著者 茂木健一郎
発行所 講談社
発行年月日 2016.06.09
価格(税別) 1,300円
● タイトルは『走り方で脳が変わる!』だけれども,走り方なんかどうでもよくて,走れば脳は変わる,ということ。
“走る”以外に“歩く”でもいい。要するに,体を動かすことなら何でもいい。それをタマにじゃなくて,習慣化すること。
● ぼくはこの数年間,自転車に乗っていたんだけども,ここ1年ほどはすっかり遠ざかっている。いかんなぁ,と思った。自転車に復帰しなきゃなぁ,と。
なにせ,自転車もまた脳にいいのだろうから。アンチエイジングにも効果的だろう。惚けを防いでもくれるだろう。
● 以下にいくつか転載。
走ることで,僕の脳は活性化されてきた。研究や執筆のアイデアは,走っているときに生まれることが多い。しかも,(中略)走っていると自分でも気づいていなかったストレスが解消されて,すっきりする。(p6)
ランニングは,もしかしたら,人生を変えるもっとも簡単な方法かもしれない。(p6)
脳と体は一体のものである。(中略)基本的に体の基礎体力と脳の基礎体力は同じものであり,体を思い通り動かすために筋肉を鍛えるように,脳だって鍛えることができる。(p16)
脳のスイッチは体にあるのだ。脳の働きを向上させたければ,机の前でうんうん考えているよりも,まず立って体を動かしたほうがいい。(中略)そもそも脳には細かく血管が張りめぐらされており,運動によって血流量を上げること自体が直接,脳に作用する。(p18)
快楽主義者といえば,夜遅くまでお酒を飲んだり,それこそ麻薬に手を出したりというイメージがあるかもしれない。しかし,僕に言わせればそれは真の快楽主義者ではない。自分の外の物質に依存しているだけだ。努力や苦痛を通して自分の中から快楽を得る。これこそが究極の快楽主義者だと思う。(p22)
仕事熱心な人はランニングの時間を退屈に感じる,と聞いたことがある。でも,そこで英会話のテープなどを聞くことはやめて,あえてアイドリング・タイムをつくってみるのだ。そうするとデフォルト・モード・ネットワークが活動し,普段の仕事では鍛えられない想像力や発想力が身につくだろう。(p26)
年をとることで,ニューロンの成長因子と脳の健康な働きを支える神経栄養因子,そして新しく生まれるニューロンは少なくなっていく。しかし,それらは運動によって増やすことができる。(中略)体を動かし続ける限り,脳も成長させることができるのだ。(p35)
物事に対してどれだけ頑張れるかは「自分のスタミナの予算額」によって規定される。(中略)スタミナの予算が少ないと,人はいろいろなことに対して省エネモードになっていく。(p46)
走るということは,自己肯定感を高めてくれる。(中略)そして,その自信は新しいことへのチャレンジを後押ししてくれる。(p47)
ランニングは「日常から一歩外に出る」という感覚をもたらしてくれる。(中略)この「一歩外に出る」というのがとてもめんどうくさいことなのだ。(中略)ある状態から違う状態へ移行する。それはつまり,自分にキューを出す,ということである。この「キュー出し」は,さまざまな活動の中でも,もっとも脳のエネルギーを食うことのひとつだ。(中略)このキュー出しの昨日が衰えると,新しいことに取り組めなくなったり,だらだらしたまま次の行動に移れなかったりする。キュー出しさえしてしまえば,あとはオートパイロットで動ける。ランニングというのは,この「脳のキュー出し」の練習でもあるのだ。(p58)
僕としては,「続けていること」そのものがとても大事だと思う。(中略)走りの質は問わなくていい。短い距離でも,遅くてもいいから毎日走っているという,そのことに価値があるのだ。(p62)
ストレス耐性を上げる方法が一つある。自分にストレスをかけることだ。逆説的なようだが、これは正しい。(中略)ここで大事なのが,筋トレ的なストレスは,自分でコントロールできるものであることだ。そこでランニングが出てくる。(p75)
習慣的に運動することで,脳のドーパミン貯蔵庫は増える。それだけでなく,ドーパミン受容体をつくる酵素が生成されて,脳の報酬系にある受容体そのものが多くなる。よって,何かを達成したときにより強い満足感を得られるようになるのだ。走れば走るほど,走ったことへの満足感は増していく。この循環に入れたら,走ることは習慣になるだろう。(p81)
1日走れなかったからといって必要以上に落ち込まないことも大切だ。健康にいいことを習慣化できないのは,もしかしたら自分に厳しすぎるからかもしれない。(p83)
自己啓発本を何冊も読むより,毎朝5分走るほうがよっぽど自分を変えることができる。(p84)
デフォルト・モード・ネットワークを活動させるような状態に入るのにも,1人で走るというのは必須条件である。誰かと会話しながら脳のアイドリング状態をつくることはできない。(p106)
生命の本質は即興にある,とも言えるだろう。普段の行動を規定する文脈は,予期せぬ出会いや突発的な事項によって変化する。そのときに,パッと適応できるかどうか。長期の計画や予測も必要だけれど,これまでの文脈をひきずって変化に対応できないと,人生の可能性は狭まってしまう。(p124)
淡々と物事を片付けていく人よりも,先延ばしにしている人のほうが創造的だ,というデータが有る。僕がフルマラソンを「先延ばし」していた10年の歳月にも意味があったのだろう。(p129)
高橋尚子さんは,あるインタビューで「万人に共通する正しいフォームなんてない」と言っていた。「そもそも同じ骨格の人はいないし,それぞれのくせがあるから」と。だからこそ自分の走りを見つけることが大事なのだ。(中略)ランニングというのは,自分の個性と向き合う良い機会でもある。個性に正解がないように,走りにも正解がない。(p138)
自分自身と自分のまわりで起こっていることをありのままに受けいれられた30歳の頃,明らかに「自分の人生が変わった」と感じた。現代社会においてストレスから逃れ,自由に,創造的に生きるための鍵が,「今ここ」に集中することだとわかったのだ。(p141)
コンピュータはノイズがあると誤作動を起こすが,脳は逆に,ノイズが入ることを前提に設計されている。まったく刺激がない状態だと脳はまともに動くことができない。(p151)
走ることは,当事者にならざるをえない。(中略)走っているとき,人は批評家ではいられない。(p159)
もともと幸福の設定値が高い人は,不運な事故にあったり災厄がふりかかったりしても,時間がたてば元の幸福と感じられる状態に戻れる。逆に,もともと幸福の設定値が低い人は,宝くじが当たろうが名誉ある賞を受賞しようが,しばらく経つと「そんなの幸せじゃない」という状態に戻ってしまう。(p162)
歳を重ねても元気な人の共通点として「食欲が旺盛であること」が挙げられる。僕がケンブリッジ大学に留学していたときにお世話になった,ホラス・バーロー教授に昨年会ったとき,彼は分厚い肉を3枚も食べていたのだ。御年93歳。(p168)
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