2020年5月22日金曜日

2020.05.22 勝間和代・堀江貴文・ひろゆき 『そこまで言うか! ひろゆき×ホリエモン×勝間和代』

書名 そこまで言うか! ひろゆき×ホリエモン×勝間和代
著者 勝間和代
   堀江貴文
   ひろゆき
発行所 青志社
発行年月日 2010.09.11
価格(税別) 1,500円

● 10年前の刊行。勝間さんのあとがき。
 いまは極論と考えられている私たちの話も,実はもう少したつと,極論でも何でもなくなるのではないか,きっと,10年後にこの本を読み返してもらったときには,「へぇ,このころは,このくらいの話でびっくりしていたのか」と言われるのではないかと思っています。
● なかなかそうはなっていないな。人の社会も海と同じで,表層はかなり動くんだけれども,深海はずっとそのまま。底辺層は10年前とほぼ同じじゃないか。いや,昭和のままではないか。
 人間社会と海の違うところは,人間社会では全体の8割が深海だということだ。深海に住んでいるから,そこのところはよくわかる。

● 以下に転載。
 僕は自分のことをネットで言われることを実害とは思っていなくて,結構どうでもいいと思っているんですよ。(中略)感情に関する部分は気の持ちようなので,どうでもいいと思うんですよ。(西村 p42)
 世の中には,本当にバカな人がいっぱいいるんです。そういう人たちに目をつけられたら,その時点でもう手遅れなんですよ。(西村 p53)
 プロフィールを出すということは,そのプロフィール属性を好む人を集めてしまう可能性がある。(中略)「女子中学生です」というプロフィールなんて書く必要はないわけじゃないですか。そういったコントロールの方法を,ちゃんと教えればいいだけだと思うんですけどね。(西村 p54)
 田舎は不便で当たり前だと思うんだけど?(堀江 p88)
 香山さんって,湯浅誠さんと同じ感じなんですよね。弱者の味方をする人たちというのは,最後は感情論になってくる。僕が湯浅誠さんと対談したときも,「月に7万円もあれば生活できるんじゃないですか?」と言ったら,湯浅さんは「東京じゃ無理です」と言ったんです。なので,「じゃあ地方に行けばいいじゃないですか」と言ったら,「地方には行けません」となる。「なんで行けないんですか?」と聞いたら,「東京で暮らしたいんですよ」みたいな話になる。そこまで行くと感情論になって終わりなんですよ。(堀江 p110)
 みんな,そこまで頑張る必要があるんですかね?(中略)生活に満足をしているなら,そんなに頑張らなくてもいいという気がするんですよね。(西村 p120)
 勝間さんは,きっとアーティストなんですよ。アーティストって,ファンクラブ組織があって,(中略)大好きな人がCDやグッズを買ってくれるので,彼らを大嫌いな人が何百万人いても,関係ないんです。(西村 p129)
 基本的に,人間は短所しか覚えないんですよ。好きな人だったら,長所を覚えていくんですけど,好きじゃない人に対しては短所くらいしか覚えていないわけです。嫌われた時点で,長所をいくら増やしても短所がある限り,そのレッテルは変わらないんですよ。(西村 p132)
 お金持ちになった人って,お金持ちになった後のことがないんですよ。(堀江 p135)
 堀江さんは本当にゼロになったとに,また100億円稼いでいたりするから,「この人やっぱり実力あるんだ」と証明しちゃっているんですよね。(中略)その証明をできた経営者というのは,実は少ないんですよ。(西村 p136)
 僕って,今の生活とか現状にすぐに飽きてしまうんですよ。だから,誰もやったことのないようなことばかりをやりたくなるんですよね,ロケット飛ばしたいとか。(堀江 p143)
 ダイバーシティ・マネジメントとかデフレというのは社会の問題であって,勝間さん自身の問題ではないじゃないですか。それが何で自分の目標になっちゃうのか,わからないんですよね。(中略)社会構造を変えることが自分の目標になるのがわからない。(中略)僕は僕個人の欲望で物事を判断するんですよ。社会構造とか社会の影響は,たしかにありますけど,結構どうでも良かったりする。(西村 p152)
 世の中の多くの人はエコノミークラスを選択すると思うんですよね。なんというか,僕,普通から外れるのが嫌なんですよ。だから,ずっと電車も乗っているし,タクシーも終電を逃したときくらいしか乗らない。(西村 p156)
 ちょっとぜいたくをしだすと,それが当たり前になる。そうなると,今度は友達と感覚が合わなくなる。そして疎遠になる。普通じゃん?(堀江 p156)
 いつでも仕事を辞めていい態勢にしておきたいんです。実際に,いつでも仕事を辞めていいと思ってやる仕事というのは,非常に楽しいですよ。(勝間 p168)
 日本人は単一民族で差が少ないから,相手を批評しやすいんですよね。(中略)同じような人種で同じような顔立ちだから,やたらみんな比べたがって,微妙な差を探し出してしまう。(中略)たぶんですけど,日本に外国人がもっと増えたら,自分と他人を比較しなくなっていくと思いますよ。(西村 p195)
 自分で制限することができないから,ゼロにしてしまうんです。(勝間 p216)
 私もアル中ではなかったですけど依存症に近い状態で,お酒がないと家中を探してしまうタイプだったんです。(勝間 p221)
 教育的に,「言われたことを素直にやるのがいい」みたいなことをずっとやっていますよね。私は中学校から私立にいたからよくわからないけど,公立の学校に通っていた人と話すと全然違う教育で,そこが一番大きな問題じゃないかと思います。これ言うのはあれですけど,東大出身者が周りにたくさんいたんですよ。やっぱり東大生は素直な人が多くて,びっくりした。(勝間 p270)
 時間をかけて努力をして,それが報われたら素晴らしいと言われるんだよ。短い時間で努力をして結果を出しても,それは認められない。(堀江 p271)
 勝間 若い人が希望する会社って,けっこうおかしいじゃないですか。いわゆる就職人気企業を見ても私はそう思う。 堀江 それは親の言うことがあるからでしょ。(中略)あれって親の世代の人気度だもん。(p273)
 見せ方の問題ですよね。努力してなくても努力しているように見えてれば,周りは勝手に評価してくれるじゃないですか。(中略)そういうプロモーションをちゃんとやるだけで十分な気がする。(西村 p275)
 有能である必要はなくて,なんらかの能力が他人より飛びぬけていれば,なんとかなる。でも,それを知らない人は,起業には万能性が必要だと思っていますよね。サラリーマンの場合,平均60点をとったらいいサラリーマンなんですけど,起業した場合は80点が1個あれば,他の教科は20点でもなんとかなる。(中略)逆に学校で高学歴だった人は,だいたい60点平均の人が多いので,起業には向いていないというのは,たしかにありえる。(西村 p278)
 食事って,油と砂糖が入っていればなんだって美味しいんだよ。だって,吉野家の牛丼,めちゃめちゃうまいじゃん。(堀江 p293)
 名前のない料理ってあるじゃないですか。冷蔵庫を開けて,残っていたもので適当につくった料理とか。でも,なぜかみんな,料理をつくろうっていうとき,名前のあるものをつくろうとするんですよね。(西村 p295)
 メディアは選んでいるんだよ。意図的に。幸せテンプレートに乗っている人か,そこから外れて不幸な人だけを。だから,幸せテンプレートじゃないところで幸せになっている人たちを,メディアは出さない。(堀江 p297)
 やっぱりものに頼りたいんですよね。だって,ものを買った瞬間に幸せになれるなら,考え方を変えるよりもずっと楽ですから。(勝間 p299)
 私,すっごい崩れてたんですよ,30歳前後まで。お酒を飲んでタバコ吸って夜中まで働いてると,やっぱりよくないんですよね。(中略)3年間とか決めて,その間,仕事ばっかりをやるのはいいと思うんですけど,あれを一生続けたら結構,精神的にも肉体的にもガタがきてしまうんじゃないかな。(勝間 p305)
 電話に出ないっていうのは,すごい重要なことなんですよね。これをマスターすると,かなり時間が確保できる。(西村 p315)
 私はメールが通じない人とは絶対に仕事をしません。ワークライフバランスをしっかりとりたいなら,時間泥棒と働かなければいいんですよ。(勝間 p316)
 嫌なことはやめていけばいいのに,やめないですもん。それで私が嫌なことをやめていくと,ワガママって言われるんですよ。(勝間 p324)
 まず家賃を減らすって,すごい重要だと思うんですよ。(中略)好きなことをやって,友達と遊んで,家帰って寝るだけだったら,別に一部屋でいいわけですよ。(西村 p324)
 じいさんになってから金持ちになっても,やることなんてすごい限られるじゃないですか。(堀江 p355)
 既得権って,マジョリティですよね。マジョリティなんで絶対に,議論とか投票とかhじゃ勝てないんです。そうすると,ゲリラ的な行動をするしかない。(西村 p362)
 私は,日本で一番大きい監査法人に,何も考えずに「一番大きければいいや」って入ったんですよ。でも入社したら,女性だっていう理由で,出世のベルトコンベアに乗せてもらえなかった。そこで私は気付いたんですが,そのベルトコンベアに乗せてもらえていたら,何も考えないままだったと思います。(勝間 p372)
 会社が大きくて分業が進みすぎているところは,全体が見えなくなるので,そういう意味では盲目になりがちですよね。(西村 p374)
 堀江 あと,バブルのときには,うちの母親は宅建の免許とか勉強してたし。 勝間 そういう後追いのコツコツはダメですよね。(p381)
 西村 ありがちな生活をしている人が手に入る,ありがちな情報っていうのは,基本的に誰でも手に入るわけだから,情報の差で勝つのはまず不可能じゃないですか。そうすると,まずそこの段階から抜け出さないといけない。(中略) 堀江 いや,ここまで言っても,失敗するんだよ。たとえば俺のツイッターのフォロワーでたまにいるんだけど,「堀江が言ってることは,嘘だ! あいつが言ってる方法なんて誰も言ってねえ」って言って,結局もとのまま。(p382)
 貧乏な人に儲け話が持ち込まれるなんて,まずありえない。貧乏な人のところに来た儲け話っていうのは,基本的にみんな間違いなんですよ。(西村 p384)
 日本の場合は情報統制をだれもしていないんですから,インターネットを使おうが,本屋に行こうが,図書館に行こうが,かなり安い値段で気づくチャンスがあるんですよ。(勝間 p389)
 勝間 新規のビジネスアイデアなんて,それの利害関係者以外に相談したって,意味ありませんよ。 西村 第三者が理解できてる時点で,なんかしら手遅れですからね。(p390)
 昔から図書館があっても使わない人がいたように,インターネットがあっても使わない人だってたくさんいますよ。(中略)自分に与えられている場所以外で,なにか情報を得る努力をできるかどうかの違いだと思います。(西村 p392)
 お金のある人は私立の学校に行っていい教育を受けて,ない人は公立の学校で潰れていくという格差になっちゃってます。(西村 p394)
 簿記をやることは大事だったりする。簿記なんて,商業高校でしかやらないでしょ。(中略)普通高校でも簿記を覚えることで,得をすることがたくさんあるわけですよ。なのにどこもやらない。でも,商業高校でできるんだから,バカでもできるに決まっている。(中略)そういう簡単なことを知らないがゆえに,学べるチャンスがないってのは,すごくもったいない。パソコンの使い方も同様だよ。パソコンなんて,使えたほうがいいに決まっている。簡単だし,誰だってできるんだけど,知らないだけで損をしている。(堀江 p397)
 世の中にはさまざまな思い込みがあるじゃないですか。人はみな平等であるとか,能力は一緒だとか,官僚は優秀だとか,お上は正しいとか。そういう思い込みが悪さをしていると思う。(勝間 p400)

