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2014年5月1日木曜日

2014.05.01 小沢昭一・永 六輔 『平身傾聴 裏街道戦後史 遊びの道巡礼』

書名 平身傾聴 裏街道戦後史 遊びの道巡礼
著者 小沢昭一
    永 六輔
発行所 ちくま文庫
発行年月日 2007.06.10(単行本:1972.04)
価格(税別) 840円

● これまた大変面白く読めた。殿山泰司に『三文役者あなあきい伝』という名作があるけれども,テイストが似ているように思った。軽くて飄々としている。飄々としていられるのは強靱でしたたかだからだ。あきれるほどのインテリジェンスも裏にある要素のひとつだと思う。
 こういうのが週刊誌に連載されていたんだから,日本の大衆文化というのはなかなか大したものだ。

● 「裏街道」というのは,いつの時代でもどこの国にでもあるものだろう。ところが,今の日本はどうなんだろう。裏といえるほどの裏があるんだろうか。
 風俗産業はある。数年前になるが,山谷から吉原あたりを歩いてみたことがある。いやいや,さすがは東京だと感じ入った。しかし,これは裏なのか。
 本書で登場するストリップなどはすでに崩壊したと言っていいような気がする。宇都宮にひとつだけあったストリップ小屋もとっくの昔になくなっている(ぼくが知らないだけで,場所を変えて健在なのかもしれないけど)。いわゆるエロ雑誌も売れなくなっているだろう。インターネットの影響だけではないと思う。
 裏が裏でいることが難しくなっているんだろうか。表に引きずりだされて,表とないまぜにされるようになった。そんな印象を持つんですけどね。

● ぼくは実直に(というと聞こえがいいけど,臆病に)生きてきたので,この世界はあまりよくわからない。しかし,今どきは表の世界の自由度がかなり上がっていて,それが裏の存立を難しくしているような気がしている。
 いい女っていうのも,表にいるじゃないか。ぼく一個は,裏に向かう動機を(怖いもの見たさ以外には)あまり感じることはない。

● 以下にいくつか転載。
 男性のほうが真剣味があるといいますか,薄情じゃないですね。ですから,薄情という言葉は女性に通じるものであって,男性に通用しないと思うんです。(p60)
 そりゃ,ホステスの世界では,わたしがお客と寝ようとなにしようと,自分のふところが大きくなって,いいものを着て,いいものをはめてりゃ,そのほうが勝ちなんですよ。でも,そういう人は絶対一本立ちはできない。一匹オオカミで終わりです。結局,お客さんが認めないわけです。あれはすぐ寝る女だからって。そうなったら終わりですね。(p64)
 警察の取り締まりがなくなれば,ストリップの客入らなくなる。取り締まりがあればこそ,客が来ると思うんですよ。(p112)
 彼女(一条さゆり)はふだんはおとなしいけど,なにかそういうほとばしるようなものが出るんですね。だから,踊り子仲間にピンと感じるわけです。それでイケズされる。 わたしは,よくイケズされますね。衣装を破られたり,先週は使っている傘をお便所に捨てられたり,靴のなかにガラスのびんを入れられたり,そういうことはしょっちゅうあります。(p114)
 男が働くのは女房以外の女とやりたいからですよ。これは断言できますね。女房とだけやるくらいなら,あたしゃ死んじゃうよ。(p222)
 でも格式が高いのっていうのは,疲れるだけで考えものですよ。やっぱり,遊びっていうのは馬鹿馬鹿しくなきゃいけません。(p230)
  テレビ以前では,恵まれた環境で育ち,恵まれた環境でスターになるということはあり得なかった。女をだますことぐらい平気でやってきた人の笑顔にこそ,共感を抱いてきたのである。正義の味方ぶるマスコミが,芸人の私生活をあばきたてる。そんなことではビクトモしない悪党であるべきだ。やっぱり芸の世界というのは,気の弱い奴のいられる場所ではないところでありたいと思う。(p285)

2014年4月30日水曜日

2014.04.30 小沢昭一・永 六輔 『平身傾聴 裏街道戦後史 色の道商売往来』

書名 平身傾聴 裏街道戦後史 色の道商売往来
著者 小沢昭一
    永 六輔
発行所 ちくま文庫
発行年月日 2007.05.10(単行本:1972.04)
価格(税別) 880円

● 元版の単行本は昭和47年の刊行。その元になった週刊誌(アサヒ芸能)連載は昭和42年。その頃に生まれた人はそろそろ50歳になる。半世紀前の世界。まさしく戦後史。
 「アサヒ芸能」の連載がちくま文庫になるというのも,戦後史ゆえでしょうか。

● 週刊誌の連載だから,とにかくスラスラ読める。
 が,業界人からここまでの話を引きだすのは,誰にでもできることじゃないだろう。っていうか,普通の人では触ることもできないだろう。小沢さんの実力の一端が垣間見える。

● 当時の日本社会は元気だったとも思わせる。男たちが元気だった。
 日本のオヤジたちが徒党を組んで韓国や東南アジアに買春に出かけ,顰蹙を買っていたのは,ついこの間のことだと思うのだが,今の日本男児にそんな元気があるのかどうか。元気といっちゃいけないのかな,陽性の無邪気さっていうかね。今は内に籠もりすぎっていうか。
 あと,性観念の弛緩もあるだろうね。彼女がいくらでも応じてくれるんだから,そんなことにわざわざお金を払うってのがわからない。そういう若い衆も多いんじゃないかなぁ。
 いわゆる草食化もあるんだろうな。欲求じたいの減退。今の社会って,若者には相当な閉塞感を与えているのかもしれないね。上が詰まりすぎている。
 インターネットにその種の動画は無数に転がっている。美人でスタイルのいい女の子が,惜しげもなく全部を見せてくれる。それですんじゃう。生女(なまおんな)は見目麗しくないうえにめんどくさい。

● 以下にいくつか転載。
 街を歩いていても,わたしたちみたいなことをしている女性(コールガール)ってわかりますからね。声をかければ話はつきます。(p123)
 (進駐軍慰安婦の募集をかけたら)ゾロゾロ来るんです。ゾロゾロ・・・・・・当時,警察署長の月給が百五十円くらい。ところが,女の子に三百五十円,だから集まりましたよ。(p206)
 (彼女たちは慰安施設であることを知っていましたか)給料が高くて,メシを食わせて,着物も化粧品も支給するんですから,覚悟はしてましたね。(p206)
 (慰安婦の存在は)相当の防壁になったということは事実でしょうね。あれがなかったらどんな結果になっているか・・・・・・。そりゃ性の欲求なんてものは,はげしいですからな。しかも,あんなすさんだやつに・・・・・・。そんなのがなかったらたいへんだったでしょうよ。(p214)
 今でもその仕事は終わっていない。そして,オリンピックとか,見本市とか,外国から大量の人が来る時には,今でも接待用女性は集められ,供給されているのだ。 (中略)大手の商社では,外国人バイヤーのための手持ちの慰安婦をチャンと契約している。(p217)
 だって,むかしの歌舞伎の女形は,男を知るのが修行のはじまりなんですって。 そう,痔になるようじゃ駄目だった(笑)。(p234)
 ぼくは,ロケーションで(刑務所の)房のなかを見せてもらったことがあるんですがね。男の房よりも,女の房のほうが落書きがワイセツなのが多いですね。(p290)