2025年12月19日金曜日

2025.12.19 一志治夫 『「ななつ星」物語』

書名 「ななつ星」物語

著者 一志治夫

発行所 小学館

発行年月日 2014.04.26

価格(税別) 1,400円


● 副題は「めぐり逢う旅と「豪華列車」誕生の秘話」。

 ずいぶんいろんな人に取材をしている。「ななつ星」ができあがってから関係者に話を聞いたというのではなく,開発中から張り付いていたようだ。

 いや,事後的な取材だったか。そのあたりは測りかねるのだが,ルポルタージュとして力作の部類に入るのではなかろうか。


● もちろん,関係者を美化しすぎ,「ななつ星」のPRも関係者から頼まれたのではないか,と邪推したくなることもあったのだが,おそらくそうではない。

 関係者の多くが魅力的な人物だったのだろう。取材を重ねるうちに,関係者に惹かれるところもあったのだろうし,自分も開発チームの一員になったような気分になることもあったのかもしれない。


● 著者が伝えたかったのは,「ななつ星」がいかに普通からかけ離れているか,普通じゃないというのがいかに大変なことなのか,その大変なことがなぜ成就したのか,ということだ。

 ヒューマンストーリーにもなっている。結果,面白いノンフィクションに仕上がっている。


● 「ななつ星」に触発されてか,JR東日本が「TRAIN SUITE 四季島」を,JR西日本が「TWILIGHT EXPRESS 瑞風」を,それぞれ運行させているが,「ななつ星」には及ばないんだろうかな。あるいは,「ななつ星」の経験を学んでもっと楽に開発できたんだろうか。

 当然,乗ってみたくなるが,財布に相談しないといけない。相談したとしても,財布はムリと言うに決まっている。


● 以下に転載。

 唐池としては,お客さまが乗車して最初に目にし,口にする食べ物は極めて重要だという思いがあった。そこに驚きと感動がなければ,この旅は失敗してしまう。驚きと感動を生むのは「手間」にほかならず,目の前で鮨を握るという行為には,文句なしの手間があった。(p30)

 山中は,朝から食事もせず,水も飲まない。本店でも,自らが空腹でなければ美味しいものは出せないと,営業終了後に食べるようにしている。(p34)

 水戸岡さん,この近未来型はやめましょう。やっぱり,贅沢さとか豪華さというのは,経験じゃないでしょうか。近未来型には贅沢さと豪華さがないです。(p44)

 こののちも旅のスタイルは,なかなか具体化していかない。結局のところ,誰もが豪華で贅沢な旅など知らなかったからだ。(p45)

 二十万円では安いんだ。もっと上げたほうがいい。お客さまというのは,価格で価値を判断するんだから,ここが中途半端だと中途半端な列車だとしか思われない。(中略)ちゃんと価格で価値を見せたほうがいい(p46)

 仲は日本の富裕層とはいったいどれぐらいいるのかと調べてみた。基準は金融資産一億円以上,年収三千万円以上。すると,人口の一パーセント,つまり約百三十万人いることがわかった。それはJR九州がかつて対したことのない層であり,顧客として囲い込んだことのない人々だった。(p46)

 この基準は現在では上方シフトしているだろう。年収が3,000万円で金融資産が1億円というのもバランスが悪い。年収が3,000万円もあるんだったら,金融資産は10億円くらいはあるものじゃないか。

 スピートという側面では世界に冠たる列車を持つ日本だが,余暇を楽しむ本格的な列車はなく,この計画は,「美しい日本をどう見せていくかというひとつの起爆剤になる」と確信していたのだ。(p47)

 四日間もお客さまとずっと一緒にいるわけで,ごまかしがきかない。これまでのように二時間ならば,悪い言い方をすればお芝居だけでなんとか乗り切れたのが,今度は全人格をぶつけないとならない。人間そのものを出して,本当に家族のように,友だちのような関係になっていかないとこの旅は成功しない。(p57)