2020年5月19日火曜日

2020.05.19 中沢 剛 『アイデアのスイッチ!』

書名 アイデアのスイッチ!
著者 中沢 剛
発行所 ダイヤモンド社
発行年月日 2018.09.12
価格(税別) 1,300円

● 著者考案の「idea Picnic」の紹介書。これを読むとアイデアなんて簡単に出せるんじゃないか,と思ってしまうのだが,さてさて。
 アイデアの敵は優等生的真面目さ。アイデア出しは不真面目な方が面白いものが出てくる。そういう話は何となく理解できる。

● 昔,KJ法とかの愚にもつかない研修を受けさせられて(KJ法ではなく,研修が愚にもつかなかった),以来,この種の技法には眉に唾をつけて臨むべしと思うようになった。
 っていうか,ぼくの暮らしにアイデア出しを要する局面はない。なのにこういう本をなぜ読むの,と自問すべし。っていうか,何で読んでんだ,俺。時間のムダ遣いじゃないのか。

● といいながら,以下にいくつか転載。
 いきなり「すごいアイデア」を考えようとしてはいけません。(中略)まず,とにかく大量のアイデアを出すことに専念します。(中略)思いついたことはなんでも「OK!」と受け止めてあげる。(p22)
 このように分析することで,経営を改善させる具体的なアイデアを生み出すのはとても難しいと思うのです。なぜなら,ロジカルシンキングをマスターした人であれば,誰がやっても同じようなロジックツリーしか生まれないからです。(p72)
 なぜ,そうなるかというと,ぼくが思うに,要するに“つまらない”からです。ロジックツリーを使えば経営改善に必要な要素を分類・分析することはできますが,その結果として生み出される分析観点がありきたりになりがちなのです。(p72)
 アイデアを生み出すためには,ロジカルにものごとを分類・分析することにはあまり意味がありません。それよりも,非論理的でもかまわないから,「面白い分析観点」をたくさん見つけ出したほうがいいのです。(p74)

2020.05.19 成毛 眞 『成毛流「接待」の教科書』

書名 成毛流「接待」の教科書
著者 成毛 眞
発行所 祥伝社
発行年月日 2018.04.10
価格(税別) 1,300円

● ノーパンシャブシャブとか官官接待とかで,接待はだいぶイメージを悪くした。いや,昔から接待は必要悪とされてきたか。銀座のクラブで飲む社用族を品性下劣と言ったのは山口瞳さんだったか。とまれ,接待の総量は減っているらしい。
 しかし,だからこそ,接待はやりようで効果があるのだと,天邪鬼氏は言う。正統派の教科書だが,読み物としても面白い。

