書名 DOG&DOLL
著者 森 博嗣
発行所 講談社文庫
発行年月日 2011.07.15(単行本:2009.03)
価格(税別) 648円
● 著者は音楽にも強かった。クラシックからジャズ,ロックと聴く分野も広い。恐れ入谷の鬼子母神,っていう言い方が昔されたけれど,そんな印象。
● いくつか引用。
ボーカルやリードギターが自由奔放になれるのは,ドラムやベースがしっかりしている場合に限られる。そうでないと,自由奔放になった瞬間に全体が崩壊してしまうのだ。どんな破天荒な音楽でも,やっぱり地に足がついている感じがないと,長くは聴いていられない。(p20)分野を問わずそうなんでしょうね。クラシックだって,チェロやコントラバスがしっかりしていればこそのヴァイオリン。
「好きこそものの上手なれ」という諺があるが,僕自身はこの言葉をあまり信じていない。だいたいの人間は,好きなものと上手なものが別だからだ。好きなものを仕事にして成功する例は少ない。ただ,好きだと長く続けられる,という効果があるだけだ。(p33)何でもないことのようだけど,ここをちゃんと見ている人は少ないでしょうね。諺や警句は無条件に受け入れてしまう,っていう人が過半だろう。
でも,成功するのと,長く続けられるのと,どっちをとるかは,けっこう悩みどころかも。
ちなみに,ぼくは「適材適所」っていう言葉をちょっと疑っている。
映像も音楽も,言葉のように「説明」するために使うものではない。色彩も音色も,解釈を求めて選ばれるものではない。(p138)映画「第三の男」は,それがよくわかるお手本になっている,という。20歳くらいのときに,この映画を見た記憶がある。何が何だかサッパリわからなかった。ぼくには難しすぎたか。DVDで見直してみようか。
この頃,ほとんどの音楽は,電車に乗りながら,車を運転しながら,歩いたり走ったりしながら,というように,ほかの行動,ほかの環境,ほかの情報と組み合わせて吸収されている。音楽に真っ直ぐに感性を向けるような機会は,普通の生活の中では稀少な体験になってしまったといえる。(中略)ほかのものを排除し,なにもない時間,なにもない空間で,音楽だけに集中することもたまには必要だと思うし,そうすることで初めて気づくもの,得られるものが必ずある。(p228)これは,音楽を聴く人の多くが折にふれて感じることだろう。ぼくは奏者を選ばないで(選んでしまうと,チケット代が高額になるから)生演奏を聴きに行くんだけど,そうでもしないと「音楽だけに集中する」時間を作れないからだ。それだけが理由ではないけどね。
それ以外で音楽を聴いているのは,電車に乗っているとき,歩いているとき,に限られるといってもいいくらいだ。著者の言うとおりだ。
逆に,携帯プレーヤー(ぼくはスマホを使っているが)を忘れて,たんに歩いているだけ,電車に乗っているだけだと,時間を捨てているような気分になる。これはやはり本筋ではないだろうなと思っている。
● 巻末の解説は,夫人のささきすばる氏。当然,夫人にしか書けない著者のプロフィールが披瀝される。
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