2020年9月30日水曜日

2020.09.30 永江 朗 『私は本屋が好きでした』

書名 私は本屋が好きでした
著者 永江 朗
発行所 太郎次郎社エディタス
発行年月日 2019.12.01
価格(税別) 1,600円

● ヘイト本が主題。なぜ出版されてなぜ流通してなぜ売れるのか。その状況に対してどうすれば良いのか。そこを追求していくと,日本の出版・流通・小売が抱える問題にぶつかる。もちろん,一刀両断的な解決法などない。
 一方で,ヘイト本の定義も問題になる。本書に,『日本国紀』もヘイト本に含めるとすると,という表現が出てくる。『日本国紀』はぼくも読んだ。正直,薄っぺらいと思った。これをベストセラーにできる出版社がすごいのか,こういうものが売れるはずと風を読むことができた編集者がすごいのか。いろいろとすごいんだろうけれども,だからといってこれをもヘイト本に含めてしまっては,表現の自由のその自由がすこぶる狭いものになってしまうのではないか。
 この種の問題を論じるときの第一の問題点がここにある。定義自体に自分の信条や好みをもぐり込ませてしまう危険性。

● 以下に多すぎる転載。
 小さな本屋が好きだった理由はいろいろありますが,完結したひとつの世界が表現されているように感じることが大きいと思います。(p14)
 数年前から小さな本屋をのぞくのが苦痛になってきました。(中略)その原因がヘイト本です。店頭にヘイト本が並んでいるのを見ると,いやな気分になります。(p15)
 本屋という仕事は,ただそこにあるだけで,まわりの社会に影響を与えることができるものなのだ-本屋を取材するようになってまもなくのころ,ヴィレッジヴァンガード創業者の菊地敬一さんから聞いた言葉です。(p16)
 出版界には「仕入れて売る」という他の小売業ではあたりまえの概念が存在しません。多くの本屋,とりわけ小さな本屋の場合,店頭に並んでいるのは,自発的に仕入れたわけではない,取次から見計らいで配本される本です。発注しなくても商品が自動的に送られてくるのです。(p17)
 ひと昔まえまでは雑誌とコミックの売上が小さな本屋を支えていました。雑誌はだいたい毎日新発売の商品がでますし,同じものが一日に何冊も売れます。本屋にとってはあまり手間がかからず,確実は売上を見込める商品だったのです。ところが,その雑誌が,インターネットとスマホの普及とともに壊滅してしまいました。(中略)雑誌全体の売上は,ピークだった一九九〇年代なかばの三分の一になってしまいました。(p21)
 ここ数年,カフェや雑貨売り場を併設する本屋が増えました。(中略)あるカフェ併設の本屋のマネージャーが,こんなことを言っていました、「一〇〇〇円の本を売って得られるマージンは二〇〇円ちょっとです。一〇〇〇円のドリンクのマージンは八〇〇円です。ぼくらは,一〇〇〇円の本を売りつづけるために,一〇〇〇円のドリンクを売るんです」と。そこで,「いや,一〇〇〇円のドリンクを売るために,返品できる一〇〇〇円の本を,ドリンクを飲ませながら無料で見せているんじゃないですか?」と心のなかでツッコミましたが(p23)
 その人の意思では変えられない属性-性別・民族・国籍・身体的特徴・疾病・障害・性的指向など-を攻撃することばは,批判ではなく差別です。(p29)
 ビジネス書なんかでも,書名や内容がポジティブなもののほうが売れる。ネガティブな書名は売れません。『嫌われる勇気』もやっぱりポジティブじゃないですか,なんとなく。(今野英治 p49)
 店が小さくたって,間口は狭めちゃだめ。おしゃれな売り場をつくって瞬間的に売れたとしても,たぶんそれは続かない。(中略)一見,お客さんを選んじゃったほうが効率が上がるかとも思うんだけど,そこh溶媒として危険な気がしますね。(笈入建志 p69)
 圧倒的に普通のお客さんが多いわけだよね。その普通のお客さんっていうのは,安定性を求めてて,あんまりとんがっているところには行かない。(今野英治 p70)
 出版社の経営者や幹部は一国一城の主という意識が強いから,共同でなにかをするのが苦手だ。(p95)
 Nさんが取次に入社してからの一〇年間でも,書店の荒廃ぶりは明らかだという。売上が減り,利益が減ると,書店は人件費を削る。人が減れば,従業員ひとりあたりの仕事は増える。作業量は増えるが,給料は安いままだ。ほとんどの書店員は本が好きで書店に入社する。だが,荒廃していく現場で身も心もボロボロになっていく。(p100)
 本を読んでいない書店員,本を読まない取次の社員が多い,とNさんは言う。「本が好きでこの業界に入ってきた人が,仕事をするうちにだんだん本が嫌いになっていく」(p104)
 大手・中堅の総合出版社はどこも「売れるものならなんでも」というのが現実だ。各社の刊行物を眺めれば,それは明らかだ。(p108)
 出版社ではヒットした本の二番煎じ・三番煎じの企画が歓迎される。なぜなら,ヒットした本の七割・八割は売れることが多いからだ。(中略)言いかえると,それだけ二番煎じやパクリ本を求める読者がいるということでもある。(p114)
 ネット右翼というのは本を読まないので。タイトルしか読みませんから。(古谷経衡 p151)
 ネット右翼って,基本的な性質は,嫌韓ではなくて反メディアなんですね。(古谷経衡 p152)
 ネット右翼というのは思考力が低いから。彼らは自分の基礎的な歴史についての知識がないので,だれかに依存しないではいられなんです。(古谷経衡 p154)
 やっぱり,人間ってもっとも近いものを攻撃しますから。(中略)ファシストはもっとも近いファシストを攻撃しますから。(古谷経衡 p160)
 本当に強い人間は強さを言わないのと同じです。バブルの時代の風俗を見ていくと圧倒的に自虐ですよね。(中略)かつては日本が破滅していくパターンが多かった。それは自信があったからで,それが人間の心理でしょう。いまはどうみても衰退しているので,自国を賛美しないといけない。(古谷経衡 p162)
 アレントはユダヤ人虐殺に手を貸した者たちが,けっして悪魔のような存在ではなく,目のまえに与えられた仕事を淡々とこなすだけでその仕事の意味については深く考えようとしない,いたって凡庸な人ひとであることを発見した。それと同じく,編集者にとっても取次の従業員にとっても,そして書店員にとっても,ヘイト本は他人事でしかない。(p170)
 もちろんわたしだって,「世の中のすべての本は丹精こめてつくられたものであり,つくり手の熱い思いがこめられている」なんてナイーブな幻想を抱いてはいない。食っていくために「しかたなく」つくられている本も多いだろう。「しかたなく」でなくても,「ほんのちょっとした思いつき」だったり。書店の平台に並んでいる新刊の多くは,そうしたやっつけ仕事だ。(p171)
 ポルノに限らず,出版という行為,あるいは表現という行為には,なんらかの後ろめたさがあるものだ。だれかを傷つけていないか,だれかを不快にしていないか,と。(p171)
 人は騙されやすい。騙されやすいからこそ,差別は拡大されやすく,憎悪は扇動される。そこに火をつけ,燃料を供給するのがヘイト本だ。(p175)
 「ナチスがやったことは許せませんね」「KKKは狂っている」という人が,同じ口調で「在日特権は許せません」と語る世界にわたしたちは生きている。嫌韓反中本ブームを見ていて,「ああ,ナチのユダヤ人虐殺って,こんなふうに広がっていったんだな」と思う。(p176)
 本屋大賞は「もっともすぐれた作品」を選ぶ賞ではなく,「もっとも売りたい本」を選ぶ賞である。(中略)本屋大賞の選考システムでは,内容的にすぐれた本を選ぶのは不可能だ。なぜなら本屋大賞は人気投票方式だから。(p183)
 本屋大賞の第一次選考上位一〇作が発表されると,多くの書店では前作を陳列する。しかし,いちばん売れるのは一位の作品で,二位以下はあまり売れない。(中略)それは読者/消費者が一位以外に関心をもたないからである。(中略)ビジネスにおいては一位と二位では天と地ほどの違いがあり,二位ではだめなのである。(p185)
 ネットって貧者の核兵器みたいなところがあるでしょう?(中略)金もないし名前も出したくないし,でもなにかを言いたい人間には核兵器級の力がある。(p218)
 出版に道徳も倫理もないとわたしは考えている。露悪的に言うなら,人間の欲望をくすぐり,たくみにつけいり,雑誌や書籍を売りつけ,カネを巻き上げるのが出版という商売だ。(中略)世の中の書物がすべて清く正しく美しい内容だけだったら,それは悪夢だ。(p229)
 四〇年まえと比べて新刊発行点数は三~四倍に増えたけれども,販売部数は同じ,返品率は四割と高止まりしたままとうのでは,人もシステムも疲弊してしまうのが当然です。(p242)
 四〇年まえと比べて,新刊の年間発行点数は三~四倍に増えました。なにが増えたのでしょうか。たぶん,なによりもつまらない本が増えたのだと思います。もともと本は玉石混淆で,しかも玉より石のほうが多かったけれども,その混合比がいまは一対九ぐらいじゃないでしょうか。圧倒的につまらない本が多い。(p247)