● 以下に転載。
 接待は時間がかかる,金がかかる。だから無駄だという経営者やコンサルタント,やりたくないという現場もいる。(中略)そう考えるのは,接待のようでいて接待ではない接待もどきを接待と思い込んでいるか,接待についての悪意ある創作を信じているからにほかならない。要するに,本当の接待を知らず,したがって,接待の絶大なる効果も知らないのだ。まったくもって,無知は損と言わざるを得ない。(p5)
 人と会わなくても進められる仕事が増えた。(中略)では,合理的なだけで仕事は進むのだろうか。資料はデータで届けるのが当たり前の時代に,手書きの資料を届ける人がいたらどうか。実に非合理的だが,印象には必ず残る。(p15)
 営業マン,営業ウーマンにとって,年賀状や記念日の贈り物はプラスのアピールにはならない。そんなものは,やって当たり前のものだからだ。はっきり言おう。やらないのは失格だ。戦いの土俵に立つことなく負けている。不戦敗だ。(中略)では,プラスを得るにはどうするか。周りがやっていないアピールをするしかないだろう。それが接待だ。今,接待をすべき理由,私が接待を薦める理由は,接待の数が減っているからだ。それを軽視する人が増えているからだ。(p16)
 昨今,打ちあわせなどの際にパソコンでメモをとるのは失礼かどうかという議論が,定期的に起こっている。私はそうされても失礼とは感じないどころか,紙にメモをそるのは前時代的とすら思うが,失礼と思う人がいまだ存在していることは知っている。ならば,パソコンでメモはとらない方がいい。(p18)
 接待の目的は,相手と仲良くなることだ。それ以上でもそれ以下でもない。そして,仲良くなるとは,相手を知ること,こちらを知ってもらうことだ。(中略)人間は,近くにいてよく顔を合わせていると,仲が良くなるようにできているのだ。(p21)
 Windowsは,パソコンメーカーに大量に買ってもらうBtoBの商品だ。もしも私が,店頭で販売する商品の営業担当だったら,さほど接待について考えなかっただろう。(中略)しかしBtoBの場合は違う。顧客の数は限られていて,その顧客とは長い付き合いになる。新規開拓の必要はない。決まった顧客に,変わらずのお付き合いを願うためのもの,それが私にとっての接待だ。(p24)
 どんな店を選ぶのか,どんなものを食べて飲むのか,どんな話をするのか,二軒目以降にどんな店を用意しておくのかには,接待する側のセンス以上に,本気度が問われる。(p29)
 準備されていない接待は,接待される側にすぐに伝わる。(中略)準備が不十分な接待なら,しない方がましだ。(中略)しっかりと準備されたぬかりのない,芸術的な接待は相手の心に残る。その芸術性を左右するのは,生まれ持っての感性などではなく,準備だ。(p30)
 どれだけそつがなくても,印象に残らない接待はなかったに等しい。一方で,強烈なインパクトを残す接待は,語り継がれる。(p33)
 接客担当者として最もまずいのは「お客様は神様です」と言わんばかりにへりくだるタイプだ。客は,少なくとも私は,接客担当者に私の言いなりになってほしいとは思わない。(中略)へりくだる接客担当者の悪い点は,自分を神と勘違いした客を集めてしまうところにある。(p49)
 一番恐れなくてはならないのは,接待の相手に「自分はこの程度の店での接待がふさわしいと思われているのか」と思わせてしまうことだ。(中略)だからこそ,味のチェックよりもまず,人のチェックを優先すべきだ。(p50)
 接待では,テーブルは狭ければ狭い方がいい。なぜなら,テーブルの奥行きはそのまま相手との距離感だからだ。(中略)なので,中華はNG。あのラウンドテーブルの広さは,人との距離を縮めるのに不向きである。(p53)
 私の経験上,外観が素晴らしく,スタッフもプロフェッショナルで,古さと新しさをうまく調和させている店の料理がまずかったことはこれまで一度もない。(中略)だからこの順に店を絞り込むのが効率的だし,楽なのだ。外観による絞り込みをしないままひたすら旨い店を探すとなると,時間が何時間あっても,胃がいくつあっても,予算が湯水のごとく使えても,なかなか難しいはずだ。(p55)
 こういった「外し」ができるのも,一軒目でスタンダードな接待をしているから。驚きは,一軒目とのギャップで生まれているのだ。(p72)
 一角の人物は必ず,面白い武勇伝のひとつやふたつは持っている。その奇想天外でロマン溢れ,血湧き胸躍る物語は,聞いておいて損はない。というか,シンプルに面白い。(p87)
 かつて,一緒に接待に臨んだ部下がこのお見送りをないがしろにしたことがあって,私はかなり強く叱責した。車が視界から消える前に,お辞儀をした頭を上げたのだ。(中略)その行為は,丁寧にだしをとり,いい食材だけで作った一皿に仕上げに,市販のマヨネーズをどばどばかけるような行為だ。(中略)終わり良ければすべて良しとは,終わりがダメならまるでダメということだ。(p100)
 一人だけが特別に楽しいより,全員がそこそこに楽しい方がいい。それが最も効率のいい飲み会だ。同じだけ予算と時間を使うなら,一番,遠慮しがちな一番若い人が楽しめる飲み会が,最もコストパフォーマンスが高いと言える。(p124)
 接待は,いい関係をより良くするものであり,さほど良くない関係をプラスに変えるにはあまり向いていない。このことをきちんと理解しておく必要がある。(p132)
 接待ゴルフは僅差で負けるべきものとされている節もあるが,そんな曲芸のようなことはする必要がない。(p156)

2020.05.19 櫻井秀勲 『老後の運命は54歳で決まる!』

書名 老後の運命は54歳で決まる!
著者 櫻井秀勲
発行所 きずな出版
発行年月日 2019.01.01
価格(税別) 1,500円

● ほとんどすべてのページに付箋を貼ったかと思うくらい。教訓に満ちているということなのだが,“責任”が健康寿命を伸ばすと最初に書いてある。最低でも70歳までは働け。
 年金で暮らせるとしても,そんな老後では運命が下がりっぱなしになる,と。ぼくは63歳にしてその責任を捨てたわけで,耳が痛いことだ。
 自分が好きでやっていることが仕事になればいいのだが,そういうわけにも行くまい。というか,好きでやっていることがあるかどうか,まずはその点が問題になる。

● 人間関係を切るなとも説かれている。これは著者がずっとマスコミ人だったからかもしれない。責任をずっと抱えているのを前提にすれば,ここは大切なところなのだと思う。
 が,人嫌い,対人恐怖の気配を抱えている人もいるだろう(自分にもその気があると思っている)。そういう人にとっては,定年までの会社務めは苦行だったろうから,トットと退職して孤独の楽しみに浸りたいと考えるだろう。それはそれでいいのではないか,と思いたいところだ。

● 自分のことを書いておく。
 現在はTwitterやブログがある。ネットで個対個の関係を築こうなどと考えるのは愚か以外の何ものでもないと思うが,言いたいことを発散することはできる。そのお陰か,完全引退して2ヶ月弱が過ぎるけれど,人恋しい気分になったことは皆無だ。友だちが欲しいとも思っていない。そんなものはなくてけっこう。
 65歳までは働こうと思えば働けたところ,途中で辞めたことを後悔する気持ちもない。そもそも,辞めようかどうしようかと迷ってるヤツに残られても,会社としても迷惑だろう。

● 経済的なことを言うと,慎ましやかにやれば年金でやれるだろう。年金は老人限定のベーシックインカムだと思うのだが,ぼくはベーシックインカムでやっていきたい。
 自分が入院や要介護の当事者になることも見据えなければならないのだが,現行制度を前提にする限りは,さほど心配することもあるまいと思っている。日本の医療制度は年寄りに手厚いからね。それがいいのかどうかは別だけど。
 しかし,本書ではそういう生き方では運命が下がるだけだと言う。つまらないではないか,と。

● 占いや顔相などの解説も豊富。“宿命数”というのも紹介されていて,それによるとぼくの宿命数は3。「目的や願望が叶い,立身出世または大志大業を遂げる」とある。
 まるで当たっていない。それとも,これから大波乱があるのかい。

