かれていることは,すべてどこかで読んだことがあるものだ。
 逆に,本書を読んでいれば,著者の他の老人本を追いかける必要はないかもしれない。

● が,ぼくはこのあとも読んでいくと思う。なぜかというと,自分に都合がいい本だからだ。健診なんか受けるな,健診の結果なんか気にするな,血圧・血糖値・コレステロールは高くて上等,正常値まで下げるために薬を飲むのはアホやで。
 糖尿病で高血圧,コレステロールも中性脂肪も尿酸値もバッチリ高いぼくには,それでいいのさ,気にするなよ,と言われているようで,ホッとするというより元気が出るのだ。自分の現状にお墨付きをもらったような気分になる。

● 以下に転載。そのほぼ全ては,著者の別著で転載しているところと被るはずだけど。
 気持ちが若く,いろいろなことを続けている人は,長い間若くいられる。
 栄養状態のよしあしが,健康長寿でいられるかどうかを決める。(p4)
 旧来型の医療常識に縛られず,70代をどう生きるかで残りの人生が大きく違うというのが,私の30年以上の臨床経験からの実感です。(p5)
 80歳や90歳になっても,いまの70代の人たちのように元気に活躍できるようになって,人生のゴールがどんどん後ろにずれていくというのは幻想でしかありません。若返るのではなく,医学の進歩によって,「死なない」から超長寿になるというのが「人生100年時代」の実像です。(p20)
 「人生100年時代」が目前に迫った私たちは,今後は「老い」を2つの時期に分けて考えることが求められていると私は考えています。それは70代の「老いと闘う時期」と,80代以降の「老いを受け入れる時期」の2つです。どんなに抗おうと,老いを受け入れざるを得ない時期が,80代以降に必ずやってきます。(p29)
 高齢者のほうが,身体能力や脳機能において,個人差が格段に広がっているのです。その高齢者が大多数となっていくこれからの社会は,まさに多様性に満ちた社会となるはずです。このような「健康格差」が生じるというのが,これからの社会の特徴となります。(p33)
 高齢者にとっては,脳機能,運動機能を維持するために,「使い続ける」ということが重要なのです。個々の能力差が大きくなっていく超長寿社会においては,その維持するための努力をしたかどうかが,その後の大きな差となって現れてきます。(p34)
 実際に,「使い続ける」ことを実践できる人はそう多くありません。なぜなら,頭では理解していても,70代になってくると,意欲の低下が進み,活動のレベルが低下してくるからです。(中略)この「意欲の低下」こそが,老化でいちばん怖いことなのです。(中略)「意欲の低下」を防ぐには,日々の生活のなかで,前頭葉の機能と,男性ホルモンを活性化させることがとても重要になってきます。(p35)
 70代の人たちは,放っておけば何もせず,すぐに老け込んでいく危険性をもっています。だからこそ,機能維持のために意図的に振る舞うことが大切になってきます。このタイミングで,意識してよい習慣をつけることで,80代も元気さを保つことができるのです。(p43)
 70代一気に老け込む人の典型は,仕事をリアイアしたときから,一切の活動をいっぺんにやめてしまうというケースです。(p46)
 歳をとったので「引退する」という考え方自体が,老後生活のリスクになります。引退などと考えず,いつまでも現役の市民であろうとすることが,老化を遅らせて,長い晩年を元気に過ごす秘訣です。(p49)
 肉を食べることは,セロトニンと男性ホルモンの生成を促進し,人の「意欲」を高め,活動レベルを維持することにたいへん効果的なのです。(p70)
 一日中,部屋のなかにいることだけは避け,日中での明るい光を浴びる習慣をつけてください。これだけでも,高齢者が意欲の減退を防ぐには効果的です。(p72)
 前頭葉の老化を防ぐには,「変化のある生活」をすることが一番です。(中略)毎日,単調な生活を繰り返していると,前頭葉は活性化せず,衰えてしまいます。(中略)仕事やボランティア,趣味の集まりなど,外に出かける用事が生活のなかに組み込まれていることが,いちばん単調な生活を送らない解決策と言えるでしょう。(p75)
 一人で読書に勤しむような自学スタイルは,前頭葉の老化を防ぐという麺では役に立ちません。(p79)
 誰かと話す機会がなかなかつくれないという人でも,いまではブログやフェイスブックなどのSNSがありますから,そこに自分の意見を書き込むようにすれば,直接の会話ができなくても前頭葉は活性化します。(p82)
 何かを発信する機会には,「物知りな人」より,「話の面白い人」を目指すことが前頭葉の老化防止には効果的です。(p83)
 階段の上り下りにおいては,実は下りるときの筋肉のほうが先に弱るのです。ですから,いつまでも自分の足で歩くことを目指すなら,階段では下りの練習をしたほうがいいのです。(p86)
 メタボの提唱者の松澤祐次氏は,やせようとしているようにはまったく見えない太めの体型ですが,今年80歳になるにもかかわらず,とても元気です。(p94)
 70代の人にとっては,100歳まで生きたとしてもあと30年です。どう生きたいのか,ということも考える必要があるのではないでしょうか。(p97)
 人づき合いをしていると,男性ホルモンが少しずつ増えてくるちう側面もあります。それによって,さらに人と交流する意欲が増進するという好循環をつくることができます。(p101)
 70代になったら,もう,嫌なことはなるべくしないということが大切です。(中略)私がお勧めすることがどうしても嫌なら,もちろんやらないほうがいいのです。(p103)
 苦しければ苦しいほど,大きな成果が待っているという考え方からは,そろそろ解放されましょう。(p104)
 医学の知識がない患者さんだと,少々,薬の副作用があっても,医師が健康のために処方したのだから我慢しようと考えてしまいがちです。しかしそのような我慢は必要ありません。我慢したところで,それで長生きできるなどという確証はないのです。(p113)
 結局,医学とは,不完全な発展途上の学問だということです。だからこそ私は,現実をとらえた統計データこそ,もっとも嘘のない信頼に足るものだと考えています。(p125)
 日本人のおかしなところは,風邪くらいでも簡単に病院に行くのに,心の不調の場合は自殺するまで病院にいかないというところです。(p139)
 日本社会では,依存症の人間の意思が弱い,人間性がだらしないからだ,といった見方をされがちです。そして,依存する人間のほうを叩き,依存症を生み出している酒類メーカーやパチンコ屋,ゲーム会社はそれでお金儲けをしているにもかかわらず,何も批判されません。(p141)
 会社勤めをしているような人だと,どうしても仕事だけで時間が忙殺されてしまう傾向がありますので,意識して趣味をつくろうとしないと,定年まで無趣味できてしまうということがほとんどではないでしょうか。(p157)
 だから「50代や60代の勤めているうちに,趣味をつくっておくことが重要です」(p157)となるのだが,ぼくの経験では定年後の人生がどうなるかは,定年になった時点で勝負はついている。趣味だけの問題ではない。夫婦仲がいいか悪いかはそれ以上に重要だ。おそらくだけれども,定年後にそれを修正するのはほぼ不可能ではないかと思う。定年になってから慌てても手遅れだ。
 趣味したって,探して見つけるものではないような気がする。気がついたらやりたくてしょうがないものとしてそこにあった,というのが普通のあり方ではないか。やりたくてしょうがないものならば,仕事で忙しいという程度の理由で,やらずにいることなどできるわけがない。できる範囲でやっているはずだ。定年数年前になってそのやりたくてしょうがないものがないようだと,すでに逆転は難しいのじゃないか。
 私がこれまでみてきたケースでわかったのは,親の死がとてもこたえるという人は,親子関係に対する罪悪感をもっているということです。これまで不仲であったり,親不孝ばかりしてきた,親孝行もろくにできなかった,そんな思いが罪悪感となっていて,いざ親がいなくなってみると喪失感に耐えられなくなってしまうのです。(p169)
 70代ともなると,だんだん人づき合いがおっくうになり,夫婦ふたりで行動することが多くなります。(中略)しかし,その関係は永遠には続きません。必ずどちらかが先に亡くなり,どちらかが残されることになるのです。(中略)だからこそ70歳になったら,行動のすべてが「夫婦ふたりユニット」になってしまわないように気をつけるべきです。(p171)
 最近の研究では,男性ホルモンが多いと,「人にやさしくなる」といこともわかってきました。(p181)
 私は,70代になったら,自分のことだけで生きるのではなく,まわりの人のために尽くす生き方に少し変えていったほうがいいのではないかと考えています。(中略)肩書やお金持ちかどうかといったことが,その人の人生を決めているわけではないのです。最後はその人が,まわりに対して何をしてきたかが大きいと思います。(中略)自分も他者にやさしくできるようになってきたと感じることがありますが,そのようなときは,私自身も幸せだとしみじみと感じるものです。(p186)

2023年10月9日月曜日

2023.10.09 和田秀樹 『六十代と七十代 心と体の整え方』

書名 六十代と七十代 心と体の整え方
著者 和田秀樹
発行所 バジリコ
発行年月日 2020.06.25
価格(税別) 1,200円

● 著者の既刊本と内容は重複するところがある。大事なことだから何度も書く,一度では通じないから繰り返し訴える,ということもあろうし,読者側も読むと元気が出る(ような気がする)から何度も読みたい,ということかもしれない。
 同じ本を何度も読むよりは,多少とも違ってる方が読んだ気がするからと,新著を求める。同じ人たちが読んでいるのだと考えないと,ベストセラー現象の説明がつかないからね。

● とはいえ,著者のベストセラー群の中で本書が最も読み応えがあるというか,お堅いというか。ですます調の軟らかい文章にはなっているんだけれども,内容は盛りだくさん。

