2023年4月4日火曜日

2023.04.04 落合陽一 『働き方5.0 これからの世界をつくる仲間たちへ』

書名 働き方5.0 これからの世界をつくる仲間たちへ
著者 落合陽一
発行所 小学館新書
発行年月日 2020.06.08
価格(税別) 820円

● 30代で際立った存在感を示すコンピュータ科学の研究者が,若い人たちにこうあって欲しいと語る生き方論。あるいは,研究論序説。
 これを読んで感じたのは,これからの若い人たちは大変なんだなということ。どう大変なのかは,この後の多すぎる転載を読んでもらえばわかる。

● 著者の言うことがどれだけの若者に刺さるかといえば,0.1%もいるかどうか。何せ,若者の多くはネットの文章は読むだろうけれども,教科書以外の本はあまり読まないだろうし(昔の若者も同じ。大人になるともっと読まなくなる),著者の提言に従えるのは相当な知力を持った人に限られるからだ。
 著者のいうクリエイティブ・クラスになるためには,自分の頭で考え抜くことと専門性を持つことが必要となるのだが,そんなことができるのは少数派中の少数派のはずだ。

● 以下に転載。
 コンピュータやインターネットなどのデジタルな情報があふれ人工物と自然物が垣根なく存在する環境が,人間にとっての「新しい自然」だということです。(p8)
 技能の民主化や自動化によってゆるやかに人材の価値が変化していくことに自覚的であるかどうかが大切です。(中略)その価値の変遷に気づきながら動くか,動かないかが,将来の価値を大きく左右するでしょう。(p11)
 ビジネス書や自己啓発書の多くも,「好きなことをして生きる」という抽象論や近視眼的なノウハウや,相変わらず「優秀なホワイトカラー」になるためのノウハウを提供しています。私には,それがこれからの時代に沿った方向性とは思えません。「好きなことをして生きる」のではなく,適切な課題設定を社会に創造するのがクリエイティブ・クラスの役割だと考えているからです。(p13)
 コンピュータという大きなものの文化的価値を知らずに生きていくことは,人々が貧困の側に回り,それが再生産されていく温床になりかねません。(p17)
 インターネットのSNS上では,誰一人として「同じタイムライン」を追っていない時代です。(中略)皆と同じようなものを消費する「映像的価値観」は消失しました。(p24)
 いつまでも今ユータは「ただの道具」なのでしょうか?(中略)それはもっと根本的なレベルで,人間の生き方と考え方に変革を迫るはずです。つまり,コンピュータは電気製品ではなく,我々の第二の身体であり,脳であり,そして知的処理を行うもの,たんぱく質の遺伝子を持たない集合型の隣人です。(p27)
 プログラミングは,自分が論理的に考えたシステムを表現するための手段にすぎません。(中略)多くの分野にとってプログラミングは道具にすぎず,(中略)それ自体が目的化しては意味のないものになってしまいます。(中略)大事なのは,やはり自分の考えをロジカルに説明して,システムを作る能力でしょう。(p33)
 いわゆる「IT革命」は世界を大きく変えましたが,それに適応するだけでは,もう時代に追いつけません。IT革命と同等かそれ以上のインパクトを持つ世界の変革が,そう遠くない将来に何度もあるはずなのです。そこでは,いまの40~50代の常識が覆されるのはもちろん,小さい頃からデジタル・カルチャーの中で生きてきた私たちの世代の常識でさえ,おそらく通用しません。(p34)
 SNSの主体が「意識だけ高い系」いなってしまったような気がしています。(中略)無駄な自己アピールなどを除くと,その第一の特徴は,本人に何の専門性もないことが挙げられます。もうひとつは,専門性がないがゆえに自慢するものが「フォロワーの数」か「評価されない活動歴」「意味のない頑張り」程度しかないことです。(中略)そこから出てくる情報には,その人が自分で考えたものが何ひとつありません。いろいろな知識を広く浅く持っているだけで,専門性も独自性もない。これでは,ただの「歩く事例集」です。(中略)平均経験人間はウィキペディアの劣化コピーでしかありません。(p38)