● 以下に多すぎる転載。
 私は54歳で小さな事務所をオープンしました。私と女性社員ひとりのささやかなスタートでしたが,この決断によって,88歳でも,まだ現役の経営者でもあり,作家として活躍できているのです。簡単にいえば,責任感が私を元気にさせたのです。たった1人でも社員がいてくれたおかげで,私に責任感が発生したのです。恐らく前の会社にい続けて引退生活に入ったら,いま頃は間違いなくあの世です。(中略)責任感を抱くことが健康年齢を伸ばすのです。女性のほうが長く生きるのも,夫や子ども,犬や猫に責任を抱きつづけるからではないでしょうか? 男たちは定年なり引退なりすることで,責任感を失いやすいのだと思います。(p3)
 多くの人は50歳を過ぎると,もう自分の後半生の運命は決まった,と思いがちです。いや,もう決まったと,半分あきらめているのではないでしょうか? しかしそれは早過ぎます。あきらめの早い人は大企業にいる人が多いようです。(中略)ところが小さい会社の従業員になると,退職金もそれほど高くないため,あきらめようと思っても,そう簡単ではありません。食いつないでいかなければならないので「定年後は人生を変えよう」と必死になるはずです。ここで,大企業にいた人と中小企業で働いてきた人が,逆転するかもしれません。(p12)
 多くの人は老齢に入ると,退職金も含めて自分の生活費を計算します。するとギリギリのところで,何とか暮らせるように思うはずです。(中略)実際それでやっていける人もいるでしょう。しかしそれは毎日毎日,何の面白みもない日を過ごすということなのです。つまらない老後,といっていいかもしれません。(中略)つまらない老後生活を送ると,自分の運命は下がりっぱなしになります。(中略)すると,自分のことではなく,孫や犬猫の元気さで代償満足を得ようとするでしょう。さらに草花,植木などの成長に期待するようになります。(中略)私はそういう友人,仲間を大勢見てきました。こなる理由はたった1つ,54歳の時点で「老後の金銭生活」を計算し始めるからです。老後の金銭生活を考えるのは,74歳からでなくてはなりません。(p13)
 彼もまた,死ぬまで働き続けるという考え方の持ち主でした。わざわざレンガ職人の資格まで取って,86歳で死ぬまで,家のあちこちを修理しつづけたといわれます。私はこのユングの実行力を見習って,死の当日まで,何らかの形で働きたいと思っています(p19)
 男が香水をつけることは大事です。もちろん女性を引き寄せるためですが,それだけでなく,若さを保つことができるからです。(中略)しかしこれには,もっと別の意味があります。外で女性に好感を持たれるくらいでないと「元気で働けない」と考えているのです。(p25)
 異性と近づく生活をしていれば,もしかすると私のように,健康寿命がぐっと長くなるのではないでしょうか?(p26)
 健康寿命が速く終わる人は無口タイプが多いようです。(中略)なぜおしゃべりタイプ(中略)が健康でいられるかというと,耳から情報を得たり,目によって知識を広くしたり,頭でそれらを整理したりしているからです。女性たちは天性,これらが上手で,無口タイプは,ますほとんど見かけません。(p27)
 たとえば会社の経営者は長命の男性が多いものです。(中略)経営者の会話量は,一般社員と較べものにならないほど多いものです。(中略)経営者にかぎらず,人の上に立つ人間は,男性に限らず,頭脳から手足まで,動かせるもの,使えるものは,フルに活用しています。それも午前9時から午後5時という規定の勤務時間だけではなく,早朝,深夜も活用しているでしょう。だから,老いることができないのです。老いないのではなく,老いる時間がない,といってもいいでしょう。(p28)
 「実力があれば必ず出世する」ほど,人生は甘いものではありません。(p32)
 「運命は人のいやがることに手を挙げた人に味方する」 これは「運命第1の法則」といえるものです。(中略)社長にまで成績が届くような仕事だと一生懸命やるのですが,課の内部の仕事になると手を出さない人がいます。いわばゴミ拾いをしないタイプですが,運命の神はこういうところをしっかり見ています。正確にいうと,こういう人は運が悪いのではなく,運を最初から手放しているのです。(p33)
 私たちは知らず知らずのうちに,生活習慣,働く習慣を固定しています。ところがこの日常の習慣が,運命を悪くしていることが多いのです。(p35)
 どんな人でも4回挑戦すれば1回は成功する,といわれます。(中略)これは別の言葉でいえば,運命というものは,信じないことには輝かない,ということです。(中略)もちろんチャランポランであれば,それはムリでしょうが,真剣な人には運命は微笑むのです。(p38)
 我慢していれば,必ず事態は変わるものです。これは年月がそうしてくれるのであって,本人は何もすることはありません。もし我慢ができなくて,途中でにげてしまったら「いいこと」は永久に来ないことになるのです。わたしはこの我慢の法則を,非常に大事にしています。(p42)
 私は多くの有名作家に小説を書いていただきました。小説担当の編集者としては,成功の部類に入ると思います。ではなぜ有名作家たちが,次々と私の願いを聞き入れてくれたのでしょうか? それは「思い入れの強さ」としかいえません。(p45)
 右に行くか左に行くかは,道があるのでそれほどむずかしいことではありません。しかし目の前に重い扉があったとしたら,その扉をノックするかどうか,考えてしまいます。(中略)運命の扉は最初から開いていて,「小さな会社でも将来性がある」という風景が誰にでも見えているわけではありません。「叩く」という勇気がなければ,中が見通せないのです。(p48)
 むしろどんな仕事でもやらせていただく,という考え方が必要でしょう。75歳まで働けるようなら,老後の生活はぐっとラクになるように思います。(p60)
 一般の社会人はあまり知りませんが,事業をスタートさせ,特に成功した人は,占い,運命というものを非常に重視します。(中略)私は18世紀の有名な宮廷占い師キロの「運命数」を,決断の際によく用います。(中略)私は占いを信じているのではなく,占い師を信じているのです。(p68)
 私自身もいかに健康を保つかで苦心してきましたが,いまになって思うのは,歯,目,耳,魔羅のほうが健康より大事だった,ということです。(中略)健康は生きるために必要なものですが,歯,目,耳,魔羅は,人生を楽しむために欠かせません。(p74)
 問題は年金を受給する年齢になると,それ以後の人生を「残りの人生」と思ってしまうことです。もともと人生をじっくり考えたとき,「残りの人生」なんてあるのだろうか? と首を傾げてしまいます。(中略)60歳は新しい第二の人生の始まる,と思うべきではないでしょうか? 高齢期と考えるのは間違いで「第二の人生の青年期」と規定するほうが正しいかも知れません。そう考えると87歳の私は「第二人生の壮年期」に入ったところです。仮にこう考えると残りの人生どころか,まだまだ働いて稼がなければなりません。このように考え方を改めると,とたんに60歳,70歳,80歳という年齢が,イキイキしてきます。(p77)
 最近は最初から文庫版で時代小説を出す,という形式がふえてきたようです。これらの読者は,若者ではなく高齢者です。ビジネスものだとイライラしたり,口惜しくなりますが,捕物帖や料理帖といった時代ものであれば,時間つぶしにピッタリです。もし父親や夫の鞄の中に,この種の文庫が入っていたら,負け犬になった可能性があります。逆にいえば「それだけは読まないぞ!」という夫や父親であれば,まだまだ前途は洋々です。(p82)
 年を重ねると,不思議なことに何事もゆっくり,ゆったりしてきます。反対にいうならば,話し方にしろ,身体の動かし方にしろ,ゆっくり,ゆったりしてきたら,老いてきたということです。(p84)
 なぜこれら一線で働いている人たちが,ブログ,メールを含めて少数派かというと,広がりに興味がないからです。家庭,職場,飲み仲間など,つき合う範囲が決まっているからです。(p99)
 第一の人生のスタート時期の約20歳のときは,多くの人が誰の力も借りず,自分で自分の人生を切り拓いたのです。ところが第二の人生のスタート時期の50代ともなると,なぜか自分で切り拓く気がなくなります。会社に頼ったり,年金に頼るのです。知恵も人脈も20代とは比べものにならないくらいふえているのに,それらは単に飾りものの知恵と人脈なのです。(p100)
 思いきってネットで交友関係を広げて,自分より若い人たちの助けを借りましょう。そのためには,いまからでも遅くはありませんから,メールやフェイスブックで,自分の考えを発信するのです。(中略)ブログやインスタはラジオやテレビのようなものです。ここに出るということは,いわば出演する感覚です。出演回数をふやせばふやすだけ,仲間や視聴者がふえるようなものです。(p100)
 私はイザというときのことを50代から考えていましたが,何も仕事がなければ,夜警など深夜勤務の仕事をするつもりでした。誰にも負けない特技として,深夜勤務だけは,若い頃から得意だったからです。(p103)