● 以下に転載。
 大方のサラリーマンにとって,定年は本人が自覚する以上に心身に大きな影響を与えます。とりわけメンタル面における打撃が大きく,(中略)鬱症状を引き起こすことも珍しくありません。(p12)
 よく言われることだ。ぼくも退職するときに,先輩から言われたことでもある。しかし,ぼくにはこうしたことは1ミリも起きなかった。仕事や職場に体重をかけたことがなく,半分退職してるような気分のまま務めていたからだ。退職によって失ったものがない。やっと自由になれた歓びでいっぱいだった。
 あと,辞めたのが2020年の3月だったこと。コロナで世界が一変するその始まりに辞めたので,退職して云々はコロナに吸収された感があった。
 特に所属願望の強い日本人にとって,会社という「場」の喪失によりアイデンティティの揺らぎを引き起こすことが多々あります。(p14)
 これもぼくにはなかった。所属願望なんてなかったから。自分の勤務先が自分にフィットしているとはとても思えなかった。もちろん,適応しようとはしたし,それなりに適応できていたと思うんだけど,それとここに所属していたいと思うかどうかは別の話でね。退職時にはサイズが合わない服を脱ぎ捨てられたような爽快感があったけどねぇ。
 コロナだったから送別会だのがすべて中止になり,妙な儀式につきあわされずにすんだのも有り難かった。コロナ様々。
 以上に関しては,ぼくが少数派ということでもないような気がする。つまり,退職によるアンデンティティの揺らぎなんてものは,すでにだいぶ少なくなっているんじゃなかろうか。
 「老害」なんてものはありません。確かに高年世代の中に周りに迷惑をかける,つまり「害」をなす人間はいるでしょう。けれども(中略)害をなす人間はどの世代にもいます。(p22)
 本当にディメリットを与えるような人間であれば,高年だろうと若年だろうと友情は組織から排除されるはずです。その人物が居座っているのは,その組織にとって何らかの意味があるからに他なりません。一方で,判断力のない若い政治家や経営者は世の中にいくらでもいます。(p22)
 すべての人間は自分が世界の中心だと潜在的に意識しています。自分が在って世界が在る,人間の自意識とはそういうものであり,人間が人間であるための実存的真理です。(p24)
 高年者をはじめとする社会的弱者を差別し攻撃する連中に共通しているのが,表現は異なっても,まさにこの「生産性」の高低を論拠にしている点だからです。彼らに決定的に欠落しているのは,一言で申せば「明日は我が身」という想像力です。一寸先は闇,明日何が起きるかなんて誰にもわかるはずがありません。(中略)彼らは,そんなことさえ想像できない。要するに馬鹿なのです。(p28)
 私は,彼らが尊厳死などと言えるのは本人がまだ元気だからだと思っています。(p35)
 そもそも,生きたいという医師は人間に備わった本能です。したがって,たとえ家族といえども本人の意志とは無関係に,かわいそうだと勝手に決めつけて治療を中止するのは,やはり高年患者に対するある種の差別ではないでしょうか。(p36)
 私は「競争」を有益だと考えるものです。競争には,個々の人間を鍛え,結果的に全体のレベルを向上させるという原理が在るからです。(中略)競争のない環境下では人間に備わった諸々の潜在能力は向上しない(p39)
 個人が努力と創意工夫によって富を得ることは,何ら悪いことではないと私は考えています。ただ,その富は市場という名の「一般大衆」という存在があってこそ獲得できるわけです。したがって,成功者が自ら得た富の一部を,税金というかたちで大衆に還元するのは当然のことではないでしょうか。(p45)
 細胞にとって活性酸素はガンと並ぶ天敵とも言うべき存在です。(p59)
 大部分の人は高年になると病気になり,また介護など支援を必要とするのが現実です。(中略)迷惑をかけられたり,かけたりするのが人の人生であり,まったく気に悩むことはないのです。(p81)
 生きているからこそ病気になる。そして病気になるということも私たちの人生の一部であり,そこには何らかの意味が介在するはずです。(p82)
 すぐに動くということは大切です。動けば何らかの変化が生じます。行動するということは,不安を緩和する効果があるのです。(p88)
 雨風をしのぎ安心して眠れるという「家」に求められる本質的機能は,立派な家でも質素な家でも変わりありません。(中略)実のところ,我々の生活の中で本当に必要な人や物はとても少ないはずです。(p89)
 裕福だからできることもあるでしょうが,裕福だからこそ手に入らない幸せもあるのです。目を凝らして周りを見渡せば,「幸せ」はそこかしこに点在しています。そして,意識的に行動すれば金をかけなくても幸福感は得られるのです。(p90)
 老いるのも,病気になるのも,死ぬのも,この根本原因は生きているからです。そして,なぜ生きているのかと言うと生まれたからです。こんなに思い通りにならない人生であるのなら,いっそこの世に生まれてこなければよかったと考えても,もちろん思い通りにはなりません。(p102)
 常識のない人間や無神経な言動をとる人間というのは,どこにでもいるものです。そんな連中に腹を立てるのは正当な感情であり,否定する必要はまったくありません。けれども,そうした感情をひきずるのはよくありません。そんな感情はほっておけばいいのです。つまり,気にしなければいいのです。(p106)
 私たちはそれぞれ唯一無二,オンリーワンの存在として生まれてきました。考えてみれば不思議な縁であり,奇跡のようなことではりませんか。だからこそ,人生は誰にとっても貴重であり,高年になっても生きている間は生きることに懸命になるべきなのではないでしょうか。(p110)
 一つの食品に執着し他の食品の接種がおろそかになることは,とても悪いことだとも思っています。(中略)理想的な食生活とは,肉も魚も野菜も,要するに何でもバランスよく食べるということに尽きます。(p118)
 加齢に伴う食の嗜好の変化,すなわち少食になり脂肪を含む食品を忌避するようになることを放置したままでいると,自然の摂理に従ってそのまま徐々に老け込んでいきます。(中略)それでいいのだ,と達観されているのであれば,私から申し上げることはありません。(p122)
 臓器の活動時間ではない時間に食事をすると臓器に大きな負担をかけるので,不規則な食事は避けるようにしてください。(中略)臓器の活動時間からすると,朝食は七時~九時,昼食は十二~十四時,夕食は十九~二十一時が食事をとるのに望ましい時間です。(p125)
 ただでさえ,食事がおろそかになりやすい高年者にとって,食事を抜くなど自殺行為に等しいのです。(p125)
 一般に夕食には肉類など重い食事をとりがちですが間違っています。(中略)軽めの食事にしてください。(中略)夜は体に蓄積された老廃物を処理する腎臓の機能が高まっているので,なるべく水分をとるようにしてください。(p127)
 「散歩は旅だ」と誰かが言っていましたが,確かに「小さな旅」と言えなくもありません。(p144)
 煙草の成分には血管を収縮させる物質が必ず入っています。血管が収縮すると体内に酸素が行き渡らなくなるため様々な悪影響が生じます。体内の酸素は少な過ぎても多過ぎても老化を促進する原因となります。(p149)
 六十五歳以上の方にとって,禁煙するかしないかは微妙なところではあります。というのも,二十代から六十歳を過ぎるまで吸い続けてきた場合,禁煙による体の改善効果はあまり期待できないからです。有体に言えば,手遅れだということです。(p149)
 喫煙は恒常的に毒を飲んでいるようなものだし,今後確実に値上がりが続くであろう煙草にかけるコスト,そして禁煙によって間違いなく食べ物がおいしく感じられ食欲が増進することなどを考え合わせると,やはり止めるにこしたことはないでしょう。(中略)本書を読まれたことを機に禁煙にチャレンジされてはいかがでしょうか。(p149)
 著者がここまで明確に煙草を否定しているのは,本書が最初で最後かもしれない。
 心と体の大敵はストレスです。そして,往々にしてストレスは「がまんする」ことから生じます。(中略)「がまん」はすべてよろしくありません。(p152)
 基本的には「自分は自分,人は人」というスタンスで生きていくのが高年世代の心得としては正解です。(中略)「大きなお世話だ」と胸を張って我が道を行けばいいのです。何せ,一回こっきりの人生なんですから。(p153)
 人間はメンタルにおいてもフィジカルにおいても複雑系の存在です。今度は「ストレスのない生活」自体がストレスに転化するのです。(p154)
 高年世代の理想的生活の在り方は「心はノンビリと,脳と体は活発に」ということになりましょうか。(p154)
 活動的なのはいいことですが,毎日の時間割を作成するといった細かいスケジュールは立てない方がいいでしょう。なぜなら,スケジュールに押しつぶされるからです。(中略)せっかく自由な時間があるのだから,予定は大雑把でいいのです。(中略)出たとこ勝負,その日の気分の赴くままに活動すればいいのです。(p155)
 使わないまま死んでしまえば儲蓄も意味はありません。(中略)使える金は自分や妻(夫)のためにどんどん使うべきです。(中略)それも,できれば「モノ」よりも「コト」,すなわち体験に使うべきでしょう。というのも,「モノ」はアンチエイジングに影響を与えませんが,「コト」は確実に心身を活性化します。(p158)
 歳をとったからといって枯れる必要は全然ないと私は思っています。生きている間は懸命に生きようとする在り方,すなわち生命力自体に真の「美しさ」が宿ると考えているからです。そして,生命力の源は「欲望」です。したがって,人間の欲望を抑圧することは,生命に対する冒涜ではないかと私は考えています。(p159)
 要するに,太守は誰かを罰したいのです。他者の不正義を糾弾してスカッとしたいわけです。そして,マスコミはそうした大衆の暗い情念をすくい取り,迎合した記事を流します。(中略)こうしたマスコミと大衆の関係,その他罰感情は卑しく不健康であると言う他ありません。(p160)
 性欲を抱くことが不道徳だと言うのであれば,私は躊躇なく不道徳であることをおすすめします。(p162)
 バイアグラの効能はED治療にとどまらず,血管内皮機能を高め動脈硬化によって血流が悪くなった血管を改善することが最近になってわかってきました。要するに,血管を若返らせる機能です。血管が若返ると,体の様々な機能も改善します。(p162)
 「不良上等,余計なお世話だほっときな,私は私で生きていく」と開き直ってみてはどうでしょうか。(p163)
 人間,恰好をつけなくなったら終わりです。(p170)
 高年世代の方々に私がおすすめしたいのは,自ら情報を発信することです。(中略)脳のアンチエイジングにとても効果的だからです。(中略)文章を書くという行為は脳を刺激し活性化します。私的なメモや定型的な企業文書などと異なり,公開を前提とした文章を書くためには頭をフルに使うことになります。(p173)
 あらゆる事象は立体的であり,正面から見るだけでなく斜めから見たり,裏側にまわって見たりしなければ,その輪郭の総体を正確に捉えることはできません。(p176)
 私が臨床の現場で学んだ最も大きなことは,とてもシンプルなことでした。それは,人間はすべてオリジナルな存在であり,それぞれの人生に優劣などないという当然過ぎる真理でした。(中略)よく「平凡な人生」という言い方をしますが,実のところ平凡な人生などありません。人それぞれ固有の喜怒哀楽を経てきて,固有のドラマを有しています。だからこそ,個々の「生」には意味があるのです。(p201)
 そもそも八十歳以上になれば認知症を発症している人と,これから発症する人という二種類の人しかいないと言ってもいいでしょう。(p204)
 人間が生物である以上死も平等にやってきます。要するに必然であるわけです。必然的にやってくることをあれこれ悩むのは無意味であり,精神の無駄使いです。なるようになる,それが人生だと思い定めれば,心はずいぶんと軽くなるのではないでしょうか。(p205)
 医者の不養生という言葉がありますが,一般に医者は自分の体に無頓着であり,薬や定期健診を好みません。おそらく,数多の治療にたずさわる中で寿命なるものが運命であること,そして健康という概念の本質を直感的に感じ取っているからでしょう。(p205)

2023年9月30日土曜日

2023.09.30 和田秀樹 『70代で死ぬ人,80代でも元気な人』

書名 70代で死ぬ人,80代でも元気な人
著者 和田秀樹
発行所 マガジンハウス新書
発行年月日 2022.03.31
価格(税別) 1,000円

● 出す老人本が片っ端からベストセラーになっている感のある和田秀樹さんの1冊。本書で何が説かれているかというと,「元気なうちはなんでもやって生活の自由を楽しむ。そういう人のほうが老化を予防でき,脳を刺激して認知症の進行も遅らせることができます。「何事も用心するに越したことはない」と受け止めていろいろな制限や制約を生活の中に持ち込んでしまうと,それだけ老いを加速させることになりかねないのです」という,174ページにある文章に集約できそうだ。

● 和田さんの本がベストセラーを連発するほどに読まれているとすると,定期健診を受診する人は減っているんだろうか。健診なんて意味がないという意見だからね。むしろ,薬を強制することになって害を為すとも読めるくらいだ。
 現役組は強制的に受けさせられることになるが,引退組はどうしているんだろう。受けたければ現役のときと同じくらいの自己負担で受けられるようだ。しかし,ぼくは受けたことはない。これからもないと思う。

● ちなみに,現役最後の年に受けた健診で糖尿病だと指摘された。食事だの運動だのに気をつけるというレベルを超えてはっきり治療が必要だ,と。
 やむを得ず近くの医院に行ったんだけど,そのうちにコロナになってね,病院通いは止めた。現在に至る。結果的に和田説に従ったことになる。

● 以下に転載。
 70代はむしろ,奔放なくらい自由に生きたほうがいいと思っています。(中略)70代を自由奔放に過ごした人なら,80代になっても知的好奇心を失うことなく,多彩な人間関係を保つことができます。刺激的な毎日を過ごせるのです。(p5)
 若いときなら少しぐらい血圧や血糖値が高くても薬は飲まなかったのに,自分でも「用心するに越したことはない」と受け入れるのも老いのはじまりなのかという気がします。(p35)
 でもそのとき,「だからアクティブにならなくちゃ」と考える人はどれくらいいるでしょうか?(中略)健康を気づかった節制生活は,みずから「老い」を早めることになるかもしれません。「健康でいたい」「長生きしたい」と願う気持ちが逆にその人を老け込ませてしまうとしたら,何だか皮肉な話です。(p38)
 90歳過ぎても元気な人は,用心深く生きてきたから元気なのではなく,あるいはとくに身体を鍛えたわけでもなく,自分がやりたいことをやって毎日を楽しんで暮らしてきた人が多いのです。(p44)
 心がけていただきたいのは,とにかく年齢を十把一絡げにしないことです。(中略)老いには個人差があるのですから,自分の好奇心ややってみたいことにブレーキをかけなくていいのです。(p46)
 体力が半分に落ちたのなら,倍の時間をかければできる計算です。そこで「やってられないな」と考えるのではなく,「面白いな」と考えてみてはいかがでしょう。実際,面白いのです。(中略)のろのろやってみると「そうか,こういう仕組みだったのか」とか「この作業がポイントだったのか」と気がつくことが出てきます。(p50)
 70代になると,一人が似合ってくるのです。べつに寂しそうでもないし,拗ねているようでもないし,かといって気負いも緊張している様子もありません。ごく自然体です。一人でいることが様になっています。(p56)
 老いてはじめて似合ってくる世界や様になる世界もあります。そのことに気がつけば,格好いい70代でありたいという気持ちも生まれてくるはずです。(p57)
 老化のなかには自分で呼び込んでいるものや,進めているものがたしかに含まれているような気がします。「老いは気持ちから」というのはやはり否定できないのです。(p88)
 70代であっても颯爽としていなければいけません。(中略)贅沢が絵になりますし,フォーマルなファッションもカジュアルなファッションも似合う年代なのです。(中略)おしゃれは他人に気がついてもらってこそ気分がいいのですから,行動的で人付き合いにも積極的になったほうが張り合いがあります。(p95)
 70代くらいになるとたいていの人が自覚することですが,わりと気楽に他人に声をかけることができるようになります。(中略)人見知りしなくなるのです。(p97)
 妻は夫が考えるほど妻の役割にはとらわれていません。むしろそこから抜け出せたことをずっと楽しんでいました。(中略)したがって,男性はとにかく閉じこもらないで外に出る,人付き合いでも旅行でも,自分が楽しめる世界を見つけることです。70代ならまだまだそれができる年齢なのです。(p108)
 高齢になると細胞も老化してきますから,代謝が悪くなってしまうのは仕方ありません。そこで気がついていただきたいのは,「だからこそ,食べ物でエネルギーを補充しなければいけない」ということです。(p133)
 高齢になっても自分が親しんできた世界,やり続けたいと思っていることは何でもできる。レベルを下げる,楽な方法を考える,器具やグッズの力を借りる,ときには誰かの手を借りる・・・・・・どんな方法でもいいので,とにかく諦めないことです。(p149)
 唯一絶対の正解がない限り,自分の考えや答えも一つの見方として言葉にしていいはずです。(中略)私は,そのことに10年くらい前に気がつきました。それまでは,勉強するのは「答えを出すため」だと思っていました。(中略)勉強するのは答えを求めることだと思っていました。ところがだんだん,「どんなものにも答えはない」と考えるようになりました。(中略)そうだとすれば,勉強するというのは,さまざまな可能性を求めることになってきます。(中略)いろいろな可能性を探っていくのが勉強と考えれば,終わりはなくなります。(p154)
 90歳を過ぎたお婆ちゃん同士が,昔話で盛り上がっています。何が楽しいのか,笑ってばかりいます。(中略)老いの極意がもしあるとすれば,ああいう無邪気さや,屈託のなさかもしれないとときどき思うことがあるのです。(p170)
 早期発見や早期治療は高齢者にとってはかならずしも幸せな晩年を約束しない(p190)
 朗らかに暮らせるだけで免疫細胞が元気になりますから,それがそのままガン予防にも繋がってくるのです。(p195)
 いま私は60代ですが,10年後,20年後と考えていくと,わりと単純な答えしか出てきません。まず,「楽に生きたい」ということです。たとえ,ガンや認知症になったとしても同じです。(中略)つらい闘病生活をするくらいなら寿命と諦めて生活の質を落とさないで暮らしていけばいい(p205)
 高齢になってくると,少し動いただけでつらくなってきます。そこで頑張る必要があるでしょうか。(中略)義務感や,自分を追い込む考え方からは解放されていいのが高齢になるということだと思います。(p207)
 人生のピークをどこに持っていくかというのは案外,大事なテーマのような気がします、若いころは,どうしてもそのピークを早い時期に迎えたいと考えてしまいます。(中略)ピークが遅ければ遅いほど,下り坂はありません。死ぬ直前まで幸せな人生なら,輝いたままでピークを終えることができるのです。(p211)