2020年9月26日土曜日

2020.09.26 伊藤まさこ 『おいしい時間をあの人へ』

書名 おいしい時間をあの人へ
著者 伊藤まさこ
発行所 朝日新聞出版
発行年月日 2019.03.30
価格(税別) 1,600円

● アフィリエイト狙いのブログ的な,広告記事かと感じた部分が全くないわけではない。が,自身が一度も試したことがなく,じつはさほどに旨いと思ってもいないのに,人には勧めるというのは皆無。
 これだけのものに生活の中で触れてきたのは,仕事がらという以上に,本人の志向の産物でしょう。


● 以下にいくつか転載。
 薔薇柄が印象的なパッケージは,義政氏の弟,義信氏によるもの。(中略)おいしさはもちろんだけれど,見た目も重要!と感じる瞬間です。(p12)
 この味を家でも・・・・・・と思って自分でも作ってみたのですが,なかなかこうはならない。(p46)
 伊藤さんでもそういうことがあるんだから,ぼくがそうなのは全然恥ずかしいことではないのだな。ただ,自分でも作ってみたくなるその対象が,伊藤さんとぼくとではかなり違うはずだが。
 おいしいカフェオレの条件は,できるかぎり濃度の高いコーヒー少量を,たくさんの牛乳で割ること(p78)
 新鮮な素材は手を加えないでそのままで十分おいしい。だから料理がどんどんシンプルになっているんですって。(p98)
 このシベリア(お菓子の名前)のために,ご主人なんと夜中の12時から仕込みを開始するのだそう。「お客様が楽しみにしていてくれますから」の言葉に頭が下がったのでした。(p141)
 そうか,プレゼントし甲斐のある人っているけれど,その人にとって私がそういう人なのか。うれしいなあ。(p156)
 外食が続いたり,海外へ旅をしたりした後は,必ず白いごはんとこの昆布。胃が整うのはもちろん,心まで整うすばらしい味。日本人に生まれてよかったなぁと思う瞬間です。(p160)
 胃が整うのはわかるが,心まで整う? 本当か。そういう味がこの世にあるのか。

2020年9月22日火曜日

2020.09.22 伊藤まさこ 『おやつのない人生なんて』

書名 おやつのない人生なんて
著者 伊藤まさこ
発行所 筑摩書房
発行年月日 2014.12.05
価格(税別) 1,600円

● 甘いもの愛。自分の身体の重要なところが甘いものでできている。甘いものが織りなす時間の豊穣さ。その時間と自分との絡み合い。
 そうした自分ヒストリーを書籍にして残していける人って,やっぱり凄いと思います。凡百の体験しかしていないのなら,読んでもらえるはずがないわけだから。


● 以下にいくつか転載。
 おやつを食べなくても,もちろん生きてはいける。けれどおやつのない人生なんてさみしい。そして,おやつがあれば,いつでもたのしく,きげんがいい。人生,いつでもおやつを食べている時のようにいきたいもんだと思っています。(p3)
 組み合わせが上手く行き,おいしいひと皿ができあがると,満ち足りた気分になるものです。(p13)
 「ちょっとコーヒー1杯飲みに来た」という風情でひとりぶらりとやって来ては,いつもの席に座って思い思いに自分の時間を過ごしているおじさんたちを見ていると,せっかく京都に来たならば,あそこも行こう,ここも行かなくては,と前のめりになる自分が少し恥ずかしくなる。(p39)
 おやつを食べた後は,さあ,これからまた仕事をするぞ,とすっかりやる気になっている。自分の体の中に流れる空気が入れ替わる,そんな気がするのです。(p132)
 きれいに切れる理由はいくつかあって,まずはよく切れるナイフを使うこと。切るたびにナイフについたクリームを拭き取ること。それあら思い切りのよさも秘訣のようです。(p146)

