2018年4月30日月曜日

2018.04.30 浅見帆帆子 『わかった! 夢を実現するコツ』

書名 わかった! 夢を実現するコツ
著者 浅見帆帆子
発行所 廣済堂出版
発行年月日 2010.04.10
価格(税別) 1,200円

● また読んでしまったよ。ダメな側に属する人か,そうじゃない人か。それを測るメルクマールのひとつに,この種の本を読むか読まないか,を挙げてもいいかもしれない。
 ぼくは明らかにダメな側に属する人間。わかっていても読んでしまうんだから,いよいよダメな側の人間。

● と言いながら,いくつか転載。
 悪い直感のほうが現実になりやすいイメージがあるようですが,それは,悪い思いつきのほうが記憶に残りやすいからです。(p145)
 嫌な態度の人,対応の悪い人,ムッとさせられる人ばかりに出会うのは,今の自分の状態がそういう状態になっているからなのです。(p146)
 自分の本音に素直になるということは,夢を実現するときにも,精神レベルを上げるときにも,人生に幸せを感じる方法としても大事なことです。なぜなら,「本音に素直になる」というのは「直感を受け入れる」ということだからです。直感は,自分の考え方の枠の外からやって来る,新しい情報です。(p150)
 あなたがなにかを我慢していると,本来持っているエネルギーを奪われてしまいます。(p169)

2018.04.30 森 博嗣 『つぼみ茸ムース』

書名 つぼみ茸ムース
著者 森 博嗣
発行所 講談社文庫
発行年月日 2016.12.15
価格(税別) 530円

● 感想も何もない。圧倒される。
 すると,転載する分量がやたらに増える。恥ずかしいったらありゃしない。

● 以下に多すぎる転載。
 今時は,「食べやすい」「読みやすい」という軟食,軟読が好まれるようだけれど,内容まで「同意しやすい」ものを選んでいると,太鼓持ちに囲まれた殿様みたいに馬鹿になっていくだろう。(p3)
 「取返しがつかない」といった事態は,人生においてほとんどない。大部分のことはいつでも常に取り返せる。(p22)
 自分の気持ちを知ることって,そんなに簡単ではない,と僕は認識していて,少なくとも,僕は僕の気持ちをよくわからないまま生きているのだ。(p28)
 研究や開発に携わる職種は,いらいらしない人は向いていない。(p30)
 「教えてもらう」ことでは,その指導者を超えられない場合がほとんどである。(中略)一流になった人の多くは,教えてもらうことで一流にのし上がったのではない,という事実である。(中略)自分で考えるからこそ学べるし,そうしたプロセスだけが,一流を育てるのである。(p39)
 「強い意思」とは,揺らぎのない論理性のことだ。「意思」なんて言葉を使うからわかりにくくなってしまう。(p41)
 他者になにかを依頼する場合,金を取ってくれるプロにお願いする方が,善意だけでやってくれる人に頼むよりも信頼できる。(p48)
 小説の価値を理解している人が少ない。仕事としては,沢山売れればそれで良い。しかし,価値を認めてもらうには,わかる人に読んでもらいたい,と僕でさえ思うのである。(p53)
 人間は,本能的に,自分に歳が近いものに傾倒する。親よりも友達の影響を受けやすい。(p57)
 自分の夢に他者を巻き込むな,ということである。家族であっても,自分ではない,他者である。(p59)
 情報の選別は,関心があるものに向ければ良いけれど,しかし,得られた情報が好ましいか好ましくないかは,素直に受け止めるしかない。好ましくないからといって突っ返しては,自分にとって損失となる。情報の価値とは,そういうものなのだ。(p62)
 万人がネットに自分の言葉を流す時代になった。(中略)けれども,その大部分は,その人の言葉ではない。(中略)どんどん衰退するだろう。その原因は明らかで,オリジナリティがない,ということに尽きる。(p64)
 良い建築とは何かを一言で表現すると,それは価格の高いものだ。(中略)安くても工夫をすれば,というのは綺麗事であって,多くの条件は,良いものほど高い。(p67)
 カロリィのない食べものを食べるというのは,腹は膨れるがエネルギィは摂取できない,という不自然な行為を肉体に強いていることになるけれど,問題はないのだろうか。どこかで弊害が出そうに思われる。(p97)
 自分から遠い才能に触れることが,芸術の醍醐味である。自分に近いものだけにしか心を動かさないのは鈍感のやり方だ。(p105)
 ユーモアというのは,一言でいうと「発想の妙」なのである。この種のものに向いているのは,知識量ではない。知識も必要だが,なにかギャップがあるところへジャンプする発想力が不可欠な思考である。したがって,数学が得意な人が適している。(p116)
 感想を書いているつもりの人でも,(中略)なにも考えていないことがまるわかりの文章が大多数だ。なにも考えていないというのは,つまり「馬鹿」だという意味で,これは「感想」ではなく「馬鹿の反応」である。(p127)
 初期のインターネットは,宣伝がないのに無料だったのだ。だから画期的だった。誰も商売をしていない世界は素晴らしく清らかで自由だった。今は見る影もない。(p129)
 (神は細部に宿るの)「細部」というのは,構造的な細部であって,骨組みの接合部がすっきりと収まっているか,窓と壁の取付けが滑らかになっているのか,といったデザインであって,日本語で言うならば,「整合性」という表現が,僕は適当だと感じている。(p143)
 大多数の読者は,ネタばれを歓迎しているのだ。(中略)結果がわかっている方が,興味を引かれ,それを見る。(中略)確かめるために行くのだ。驚きたいのではない。(p145)
 卒業式や結婚式で女子や新婦が涙を零すのは,幼さだと解釈すれば赦せるだろう。でも,父親が泣くのは馬鹿だと思う。(p165)
 多くの商売は,言葉によって搾取するのが機能だ(p169)
 何故,もの凄く贅沢で自由な生活をしている人と,なにもできず苦しみや悲しみの毎日を送っている人がいるのだろうか,と考えると,自然というものの残酷さがわかる。放っておけば,自然になる。(p172)
 現在の子供べったりの親というのが,歴史的になかった特殊な状況といえる。(p175)
 僕はほとんど出かけないし,毎日同じことをしているので,これといって変化がない。でも,ブログは,そのまま変化のないことが書けてしまう。(中略)ブログが簡単なのは,ここに原因がある。同じことが書けるのだ。(p178)
 ユーチューバだって,今から目指すものではない。もうなっていないと駄目だ。その仕事に名称がつく以前に,それになっていることが,一番正しい「なり方」である。(p179)
 執筆中も,リアルタイムで文字数を表示させておいて,あとどれくらい書くか,そろそろこの章は終わりか,などと考えながら書く。文字数が出ていないと書けない,と思う。(p187)
 客と店員が和気藹々と話をしている店は,僕には「居心地が悪い空間」となる。(p194)
 先駆とは,自分と同じことをやっている他者がいない状態であるから,この楽しみを分かち合うことは無理だ。そういった孤独の楽しみこそ,僕は本当の幸せだと感じている。(p196)
 楽しいことを探している人は,楽しいことを見つけるし,つまらないことばかり見つけてしまう人は,つまらないことを探しているのである。(中略)苦しいことだって,大部分は自分で探しているのではないだろうか。(p204)
 残された時間は,未来にしかない。だから,もしやるなら,今日である。(中略)そして,一つだけ絶対的な法則がある。それは,「し始めなければ,できない」ということだ。(p207)
 僕は,自分の近くで亡くなった人の名も,そのうち忘れようと思っている。それは,あくまでも僕の問題であって,死者の問題ではない。僕が決めることである。(p215)
 科学というのは,分野というよりも,大勢で真理を追求していく枠組みのようなものだ。(中略)科学のせいで失われるものはない。科学が排除したのは,非科学的な迷信の類だけである。(p217)

