2018年1月27日土曜日

2018.01.27 中川淳一郎 『ウェブを炎上させるイタい人たち』

書名 ウェブを炎上させるイタい人たち
著者 中川淳一郎
発行所 宝島社新書
発行年月日 2010.02.24
価格(税別) 667円

● 副題は「面妖なネット原理主義者のいなし方」。『ウェブはバカと暇人のもの』の流れ。よほどこの本は売れたに違いない。
 面白かったもんな。痛快だったし。自分のことを棚にあげて,まったくそのとおりだ,よく言ってくれた,と快哉を叫びたくなる本だったからね。

● 本書の肝は「はじめに」に述べられている。
 この15年ほど,インターネットは技術決定論的に語られてきた。要するに,「この技術を使えばこーんな夢みたいなことが起こりますよ!」ということだ。これは罪のなく頭の良い「技術ちゃん」を善人が理想的な使い方をする時に発生する原則論である。(p14)
 心が弱く,あまりコミュニケーションも上手でない人がネットに救いを求めてもロクなことはないし,企業がネットユーザーの善意を信じて色々やろうとしてもロクなことは起こらない。(p19)
 ネットで目立とうとしても,目立てるのはすでに高い能力を持った人だけである。(中略)「イケている人をますますイケている人にし,イケていない人との格差を広げる」のがインターネットなのである。(p19)
● 著者がそう考えるに至った源泉は,ネットニュース編集者としての経験。さんざん煮え湯を飲まされたというか,こんなヤツがいるのかと驚かされたというか(しかも,そういうのが普通にいる),そうした経験を山ほど積んできた。
 それが仕事であるなら,人はたいていのことには耐えられる。老人介護施設で介護にあたっている人たちも,それが仕事だからできる。自宅で自分の親にできるかといったら,たぶんできないだろう。
 仕事でも耐えがたかったとなると,それは相当以上な辛さだったのだと,とりあえずは推測できる。でも,著者はその仕事を仕事として全うしたようなのだが。

