書名 平成釣客伝 夢枕獏の釣り紀行
著者 夢枕 獏
発行所 講談社
発行年月日 2016.11.29
価格(税別) 1,600円
おそらく,釣りの腕前は夢枕さんの方が上ではないか。
● 以下に転載。
文士が山に登って,山の物語を書くという流れもあった。大町桂月とか,串田孫一とか,新田次郎とかね。文学と山の関係が密だった。(中略)だから苦労するのは当たり前。楽をするということは堕落を意味する,そういう風潮だった。その点,川旅は楽しいよね。(p24)
川旅の楽しみとは何か。端的に言うと「自由」ということかな。(中略)山小屋だと「何時までに到着して何時までに出発してください」みたいな決まりがあるけれど,川の旅にはそういう窮屈さがない。(p29)
火を見る楽しみって,人間の根源につながる喜びなのだと思う。それは,川の流れを見ているとココロア落ち着くことにも通じる。どこがいいのかと聞かれても答えるのが難しい,理屈のない喜び。(p30)
初めての海外は,ヒマラヤだった。二十三歳のときかな。ある意味,その旅で僕の人生は狂ったね。人間,何をやっても生きていけるんだな,ということがわかってしまった。(p32)
一番大きかったのは,「理想郷はどこにもない」ということがわかったこと。若い頃は,自分はどこにいるべきかがわからない。「もしかしたら,自分にとって,もっといい場所があるんじゃないか」そう思ってウロウロしたけれど,二十代の後半になってようやく,「自分の居場所は原稿用紙の前しかない」ということがわかった。それは大事な認識だった。だから旅に出ても早く家に帰って原稿を書きたいと思うようになった。(p32)
小説の題材を探すには,近道はないと思う。自分がすきなことを続ける,これしかない。(中略)書いているうちに,書きたいものが増えてきて,四十歳のときに計算したら,僕の頭の中にあるアイディアを一生のうちにすべて書き尽くせないことがわかりました。(p37)
体を使って,魚という実体のあるものを釣っているけれど,基本的に頭の中の作業でイメージの世界です。(中略)想像力が働かないと釣りにならないんです。(p43)
誰も正解を教えてくれない。その,正解がないことを楽しむんです。(p45)
釣りの楽しさのひとつに「いきなり本番に臨める」ということもありますね。例えば楽器を演奏するとき,いきなり本番ということはあり得ないでしょう。(中略)ところが釣りは,どんなに下手でもいきなり本番に入れる。僕はトレーニングの時間があるとダメなんです。(p51)
生きていると,辛いことや苦しいこともたくさん経験してくるわけだけど,そういう人生経験の引き出しが豊富な人ほど,キングサーモンと対決するときに強いと思いますね。掛けるまでは,いろんなテクニックも必要なんだけど,一度掛かって一対一の戦いになったら,そこから先はテクニックではない。自分の存在すべてを懸けて,真っ向から勝負を挑まなければならない。ちょっとでも弱みを見せたら,負けそうになるんですから。(p67)
釣りの醍醐味はパニックになれるところにあると,僕は思っているんです。(p69)
僕にとって釣りは,世界を認識するためのひとつの方法です。竿は世界を知るためのアンテナといってもいい。だから,旅に出ると,必ず竿を出してみる。(p87)
フライフィッシングを始めてから,イギリス人が世界にどんな影響を与えたのか,わかるような気がしました。(中略)冗談抜きで,フライフィッシングがわかると,イギリス人がわかる。(中略)僕の釣り人生の中で唯一,縛られる釣りであり,縛られることが不愉快でない釣りがフライです。(p97)
フライをやる以上,フライのルールのもとに身を置かなければならない。(中略)「軽かったらオモリを付ければいいじゃないか」という安易な妥協をかたくなに拒否して,それで成立させているんだから,すごい。(p99)
釣りは,自分のイメージ通りに釣れてこそ快感なのであって,偶然とか,たまたま釣れるのは嬉しいけど悔しいんだよね。フライは特にその傾向が強い。(p101)
この物語で書いてみたいテーマは,“幸せな人間は旅には出ない” ということですね。命がけで旅に出るということは,満たされない思いを抱えているから。(p109)
僕が想像するに,何もかも自分の思い通りになる人生って,一番つまらないような気がします。(p116)
僕が自分の釣り小屋を作った動機は,「自分はこれとこれをやるために生まれてきた人間だ」ということがはっきり見えたことでした。(p117)
フジモリ氏が別荘を三軒建てたという話を聞いたとき,実は「はるほどな。よくわかりますよ,その気持ち」と思いました。どういうことかというと,別荘を一軒建ててみると,理想と現実のギャップがよく分かるんです。(中略)そうした経験でわかったことを実証するために,二軒目がほしくなるんです。(p125)
アラスカで釣りをやるときは,まだ人間が作ったルールの範疇に収まっている感じがするんだよね。(中略)その点アマゾンは,(中略)ルアーを投げたら,あるいは釣り糸を垂れたら後は,出たとこ勝負する以外にない,みたいなところがある。(中略)得体の知れない,何か未知の世界に向かって釣り糸を垂れているような感じがするんです。(p135)
釣りに出かける時も,しめ切り近い原稿を抱えてゆく。仕事で出かける時も,バッグの中には竿をしのばせてゆく。(中略)当初は,仕事を終わらせて釣りに--などとがんばったこともあったのだが,これがかえってストレスになることがわかった。(p188)

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