2019年4月21日日曜日

2019.04.21 渡部昇一 『終生 知的生活の方法』

書名 終生 知的生活の方法
著者 渡部昇一
発行所 扶桑社新書
発行年月日 2018.11.01
価格(税別) 850円

● サラッと読める。ということは,情報量はそんなに多くない。要は惚けないで長生きするための方策如何ということなんだけど,はたして方策が効くのかどうか。75歳を過ぎた自分がどうあるかは,人為を超えた神のみぞ知るの領域かもしれないね。

● 以下に転載。
 家庭での主人は,理屈より行動の人でした。(p5)
 主人はよく言っていました。「世間のご夫婦は,喧嘩すると納得するまでやってしまうからいけない」と。(p8)
 人間というものは究極的に何であるか,自分とは何であるかと考えると,私は,「自分とは記憶である」と思うのです。(p29)
 子供は小さい頃から育てて,かわいかった記憶があります。この記憶のために遺産を残したくなるのです。よく考えると,ばかばかしくなってしまいます。(p30)
 人文系は記憶さえ失わなければ,年をとるほど有利です。なんといっても読んだ本の数は,二十代のどんな秀才よりも何倍もあります。(p31)
 私は,騒音に対して敏感でなければ,知的ではないと考えています。(p57)
 パソコンやインターネットは情報を集めるには便利ですが,情報を集めるのと自分の頭の中身をつくるのとは,また別物です。(p70)
 谷沢先生は,雑本のようなもののほうが意外に正直なことを書き,堂々たるもののほうが案外ウソを書いていることがあるという発見をします。(p72)
 今は,インターネットでどんな知識も網羅的に集めることができます。でも,インターネットでは補えない分野が,実は一番核心的ではないかと思うのです。(p76)
 人生論は,英雄伝と似ているところがあると思います。英雄伝は,必ずしも英雄が書かなくてもいいのです。(p101)
 奥さんも現役の亭主と一緒に行っているから嬉しいのです。多くの場合,退職後の亭主と初めて外国まで出かけても,なんてつまらないことかとがっかりするのがオチです。足腰が達者で,外国の食事がおいしい時に行かなければダメです。(p107)
 体がやわらかいというのは,若さです。死後硬直といいますが,死ねば体は硬くなります。赤ちゃんはフニャフニャです。人間の老化は,体がだんだん硬くなるプロセスと考えてもいいわけです。(p123)
 眠りのために一番いいのは疲れることです。夜,散歩をすればすぐ眠れます。疲れないで寝ようというのは無理です。(p129)
 普通の農村でも,朝起きるとすぐに農作業をやって,一仕事してから朝食をとっていました。ですから,都市に住んでいて肉体労働もしない人が朝食を重視したら,ちょっとまずいという気がします。(p131)
 朝起きて大きな声を出すのがいいということは,作家の寺内大吉さんに聞きました。寺内さんは,浄土宗のナンバーワンかツーの方です。「なまぐさ坊主は早く死ぬ,いい坊さんはそう早く死ぬわけはない」という説でした。なぜなら,真面目な坊さんは早く起きて,大きい声でお経を上げる。(p136)
 カネというのは,持つにすれて利口になるという傾向があります。だから結局,失われた二十数年の出来事を見ても,日本はみんなアメリカの金持ちにはぎ取られた感じです。(p145)
 「恒産なければ恒心なし」で,大きな財産を持っている日本人がいなくなると,みんな小物になってしまいます。それが怖いのです。「美田が悪」という考え方は,西郷隆盛級の革命機の英雄以外は有害と考えてよいのではないでしょうか。(p147)
 その文章の中にあった「豊臣秀吉の偉いところは,その一生に恐怖感がなかったことだ」という一説を読み,子供ながら,事に当たって恐怖感を持たないということは重要だなと感心し,以来,「事に当たって恐るるなかれ」という言葉を繰り返し自分に言い聞かせてきました。(p162)
 私は自分の子供の教育にカネをかけました。トータルでは大学の退職金の十倍もの金額です。もちろん,それは借金で賄いました。ですから,定年近くまで銀行には億もの借金がありました。しかし,そのおかげでうちの子供は好きな道で生計を立てるに至っていますから,もって瞑すべしです。(p167)
 今までの日本は能力差別がむしろ忌避される社会でしたが,グローバル化の時代はいや応なしに,能力差別をしないと不正とみなされるアメリカ型に向かっています。われわれはそのことを知って腹をくくらなければいけません。(p170)
 定年定職する人は能力差別ができない社会にいるから定年になるのであって,能力がまさ十分にある人は,無能力者に合わせて犠牲になっているといえましょう。(p171)
 ライフ・スタイルの古風さは頭脳の硬化とは別物です。(p177)
 中高年になって死後を保障するような人生観を与えてくれる主教を信じることができれば,その人は非常に幸せだと思います。(p192)
 死後の世界においては,霊魂はその人の達し得た最高の発達段階にとどまるとされています。(中略)となると,死ぬまでおのれを高める自己修養の努力をしたほうがいいということになります。(p199)

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