 日頃から自分は運河いいか,カンが鋭いか,それほど病気をしないか--それを知っておくことは大事です。50を過ぎたら,ほとんどの人は,自分の運・不運がわかっているはずです。(中略)近頃の若い経営者は,一見するとよく遊びます。(中略)最近の若手経営者は,経験,知性などにあまり重きを置いていないようです。彼らがなぜ運,カン,体力を重要視するかというと,ITを基本にしているだけに,経験,知性はIT任せ,悪くいえばITのほうが優秀だからです。そうなると運,カンなど,ITの持っていない部分を人間が必要とすることになったのです。(p105)
 彼(横澤彪)にいわせると「人を笑わせられれば,怖いものはない」とのことでした。大勢の人を笑わせるには,まずプライドを捨てる勇気がなければならない,とのことでした。人を笑わせるには,笑われる勇気が必要です。(中略)いまは笑い者になる,または笑わせる時代です。むずかしい顔や話は,思いきって捨てることです。(p110)
 女性は,50代前半で生理が終わります。以前はそれでがっくり来た人が多かったのですが,いまは反対に「妊娠の危険がない」というので,浮気する女性も出てきました。それだけ活発になっているのです。不思議なことに,男性のほうが年齢に敏感です。(中略)それは「ビジネス人生がほぼ終わった」と自覚した人に多い現象です。反対にビジネスの成功者ほど活発です。あなたはどちらでしょうか?(p122)
 私の遊び名刺には「79+8歳」となっています。これは79歳で年をストップしたからで,現在私は自分を8歳の子どもと考えて,もう一度,小学校の勉強をしているつもりです。(p127)
 妻子に心配をかけるのは仕方ありません。それは,新しい仕事にはつきものだからです。しかし「泣かせる」のは違反です。この微妙な差異がわかるようであれば,大いに冒険すべきでしょう。(中略)人生最後の冒険は,妻子に泣いて反対されるのでなければ,男の場合,決意していいのではありませんか。(p130)
 目上の人間と握手とするときは,頭を下げず,まっすぐ相手の目を見返して,しっかり握らなければなりません。このとき,左手を添えてしまったら失格です。左手を使えるのは目上の男性と女性だけだからです。(p137)
 いまの人たちの中には,このきずなを大切にしない人が多いようです。では,なぜ大切にしないのでしょうか? それは自分を高く評価しないからです。(p141)
 運命の糸は少なくとも切らずに何年,何十年もつなげておくことです。(p144)
 世の中は2割(10人中2人)の人が全世界の富の8割を占め,残りの8割の人が,2割の富を争って手に入れる,といわれます。最初から10人中2人は,ツキとはまったく無関係なのです。(中略)よく「ツイてる」「ツイてる」といえば,自然とツキが出てくるといわれますが,どうでしょうか? しかし「ツイてる」などといわなくても,最初から富を手に入れている人がいることに注目しないと,運命は大転換しないものです。そこで,できることなら,ツキとは無関係な生活をしたいものです。夕立に降り籠めれれないように最初から高級車に乗っていれば,ツキなど不要になります。(p145)
 現在ではネットで依頼すれば,たちまち品物が届く世の中です。忙しい,忙しいという人にかぎって,自分の身体を動かしています。(中略)そういう人は,時間を大きくムダ遣いしていることになります。(p146)
 もともと日本では,ツキはマージャンなど勝負事に使われた運命論でした。しかしいまはそういう勝負事は古くなり,次第に好きな人は限られてきました。私たち一般人は,こういう「ツキ」からは離れる時代に入ったのです。(p147)
 仕事ができて運のいい人は,女性社員が早く見つけるようです。その人が男性であれば,みんな結婚したがるからです。(p167)
 私は必死に運命の女神の前髪をつかみ,なんとか転機のチャンスを逃さないですんだので。その代わり私は,1日13時間働くことを,運命の神に約束しました。というのも「作家になるのだったら,毎日13時間,机の前に座っていなさい」と,親しかった作家の松本清張先生からいわれていたからです。(中略)もし私がこのとき,清張先生に「毎日13時間なんてムリです。もう少し少なくてもいいのではありませんか?」といっていたら,どうなったでしょうか? いま振り返ると,先生の一言は運命の女神の言葉だったのです。(p171)
 私はいつも「この世で危うきものは何か?」を考えています。できるだけ危うきものに近づかないことです。たとえば50代まで生きてくるうちに,自分の人生の範疇に入っていない人物とつき合うのは危険です。たとえその人に悪意はまったくなくとも,です。(p174)
 いまの世の中には,キャバクラに行ったことのない男たちは,想像以上に多いのです。(中略)中高年になってから女の園に近づいたら,破滅の元です。(p175)
 運命学的にいうと,運のいい人は,それがつづくようです。なぜかというと,運命数でも占星術の星の位置にしても,生年月日でも,姓名でも手相でも,生きている間は変わらないからです。(中略)仮にこれまで運があまりなかった人は,これからも無理をしないことです。(p179)
 (チャンスがないのは)自分に自信がないせいか,魚のたくさんいるところに,自分から泳いでいかないからです。(p181)
 基本的に成功者ほど,言葉が丁寧です。反対にいうならば,丁寧な言葉遣いをしている人ほど,長生きしても大勢の人が助けてくれるでしょう。(p184)
 残念ながら成功者ほど悪いことをしています。(中略)正しい一生を送る人はまずほとんどいないのです。私は週刊誌の編集長を長年務めていましたから,極端にいうと有名人たちの悪い面をよく知っています。ではなぜそれらの人は,警察に捕まらないのでしょうか? 裏人脈をもっているからです。(p185)
 いまでも私は深夜まで仕事をしていますが,原稿は書いても,新しいプランは考えません。弱気で暗いものになってしまうkらです。(p191)
 親から受け継いだものを100としたら,120~150にしないと成功したとはいえないでしょう。これに対し10しか受け継いでいなければ,30に増やしただけで成功者です。(p193)
 最後に重要なのは,ニュースへの敏感力です。これが衰えてきたら,新しい仕事は100%不可能です。それこそ100歳まで,毎日の新しいニュースに敏感でなくてはなりません。(p199)
 いまのうちからこれらの「常識」を捨てて,反常識,非常識を取り入れましょう。(中略)いまの世の中は常識では計れません。最先端の情報を知っていないと,これからのビジネスはやっていけないと思うのです。(p200)
 成功する人は基本的に,すべてオープンです。それは心が広いということでもありますが,多くのファンを大事にする,ということでもあります。(p203)
 いまの世の中は,出世するよりお金儲けのほうが成功に近づきます。出世しても仕事が益々忙しくなるだけです。(中略)ただしここで重要なことは「ケチになるな」という1点です。ケチをしてもお金は儲かりません。節約にはなりますが,儲かることにはならないのです。(中略)ケチには冒険はありません。(中略)儲けるからには,失敗も覚悟しなければならないでしょう。この失敗を覚悟できるかどうかが,54歳の決断です。(p206)
 彼ら(成功者)は「儲」の字を「信者」と考えて,熱心な信者からファンまで,大勢集めています。(中略)小さなファン層でもいいのです。とにかくあなた独自の信者をつくるのです。占いを勉強してもいいでしょう。料理づくりもすばらしい方法です。50代からでも十分に間に合います。(p208)
 50歳を過ぎた男たちは「きれい」という生き方に,無頓着になっています。中には無精ひげでも平気な人もいるほどで,とても丁寧な手入れをしているとは思えません。(中略)男女の愛でも,初対面から1時間たってから「この人が好き」といったことは絶対ないのです。ほとんどは一目惚れであって,だからこそ「パッと見」こそ,もっとも大事な瞬間です。(p212)
 人に関わりのあることは,プライベートでもビジネスでも,上昇するときは,急上昇することが多いものです。人に関わらない場合はコツコツ働くことで,生活がラクになるのは緩やかです。(中略)50代になったら人づき合い,人間関係を濃厚にしていくことです。これが急上昇のポイントです。(p213)
 これから50代に入って,第二の人生を生きていく人は,第一の人生の教訓など話すべきではありません。(p219)
 私はこれらの作家たちから,「櫻井君,いい人生を送ろうと思ってはいけない。何でもいいから,自分が生きた証を残す人生を征け」といわれつづけました。これは若い私にとって衝撃的で,すばらしい教訓でした。(p224)
 彼らの作品に賭ける姿勢は,一般的に考えるとふつうではありません。作品のために妻を裏切る人もいました。私はその手伝いをしたこともあります。しかしすごいと思ったのは作家の妻たちです。(p225)
● 首を傾げたのは次の一節。大学や大学院に最新の情報や知識があるのか。
 社会人大学院に通う人って,現状から逃げている人が過半を占めるのではないか。さらにいうと,大学院という環境は効率的に学ぶのに適した環境なのか。
 最近は大学院に通う会社員が,男女ともに驚くほどふえてきています。これにより最新の情報と知識が学べますし,いまの仕事にもプラスになるのではないでしょうか?(p37)