 システムの効率化の中に取り込まれないために持つべきなのは何でしょうか。それは,システムになくて人間にだけある「モチベーション」です。(中略)それさえしっかり持ち実装する手法があれば,いまはシステムを「使う」側にいられるのです。(p41)
 均質的な価値が意味を持たない時代になったのです。(p44)
 人が努力しながら行っているような単純で辛い作業や,誰がやっても同じ作業はシステムにどんどん取って代わられていく(p50)
 著名クリエーターや数百万人のフォロワーを持つインスタグラマーのような人は,他の追随を許さない(要するに「代わりがいない」)ので,そのまま生き残っていくでしょう。しかし,「もどき」のクリエーターはそうはいきません。(中略)これからの時代は「ひとりのオリジナル」以外には大きな価値がない。(p54)
 これまでブルーカラーの労働者は,その仕事をマネジメントするホワイトカラーの搾取を受けてきたと言うことができます。実質的な価値を生み出しているのは現場のブルーカラーなのに,どういうわけかマネジメントをしている側のほうが高い価値を持っているように見えていました。(中略)そんな錯覚が生じていたのは,システムによる効率化という概念がなかったから。それだけのことです。(p66)
 IT化した世界では,そういった固定された物理的リソースで勝負するより,情報で勝負するほうが圧倒的に勝ちやすい。物理的リソースがない分,スピードが早いからです。(p71)
 誰にでも作り出せる情報の中には,価値のあるリソースはない。その人にしかわからない「暗黙知」や「専門知識」にこそリソースとしての値打ちがあります。(p72)
 IT化で資本主義のあり方は激変しましたが,このいちばん根底にある原理は変わっていません。それは,「誰も持っていないリソースを独占できる者が勝つ」という原理です。(中略)コンピュータが発達したいま,ホワイトカラー的な処理能力は「誰も持っていないリソース」にはなり得ません。(p75)
 スティーヴ・ジョブズは,間違いなくクリエイティブ・クラスです。しかし,それをロールモデルにして「スティーヴ・ジョブズのようになりたい」といった目標を持っても,あまり意味がないでしょう。唯一無二の存在だからクリエイティブ・クラスなのであって,目指したところで頑張ってもも「もどき」にしかなれないからです。(中略)その「誰か」にだけ価値があるのですから,別のオリジナリティを持った「何者か」を目指すしかありません。「誰か」を目指すのではなく,自分自身の価値を信じられること。自分で自分を肯定して己の価値基準を持つことが大切です。(p77)
 いくら勉強しても,それだけではクリエイティブ・クラスにはなれません。(中略)クリエイティブ・クラスの人間が解決する問題は,他人から与えられるものではありません。彼らの仕事は,まず誰も気づかなかった問題がそこにあることを発見することから始まります。(中略)新しい問題を発見して解決するのは,「勉強」ではなくて「研究」です。(中略)研究者は誰もやっていないことを探し続けるのが仕事です。(中略)教科書を読んで勉強するのが方ぃとカラーで,自分で教科書を書けるぐらいの専門性を持っているのがクリエイティブ・クラスだと言ってもいいでしょう(p78)
 抽象的な教養やアイディアだけあっても,何もできません。「実装」と「アイディア」が個人の中で接続されることに価値があるのです。(中略)一般教養と違って,テクニカルな専門性というのはインターネットをクリックするだけで学習できるようなものではありません。みんながアクセスできる知識に,専門性はないのです。(p84)
 単に「みんなと違う」だけでは,説得力がないのです。(中略)「みんなが甘いものなら辛いもの」「みんながデジタルならアナログ」というロジックは,それ自体が「誰でも思いつくもの」でしょう。ですから,結局は「オンリーワン」にはなれません。(中略)その価値を説明するロジックまで含めて,誰にも真似されないオリジナルなものでなければいけません。それは付け焼き刃の思いつきでは成しえません。(p97)
