著者 松浦弥太郎
発行所 PHP
発行年月日 2017.09.04
価格(税別) 1,300円
● 50歳になった著者が,「おとな」の仕事の仕方,生活のあり方について,自身の考えを述べたもの。
といっても,基本はこれまでの松浦さんの著書と変わるところはないように思う。50歳になったら変節したのか,と感じるところはないはずだ。
● たしか邱永漢さんだったと思うが,50歳だろうと60歳だろうと70歳だろうと,誰もが初めてなる50歳,60歳,70歳なのであって,50歳としては新人なのだと語っていた。60歳もしかり,70歳もしかり。なるほどと思ったことを思いだした。
だから,50歳になればそれが初めての50歳なのだから,誰もが戸惑うものなのだろう。
● 孔子の『論語』以来,年代論が賑々しく語られてきた。だけども,あんまり区切らない方がいいのかもしれないんだよね。50歳になったからといって,特に何をどうするというのは,あえて考えないという行き方もあるだろう。
考えなくても,身体は正直だから,近くのものが見えなくなるし,階段を登るのは億劫になるし,ITの動きについていくのはしんどくなる。それに任せるか抵抗するかは人によるが(世間的には抵抗する方が推奨されているだろう),そうしたひとつひとつに自分なりに対処していけば(あるいは,諦めれていけば)それでいいのではないか,とも思う。
● 以下にいくつか転載。
商品として考えた場合,おとなの多くは“新しさの全盛期”を過ぎています。もしもみずみずしい赤いりんごのような商品であれば,“新しさの全盛期”を過ぎたら価値はありません。(中略)しかしそれがりんご酒のような商品であれば“新しさの全盛期”を過ぎても価値は失われません。時を経て熟成され,おいしさを増すこともできる。(p19)りんご酒になるための準備は,しかし,50歳になってから始めようと思っても遅いのかもしれない。というか,自分をりんご酒にするにはこうすればいいという,万人に共通の方法論などないのだろう。
そこは人それぞれとしても,りんご酒になるための発酵過程は,じつはかなり若い頃から始まっているのかもしれないよね。
面白さに知識を付け加える。これもおとなのコミュニケーションです。ただし,これが逆になると,すべてが台無しになります。(p22)
僕らはコンテンツを見てもらうとき,ユーザーから時間をいただいています。時間とお金というのはとても似ていて,人は何に時間とお金を使うのかを考えると,「自分を助けてくれるものに使う)という答が浮かんできます。(p27)
いつでも,どんな状況でも,人を笑わせることができる人は素晴らしいし,僕もそうなりたいと憧れています。笑わせるセンスをみにつけること。これはおとなの教養といってもいいでしょう。(p30)
「また会いたい」という気持ちになる相手。それは面白くて楽しい人です。「もう一度会いたい」と別れてすぐ思う相手。それは自分の話をすごく大切に聞いてくれる人です。(p37)
自分にもしもまだ伸びしろがあるなら,新しい人とつきあったほうがいい。まだ伸びしろがあると気づかせてくれる人,その伸びしろが伸びるように支えてくれる人は,新しい友だちです。自分では,自分の伸びしろを伸ばすことはできません。ずっと仲良くしてきた親友な仲間も,伸びしろを教えてはくれません。(p42)
「この人と会ってよかった,友だちになりたい」と感じる人には共通点があります。みな,仕事が好きな人たちです。どんな仕事でもいいのです。(p46)
今でも守っているお金とのつきあい方が,いくつかあります。まずは,「お金が好きだ」と思うこと。はっきりそう口にすること。それだけお金を大切に考えるということです。そしてもう一つは,矛盾しているようですが,「お金を追いかけない」ということ。(p83)
頼まれた以上の仕事をする。それがお金をたくさん稼ぐ一番の方法です。(p86)
お金の使い方についても,僕は基本を守っています。それは,お金を友だちと見なし,お金が喜ぶような使い方をするということ。「えっ,僕をそんなことのために使うの?」と“お金さん”という友だちががっかりしたりすることには,お金を使わない。(p90)
無限だと思っていた時間が有限だという現実が突きつけられる年齢になったら,やりたいことだけに絞らないと,チャンスが来たときにトライできなくなります。(p97)
僕なら,本当に迷った時は時の流れに任せます。激流に巻き込まれてしまったら,体の力を抜いて泳ぐのをやめます。自分の中の思考をとめる。それでも自分のまわりはどんどん動いていくので,それにゆだねてみるのです。(p98)
五十歳を過ぎた僕が,おとなのおしゃれを考えたときに大切と思うこと,それは,品質とか,組み合わせとかではなく,体を鍛えることなのです。(中略)だらしない体では,着こなせない。むしろ,服に対して失礼なのではないかとすら感じています。(p107)
去年夢中でやっていたことを,今年はさっぱりやっていない。それも大いに結構だと思うのです。新しいことを次々とやる秘訣は,「やる・やらない」の境界線を作らないことだと思います。(p117)
どんなに偉くて権力を持っていても,すべてを手にれているように見える賢くて美しい人でも,人間はみんな弱いと僕は思っています。(中略)みんな弱くて困っていて,いつも何かに助けてもらいたいと思っているし,自分を救ってくれるものを探しています。(p134)
正直に打ち明けてしまうなら,僕が朝四時半に起きるのは,べつに夜十時に寝ているからではなく,あらゆる不安が大きくて目が覚めてしまうという部分も少なからずあります。(p136)
みんなが「こんな感じ」とか「こういうふう」と思っているのにもかかわらず,まだ誰も言語化してないような大切なことを,仕事を通じて言語化したい。(中略)自分の言葉によってみんなの気持ちに役に立つことが,僕のいろんな仕事の目的です。喜んでもらう,気づいてもらう,役立ててもらう。(p137)
やっぱり僕は偉い人にはなりたくありません。僕はプレイヤーをやめた評論家にはなりたくありません。(p144)
とても幸せで,恵まれているからこそ,お返しをしなければいけない。だから僕は,もっと成長しなければいけないのだと。(p155)
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