著者 中川淳一郎
発行所 毎日新聞出版
発行年月日 2016.06.30
価格(税別) 1,100円
● 「ウェブはバカと暇人のもの」と喝破した中川さんのエッセイというか,半生記。
誠実にネットと向き合ってきて,「Web2.0」に期待感を抱いたものの,バカと暇人に振り回され,ネットで飯を喰っていくにはどうすればいいかを考えに考え,経験則として固めていく。
本書にはその実践知が惜しみなく公開されている。
● ただし,知名度も富も名誉も役職も才能も持ち合わせていない,ぼくら一般人は,あまりこの実践知に囚われなくてもいいと思う。
書きたいことを書いたところで,どうせ誰も読みはしない。ブログやSNSが普及するとはそういうことであって,流れゆく大河にコップ1杯の水を加えたところで,別に何も変わらないのと同じだ。
感情的になって罵詈雑言を撒き散らすことは避けなければならないが,それ以外は好きにやればいいのじゃないか。
つまり,ウェブは自分のために利用すればいいのだと思う。ネットに寄り添うのではなくて,ネットを自分に引きつけて,自分に役立つように使う。それが著者の提言でもあるようだ。
● SNSにしても,コミュニケーションという意識ははずした方がいいのではないかと思っている。公開日記のようなものだと考えたらどうか。どうせ誰も読まないのではあるけれども,ひょっとしたら読んでくれる人がいるかもしれない。それを頼みにして,自分のログを残すということだ。
自分一個で完結する日記よりも,公開日記の方が継続するのは容易だろう。ひょっとしたらという頼みがあるからだ。
● 逆にいうと,Facebookを始めて友だちが増えないと悩んだり,Twitterでフォロワーが増えないと悩んだりするくらいなら,そんなものはやらない方が賢い。
いわゆるオピニオンリーダーと目される人たちをフォローしたところで,さほどに益するところはないような気がする。彼(彼女)の著書を読んだ方がずっと効率がいい(ただし,何ごとにも例外はある。ぼくは成毛眞さんをフォローするためだけにFacebookを使っている)。
● 以下にいくつか転載。
2000年10月,私は300時間の残業をし,もう耐えられなくなって会社を辞めることを決める。結局,サラリーマンの仕事というものは、自分より立場が上の人を出世させることにあるんだと悟り,そんな人生をこれから定年まで33年間も送りたくないと考えたのだ。(p63)
この時私はネットを主戦場とする人々に対し,若干の違和感を抱いたことはここで告白しておく。というのも,ネットで活動する人は「身元バレ」を極端に恐れているからである。(p89)
「ネットの側にすり寄る」姿勢を見せることで,支持を集められることはわかった。それは,「匿名容認」「マスコミ批判」「ネット・一般人の意見礼賛」という三つの軸を守るということである。ネットではこの三つを守っておけば批判はされない。(p126)
元々アメーバニュースは過激でバカなネタを扱う方針だったのだが,この方針はあっけなく取り下げられることとなる。というのも,ネットという空間はあまりにも言論活動の場として不自由だからだ。何かを書けば何も関係のない人からクレームがやってくるし,エゴサーチにより,関係者に書いたことがすぐバレてしまうのである。(p131)
カスタマーサポートは編集者である私の番号を問い合わせした人に伝えていた。だが,これは失敗だった・・・・・・。結局はヒマで罵倒をしたいだけのバカからの抗議だらけなのである。某航空会社のキャビンアテンダントの新しい制服を紹介したら,「私はこの会社に落ちたので,こんな記事を見せられて傷ついた」と言われたりする。(p132)
そこで私は一つの定理を獲得する。それは「誰もが知っている『あの人は今』的な記事はアクセスを稼ぐ」ということである。(中略)要するに,最旬のネタを追うのではなく,今でこそマイナーではあるものの,多くの人が知っているような話題をひたすら出し続ければ,アクセスは稼げ,それで広告費をも稼げることを理解したのである。(p136)
この時に感じたのは,結局組織力を持つ新聞社や通信社に敵うワケがないな,という無力感だった。というのも,ライターが書いたものを確認するのは私だけ。(中略)人手が足りないからである。(p152)
私は再び若干の無力感を抱き始めていた。というのも,一応はニュースサイトを始めた時は「Web2.0」に期待をしていたわけだし,ついに一般の人々がマスメディアと対等にモノを言えると思っていたのに,結局圧倒的なアクセスを稼ぐブログはテレビ出身の有名人だらけなのだから。(p153)
芸能人の参入により,「難しいことなんて考えたくないよぉ~」的な若者たちがネットの書き込みのかなりの部分を占めるようになっていくのである。(p155)
「えっ? 編集長の許可とかはいらないんですか?」「僕が読みたい本が出版される本です。中川さんはもう書いてください」 当時柿内さんは28歳だったが,この年齢でここまで言えるとは徹底的にカッコイイではないか,この時私は35歳だった。(p171)
ネットは便利なツールとして使用すべし。ネットに人生を引きずられるな,といった考えはこの頃すでに強固になっていた。(p185)
この席で津田さんからは一つの提案があった。「中川君さぁ,ツイッターは実名でやった方がいいんじゃないの?」(p191)
当時私はIT関連の本を読み,いかにその本が理想論だらけかといったことをブログに書いていた。実にアホである。なんでそんなことをやっていたのか,一言でいえば承認欲求が満たされていなかったため,突っ張って注目を浴びたかったのだと思う。(p209)
(東日本大震災の際のTwitter礼賛について)個人的には「ネットがあったから庶民に力が与えられた」という結論ありきの美談を作り上げたい人がいて,そのストーリーに多くの人が酔いしれた,というのが現実主義者である私の見立てである。(p214)
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