 田島は,リゾートに資本が投下され,一元化していくことに危機感を感じている。「泊食分離」を是とする風潮に危惧を覚えている。「旅館は文化産業,ホテルは文明産業」と考える田島は,横行する浅薄な風潮に「一泊二食こそが文化である」と楔を打ち込み続ける。一泊二食によってこそ,京都の文化も,金沢の文化も,鹿児島の文化もまた守られる。(p64)

 敵対していても,仲が悪くても,ずっとこの男を憎んで,嫌って,対立してやろうというエネルギーを維持するには相当の力がいる。挨拶をされて,挨拶を返さない自分を嫌悪する気持ちだって生まれてくる。人間はやはり仲良くしたいという気持ちを本来持っているのだ。だから,時間をかければ自然に打ち解けるのである。(p79)

 社員を元気にするには,儲かる会社にする。その一点をめざして突き進んでいけば,自ずと社員の志気も上がる(p84)

 唐池は,こうした事業で市場調査などはほとんど行わない。「自分が食べたい」「自分が行きたい」と思えるか否かが唯一の指針だった。(p86)

 自分がフラフラして,出口がわからないなどと言っていると,相手はもっとわからなくなる。(p90)

 現実に使う道具として,どこまで完成度が高くできているかがベースにあり,その上に美しさのようなセンスが加わってくる。(p92)

 量産で利益を出している会社に一品ものを頼むのはまずあり得ないことだった。だが,そうやって動いてみてわかったこともあった。大手メーカーの技術者は,最後にhあやはりいいものをつくりたい,世に出したいという思いがあり,水戸岡の情熱に応じてきたのである。(p115)

 専門家が,根掘り葉掘り,重箱の隅をつついてきても,ああ,ここまでやっているのね,と思わせないとダメなんだ。最初は気づかなくても,徐々に気がつくようなソフトが蓄積されていて,デザインの手間が見れば見るほどわかるようになっている。物語が次から次に車両のほうぼうから出てくる。ここまでやるのか,バカじゃないか。こんなことをやっていたら採算とれないよね,というレベル。そこまで手間暇かけて,気持ちでなんとか倒れそうなところを超えていく。その情熱,ロマンが人を感動させるのだ。そして,そのロマンを参加する全員に共有してもらわないといけない。(p126)

 水戸岡は,柿右衛門に余白の美を感じていた。燭手と絵付けのバランスがいいのだ。(中略)それは絵の良し悪しではなく,デザイン力だ,と水戸岡は感じていた。(p131)

 まずは気持ち。やつという気持ちがなかったら,何もできない。誰もやったことがないんだもん。もちろんいろんな問題は出てくるよ。出たら,出たときに考えていけばいいじゃないですか。そんなもの最初に考えたら,新しいことなんか何もできないよ(p144)

 あまりに手仕事の匂いのするものは使いたくない。工芸的になるよりは,工業的に(p150)

 セスティナビリティとか,モダンとか言って,線の細い,透明なデザインばかりの中で,これだけのものを出されたら,誰だってくらくらする。もし,これと同じものを代理店感覚で,既製品でつくったら,完全に下品な代物になるだろう。それがないのは,やはり渾身だからだ。(p154)

 人は,形が見えないものに対して,見えるまで好き勝手なことを言う。見えない人には見えないから,とにかく否定する。見えないものをつくるのは,本当に大変なことなのだ。(p185)

 健康なまま,楽しく仕事なんか終わるわけがない。自分の身体をめいっぱい使って,もしかしたら,自分の持っている経済力も全部使って,あらゆるものを使って初めてできるものもある。犠牲をともなわないものに感動なんてなく,誰かがとんでもない犠牲を払っているからこそ感動するのだ,と水戸岡は思う。(p203)

 水戸岡は,繰り返される大組織の伝言ゲームにうんざりしていた。何かを言っても,その言葉は,大きく迂回していくつかの部署をまわり,いつの間にか責任の所在が消えていくという感じだった。(中略)組織の一員という立場が厄介だった。(p205)

 鉄道に囲い込もうとする意識が浅はかだ。もっと人が動く仕組みをつくればいいんだ。(中略)人が動けば地域は活性化する。地域が盛り上がり,お金も落ちる。派生するものをどう生むか。(p221)