書名 ど忘れをチャンスに変える思い出す力
著者 茂木健一郎
発行所 河出書房新社
発行年月日 2019.07.20
価格(税別) 1,300円
読者層も高齢期に入った人たちを想定しており,高齢者に宛てて書いている。老人生活論的なものだ。柔軟性を失うな,自分の暮しをルーティンで満たすな,初めてのことに挑戦してみよ,今の延長線上に未来があると思うな,と,老人を励ます言葉が並ぶ。
● 以下に転載。
面倒な過去は思い出さないほうが楽に暮らすことができますし,われわれは「できれば悩みなど持たずに暮したい」と思うものですが,それが逆に,若さやエネルギーを失わせ,幸福の追求の妨げになってしまうことがあります。(p3)
あまり意識していないことですが,われわれは小学校の頃から学年主義を押しつけられてきました。(中略)外から与えられた文脈に素直に適応していると,年をとってから困ることがあります。(中略)実際にはまだまだ働く力があるのに,まるでそのあたりの年齢で働く能力がなくなるかのように社会制度側に言われてしまう。それで脳は「そういうものなのかな」とその文脈に適応して,自分から元気をなくしてしまいます。(p16)
これからは,男らしさ,女らしさ,などありとあらゆる「らしさ」が取り除かれていく時代になります。私たちが無意識のうちにまとっている「らしさ」の一つは年齢です。(p22)
インターネットは,自分で自分が好きなことに,情熱を燃やしていい場所です。そして作品の発表の機会は,誰にでも開かれています。(中略)年齢が関係ない世界になっているのです。(p23)
若い人は未来の自分のためにお年寄りのイメージを,お年寄りは過去の自分のために若者のイメージをもっているのがいいと思っています。一人の人間の中にゼロ歳児からお年寄りまで,全年齢の人が存在することでバランスがとれるからです。(p30)
右も左もわからないことをする,経験値ゼロで挑む,というのが5歳児の力です。それは,50歳からでも80歳からでも可能です。(中略)もしあなたが15歳の少年少女だったら,「これからの人生は,これまでの15年の人生の延長線上だろう」などとは想像もしないでしょう。(中略)自分が慣れている方法で,これからも生きていかなければならないというのは,「制約」です。(中略)これまでに作ってきたルールを前提にしてしまうと,これからできることは限られてしまいます。「自分らしく」と思っていること自体が,自分の未来を限定したり,規定したりしてしまうのです。(p32)
「らしさ」というのは,実は人生の途中で作った一つの仮説にすぎません。(中略)仮説だからそれはいつでも変えられる。(p34)
趣味や副業がせっかくあっても,「本業」あってこそと,「趣味」や「副業」をないがしろにしてしまっている人たちがいます。すべての文脈を同列にとらえずに,本業だけを重要視していますが,本当は「本業」も一つの仮説にすぎないのです。(p36)
人間は生き物です。生き物として重要な記憶は,実は,感情を使って覚える記憶です。(p40)
生き物としての脳が本気になることの一つに,初めてのものごとを体験するときがあります。(中略)感情が最も働くのが,初めてのときなのです。(p42)
誰でも「偽の記憶」を持っています。海馬という編集のメカニズムがあるために,われわれはありもしなかったことまで,鮮やかに思い出すことがあるのです。(p45)
意識的に考え尽くして行き詰まってしまったら,もう寝てしまって,脳に完全に任せてみると,記憶の整理がついていい答えが出ることがある,というのが常識になっています。(中略)われわれが思っているよりもずっと,脳は賢いのです。(p52)
無意識だけに任せていると,自分の悪癖を強化してしまうことがあります。(中略)自分の思い出し方の癖を脱却するために,普段思い出さないことを意識的に思い出すようにするのです。(p53)
自分の人生経験も,その感情的意味合いは,意識して思い出し,多角的に眺め,何度も分析していくことによって,さまざまに変わっていきます。人間の記憶,感情の仕組みから言えば,過去は変わらないものではなく,育つものなのです。(中略)たくさんの経験をすればするほど,それを思い出せば思い出すほど,創造につながる。新しい理解づくりをしているという意味で,このような頭の中での経験の処理も,芸術家の作品づくりと同じく,人間の創造性と言うことができます。(p56)