2023年5月22日月曜日

2023.05.22 和田秀樹 『70歳の正解』

書名 70歳の正解
著者 和田秀樹
発行所 幻冬舎新書
発行年月日 2022.07.25
価格(税別) 900円

● 老人本でベストセラーを連発している和田秀樹さんの本だが,本書は2020年8月に刊行された『老後は要領』(幻冬舎)のリライト版。

● 本書が説く諸々の中で最も重要なのは164ページにある。「金融機関のすすめてくる金融商品」にだけは,投資しない,というところだ。

● 以下に転載。
 私には,わが国の高齢者には,「正解」からはほど遠い「損な生き方」をしている人が非常に多いように思えます。たとえば,
・間違った健康常識を信じ込んで,不必要な我慢や節制をしている人
・「定年=引退」と思い込んで,人生の可能性を閉ざしている人
・簡単に開窯できるストレスを抱え込んで,暗い人生を送っている人(p5)
 脳が活発に働いている状態とは,「神経伝達物質の量が多くなり,シナプス間を活発に行き来している状態」といっていいのですが,大豆は,その神経伝達物質の重要な原料「レシチン」をたっぷり含んでいるのです。(中略)中でも,納豆は,大豆の栄養をほぼそのままの形で接種できる優秀な食材なのです。(p21)
 「コレステロールは,体に悪い」というのは,フェイクニュース,間違った思い込みです。(中略)コレステロールは,人間を含めた動物の体を形づくる脂質の一種。性ホルモンや細胞膜の材料になるなど,生命体に欠かせないものなのです。加えて,コレステロールは,脳内で「セロトニンを運ぶ」という大役を果たしています。(p22)
 脳や血管の酸化は,認知症全体の約7割を占めるアルツハイマー型認知症の原因のひとつとされているのですが,ビタミンCには,それを防ぐ力があるのです。(中略)酸化を防ぎ,脳細胞や血管を守るのです。(p25)
 毎日のように大酒を呑んでいると,前頭葉が確実に萎縮していきます。実際,アルコール依存症患者の脳を調べると,前頭葉と海馬が萎縮しているケースがひじょうに多いのです。(p27)
 タバコも,やめるに越したことはありません。(中略)ニコチンは血管を縮めるため,体内の血のめぐりが悪くなるうえ,脳に流入する血液量が減っていきます。すると,脳はたえず酸素不足の状態に陥り,うまく機能しなくなってしまうのです。(p27)
 ガムを噛んでいるときの,脳の状態を調べると,血流量が増えていることがわかりました。(中略)逆にいうと,歯が悪いことは,認知症の原因になります。(p29)
 私の臨床経験からいっても,70代で耳が遠くなった人には,認知症を発症する人が多いように思います。(中略)迷わずに補聴器を使うことです。(p37)
 老後,心がけたいことを「あかさたなはまやらわ」で始まる10個の動詞にまとめて,患者さんらに伝えています。(中略)ご紹介しましょう。
 あ 歩く
 か 噛む
 さ サボる
 た 食べる
 な 和む
 は 話す
 ま 学ぶ
 や 役立つ
 ら 楽観する
 わ 笑う(p46)
 前頭葉は「想定外の出来事」が大好きですので,「結果がわからない」「失敗するかもしれない」というチャレンジも,前頭葉を刺激します。(中略)人生,安全策ばかりでは,前頭葉がどんどん衰えていきます。(p73)
 深呼吸で取り込まれる酸素量は,通常の呼吸の約7倍にものぼります。新鮮な空気が大量に入ってくると,血液の循環がよくなり,脳の酸素不足が解消されます。また,意識的にゆっくりと呼吸をすることで心拍数が減ることも,リラックス効果を高めます。(p85)
 太陽の光には,心身を活性化させる力があります。逆にいうと,日の光を浴びないことは,人間にとって最大級のストレスになるのです。(p89)
 75歳以上の場合,2週間動かないと,動いているときの7年分も,筋肉量が落ちるというデータがあるくらいです。(p99)
 むしろ,私は「動機は不純でなければ,動機ではない」とまで思っています。(p168)

2021年6月19日土曜日

2021.06.19 和田秀樹 『「すぐ動く人」は悩まない!』

書名 「すぐ動く人」は悩まない!
著者 和田秀樹
発行所 海竜社
発行年月日 2016.03.18
価格(税別) 1,000円

● 著者の専門は老人精神医学ということなのだが,それに限定されず,多くの人が悩んでいそうなテーマを的確に捕まえて,精神医学的あるいは心理学的に落とし所を導くという著書がたくさんある。本書もその1つに数えていいのだろう。
 タイトルは「すぐ動く人は悩まない!」だが,どんなふうに悩めば,動きを停めないでいられるかという話を展開している。上手な悩み方の解説。

● 以下に転載。
 大事に悩んで,些事に悩まず。これは,悩みがなさそうに見える人に共通するものですし,上手な悩み方のポイントでもあると思います。(p30)
 いちばんまずいのは解決できないことを悩むパターンです。その典型が「過去」を悩むこと。これは,悩めば悩むほど深みにはまりますし,同じことを何度も繰り返して悩むことになります。(p38)
 解決できる悩みに目を転じることです。会社が嫌なら,入ったことを悩むのではなく,どうしたらその嫌な状況から脱することができるか,そのことについて悩めばいいのです。(p39)
 なぜ,失敗したか,どこで,失敗したか,ということをきちんと分析する。また,同じ失敗は二度と繰り返さない,と強く自分を戒める。その二つの条件が揃ってはじめて,失敗は成功のもとにも,母にもなるのです。(中略)失敗した結果をただ悩むのか,改善点を見いだそうとして悩むのか。どちらの悩み方をするかで,次の結果は大きく変わってくるのです。(p44)
 森田正馬はこんなことをいっています。「人は同時にたくさんのことを悩めない」。つまり,ひとつの悩みの渦中にると,そのことばかりに心が占領されて,ほかに悩むべきことがあっても,それが見えない(p47)
 “得意を伸ばし,苦手には目をつぶる” という考え方は,悩まないための処方箋でもあるのです。(p53)
 変えられるか,変えられないか。動けるか,動けないか。この二つは悩みを選別する重要なポイントです。悩みが心に入り込んできたとき,まず,この二点でふるいにかける。そうすることで,余計な悩みにつかまらないですみます。(p57)
 悩んでいることがすっかりクリアになる。それが解決だと思っていないでしょうか。もちろん,そうなることがベストです。しかし,そこにこだわっていると悩みは尽きないことになるのです。(中略)そこで必要になるのが,「ベターでよし」とする感覚です。(p58)
 人間関係のなかには大きな錯覚があります。人の気持ちは変えられるという思い込みがそれです。はっきりいいましょう。自分の対応次第で相手の気持ちを変えたり,相手を説得できると考えるのは,思い上がりです。(中略)その試みはほとんど徒労といってもいい。(p63)
 学歴では負けていても,実力をつければ十分 “逆転” は可能なのです。そのために心しておかなければいけないのは,大学入学という時点での負けは,負けとして素直に認めるということです。(中略)それをいつまでも,「東大なんて,ガリ勉していただけだから,性格的に問題があるやつばっかりじゃないか」なんてやっているから,エネルギーがしぼむのです。(p72)
 男女を問わず,生理的に受けつけないという感じを持たれていたら,それを変えるのは,まず,不可能だというのがそれです。(中略)永遠に振り向いてくれない相手に執着して悩むのは愚の骨頂。(p77)
 何ごとにおいても成功確率を高めるいちばん有効な手段は,この諺(下手な鉄砲も数打ちゃ当たる)のごとく,打数を増やすということなのです。(中略)「蓼食う虫も好き好き」 かりに容姿,性格,境遇に “難” があったとしても,自分を好きになってくれる人がいないはずはないのです。(p80)
 経済力のなさはそれほど結婚の障害にならない,という気がするのです。思い込みがそれを障害にさせている。(p88)
 拒否する気持ちを覆すのは非常に難しいのです。結局,悩ましさが増すだけです。(中略)自分から誰かが離れていくとなると,「彼(彼女)しかいないのに・・・・・・」という気持ちが高まるものなのです。しかし,それは完全に思い込みです。(p94)
 相手をどうにかしようと悩んでも,問題は解決されない。そうではなく,自分がどうするかを悩むことによって問題は解決する。(p107)
 人生も先のことはわかりません。だから,試してみることが必要です。生きていれば何でも試してみることができます。わたしは,生きる意味は,案外,そんなところにあるのではないか,と思っています。(p122)
 人生に打率は関係ないのです。120打数1安打。120回試してみて,一人素敵な彼女がゲットできたら,それで幸せではないですか。(p124)
 フラれたら少しはへこむでしょう。しかし,拒絶されたとしても,多くの場合,相手はこちらに悪感情を持っていないのです。自分が誰か異性に好意を打ち明けられたときのことを考えてみてください。(p124)
 人生は,思ったとおりにならないこと,思いもよらないこと,思いがけないことの連続なのです。しかし,だからこそおもしろいといえるのではないでしょうか。(中略)思いどおりにならないことは,けっして挫折などではなく,飛躍のためのステップ,チャンスを拓いてくれるきっかけともなるのです。(p134)
 意味があるなしは他人が決めることなのです。(中略)そうであったら,自分に「意味があるのか? あったのか?」と問うてもしかたがないということになりませんか?(p135)
 自分の才能はどこにあるのか,才能なんかないのではないか,と悩むのは時間の浪費です。ふとしたきっかけで目覚めるのが才能です。(p140)
 老いと戦うことはけっして悪いことではないと思います。(中略)ただし,ある時期がきたら老いを受け容れることも大切です。(中略)誰にでも,「そろそろ爺さん(婆さん)としての自分を生きるとするか」という時期はくるのです。その感覚には抗わないほうがいいですね。老いを受け容れる清々しさというものもあることを知ってください。(p144)
 みなさんの周囲にも男女を問わず,“素敵な老人” がいるはずです。人生のいいお手本ではないでしょうか。(p146)
 餓死にはきわめて悲惨な死というイメージがありますが,実際のところは,案外,ラクな死に方のようです。(中略)死に向かう苦しさや痛みについては,イメージが先行しすぎている。そのことにちょっと警鐘を鳴らしたい。(p155)
 悩みというものは,期限を区切らずに悩み続ければ,いつか,必ず,解決されるというものではありません。(中略)ちなみに,勉強でも,たとえば,数学の問題は解けるまで考えろ,という人がいたりします。まったくナンセンスといわざるを得ません。30分考えて答えが出ない問題は,おそらく,一年考え続けても結果は同じなのです。(中略)悩みの軽重によって長短はあっても,期限付きで悩むという基本スタイルは守るべきです。悩みに決着をつける方法は,それ以外にはありません。(p159)
 頭で考えていると,悩みは深くなっていくものです。それを防ぐために有効なのが,紙に書くということです。(中略)その際のポイントになるのが,悩みそのものではなく,その悩みに対して,自分がどう対応したかと書くということです。(p164)
 人には何でもない事実を思い込みによって深刻な悩みにしてしまうところがあるのです。その落とし穴にはまらないためにも,「事実」と「思い」を分けて,紙に書くことをおすすめします。(p168)
 もし,事故を恐れて飛行機に乗らないというのなら,それよりもっと頻発している交通事故を恐れて,外に出ないということでなければ,論理的にはおかしいわけでしょう。しかし,飛行機嫌いも平気で街中を闊歩している。確率論でものを考えないわけです。わたしは常々,不思議なことだと思っています。不安,恐れ,悩みには,確率論で考えないことが原因になっているものが少なくありません。(中略)確率論で考えるクセをつけませんか? 状況はまったく同じでも,そうすることで,悩みは格段に軽くなります。(p170)
 現実に成功した人は,考えているだけでも,悩んでいるだけでもなく,さっさと動いた人,行動に移した人なのです。(中略)そもそも完璧な計画などないのです。悩むこと,いや,悩みすぎることの愚かしさは明白です。(p188)
 人事を尽くさなければ,成功はおぼつかないのです。しかし,最終的には天命にまかせるしかないわけですから,人事を尽くすことも適当なところで切り上げる。ここは大事なポイントです。(p192)
 短く悩んで動き,じっくり悩んで改良,再チャレンジをする,というのが,成功へのルートです。(p195)