2018年4月29日日曜日

2018.04.29 森 博嗣 『ツンドラモンスーン』

書名 ツンドラモンスーン
著者 森 博嗣
発行所 講談社文庫
発行年月日 2015.12.15
価格(税別) 530円

● 森博嗣さんの本を読むと,全部転載したくなる。そう感じていまうのは,たぶん何も読めていないからなんだと思う。
 読めていないんだから感想も何もあったものではない。そういう読み方をしてはいけない。もっと真面目にやれ,と神様に叱られても仕方がない。

● で,以下に多すぎる転載。
 自分から遠い方が「気づき」は大きいし,価値がある。それを受け入れる柔軟性をいつまでも持っていることが,「気づき」のコツなのである。(p23)
 観察を妨げるものは,「知ったつもり」である。「自分は知らない」と思い続けることが,「知る」ことの原動力になる。これが好奇心というものだ。(p25)
 感謝というのは,一時的に相手を持ち上げる気持ちだ。水が高いところから低いところへ流れるように,自分を低く位置づけると,あらゆるものが自分の方へ流れてくる。(p39)
 家族に見送られて死ぬのも,どこかで一人突然死ぬのも,どちらが良い死に方というわけでもない。ただ,切りが良いか悪いかだけの違いである。惨めな死に方というものはない,と僕は考えている。(p43)
 そういう人は,出来上がったものを展示することはあっても,工作の過程は見せない。そこで僕は気づいたのだ,「過程を見せることは恥ずかしい行為なのだ」と。(p53)
 金額と人間が感じる価値は,線形に比例していない。(中略)金は多くなるほどコストパフォーマンスが悪くなる。使った金額に見合った見返りがなくなるように社会ができている,といえる。自然に発生した累進課税みたいなものだ。(p54)
 たとえば,知識とか,人生の楽しみ方といったものは,それを持っている人と持たない人の差が著しい。(中略)貧乏でも知識人は多いし,また貧乏でも楽しく生きている人も多い。知識や楽しさのことを,多くの場合,「教養」というのだろう。僕がみた範囲では,収入の格差よりも,この教養の格差の方がずっと大きく,また,こちらこそ社会問題だと思う。(p55)
 歳を取って体力が衰え,いろいろな不自由がやってくる。そんな不安に怯えていてもしかたがない。それよりも,どんどん新しいものにチャレンジし続ける方が,きっと健康的だと思う。健康というのは,そういう意味なのではないだろうか。(p65)
 情報は無料だが,発想は有料,ということなのだ。(中略)あらゆる創作は,本来は有料である。無料にする場合があっても,それは特別なことであって,サービスだったり,宣伝だったり,なんらかの理由がある。(p90)
 物書きを仕事にする場合の基本は,相手が興味を示すものを出力する,ということである。自分自身を売り込むことではない。自分をどう見せようか,という点はどうでも良い。(p92)
 自分の夢,自分の人生のためには,ある程度の計画が必要で,明日や明後日のために今日は我慢をする,ということがなければ実現は覚束ない。毎日その日限りの楽しさに溺れていたら,ほとんど廃人になる。(中略)遊ぶのだって,だらだらと流されていたら,楽しくは遊べないということである。(p100)
 工事現場で働く職人さんたちは,けっして走ったりしない。ゆっくりと歩いている。慌てないし,一所懸命にはならない。たびたび休憩をする。そのペースが,結果的には最大の効果を上げるということなのである。(p103)
 人に見せることが楽しみだと勘違いしている場合は大変多い。自分だけで楽しさを独り占めできると,それに気づく。外に出さなくても良い。(p133)
 ローンを組むのは,金持ちではない。ローンを組ませる方が金持ちだ。だから,さらに格差が広がる。(p146)
 やる気のほとんどは「体調」だと思っている。したがって,体調を整えることに注意をしている。(p150)
 ものを制作する立場の人は,それを受け取る側の人に比べると,革新的でなければならない。新しいものを作る,今までにないものを目指す,といった気持ちが,ものを作ることの原点だからだ。(p158)
 (人に褒められることは)自分が自分を褒めることに比べたら,無視できるほど小さい喜びになる。自己満足の大きさというのは,そんなものではない。桁が違う。小さいときに一人遊びをしていない人の多くは,人に褒められる嬉しさに目を向けすぎていて,自分に褒められる嬉しさを見逃している。(p161)
 成功には努力か才能のいずれかが必要だ,とも思っていない。以前に,研究者に最も必要な素質は何か,という問いに,「何時間もコンピュータの前に座っていられること」と答えた。つまり,これがすべてだ。(p166)
 物事がどう変化するかを予測したいときには,とにかく観察をすることが第一なのだが,その観察は,知りたい場所だけでは充分ではない。ここを多くの人が認識していないみたいだ。(p172)
 一般に,天才と呼ばれる人は自由だ。しかし,そんな天才でも,なにか一つくらいは,なんとなく,意味もなく,ほんの縁起担ぎで採用しているものがあったりする。(中略)そういう部分に,素人は目を向けて,そこに天才の真髄を見たつもりになってしまい,「拘り」として語ったりする。(p180)
 動物もそうだし,自動車などもそうだが,サイドからみたシルエットが,最もフォルムを的確に表している場合が多い。(p183)
 犬は,大人にならない。巣立っていかない。ずっと子供だ。何匹か育てたが,どんなに厳しく躾けても,飼い主を信頼している。それは,食べものを与えるし,世話をしているからだ。褒めたり,煽てたりしているからではない。(p185)
 重さはまだだいたい誰にとっても重いものは重い。これが「面白さ」になると,人の意見などまったく参考にさえならなくなる。(p190)
 始めたときには難しかったものが,いつの間にか簡単になる。何故簡単になったのかといえば,「始めた」からなのだ。(p191)
 没個性というのは,個性的な人間にとっては簡単な切換えなのだ。(中略)一方,没個性の人が個性的に振る舞うことはほぼ不可能である。(p193)
 日本の組織では,配置換えが頻繁だ。(中略)すぐに交替することがわかっているから,仕事を最適化しない。(p194)
 配置換えは,長く続ければ仕事や環境に慣れるという人間の長所を台無しにしている。だんだん力を発揮するタイプには向かないシステムともいえる。(p195)
 小説を書く前に,関連するテーマのものを読むということは,僕の場合はない。取材をしたこともないし,資料を当たって調べることもない。だから,知っている範囲で想像して書く。創作なのだから,現実と違っていてもかまわない。自分の世界を描くのである。(p196)
 表に出さない文章は,洗練されたものになりにくい。(中略)この意味では,受け手の多い少ないはともかく,他者へ向けての発信は有意義だ。(中略)しかし,あまり簡単に出しすぎないことも,重要だと考える。(中略)すぐに外に出すと,自分に問う時間が短くなるし,あるときは,外部から回答を知らされる。同じ解決であっても,自分から出る解決の方が,自分の将来には有利に働く。ここが簡単に片づけられない部分なのだ。(p198)
 違う視点,違う立場,違う表現による情報を拾うことで,そこに述べられていることが,どうやら「今のところは正しそうだ」と判断される。この違う視点,違う立場,というのが重要なのだが,多くの場合,反対派の意見を集めようとしないから,結局,自分側も揺らいだままになる。(p205)
 感情に流され,「嫌だ」で決めてしまうと,結果的に大きな損失が待っていて,もっと嫌な目に遭うことになる。(p209)
 本を読む理由なんて,だいたい軽いものだし,ほとんどは「興味本位」なのではないだろうか。(p211)
 シンプルなものに憧れる指向も,結局はこの複雑さに対する反動だろう。単純なものは美しく,またあるときには力強い。数学であれば,それは正しい。しかし,現実の人間社会においては,そういった美しさ,力強さ,正しさを主張すれば,人と人が争い,戦争になり,命を奪い合うことにもつながる。そうならないようにするには,複雑なバランスを取るしかない。(p213)
 ものを考えるときにも,常に自ら反論することで,思考は深まる。(p213)