2020年5月16日土曜日

2020.05.16 下川裕治 『シニアひとり旅 インド,ネパールからシルクロードへ』

書名 シニアひとり旅 インド,ネパールからシルクロードへ
著者 下川裕治
発行所 平凡社新書
発行年月日 2019.06.14
価格(税別) 860円

● タイトルは「シニアひとり旅」。シニアにひとり旅を勧めるというのではなく(最終的にはそうなのだが),自身の経験を紹介し,どんなところなのか,何に気をつけたらいいか,などを説く。
 が,下川さんのこととて,内容は社会派。歴史や地政学的な位置づけを踏まえて,現状を論じるものになっている。

● 以下に転載。
 ここ数年,カオサンにやってくる日本人は一気に減ってしまった。バンコクでは,カオサン以外に多くのゲストハウスができたことも一因だが,やはり日本人の若者が旅から離れてしまったことが最大の原因かと思う。(p10)
 旅を是とする人からは,旅をしなくなった日本の若者が愚に映るかもしれないが,かつての若者が賢で今の若者が愚だとは考えにくい。どちらも愚に決まっている。
 では,なぜ今の若者が旅に出なくなったのかといえば,そういう時代だからだという他はない。ありていに言うと,外国より日本の方が安全だし,物価は安いし,インフラはきめ細かく整っていることが,広く知られるようになったからでは。
 もうひとつ。バックパッカーになって外国を彷徨ってみても,さほどに得るものはないということも知られてきたからではないか。あえて時間の無駄をしなくても,と。さらには,バックパッカーに稀少価値がなくなったことも影響しているだろう。
 かつてのバックパッカーは日本社会に馴染めない若者が外に活路を求めるという意味合いがあったが,今のバックパッカーは,馴染めないんじゃなくて単なるバカというイメージ。格好悪いものになってしまった。
 時代はバブル景気のただなかだった。派手は話が飛び交うほど,物質的な豊かさへの警鐘は高まるもので,物質文明の先にある精神世界といった文脈から,インドに憧れる若者は少なくなかった。(p17)
 「いまの若者はシャワーでしか水を浴びたことがないようなんですね。宗教的な儀式が,生活習慣の変化のなかで崩れはじめているんですよ」 サリーを捨ててスカートに走り,川での沐浴を嫌う。そんな若者がインドの中間層を中心に増えているようだった。(p23)
 北インドの人々にはそんなところがあった。弱さを見せようとしない。南インドの人たちは北インドと違うのかもしれない。シンガポールにいるのはタミル人が多かった。南インドに暮らす人たちだった。(p27)
 「でも絶対にどかせないとだめ。うろうろしていると,そこが彼らの席になっちゃうんです。インドは自己主張が強い国だってこと・・・・・・肝に銘じないといけません」 (中略)しかしその行動が正しかったのか。いまの僕は少し首を傾げてしまう。そこにあるインドの流儀,インド人の優しさのようなものが少しわかってきたからだ。(p31)
 インドと中国は,膨大な人口とどう向き合っていくかという面で,同質の問題を抱えている。列車のシステムはその一例である。中国のそれは,ひたすら管理である。(中略)そこには怖いほどのシステムがある。(中略)しかしインドは違った。同じように多くの乗客をさばく際に,最終的に人に委ねるのだ。これがインドという国をわかりづらくさせていた。(p38)
 いま,日本の山にのぼっているのが,六十歳台という,団塊の世代より十歳ほど若いグループになる。彼らは日本の山にはのぼるが,ネパールまでは行こうとしない。(中略)団塊の世代は退職しても勢いがある。(中略)そこから十年くだった世代は,(中略)なにかと慎重になる。乗りが悪いのだ。(p77)
 イスラム教徒を揶揄するつもりはないが,彼らは内部より外観にこだわる傾向が強いと思う。インドのタージ・マハルにしても,外観はみごとだったが,その内部はひどかった。(p97)
 クンジュラブ峠を越えるカラコルム・ハイウェイは,バックパッカーたちの憧れだった。(中略)その過酷さが,彼らの冒険心をかきたてもしたのだが,いまや,パキスタン人のカップルが気楽にやってくるエリアになってしまった。(p105)
 (バングラデシュは)人の多さに辟易もするが,同時に守られている感覚もある。路上でスリや置き引きにあったとき,声を出せば,近くにいる見知らぬ人が反応する。(中略)欧米の治安が悪い一帯は,いくら僕が被害に遭っても,近くにいる人が無関心を装う空気がある。あれは怖いと思う。(p117)
 洗脳の核にあるのはイスラム法だった。すべてがイスラムの法に基づいて統治される国家の建設,という理想を若者に吹き込んでいった。その論理は,こんな言葉に結びつく。後進国はいつまでたっても先進国に追いつかない(p118)
 バングラデシュと聞くと,なにか大変な国というイメージがつきまとうが,実際に歩くと,意外なほどスムーズに移動できる。選択肢がそれほど多くないこともあるのだが,バングラデシュ人はかなりのお節介だから,なんとかなってしまう。(p123)
 僕はいま,「もう援助は必要ないのではないか」と思っている。バングラデシュはまだ,多くの貧困を抱えているが,富裕層や中間層が次々に生まれている。そのなかで知恵を絞れば,新しい学校運営のスタイルも可能のようなきがする。これからの日本人は,金ではなく知恵を出す時代だとも思う。(p128)
 なぜ,中央アジアをすすめるのかといえば,二〇一八年の五月,ウズベキスタンを歩いたとき,「もう大丈夫」と確信したからだった。いちばんのポイントはビザだった。(中略)世界の国境が,職員たちの小金稼ぎの場というところは珍しくない。(中略)これまでも何回となく,「旅行者から金をくすねるな」といった指示は出ているはずだった。しかしその種の通達は効き目がない。それが公務員社会というものだろう。いちばん効果があるのは,経済成長と民度のように思う。(中略)ビザ免除になり,イミグレーションの職員がなにもいわずに,ポンとスタンプを捺したとき,僕が感じ取ったのはそういうことだった。(p133)
 独立というと,国内でナショナリズムが高まり,宗主国に対して独立を勝ちとるという構図が描かれることが多い。(中略)その国がいまも存続していることが多いから,独立戦争は美化されたストーリーに仕立てられがちだ。しかし中央アジアは違った。中央アジアが属していたソ連が崩壊し,たなぼた式に手にいれた独立だった。いや,多くの人が独立など望んでいなかった。(p142)
 旧ソ連時代につくられたものは,ほとんどが使いものにならなくなっていた。かといって,自分たちの力で産業を興すことも難しい。残る手段は出稼ぎだけだったのだ。(p147)
 中央アジアの人々は,シルクロードを担った人々の血を継いでいるから,国境というものへの関心が薄いのかもしれない。茫漠とした草原の国は,水田を開墾し,そこに水を引いて稲を育てる民族とは,土地というものへの認識が違う。(p155)
 そんなキャラバンが運んだ荷は,シルクロードの交易量の一部にすぎなかったといわれる。流通量が多かったのは,各オアシスにいる人たちが,次のアイアスに運び,そのオアシスの人がまた先のオアシスに届けるという駅伝スタイルで運ばれた物だったといわれる。(p159)
 幾度となく受ける検問にも,彼ら(ウイグル人)はへこたれない。いつも笑顔でバスに戻ってくる。(p203)
 ひとり旅は立場が弱い。しかしそれだからこそ,みえてくるものがある。新疆ウイグル自治区の旅は検問だらけだが,同じように,セキュリティーチェックに並ぶと,ウイグル人の心のなかが少しわかったような気にもなる。そして彼らの笑顔と優しさが心に染みる。(p204)