2021年2月17日水曜日

2021.02.17 和田秀樹 『60歳からの勉強法』

書名 60歳からの勉強法
著者 和田秀樹
発行所 SB新書
発行年月日 2018.11.15
価格(税別) 820円

● 「勉強法」というタイトルになっているが,いわゆる勉強(本を読んでする座学的なもの)はもうそんなにやらなくてもいいんじゃね? という内容。
 書斎の人になってはいけないと説く。そうではなくて,どんどん外に出なさい,人に会いなさい,と勧める。
 外に出るのはともかく,人に会えと言われるのは,ぼく的には少々辛いな。人間恐怖,人間嫌い,の気があるのでね。

● 以下に転載。
 新しい知識を欲することは決して悪いことではありませんが,つねに「自分は知識の不足状態にある」という思いにばかりとらわれているということではないでしょうか。(p22)
 もともと勉強の目的が,何かの資格を取るとか,どこそこの大学に入るといった,コンクリートな目的の人が多いのがこの国の特徴です。そのため,初期の目的を達成してしまうと,自分がいかにも賢くなったような錯覚に陥って思考力を鈍らせ,そこから先のバージョンアップを怠るケースが多々見受けられます。(p31)
 たとえ80歳の老人であっても,「生きている限り昨日より今日,今日より明日のほうが賢く頭を使えるようになる」ことにこそ,意味があるとわたしは思うのです。(p31)
 芸人でクイズチャンピオンという人がいますが,たしかにものは知っているのでしょうが,肝心の本業の漫才がちっとも面白くない。つまり知識量はチャンピオンになるくらいあるのに,知識の加工能力がきわめて低いため,芸にいかすことができず伸びていかないわけです。知識の加工能力がないという時点で,わたしなどは「ものは知っていても,頭悪いな,この人」と失礼ながら感じてしまうのです。(p37)
 わたしたちに必要なのは,知識をふまえて,どのように「自分独自のものの見方,考え方を展開できるか」,つまり「知識を思考の材料としてどう活用できるか」,そのことに尽きるのです。(p38)
 知識の多さを賢さの証しとして称賛しがちなこの国では,同様に常識(定説),理論・学説などについても,何ひとつ疑うことなく,絶対的真理として信奉してしまう傾向がしばしば見られます。(p39)
 いわゆる知識と言われるものは,「とりあえずいまの時代のこの状況では,こう考えられていますよ」ということにすぎず,つねに新しいものに入れ替わっていく。(中略)どんな高名な権威が提唱する説であっても,それがその分野の最終回答ではないということです。(p41)
 (アメリカでは)ある説を聞いたとき,「ああ,そうだったのか!?」的な納得の仕方をするのは,初等中等教育レベルの人間とみなされ,知的な人物ではないと判断されます。(p42)
 知識は所有するためにあるのではなく,使用するためにある。(p65)
 中高年以降でも記銘,保持には大きな問題は生じませんが,低下が指摘されるのが想起です。(中略)想起力を維持するためには,アウトプットを繰り返しながら記憶を定着させるのが有効な方法です。(p69)
 ものごとについての判断基準が,その説の妥当性ではなく,「誰が言っているのか」という人的要素に置かれる考え方を「属人思考」と言います。これはじつに危険な態度です。当たり前のことですが,ある人が言うことがつねに正しいということはあり得ません。(p71)
 自分が好意的に捉えるある特定の人物,ある特定の説ばかりを深堀りして勉強したつもりになっても,多くの場合,その説をなぞっているだけで思考しませんから,決して賢くならないのです。(p72)
 自説の正当性を信じて疑わない人は,新しい視点からの意見を受け入れることができません。自説とそれを支えてきた過去の学説が,あたかも宗教のような性格を帯びてしまう。これはアカデミックな世界に非常に多い現象です。(p75)
 多くの日本人はこの世に「唯一の正しい答え」があると信じ,これを追い求めてきました。つねに誰かが「これが正しい答えですよ」と提示してくれなければ不安になってしまうという,認知的成熟度の低さとあいまって,唯一絶対と思えるものにからめとられてきました。(p78)
 勉強とは生きるための目的ではなく手段です。勉強したことを自分の強みとして,いかに人生を豊かにしていくか,楽しくて幸福なものにしていくか。そのために使ってこそ価値があるのです。(p79)
 勉強にしろ仕事にしろ,何かことにあたる際,多くの日本人は方法論の重要性に対する視点が欠落しています。ですから,方法論をすっ飛ばして,いきなり本題に取りかかってしまうのですが,これではうまくいかない確率が高まるのも無理はありません。(中略)なぜか方法論を軽視するだけでなく,テクニック的なことに対して批判的に捉える人が少なからず存在します(p87)
 いちばんの問題は,一向にうまくならないいまのやり方を疑うことなく,そのやり方を踏襲したまま,練習回数の増量という根性論で乗りきろうとした点です。(中略)まずい方法論をとっている以上,練習量を増やしたところで,疲労がたまって嫌気がさすというのが行きつく先です。(p88)
 望むように結果が出せないとき,「どうせ自分はバカだ」と決めつけるのは非常に短絡的ですし,誰も幸せにはなりません。少し手間でもここは面倒がらずに,方法論を探して試すことに時間と労力を向けるべきでしょう。(中略)ラクをしようと思うことで工夫が生まれるものですし,これがやり方の探求の端緒になるのです。(p89)
 あくまでも自分が楽しく続けられることを追求するなら,まず自己分析を怠らないことがルールです。(p96)
 人生を豊かなものにするには,自分の好きと得意を起点とするのがコツです。(p97)
 世の中には何ごとにつけ,人の真似をするのではなく,自己流の追求にこそ価値があると考える人がいます。(中略)偏狭な無手勝流にこだわることは,わたしにはかなり愚かなことと映ります。(中略)いくら自分の頭を振り絞ってみても,スイスイできてしまう人のやり方を独力で編み出すことは不可能です。(中略)方法論こそ他人から学べるものなのです。(中略)方法論を編み出すことが目的ではなく,方法論を用いて人生をより楽しめるようになることが本当の目的だという点を,心に留めておいてください。(p97)
 日本人は簡単にベストな方法や答えを得たいという気持ちが強いですから,方法論にしても,「これがいい」と太鼓判を押されると,それにいつまでも縛られて別の方法を試すという発想がもてません。しかし,どんなに偉い人が勧めている方法であっても,自分に合っていないのであれば,さっさと見切りをつければいいのです。(p106)
 私が彼(伊能忠敬)の生き方のなかで強い感銘を受けるのは,自分よりも20歳も年の離れた天文家を師匠としたところです。(p111)
 自分が志す道について,わかりやすくガイドしてくれる人がいると,格段に進歩します。(中略)ここで言う師匠は,直接会って教えを乞うという関係だけに限りません。直接会うことがかなわない場合でも,自分で「この人を師匠としよう」と決めてしまってもいいのです。(中略)いまの時代でしたらSNSでコンタクトを取ることも可能です。(p111)
 人生の充実度を上げ,楽しく生き抜くために必要なものなのに,ほとんどの人が見落としているものがあります。それが「ロールモデルの設定」です。(中略)ロールモデルとは,ある役割を担う見本や模範となる人を指します。わたしたちが人生を歩むにあたっては,こうした目標にできる人の存在効果は絶大です。(p113)
 わたしたちは「学ぶのは失敗から」と思いがちですが,それに劣らず大切なのは,「成功から学ぶ」という姿勢です。(中略)成功要因の分析は,自分の経験だけを対象とするものではありません。(中略)自分より先を行く人たちの成功要因をきちんと分析してみる。(p118)
 あらゆる学びの基礎となるのが読解力です。(中略)巧妙につくられたフェイク情報の審議を見極めるにも,まずは読解力が求められます。読解力の有無が,情報を理解して使える人と情報に騙される人を分けていくのです。(p122)
 「定年・書斎・独学」という3点セットは,いささか古すぎる考え方かもしれません。(中略)書斎にこもりきって自分だけの閉じた世界をつくり上げるのではなく,「もっと外に出よう」「もっと人と会って議論を重ねよう」「もっと多彩なアウトプットを楽しもう」という考え方が肝心です。(p126)
 さまざまな現象に遭遇したとき,既存の知識とのズレやぶつかり合いが起こって,それが思考の契機となるはずです。(p129)
 ドラえもんは言わば「あなたの夢,叶えます」を生業にしているわけですが,そもそも「あなたの夢」がなければ失職してしまう。(中略)ものごとを生み出す源泉となる「わたしの夢」を見出だせるかどうか,つまり問題発見できるかどうかは大きな問題です。(p138)
 無意識のうちに,「唯一不変の正しい答えがあるはずだ」という思い込みがあるからこそ,答えが与えられない状態や不確定な状態,いわば宙ぶらりんの状態に耐えられない。ですから,マスコミが垂れ流す説の真偽もたしかめず,安易に飛びついてしまう。(p144)
 「考え不精の正論好き」人間であふれています。(中略)残念ながら知的成熟度が低いと言わざるを得ません。そもそもつねに変化を続け混沌としている世の中が,たったひとつの答えですっきりと片づくはずはないのです。(中略)ですから,「これぞ正解」「これぞ正論」「ひとつの答えを得たからこの件はゴールに到達した」などと信じて疑わない人は,わたしには愚か者にしか見えません。(p144)
 消費が足りなくて,生産があまっている時代には,生産をしないで消費をしてくれる生活保護の受給者はありがち存在かもしれないのです。(p147)
 日本人の思考に関する得意不得意には,ある特徴があります。それは,数学的な発想ができないという点です。(p154)
 実世界はこのように二分割して単純化できるようなものではありません。むしろ,ほぼ黒と白の中間のグレーゾーンでできていると捉えるべきでしょう。(中略)認知的成熟度の低い人は,ブレーゾーンの曖昧さに耐えられません。しかし,多様性の理解と受容の態度は,このグレーゾーンでこそ育まれるのだということを,みなさんと共有したいと思います。(p166)
 日本人は,原稿をつくるところまでは非常に真面目に一生懸命取り組みます。しかし,リハーサルが決定的に足りないのです。(p175)
 大事なのは話の中身なのに,表面的な技巧を磨くことを優先しがちです。話し方の技巧や伝え方の技巧に関する書籍が結構売れてしまう背景には,「上手に話さなければ」の強迫観念があることは間違いないでしょう。中身に関しても検討は,たいてい置き去りにされてしまっています。(p177)
 頭のなかでの思考段階では,ユルユルと次から次へ考えが連鎖していきます。それは,書き言葉でもなければ話し言葉でもない。言わば流動的な状態です。この流動的な思考を,どう人に伝える形に整えるか。ここが非常に大事なポイントになってきます。もっとも重要なポイントは論点を明確にすること。これに尽きます。(中略)人に話す前にメモ書きにして,客観的に思考の産物を眺めてみるというのが,手軽でいい方法です。(p185)
 男性というものは,どうも年齢が上がるにしたがって,依怙地になったり,一方的に話したり,どこか人から嫌われやすい要素が目についてきます。(中略)「中高年男性のどのようなところが嫌いですか?」という質問をすると,どの年代の人も,「上から目線で蘊蓄ばかり垂れる」点を指摘してきます。(p193)
 それなりに人生を歩んできた方が,少しも見栄を張らずに素直に「これってそういうこと?」「自分はこういうこと,よくわからないんだけど,教えてくれる?」と尋ねてくれたとき,その相手は自分に尋ねてくれたことを嬉しく思うものです。(中略)なぜなら,何歳になっても素直にものを尋ねられるその姿勢に,人はある種の感動を覚えるからです。(p196)
 こうした脳の萎縮は,女性に比べ男性のほうが顕著です。(p206)
 前頭葉が十分に成熟するのは,20代前半頃です。しかし,(中略)老化現象である萎縮が目立ち始めるのが40代。ベストの状態をキープできるのは,意外にも短期間です。(p210)
 自分の外見にまったく関心がなく,いつもくたびれた格好をしている男性も相当数存在します。意欲減退からくる自己に対する無関心は,やがて容姿容貌までをも老け込ませていきます。(p212)
 古来からの老境の理想像のひとつに,「枯淡」という言葉に象徴されるような生き方があります。(中略)じつはこのような生き方は,脳科学や精神医学の見地からは,あまりお勧めできるものではありません。欲望と言うと,性欲や出世欲,金銭欲など,生々しいイメージを抱く人も多いかもしれません。しかし,それらも含め,欲望とは生きること全般にかかわるエネルギー源と捉えていただければと思います。(p219)
 前頭葉が思考・感情の切り替えスイッチをさかんにはたらかせるのは,どういう生き方でしょうか。(中略)まずひとつめには,複数の楽しみを同時並行的に展開する生き方を挙げましょう。(p224)
 体を動かさず座ったままラクをして,日々を充実させることはできません。(中略)前頭葉にいやがらせをするような生き方にほかなりません。(p226)
 前頭葉対策は,感情の老化・劣化が始まる前から取り組まないと効果が半減します。(p229)
 半減どころじゃないんじゃないか。感情の老化・劣化が進んでしまっては,対策に取り組もうという意欲も湧いて来ないだろう。
 本書も定年後の勉強や過ごし方について指南しているわけだが,この指南を定年時に知ったとて,できることはそんなにないと思う。定年時にすでに勝負はついているというのが,ぼくの考え方だ。
 だから,『60歳からの勉強法』は40代で読んでおかなくちゃいけない。つまり,本書の読者対象は60歳ではなくて40歳の壮年者ということになる。
 不安や悩みというものは,自力で解決しようとして抱え込んでいると,かえって心のなかでふくらんで,いっそう不安感を駆り立ててしまうという特徴があります。(p237)
 本を読んで,そこに書かれた知識をひたすら注入するより,生き方を変えるほうがはるかに頭がよくなる人が大勢います。とくにこれまで十分知識を注入してきたり,人生体験を積んできた人はそうです。(中略)頭をよくするだけが勉強の目的でなく,頭が悪くならないために勉強するなら,知識を詰め込むより,生き方を変えたほうがよほど結果がいいはずです。(p239)