2018年4月22日日曜日

2018.04.22 森 博嗣 『つぼねのカトリーヌ』

書名 つぼねのカトリーヌ
著者 森 博嗣
発行所 講談社文庫
発行年月日 2014.12.12
価格(税別) 500円

● 著者は短文エッセイの名手でもある。諸々のトピックを捉えて,スラッと差しだす。著者の言うところを信ずれば(信じない理由はない),文章に苦吟することもない。
 短文エッセイだけではなく,ひとつのテーマについて1冊書くのも,好きかどうかは知らないけれども,得意。すでに何冊も出ている。
 ぼくは著者の小説は1冊も読んだことがないのだが,エッセイ(昔の作家は雑文と言っていた)はあらかた読んでいる。

● 気になるのはタイトル。言葉で考えないらしいのだが,どうしてこういうタイトルが出てくるのか。どういうタイトルにするかを,著者はかなり重視しているらしいのだが。
 ここで連想するのは,ゲッツ板谷さんの同じくエッセイ集のタイトルだ。「直感サバンナ」とか「情熱チャンジャリータ」とか「戦力外ポーク」とか「妄想シャーマンタンク」とか。

● 以下に多すぎる転載。
 人間の思考には,矛盾はつきものだし,矛盾なんて,そもそも小事だと考えている(p3)
 成長したあとは,もう成長戦略など基本的にありえない(p26)
 皇室の人はけっして人前では泣かない。それが,子供ではない大人の普通の嗜みだったのだ。(p28)
 何歳になっても「悩み多き年頃」であり続けることが,精神の成長を止めない唯一の方法ではないか。(p31)
 精確に作るというのは,器用な手の技術ではなく,修正すべき点を見つける目の精度が大半だといえる。(p33)
 ものを買うときは,出した金の価値が,買ったものの価値になる。安く買えば,安い価値と交換しただけのことだ。(中略)安くなるまで待てるということが,それほど欲しくない心理の表れである。だから,手に入れたときに満足できないのは当然だろう。(p34)
 そういう「そこそこの人生」というのは,もちろん悪くはない。悪くはないが,少なくとも「お得」ではない。(p35)
 どんな習慣も,絶対にやめられないというものは僕はないと思う。意志というものは,それくらいの力はある(薬物などは,この意志自体を破壊するものだ)。(p45)
 本当に大切なことは,「努力」にこそ価値があるという点であって,これは才能があってもなくても,まったく平等に授かることができる。(中略)最後はこの「人の評価」というものの差になるのである。そんなものは大した価値ではない,と思えるだけのしっかりとした自分がいれば,努力は楽しいものになる。それが信じられない人には,努力は虚しいものになる。(p50)
 嫌われる覚悟とは,他者に嫌われることの「普通さ」を知ることにほかならない。(中略)そんなことよりも,ずっとずっと大事なことは,自分に嫌われないことだ。自分の考えに対して誠実に行動すること,これは別の言葉にすると「自由」だ。(p60)
 自分の状態を知るには,なんらかの出力をするしかない。一番簡単なのは,なにかを作ってみることだ。(p69)
 僕は天才を何人も実際に知っている。(中略)どの天才も例外なく上品で,人当たりが優しく,とても良い人,常識人に見える。(中略)これに似たものに,「金持ち」がある。金持ちも,ドラマなどでは少し困った人間に描かれるが,実際にはまったくその逆である場合がほとんどだ。金持ちほど,相手に気を遣い,礼儀正しいし,偉そうな態度を絶対に見せない。(中略)つまり,天才は非常にバランスが取れているのである。人に突飛に見られる必要がそもそもない。(p78)
 高校生にもなって親が入学式に出席するなんて,僕には馬鹿げた行動としか思えない。行っても良いが,恥ずかしさを感じてほしい。(p80)
 僕は,自慢じゃないけれど,奇跡を信じたことは一度もない。そんな一か八かのことを真面目に信じるほどお人好しではない。確率が低いものは,起こりにくいのである。(中略)奇跡を信じるまえに,奇跡に縋らなければならない状況に陥らないことが大事だ。当たり前の道理である。(p92)
 自分ばかりにトラブルが降り掛かるのか,と嘆いている人が多いが,トラブルは誰にも常に降り掛かっている。ただ,それを想定しているかどうか,の違いにすぎない。(p97)
 死をたいそうなものに扱いすぎているのが現代の日本だと思う。(中略)子供は親が死んだら泣くだろう。それが「子供」だということである。大人になれば,自分の親を冷静に看取ることができるはずだし,それは薄情なのではなく,むしろ大人としての品格だと思う。(p103)
 こういうときに泣きたい人がいるみたいだが,それは泣くことが苦にならないからできるのだろう。泣くことは苦しいから,できない人もいる。苦しいと感じる人の方が,僕の定義では「優しい」ということだ。(p113)
 犯罪でもそうだし,戦争でもそうだ。しかたなくやっているように見えても,当事者はその瞬間は前向きだし,かなり楽しんでやっている。楽しまなければできないことなのかもしれない,と想像する。(p114)
 馬鹿なことをする人間は,馬鹿なのだからしかたがない。(中略)大きな馬鹿は警戒し,小さい馬鹿は許せば良い。(p115)
 レトロなものの形は,その当時の技術に支えられた最先端であって,現在の最新鋭の技術で作るべき形ではないからだ。したがって,自動車などでレトロなデザインのものは眉を顰めたくなる。偽物感が大いに漂っていて鼻につく。(p116)
 英語を話す人の多くは英語が書けない。スペルは,日本の漢字みたいに難しいものなのだ。(p131)
 若者たちは,自慢を素直に受け取り,こちらを注目してくれる。逆に,自虐的な謙遜をすると,素直に軽蔑されて,話を聞いてくれなくなるのだ。(中略)この傾向に気づいてから,自分がなした仕事については,きっちりと自慢をすることにした。(p135)
 頭が良いなと感じるのはどんなときか,というと,それは,なんらかのトラブルが起きたときの対処で一番わかる。(中略)広い発想を持つことは,やはり知識量ではない。これができる人間は,いつも人よりも多くの発想をする。これが,頭が良いな,と僕が思う能力である。いかに短時間に多くのもの,まったく道筋が違う可能性を思いつくか,という力である。(p138)
 勉強も仕事も,いうなればすべてが反応だ。問題や人間に対して,どう対応するか,である。それは,つまり自分が受け手であって,投げられたボールを受け,それを返す,という作業だ。しかし,重要なことは,誰がボールを投げるのか,である。反応ばかりしている人間は,自分からボールを投げられない。(中略)本を読んでそれについて書く,と決めている人は,反応しているだけだ。なにもないところから,今日あったことでもなく,今日聞いた話でもなく,なんとなく,こんなことを書いてみよう,と「思いつける」だろうか。それが,自分からボールを投げる,という意味だ。(p140)
 ところが,実際にはみんなが時間を大いに無駄にしている。混んでいるところへ出かけていって,わざわざ列に並んで待っていたりする。いつもより少し安いから,という理由だったりするのだ。(p144)
 ドイツを知りたかったら,ドイツに行くに限る,というわけではない。ドイツに一度も行かなくても,ドイツの通になれる。むしろ書物を精力的に調べる方が効率が良い。現地へ行くことは,ほんの一部を瞬間的に捉えるだけで,かえって誤解を生みやすい。(中略)現地を歩き回ってもわからなかったのに,地図を見ていて気づくことも多い。スケールによって見えるものと見えないものがある。(p151)
 景色を見て「綺麗だ」と感じるのは,その人の心であり,景色の特性ではない(p160)
 時間ぎりぎりで出来上がって,慌てて品物を届けにいく,といった仕事をしていると,いつまで経っても腕は上達しないだろう。(p176)
 揺るぎないものを構築するためには,過去へ遡って掘り返す作業がまず必要になる。その過程で,思いもしない歴史が現れたりする。(p189)
 のび太君は,ドラえもんに,「素晴らしいのび太を出して」と何故言わないのか。それは,素晴らしいものを望んでいるのではなく,駄目な自分のまま,素晴らしい体験だけを望んでいるからだ。これは,詐欺に引っ掛かる人の状況そのものである。(p203)
 僕のような素人が歴史を振り返って思うのは,宗教というものの原形は,「戦い」にあったのではないか,という点だ。生活を支える狩猟も一種の戦いだ。他部族との争いを繰り返し,そこで流れた血が神に捧げられるものだった。(p205)
 人間はそれ(意思)を自分が持っていることの違和感を処理するために,ほかにももっと大きな意思がある,と考えざるを得なかった。そうでないと,意思のやり場がなくなる。(p207)
 たぶん,僕は,「執着」していたのだ。そして,この執着があったから,僕は発する側の人間になれた,ということだと思う。(p213)
 一つわかっていることは,人間は誰も生き残れない,という事実である。人間が作った会社も社会も,いつまでも存続はできない。生まれ変わって,子孫に受け継がれても,受け継ぐものがいずれ薄まって,別のものになる。その子孫も,いつの日か,全滅するだろう。自然は,人工物よりもごちゃごちゃだ。人が頭で考えているような「理屈」のとおにには絶対にならない。それが,宇宙の法則だからである。(p215)
 会話というのは,相手の人間性を観察するには適しているが,意見交換やプロジェクトを進めるときなどには不向きだ。一番の問題は,テーマから外れた情報が多すぎること,話しているうちにテーマを見失うこと,人間性の観察をしていると,良い悪いではなく好き嫌いが判断に混ざること,そして,意見交換ではなく,敵か味方かといった立場の見極めに陥ること,などである。(p216)
 幸せというのは,死に近づいた者にしかわからない。最後の素晴らしい交換会で,幸せと死を取り替えっこするのだ。誰でも死を持っているから,この交換ができる。(p221)