 テレビの企画がつまらなくなったという声が出てきたのも,彼らがウィキペディアや食べログやユーチューブを情報ソースにしてしまったからかもしれません。(中略)そこから生まれる企画は,すでにあるものの縮小再生産にしかならないでしょう。(中略)視聴者層と同じ情報体験をしながら番組を作っても,真新しく面白いものは作れないのです。(p99)
 ・それによって誰が幸せになるのか
 ・なぜいま,その問題なのか。なぜ先人たちはそれができなかったのか
 ・過去の何を受け継いでそのアイディアに到達したのか
 ・どこに行けばそれができるのか
 ・実現のためのスキルはほかの人が到達しにくいものか
 この5つにまともに答えられれば,そのテーマには価値があります。これを説明できるということは文脈で語れる=有用性を言語化できるということであり,他人にも共有可能な価値になる可能性があります。(p102)
 大きなマーケットで勝負する場合,高いオリジナリティを持つ商品やサービスがそれを独占することは稀で,たいがい競合相手がいます。逆に言うと,誰も競合相手がいないところで独走しようとすると,小さなマーケットしか得られないということにもなるでしょう。でも,それに意味がないということはまったくありません。(p105)
 このビジネス(ウナギトラベル:お客さんから預かったぬいぐるみをカバンに詰め込んで観光地などに行き,そこで記念写真を撮る)が面白いのは,利用者がコンテンツではなく,コミュニケーションを求めているところでしょう。自分の分身がどこどこに行ったということを使ってコミュニケーションする。その幸せを買っているとも言えます。(中略)ニッチの強さを感じています。(p108)
 「小さな問題を解決することがクリエイティブな事業を生む」ということです。(中略)だからこそ,まずは問題を発見することが大切になる。問題を見つけられない人は,当然ですが問題のオリジナルな解決法も考えられません。大人から「好きなことを見つけろ」「やりたいことを探せ」と言われると,「自分は何が好きなんだろう」と自分の内面に目を向ける人が多いでしょう。(中略)それは袋小路に行き当たってしまうことが少なくありません。しかし「自分が解決したいと思う小さな問題を探せ」と言われたら,どうでしょう。意識は外の世界に向かうはずです。そうやって探したときに,なぜか自分には気になって仕方がない問題があれば,それが「好きなこと」「やりたいこと」ではないでしょうか。(p110)
 生まれたときからパソコンもインターネットもスマートフォンもあると,「昔は何ができなかったのか」を直感的には理解しにくいものですが,それがわからないと,20年後,30年後にまた別の時代が訪れることも理解できないのです。(p115)
 とりあえず走り出すことも,ときに重要です。(中略)実際に動かないと出遅れてしまう。つまり,実際に手を動かすことで常に学び続けることができるのが,インターネット以後のクリエイティブ・クラスの仕事です。(p115)
 デジタル世界だけで簡潔していたのでは,問題が縮小再生産されてしまうのです。スマートフォンは道具の完成形じゃありませんし,生活の中でのインターネットはまだ進歩していくべできす。そうしたとき,いまある環境インフラを制約条件として捉えてしまうのはマイナスにしかなりません。(p116)
 では,人間とコンピュータはどちらがどちらを飲み込むのか。多くの人は,コンピュータを作った自分たち人間のほうが上位種だと思うでしょう。でも私の直観では,コンピュータのほうが後発で,より情報処理に最適化された種のように思うのです。(中略)いまのところは人間がスマートフォンを飲み込んで好き勝手に使っているように見えますが,その関係はいずれ逆転するでしょう。(中略)コンピュータがあらゆることを記述していく,人は精神や心を持つ特別な存在ではなく,身体を持つコンピュータとして受け入れられていくことによって,いままでの自然観(いわばデカルト的自然観)が崩れていく。(p117)
 クリエイティブ・クラスになるような人たちは常に自分の問題について考えています。一点を考え抜いて深めていくので,彼らの中には暗黙知がどんどん蓄積されます。そうしたクリエイティブな人たちが生み出す物やサービスが,ショッピングモール的世界で暮らす人々が享受する幸福感のタネになるのです。(p124)