2021年2月16日火曜日

2021.02.16 和田秀樹 『定年後の勉強法』

書名 定年後の勉強法
著者 和田秀樹
発行所 ちくま新書
発行年月日 2012.09.10
価格(税別) 740円

● 著者の「勉強法」の本を読むのは,これが何冊目になるだろう。高校生(受験生)のときも合格体験記を読むのが大好きだった。肝心の勉強それ自体に入り込めなかったので,勉強にも受験にも苦労はしたが,合格体験記を読むのは好きだった。
 大人になってからも基本的に同じ傾向は続くものだ。勉強法の本を読むと,それだけで賢くなったような気がするのだ。実際に賢くなるのは大変だが,賢くなれたと錯覚するのはお手軽にできる。

● 以下に転載。
 定年後の勉強は,重要な健康法でもあります。それは,作家や文化人が,歳の割に若々しく,長生きな人が多いことからもわかるでしょう。(中略)現実に歳を取ってからは知的機能が高いほど生存率も高いという調査結果もあります。(p8)
 ただ盆栽をいじっている,好きなだけ本を読んでいる,絵を描いて過ごす,旅行をする・・・・・・といっただけでは,この「余生」はあまりにも長すぎるのです。(p13)
 この感情の老化のスピードはある方法によって防ぐことができます。それは,「勉強」です。「勉強」が前頭葉を刺激して,感情の老化を防ぐことができるようになるのです。(p14)
 この社会(知識社会)では,知識が生産手段の主軸を担い,頭の中にどれだけ知識があるかで賢いか賢くないかが決まるのではなく,その知識を上手にアウトプットし,加工し,そこから利潤を得ることのできる人が賢いとみなされるようです。(p28)
 「尊敬される年寄り」とは,単に知識をたくさん持っているだけの「書斎の人」ではないということです。また,ニコニコしているだけの好々爺でもありません。これからはアグレッシブ(積極的)な「賢人」「哲学者」が求められる時代なのです。(中略)「尊敬される年寄り」に求められるものは,知識よりも考え方の面白さなのです。いかに人をひきつけるアウトプット(出力)ができるかが必要とされます。(p30)
 根性論型の勉強法は効率が悪いのです。効率の悪い勉強法をやっていると,地頭の良さでのみ勝負しなければならなくなります。(中略)効率的な勉強法は確実に存在します。これは,勉強に限ったことではなく,ゴルフであったり,仕事であったり,健康に関してであったり,それぞれに効率的な方法は存在します。(p39)
 ある一定量の勉強をするのに二,三時間かかったとしても,復習は三〇分程度で済みます。復習しなければ三〇点しかとれないところ,復習すれば七〇点とれることだってあります。三時間で三〇点しかとれないところを,復習をして三時間三〇分で七〇点とれる可能性があるのです。つまり,復習はとてもコストパフォーマンスがよいのです。(p47)
 うまくいかないときに,他にやり方があるはずだと思えるか思えないかで結果が変わってくるのです。(p50)
 定年後の人たちというのは,詰め込んだものは十分あるわけですから,むしろ,これ以上詰め込むというより,これまで詰め込んだ知識をどう使うか,創造性をどう導いていくかちうふうにシフトすべきです。(p51)
 動物の発生学上からみると,大脳は胎児の段階から,側頭葉,頭頂葉と発達して,最後に前頭葉が発達します。このために,初等,中等教育では,側頭葉と頭頂葉を鍛えるためにみっちりと言語や計算の訓練,図形やグラフの把握のトレーニングをするというのは理にかなっています。その訓練ができてから,前頭葉を鍛えるべきなのです。しかし,現在,日本の教育の根本的な欠陥のため,前頭葉が鍛えられることは残念ながらほとんどありません。(中略)日本の大学では,自分ほど偉い者はいないと平気で考えている大学享受が大人数に向かって一方的に話すような講義しかありません。なにかを引き出すとか,知識を疑わせるとか,いろいろな可能性を考えさせるという学生のクリエイティビティを伸ばす講義がほとんどないのです。(中略)私立大学の文系学部に進むというのは,悲劇的なことではないでしょうか。(p56)
 側頭葉型の勉強法から前頭葉型の勉強法に変えるということは,わかりやすくいえば,若いころの「正解は一つという発想」から,(中略)「正解はいくつもある」という発想に変えるということです。(中略)「ほかの可能性を考えてみる」「想定外のことに対応する」といった多様な答えを導き出すための勉強法に切り替える必要があるのです。(p58)
 受験勉強の延長線上で定年前後の勉強について考えてはいけないのです。(p61)
 たとえば「二次方程式を社会に出てから一度も使ったことがない。だからこうした勉強は意味がない」みたいなバカバカしいことをいう文化人もいますが,この二次方程式といのは単なるコンテンツの一部分に過ぎません。(中略)二次方程式を理解する思考の過程が社会に出てからは重要なのです。(p63)
 定年前後の勉強であれば,できるだけ,集中力を重視した勉強法は避けたほうがよいともいえます。(中略)普段の集中力を持っていればいいのです。気もそぞろになってその場をおろそかにすることがなければ大丈夫だと考えればよいのです。(p94)
 中高年以降でも本気で勉強したいのであれば,「一回では覚えられない」という当たり前のことを思い出して,本一冊読むときに,一回目はとりあえず大切そうなページに付箋を貼るために読む。そして二回目は,付箋を貼ったところだけでも復習する。こういったプロセスを踏むことで,本に書かれている重要なことが記憶としてインプットされて,保持(貯蔵)されるのです。(p98)
 昔は,中高年になると寡黙な人のほうが賢いと思われていました。(中略)ところが,寡黙な人は口を開いてみてもあまり面白い話ができないことが多いのです。(中略)頭の中にどれだけの知識が詰め込まれているかではなく,その多寡にかかわらず,どれだけのことを外に出せるか,つまり,入力された知識の量よりも想起できる量が大切になるのです。(p106)
 いまの日本では,単純な結果や安直な結論を求める風潮があります。物事をなんでもワンフレーズでまとめようとするのです。(p110)
 この部位(前頭葉)は他の脳の部位より早く萎縮が始まるのです。(中略)前頭葉の老化が始まると,何をしてもつまらないと感じるようになる(感情の平板化),何に対してもやる気が衰える(意欲の老化),ささいなことでイライラし始める(感情の老化)といった形で行動や言動に老化現象が現れ始めます。(中略)その一例が保続という症状です。保続とは,思考や想像などの切り替えがきかなくなって,同じことをくりかえしてしまうことです。(p111)
 こういった人は「そんな話は知っている」現象になっている可能性が高いのです。思考が頑なになっているだけなのに,物知りになった気になって,自分が何でもかんでも知っていると思い込んでしまっているのです。(中略)「そんな話は知っている」現象が起こると,記憶力にも影響を与えます。それは「知っている」と思った時点で記憶力に必要な「注意」のレベルがガタッと落ちてしまうからです。(p117)
 コレステロールが高い人のほうが長生きしているとか,やや太めの人のほうが長生きしているという内容の本を書いても,そこそこにしか売れません。ところが,みんなが受けいれやすいメタボ対策の内容になるともっと売れるようです。それくらい,異論を受けつけることのできるキャパシティがある人間が少ないのです。(中略)ですから,多様な説を受け入れることのできる人間は話が面白い人,クリエイティブな人として評価される可能性が大きいのです。(p118)
 「異論を受けいれることができない」現象は,「学んだことを疑えない」といったことにも表れます。(p119)
 主義主張を曲げないのは一見立派なことのようですが,時代が変化していく中で,その時代に合わせて,意見を変えていくほうがずっと大切で立派です。定年前後からの勉強にとって必要なのは,その時代に合わせて,変わっていく考え方や発想に関心を持つことです。その結果,若い頃とは意見が変わっていくこともあるかもしれませんが,それはまったく問題ではありません。(p120)
 自分は右翼だと思っている人こそ,「世界」を読むべきだし,自分は進歩派だと思っている人ほど,「正論」を読むべきなのです。自分と違う意見を取り入れることで,思考の柔軟性が保たれ,思考の老化が防げるからです。(p123)
 前頭葉は向上心や欲望をコントロールしているため,年齢を重ねて,前頭葉が老化してくれば,向上心は低下し,出世欲,支配欲なども衰えてしまい,物事に固執しなくなってしまう傾向にあります。(中略)欲望とは人間が本質的に生きるためのエネルギー源です。何かを一生懸命に考えたり,意欲をわきたたせたりする一番の動機です。この欲望が弱まってくると早枯れした人間になってしまう。定年後といえども,欲望を抑え込んではいけません。(中略)食欲であれ,物欲であれ,性欲であれ,欲望に正直に生きることが前頭葉へのいちばんの刺激になるのです。(p124)
 ぼくなんかもこの歳になって「足るを知る」境地に近づいたなと思うことがある。物欲がなくなってきたからだ。欲しいモノがない。今あるもので充分だ。
 実際,モノはある。洋服なんか,下着も含めて,流行なんてのを考えなければ一生着られるだけのものがあるのじゃないか。もう何も要らないよ,となって,「足るを知る」ようになったかと思ってたんだけども,前頭葉が老化した結果に過ぎなかったのか。
 世の中を達観したとされる鴨長明,西行,吉田兼好などは出家し,世の中から隠遁したように思えます。しかし,彼らは自分で日記や随筆を書いたり,和歌を詠むといった創作活動に打ち込んでいたのです。(中略)寿命が延びた現代,「早枯れ」をしてしまうと,長い後半生がつらくなります。(p127)
 前頭葉に強い刺激を与えることができるのは偶発性の高い,つまり先の読めない行為です。たとえば,株式投資や起業,ギャンブル,恋愛などがそれにあたります。基本的には,感情は予想と現実の差によって刺激されます。(p128)
 「試行」することを提案したいと思います。(中略)実際に動いてみなければわからないのに,頭の中であれこれ考えただけでやめてしまう人間が多すぎるからです。(中略)少なくとも若者よりお金や時間の余裕はあるのだから,試せることだって多いはずです。(p129)
 試行の際に大事なのは,わからないことは人に聞くといった姿勢です。とくに男性は,年齢を重ねれば重ねるほど,恥をかきたくないという気持ちが強くなります。(中略)感情が老化してくると,より保守的になり,それゆえに恥意識が強くなりがちです。その恥意識の強さが理解の妨げにもなってしまいます。(p134)
 知の賢人とは様々な知識を加工するための思考能力を持っている人物のことです。単純な知識や情報より,ある考え,ある本をどのように解釈するのか,どういう発想で読み解くのか(p142)
 本を読んで,情報を与えられた時に,考える習慣をつけなければなりません。安易に納得するためではなく,そこからどんなことが考えられるのかを知るために読書すべきなのです。これは「思考力」を刺激することにもなり,批判的な読書ともいえるでしょう。「批判的」とは,自分の経験をもとに,実際はこうではないかとツッコミを言えるようになることです。(p145)
 幸いなことに定年前後になると,「わかる」能力が増しています。学生のころニーチェを読んであまり理解できなかったとしても,年齢を重ねてみると,意外に言っていることが単純なのだと理解できる部分もあるでしょう。(p158)
 そういった通信制のコースは,教授の指導意欲が低下しているせいか,指定の教科書も古く,無味乾燥なテーマについてのレポートを決められた回数,提出するような課題ばかりで退屈します。その魅力のなさに途中で投げ出す人も多いでしょう。(p162)
 文章の場合,いきいきしているかどうかは,具体例をいくつ挙げられるかどうかにかかってきます。(p167)
 いちど試行してみて,まったく成果があがらなければ,その夢はあきらめたほうがいいでしょう。(中略)こうしたときには,あきらめの良さとか損切りが重要になってきます。あきらめた後,ほかのものへのチェレンジを繰り返すほうがよほど賢いのです。(p168)
 若い頃の勉強は苦手を克服するということが多かったかもしれませんが,定年後の勉強ではその逆となるのです。(p175)
 仕事をしなくてすむからといって無限に時間があると思ったら,大間違いです。(p178)
 道具のレベルを知ることです。しかし,ここで注意したいことがあります。道具のレベルが高いと,道具自体が目的化してしまうのです。(中略)英語ができるようになろうとしたときに,その英語を道具としてどのように使うかを明確に意識しておかないと,英語を習得するということ自体が目的になってしまいます。(p179)
 定年後の勉強にはきっぱりとあきらめたほうがよいこともたくさんあります。その代表的なものが英会話です。(中略)耳がよくなることがほとんどない定年後では英会話の能力があまりあがりません。(p181)
 読書をするときには一冊の本を全部読まなくても大丈夫です。(中略)ある目的,ある目標ができれば,それに必要なところだけ読めば十分なのです。(中略)その本ならではの独自な視点,ポイントだけを読むことで,その本の重要なポイント,特色を最短コースで掴むことができます。(p182)
 本は読むことに時間をかけるよりも,読んだあとに時間をかけるべきです。(中略)私の勧める読書法は,速読ではなく,一部熟読法です。一冊の中で,大事なところを繰り返し熟読する。あるいは,そこの部分についてはインターネットを使って枝葉情報まで調べる。(中略)異論,暴論が出てきた際には,必ず裏付ける資料があるのかどうかを調べるべきです。(p183)
 生物学的な意味での成熟とは,生殖に向けて機能が整っていくことですし,心理学の世界で言う「認知的成熟」とは,自分とは別の考え方やグレーゾーンを認められるようになることです。これが(中略)知の賢人のロールモデルです。(p196)
 知的であれば周囲から評価されるし,何よりもモテます。知的に見せると,まわりが素敵だと思ってくれるので,より知的であろうとし,好循環が生まれます。(p197)