2018年4月19日木曜日

2018.04.19 堀江貴文 『収監 僕が変えたかった近未来』

書名 収監 僕が変えたかった近未来
著者 堀江貴文
発行所 朝日新聞出版
発行年月日 2011.06.30
価格(税別) 1,300円

● “収監”というタイトルは,出版社側が付けたもの(だと思う)。証券取引法違反だかで著者が収監されることが決まったあとに,書かれたものだから。
 いくら堀江さんでも,さすがに不安で気持ちが揺れたろう。この連載が精神安定剤になったのかもしれないと思ってみる。

● 以下にいくつか転載。
 ブログはその仕組からか,過去の記事はあまり読まれない。(p59)
 選挙は,参加してみれば非常に面白いイベントなのだが,インサイダーにならないと面白さがなかなかわからない。(p61)
 いじめから解放されるために最も効果的な方法は世界の広さを知ることだ。(p66)
 これからの社会はインターネットなしでは成立しなくなるのは間違いない。そうなった場合に,インターネットの使い勝手に,ダークサイドも含めて通じている人とそうでない人の間には大きな差が付くことだろう。(p68)
 人は自分の知識の埒外にあることを極度に怖がる。しかし科学者はいつでも挑戦者である。新しい発見をしたら必ず実用化しようとするのだ。理解できないひとたちはそれを全力で止めようとする。しかし,結局は実用化されてしまう。(中略)歴史は必ず新しい技術の実現に向かう。(p79)
 パイロットの仕事は本来大きな付加価値があるものではない。(中略)最近の高度にハイテク化された機体の操縦は,車の運転のスキルとさほど変わらない。(p89)
 ここ最近,原稿を自宅以外の場所で書く機会が増えた。主に使用する機材は,iPhoneとそれにBluetoothという無線規格でつながれたワイヤレスキーボードだ。(p93)
 女性でも男性でも,もてないのは自分に自信がないからというケースがほとんどだ。(中略)自分に自信がなくてもハードルは下がっているはずなのだ。恋愛格差も金銭格差も,実は根は同じなのかもしれない。そう,コミュニケーション弱者が恋愛でも金銭でも割りを食って弱者化しているのだ。(p98)
 驚くほど多くの人たちが国にぶら下がって生きている。ぶら下がっているだけで新しい価値を生み出さない人たちが国の構造を悪くしているのだ。(p116)
 地方の疲弊を招いたのは東京一極集中が悪いのではなく,地方の東京化だ(p120)
 税金の徴収は非常に厳格で,国税局と見解が違っただけで重加算税を取られたり,下手をすると逮捕,起訴されて収監されてしまうリスクもある。それなのに,社会保障を受給する側は堂々と詐取をしている。(p152)
 ある病院の医師から,「おじいちゃん,おばあちゃんは触られに来るんだよ」という話を聞いた。高齢になると人に触られるという経験が減るのだそうだ。体を触ってもらい,人との触れあいを確かめるために大した用もないのに病院に来ているのだ。(p154)
 医師の倫理観の高さは他の職業とは比肩できないほどである。(p155)
 そもそも食事には時間も安全も,そしておいしさすら求めない時代になってきているのだ。(p167)
 三ツ星レストランの数も東京は世界一になったが,東京のレストラン関係者に言わせれば星の数はまだまだ少なすぎるくらいらしい。(p168)
 規制を緩和して風営法上の深夜の営業を認め,登録制にして登録料を徴収し財源にすればよい。そうすれば反社会的勢力の監視にもなるだろう。法律を酷しいまま放置しておくと当局の裁量を認めることになり,そこで利権が必ず発生するのだ。(p187)

2018年4月15日日曜日

2018.04.15 ひろゆき 『無敵の思考』

書名 無敵の思考
著者 ひろゆき
発行所 大和書房
発行年月日 2017.07.20
価格(税別) 1,300円

● 本書のテーマは幸せに生きるためにはどうするか。その方法論を具体的に述べていく。それをひと言に要約すると,合理的に生きることとなるだろうか。
 著者はケチというのではまったくないが,金銭感覚が鋭敏。それも著者の言葉でいうと合理的なだけ。
 
● 『ホリエモン×ひろゆき 「なんかヘンだよね」』では,次のように語っていた。
 僕,お金持ちの人がお金で手に入れた幸せって,まだ見たことがなくて。(p245)
 説得力がある。説得力の根拠は冷静に現実を見ているなと思えるところにある。説得力を外しても,この言い方にぼくら貧乏人は快哉を送りたくなる。

