著者 出口治明
発行所 祥伝社
発行年月日 2014.02.25
価格(税別) 1,750円
● 通史ではなく,いくつかのトピックを立てて,それらにつき歴史から説明していく。面白かったのは,アメリカとフランスは特異な国だというところ。
理念で国を作った例外的な事例だと。学校で習う世界史では,そのあたりが逆に輝いて見えるわけだが。
● 以下に多すぎる転載。
日本が歩いてきた道や今日の日本について骨太に把握する鍵は,どこにあるかといえば,世界史の中にあります。四季と水に恵まれた日本列島で,人々は孤立して生きてきたわけではありません。世界の影響を受けながら,今日までの日本の歴史をつくってきたのです。世界史の中で日本を見る,そのことは関係する他国のことも同時に見ることになります。(p18)
生態系は本来貧しいのです。北九州の生態系だけで農業をやっていたら,たとえば1万人ぐらいしかご飯が食べられないのに,鉄が入ってくることによって10万人を養うことができる。つまり,人間は交易によって豊かになるのです。(p34)
四大文明の中で,歴史が一番よく残っているのは中国ですが,神の発明の次に,中国の歴史を発達させたものは天才始皇帝の独創によって完成されたシステム,文書行政です。このウェイトがかなり大きい。(p40)
前の王朝の最期の王様は全部悪くなるのです。悪性を行なったから王朝が替わったのだというロジックですから,前の王様が立派だったら,この論理が成立しなくなるのです。(p49)
なぜ科挙という全国統一テストができたかといえば紙と印刷です。(中略)技術が,いかに制度に影響を与えるかという好例です。(p56)
アメリカに留学して帰ってきた日本人は,よく中国人は勉強してばかりだと言います。そのとおりで,彼らはみんな必死に勉強して成り上がろうと決意を込めてアメリカに行った人たちです。(中略)彼らがどこに就職するかと言えば,その多くは中国へ帰るのです。それはなぜか。アメリカの経済成長率は,2~3%です。中国は,7~8%あります。中国のほうが成長率が高いということは,アメリカで就職するよりも中国で働くほうが,一旗揚げて儲かる確率が高いということになるからです。つまり優秀な人が帰って来るのです。(p58)
僕は人間の想像力は,じつに乏しいと思っています。人間の頭は,人間に似たものしか考えられないので,そこで神様の姿形が生まれたと思うのです。(中略)なぜそれが発展して今日まで長続きしているかと言えば,その存在が,本質的,歴史的には「貧者の阿片」だったからです。(p64)
「長者の万燈より貧者の一燈」などという諺もあって,貧しい人の真心の一燈が集まったときの力は,とてつもなく大きいものです。(p66)
神さまはオールマイティのジョーカーなのだから,最期のときには何かしてくれるにしても,現実の世界では大変なときにも全然出てこないじゃないか,なぜなんだ。こう問われたらどう説明するか,ということはかなり難しい問題です。この問題はセム一神教の一番の弱点かもしれません。(p76)
ローマにやって来たキリスト教は,まだまだ教義も不完全ですし,儀式もありません。新興宗教としての呼び物がありません。そこで物まねが大好きというか,たいへん柔軟に考えました。信者を獲得しようとするのだから,世の中で流行っているものはなんでももらってくればいいじゃないかと。(中略)いろいろな宗教から美味しいところを取ってきた柔軟性が,キリスト教を大きく成長させていった一つの要因だろうと思います。(p88)
中国を理解するためには,中華思想が最初の手掛かりになります。中華思想は,周という国に対して他の諸国が抱いてしまった過度な尊敬の念に端を発しています。(p94)
中華思想は漢字の魔力を介して周とその周囲の小さな王国に起こったことが始まりでした。後世まったく同じ現象が東アジア全体に起こります。(中略)中国が自分から言い出したことではなく,周囲の人々が勝手に中華ってすごい,中国ってすごい,と思い込んでしまったことが始まりです。(p98)
何もしないで自然にまかせろ,自我は捨て去って万物の絶対性に従えと,荘子は説いています。このような超然とした思想は,たぶん知識人の発想です。(p104)