2020年12月16日水曜日

2020.12.16 和田秀樹 『老後は要領』

書名 老後は要領
著者 和田秀樹
発行所 幻冬舎
発行年月日 2020.08.05
価格(税別) 1,200円

● 著者が若い頃に書いた『受験は要領』は今でも読まれているのだろう。残念ながら,ぼくは著者より早く生まれているので,著者の知見を参考にすることはできなかったのだが。
 で,老後も要領だ,と。この分野での著者の著作はすでに数多く出ているが,本書も読んでいて面白い。何となく元気になる(ような気がする)。その “何となく” のために読めばいいと思う。

● 投資信託の話も登場する。銀行など金融機関が投資に無知な老人を喰い物にする。かんぽの組織ぐるみの悪どさは記憶に新しいが,あれがかんぽだけのことで,銀行や証券会社はそんなアコギなことはしていないと思う人はそうそういまい。
 いずれ,これに対しては法的な歯止めがかかることになると予測はしているが,アコギの対象になる老人は,人がいいというより不勉強な人ではないかと思っている。
 問題は,認知症に足を踏みこんでいるような老人を喰い物にしていることだ。国辱とはこういうことを指すためにある言葉だろう。

● 以下に多すぎる転載。
 その基本方針は,「できないことを嘆く」のではなく,「できることを楽しむ」ことです。(p4)
 ころんでもたた起きない,コロナでもただ起きない--それくらい前向きに考えることが,コロナ時代を元気に言い抜く要諦だと,私は考えます。(p5)
 80歳まで元気なら,老後には,現役時代に働いた時間以上の自由があるというわけです。私は,この途方もない自由時間を有意義に過ごす方法は,2つしかないと考えています。(中略)ひとつは「働く」こと。そして,もうひとつは「勉強する」ことです。他の方法では,残念ながら,人間の脳は飽きてしまうのです。(p19)
 西洋には,「牛乳を毎日飲む人よりも,毎日配達する人のほうが健康」ということわざがありますが,その言葉の正しさは,世界中の研究者が認めているところなのです。(p23)
 人生,何事もやってみなければ,わかりません。「引退」も希有な経験ですし,引退後の暮らしが心から楽しければ,その後,“引退しづづける” のもいいでしょう。ただし,(中略)“最初の引退” は,期間限定のつもり,仕事を一時休むくらいのつもりで,退くことをおすすめしたい。(p38)
 人間の脳は,旅行にも庭いじりにも,いずれは飽きてしまいます。人類の進化の歴史を考えても,私には,人間の脳が「遊ぶだけの30年間」に耐えられるとは,到底思えません。(p40)
 声を大にしていいたいのは,「勉強は最高の健康法だ」ということです。私は,頭を鍛え,“脳力” を維持することほど,効果的な老後の健康法を知りません。(p44)
 動機は,おおむね “不純” なほうが,大きなエネルギーにつながります。人間,なかなか “久遠の理想” のためには努力できません。(p45)
 その不純な動機を達成するための方法は,「アウトプット」することしかありません。(中略)勉強する最終的な目的は,アウトプットすることなのです。話す,教える,文章に書く--手段は,何でもOKです。(p45)
 私は,老後の勉強のアウトプット目標は,「本を1冊,書くこと」におくといいと思います。(p47)
 本を書くためには,テーマが必要です。そのテーマは,あなたが最も興味のあること,勉強したいことでOKです。ただし,それを将来,売り物にする(本にする)ためには,「具体性」が必要です。テーマは具体的であればあるほどベターです。(p53)
 テーマが決まれば,次は「コンテ」を作ることです。(中略)「本作りはコンテ作りが9割」だと,私は思っています。
 私は,本のテーマが決まったあとは,次のようにコンテを作っています。
1 まず,仮タイトルをつける
2 次に,章立てを考える
3 各章に書きたいことの「小見出し」を書き出してみる(p54)
 60代まで,日本語を問題なく話してきた人なら,本気で書き始めれば,すぐにそこそこの文章を書けるようになります。(中略)そう,今は「ワープロソフト」があるからです。(中略)私自身,もしワープロが発明されていなければ,これまでに書いた文章の10分の1も書けていなかったと思います。(p59)
 本格的な老いを迎えるまえの目標を可視化する作業をしていると,私は元気が出てくるのを感じました。人間の脳は,案外,単純にできています。(中略)そうした前向きの作業をするうち,脳内の神経伝達物質や,男性ホルモンのテストステロンなどの分泌量が増えることになったのでしょう。(p66)
 老後は,現役時代以上に,目標と計画を立てることが必要だと考えています。「目標を立てる」ことは,より具体的にいえば,「期限を切る」ことです。要するに,「締め切りをつくる」ことです。(中略)そうしたスケジュールに合わせて,実現する方法を考え,取り組むことは,前頭葉にとって格好のトレーニングになるのです。(p67)
 夫の定年は,夫にとっては “自由な時間の始まり” ですが,妻にとっては,“自由な時間の終わり” を意味します。(中略)夫が妻の自由を奪わなかったからこそ,これまでは仲よくいられたのです。(p73)
 人間関係には,「ほどよい距離感」が必要です。接近しすぎたヤマアラシが互いの体を傷つけるように,人間も近づきすぎると,心にトゲを刺し合うことになるのです。(中略)どれほど仲のいい夫婦でも,何十年もの間,24時間一緒に仲よくいるというのは,無理な話です。(p74)
 若い頃から一緒に楽しんできたのならともかく,老後を迎えてから,「共通の趣味を楽しもう」などと意気込むと,ろくなことにはなりません。たとえば,妻と,同じカルチャーセンターなどに通っていても,同じ時間帯には行かないように工夫したほうがいいくらいです。(p77)
 まだまだ人生の先は長いのです。家庭内離婚,仮面夫婦状態を続けて,不快な気持ちで過ごすと,確実に心身に悪影響を与えることになります。精神科医として,そうして心を壊していく女性の姿も,嫌というほど見てきました。(p80)
 子供を立ち直らせるには,「とにかく放っておく」ことが必要なのです。長年,引きこもっていても,親が食事をいっさいつくらなければ,コンビニくらいには行くようになるものです。(中略)親が態度を変えはじめ,自分の生活の充実のほうに気が向くようになると,子供の態度にも変容が現れるのです。(p82)
 日本は家族関係が極端な国で,べたべたと付き合いすぎるケースがある一方,いったん距離を置くと,その距離が遠すぎるというケースが多いのです。(p86)
 あくまで「現役時代,そこそこの企業に勤めていれば」という条件付きではありますが,今やこの国では,老後の貯金などなくても,金銭的な心配はほとんどありません。制度に関する知識を備え,利用できるものは利用すれば,日本は北欧諸国並の社会保障大国なのです。(p102)
 私はそろそろ,日本人も,現役時代に支払った税金は,老後「取り返してなんぼ」という発想を身につけたほうがいいと思います。むしろ,それが納税者としての “正しい態度” でしょう。(中略)じつは,国民の多くがそうした考え方をもったほうが,マクロ経済はうまく周ります。(p104)
 定年後,銀行に行き,「退職金をどうすればいいでしょうか?」という質問をするような “超世間知らず”,いや “超投資知らず” の人は,投資を避けたほうが賢明です。残念ながら,そういう人は,金融機関にとって,絶国のカモです。彼らにとって,投資知識のない定年退職者ほど,「いいお客さん」はいません。(p113)
 私は,「毎月分配型の投資信託」を買うくらいなら,馬券でも買ったほうが,まだマシだと思っています。(p114)
 今後,あなたの資産を狙って,金融機関やその他の業者が,さまざまな誘惑の言葉を投げかけてきます。(中略)その攻勢は,あなたが年齢を重ねるにつれて,認知能力が落ちるに従って,いよいよ激しくなってきます。(中略)怪しげな勧誘がまかり通っているのは,世の中には投資に関してあまりに無知な人が多いからです。(p115)
 よほど自分の投資技術に自信がある人以外は,インデックス型を利用し,「半分になっても困らない」程度の金額をコツコツと投資するのが,いいと思います。(中略)それでも狼狽売りすることなく,保持し続けていれば,最終的には報われることは,株式市場と資本主義の歴史が証明しています。(p121)
 私は「走る」ことは,50代以上の人にはおすすめしません。(中略)いちばんおすすめの運動は(中略)「歩く」ことなのです。「人間の体は,1日8~14キロは,歩くことを前提にできている」という説もあります。(p135)
 イライラや怒りをしずめる最も簡単な方法は,「深呼吸」です。脳に酸素が十分に行き渡ると,脳内の扁桃という部位の興奮がおさまり,それが交感神経の興奮をしずめるのです。(中略)大きくのびをしながら,目を閉じる。次に,ゆっくりと大きく息を吸い込み,ゆっくりと吐き出す。呼吸だけに意識を集中し,つとめて無心になるのがコツです。こうして,何回か,深呼吸を続けると,気持ちが落ちついてくるはずです。(p160)
 人間の体の60%以上は水分であり,水分不足に陥ると,格段に疲れやすくなります。脱水症状が進むと,血液がドロ頃の状態になって,血液が流れにくくなります。(中略)すると,疲れやすくなるうえ,いったん疲れると,なかなか回復しにくくなるというわけです。(p174)
 脳機能上は,75歳くらいまでは,記憶力はさほど衰えません。急激に衰えるのは,「覚えようとする意欲」です。(p178)
 「脳は,いくつになっても鍛えることができる」--これは,脳科学的には,21世紀になってから立証された新たな常識です。(中略)つまり,「成人になってからでも,脳の神経細胞は鍛え方しだいで増える」ことがわかったのです。(p181)
 若い頃は誰しもそれなりに記憶しようと努力するものです。ところが,中高年になると,大半の人はそうした努力をしなくなってしまう。それなのに,「昔は簡単に記憶できた」ような美しい錯覚に陥り,「記憶力が落ちた」と慨嘆する。(p191)
 脳内のドーパミンを増やし,頭を働かせるためには,まずは「何とかなるだろう」とポジティブに考える「癖」をつけることが必要なのです。マイナス思考にとらわれそうなときは,まずは「何とかなるだろう」と,口に出してみる。(中略)それだけのことで,すこしはドーパミンやセロトニンが分泌されるのだと思います。(p198)
 松下幸之助氏は,社員採用の面接で,「君は,自分は運がいいと思うかね」と尋ね,「運がいいと思っています」と答えた人だけを採用したという伝説があります。これは,松下氏が「人生では楽天主義が大事」ということを骨の髄から知っていたことの証左でしょう。(p198)
 脳には安定を好む傾向があり,ひとつの考え方,ひとつのものの見方に慣れ親しむと,すべてをその考え方やものの見方ですませて,楽をしようとします。前頭葉は,すぐに怠けてしまうのです。(p201)
 「60点主義で即決せよ。機会を失うのは度し難い失敗だ」--昭和の名経営者,かつての経団連会長だった土光敏夫さんの言葉です。(中略)それくらいの勢いがないと,老いの坂を登り切れません。(中略)判断・決断を先延ばしすることは,やがて思考停止につながります。(p202)
 人生,そろそろ,締め切りが迫っているのです。60年以上生きていれば,何事もさっさと決めたところで,大きな間違いはないはず。(中略)「悩む前に跳べ」くらいを心がけることが老後の坂を登る要領だと思います。(p203)
 日本人に多い考え方の中でも,老後のためにとくによくないと思うのは,「完全主義」傾向です。「100点でなければダメ,90点でも努力が足りない」といった考え方をすると,無用のがんばりすぎを招き,うつ病の大きな原因になります。たとえば「親の介護」をするのに,100点満点など,そもそもありえないのです。(p203)
 欧米では,性ホルモンが減少すると,HRT(ホルモン補充療法)を受けるのが普通のことであり,保険も適用されます。しかし,日本では,副作用を懸念し,男女ともにあまり使われていません。私は,女性も男性も,ホルモン療法をもっと利用したほうがいいと思います。(p210)
 高齢者は,若い頃以上に,見た目が重要だと思っています。過去の臨床経験のなか,外見が老人ぽくなるにしたがって,感情の廊下が進み,ひいては全身の昨日が低下していくケースを多数見てきたからです。(p213)
 このようなアンチエイジング治療を,日本では,まだまだ「反則」のように思う人が多いのですが,私は,老後は「いろいろなことを反則と決めつけない」精神が必要だと思います。(p214)
 年の暮れには,多少は値の張るスケジュール帳を買うようにしてきました。上等な手帳を買うと,「使わなければ,もったいない」と思い,「いろいろ書き込む」,つまりは「予定をつくる」ことにつながるからです。(p217)
 神経伝達物質の正常な分泌をうながすためには,毎朝同じ時間に起きることが必要です。前の晩,多少寝るのが遅かったとしても,いつもと同じ時刻にベッドから出ましょう。その日はすこし眠いかもしれませんが,長い目でみると,それが脳と体を守るコツです。(p223)
 納豆は,最安値のサプリメントといってもいいでしょう。(中略)大豆食品は,脳にとっても,強い味方です。(中略)神経伝達物質の重要な原料「レシチン」をたっぷり含んでいるのです。(中略)中でも,納豆は,大豆の栄養をほぼそのままの形で摂取できる優秀な食材なのです。(p225)
 私は,健康に長生きしたければ,義歯やインプラントなど,歯にはお金をかけたほうがいいと思います。(p235)

