2022年4月11日月曜日

2022.04.10 伊集院 静 『読んで,旅する。 旅だから出逢えた言葉Ⅲ』

書名 読んで,旅する。 旅だから出逢えた言葉Ⅲ
著者 伊集院 静
発行所 小学館
発行年月日 2022.02.02
価格(税別) 1,700円

● 3部構成で第3部はヨーロッパ(主にはスペインとフランス)の美術館を巡ったときのアレやコレを使って文章を紡いでいる。
 美術館巡礼(?)の旅は10数年前に大部の2冊本になって刊行されている。スペイン編は読んだが,フランス編は未読。読んだのも10年も前のことだから,あらためて両方を読んでみようかと思った。

● 以下に転載。
 路地は都市の顔である。情緒のある路地がある都市はたいがい藝術が盛んだし,恋愛の場所を提供してくれている。パリを舞台の恋愛映画が多いのは絵になるからである。(p13)
 銀座もそうですかね。ブラタモリでも銀座の路地は強調されていたんじゃなかったっけ。銀座には何度も出かけているけれども,田舎者が行くと名前の付いた通りだけで手一杯になる。路地は歩いたことがないんだよねぇ。
 バルセロナとアドリードの路地にはどんなにちいさくとも名前が付いている。面白いのでは “幻滅通り” というのもある。こちらは娼婦街の中にある。どこにでもあるのは “親不孝通り” “酔いどれ通り” だ。(p14)
 これはたぶん世界共通。“親不孝通り” は日本にもどれだけあるだろうか。
 スペインが日本人に人気なのは,ひとつは国民気質がきさくな点と,背丈がアジア人と並んでもまぎれる感じで異邦人に見えない。次に彼等は大のマリア信仰を持つ。イエスよりもマリアを慕う。日本で言う,観音信仰に近いかもしれない。しかも親孝行である。(p15)
 ヨーロッパでの原発事故の報道は,日本では公開が自粛された原発の建物の水素爆発のシーンが何度も映され,おそらくメルトダウンをしているとほぼ確信を持って伝えられていた。(p20)
 旅をしていて,美しい都市というものはそれ自体が不思議な力を持っていると感じることがある。パリも京都もまさにその典型ではなかろうか。(p48)
 戦火の下でも,モランディは創作を続けていた。(p55)
 世の中は平和が続くと,必ずファシズムが台頭して来る。それは世の慣いのごとくである。(p55)
 (『サン・ピエトロのピエタ』は)完成直後,マリアが若すぎるとかイエスの身体が筋肉質に作られ違和感があると注文主(教会)から文句が出たという。しかしこの像を見た大衆はこぞって称讃した。それはそうだ。誰だって美しい方が良いに決っている。(p64)
 旅は独りで歩くことである。ましてや原作,脚本を構想するなら,主人公の街を歩く姿が湧いた方がいい。(p96)
 今こうして,去年の夏から秋にかけて散策した折の様子を書いたが,そのすべてが文章になるわけではない。むしろならないももの方が多い。それは調べた取材,資料も同じで,そういうものに依った作品は小説のもっとも大切な情緒,哀しみが希薄になると私は考えている。(p119)
 人の何倍も練習することは,正直,他のプロも実行している。それがプロの世界というものであり,それができない人間は,当初,才能や,幸運で勝つこともあるが,長続きはしない。その点は,私たちの仕事と共通している。(p125)
 基本はアマチュアが世界のゴルフを成立させている。なぜなら世界のゴルフ人口の九九パーセントはアマチュアであるからだ。その上,アマチュアゴルファーにはプロがどう太刀打ちしてもかなわないユーモアと,これが一番肝心なのだが,品格を持った人々がいるのである。(中略)ゴルフは上手いだけが価値ではないとこが,大半のプロにはわかるまい。(p128)
 考えて考え抜いて練習して,練習をやり抜いて,ようやく何かが出るのが,私たちの人生であり,たとえ結果が出ずとも,それをやり続けることにしか,生きる尊厳はないのだと思う。(p129)
 完璧を求める人は,完璧というものにとらわれて,何ひとつ身に付かないケースの方が多いのではなかろうか。それはゴルフのプレーで例えると,ナイスショット以外は,つまらぬショットと考えるのと同じで,面白味がないし,ゴルフの肝心をいつまで経っても理解できないことになるだろう。(p131)
 今年は日記をちゃんとつけて,いい一年にするぞ,と決心して書きはじめる。ところが,或るデータによると,日記は約九割の人が最後まで書かずに終るらしい。これも人間らしくていい。(p131)