遊牧民が農耕民と対峙しているうちは,緊張感もあってまだいいのですが,自分たちが優位に立って支配しはじめるうちに,中国は文化も高く物資も豊かなので,いつのまにか気を許してしまう。そして尚武の気風を失って,一つの遊牧民が消えてゆくのです。侵略した側が,侵略された側に影響を受けて吸収されてしまうのが,中国史の大きな特徴だと思います。(p107)
宦官は遊牧民の伝統です。(中略)宦官という発想自体が,遊牧民でなければ生まれないのです。(p108)
2世紀から3世紀にかけて,地球は寒冷期を迎えます。天災や飢饉が相次ぎ,大規模な農民叛乱が起きて漢は滅びてしまいます。(中略)この時代の天変地異,寒冷期が,いかにすさまじかったかと言えば,漢の盛期には人口が5000万人ぐらいあったことが,戸籍調査でわかっているのですが,三国志の時代には1000万人を切ったのではないかと言われるほどでした。(p110)
新しい思想や宗教が入ってきたとき,これを広めようとすれば当然反作用も生まれます。これも世界共通です。(p115)
中国という国は,少なくともこれまでの歴史のうえでは,じつはあまり対外的には侵略的ではないのです。朝鮮やベトナムなど,地続きのところに対しては,始皇帝の時代から自分たちの庭だと思っていますから,かなり無遠慮です。しかし中国の本来的な強さは,むしろ侵略者を全部飲み込んでしまうところにある。(p119)
十字軍に大量の人々が加わった理由は,正義と信仰がすべてではなかった。(中略)噂に聞いている豊かで文化の華が咲く東方の国々に行けば,何かいいことがありそうな予感がした。要するに,出稼ぎの発想が多分にあったと思います。(p154)
ローマ教会の変わったところは,ピピンの寄進によって領土を持ってしまったことです。それがいろいろな躓きの石になった。(p163)
ヨーロッパは一つの国ではなかった。しかし教会は一つだった。それだからこそ国を越えたいろいろな情報を入手することができた。このことも,トーマ教会の見逃せない特異性だと思います。(p166)
百年戦争までのイングランドとフランスは,ほとんど一体の国だったと理解したほうが早いと思います。(p198)
一般に北に住む動物は白熊もそうですが,日照時間が短く温度が低いので色が白くなり,体が大きくなります。北の動物が大きいのは,熱を逃さないために,体重当たりの体表面積が狭くなっているからです。(p200)
これは世界共通ですが,海で交易を行なう人々は,フェアなトレードが成り立つときは商人であり,アンフェアなことをされたら海賊になるのです。(中略)「ヴァイキングすなわち海賊」ときめつけるのは,かわいそうな話だと思います。(p202)
生態系は横(東西)には広がりやすく,縦(南北)には広がりにくい性質を持っています。(中略)そのために北のアメリカと南のアメリカでは人の移動が少なく,交易が難しかった。人間は刺激がないと知恵は生まれません。南北アメリカでは,ユーラシアに比べてなぜ文明の始まりが遅れたのか,その大きな要因は人の移動が困難だった,生態系が閉じられていたという点に求められると思います。(p208)
もともと純粋な生態系などありません。犬も猫も豚も牛も馬も,もともと世界中にいた動物ではありません。放っておいても動物は移動しますし,植物の花粉は飛散します。(p210)
ユーラシア規模で交易を考えたときに,東が豊かで西が貧しいという図式がありました。平たく言えば,中国は豊かでヨーロッパは貧しい。これは氷河時代に原因があります。(中略)東は長江の南まで氷河が進出しましたが,雲南やインドネシアなど南に出っ張っていた部分は助かりました。ヨーロッパは全土が,すなわち地中海の北側すべてが,氷の下になってしまったので,貴重な動植物はほどんど死に絶えました。こうして東には辛うじて,お茶の木や蚕などの貴重な動植物が生き残って,それが東方においてお茶とか絹といった,圧倒的に競争力のある世界商品を生み出す源泉になります。(p212)
海上交易が禁じられると,海に生きてきた人たちはどうするか。朱元璋の言うことを聞いて陸に上がって農民になるか,それとも国を捨てて海で生きるか。当然,後者を採ります。海で育った人が,海を捨てるのはとてもつらい。(p233)