2020年9月19日土曜日

2020.09.19 伊藤まさこ 『美術館へ行こう』

書名 美術館へ行こう
著者 伊藤まさこ
発行所 新潮社
発行年月日 2019.04.25
価格(税別) 1,500円

● 国や自治体や大企業が運営する美術館ではなくて,もっと小体な美術館が取り上げられている。本書を出すために取材に行ったと思われるところもなくはないが,多くは何度も行っている著者のお気に入り。たとえば,日本民藝館や岡本太郎記念館,鎌倉文学館など。
 したがって,それらお気に入りが何故にお気に入りなのかを,著者が語る。そこが本書が提供する読みごたえ。
 数日,東京にいるので,岡本太郎記念館には行ってみようと思っている。

● いくつか転載。
 高い吹き抜けのアトリエを覗き込む用に見ている時など,奥からご本人が飛び出してくるのでは?と思うほど。ひとりの人間の中にいったいどれくらいのエネルギーが潜んでいるのだおう? ここに来るたび,そう思わずにはいられなくなるのです。(岡本太郎記念館 p64)
 元来せっかちな性格だったという太郎先生。すごい勢いで絵を描いているかと思ったら庭に出て彫刻に向かい,かと思えば今度は口述筆記・・・・・・と,家の中をぐるぐると歩き回り,わき上がるイメージを形にしていったのだとか。(岡本太郎記念館 p64)
 岡本太郎もまたADHDだったのかと思いたくなるんだけども,たぶんそうじゃないんでしょうね。だって,ここには注意欠陥はないからね。
 民藝館に来るといつも頭の中でひとり,「ごっこ遊び」をしています。このやきものの壺には来る途中で見かけた小さな白い花を活けたらいいな,大ぶりな漆の椀は,ころりとした根菜たっぷりのみそ汁がきっとお似合い・・・・・・(日本民藝館 西館 p70)
 展示するために作られた場所(本館)と住んでいた場所(西館),もちろんどちらに置いてあるものも柳の目の行き届いたものであることに変わりはないけれど,住んでいたというだけでこんなにもひとつひとつの物のありかや役どころがはっきりと伝わるのかと目からウロコなのでした。(日本民藝館 西館 p71)
 やさしげだったり,はかなげに見えるちひろの絵ですが,ご本人は案外思い切りのよい人だったとか。(ちひろ美術館 p84)
 はじめてここにものを置いた時に,美しいってこんなに簡単なことだったんだなって思った。ものの美しさは,空間との取り合わせにあるということを痛感しました。(museum as it is p103)
 それまで見知っていた色糸を使った日本の刺繍ではなく,白地に白の糸で密に刺繍された洗礼服。ユキさんは,その陰影の美しさにただただ驚いたのだそう。「人ってなんてすごいのだろう」と。(ユキ・パリスコレクション p134)
 美しいものが分かる人というのは,人の気持ちが分かる人。(猪熊弦一郎現代美術館 p149)

2020年9月17日木曜日

2020.09.17 佐々木俊尚 『自分でつくるセーフティネット』

書名 自分でつくるセーフティネット
著者 佐々木俊尚
発行所 大和書房
発行年月日 2014.08.05
価格(税別) 1,200円

● ネットでゆるいつながりを作って,“善い人” になれ,それがセーフティネットになる,という主張。その前提になるのが「総透明社会」という概念。ネットでは自分を偽ることはできない,良くも悪くも丸裸になる。岡田斗司夫さんの「評価経済社会」とかなり親和性が高い考え方かと思う。
 ネット(主にはSNS)がそういうスクリーニング的な作用を果たすかといえば,ぼくはかなり懐疑的。いずれ,一個人のネットでの発言など,誰も読まなくなるだろう。いわゆるインフルエンサーは残るだろうが。
 なぜかといえば,第一につまらないからであり,第二に時間を喰うからであり,第三に等身大を伝えていないからだ。新聞,雑誌のあとは,SNSに冬の時代が来ると予想しておく。