● 以下にいくつか転載。
 世界にはシステムがあって,そのシステムの下でロジック(論理)に従って人や物事が動いていく--。そういう考え方が僕にはあるので,自分自身,論理的に考えて論理的に結果を出すという生き方を実践しています。(p2)
 世の中には,お金があれば幸せになれると思っている人がいます。お金だけじゃなく,「能力があれば」「頑張り続けたら」「ポジティブ思考だったら」と,いろいろな思い込みをもって自分が今,不幸であることを悲観する人がいます。でも,これはかなりの部分が幻想であって,思考停止に近いと僕は思っています。(p2)
 生活を続けるお金,つまりランニングコストが高いと,そもそも,「仕事を辞める」という選択肢がなくなってしまいます。(p7)
 迷わないためのルールを決めるとストレスの少ない生活ができます。(p26)
 僕のまわりで成功している人に多いのが,「ホームレスになる覚悟がある」という考え方をする人です。(p32)
 今の時代,正しい情報があって正しい結論に至るというのは,合理的な考えができる人であれば誰でもできることです。(中略)スマホさえ持っていれば,基本的にみんなの情報量はたいして差がつきません。(中略)「これは情報ですよ」と明示されていないものの中から情報を抽出することくらいしか「人間としてやれること」はないわけです。(p37)
 「なんとなくあたりをつける」という能力を磨くには,観察しながら仮説を立てるということをするしかないと思います。(p41)
 情報が少ないときに限ると,「自分の頭で考える」ということが必ずしも正しいと思えないことがあります。「下手の考え休むに似たり」ということです。(p44)
 「年上の言うことは聞いておく」というのが僕の中のルールとしてあります。(p45)
 「先生」を付けて呼ぶことには,何のデメリットもないと気づいたんです。しかも,それで相手が気をよくします。(p46)
 お金があるかないかにかかわらず,幸せそうに生きていたり楽しそうだったりする人は,「根拠のない自信」を持っています。(中略)根拠がないのだから,拠って立つものもなくて,だからその自信は崩しようがありません。(p52)
 主導権を握る人は,「自信ありげにしゃべる人」です。(中略)「あれ,こいつ間違ってるな」と気づいている人もいるのですが,それでも自信を持っている人に対抗しようとしません。(p53)
 僕はどんな人でも相手のことをナメている部分が心のどこかにあります。それは,「しょせん,同じ人間じゃないか」という広い考えがあるからで,アメリカに留学したときに感じはじめたことです。(p56)
 幸せかどうかは,消費者のままかクリエーターになるか,ということでも分かれると僕は思っています。(中略)たとえば,「絵を描いて幸せ」や「写真を撮って幸せ」「文章を書いていて幸せ」などということです。(p62)
 これはそれで飯を喰えるほどのプロ級になるということではなくて,手慰みでいいからそうしたことを楽しんでみては,と言っているのだ。
 お金がなくては幸せになれないと思い込んでいる人は,それを買いにいくための時間と,そのためのお金の両方が必要です。そして,そのお金のために,「さらに働く」という時間も必要です。単に時間があれば幸せになれる人よりも,ものすごい量のコストがかかります。(p63)
 スマホだけを持っていてパソコンを持たない人というのは,おそらく人生で損をするだろうな,と僕は思っています。(中略)パソコンに慣れている人のほうが,モノづくりの活動はうまくできます。(p64)
 イヤな思いをずっと記憶し続ける人は,そのストレスをずっと感じ続けるわけです。(中略)記憶力がないことがとてもトクなのです。(p91)
 現役で大学に入れなかったので,1年間だけ浪人生活をしていたのですが,そうすると1年間,ほぼ夏休みみたいな生活を過ごすわけです。(中略)浪人時代も受験ギリギリまで勉強をしなくなります。(中略)その経験があると,「高校→大学→就職」というストレートな道にいる安心感というものが抜け落ちます。(p103)
 おしゃれだからモテるなんてことは,感覚的に20代半ばまでだと思う(p116)
 生活圏でその言語を聞いていると,誰でもいつのまにか話せてしまうという脳の仕組みを人間は持っているのです。(p127)
 たとえば,編み物を覚えるときに,編み方を全部覚えるよりも,「マフラーと作りたい」ということを先に決めて,そのために必要なことをやっていったほうが効率的です。(p129)
 そういった最悪シュミレーションをするのですが,おそらく多くの人はやらないことです。考えるのが面倒くさいというのがほとんどの理由だと思うのですが,考えておかなかったことで跡から慌てるほうが絶対に面倒くさい。(p135)
 国が貧しくなっていくと,お金持ちと貧乏人の差が大きくなります。(中略)「幸せとお金をリンクさせない」ということが,ここでも大事になってきます。(p146)
 たぶん,僕のまわりで今の僕と同じような生活レベルをしている人はいません。というのも,僕は今でも自動販売機でジュースを買いませんし,(中略)外食もしません。(p153)
 金銭感覚を保つためには,「買う瞬間に判断する」ということを徹底することです。まともな金銭感覚の人で家計簿をつけているという人は,ほとんどいません。(p154)
 「自分にごほうび!」とか言ってるやつは,だいたいバカだということになります。(中略)それをやった結果,別に給料が増えることはないでしょうから,ごほうびが発生するということは「損失」なわけです。(p156)
 すごいわかりやすいブランド品をゴチャゴチャ付けている人がいます。(中略)「私はセンスがありません。でもお金はあります」ということを主張しているように見えます。ファッションデザイナーの人は,ブランドのロゴが付いた服や靴を絶対に身に着けませんしね。(p160)
 身につけておいたほうがいいスキルが2つあるので最後に紹介しておきます。ひとつは,「料理がうまくなること」と,もうひとつは,「何でも食べられるようになること」です。どっちも大事ということではなく,どちらか一方だけでいいと思います。(p171)
 「ファミリー用のマンションを3000万円で買った」となっても,「もう少し都心のほうがいい」という欲は絶対に出てくるわけです。それを満たし続けた人とそうでない人で,得られるものの差はそこまでないような気がしています。(p177)
 1000万円のレクサスに乗りたいのであれば試乗してみればいいし,高い腕時計であればお店で腕に巻いてみればいい。そうすると,「ああ,だいたいこんな感じなのか」という知識が得られます。その体験をしないで,「いいな」と思っているだけなのは,実は何の意味もないことだと思います。(p177)
 スキルを手に入れるときに大事なのは,スキルそのものよりも,そのスキルを手に入れる能力のほうです。英語を話せることやプログラミングができることが大事なのではなく,英会話やプログラミングの体系的な知識をどのように手に入れるかがわかることのほうが大事なのです。(p192)
 最初に入った会社で超優秀だったりすると,資格をとるヒマなんてなくて,ずっと仕事をするはずです。資格をとっている時点で,重要な仕事をしていなかったり,車内で仕事ができない人という印象があるのではないかと疑いたくなるのです。(p195)

2018年4月14日土曜日

2018.04.14 岡田斗司夫 『「いいひと」戦略』

書名 「いいひと」戦略
著者 岡田斗司夫
発行所 マガジンハウス
発行年月日 2012.12.20
価格(税別) 1,500円

● 本書のキーワードは「評価経済社会」。前提にあるのは誰もがネット(SNS)を使うということ。SNSはプライバシーを自ら進んで公開するもの。したがって,ネット上では誰もが評価の対象になる。そこで「いいひと」戦略が活きてくる,と。
 ネットに対するリスペクトが基本にあるわけだ。その些細な例として著者があげているのが“食べログ”。今,“食べログ”がなかったら,どうやって行くべき店を特定するのか。かつてのように店構えを見て判断するしかない。それよりも“食べログ”を見て決める方が間違いがないではないか。

● このあたりが著者の価値観(?)に対する賛否が分かれるところだろう。“食べログ”なんぞよりも,店構えの方が雄弁だと思う人がいるはずだからだ。
 “食べログ”を書いた人と自分とでは,好みも年齢も違うだろうし,そもそも信頼できる味覚の持ち主かどうかはわからないではないか。それよりは自分の勘の方が信じるに足る。そう思う人が,少なくない数いると思う。

● そもそもがネットやSNSをそんなにリスペクトしていいのか。「ネットはバカと暇人のもの」ではなかったのか。SNSを怖いものとして捉えている人もいると思う。それが間違っていると言えるだろうか。
 評価されるのがイヤだからSNSは使わないというのは,怯懦なのか賢明なのか。

● 結局,ぼくには著者の見解を判定することができない。著者の十分の一もネットを使いこんでいないだろう。経験の絶対量が足りない。
 しかし,だ。「評価経済社会」といっても,ネット上で評価してもらえるところまで行ける人は少ないと思う。大半の人は,評価以前,誰の目にもとまらないで終わるのじゃなかろうか。
 というわけなので,SNSの裾野が広がるほど,ネットは貴族社会になる。貴族にあらずんば人にあらず。そういう状況になるのではないか。で,大半の人たちはネット上で広場の孤独をかこつことになる。