鄭和艦隊の最後の航海は1431~1433年でしたが,海賊の類は鄭和艦隊の二十数年でほぼ根絶されていました。(中略)こういう背景があったからこそ,プロとガルのヴァスコ・ダ・ガマが喜望峰を回って,インド洋に船を入れることができたわけです。(p239)
記憶すべきことは,オスマン朝が東ローマ帝国を滅ぼしたとき,イスラム政権であるにもかかわらず,長い歴史を持ちローマ帝国の国教であった東方教会の伝統と文化を守ったことです。現代でも,東方教会の本部はイスタンブールにあります。(p266)
人間はワインと一緒で,気候の産物である。どの人も故郷をいいところだと思っている。そして,自分の祖先のことを立派な人であってほしいと願っている。(p273)
コロンが新大陸を発見して,何が一番,新大陸の人々に影響を与えたのか,という話があります。それは(中略)メンバーの誰かが,コホンと咳をした瞬間であった。(中略)新世界の人々に免疫はありません。抵抗力がないものですから,あっという間にいろいろな病気に感染し,バタバタと死んでいくことになりました。(中略)植民地を経営しようとしても,労働力になる先住民がいなくなってしまったので,アフリカから黒人を連れてきたのです。(p274)
アメリカは世界でも珍しい人工国家であると思うのです。憲法,契約というか,人間の理性を国の根幹に置いている不思議な国家であるような気がします。(p276)
アメリカの建国やフランス革命を見ていて彼らが懸念したのは,人間の理性,すなわち人間の頭ってそんなに賢いものだろうかということです。(p283)
真の保守主義には,イデオロギーがないのです。(中略)人間がやってきたことで,みんなが良しとしていることを大事にして,まずいことが起こったら直していこう。それが保守の立場です。(p284)
アメリカが人工国家であることが,アメリカンドリームという幻想の母体になっている気がします。(中略)アメリカンドリームの実現は,実際は,針の穴ほど地位台と思うのですが,どこの国に生まれてもアメリカの大学に行って勉強して,努力すればなり上がれるという幻想を世界中に振りまいていることが,アメリカの強みです。人工国家で伝統がない強みです。(p287)
アメリカが特異なのは,人工的にできた国家であることに加えて,人々にやり直しの舞台を何回も何回も提供できた国であった,ということです。(中略)横に同じような気候風土が,ずーっと開けていた。そしてそれが全部肥沃な土地だったのです。(p292)
モンロー主義は,要するに外へ出ていったことへの反動なので,アメリカの本質は引きこもりではなくて,外に出ていくことだと思います。(p297)
アメリカは平たく言うと,おだてて頑張ってもらうのが一番である。あまり厳しく言うと閉じこもって引きこもってしまい,それだと世界のためにならないから,ある程度はおだてて,出しゃばらない程度に,保安官をやってもらおう。それが一番いいということを,ヨーロッパの人はよく認識しているように思います。(p297)
世界の歴史を見ていくと,豊かで戦争もなく,経済が右肩上がりに成長していく本当に幸せな時代は,じつはほとんどないことがわかります。その意味で,戦後の日本はもっと高く評価されていいと思います。(p323)
日本の幸運は毛沢東のおかげです。もし蒋介石が北京に残っていて,共産党政権が成立していなかったら,アメリカは日本を歯牙にもかけなかった可能性があります。しかも毛沢東は長く生きたので,大躍進や文化大革命などを発動して,中国はなかなか立ち直ることができなかった。(p325)
歴史を学ぶことが「仕事に効く」のは,仕事をしていくうえでの具体的なノウハウが得られる,といった意味ではありません。負け戦をニヤリと受け止められるような,骨太の知性を身につけてほしいという思いからでした。そのことはまた,多少の成功で舞い上がってしまうような幼さを捨ててほしいということでもありました。(p332)
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