● 以下に多すぎる転載。
 「理」だけが勝って「情」がない世界で,わたしたちは生きていけません。そんな冷酷な世界でも生きていけるのは,ほんのひとにぎりの「猛獣」「野獣」みたいな人たちだけでしょう。(p8)
 ジャーナリストといえば「無頼派」みたいなイメージがあり,昔だったら新宿のゴールデン街あたりで飲んだくれて,深夜には殴りあいのケンカなどして,どっかのママとねんごろになって,みたいな生活をしていた人はけっこういたんじゃないかと思いますが,二〇一〇年代のいまはそんな雰囲気などかけらもなくなってしまいました。いまのわたしは生活をととのえて,毎日早朝に目覚め,五キロのランニングも毎日こなし,健康な生活を心がけ,夜はさっさと眠ってしまいます。そういう質素で健全な生活を日々の軸としていくことで,この有為転変の嵐のような世界でも自分を保てているんじゃないかと思います。(p23)
 妻は社内結婚だし,住んでいるのは社宅か,会社の信用組合で借金して建てた一戸建てとかマンションだったし,遊びは週末の会社の野球部かゴルフ。だから自分とこの一家は完全に会社に取り囲まれてた。
 もはや世界には会社と家庭のふたつしかないという,極端なライフスタイルです。(p33)
 これは安定しているかわりに,息苦しくもあった。だからこの時代の日本では,脱出することにみんな憧れた。遠くに行けてしかも自分だけの個室を持てる自家用車にみんな憧れたし,流行家は『遠くへ行きたい』とか『心の旅路』とか『俺たちの旅』とか,どこか遠くに行きたいなあという憧れの歌がとても多かった。(p37)
 当時は,「ふるさと」「故郷」ということばに,特別な意味があったと思うんですよね。(p39)
 わたしがお勧めするのは,自分が読んで面白い,重要だと思ったネットの記事を,フェイスブックで紹介することです。自分のコメントもつけてね。(中略)つまり,フェイスブックで大切なのは,食べてるご飯のことでも週末の旅行記でも,ネットの記事でも何でもそうなんですが,「この人は価値のあることを描いてるなあ」と思ってもらうことなんですよ。(中略)SNSへの投稿でいちばん大切なのは,読んでくれた人が「これは有用な情報だ」と思ってくれるかどうか。(p56)
 ひとつだけ気をつけたいのは,相手のことを見下したりしないこと。「自分の方がよく知っている」「自分の方が詳しい」と上から目線になって,指導したり助言したりしないこと。(p60)
 ネットはごまかしのきかない丸裸メディアなんですよ。(中略)ネットでは印象の悪かった人だったけど,会うと良い人だったというのなら,むしろリアルの場を疑ったほうが良いでしょう。(p66)
 フェイスブックでは,自分の人間性を保証させるために,自分の日常や人間関係や写真をさらけ出さないといけません。(中略)自分の人間性をさらけ出すと,自分は信頼を得られる。実はインターネットって,こういう「交換」が得意なシステムなんですよね。(中略)プライバシーを明け渡して自分の情報を提供するかわりに,自分にとって有用な情報を見返りにもらっているということなんです。つねにそれは「交換」なんですよね。一方的に奪われているわけじゃない。(中略)国家権力がこっそり監視しているんじゃありません。(p68)
 アメリカで最近,[eスコア」っていう数字が使われているという話があるんです。これは何かと言うと,ひとりの消費者がどのぐらいものを買う力があるのかということを調べて,それを本人の知らないうちにこっそり数値にしちゃおうというもの。(中略)これって,eスコアの低い人,すなわちお金のあんまりない人にとっては,とんでもなく酷な世界ですよ。まわりの人には高級品や美味しそうなレストランがお勧めされてるのに,自分のところにはまったくお勧めされないか,せいぜいコンビニで売ってるお菓子ぐらいしか広告が入ってこない。(中略)監視社会だ,ビッグブラザーだ,と怒ってる人たちは「自分の個人情報が勝手に利用されて,要りもしない広告が送りつけられてくる」とか言いたがるんですが,いやいやいや,ヘタすると「あなたのことは興味ないですから,今後いっさい情報も送りませんよ」と企業に言われるだけかもしれない,ってことです。(p72)
 誰も見てくれない黙殺社会の不安があるから,逆に自分がいまここにいることをネットの中でアピールして,「ぼくを見て」「わたしはここにいるよ!」って叫んでる。それが実のところ,いまのネット社会の本質なんじゃないかとわたしは思っています。(p79)
 「ネット探偵」みたいなのはこれからもなくならないでしょうね。自分のいろんな情報をネットに提供しているんだから,何かあったら過去のことが洗いざらいわかっちゃう。かと言ってネットをやめて生きるわけにはいかない。(p83)
 プライバシー,プライバシーってみなさん言うけれども,そんなのこの半世紀ぐらいのあいだにようやく認知されただけの権利じゃん,とわたしは思うのです。プライバシーのないちょっと昔にもどったって,たいして困ったことは起きないんじゃないかと思います。(p85)
 悪意を吐き出すと,言われる人もたいへんだけど,言ったほうもそれなりの責任を負わなければならなくなるってことなんです。(中略)何かを言った瞬間に,その言った内容で人は評価されるようになるからです。言った瞬間に,自分も評価の対象にくみこまれてしまう。それが総透明社会の本当に恐ろしいところなんですよ。(p93)
 この同調圧力は,見方を変えれば「きずな」でもあるんですよね。東日本大震災のあと,日本人は冷静で暴動も起こさず,食料も分けあいながらみなで助けあったことが,海外では「日本は驚異的だ!」と報じられましたよね。たしかに日本のあの時のきずはな素晴らしかったと思うのですが,それはすなわち同調圧力が強いから,みなと同じ行動をとり,団結できたということでもあったんです。(p102)
 ブラック企業とか言われてるような会社にかぎって,社歌とかスローガンとかが大好きって傾向はあるように思えます。過酷な労働から社員が逃げ出さないように,「きずな」でつなぎとめようとしているってことなんでしょう。(p105)
 首都高という難易度の高い道路では,道交法は最低限の守るべきルールにすぎないんです。法律を守るのはそりゃ重要なことですが,首都高をなめらかに走るためには,道交法じゃなくて,ドライバー同士のコミュニケーションが求められているってことです。(p110)
 強いつながりだと,情報はその関係の中でぐるぐる回るだけで,新鮮な情報って意外と少ない。(中略)弱いつながりのほうが,ずっと新鮮な情報が流れやすい。そりゃそうです。だって弱いつながりってことは,相手と自分の共通点が少ないってことだから,自分の知らない情報を相手が持っている可能性はとても大きい。(p122)
 見知らぬ人とか遠い関係の「弱いつながり」の人から情報が流れてくるってことは,そういう弱いつながりの人たちに,わたしたちも情報を与えてあげるってことが大切なんですよね。そうやって情報を知らない人とやりとりしあうことで,いろんな新しい仕事の話が入ってくる。
 電車の指定席からもう締め出されそうになっているわたしたちとしては,そうやって弱いつながりを大事にしていくしかないし,それが生存戦略なんだってことなんだと思いますよ。(p125)
 人間はそんなにピュアじゃない。誰だってきれいなところもあれば,汚いところもある。自分がピュアだと信じてしまうと,他人の汚いところを許容できなくなっちゃう。
 そしてもうひとつ大切なこととして,自分がいつまでもピュアであろうとしていると,自分の汚さを引き受けられない。
 (中略)自分は弱者で善人で,悪いのはどこかにいる強い悪人なんだ,というように考えて,ここにはいないどこかの悪を非難していれば,自分のピュアさが破られることはない。そういう心理的な構図をつくっちゃうことになるんですよ。(p182)
 つねにわたしたちは入れ替え可能である,と。絶対的な悪とか絶対的な善とか,絶対的な安心とかもう絶対にダメとか,そういう白黒つけられる場所じゃなく,わたしたちはみんな入れ替え可能な中途半端なところにいるんだ,と。(p196)

2020年9月16日水曜日

2020.09.16 櫻井秀勲 『60歳からの後悔しない生き方』

書名 60歳からの後悔しない生き方
著者 櫻井秀勲
発行所 きずな出版
発行年月日 2019.07.01
価格(税別) 1,500円

● 本書執筆時の著者は88歳。88歳から見ると60歳はまだまだ若い。何でもできる。晩年感に浸っていないで,今までになかった “異” も加えて,第二の人生を出発させよ。
 まだまだこれからどう転ぶかわからない。それを不安に思うのではなく楽しむつもりで行け。という内容。