● ただし,著者の助言にしたがって,Twitterでフォローしてくれている人には,すべてフォローを返した。

● 以下にいくつか転載。
 「いっけん損に見える言動が,実は長期的には利得になる」 これが本書で述べている「いいひと戦略」です。(p7)
 現在では,今いる場所や夕食のメニューなど,情報価値がほとんどゼロの内容をつぶやくのは,違和感のない行動です。私たちは既に,ネットが登場する以前のように考え,行動することができなくなっています。(p17)
 モノや情報を提供する人と,それを受け取って利用する人。この両者が相互に評価し合うシステムが経済評価社会です。これまで評価する側だった私たちが,同時に評価される側になる日が,既にやってきているのです。(p19)
 アドバイスを素直に聞き入れられる人は,10人に1人いるかいないかでしょう。人の欠点を探したり,改良点を提案したり,悪口を言うのは,全て「イヤな人戦略」です。(p22)
 「心」の美しさや綺麗さなどではなく,人に親切にするという「行為」が自身の幸せを決めているのです。(p25)
 日本の景気が良くなったとしても,二度と広告なんかに使うことはないでしょう。お金で評価を買うことの効率の悪さに,みんな気づいてしまったから。(p41)
 スキルが高い人なんて,外注で充分です。(中略)本当に必要な人間は,周りの人の仕事の邪魔をせず,楽しく強力し合えるグッド・ネイチャード・パーソンというわけです。(p66)
 娯楽作品とうものはその時代その時代で失われつつある価値観をベースにしているものです(p108)
 相手の懐へもう一歩だけ踏み込んで,まず共感してあげる。改善点の提案はそのあとで充分。(p124)
 ブログやTwitterやFacebookといったメディアは,個人のプライベートな情報を映し出すものです。(中略)そして,この情報公開の波はもう止めることができません。プライベートな情報-実名や年齢や顔写真などを公開すればするほど,信頼できる人間に見えるようになるから。(p126)
 批評性は物事をいろんな観点から考えるうえで大切です。これがあるからこそ,私たちは思考を深め,進めることができる。でも,それを人に対してのべつまくなしに発揮してたらダメ。距離を置かれてしまいます。(p136)
 クローズドなコミュニティで集まっていると(中略)「伝える力」も失いやすくなります。(中略)だから,組織やコミュニティは常に外部に対して開かれていなければならない。「パブリック」な存在として外部の視線に晒されていなければならない。(p142)
 新人が入らない組織というのは,必ず時代に取り残されます。(p143)
 有名人のフォロー数とフォロワー数のバランスって極端ですよね。(中略)その戦略は,せっかく自分に興味を持ってくれた人を自ら手放してしまうようなものです。(中略)フォローされたら,とにかくフォロー返しする。これを原則にしましょう。(p149)
 私たちは「得られるもの」よりも「失うもの」に目を向けてしまいがちです。これは思考の癖のようなものですが,だから情報を公開することのリスクばかり考えてしまう。でも,「得られるもの」にも目を向ければ,そんなに怖いものではないことが分かります。(p152)
 学びは4つのプロセス--「理解する」「やってみる」「成果を得る」「教える」で完結します。(中略)とりわけ最終段階の「人に教える」という仕上げのプロセスで,学びは飛躍的に向上します。(P166)

2018年4月12日木曜日

2018.04.12 和田秀樹 『自分を変えるたった1つの習慣』

書名 自分を変えるたった1つの習慣
著者 和田秀樹
発行所 新講社
発行年月日 2017.01.25
価格(税別) 1,300円

● 「しなやかに生きる」が副題。

● 自分らしさ(と自分が考えるもの)やブレないことに囚われるな,ということか。過去(の自分)にも囚われないこと。
 日々新た,が大切。万事,泥縄がいいとまで言ってしまうと,言い過ぎになるか。

● 以下にいくつか転載。
 日本人の場合,たとえば大人になっても,どこの大学を出ているかを気にする人がいます。(中略)なぜそうなのかといえば,じつは,“人間,昔と今は同じ,一貫していてそう変わるものではない”という感覚がよその国の人びとより強いからかもしれません。(p4)
 たとえどんな過去であってもそれを引きずるのはメンタルヘルスによくない(p17)
 小さなきっかけとして,「今日は新しい一日」という考え方をまず試みてください。(中略)とにかく毎日が新しい一日なんだと考えることで,たとえ同じことを繰り返す日々になるとしても,嫌なことは引きずらないで済むからです。そこがスタートです。(p23)
 「ここで変えてしまったら自分らしさがなくなる」という不安も,昨日までの自分にこだわっているからですね。(p24)
 たとえ幸せな過去,輝いていた過去でも,それを引きずっていまに重ね合わせてはいけないのです。(中略)過去を懐かしめば,どうしてもいまが色あせてしまいます。(p37)
 今日は昨日の続き,明日もその続きという感覚で過ごしてしまえば,3年前のことでも昨日のことのように思い出してしまいます。(p37)
 「あのとき失敗しなければ」とか,「あそこで違う道を選んでいれば」といった後悔は,たいていの人の心の中にあるはずです。でもそれを引きずってしまうと,不幸や不運はいまも続いていることになります。(p41)
 自分を「こういう人間だから」と思う気持ちは,「みんなもそう思っているから」という心理が働くことで余計に強まってしまうことが多いのです。でもそれは錯覚かもしれません。(p49)
 老年医療の現場では,若いころに社会的に成功したり財産を作ったり名声を集めたりした患者さんにも会います。そういう人たちが老いて誰も訪ねてくる人がなかったり,家族や友人からも疎外されて孤独感を抱えているケースが案外,多いのです。つくづく,人間の幸せって何だろうなと考えさせられます。晩年の不幸というのは,結局はその人の人生が幸せではなかったということではないのか--そう気がついたときに,若いうちの成功を焦らない気持ちになりました。(p68)
 自分にとっては自分がすべてですから,自分の心が世界のすべてになってきます。(中略)すると,広くて大きなはずの世の中は小さくなったり薄れてきたりします。(中略)どんな悩みや不安につかまっているときでも,とにかく心を閉ざさないで周囲とふれ合うこと。広い世界に向けて自分の心を開くこと。それによって,沈みっぱなしで揺れることのなかった心が揺れ始めるからです。(p82)
 いちばん信念がなくて浮ついている態度は,周囲にどう思われるかを気にして,自分をそれに合わせてしまうことでしょう。(p100)
 明るい人にはやわらかさがあります。自分なりの考えや生き方,ものごとへの向き合い方は守るとしても,それに縛られることはありません。(中略)つまりしっかりしたアイデンティティを持ちながらも,そこから自由に抜け出すことができます。(p119)
 精神分析の分野では,(中略)高齢になってもなお,研究を続けた人は珍しくありません。人間の精神について学ぶのですから,肉体的な衰えはそれほど妨げにならないのでしょう。そいうった人たちに共通するのは「死ぬまで勉強」という考え方です。(中略)「死ぬまで勉強」というのは,死ぬまでもっと賢くなりたいと願うことですし,それは好奇心や知識欲を失わない,新しいことに挑戦し続ける,変わっていく自分であり続けるということでもあります。生き方としても,若々しいです。(p146)
 わたしは属事思考の人間です。「誰が言ったか」に重きを置く属人思考ではなく,「何を言ったか」を重視する人間です。「誰が言ったか」を重視してしまうと,乱暴な言い方をすれば話の内容はどうでもよくなります。(p157)
 わたしはいつも,世の中に絶対正しい答えなんかないと思っています。そのときそのときで,「こっちのほうが正しそうだ」と思った答を選んできました。(p169)
 人生でいちばん長くつき合うのは自分です。(中略)どうせつき合うなら,嫌いな人より好きなひとのほうがいいのですから,自分を好きにならないと損です。(中略)でも,どっちみちゆっくりです。(p178)

2018年4月6日金曜日

2018.04.06 出口治明 『ビジネスに効く最強の「読書」』

書名 ビジネスに効く最強の「読書」
著者 出口治明
発行所 日経BP社
発行年月日 2014.06.09
価格(税別) 1,400円

● 副題は「本当の教養が身につく108冊」。

● 「まえがき」に次のような記述が出てくる。
 今は,ベンチャー企業の経営に手いっぱいなので,平均すれば,週4~5冊を読むのがやっとです(昔は,その倍くらいは読んでいました)。寝る前の1時間本を読むことは,歯磨きと同じくらいの習慣になっています。活字中毒のきらいがあるので,新幹線や地下鉄で移動中も眠っていなければ,大体は本を読んでいます。読み始めるとすぐに没入してしまうタイプなので,今でも,週に1回ぐらいは地下鉄を乗り過ごしてしまいます。週末は予定がなければ,ほとんどの時間を読書に充てています。(p2)
 ちょっと待てや。経営に手いっぱいなのに,週4~5冊を読むって,おまえは人間か,と言いたくなるではないか。しかも,本書で紹介されている本は,いわゆる自己啓発系の無内容な本とは違うのだ。本格派だ。
 それを週4~5冊読むとは何ごとか。年間なら260冊だ。サラリーマン時代は年に500冊を超える本を読んでいたということだ。さて,そういう怪物が語ることが凡人の役に立つのだろうか。