「Aを選んでしまったから,Bはもうできない」というのは実は思い込みで,Bは工夫次第でできるのです。(p63)
どんなおじさん,おばさんも,かつては少年少女でした。思い出すこと(中略)は,もう一度少年少女に戻ることです。(中略)八千草薫さんなど,いつまでも若々しくて,多くの人の憧れになるような人は,少年少女だった頃のことを,思い出すのが得意な人なのだと思います。(p65)
何かを学ぶために「学校に行かなければ」「カルチャーセンターへ行かなければ」「先生を見つけなければ」「正しいことが書いてある教科書がどこかにあるだろう」という考え方から離れることです。現代の「学び」は,自分のやり方でやることが大事です。なぜならば,「正解などどこにもない」ということがつかめた人が,万能人になっているからです。(p77)
現代が万能人を出す基盤が整っているというのは,学校では分野ごとに分けた教育をしていても,検索エンジン,ユーチューブなどで,興味があるキーワードを入力してみれば,いくらでも無料で学ぶ素材が出てくるからです。(p81)
ストレスなく楽しそうにしている人が,一番学習をしている人という不思議な状態に今はなっています。(p83)
脳の回路は,経験によって毎秒毎秒つなぎ替えられています。そのつなぎ替わり方には,われわれの想像を超えることがあって,一部が外傷や病気で傷ついたときにも,他の部位が代わりをして,才能を開花させることがあります。できなくなることによって,できることが生まれる。(中略)「ある回路があることで,抑えられている能力がある」とも言えます。(p97)
生物は用不用説が原則なので,生きるうえでとりあえず不要だと思われている機能は抑えられていますが,それが他の機能がなくなったことで,不要から要に変わって行くことがあります。言語能力が優れている人は,通常言葉で全部記述しようとしてしまうけれども,言葉が苦手な人は絵を描いたりして自分を表現しています。逆に言えば,ものごとを粘り強く論理的にとらえられている人は,絵画的にものごとを見ることができないというところがあるのです。(p99)
可塑性を十分に発揮するには,生きる意欲が鍵になります。(中略)何かをして,「これは楽しい」「これは生きることに役立つ」と脳が思うと,脳の中で報酬物質ドーパミンが出て,回路がつなぎ替えられることになっています。(p100)
自分の脳が何を欲しているかということ,つまり,脳が脳の欲求を自覚することは,永遠に学び続けられる脳にするために,とても必要なことです。(p107)
比較的リラックスしているときに,「どうしてこれが?」というような文脈とはまったく関係のない何かが思い出されたことはありませんか?(中略)その「何か」というのは,無意識からの手紙のようなものです。(中略)そういうものにこそ注意を向けて,「自分の無意識は何を訴えているのだろう?」とよく考えてみてください。(p117)
心地よく暮している感じが剃るときは、あなたは自分の人生を自分で導いているとは言えません。(中略)決まった脳の回路ばかりを使っていて,人生が固まってしまっているということです。あなたには,何か使っていない回路があるはずです。(p121)
音楽でも,ヘビーローテーションで同じ曲ばっかり聴いていたとしたら,危険な兆候です。(中略)すでに自分が好きだとわかっているものの中だけで,生活を営むようになっているとしたら,実は,好奇心を失ってしまっているか,自分の欲望がみえなくなってしまっているのかもしれません。(p124)
「物」があると,脳は思いだしやすい傾向があります。今の時代は,デジタル時代,バーチャル時代で,「物」が置きざりにされており,本当に「思い出す」ことがしにくい時代です。(p128)
あなたは今この瞬間のあなあだけがいるわけではなく,もしかしたら今から見れば「あり得ない」と思うような,昔のあなたも確かにいたわけで,思い出すことでそれがひとつながりになっていきます。それによってものごとが一面だけではなく,重層的に見られるようになります。(中略)それによって,未来のことも,「このままの世界がずっと続いていくだけだ」というふうには思わなくなります。(p129)