● 以下に多すぎる転載。
 「焦る必要はありません」というのが,この本で私があなたに伝えたいメッセージです。私は今年88歳になりましたが,自分の「60歳」の事をふり返ってみると,その年令に焦ってしまったことを思い出します。(p3)
 自分は恵まれていない」「いいことなんて起きない」と思っているうちは,実際,いいことに恵まれることは絶対ありません。運に恵まれる人は,自分は運がいいと自信を持っているものです。(p25)
 自分の顔をよく見てください。まだまだ若さが残っていると思いませんか? いや,これからゆったりとした,自信のある顔になるでしょう。年を重ねることは楽しいことです。楽しいから若いので。88歳になった私がそういうのですから,間違いありません。(p27)
 いまの時代,たとえ女性であっても慎んでいては生きていけないというのが,私の持論です。「私なんて!」という言葉は,あなたのなかからなくさなければなりません。(p34)
 60歳からの人生をどう生きていくのか-それを考えるためには,まず,いまの人生を全面的に受け入れましょう。「何もなかった」とするのではなく,いいことも残念だったことも思い出して認めることです。(p36)
 人は,自分以外の人に対しては,その人のいいところしか見えない,いや見ないものです。(中略)傍からは恵まれているように見えても,その人にはその人なりに,悩みや挫折があるものです。羽振りのいい(ように見える)社長が,じつは何十億の負債を抱えている,ということもあるのです。だから,誰かをうらやましく思う必要はありません。私はマスコミに長くいたので,そういう人たちを大勢見てきました。(p37)
 さらに上の地点に行くためには,その前に落ち込む時期があるということです。(中略)88年という歳月を経て見ると,人生の波が上がったり下がったりすることに,振りまわされるな! というのが実感です。(中略)人と比べたりせず,自分にフォーカスするのが,60歳からの生き方です。(p40)
 60歳は第2の人生のスタートです。つまり,まだ始まったばかりですから,ヨチヨチ歩きでもいいのです。やりたいことが見つからないなら,これから見つけていきましょう。急ぐことはありません。(中略)これまでしてきたことを,やめる必要もありません。(p44)
 これからの10年,20年をかけて,「自分」と「自分の技術」を磨いていくことです。そのためには,まずは,これまでにしたことがないことを1つ,始めてみましょう。私はそれを「異」という言葉で表しています。これまでの人生と異なる人や趣味,仕事,勉強などを取り入れるのです。やってみて,合わないな,違うなと思ったら,また別のことにチャレンジすればいいのです。(p47)
 私はよく「運は借りられる」ということをいうのですが,自分に運がないと思う人は,誰か運のある人から借りればいいのです。なぜなら運は,人を通じて運ばれるものだからです。運のいい人のそばにいれば,あなたの運はよくなります。運が悪いという人が,どうして運がないかといえば,それは自分自身を動かしていないからです。(p63)
 「夢がない人」の夢がかなうことはありません。夢を持つことで,夢はかなえられるのです。運も夢も,じつは,あちこちに落ちています。(中略)「私なんてムリ!」といった時点で,運も夢も捨ててしまっているのです。夢をかなえたいと思ったら,自分の運を信じることです。運のいい人間になりたいと思ったら,自分の夢を持つことです。それなしに,手に入るものは何もありません。(p64)
 何歳になっても,「いまさら」などと考えてはダメだと思うのです。ましてや,まだ60歳を過ぎたくらいなら,なおさらです。(p70)
 とくに男性の場合は,会社を辞めて仕事をしなくなると,「出かける場所がない」「会える人がいない」ということになります。男性は外に出る機会がなくなると,早く衰えるのです。(中略)「もう終わり」と考えれば,からだも,それに合わせて老け込んでいきます。60歳というのは,「若々しい人」と「老け込んでしまう人」の分かれ目といっても過言ではありません。どうせ生きているなら,若々しく,毎日を楽しむほうが,絶対に得です。(p71)
 人生はやり直しがきかないといわれたのは,過去のことです。あなたの人生は,いまから,いくらでもやり直しがききます。(p73)
 人は,新しいことを知った分だけ,新しい夢が生まれます。残された時間があるなら,新たな夢を抱くことも,また,それをかなえることもできるでしょう。あなたにも,それをあきらめてほしくないのです。(p75)
 私は,妄想すること自体は,悪いものだとは思いません。根拠のない自信が,思わぬ力を引き出すこともあると知っているからです。ただし,そこには,やはり「行動」がなければダメなのです。(中略)行動がなければ,妄想は夢のままとなります。(p79)
 夢のための投資は,ある程度は必要かもしれませんが,老後の蓄えのほとんどを,それに費やしてしまうのは危険です。そんなことは,第三者であれば誰でもわかることですが,人は自分のことになると,信じられないほど楽観的に行動してしまうことがあります。(p82)
 預貯金を切り崩してしまうのは,60歳,いや60代でも早すぎます。それをするのは,70代,80代になってから。(中略)私の友人たちの多くは,70代で生活費が尽きてしまい,それが死期を早めてしまいました。(p85)
 どんな仕事に就いても,その働きぶりを誰かが見ているものです。(中略)だから,まずは働いて,自分を知ってもらうことです。そうすれば,見てくれている人が必ずいます。(p88)
 60歳近くなったら,新しいものはほとんど必要なくなります。(中略)つまり,見栄のためにお金をつかうことはなくなります。(中略)高いものが欲しいというのは,せいぜい50代前半まで。(中略)ただし,ここが需要ですが,見た目がみすぼらしいと,幸運は逃げていきます。仕事にしても,老け込んだファッション,いまの時代に合わない服装の人には,不思議なことに,いい職種はまわってきません。できるだけ現代的な装いや態度,言葉づかいをすることです。(p94)
 70歳を過ぎると,歩くのが億劫になることがあります。歩くことが好きな私でも,そういう日がないわけではありません。だから,60代のうちに歩いておくことです。(p103)
 「自分のからだを痛めつけなさい」というのは,私の母の口ぐせのような教えでしたが,いま,60歳のあなたにも,それをオススメしたいと思います。(中略)60歳になったら,少しムリをするほうが,人生は楽しいと私は思います。(p111)