2020年5月15日金曜日

2020.05.15 出口治明 『知的生産術』

書名 知的生産術
著者 出口治明
発行所 日本実業出版社
発行年月日 2019.02.20
価格(税別) 1,500円

● 『知的生産術』というタイトルながら,カードを使えとか,フィールドノートはこう書け,という話ではない。組織論,リーダー論だ。組織体の生産性を上げるにはどうすればよいのかという話だ。それ以前に,なぜ生産性が上がらないのかを考察した本だ。

● 自分が仕事を通じて成長できなかったのはなぜなのか。見につまされる話も出てくるんですよ。
 ぼくはもう隠居老人だ。知るのが遅すぎたわけだけども,では若い頃に知っていたら今とは違っていたかというと,おそらく同じようにしか生きられなかったろうなとも思うんですよね。

● 以下に多すぎる転載。
 椎名悦三郎の座右の銘は,「省事」という言葉でした。(中略)「余計なことを言ったりやったりすれば面倒になるばかりだから,余分なことはしなくていいんだ! 手抜きをしてもいいんだ!」と,とても感動したのをよく覚えています。(p2)
 僕の成長の原動力は,幼少期からさほど変わっていません。「もっと遊びたい」「もっとラクをしたい」「もっと手を抜きたい」という不真面目な気持ちがエンジンになっています。(p3)
 知的とは,自分が成長するために社会常識や他人の意見を鵜呑みにせず,原点にさかのぼって「自分の頭で考えること」です。(中略)したがって,知的生産とは,「自分の頭で考えて,成長すること」だと僕は定義しています。(p6)
 サービス産業を中心とする社会においては,労働時間ではなく,「生花」と,それをもたらす「アイデア」こそが,生命線になります。労働者が長時間労働をしていたら,画期的なアイデアは生まれません。長時間労働の工場モデルは,現代の働き方にまったく見合っていないのです。(p35)
 一所懸命働けば所得が2倍になる時代では,転職願望が生じにくい。「おもしろくない仕事をするからこそ,給与がもらえるのだ」という妙に説得力のある珍論も生まれました。しかも,同じ業界では「引き抜かない」慣行が維持されてきました。(中略)そんそため,青田買いで採用された新卒社員は,行く所がなくなるので,そのまま「終身雇用」されることになります。したがって企業側でも,雇用調整を行う必要がありません。(p36)
 そもそも自分の頭の中にさまざまな情報や知識がなければ,アイデアは浮かびません。イノベーションやアイデアは,自分の仕事を深堀りするだけでは生まれないのです。(p46)
 「いろいろな知識を身につける」×「自分の頭で考える」=「おいしい生活」 になると僕は考えています。食材が知識であり,調理する力が,考える力です。(p54)
 他人と同じことや,昨日までの自分と同じことを考えていたら,知的生産は横ばいのままです。何事もゼロクリアな状態に戻して,根源から自分の頭で考え,自分の言葉で人とは違うアイデアを紡ぎ出さないかぎり,未来は開けません。(p75)
 数字には無限大という概念がありますが,この世の中のたいていのものは,有限です。(中略)ですから,「無限大」という考え方を捨てて,「無減代」にあらためることが大切です。「無減代」とは,・無=なくす(無視する)・減=減らす・代=代用するのことで,日東電工株式会社の柳楽幸雄会長に教えていただいた言葉です。(p79)
 たくさんの時間を調査や検討などに費やすよりも,「上限枠」うあ「規制」を設けたほうが,まちがいなく時間当たりの知的生産性は高まります。何かを決断しなければいけないときも,たとえば「10分で答えを出す」とはじめに時間の上限を決めてしまいます。(p91)
 子育て中のワーキングマザーは,知的生産性がとても高いと思います。彼女たちは,保育園や小学校(学童保育)に子どもを迎えに行く時間までに,必ず仕事を終わらせています。(中略)無駄がありません。(p93)
 この構想(ゾーニング)に異議を唱えたのが,アメリカのジャーナリスト,ジェイン・ジェイコブズでした。ジェイコブズは,「都市の活力は,その多様性によって維持されるので,さまざまな用途が混在することが必要である」と主張したのです。僕は,職場も都市と同じで,「多様性」や「混在」こそが生産性を上げると考えています。たとえば,仕事と子育てを一緒にしたほうが,生産性は上がるのではないでしょうか。(p95)
 人間は,自分が見たいものしか見ない生き物です。あるいは,見たいように変換する習性があります。(中略)世の中を素直に見るための要諦は,「数字,ファクト,ロジック」で考えることです。(中略)自分の成功体験や主観(根拠なき精神論)に頼らないこと。数字,ファクト,ロジックを踏まえて,ゼロベースから新しく発想することが求められているのです。(p97)
 情報を集め,期限を決めて考え,それでも結論が出なければ,あみだくじかコインの裏表で決めればいい。長々と考えるのは時間の無駄です。なぜかと言えば,AとBについて情報を集め,集中して考えても結論が出ないということは,AとBとの間にはそれほどの差がないということです。つまり,どちらに決めても大した違いはないということ。(p101)
 以前,エコノミスト懇談会に出席した際,ひとりの記者から,「来年はどんな1年になると思いますか?」という質問を受けたことがあります。僕は,正直にこう答えました。「そんなことはわかりません」(中略)10年先,20年先,100年先のことなど誰にもわかりません。それはもう人智を超えたところにあるので,そんなことを考えてもしかたがないと思います。(P102)
 僕はダーウィニストですから,「将来何が起こるかは誰にもわからない。人間にできることは,運(適当なときに適当な場所にいること)と適応だけ」と心底思っています。わからないことをあれこれ詮索するよりも,過去の教材(歴史)を勉強するほうがはるかに性に合っています。(p104)
 僕は,元来,ものぐさな人間です。個々の事柄についていちいち考えるのは面倒ですから,自分の行動基準をあらかじめルール化して,機械的,自動的に行動するようにしています。(中略)ルールに適合するかどうかだけが,「やるかやらないか」の唯一の判断基準なので,考える時間とエネルギーを省略できます。(p110)
 ルール化するときのポイントは,「例外をつくらないこと」です。(中略)(例外を作ると)ルール化の意味がなくなります。(p114)
 同じようなことを話してしんどいと思うのは,自分を基準にして考えているからです。聴衆が違えば,すべてが一期一会です。(中略)そう思えば,自然と「この1時間半,集中力を高めて一所懸命やろう」という気持ちになります。(中略)全力投球する体力や気力が続かないのであれば,仕事を辞めることを考えればいい。人生,すべて「オール・オア・ナッシング」です。(p116)
