著者 リーアンダー・ケイニー
訳者 関 美和
発行所 日経BP社
発行年月日 2015.01.13
価格(税別) 1,800円
● ジョナサン・アイブといえば,もはや知らぬ人はいないであろう,アップルの立役者。
本書は彼の自伝であり,アップルの解体新書でもあり,工業デザインの入門(あるいは紹介)書でもある。
● 面白くなるのは,ジョナサン・アイブがアップルに入社してからで,著者もそこからの力の入れ方が違ってくる。とりわけ,スティーブ・ジョブズが復帰してから。
取材対象が多くて,書きやすくもあるだろうし,読者が読みたいのもそこからだとわかっているからでもあるだろう。
● ここを読んでいて,このときに全財産をはたいてアップル株を買っていればなぁと思わない人は,あまりいないだろう。
ぼくもそうなんだけど,実際に買えた人は少ないだろうね。そういうもんだよね。過ぎてから,あのとき買っておけばと考えるのは,凡人のサガというもので,それ以上ではない。
● iPhoneやiPadを使っている人は,自分は素晴らしい製品のユーザーなのだと満足感を刺激してもらえるだろう。
ぼくはWindowsとAndroidから出られない人間なんだけど,なるほどアップルはここまで作り込んでいるのかと感嘆の連続だった。特に部品を少なくするための執念というか,妥協のなさというか,捨てざるを得ないものを思い切りよく捨てる潔さというか,ただ圧倒された。
● 同時に,ジョナサン・アイブなきあとのアップルはどうなってしまうのかとも思った。いや,その前に,彼が打ちたてたデザイン言語も未来永劫ではないだろう。
そのことは本書でも指摘されている。デザインの秀逸さを保つために,アップルはどんな手を打つのか。野次馬的な興味がある。
● 以下にいくつか転載。
そぎ落としてシンプルにする。テクノロジーの業界では普通ありえない。新製品を発表するときには、たいていそぎ落とすのではなく,あれこれと機能を付け加えたくなるものだ。(p18)
その教授は学生の作品に最大の敬意を払っていた。たとえひどい作品でも,かならずきれいに粉を払ってから,話を始めた。(p43)
ほとんどの学生なら5,6個の模型で終わるところ,ジョニーは数百個の単位で模型を作っていた。「あれほどのものを見たことがなかった。とことん完璧を追求していたんだ」。(p55)
CEOのスカリーはこれをPDAと呼んでいたが,ジョニーはわかりにくと思っていた。「日常生活の中でどう使ったらいいかわからないことが問題だった」とジョニーは言う。「具体的なストーリーを提示できていなかったんだ」。(p113)
デザイナーの採用では,エンジニアリングとコンピュータのスキルはあればいいが,絶対に必要というわけではない。「人柄,圧倒的な才能,少人数のグループで働く能力を見ている。こちらが恐縮するほどの才能を見せつけてほしい」とデイ・ユーリスは言う。(p122)
あらゆる段階で,彼らはエンジニアの抵抗にあった。「中間管理職の層は限りなく厚く,そのほとんどはデルかHPの出身で,デザイン主導のアプローチを理解できなかった」とブルーナーは言う。(p131)
「経営側はだれにでも訴求するものを作りたがるが,それでは中途半端なものしか生まれない。出来上がったものは妥協の産物になる。だから天才の輝きが表に現れることはほとんどなかった」とブルーナーは言う。(p143)
アメリオはデザインをほとんど解さなかった。「利益を追いかけるあまり,製品への思いやりが失われていた。デザイナーに外観を繕うことしか求めず,エンジニアは生産コストを下げることしか考えていなかった。僕は辞めるところだった」とジョニーは言う。(P145)
「アップルのどこが悪いか教えてくれないか」とジョブズが問いかける。だれも返事をしないでいると,ジョブズは突然大声で怒鳴り始めた。「プロダクトだ! プロダクトが最悪じゃないか! セクシーさがどこにもない」(p147)
ウィンドウズOSマシンが支配するコンピュータ市場での競争は避けたかった。コンピュータメーカーは機能や使いやすさではなく価格で勝負していたからだ。それは底辺へ向かう競争だとジョブズは考えていた。(中略)500ドルのマシンではなく3000ドルのマシンを作れば,少ない販売台数でも利益を出せる。だから,今までで最高の3000ドルのマシンに集中してみてはどうだろう?(p150)
ジョブズにとって,デザインは見かけ以上のものだった。(中略)「みんなはデザインをお化粧だと思っている。ハコを渡して『見栄えをよくしてくれ』と言えばいいと思ってるんだ。それはデザインじゃない。外見と感覚だけじゃないんだ。デザインは,ものの働きなんだよ」(p152)
工業デザイナーは,モノをデザインするんじゃない。僕らはユーザーが対象をどう受け止めるかをデザインする。その存在,機能,可能性が生み出す意味をデザインするんだ(p166)
コンピュータ業界は,感情に訴えるような目にみえない特質を見過ごしてきた。だが,僕がはじめてアップルのコンピュータを買った理由はそれなんだ。(P166)
精巧な模型を作ることがデザイン工程の核となる。ジョニーも大学でそれを経験していた。「抽象的なアイデアを素材で表現するとき,もっとも劇的な変化が現れる。たとえ粗い模型でも3Dモデルを作ることによって,ぼんやりとしたアイデアが形になる。プロセス全体が変化するんだ。それが刺激になり,集中できる。驚くほど変わるんだ」とジョニーは言う。(p169)