 私は,この「いつもと違う景色」に身をおくことが,一番の若返りにつながると思っています。つき合っている人たちも異人種,異世代,異性など,自分と異なる人たちであれば,話の内容も違ってきます。だから若さが甦るのでしょう。(p113)
 私は自分の60歳をふり返って,当時の自分の若さを取り戻すことができるなら,何でもしたいという気持ちになります。(中略)危ないこと,健康に悪いことは,しないに越したことはありませんが,安全な場所で何もしないでいるより,少しの危険を冒してでも,「やってみる」ところに価値があります。運命とは,そいういうものではないでしょうか。(中略)どんなに健康に気を配っていても,病気になることはあります。人生は,そんなふうに理不尽なのです。何も悪いことをしていないのに,不運に見舞われることだってあるのです。60年も生きてきたあなたなら,そのことを知っているはずです。(p114)
 私は,60歳になったら,積極的につき合うのがいいと思っています。(中略)「運命の人」は1人とは限らないのです。また異性とも限りませんし,年上,年下の縛りもありません。結婚相手とうまくいっていたとしても,運命の人は現れます。(p119)
 人は変わっていきます。20代にベストだと思った人が,60代になってもベストであるとは限りません。(中略)それは,あなたがそれだけ大きくなった証明かもしれません。(p121)
 「生涯現役」とは仕事の世界のことだけではありません。私は常にそう思って,人生を渡ってきました。男女のつき合いにおいてこそ,「生涯現役」であるべきです。恋愛を降りたところから,人生はくすんできます。(p124)
 20代,30代のときには,恋愛すれば100パーセントの気持ちで,相手に応えなければならなかったのが,大人になるほど,そのパーセンテージは下がってきます。60歳にもなれば,40パーセントくらいの気持ちでも,十分に恋愛をすることが可能です。つまり,それほどの覚悟がなくても,相手の気持ちに応えられるということです。(中略)激しいセックスがなくても,ときどき会って握手やハグするだけで満たされた気持ちを味わえます。それくらいならできる,と思いませんか?(p125)
 1日誰とも口をきくことがない,という日が続くと,声も出にくくなっていきます。私は若さと健康の秘訣は声にあると思っていて,自分の声がきちんと出ているかどうかを気にしています。(p128)
 友人や趣味の仲間がいる人は,恋愛もしやすいということがあります。それは,「関心を持つこと」を忘れていないからです。これは大変重要なことで,1人の生活が続くと,自分以外のものに関心を寄せることが少なくなっていくものです。何でも自分だけで完結できてしまうので,他の人やものは,それほど必要ではなくなるからです。(p129)
 女性でも男性でも,イキイキと活力に溢れた状態こそが,まさに「盛り」のときで,その人次第で,いくらでも延長できると思っています。それだけに,いくつになっても,「女であること」「男であること」を放棄しないことです。(p145)
 セックスとは,お互いがお互いを求め合うことです。その気持ちがあった先に,抱擁や触れ合いがあり,挿入があるわけです。でも,60歳になったら,挿入はあってもいいし,なくてもいい。そう思いませんか?(中略)若いときには,どうしても挿入することが目的となって,前戯がおざなりになりがちです。けれども女性のほうからすれば,挿入よりも前戯のほうが,ずっと強く,深く感じるという人も多いのです。(p147)
 セックスから遠ざからないようにするコツは,セックスを大げさに考えないことです。(中略)服を絶対に脱がなければならないということもありません。ちょっと触るだけで,愛の交歓は十分です。(p151)
 性欲をあまり感じない人は,それ以外のことで満たされているのでしょう。そうであるなら,それでいいのです。性欲のない自分を否定する必要はありません。(p153)
 60歳を過ぎたら,自分のなかのタブーを外していくことも大切です。「この年になってエッチするなんて恥ずかしい」といった,つまらない考えは捨て去ることです。(p155)
 自分が20~30代のときに似合ったものを,50~60代になっても似合うと思っている人は,案外多いものです。(p164)
 自分よりも若い世代とつき合うには,彼らと対等になることが大事です。上から目線にならないのは当然ですが,逆に,下手に出て,ご機嫌をとるような話し方では,うまくいきません。「対等になる」ためには,次の2つが大切です。
 (1) 情報が新しく,その量が豊富なこと。
 (2) 尊敬し合える関係であること。(p173)
 若い人とつき合っていくには,できるだけ相手にトクをとらせるようにしましょう。(中略)下の世代とのつき合いでは,自分が「してあげられることをする」ことが大事なのです。そのためには,自分のお金を使うことです。(p175)
 リタイアしてからは,むしろ積極的に家事をこなす夫もいるようです。男性というのは,自分の仕事と認識すると,案外きちっとやるものです。それをすることで,新たな楽しみを見つけることになるかもしれません。(p179)
 ここでお伝えしたいのは,70歳になっても,いまのあなたと,ほとんど変わることはない,ということです。小さなことで衰えを感じることはあっても,からだも気持ちも,依然として若さを保っていけます。私は70代の10年間で,100冊の本を出版しています。「それは櫻井さんが,特別だったのではありませんか?」という人もいるかもしれませんが,特別な人間など,この世にいません。(p192)
 何かを頼まれたら,断らないというのは,どんな世代にも共通していえる大切なことだと私は思っているのですが,60歳になったら,なおさらです。たとえば,辞めた会社から,あるいは知り合いから,「仕事を手伝ってほしい」といわれたら,喜んでそれに応えてみるのです。報酬や条件などは二の次です。それをやって「できた!」という自信だけで,じつは大きな収穫になります。(p207)
 いま感じている不安を消し去ることはできません。というより,消す必要はないのです。不安というと,いけないもののように思いがちですが,不安があるからこそ,強くなる,激しく戦えることがあると思うのです。何の不安もなければ,することもないでしょう。そのまま老いていくだけです。(p211)
 20歳の若者にいうように,私は,60歳のあなたに,「あなたの未来は希望に満ちている」といいたいのです。そして,その未来を楽しんでいただきたいのです。あなたには,これまでの人生から身についたキャリアと知恵があります。これまでの失敗さえも,いまでは,あなたの宝になっているのです。そのキャリアと知恵と宝を携えて,第2の人生をスタートするのです。(p212)