● 以下に転載。
 人間には真に大切な人間はそんなにいない。(中略)それなのに,自分に関する情報をインターネットにアップし,のこのこと他人との関係を作ろうとし,もともと意図はしていなかったものの,あえて摩擦を起こそうとする人々がうじゃうじゃしているのがインターネットなのだ。(p25)
 ブログから書籍デビューした人は大勢いるものの,一発出して終わりの人が多く,継続して書籍を出し続けたり,そのままメジャーになった人はあまりいない。さらに,身も蓋もないことだが,女性に特に顕著な「顔がいい」ことが重要になっている。(p28)
 ネット上の自己表現・発言を勧める彼らはネットリテラシーも高く,頭も良い人々であり,さらには社会的地位も高い人々であるから不用意なことを書かぬ配慮や経験則,バカを論破するだけの能力を持っている。自分に能力があるからこそ,「みんな情報発信原理主義」的なところもあり,「皆が情報を発信できるのは素晴らしい!」という考え方を持っている。(p31)
 09年秋~10年初頭にかけ,完全にネット界ではツイッター狂想曲のような状況になっていた。(中略)その結果,どれだけの企業がトンチンカンな使い方をし,そこにわざわざ人員を割き,炎上対策の会議をするなど,どれだけ余計なコストが増えたことか! 手段が目的化した場合,ネットで情報発信などしても意味はないのである。(p39)
 ネットの世界で最強なのは「失うものがないバカと暇人」なのだ(p40)
 「一流大学を出て,一流企業に入った」というほぼ同じようなクラスターで育ちも同じような人間同士でさえ,社内では軋轢ばかりが生じているのに,そんな育ちも考え方も生活レベルも,これまで経験してきたこともあまりに違いすぎる人間同士が分かり合えるわけがないのだ。インターネットはこうした「分かり合えぬ人々」同士の接点を増やしてしまった。(p46)
 下劣な行為は,背後にどんな理由があれど下劣だ。炎上させる人間はろくでなしだ。それが私の結論だ。(p69)
 本来,人を批判するには自分が反論されることを前提にしているべきはずだ。しかしネットでは,それが不要なのだ。(中略)罵倒された側はどこの誰かも分からない人間に対してどう反論して良いのかも分からないので泣き寝入りをする。(p83)
 「玉石混交の中から『玉』を見つければいいじゃん!」と言われるかもしれないが,そこまで作業する必要はない。(中略)書店へ行けば,ピッタリのことが書かれた本を買うことができる。(p84)
 日本の企業や日本人の実名ブロガーは,どう考えてもおかしいクレームに対し,妙に誠実に対応しているが,そんな必要はない。バカはバカなのである。無価値の意見など聞く必要もないし,そんなものはゴミ箱に捨ててしまえばいいのだ。(p84)
 企業はネット上でブランディングが達成できることや,ユーザーがファンになってくれ,クチコミをしてくれることを夢見てきた。会員サイトを作ろうとしても,ブランディングを重視し過ぎるあまり,余計な音やFLASHが入っていて,ユーザーからしたら本当に知りたいものを見つけられない。(p100)
 ネットユーザーはただ自分が好きだから,面白から使うのである。そこは情報の送り手側がコントロールできるものではない。(p101)
 脊髄反射で反論をする必要はない。無視するのが一番である。(p138)
 無料メディアの二大巨頭・民法テレビとネットの親和性の高さは“神レベル”である。(中略)メディアとしてのネットを語るにあたっては,本来テレビの存在は避けて通れないのだ。テレビで観た印象がそのままネットに反映されると思っておいた方が良い。(p151)
 極論を言ってしまうと,ネットへの書き込みなど,ほとんどはバカバカしいのである。(中略)宣伝目的の二流芸能人が「今日のランチはカルボラーナ 量は多かったけどデザートは別腹」などと書き,それに対し暇人が「カルボラーナ,おいしそうですね」と返答をする。はっきり言うと「五流以下のゴミ溜めのような言論空間」がインターネットの大部分なのだ。(p152)
 「本当にクレームする必要のある人は商品のパッケージに書かれた電話をかけてくる」と言いたい。投稿フォームがあってクレームをつけやすいから,本気でもない人間からクレームを受け,炎上するのだ。(p153)
 ネットの双方向など,意味はない。時に「ネットの人の意見で素晴らしいことが起こった」と言う人がいるが,「ネットの人の意見で苦しんだ」という人の方がどれだけ多いか?(p154)
 ネット上に自分の名前を出すことの利点を勝間氏や佐々木氏は説くが,そんなものは特に目立った実績もなければ,個人名で仕事を取りたい人以外には意味がない。あまりネットの力を過信し,それを伝導するのはどうかと思う。(p157)
 イケてる人は,自分から何もせずとも勝手に仕事は来るものである。(p161)
 最近,新しい飲食店に行く場合はグーグルで検索をするようにしている。(中略)「クーポンを発行している」ことが明らかになったら「必死に宣伝をし,さらにはクーポンを発行しなくては客が来ないレベルのたいしたことない店」であることが明白になる。そして,実際に店へ行ってみるとその判断は正しいことが実に多い。このように逆の検索もできるのがインターネットである。(p161)
 人間など,自分とは考えが違う人があまりにも多いから多様性があって面白いのではないか! そして,多様性があるからこそ,様々なものが生まれるわけだろ! もう少し,自分とは違う人も認めてあげようよ!(p167)
 10年現在,日本のインターネットユーザーは9000万人を超えた。もはやこれは「世間」である。リアルの世界で世間,そして他人に期待をすることはますます減っているにもかかわらず,インターネット上ではあまりにも他人に期待し過ぎる。(p170)
 最近はとにかく「個人情報」が大切にされている。(中略)それなのに,同様に「世間」であるネットうえにはなんとまぁ,プライバシーが転がっていることか! どれだけ人は自分のことをさらけ出すのか!(p170)
 だいたい,立場のある人間が,自分のことを他人に知らしめる必要もないのである。(p175)
 テレビやゲームや漫画,雑誌や本,アミューズメント施設なども,「暇つぶしの多様化」をもたらしているだろう。だが,ネット業界にいる私から見ると,彼らは「実」があるように思えてしまう。(中略)受動的な情報の収集は時に思いがけぬ知識を与えてくれる。ネットは,基本的には自分の興味のあることだけを深掘りしていくため,こんな思いもかけぬネタを拾うことは難しい。(p193)
 インターネットにハマり,そこに使う時間をいくら増やそうが人生は豊かにならないからだ。むしろ,ブログを必死に更新したり,ネット上で何かと議論をしたり,コメントを書き残したりする行為は暇つぶし以外の何物でもない。(p204)
 ネット系のイベントやオフ会に参加すると顕著なのだが,はっきり言ってしまうと 参加者が子供っぽい のである。無邪気にネットやブログ,ツイッターの凄さを語り合う。(p207)
 「情報を整理できる」「検索が可能」というとんでもなく有用な機能以上に何を求めているのか?(中略)2ちゃんねるは1999年の開始以降,「殺風景な灰色の画面に次々と文字が書き込まれる」という基本的な機能は何も変わっていない。というかもはや「スレッドに文字を書き込む」という2ちゃんねるの機能が究極の進化だったのである。(p210)
 ネットはそれほどすごいことをもたらさない。(中略)一日の多くの時間をネットを見ながら過ごしていると,「結局すごいかすごくないかは使う人間次第」という話になる。(p213)
 ネットはあくまでも情報をアップし,拡散する手段でしかない。すごいもの・すごい人がますます目立つためのツールなのである。そこでは凡庸な一般人が凡庸な才能をいくら披露しようと無視されるだけで,現実の辛さを味わうに過ぎない。(p214)
 気付かなければいけないのが,ネット上で流行っていること,ネット世論など,ネット上だけに存在するものでしかないということだ。(p217)
 では,ネット上で情報発信する本質とは一体何だったのか? すでにイケてる人が,その知名度と財力を元にさらに宣伝でき,ますます儲ける手段を手に入れたということだ。(中略)いきなり1万人がフォローしてくれるのも,宣伝行為が可能なのも,人々が親切に色々教えてくれるのも「有名人特権」に他ならない。(p219)
 多額のカネを使ってブランドサイトを作っている企業の人々には悪いが,ネットをプロモーションに最大限に活用しているのは風俗店である。(p243)
 『Twitterの衝撃』なんて書籍タイトルは所詮「単4アルカリ乾電池の衝撃」と同じ程度の意味しかない。(p243)
 この15年間,日本を覆いつくしたインターネットのへの過度な期待・・・・・・これは何だったのか? またまた残念な結論になってしまうが,「子供のおもちゃ自慢大会に大人が巻き込まれた」ということでしかない。ネット上の日記,掲示板,アプリ,ブログ,SNS,ツイッター,セカンドライフ,質問サイト,レシピサイト,クチコミサイト・・・・・・。いずれも暇つぶしに最高の材料を与え,働き盛りの世代の人々の生産性を落とした。(p244)
 ネットに書かれている情報は時に数千万人が一気に知ることになる。それらは知識として押さえておいても良いが,それだけを知っていても他者との差別化はできない。だからこそ,たいていは売れても数万部程度にしかならぬ「書籍」を読むべきだし,色々な人とリアル世界で交流すべきだ。その方が知の差別化はできる。(p254)

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