 「これは自分で決めた自分の仕事である。だから一所懸命やらなければならない」と腹落ちすると,自己暗示がかかりやすくなります。(p119)
 実は,「僕の情報源のほとんどは新聞である」と言っても決して過言ではありません。(中略)新聞は,昨日,世界で起こった出来事に価値の序列をつけて,重要度に応じて紙面上の扱いを決めています。(中略)新聞を読めば,世界で何が起きていて,どのニュースが大事なのかがひと目でわかります。(p125)
 「新しい企画を考えなければいけないが,なかなか思いつかない」「決断を迫られても,とっさに決めることができない。つい先延ばしにしてしまう」「論理的に考えたり,話したりするのが苦手」といった悩みがあるとしたら,その主因はおそらく「インプットの絶対量が少ない」からです。(p132)
 「記憶力」は,詰め込むもの,覚えるもの,入力するものではなくて,出力しないと鍛えられないそうです。(中略)インプットした情報を,意識の部分で取り出すには,マザータング(母国語)に直してアウトプットすることです。(p138)
 書くことでも自分の頭が整理されるので,(中略)ツイッター,ブログ,フェイスブックなどに書いて発信したらどうですか。ただし,日記はおすすめしませんが。日記はそもそも「自分しか読まない」ことが前提なので,あまり整理されないまま書いてしまうことがよくあります。(p140)
 締め切りのあるまとまった量の課題に対し,ある程度の質のアウトプットを続けると,人の実力は格段に上がるのです。(p142)
 ゼロから考えて,新しい価値を生み出す時代では,もうスピードでラン&テスト,すなわち試行錯誤を繰り返すことが重要です。(p145)
 スピードは,その人の生産性を決定づける重要な要因です。(中略)人間の能力にはそれほど大差はない。能力に差がないのなら,スピードを上げるしかありません。(中略)「1週間後に100点の仕事を提出する」よりも,「70点でいいから,明日提出する」ほうが,相手に与える影響力は大きくなります。(p146)
 人間が一番刺激を受けやすいのは,ロールモデル(具体的な行動や考え方の模範となる人物)を真似ることです。(中略)孫正義さんをロールモデルにするよりも,自分の観察できる範囲の中で,「学び取りたい行動ができている人」をお手本にしたほうが具体的です。(p153)
 僕は30歳ごろに,「無駄だ」と思って2つのものを捨てました。手帳と,腕時計です。(p157)
 この世の中では,「いいとこ取り」は,不可能です。(中略)世の中のすべての物事は,トレードオフの関係にあります。すなわち,何かを選ぶことは,何かを捨てることと同義です。たとえば,「長所を伸ばして,短所をなくす」ようなことはありえません。(中略)何か新しいものを得ようと思ったら,何かを捨てなければなりません。その捨てた場所に,新しいものが入る余地が生まれるのです。(p163)
 全部の書類に目を通してから優先順位の高いものからやっていくなんて,プロ根性が足りない。そんなことは小学校レベルの話です。(p167)
 僕は,健康に関する諸説をまったく参考にしていません。なぜなら,睡眠も食事も,個人差が大きいからです。(p179)
 会社の経営理念を明文化すれば,組織は自ずとまとまる(p184)
 会社が大事にしているコアバリューをホームペーjで公開すると,社員募集のスクリーニングコストを下げることにもつながります。なぜなら,その経営理念に心から賛同できない人は,最初から受けに来ないからです。(p185)
 人間は傲慢な動物なので,「カラダは衰えても頭だけは進化する」などと思いがちですが,頭もカラダの一部ですから,頭だけ進化するのはおかしい。だから,カラダも頭も「10代ごろがピークで,20歳を過ぎたら余生みたいなもの」だとむしろ考えるべきです。人間は,20歳を過ぎたら,もうそれほど変わらない。(p190)
 上司の仕事は,部下を育てることではありません。なぜなら,人の能力が劇的に伸びることはないからです。上司にできるのは,部下に対して「今持っている能力を最大に発揮できる仕事」を上手に与えて,見守ることだけです(p191)
 「マネジメント」とは,突き詰めると,「人を上手に使うこと」です。(中略)人の能力がそれほど変わらない以上,組織の生産性を上げるには,上手に「組み合わせること」しかできないと思っています。(中略)そのためには,普段から部下とのコミュニケーションを大切にして,部下一人ひとりの適性をよく把握しておくことが必要です。(p192)
 部下とのコミュニケーションは,基本的に,「労働時間内にやるべき仕事」です。ある講演会で,「管理者になってからこの10年来,ほぼ毎日,飲みニュケーションをやっている」という参加者に会いましたが,即刻,辞表を出すべきでしょう。(p196)
 長所も短所も,その人の「尖った部分」。人は誰しも,はじめは尖った三角や四角です。それが,人に合わせるkとを覚えていくうちに,尖った部分がなくなり,丸くなっていきます。(中略)「尖った部分は削ってはいけない」と僕は考えています。「小さい丸より大きい三角や四角」です。尖った部分を削られた人は,その分だけエネルギーが小さくなるのです。(p198)
 人間は元来,怠け者であり,易きに流れる動物でもあるので,議論をしようと思えば,いくらでも議論ができる。決断を先延ばしにできて,そのほうがラクだからです。(p208)
 「フランクリン・ルーズベルト大統領は,日本が真珠湾を攻撃することを事前に知っていたのに,ハワイを防衛している司令官たちには何も知らせず,あえて日本軍に奇襲させた。それによって,アメリカの世論を『参戦』へと変えた」といった陰謀論がありますが,僕は信じていません。なぜなら,こうしたトンデモ論には,相互に検証可能な信頼に値するデータが存在していないからです。(p211)
 日本人同士の場合,同質性の高いコミュニティであり,「こう言えば,こういう返事が返ってくる」と予想できるため,ディスカッションというより,単なる確認で終わってしまいがちです。(p225)
 リーダーに決断力は必要です。しかし,イーダーの資質としてもっとも大切なものは,決断力よりも「正直さ」だと思います。正直で裏表のないリーダーなら,ハシゴを外されることはまずないので,みんなが安心してついていくことができます。(p245)
 日本人の価値観や人生観は,職場や仕事に偏りすぎている気がします。努力と根性と我慢を評価するのは,時代錯誤もいところで,根拠なき不毛な精神論です。努力も,根性も,我慢も,かつての日本の文脈ならいざ知らず,これからの新しい時代では何ひとつ人生の糧にはならないような気がしています。(p258)