2020年9月13日日曜日

2020.09.13 松浦弥太郎 『期待値を超える』

書名 期待値を超える
著者 松浦弥太郎
発行所 光文社新書
発行年月日 2020.03.30
価格(税別) 760円

● 松浦さんはデジタルを駆使する仕事に移った。それによって仕事論にも変化が生じたかといえば,生じているはずだ。
 業務内容が変わったのに軸はまったくブレない,なんてあり得ない。ブレていない=新しい仕事に対応できていない,ということになるだろう。松浦さんに限ってそれはないでしょ。
 少なくとも,デジタルツールを自身で使う前と後とでは,デジタルツールに関する見方だけは変わっているはずで,これが変われば他にも影響を及ぼすだろう。

● しかし,以上のことはぼくの想像であって,本書にはそういう話は登場しない。
 本書は松浦さんの仕事論の最新バージョンなのだが,ツールや個別の方法論ではなく,仕事哲学あるいは心構えについての話だ。

● 以下に転載。
 いま思えば,当時の僕G売りものにしていたのは,若さと体力,そしてひたむきさだったのでしょう。どこの職場でも真面目に働けば働くほど重宝されました。だけど,「ひたむき」という,ありきたりのものに高い値段はつきません。(p4)
 自分だけが得をするような商売は決して長続きしません。人の期待値を超えること-とにかく,人に尽くし,相手が喜び,得をして,そのおかげで自分も最後に利益を得ることが商売の基本です。(p7)
 仕事とは,困っている人を助けること。何に困っているかを見つけること。これは,どんな仕事であっても同じです。(p24)
 僕は編集長に就任したとき,編集思考ではなくビジネス思考に切り替えたことで,自分が何に詳しくなるべきかがわかりました。それは「人の感情」です。それがわかるようになれば,どんな商売だってできる。どんなときに,どんな気持ちになるのか。つらいときにどんな言葉をかけてもらいたいのか。ひとりで映画を観たいと思うのはどんなときか。引越しのときに手間だと思うのはどんなことか。そういう思考方法を身につければ,どんな商品やサービスが求められているかを予測できるようになります。(p27)
 ビジネスには相手が必要です。コミュニケーションで大切なのは,自分都合ではなく,常に相手目線で考えること。これは当たり前のようで,意外と見落としがちなことです。(中略)あらに言えば,深く理解した上で,相手の未来をどこまで語れるか。(p29)
 会社に所属していたとしても,あなたが話をするとき,相手が見ているのは,あなたという「個人」です。(中略)セルフブランディングとは,自分をどう見せるか,人からどう見られたいかではなく,自分を好きになってもらったり,ファンになってもらったりすることです。自分を大きく見せる必要はありません。(p31)
 商売人は「面白い話」「新しい話」が大好きです。(中略)僕がこれまで仕事で会った人たちを見ていると,たくさん稼いでいる人ほど面白いことと新しいことに興味がありますし,会社でもトップに行く人ほどそうです。(p34)
 収入は,感動する人の数に比例します。世の中の商いは,すべてその原理で動いているので,自分の収入を増やしたければ,喜ぶ人,感動する人を増やすことを考えるといいのです。(p36)
 企業のトップには,周囲から天才と揶揄されるくらい強い信念をもつ人もいますし,優秀な人ほど手ごわいのは,どの業界でも共通しています。(中略)こういうときに大きな力を発揮するのが楽しむというコミュニケーションです。「会いたくない」で止まってしまっては仕事になりません。いっそのこと開き直って楽しんでしまいましょう。(中略)人と人との関係性は,変化するのです。自分が避けたいと思っているとうまくいきません。(中略)が,自分がアクションを起こすことで,関係が変わっていくのも楽しいものです。(p37)
 断られると「話を聞いていただいてありがとうございました」とお礼を言って,帰ってきて終わりです。(中略)僕にとって失敗とは,何もしないこと。かけた時間や労力はムダではありませんし,落ち込むこともありません。(p41)
 世の中では,得意なことを仕事にした人より,仕事をしていくうちに自分の得意を見つけた人がほどんどです。僕もそうでした。(p43)
 いわば上司は取引先です。(p47)
 相手に理解してもらうためには,うまく話す必要はありません。どれだけ自分たちの熱意を伝えられるかです。そのためには一人のほうがいいと僕は感じています。(p54)
 発言しない人,自分をわかってもらう努力をしない人は,次に何かをしようとするときに,その場に呼ばれなくなるのです。(p67)
 僕は誰かから突然,面白い話をしてほしいと言われたときに,三十分でも一時間でも話し続けられる自分でありたいと思っています。(中略)そこで思い切って何かやることには,想像以上の価値があるのです。(p69)
 ビジネスでは,いかに相手と深いつながりをもつかが重要です。どんなことにも一生懸命取り組むこと。プライドは自分の内面にとどめておくものです。(p70)
 練習をするのは保険のようなもので,不安を取り除くためです。失敗は命取りにはなりませんが,不安は命取りになります。完璧を目指すのではなく,やれることはすべてやったと思えるように練習してください。(p79)
 たいていの不安は,情報収集で解決するのです。(p81)
 人は完璧な人には票を入れたがらないのです。それより言葉を噛んだり,手もとが震えていたり,途中でセリフを忘れたりするところに共感します。わざとそうする必要はありませんが,そのほうが一生懸命さが伝わることは事実です。(p86)
 一度にたくさんの情報を提供するよりも短く伝えるほうが相手の感情に訴えることができるのです。(p87)
 質問に答えられないときの一番いい答えは「わかりません」です。いい答えが返せない時点で失格ではなく,相手は不測の事態にこちらがどう対応するかを見ていますから,誠実に対応すれば何も問題はありません。(p89)
 交渉するときは,自分の立場を主張するだけではうまくいゆきません。むしろ相手の立場をどれくらい理解できるかが大切です。そのためには相手側からの質問項目をできるだけたくさん考えてみてください。(p122)
 どんなにタフな交渉でもいつも相手の顔を立てるつもりでいます。(中略)交渉ごとでは主導権を握る必要はなくて,むしろ負けているくらいでいいのです。(中略)戦うことがムダだと思っているからです。勝ち負けにこだわると,小さなことが気になって仕事が前に進まなくなります。仕事とは,決して勝ち負けではありません。(p126)
 問題になるのは起きたことそのものではなく,向き合い方,切り抜け方です。(中略)だからまずは正直になりましょう。(中略)ビジネスパーソンに必要なのは,優秀さよりも勇敢さ,そして誠実さです。ミスしたとき「ミスしました」と報告できる勇敢さがあれば,なんとかなることがよくあります。(p131)
 トラブルで求められるのは我慢する力です。(中略)その場の感情に突き動かされてしまうと,事態はより悪化します。怒りの沸点は,七秒しか持たないと聞いたことがあります。だからどんなにカッとなっても七秒やり過ごすことができれば,あとは自然とおさまります。(p136)
 自分たちの思惑を前面に押し出そうとすると,どうしても近視眼的になります。それでは大局をつかむことができず,長い目で見るとあまりいい傾向とは言えません。一歩弾いたコミュニケーションを心がけていると,相手のことや仕事のことがよく見えます。(p158)
 ビジネスにおいては,全戦全勝もあまりいい傾向とは言えないでしょう。いいことには必ずマイナス面がついてきます。(中略)八勝七敗くらいがちょうどいいと思っています。(p158)
 観察は,商売を支えるヒントやアイデアになります。ただぼんやり眺めているだけでは仕事につながりません。コツは「なぜ」を素早くつかまえることです。(中略)自分が疑問に思って調べたことは,貴重な一次情報ですから,ずっと自分の中に残ります。それがアイデアの種です。(p161)
 僕は週に一,二回走ってますが,これは運動不足の解消のためというよりは,むしろ心のため。身体を動かして汗をかくという単純な礬水を続けることで,心が整うのです。(p166)
 くじけそうな気持ちを奮い立たせてくれるのは,自信です。自信とは,立派な自分にだけ宿るものではありません。どんな自分であってもいいのだと自分を信じることです。(p170)
 失敗は,ある意味では「おいしい」経験です。それで注目されたり,一発逆転のチャンスでもあります。人は順調な人生より失敗の多い人生に共感しますから,そういう意味でも悪いことではありません。優等生が成功するより,劣等生が成功するほうが,注目を集めます。
 そして失敗はとてもいいネタです。(中略)失敗しても怒られても,それをネタにして話をすれば,楽しんでくれる人はきっといます。(p171)
 マネジメント側にいる人間は,何があっても安定していないとダメです。自分の底を見せるようなことをしてはいけません。安定しているから,周囲は信頼してくれるのです。(p173)
 その人生に,足がすくんで前に進めないような緊張や世界が終わったかと思えるほどの落胆,何かを成し遂げたときに味わう世の中のすべてを味方につけたような喜びは,あるでしょうか。(中略)「ほどほど」とは成長を諦める言葉のように思えます。(p180)