無意識が自由にものを言えるようにするために,意識して,ニュートラルに,満遍なく,さまざまな時代を思い出すのがいいのです。(p131)
奈良の正倉院の御物でさえ,ときどき虫干ししているといいます。宝物は,ときどき箱から取り出して日に当てなければ,虫に食われたり,黴が生えたりしてしまいます。記憶も同じです。ときどき思いだして,虫干しをしてみるといい。(p135)
創造とは,何もないところに急に何かができあがることを言うのではありません。もともとあったもの同士が,つながり方を変えて出てきたり,もともと何かがあったところへ,別の何かが来ることによって,パズルのピースがはまるように,完成したりすることです。だから,年を重ねた人のほうが,クリエイティブになるには有利な点があるのです。(中略)たくさんの経験を持っていて,なおかつ「何かやりたい」「何かないかな」と常に外の世界と,自分の中の図書館とを探索している好奇心の強いお年寄りなら,まったく新しいものが創れる可能性があり,最強だと言うことができます(p143)
時代が変わってしまったからこそ,今に生きつつ過去を振り返ることが強みになるのです。(p145)
中高生と話していると,「こんなにものを知らないのに,なぜこの子たちは自信にあふれているのだろう」と思うことがあります。つまり,何も知らなくても持てるものが「自信」です。若者は聞きかじりの知識だけで,「将来はロボットに人間の意識を移せるんですよ」などと大胆に言ってきます。意欲があるとは,そういう大胆さ,無謀さがあることで,それは圧倒的な宝なのです。(中略)自信や意欲は,根拠なく持っていい。--これは覚えていてください。(p145)
子どもを見ると,本当によく遊んでいます。動物も人間も,若いときほどよく遊ぶことが観察されていて,驚くべきことに,遊ぶときに脳の回路が劇的につなぎ替えられるといわれています。(中略)ものごとを一つの意味だけでしかとらえず,遊ばない,遊びの余地を残さない,無駄なことをやらないと,脳は学びをなくしてしまいます。(中略)意欲を持ちにくい人は,意味を問う癖がついてしまっている可能性が高いです。(p149)
クリエイティブなのは,尖った人で,円い人は,成功などしない。道徳的な人はつまらない。--まだそう思う人のために補足しておきましょう。成功している人は,イメージは確かに尖っていても,その実,そうでないことが多いものです。(中略)本当に素でも尖っているという人は,だんだん仲間も仕事も減ってしまうのではないでしょうか?(p156)
文明的にも文化的にも発達の途中で,とにかく駆動力が必要だった時代には,尖ったものが必要だったでしょうが,物があふれて,何もかも飽和状態の今は逆に,円熟の思想こそ求められているのです。(p158)
個性は,ネットワークの中で作られていくのです。周りの人を活かす中で,自分が活きてくるという不思議な関係にあります。(p167)
何をするのがベストという客観的な「答え」はなくて,そうしたほうがいいのかどうかわからないから「自分が判断する」必要がある。(p186)
お金につながらなくても,自分の時間を何に使うか自分で決めて,飽きることがないというのが何よりも大事です。(p186)
「プロになって第一線で大活躍しなければ意味がない」と思うのは間違いで,「新しいことを始める」「自分がやってみたかったことを素直にやってみる」ということがどれだけ自分に満足感や喜びを与えるか,確かめてみてください。(p187)
子どもの頃の気持ちを取り戻すためには,自分がまったく素人になるものごとにチャレンジするのが一つのコツです。自分の直感がまったく働かないものごとをやってみれば,また,自分が誰よりも下手というところに身を置いてみれば,簡単に子どもや若者と同じ状況になります。(p198)
幸せな気分になったときに,人は初心を取り戻しやすいのです。(p209)
「何が何につながるかわからない」というのが,脳の基本性質だということです。自分がどこにたどり着けるかは,いろいろなことの合わせ技で決まります。(p216)

0 件のコメント:
コメントを投稿