ジョニーにとってこのハンドルは実際に持ち歩くためというよりは,触ってもらうことでマシンとユーザーの絆を築くためのものだった。(p176)
ジョニー率いるIDgの未来志向と明るさはくせになる,とCAD専門家のマージ・アンドリーセンは言う。「エンジニアはだいたい今可能なことしか考えないの。だけど工業デザイナーは,明日や未来になにができるかを思い描くのよ」(p179)
先に進もうとすれば,置いていくものが出る。だれがなんと言おうと,フロッピードライブは,古臭い技術だ。批判は承知しているが,前進に摩擦はつきものだし,進化が段階的に起きるとは限らない(p189)
デザインを差別化の手段だと思っている人が多すぎる。全く嫌になるよ。それは企業側の見方だ。顧客や消費者の視点じゃない。僕たちの目標は差別化じゃなくて,これから先も人に愛される製品を創ることだとわかってほしい。差別化はその結果なんだ(p193)
ひとつ残らず書きとめます。それが義務付けられています。(中略)アップルではすべてを体系的に記録しなければなりませんでした。エキサイトやヤフーといった別の会社で働いてみて,はじめてアップルのすごさがわかりました。他社には全くそういったものがなかったんです。なにも書き記さないんですから。プロセスってなに? 嘘でしょ? という感じで,仕事が終わるとなにも残りません(p201)
iBookのアイデアは,はじめはてんでばらばらだった。彼らはフォーカスグループや市場調査を使わず,ブレインストーミングでアイデアを生み出していた。「フォーカスグループはやらない。アイデアを出すのはデザイナーの仕事だから」とジョニーは言う。「明日の可能性に触れる機会のない人たちに,未来のデザインについて聞くこと自体が的外れだよ」(p205)
パワーブックの磁石ラッチは「いい製品」を「偉大な製品」に変えるディテールの代表例だった。(中略)そうした細かい職人芸こそが大切なのだ。ジョニーもそう思っていた。「目に見えない部分に異常なまでに気を配ることが決め手になる。その細部へのこだわりが見過ごされがちなんだ」とジョニーは言う。(p213)
ジョニーはたくさんの部品をタワー型筐体に放り込むのは怠慢だと考えていた。エンジニアやデザイナーにとって一番簡単だからといって,大きな醜いタワーを消費者に売りつけていいのか?(p218)
スケッチは工程に欠かせない。ストリンガーは言う。「僕はどこでもここでもスケッチしてしまうんだ・ルーズリーフにも,模型にも。周りにあるものに手当たり次第」(p233)
ファデルはジョブズに会うのははじめてだったが,こちらが一番いいと思うデザインをジョブズに選ばせるコツを伝授されていた。選択肢を3つ準備して,最後に自分のいち押しを見せる。(p245)
スティーブになにかひとつだけ見せると,絶対に気に入らないんだ。それがすばらしいものでもね。だから,いつもダミーが必要だった(p250)
アップルの調査では,電池を交換すると答える人でさえ,実は誰も交換していないことがすでにわかっていた。ユーザー(とりわけ批評家)は交換可能な電池に慣れていたため,密閉バッテリーに抗議する人が出ることはもちろん予想できた。だが,それを削ることで,iPodの筐体は2枚のパーツのみで作ることが可能になった。(p252)
ジョニーが発明した変速クラッチは,ふたをほぼ閉じた状態でも抵抗が少なく,片手で開けても本体が机から離れない。ユーザー・エクスペリエンスの向上に驚くほど細かい注意が払われているが,どれほどの努力がつぎ込まれているかに気づくユーザーはほとんどいない。(p276)
アップルのデザイナーがいわゆる工業デザイン,つまりアイデア,ドローイング,模型作り,ブレインストーミングに使う時間は全体の一割ほどだ。残りの9割は,アイデアをどう実現するかを製造部門と一緒に模索している。(p279)
スティーブはすぐに思いついたことを口にするので,ほかに人がいる場では新しいものを見せないようにしていた。「クソだ」とけなしてアイデアを殺してしまう可能性もあったから。アイデアというのは,とても壊れやすい。だから大事に育ててあげないといけない。(p294)
もう少しで倒産という瀬戸際に立たされれば,少しはお金を儲けようと考えるのが普通でしょう。ですが,スティーブの頭にあったのは違うことでした。製品がよくなかった,だから「もっといい製品を作るんだ」というのが彼の答えでした。(p370)
大量生産の準備中に,自分たちの中でいい面ばかりをあげつらっていることに気づくことが何度もありました。私にとって,それはいつも危険な兆候でした。自分がなにかを強く言い募っているとき,自分を納得させようとしているときはたいてい危険なのです(p371)
アップルにとってはスティーブの死よりジョニーが辞めるほうが深刻だ。ジョニーは替えがきかないから。(p371)
ジョニー・アイブにひとつだけ秘訣があるとすれば,それはシンプル化の哲学に奴隷のように従っていることだ。(中略)ジョニーの究極の目標は,デザインを消すことだ。(中略)「僕の目標は,シンプルなもの,持ち主が思い通りにできるものだ。デザイナーが正しい仕事をすれば,ユーザーは対象により近づき,より没頭するようになる。たとえば,新しいiPadのiPhotoアプリにユーザーは我を忘れて没頭し,iPadを使っていることなど忘れてしまうんだ」(p374)
0 件のコメント:
コメントを投稿