2020年7月23日木曜日

2020.07.23 和田秀樹 『精神科医が教える すごい勉強法』

書名 精神科医が教える すごい勉強法
著者 和田秀樹
発行所 総合法令出版
発行年月日 2018.04.24
価格(税別) 1,300円

● 受験生の頃,合格体験記を読むのが好きだった。そういう癖って,爺になっても持続するものなのだな。勉強法の本を読むのもいいけれど,もっと大事なのは勉強じたいをすることだよね。

● 以下に転載。
 頭がいいとか悪いということは,多分に「思い込み」だと私は思っています。(中略)学歴の高い人であれ低い人であれ,言葉が使えて計算もできる時点で,知能の差などほとんどないと言っていいでしょう。(p16)
 その社長は,「うちの会社なら,逆上がりができない子に,できるように教えられなかった指導者はクビですね」と言っていました。つまり,どんな子でも逆上がりができる「やり方」はある。(中略)できるかできないかは,子どもの運動能力ではなく,そのやり方を自分で見出すか,あるいは人に教わる機会があるかどうかの問題だというのです。人が「できない」と思っていることの9割ぐらいは,コツややり方を教わればできるようになるものだと思います。(p20)
 子ども個人に合わせた勉強をさせるべきなのに,塾の勉強のほうに子どもを合わせようとして,結果的に子どもを潰してしまうケースはよく見られます。(p24)
 ビジネス雑誌を読んでいるのは,ビジネスパーソンのおよそ「30人に1人」に過ぎません。言い換えれば,ビジネス雑誌を読むだけで,「30人に1人」になれるということです。つまり,ビジネスパーソンの「上位3%」に入ろうと思えば,何の特別な努力もなしに入れてしまうのです。(p26)
 どんなに頭がいいと言われる人でも,勉強のやり方を習っている人にはまず勝てないはずです。それなのに多くの人がやり方を求めようとしないのは,やり方を学ぶことによって成功者になるという経験をしていないからです。(中略)やり方を学ぶことによって成功したという経験をすることで,何かに行きづまったときにやり方を求めるという人生観を持つことができます。これが勉強法を学ぶ最大のメリットなのです。(p27)
 意識したいのは,時間あたりの効率を上げることです。(p34)
 大人の勉強における最大の敵は,復習をしないことです。(p47)
 うつ病の患者さんが病気を治すためには休養が必要です。しかし,寝ていれば治るというわけではありません。スポーツでも趣味でも,好きなことを楽しんでやる時間を持つことが必要なのです。(p57)
 ひとつのことに対して,いろいろな考え方ができる人こそが,「頭のいい人」だと私は思っています。その「頭のよさ」を磨くために私がしているのは,いろいろな人の考え方に触れることです。(p76)
 異性にモテるために勉強するというのは,一見くだらない動機のようにも思えますが,実際にウンチクで異性にモテようと思うなら,相当なレベルの知識が必要になります。(p81)
 英語力やITリテラシーは勉強するための道具にすぎません。それらがあれば,確かに勉強しやすくなるのですが,道具を磨くための勉強にひたすら熱中した挙句,その道具をどこにも使えない,というのは最悪のパターンです。(p83)
 目的は何でもいいのですが,「とにかくバカになりたくない」という危機感を持つということは,重要なポイントだと思います。(中略)人間に生まれた以上は,賢くなりたいと思うのは大事なことだと思います。(p83)
 頭のよさは,一度獲得したらずっと続くものではなく,それを維持,発展させる努力をしなければ失われていくものです。(p85)
 「いまの自分にはまだまだ知らないことがある」という,「知的謙虚」な思考が勉強の原動力になります。(中略)昨日よりも今日の自分のほうが賢いと言える人,学歴などに関係なく「昔の自分はバカだった」と思える人が,真に「頭のいい人」だと言えます。(p87)
 私が何より残念だと思うのは,勉強法の本を読んでも,それを実際に試す人がきわめて少ないということです。(p89)
 日本の金持ちの多くが,この世でもっとも金のかかる趣味に熱中しています。(中略)その趣味とは「貯金」です。この趣味を持つと,ありとあらゆることにケチになります。(p102)
 この国において唯一のチャンスとも言えるポイントは,「金持ちの子どもが勉強しない」ことだと私は思っています。(中略)世界の先進国の中で,その国の代表的な名門大学に小学校からエスカレーターで行ける国は日本だけです。そして,金持ちほど嬉々としてそういう学校に子どもを入れています。(中略)勉強して「頭のいい人間」になれば,頭の悪い「金持ちのボンボン」をだます側に回ることもできます。少なくとも,だまされて搾取される側にはならずに済むと言えるでしょう。(p105)
 手術を執刀する医師や病院にとって,もっともプレッシャーのかかる患者は,多額のお礼を積んできた患者などではなく,いろいろ調べていて,失敗したら確実に訴えそうな患者です。(p109)
 イギリスでは1980年代に,これからは誰もが計算機を使う時代になるからと,学校で計算を教えずに応用問題ばかりを解かせる教育に転換しました。すると,深刻な学力低下が起こり,応用問題がますますできなくなったということがありました。(p113)
 あたりまえじゃないかと思うのだが,現在進行形の渦中にいると,そうしたあたりまえのことが見えなくなるものなのだろうね。
 今後は,(AIによって)ありとあらゆる職業において,「できる人」と「できない人」の差が大きくなるはずです。(p115)
 いまは生産に対して消費が足りない時代です。そんな「豊作貧乏」のような状況にあって必要性が高いのは,生産性を上げる能力よりも,消費者目線で「こういうものがあったらいいな」と考えつく能力です。(中略)そこで重要なことは,勉強している人としていない人では,「これが欲しい」と要求するもののレベルが違うということです。(p123)
 外国に逃れても勝ち残れる能力とは,語学力のことではありません。(中略)AIによる完全な自動翻訳機の実用化も間近になったいま,英会話を必死に習うよりは,別のことを勉強するほうが,有用性は高いと言えます。(中略)誰でも情報を手軽に得られるこの時代,与えられた情報や知識そのものは,あまり価値を持たなくなっています。価値があるのは,その情報をもとに推論を立てる能力です。(p127)
 「誰でも情報を手軽に得られるこの時代」のわりに,情報を持っている人はそんなにいないし,情報と情報を組み合わせるとか,関連づけるとか,そういうことをする人が増えたようにも思えない。スマホはゲームとSNSにしか使わない。何がどう変わろうと,バカはバカのまんまで,ひたすらボーッとしている。何か,そういう感じ。
 「極論に耳を貸さない」という姿勢は必ずしも合理的なものではなく,極論を踏まえることで,推論を立てやすくなることもあります。(p129)
 インターネットで調べればすぐにわかるような情報でも,アウトプットのしかたしだいでは価値のある知識になります。それができるのが「頭のいい人」です。(中略)その単純にインプットしたものを出すのではなく,それをどう組み合わせるかを考えることが重要なのです。(p134)
 年間30冊ほども本を書くという生活をしていると,「これは本のネタに使えるだろうか」とつねに考えながら情報に接することになります。(中略)そういう意識がないと,ただ受け身の姿勢で情報を得るだけになってしまい,せっかくインプットした情報がうまくつながらず,つかえないまま消えていくことになるのだと思います。アウトプットを意識しながらインプットできるかどうかが,情報の「加工力」をつけるためのポイントです。(p136)
 好きなことを趣味で追求する人は昔からいましたが,昔といまの一番大きな違いは,それを外に発信して評価が得られる可能性があるということです。(中略)熱心に本を読んで知識を増やすことだけが勉強ではなく,アウトプットすることも勉強です。むしろ現代ではその方が大切なくらいです。(p143)
 知識を得るための本に関しては,大事なところや,自分にとって必要な情報だけを抽出して読めばいいのです。(中略)本はほとんどが1000円前後,高いものでも数千円で手に入るものです。1冊のうち数ページでも自分にとって使える部分があれば,それで十分に元はとれます。むしろ,全部読み切ろうとする時間的なコストのほうがバカになりません。(p164)
 一定以上の情報量を記憶すると,覚えたことがつながって飛躍的に理解が進む,記憶の「臨界点」のようなものがあるのではないかと思っています。(中略)単なる「物知り」からエキスパートのレベルに達する臨界点があって,そこまで蓄積されると記憶が活きてくるのです。だとすれば,自分には理解力がないと思っている人は,もしかしたら記憶の量が足りないだけかもしれません。(p165)
 事前にミス対策をしておかないために,知識量は足りているのに合格できないということが起こります。ミス対策として,どんなことができるかを考えられるのが賢い受験者であり,他人から指示された通りに勉強していれば合格できると思っているのは,残念ながら「バカな受験者」です。たとえそれで合格できたとしても,ミス対策を考えていない人は,その後の人生でもミスを犯す可能性が高いと言えるでしょう。(p185)

2020年6月26日金曜日

2020.06.26 和田秀樹 『自分が高齢になるということ』

書名 自分が高齢になるということ
著者 和田秀樹
発行所 新講社
発行年月日 2018.06.27
価格(税別) 900円

● 認知症は癌と同じ。長生きすれば罹患するものと考えておかなければならない。親がボケたらどう接すればいいかという問題もある。本書はそれに答えるもの。
 それ以前に,認知症なるものを正しく認識するために,読んでおくとお得な本。

● 老いたら,ノルマや義務からは解放されるのだから,子どもに帰ったつもりになって楽しいことを追いかけろ,という。
 なるほどと思うわけだ。では,その楽しいことを抱えている老人はさて,どのくらいいるだろうか。本書の論調は,老人になってからでもそれは見つかるということなのだけども,そう上手くいくかどうか。
 可能であれば,老人になる前に見つけておけるといい。何でもいいと思うのだが,それを見つけておければ,退職金が1,000万円増えることよりも価値があるだろう。

