著者 酒井順子
関川夏央
原 武史
発行所 角川文庫
発行年月日 2024.03.25(単行本:2010.12.20)
価格(税別) 800円
● 「人工的なものは何一つない。聞こえてくるのは,川のせせらぎと野鳥の鳴き声だけだ。何の夾雑物もなく,大自然と裸の自分が相対しているうちに,心が研ぎ澄まされてくる。(p181)とは共著者の原武史の文章なのだが,こういう文章を書く(こういう文章しか書けない)人を,ぼくは信用しない。心が研ぎ澄まされる? 何だ,それ。
おまえはどんな文章を書けるのだ? と言われると,そういう文章すら書けないわけだが。
● 以下にいくつか転載。
マニアって,あえて自分に徒労的義務を課すんだけ。(関川 p127)
(五能線は)演歌の代替物なんだろう。冬,日本海,荒波,「都落ちする私」。自己憐憫は不滅だから。ここで疑似体験するんだろうね。(中略)もともと,演歌と汽車と「都落ち」は相性がいい。それからフォークソングも。演歌の変奏だったから。(関川 p137)
戦跡は観光には適さない。遺構がなく,つかみどころがないからだ。(関川 p168)
汽車趣味もお城・戦国趣味も,やっぱり「児戯」には違いない。ただ,雑学自慢にならない言語化ができれば救われるのだが,それはラクなことではない。(関川 p170)
「旅情」を感じつつ孤独にひたる,などというのもやや見当違いではないかと思う。「旅情」や「感傷」など,実人生に掃いて捨てたいほどある。あえてよそに探しに行くことはなかろう。(関川 p217)
ガツガツしてる奴は年をとってもガツガツしてる。あんまり年齢は関係ないですね。(原 p244)