2020年9月4日金曜日

2020.09.04 堀江貴文 『あり金は全部使え』

書名 あり金は全部使え
著者 堀江貴文
発行所 マガジンハウス
発行年月日 2019.06.20
価格(税別) 1,300円

● 金なんか親の仇だ,さっさと使ってしまえ,という内容の本ではない(いや,そういう内容なのか)。
 もうひとつ。お金の話しかしていないわけではない。むしろ,お金の話は本題に入るための釣り餌のようなもの。

● 以下に転載。
 真面目に働く勤勉さももちろん有用ではある。しかし,楽しみ方うや遊びを周りに提供する才能は,それと同じ価値どころか,今後はその価値をますます高めていくだろう。アリもキリギリスも,どちらも飢えず,幸せに暮らせるのが,本当に成熟した社会だ。僕たちは,もうその社会を生きている。古い寓話のメッセージを教訓にしていたら,蓄えの呪縛からは逃れられない。(p4)
 僕の得てきた体験は,いま同じ額のお金を投じたところで決して得ることはできない。(中略)貯金にとらわれ,お金の活力を死なせてはならない。(p25)
 うまくいくプロジェクトは,やりたいことの塊みたいなトップがいて,その周りに優秀なエンジニアや専門家が,大勢集まっている印象がある。いい意味で歯止めの効いていない,強い気持ちを持っている人間には,サポートに向いている技術者など器用な人たちが,自然に吸い寄せられていくということだ。リスクを察知して,行動にブレーキをかける人では,いけない。(p27)
 貸した金を「スッた」ストレスの大部分は,金を返してくれない事実よりも「金を踏み倒しても,こいつなら別にいい」という,相手から下に見られた屈辱感から生じているのだと思う。辛いことではあるけれども,忘れてしまうのが一番だ。(中略)勧進なのは借金を踏み倒した相手とは,きっぱり絶縁することだ。(中略)お金に対して誠実でない人間は,航行の邪魔になる。ためらわず削り落とそう。(p41)
 面白いことを片っ端からやっていくと,やりたいことが倍々に増えていく感覚だ。(中略)面白いことがない,という人は多い。それはシンプルに,感度が低いからだ。「やる」ことを重ねていない。「挑み」を実践していない。(中略)意欲の循環に入ろう。そうすれば自然に感度は磨かれ,ワクワクできることが,必ず現れる。(p48)
 これだけ言っても,実際に動きだす人は1%もいない。(中略)「やってみる」人はある意味,東大合格者以上の,狭き門をくぐったエリートだ。(p51)
 学びもいいけれど,遊びへの投資効果の方が,リターンがいいことに気づくだろう。(中略)学び続ける意志だけでは,人生は物足りない。遊び続ける欲望を,維持しよう。(p58)
 結婚して恋愛市場から降りたオヤジに,仕事のできる人は皆無だ。(中略)英会話スクールでも,英語講師と恋人になってしまうような人が,英語能力は高いのだ。(p59)
 始めるときの思いつきと,出会いによる。具体的なプランは,何もない。要は,ノリだ。(p64)
 テクノロジーは進んだのに,人々はコンサバティブなままだ。実利ではなく,生理的な感覚で嫌がっている。中古車は嫌だとか,古着を着たくない人と同じ心理だと思う。シェアエコノミーが急進しているこの時代に,デリケートすぎるのではないか。(p97)
 ビジネスの成功者はみんな,人づかいが巧みだ。プライドを捨て,できない自分をさらけだし,人の手を平気で借りられる。(中略)ビジネスマンとしてのスペックが低い経営者ほど,実は人を使うのが上手い。(p103)
 人を使うときは,要所だけ決めて,変にならない限り干渉せず,丸投げに徹する。それがうまく回っていけば,いい人材によって,自然に仕事の室は上がる。自分のやりたいことをやれる時間と機会が,加速度的に増えていくのだ。(p105)
 イギリスの研究によると,満員電車に乗っているストレスは,戦場の最前線の兵士が抱える精神的付加と,ほぼ同じなのだそうだ。(p108)
 電車に乗るいちばんのストレスは,仕事をする気が減退することだ。(中略)いろんな人が疲れ果てた顔で乗り合わせている,あの環境で仕事をこなす気持ちを維持するのは,かなり難しい。満員電車ならそもそも,スマホを見ることもできないだろう。(p109)
 現代ほどお金がジャブジャブ余っている時代は,珍しい。余りまくったせいで,お金の価値は下がっている。(中略)お金よりはるかに貴重な資産は時間だ。(p116)
 手柄を立てたい,褒められたいという動機で,行動してはいけない。お金と同様,手柄も幻想だ。そんなものは誰かにくれてしまえ。(p152)
 モノが欲しいというのは,その人にとって有益な情報が,モノに付与されていることの現れなのだ。(中略)欲しいモノは,欲しいときに買ってしまおう。優れた情報,または体験を得るチャンスを逃してはいけない。(p159)
 プライドの無い人は,モテる。それが真実である。(p169)
 「誰よりも優れたアイデア」ではなく,「誰よりも早くやってしまう」者が,成功をつかむのだ。(p173)
 金持ちを目指すというスタンスは,いま主流になりつつある評価経済社会では,ひどく損をする。(中略)そんなヤツはモテない。どんなビジネスを手がけようと,どんな発信をしようと,モテない。(中略)お金持ちなんで目指さず,「あいつと一緒にいたら何だか面白い!」と言われる,行動的な人生を選んでほしい。(p176)
 僕がSNSでゴルフに行きますと呟くと,たいてい「目標スコアはいくるですか?」と聞かれる。本気で鬱陶しい。(中略)目標なんかを決めたら,その数字を目標に,小さくまとまった,つまらないゴルフになってしまうだろう。(中略)僕の行動原理はシンプルだ。楽しみが減る選択はしない。(p191)