● 本編にはこんな記述もある。
 しばし熟考して,頭を保有から貸借に切り替えました。ちょうどロンドンへの赴任が決まった時期(1992年)でした。社宅も引っ越さなければなりません。思い切って,蔵書はすべて古本屋さんに引き取ってもらいました。(中略)それからは近くの図書館で借り,図書館にない本に限って購入する,というパターンに変わって現在に至っています。(p83)
 そりゃそうだ。そうしないと家中が本で埋もれてしまう。家は家族の生活の場なのだ。本が占める面積は一定範囲に抑えないと,生活が破綻してしまう。ついでに,読み終えた本はどう処分しているのかも教えてほしい。

● 本の読み方については,次のように言っている。
 読書はスポーツと一緒です。(中略)ある程度読み応えのある本を読んで脳に負荷をかけなければ,「考える力」が鍛えられませんし,貴重な先人の経験も身につきません。(p51)
 学生時代に,恩師から次のように教わりました。「古典を読んで分からなければ,自分がアホやと思いなさい。現代に生きている人が書いた本を読んで分からなければ,著者がアホやと思いなさい。読むだけ時間の無駄です」と。(中略)私はどんな本でも最初の4~5ページをきちんと読んで,そこで面白くなければその本は捨てます。面白ければ一字一句,腹落ちするまで精読します。オールオアナッシングです。(p148)
 私は人の話を聴く場合でも原則としてメモは取らず,集中力を高めて頭の中に取り込むタイプなので,本に線を引いたり書き込んだりすることは全くありません。(p150)
● 以下にいくつか転載。
 「花には香り,本には毒を」,あるいは「偏見なき思想は香りなき花束である」。本についての箴言では,この二つがたまらなく好きです。(中略)読後に,毒素が体の奥深く沈殿して,時間をかけてゆっくりとその毒が体中に回ってくるような,そんな本が大好きです。(p1)
 私が個人的に尊敬している歴史的なリーダーは,紀元前6~5世紀に活躍したアカイメネス朝・第3代王のダレイオス1世大王と,13世紀に生きたモンゴル帝国・第5代皇帝のクビライが双璧です(p16)
 リーダーシップを学ぶ際,リーダーシップを抽象的に論じるよりは,生きた人間のケーススタディーを通じて具体的に学ぶ方が役に立つと私は思います。塩野(七生)さんの本(『ローマ人の物語 ユリウス・カエサル ルビコン以前』)は,カエサルについての総まとめに最適です。(p22)
 リーダーに必要なのは,たくましさなどといった表面的なイメージではなく,強い思いを持っていて絶対にそれを捨てないという内面の資質です。思いを捨てなければ望みはかなうのです。(p26)
 「経済指標はGDPだけじゃない,人々の幸福度を測る幸福指数の方が重要だ」などと言う人もいますが,幸福については,ともかくご飯代をサステイナブルに稼げるようになってから考えましょうと言いたいです。私はGDP派です。そもそも高齢化が進む中で,お金がなかったらセーフティーネットもつくれません。(p35)
 『韓非子』と『ブッデンブローク家の人びと』は高校生の時,『王書』は社会人になってから読みました。大学を出て日本生命に入社した時,『韓非子』の登場人物のいわばミニチャ版が会社の中にたくさんいることに気がつきました。(p37)
 仕事に悩んでいる時に心の支えとなるのは,どんなすごい人でも実はみんな悩んでいた,という当たり前の事実を知ることではないでしょうか。人の悩みのほとんどは,実は人間関係から生じます。(中略)それは古来変わっていないと思います。(p47)
 本当に仕事で悩んでいるエグゼクティブが軽いものを読んで癒されると思うのは大きな間違いです。悩みに匹敵するような,ずっしりと重いものを読まなければ,どだい解決にはなりません。(p49)
 人間の歴史を見ていると,世界を変えようと思って立ちあがった人の99%以上は失敗しています。「成功なんかするはずがない」というのが人生の真実です。その通りです。この事実をきちんと理解したうえで,自分の頭で考えて行動するのです。(中略)行動しなければ世界は一切変わらない。宝くじを買ったつもりでダメモトで自分も頑張ろうと思った人の中の1%以下の,たまたま成功した人が世界を変えてきた。それが人間の歴史です。(p54)
 世界政府ができると亡命先がなくなってしまうように,一元管理ほど人間にとって危険なものはないのかもしれませんね。(p79)
 人間は楽観論よりもむしろ悲観論を好むということに気づかれたのではないでしょうか。人間は必ず死ぬ運命にあるので,どうしても未来を悲観的に見たくなる動物なのかもしれません。(p80)
 女性は恐ろしいということかもしれませんね。誰かが言っていた言葉の受け売りですが,「地球上で最も太い神経を持っている男性の神経の太さは,地球上でもっともか弱い女性の神経の太さの半分にも満たない」。(中略)男って女性から見たら本当に甘っちょろい,精神的にも弱い動物かもしれません。(p94)
 政治とは,つまるところ税金の分配。税金の分配とは何かと言えば,公共財や公共サービスの提供です。であるならば,政治のベースにあるのは「公」であるはずです。(p110)
 最近,「支持する政党や政治家がいない場合は白票を投じよう」「選挙に行かないことも市民の一つの意思表示だ」などという人が増えています。自己満足のためならそれでもかまいませんが,今の政治制度の下では,選挙に行かないこと,あるいは白票を投じることは比較第一党に入れることと結果的には同じです。(中略)白票を入れととか棄権しろなどという一種の感傷主義からは早く脱却してほしいと思います。(p113)
 (エドマンド)バークは何を言おうとしたのか。私の理解では,バークは人間を本質的にものすごくアホな存在であると考えていたのだと思います。そのアホな人間がいくら理性で考えても,大したことは考えられない。だから理性万能主義ほど恐ろしいものはないのだ,と捉えていたようです。(p118)
 国際政治の底流には,表層的な情報を追っているだけでは絶対に分からない何ものかが横たわっています。ゆえに,国際関係における突発的な問題が起こった時,メディアの情報だけを追っていては何も本質が理解できません。(中略)これからの国際政治を考えるためにはマッキンダーとマハンぐらいは勉強しておかなければダメだよと教わりましたが,今でもこの教えは色あせていないと思います。(p142)
 「ふりをして」忙しくしてみることも情念にかんじがらめにされないで生きるコツかもしれません。ヒマだと人間はろくなことを考えませんから。(p172)
 「『済んだことに愚痴を言う』『人を羨ましいと思う』『人に褒めてもらいたいと思う』,人生を無駄にしたければ,この3つをたくさんどうぞ」という言葉がありますね。(p177)
 旅が楽しいのはなぜでしょうか。人間をホモ・モビリタスと呼ぶ人もいるぐらいで,人とは実は移動する動物なのです。(p182)

2018年4月5日木曜日

2018.04.05 茂木健一郎 『結果を出せる人になる! 「すぐやる脳」のつくり方』

書名 結果を出せる人になる! 「すぐやる脳」のつくり方
著者 茂木健一郎
発行所 学研プラス
発行年月日 2015.05.07
価格(税別) 1,300円

● 茂木さんのこれは自己啓発書といっていいんだろうね。本書を読む人のほとんどは「すぐやる脳」の持ち主ではないだろう。で,そういう人が本書を読んで「すぐやる脳」の持ち主になることは,おそらく絶無だろう。
 そこのところなんだよね。だからこそ,自己啓発書はいつの世でも売れる。効果がないから売れる。自己啓発書の効用とういのは,那辺にあるのかねぇ。