● 以下に転載。
 高齢者は,正常値にこだわりすぎて血圧や血糖値を下げますが,下げすぎないほうが調子がいい(p5)
 認知症になったりした場合,頭や体を趣味や生きがいなどに積極的につかていると衰えが遅くなる(p5)
 ボケないにこしたことはありませんが,確率が2分の1ならそうなる前提で生きるしかありません。(p29)
 わたしは晩年が幸せならその人は幸せな人生だったと考えています。(中略)若いときにどんなに成功しても,あるいは大勢の人に取り囲まれ持ち上げられていても,老いて誰も寄りつかず,家族からも避けられて孤独になってしまう老人の人生を幸せとは思えません。(p29)
 いくら頭がしっかりしていても,何の刺激も楽しみもない日々を過ごすくらいなら,ボケてもいいから屈託のない笑い声を上げる生活のほうがはるかに幸せな日々だと思います。(p39)
 過去の嫌な思い出,毎日の決まりきった約束事,そういうものからすべて解き放たれて,楽しい思い出に浸ってのんびりと過ごすことができるのなら,それは幸せな時間ということもできます。ボケることでそういう時間を取り戻せるとしたら,認知症はわたしたちの人生の最後に用意されているプレゼントと受け止めることだってできます。(P44)
 認知症は,つらい記憶でも自分の都合のいいように書き換えてしまう力があるからです。(中略)もし,自分の親が認知症になったとしても,本人の記憶を「それは違うよ」とか,「あのときはこうだった」と打ち消すのは意味がないと言うべきでしょう。その人の中に生きている物語をそのまま受け入れたほうが,本人はもちろん,見守る家族も楽になるからです。(p46)
 よく問題にされてしまう「徘徊」にしても,実際にはぼく一部の人の症状にすぎず,大部分の人は地域や家族に見守られながら穏やかに暮らしているという現実こそ,もっと注目されてもいいはずです。(p49)
 ボケを蔑視したり,無用な恐れを持ってしまうと,自分が認知症とわかったときに「できなくなること」だけを思い浮かべてしまいます。(中略)すると,できることがあるのにそれもやらないで,閉じこもってしまうようになりかねません。これではせっかく残っている能力(残存能力)も活用されなくなりますから,脳の老化がさらに進んでしまいます。(p62)
 この「周りに迷惑をかける」という気持ちが,認知症への拒否反応をどうしても引き起こしてしまいます。(中略)極端な言い方をすれば,高齢になっても人生を楽しもうとする限り,周りに迷惑をかけることは避けられないのです。(p65)
 認知症の進行を早める生活スタイルの一つとして,「人と会わない」「出かけない」というパターンが有るということです。出かければ迷惑をかけるという考え方のほうが,どんどん認知症を進めてしまい,結局は迷惑をかけることになってしまうのです。(p70)
 認知症を進めてしまう生活スタイルがもう一つあります。「あきらめ」です。(中略)いまできることまであきらめてしまうようになると,認知症はその進み方も早くなってしまいます。(p71)
 認知症患者と接してきて感じるのは,あまりプライドが高いといいボケ方をしないなということです。(中略)いいボケ方をする老人は,その点で屈託がないというか,洒脱なところがあります。(p75)
 少しぐらい不自由を感じても,まだまだ人生を楽しむことはできます。むしろいちばんみっともないのは,つまらなそうに生きている高齢者です。何の楽しみもなく,ただしょぼくれている高齢者です。(中略)いくつになっても溌剌さを失わず,楽しそうに生きている高齢者を目指すべきです。(p80)
 うつ病は改善するけれど認知症は治らない・・・・・・。そのことだけを聞けば,「やっぱり認知症にはなりたくないな」と思うかもしれませんが,わたしに言わせれば逆です。(p86)
 そもそも高齢になるということは,いろいろなノルマや責任から解放されてくるということですから,わざわざ窮屈なルールで自分を縛る必要はないはずです。そのかわり,やりたいこと,好きなことはボケても遠慮なく愉しめばいいのです。(p96)
 出かけるのは嫌いで本を読むのが好き,映画を観ているときがいちばん楽しいというのでしたら,それでちっとも構いません。「閉じこもってばかりいると早くボケる」という人もいますが,要はその人にとって楽しいこと,幸せな時間を大切にすればいいのです。もちろん人と会って話すことは脳にも刺激を与えます。でもそれは,本人が会話を楽しんでいるときです。(p98)
 うつにならないためには,この楽な気持ちで生きるというのが大切な習慣になってきます。同時に機嫌のいいボケになることができます。妄想や徘徊はほとんどの場合,不満や怒りといった悪感情がきっかけとなって起こりますから,感情が安定すれば収まります。すると周囲の人たちとも笑顔でつき合うことができます。(p100)
 もしあなたの家族のだれかがボケたとしても,その人にはあなたと同じ感情があり,あなたと同じように楽しく暮らしたという気持ちがあります。不機嫌に暮らしたいと望む人なんかいないのです。(p107)
 「おばあちゃん,今日は何日だっけ?」とか「何曜日高わかる?」といった質問調の問いかけはやめましょう。(中略)記憶力のトレーニングとか,思い出すトレーニングのつもりだとしても,認知症の高齢者にとっては無用なストレスを与えることになりかねないからです。(p112)
 ところが気がついてみると,取引先の担当者も同業者も,みんな自分より年下になっています。「そうなるとちょっと,居心地悪いね。自分より若い人がすごく熱心で意欲的だし,頼もしくさえ見えるのに,わたしはこの30年,何をやってきたんだろうと考えてしまう」この感覚に納得する人は多いと思います。(p129)
 ボケてもいないのにプライドにこだわって他人に教えてもらうのを嫌がる人なんか,「小さい,小さい」ですね。本人は誇り高い人間のつもりかもしれませんが,たぶん,元気なボケ老人から笑われてしまうでしょう。(p135)
 もしかするとあなたの中にはまだ,役に立つこと,ためになることを優先させなくちゃという気持ちが残っているかもしれません。それもかなり強くです。(中略)でも,楽しいことを優先させ,それで機嫌よく暮らすことができれば,周りの人にとっても好人物です。いつ会っても楽しそうにしている人を見ると,こちらまで楽しい気持ちになってきます。(中略)だれかの役に立ちたいという気持ちはもちろん大切ですが,自分が楽しくなければだんだん意欲も薄れます。(p162)
 60代になって突然に夢中になれる世界に出合えば,「ああ,若いときから始めていればなあ」と時間を巻き戻したい気持ちになるでしょう。でも,30年前に出合ったとしても何の興味も持たなかったかもしれないのです。(p168)
 分別とか威厳とか,そういうしかめっ面も捨てましょう。簡単にいえば,自分の子ども時代に返る気持ちになってみましょう。ボケればどうせ,子どもに返ります。すぐ忘れる,すぐ頼る,嫌なことがあってもケロッとしている,楽しいことだけ追いかける,そういったことは全部,子どもだから許されることですが,老いの特権でもあるのです。(p171)
 ボケればどうせ,自分の歳なんかわからなくなります。というより,どうでもよくなります。好きなことに熱中して暮らしても同じです。いま何歳なのかも忘れてしまいます。(p173)
 愛されるボケには,周りの人を幸せにする力があります。つまりどんなにボケても,できることがあるのです。そのことにぜひ,気がついてください。(p183)

2019年12月1日日曜日

2019.12.01 和田秀樹 『引きずらないコツ』

書名 引きずらないコツ
著者 和田秀樹
発行所 青春新書プレイブックス
発行年月日 2016.06.01
価格(税別) 920円

● 本書で説かれているのはたった1つ。硬直的になるな,ということだ。
 必ずオルタナティヴがある。方法論を変えてみよ。これしかないと思うときこそ,それを試みてみよ。そういうことが説かれている。

2019年7月7日日曜日

2019.07.07 和田秀樹 『「感情の老化」を防ぐ本』

書名 「感情の老化」を防ぐ本
著者 和田秀樹
発行所 朝日新聞出版
発行年月日 2019.03.30
価格(税別) 1,000円

● 前頭葉の萎縮は40代から始まる。放っておくと老化に加速度がつく。ゆえに,抗わなければいけない。その方法論を具体的に教えてくれる。何だか元気が出てくる本だね。
 でも,たぶん,本当にこの情報を必要とする人にはなかなか届かないものでしょうね。

● 以下に転載。
 私は,20年以上にわたって老年精神医学に携わり,数多くの高齢者と接してきました。その中で常々感じていたのが,「個人差の大きさ」です。(中略)見た目に関してはその差がもっと大きく,実年齢プラスマイナス10~15歳は決して珍しくありません。その差はやはり「感情年齢」にあります。(p8)
 若者とシニアで一番違うのは,感情を揺り動かす「ときめき」や「やる気」などのモチベーションの大きさです。(中略)何に対しても意欲が沸き起こるのが「若者脳」なら,なかなか気持ちのボルテージが上がらず,意欲不足に陥るのが「シニア脳」といえるかもしれません。(p16)
 従来の老化モデルは,高齢になると徐々に健康度が落ちていくというものでしたが,最近の老化モデルは,死ぬ数年前までは元気で,最後の数年間でいきなり衰えるというように変わってきています。(p23)
 男性ホルモンが減少すると,判断力や記憶力が低下したり,集中力や積極性が損なわれたりすることがわかっています。(p32)
 人間のメンタルが老化するスピードは,筋力が衰えるより早いのです。(p35)
 閉経して女性ホルモンは減ったままなのに,なぜ元気になるのか。そこには,驚くべき事実がありました。(中略)以前は,加齢とともに女性は女性ホルモンが減ることで,相対的に男性ホルモンの割合が増えると考えられていたのが,そうではなく,男性ホルモンそのものが増えていることがわかったのです。(p53)
 女性に対してまめな人は,案外同性に対しても付き合いが良いものです。つまり,男性ホルモンには「人付き合いがよくなる」という要素があると考えられます。また,男性ホルモンと「意欲」には密接な関係があります。(中略)一般論でいうのなら,知的好奇心が高い人は性的好奇心も高いのです。(中略)男性ホルモンには,「人に対して優しくなる」という要素があることが実証されています。(p54)
 恋多き女に豊富なのは女性ホルモンではなく,男性ホルモンです。(p57)
 「性」は「生きること」に直結した大変重要なことです。また,頭も体も使わなければ衰えるように,性的なことも使わなければどんどん衰えるのです。(p63)
 それこそ,「これは絶対にダメ!」「これ以外は認めない」という考え方は,感情の老化が始まっているのかもしれません。感情を老化させないためには,まず,自分が正しいと思っていること,常識とされていることを疑うのが肝心なのです。(p78)
 感情老化を促進するのは,いわば決まりきったことを続ける刺激のない生活で,これを変えない限り感情の老化も止まらないというわけです。(中略)詳しくいうと前頭葉の中の「前頭前野」という部分が感情をつかさどる中枢なのですが,実はこの前頭前夜の大好物は「ときめき」なのです。(p86)
 脳の若さを保ちたいなら「まあ,いいや」「これでいいや」という言葉はもう封印したほうがいいでしょう。(中略)「まあ,いいや」という消極的な気持ちは,脳が楽をしている状態です。(p88)
 暖色系の色は男性ホルモンを刺激しながら増やす効用もあります。(中略)特に男性ホルモンの増加が期待できる赤系の服は,ぜひトライしてほしいものです。(p90)
 もともと前頭葉は,いつもとは違う状況や変わったシチュエーションで底力を発揮する部位ですから,ルーティン通りの生活ではあまり働かないのです。(p91)
 誰かに命令されてイヤイヤ創作をしたのでは,前頭葉にとってほとんど意味がありません。自ら望んで変化を楽しむから,高価が倍増するのです。(p94)
 たとえば,トランプが大統領になった時,大方の予想で「株が下がる」といわれていたのに,実際にふたを開けてみれば,株価はどんどん上昇しました。このように想定外のことが常に起こるのが相場やギャンブルですから,刺激は満点。そして,想定外のことに前頭葉は激しく刺激されるのです。(p98)
 健康にいいつもりで高たんぱく質の食品を避けていると,脳の栄養が不足して,感情の老化を早めてしまいます。精進料理のような食事が健康的だというのは誤解ですから,ぜひたっぷりと肉や魚を召し上がってください。(p105)
 日本人のメタボ恐怖症やダイエット信仰には,いつも頭をかかえてしまいます。(p110)
 自分の意見と似たような本をいくら読んだところで,前頭葉への影響という点ではあまり効果は期待できません。(p121)
 いつも同じ作家の本ばかり読む人は,たまには全然違うジャンルの本を読んでみるのも良いでしょう。そして,その振り幅が大きいほど脳は活性化します。(p122)
 実は,小腸には体の免疫細胞の8割もが集まっているといわれ,免疫機能として重要な役割を担っているのです。(中略)つまり,老化防止には腸の健康を保つことがとても大切なのです。(p146)
 昔は,心のありようは内面から湧き出るものだと考えられていましたが,現代の行動療法や認知科学の世界では,「人の心のありようは,外側から規定される」という考え方が強まっています。(中略)心も体も,もちろん感情も若々しくいたいと思うなら,まず外見から変えていくのも一つの方法です。(p148)
 人生は長いのですから,早々とお楽しみをやめてしまう手はないのです。(p163)
 よく「ひとり言はよくない習慣」などという説がありましたが,それはまったくの迷信です。(p171)
 意識的に外に出る週案づけをしておくことが大事です。たとえば,毎月,最低1本は映画を見るとか,図書館で本を借りるようにするとか,生活の中の小さなことでも構いません。インターネットの発達により,家に居ながらにして映画を見たり,電子書籍で本を読んだりできる世の中になりましたが,外出して得られる情報や刺激とでは雲泥の差があります。(p174)
 日本人には「新しいことを学び,知識量を増やすことが勉強」という固定観念があります。そのため,「常に知識不足であり,そのためにもっともっと勉強すべきだ」という思いにとらわれがちなのですが,人生後半の勉強では,従来の知識詰め込み型ではなく,アウトプットにこそ意味があると思うのです。(p184)