 “人の喜び,幸福の表情には皆どこか共通しているものがあるが,悲しみ,不幸せのかたちはどれも違う表情をしている” という言葉がある。(中略)それが事実であるとしたら,悲しみの只中にいる人に,そう簡単に慰めの言葉や,軽口を叩いてはいけないことになる。基本は見守ることであろうが,それでも私は “悲しみにはいつか終りが訪れる” と敢えて言うようにしている。(p134)
 五十歳を越える前までは学生時代に懸命にプレーした野球のハードなトレーニングで培った体力があった。ところが少しずつ体力の貯金は目減りする。そこで何か運動をというので以前からやっていたゴルフを二週間に一度ラウンドすることにした。(p137)
 ゆっくり成長する木は大木になるそうだよ。(p153)
 ひとつのスポーツが大衆をとりこにさせる時は新しいスターの出現が不可欠だ。それまで大衆が見たこともない魅力あるヒーローがあらわれた時,人々はヒーローの存在とともに,そのスポーツの素晴らしさを知る。(p155)
 大衆が何よりも惹かれたのは長嶋さんの,あの明るい性格と屈託のない笑顔であろう。チャーミングであったのだ。いったい何人のファンが,あのプレー振りを見て仕事の,日々の疲れを癒されたことだろうか。(p156)
 何十人かの選手を育てましたが,松井選手はトレーニングすることを惜しまなかったという点では,一,二番目でしょう。夜中のどんな時刻に連絡しても彼はバットスイングをしていました。あの姿勢があったから育ったんです。(p157)
 長嶋さんは今も懸命にリハビリをなさっている。(中略)今,日本全国でリハビリに励んでいるたくさんの人と家族が長嶋さんからどれだけ勇気をあたえられているだろうか(p158)
 美術館の鑑賞のしかたを知ったのもプラド美術館である。それはエウヘーニオ・ドールスの美術館の鑑賞案内の本で『プラド美術館の三時間』。(中略)三時間以上,美術鑑賞をするものではないと書いてあった。(p172)
 その人生は決して恵まれたものではなかった。(中略)絵が売れるどころか暮らしにさえ困ることが多かった。借金をしながらモネはそれでも懸命に絵を描き続けた。モネの生涯を見ていて感銘を受けるのはいかなる時にでも彼は絵画から離れようとしなかったことだ。絵画をあきらめたり,見放すことが一度たりともなかった。これが並の画家と違っていた。(p176)
 近代絵画はいつもそうだが,画料,画材の進歩がひとつの才能と出逢い,新しい世界を生み出す。(p210)
 「この器を見て下さい。この島の陶工が作ったものです。千年以上こうして私たちの生活に役立っています。しかも素朴で美しい。作った人の名前はわかりません。私は本来創作とはこうした無名性の中にあるのではないかと思います。彼等こそが真の創作者なのです」
 私はミロの言葉に感激した。(p222)
 こころをときめかす出逢いがあったなら,あなたの旅はかなり上質なものだと言えるだろう。そしてそういった出逢いには少なからず運命のようなものがかかわっているケースが多い。私の短い半生は大半が旅の日々だった。その中で,あの時間は誰かの力で,そこに導かれたのかもしれないと思えるものがある。(p225)
 これがミロのかつてのアトリエと知らなかったら,誰の目にも子供の落書きにしか映らない。しかし,このちいさな作品から,ミロは彼でしかなし得なかった宇宙を創造した。(p228)
 『糸巻きの聖母』と題された作品で,私はこの作品を十年以上前に,スコットランドのエジンバラにあるナショナルギャラリーで見たことがあったが,その折は作品を鑑賞しても強い印象を受けなかった。その理由はたぶん,レオナルド・ダ・ヴィンチというルネッサンスを代表する画家についてよくわかっていなかったこともあったのだろう。(p238)
 世界中で一番カレンダーを大く制作しているのも日本と日本人である。それを知ると,日本人は希望や,明日への願いを他の国の人より抱いているのかもしれない。(p250)
 七十一歳のマティスは十二指腸癌の手術をしたが,手術の後遺症が残り,車椅子での生活を余儀なくされた。絵筆を握ることが不自由になった。それでも画家の制作意欲はおとろえることはなく,マティスは着色した紙をハサミで切り抜き,これを貼り合わせて “マティスの切り絵による世界” に挑んだ。(p251)

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