 思考体力を身につけるには,他人と情報交換ばかりしていても意味がありません。(p126)
 何か疑問を持ってグーグルで検索したときに,ウィキペディアや「ヤフー!知恵袋」のようなページですぐ「答え」が出てきたら,その答えを知って満足する以前に,自分が抱いた疑問自体を反省しなければいけません。なぜか。ウィキペディアに答えが書いてある問いが浮かんだということは,その疑問の持ち方そのものにオリジナリティがない証拠だからです。(p126)
 思考体力の基本は「解釈力」です。知識を他の知識とひたすら結びつけておくことが重要です。したがって大事なのは,検索で知った答えを自分なりに解釈して,そこに書かれていない深いストーリーを語ることができるかどうか。(p127)
 抽象的なことをできるだけ具体的に言語化する習慣をつけるといいでしょう。(p129)
 思考体力のある人は常にマジです。そういった人は自分の人生の問いについて24時間,365日考え続けています。(p130)
 「自動翻訳は,ちゃんと翻訳してくれない」と文句をつける人の多くは,そもそも自分が日本語で明確な文や機会が翻訳しやすい文章を書けていないのではないでしょうか。(p138)
 自分が発見した世界の問題を解決するためにコミュニケーション能力が必要なのは,「世界は人間が回している」からです。(中略)多くの人々は,個々の人間ではなく,何か得体の知れない「システム」が世の中を動かしていると思い込んでいます。(中略)そしてひいいては自分も社会の主体であるにもかかわらず,「社会のせい」にしていってしまいます。(p139)
 時間を切り売りする仕事を選ぶと,人生は「お金を稼ぐ時間」と「休む時間」に分かれます。すると,いわゆる「ワーク・ライフ・バランス」を考えざるを得ません。(中略)ワーク・ライフ・バランスが問題になるのは,「好きなこと」「やりたいこと」を仕事にしていないからです。(中略)ワークとライフを区別せず,自分のやりたいことに時間を使う生き方には「消費」がほとんどありません。すべては自分の能力を高め,問題を解決するための「投資」なのです。「ワーク・アズ・ライフ」の醍醐味はここにあります。(p149)
 資本主義は「お金がお金を生むシステム」ですから,お金持ちは富を貯めておくだけでは意味がない。だから実は,それを「投資」という行為によって再配分したがっています。ところが現在の日本には,(中略)おの選択肢を取りに行く人間が多くありません。(p153)
 世界を変えようと思ったら,玄人にしかわからないものを作っていてはダメです。(p183)
 それより難しいのは,「楽しい」と思わせること。この感覚には文化差があることも多いので,ある場所でウケたものが別の場所でもウケるとはかぎりません。(中略)逆に言うと,ほぼ全世界の人々に「楽しい」と思わせているハリウッドやディズニーのセンスは,凄まじくレベルが高いということになるでしょう。(p184)
 猛烈に好きなことがある人間が集まると何か大きな化学変化が起きる。それを人はイノベーションと呼ぶのかもしれません。(p187)
 予定調和を繰り返し続けることでたどりつく視座からは決して価値を生み出せないでしょう。(p189)
 もはや国境をはじめとする境界線はインターネットによって融けたと言えるでしょう。(中略)いまは年齢の差も関係ありません。世界中のすべての人間が同じフィールドで競い合っているのがインターネット以後の社会です。したがって,どこかの誰かと同じことをしても意味がありません。過去にあったものを再現してもダメで,いまの時点で人類の最高到達点を踏んだ人だけが勝者となるのです。(p193)
 世界に変化を生み出すような執念を持った人に共通する性質を,私は「独善的な利他性」だと思っています。(中略)たくさんの知識を貪欲に吸収してオリジナリティを追求していってほしい。それはこれから先,いつの時代でも幸福な生き方だと思います。(p200)

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