● と言いながら,自分はこういうものをたくさん読んでしまっているのだ。ぼくがやったことは単なる暇つぶしなんだろうか。
 さよう,然り。どうやら暇つぶしにしかならないようなのだ。で,これからもこの暇つぶしをやめられそうにないのだ。

● 以下にいくつか転載。
 「やろうと思っている,けれどもなかなか行動に移せない・・・・・・」と悩んでいる人は,決して「すぐやる」ことが苦手なわけではなく「脳の抑制の外し方」を知らないだけなのです。(中略)そこで大事なのが,あまり深く考えないことを習慣化することです。(p18)
 「二十四時間・仕事人間」の会社経営者が,あるとき“限界”を感じたというのです。最近体力が消耗して,どうにもやる気が起こらない。これは歳のせいだろうかと考えてみましたが,同年代でばりばり働いている経営者はたくさんいます。そこでその人たちを真似して,毎朝三十分早く起きてジョギングを始めてみると,驚くほど気力が続くようになったそうです。(p38)
 「脳の活動は抑制や制約により停滞する」と言いましたが,それはあくまで「他者からの制約」です。自分で自分に課す「自分からの制約」は,逆に脳のモチベーションを上げる行為となるのです。(p45)
 リスクを取らず現状に甘んじている人と,果敢にリスクを取って進化していける人の間に,これから深刻な階層ができ上がっていくと私は考えるのです。(中略)できるかどうかわからないけれど,まず,やってみようと決心する。今,その方向に道はないけれど,自分で道をつくってみる。(p48)
 チャンスは納得いかない,しんどい「無茶ぶり」としてあなたのもとにやってきます。それを受け入れられるかどうか。そこにあなたの成功がかかっているのです。(p52)
 リスクを取るということは,いたずらに危険を冒すということではありません。あらかじめ最悪の状況を考え,不安を取り除いておくことも,リスクテイクの大きな条件です。それにより,人間の実行力は大幅に強化されるのです。(p61)
 大きなことを成し遂げた人が,一般にネガティブとされるキャラクターだったという事例は,結構多いのです。そう考えれば自分のことを「ネガティブでリスクを取れない人」と決めつけてしまうのは,いささかもったいない行為です。(p68)
 行動力のある人とない人の一番の差とは,いったい何なのでしょうか。それは自己評価が高いかどうか,つまり自分に自信があるかどうかではないかと思います。(p71)
 ひと昔前なら,ベンチャーで成功して大金持ちになれば,高級車を乗り回し,高級スーツを身にまとっていたものです。けれども裏を返せば,それらは保守化に向かった行為ととらえることもできます。(中略)しかし,本当の意味で成功している起業家というのは,どんなにお金持ちになっても,一生ロックンロールな「芯の強さ」を持っています。(p79)
 人工知能でも難しいこと。それはクリエイティブな能力です。わかりやすい例で言えば雑談です。(p96)
 どうやって感性を磨けばいいのか。実はそれほど難しいことではありません。とにかく「好き嫌いを大切にする」ということです。特に,「嫌い」よりもまずは「好き」という感覚を磨いてみてください。(中略)逆を言えば,「基準が自分の中にない人」「世間に流されてしまう人」というのは,やはりクリエイティブな感覚を磨くことが難しい人だと言えるでしょう。(p102)
 クリエイティブの“本質”とは何でしょうか? それは絵が描けることでも,音楽を奏でられることでもありません。それを一言で言うならば,「様々な制約をクリアしながら新しいものをつくり上げること」でしょう。そうしたクリエイティブな作業に求められること,それは「締め切りをつくること」です。締め切りという制約をつくることなしには,クリエイティブという作業は成立しません。(p105)
 もっとも大事なことは,世間の常識や他人の評価を気にせず,まずは自分の中でその小さな成功が起こったときにちゃんと喜ぶということです。(中略)ここで一番いけないことは,「こんなのたいしたことない」「自分なんてしょせん,こんなレベルだ」と,小さな成功に罪悪感を持ってしまうことです。(p131)
 脳は,抑制を外してあげれば,あとは勝手に動いてくれるものです。(p133)
 マラソンの世界では,三十キロを過ぎてからスピードのピークを設定しろと言われています。最初からペースを上げすぎてしまうと,後でへばってしまうのです。これは人生全般に言えることでしょう。(中略)そのようにならないための秘訣とは,「他人を見ないこと」です。(p141)
 周りから「あの人はいつも頑張っている」と思われている人は,実は「頑張る」のペース配分がうまい人です。すなわち,ここぞというときに一気に集中できるだけの余力を残している人だということです。(p149)
 仕事をバリバリやっている人や勉強を頑張っている人は,実は普段から仕事や勉強について深く考えていませんし,また考えないようにしています。なぜなら,いちいちひとづずつ深く考えていては,体が持たないからです。(p151)
 今この本を読んでいる自分からスーッと抜け出して,自分の横に立っているというようにイメージしてみてください。そして自分を注視して,何を感じているのか観察してみてください。(p162)
 自分の作業を続けていて学生が急に話しかけてきたとしても,その一秒後には学生との話に切り替えるよう心がけています。そういった脳の対応力というのが「すぐやる脳」には必要不可欠なのです。(p171)
 人は共感を求めるとき,どうしても自分と似たような人に目がいってしまいがちです。けれども利他的な発想を考えた場合には,いかにして自分と違う人の立場に立てるかがポイントになります。自分と同じ境遇の人のことばかりを考えていれば,その範囲のことだけに脳の回路が定められてしまいます。(p183)
 自分の仕事に誇りを持って成功している人たちの共通点。それは他人を喜ばせるのがすごく好きなことです。その誰もが「サプライズ脳」とでも言うべき,思いもよらないユニークな発想に満ちた脳の持ち主なのです。(p185)
 必要なときに最低限の努力だけをして,無駄なことに一切手をつけず,省エネ人生を生きる人は,歳を重ねるにつれてどうしても伸び悩む傾向にあります。(p193)
 どんな些細な仕事でもベストを尽くして行動する。なぜなら,人間の脳というのは行動することでしか鍛えることができないのですから。(p201)

2018年4月3日火曜日

2018.04.03 渡辺和子 『愛と励ましの言葉366日』

書名 愛と励ましの言葉366日
著者 渡辺和子
発行所 PHP
発行年月日 2004.06.02
価格(税別) 1,200円

● 著者のこれまでの著作のアンソロジー。

● アンソロジーから転載するのもどんなものかと思うんだけども,いくつかを転記しておく。
 自分が自分らしくなるためには,まず自分で自分を「肯定する」ことがたいせつです。「こんな私でもこれはほかならない私だ」と,肯うことです。(p2)
 光を見る時に,影の部分があることに気付く人でありたい。傑作を見る時に,それが生まれるまでに存在してに違いない駄作へのいたわりを持つ人でありたい。(p7)
 自分の生活を大切にしたいなら,相手を許さないといけない。許すことによって,自分が相手の束縛から解放されるからである。(p8)
 愛というのは力であって,使えば使うほど溢れてくる。(p34)
 相手をレディーに育てたいなら,レディーとして接しなさいという金言があるが,なってほしい相手の姿,つまり信頼に値する姿は,当方の信頼によってのみ実現できる(p52)
 「生きる力」は,生きる悦びからしか得られない。そして生きる悦びは,自分自身である悦びなしに味わうことはできないのだ。(p91)
 愛するということは,たいせつにするということである。ていねいに生きるということと深くかかわっている。(p103)
 他人に勝つことよりたいせつなことは自分に打ち克つことであり,他人を指図することよりもたいせつなことは,自分を自分が思うように動かせるということです。(p105)