2018年7月8日日曜日

2018.07.08 伊集院 静 『悩むなら,旅に出よ。 旅だから出逢えた言葉Ⅱ』

書名 悩むなら,旅に出よ。 旅だから出逢えた言葉Ⅱ
著者 伊集院 静
発行所 小学館
発行年月日 2017.07.31
価格(税別) 1,400円

● 『悩むなら,旅に出よ。』ながら,トラベルについて書いているわけではない。絵画や美術館の話だったり,ゴルフの話だったり,死に別れた友の話だったりする。人生という旅,を扱っているように見える。
 人生にはまさかという坂があることを体験した人ならば,共感を持って読み進めることができる。

● 以下にいくつか転載。
 同じ旅でも或る程度年齢を重ね,判断力が培われていると,それが邪魔をして,実はそこにかすかに見えている新鮮なものを見逃すことがある。(p29)
 画家という人々はすべからくそうらしいが,苦難を前にしても自身に情熱がたぎっていれば障害など何ともないらしい。(p32)
 上手くいかないのが私たちの暮らしですよ。なあに急ぐことはありません。悠々としていればいいんです。そういう仕事も世の中にはあるはずです。(p37)
 人生の経験(失敗でもいいが)を積まないと見えないものは世の中にたくさんある。そう考えると若い時に見過ごしているものがいかに多いかがわかる。しかし若い時にしか見えないものがあるのも事実である。(p57)
 若い人に学問(仕事,物事と言い換えてもいい)を教える行為と,それを教わろうとする若い人の向学心(探究心,志しでもいい)の間にあるものは,私たちが生涯で経験するものの中で,かなり上等なものだと私は思う。(p61)
 さまざまな五感の中で,旅人が意外と印象深く記憶しているものに飲食がある。私は美食家ではないし,個人的には,食にこだわることを卑しいと思っている。しかし美味しいものは,口惜しいが,よく覚えている。(p70)
 物事は何でもそうだが,最初に,それをはじめた人の勇気,精神力,忍耐強さに感心する。(p72)
 ゴッホが到着した翌日,アルルは雪の日となり,それでも生真面目なゴッホは画帳を手に写生に出かけ寒さに震えながら絵筆を握っている。(中略)ミストラルは私の想像を越えた寒さだった。--よくこんな環境で創作にむかえたものだ・・・・・・。(p84)
 私は同郷の出身であるが,種田山頭火は好まないので,そうなんだ,と返答だけをした。世間の人は,放浪,彷徨などと呼び,俳人がさまようことに憧れたり,時には讃える文章を目にするがその実体は決して美しくもなければ,そこに俗に言うロマンのような甘美なものはないと私は思っている。(p92)
 バーはバーテンダーの存在に尽きる。(中略)一流とそうでないバーテンダーは顔を,カウンターの中の所作をほんの少し見ればわかる。(中略)ほんの少しの所作でわかるのは,彼等が修行を積んでいるからである。顔でわかるのは仕事に誇りを持っているからであろう。(p98)
 人間には本当に必要なものがある。それを提供できる仕事を,本物の仕事というのではないか。(p107)
 私は自分が,或る時期,遊び放題の放埒な暮らしをして来て,なお今日,目覚めてほどなく仕事を始める習慣を続けてこられているのは,人のお陰もあるが,目覚めの茶にあると思っている。(p119)
 私たちの日々の暮らしの中で,その日ひとつだけでも新しい,瑞々しいものと出逢うことがあったら,それは素晴らしい一日ではないか,と常々思っていたからだ。(中略)新しいもの,瑞々しいものは,それがどこか劇的なものに思っていたのは私の先入観で,いつもと同じように時間が過ぎて行く中に,そういうものが常に私たちの周囲にあるのではないか,と思いはじめた。(p136)
 千年生きた木を使って,建物なり,木工品でもこしらえると,それは千年の間,きちんと役割を果たしてくれるらしい。それが千年もたない時は,その木を使って何かをこしらえた技術が未熟,または技術が悪いのだと言う。(p137)
 現代人は何もかも知ろうとして,日々の情報に目をむけるが,大切なものはそういうものの中にはないと語っているように思えた。(p139)
 美しいものは,その作品の前に立ち,ただ鑑賞すればいい。他には何も必要ない。そこであなたのこころが揺り動かされることがあったら,それが作品のすべてである。(p144)
 私たちは生涯を通じて素晴らしい仕事をした人を,絵画なら巨匠と呼んだりするが,その巨匠も,最初から本能や能力があったのではない。そこには必ず,大切な人との出逢いがある。これは百人の巨匠の内の九〇パーセント以上の人が出逢いによって新しい創造の標べを得ているということである。(p152)
 (熊谷)守一はこう述べている。「絵はそう難しく考えないで見たら,それで一番よくわかるんじゃないかと思います。絵は言葉と違いますから・・・・・・」(p159)
 ダリは女性の中に自分の創造のヒントと力を求めた。ダリの将来を決定づけたのは人妻,ガラとの出逢いだった。ダリは恋に落ち,それ以降,ガラはダリのすべてとなる。あらゆる制作物はガラのために生まれる。その徹底振りに驚くほどだ。(p165)
 子規という人物は,ともかく何か自分が魅了されたものがあると,他のものはすべて放って夢中になった。よく言えば情熱的な性格であろうが,子供っぽい,少年のような気性が生涯抜けなかった拙さもある。しかしその性格は私が子規を好きな理由でもある。(p189)
 “安物買いの銭失い”が一番あかんのや。人間がこしらえたもんには,それ相応の値が付くもんや。その人が,それを作れるようになった時間を買うのんが,大人の男の持つ道具やで。(p243)

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