2018年8月22日水曜日

2018.08.22 pha 『ひきこもらない』

書名 ひきこもらない
著者 pha
発行所 幻冬舎
発行年月日 2017.06.20
価格(税別) 1,200円

● いつもやっていることを別の場所でやるのがいいのだから,旅に出たからといって,そこでしかできないことをやろうとしなくていい。ビジネスホテルはどこも画一的なのがいい。など,自分の感性との共通点を感じた。
 決定的に違うのは,ぼくは毎日のルーティンを我慢できること。著者はそうではない。

● 以下に転載。
 僕は昔から一般的な家や家族という概念に対して閉塞感を覚えてしまって苦手なところがある。メンバーが少数で固定している「家」よりも流動的にいろんな人が出入りしている「場」のほうが好きだ。家なんて自分の寝る場所だけあればいい。(p16)
 今の家に引っ越してきて一番初めに調べたことは近くの店で半額シールが貼られ始める時間帯だった。これは貧乏人が都会で生きていくための基礎知識だと思う。(p20)
 僕は人間の様子を一方的に見ているのは好きだけど,人間と会話をするのはあまり好きじゃない。(p21)
 コミュニケーションでも文字によるもの(チャットやメールなど)ならまだ比較的負担が少ないのだけど,音声による会話は消耗が激しい。(中略)人間はなんでこんな伝達手段を生み出したのだろうか。(p22)
 店に行くときはチェーン店がいい。チェーン店の店員はマニュアル以外の余計なことを話さない。(p23)
 僕は回転寿司でレーンに流れていないものを直接注文することはほとんどしない。発声するのがしんどいのもあるし,そもそも何を食べたいかを考えるのが面倒だというのもある。(中略)回転寿司だと,なんの選択も決定もしないままで,とりあえず席に座ってしまえば自動的に食事が始まるのがよいのだ。(p25)
 食事のときくらいは人とのコミュニケーションから解放されたい。(p27)
 この「場所にアイデア・エナジーがたまる」という考え方が好きなので真似をしているところがある。人間は周りの環境の影響をとても受けやすい生き物だから,自分がいる環境によって考えることが変わってくる。一つの場所にずっといると考え方が固まって視野が狭くなるし,別の場所に移動するだけで違う発想が生まれてきたりする。(p31)
 漫画喫茶は僕にとって,心のMP(マジックポイント)を回復してくれる魔法のほこらだ。現実の人生のややこしさを忘れて漫画の世界に浸ると心が安らぐ。大量の絵と物語を目から流し込んで脳をじゃぶじゃぶ洗濯するようなイメージだ。(p37)
 一度読んだ漫画をもう一度読むのも頭にあまり負荷がかからないのでよい。年を取ると昔よんだものをどんどん忘れていくので便利だ。(p38)
 旅行中の宿として漫画喫茶に泊まるのも好きだ。2000年前後くらいからだったと思うけど,漫画喫茶(ネットカフェも大体同じ)が宿泊場所として使えるようになったときは衝撃的だった。(中略)数万冊の漫画が所蔵された静かな閉じられた空間。ここで朝まで9時間滞在できて2000円なんて天国だと思う。(p38)
 僕はコーヒーとチョコレートが大好きだったのだけど,一切摂るのをやめた。ちょっとつらいがしかたない。(中略)一番初めに気づいた効果は,心がなんだか穏やかになっているということだ。(中略)カフェインを抜いたら昼寝がスッとできるようになったのにも感動した。(中略)それまでたまに吸っていたタバコも,カフェインを抜いたら全く吸いたくなくなった。(p44)
 カフェや喫茶店が本当に売っているのは時間と空間なのに,それがコーヒーやお茶などの飲み物の提供と結びついているのはよく考えると不思議なことだ。その結びつきには特に必然性がない気がする。(p48)
 旅というのは非日常,計画の外を求めてするものなのに,その旅をきちんと計画を立ててするというのは,ちょっと衝動を社会に飼いならされすぎじゃないか? そんなに自分をうまく管理できるならそもそも旅になんか出なくていいのでは?(p64)
 旅先でも一切特別なことはしない。観光名所なんか一人で行ってもつまらない。景色なんて見ても2分で飽きる。食事も一人のときはできるだけ短時間ですませたい性格なので,土地の名物などは食べず,旅先でも普通に吉野家の牛丼とかを食べている。(p65)
 いる場所を変えるだけで考えることは変わる。特に家からの距離が重要で,同じように見える街でも家から1時間の場所と3時間の場所と6時間の場所にいるのでは気分が違ってくる。物理的に遠くに離れれば離れるほど,普段自分が属している世界を客観視しやすくなるのだ。(p66)
 地方では大体なんでも,値段は東京と同じか少し安いくらいで,部屋や敷地は2倍くらい広くて,お客さんの数は2分の1くらいだったりする。結果として,東京より地方のほうが同じ値段での快適度が3倍から4倍くらいある。(p93)
 僕は旅の中で移動中が一番楽しいというか,目的地に早く着いちゃうともったいないような感じがあって,移動が長いのはあまり苦にならない。(p117)
 普段都会に住んでいると意識しないけど,日本は本当に山と海と田んぼばっかりの国だ。(p119)
 宿を探すにはある程度大きな街に行く必要がある。安く一夜を過ごせるネットカフェやサウナやカプセルホテルは,ある程度以上の繁華街にしかない。(p120)
 ホテルというのは日によって値段が変わるものだけど,日曜が一番安いことが多い。平日は出張の人が泊まるし,週末は休日に出かける人が泊まる。そのどちらも来なくて空いているのが日曜の夜だからだ。(p121)
 ビジネスホテルのあの,とりあえず生活に必要なものは一通り揃っているけれど,全部高級ではなく安っぽくて,部屋も狭くて,でもそれなりに清潔感だけはある,という最低限かつ機能的な感じが好きだ。(p122)
 ビジネスホテルはどこに泊まっても画一的で同じような部屋なのもいい。(p122)
 見てるものは同じはずなのにいつもと違う場所で見るインターネットはなんであんなに楽しいんだろうか。(p123)
 「ずっとひきこもっていたい」と「ずっと家にいると飽きる」という矛盾した欲求を両方満たすのが,「一人でビジネスホテルにひきこもって普段と変わらない生活をする」なのだと思う。(p124)
 ビジネスホテルに泊まるのは好きだけど,同じ部屋に続けて2泊したいとはあまり思わない。せっかく日常から逃れて新しい場所に来たのに,2泊目に突入するともう部屋の新鮮さが腐り始めて,空間が日常に侵されていく気がするからだ。(p124)
 歩くことには何か考えを促進するものがあるのだろう。体が止まった状態で考えるよりも体を動かして意識に流れを作ってやったほうがポッとよい発想が湧いてくる。(p145)
 外をふらふら歩くことが生活の中心としてあるので,思うように歩けないときは不調になる。(中略)普段立ち止まらない場所で立ち止まってみたり,普段上を見ないところで上を見てみたりするだけで新しい世界が見えてくるので楽しい。(p146)
 知らない街の駅前の商業ビルを見て,知っているチェーン店ばかりがあるとほっとする。その街ならではの特色などはないほうがいい。(中略)どこにでもあるような街で(中略)その土地の人間の行動パターンを推測するのが好きなのだ。(p156)
 僕がどこにでもあるような街を見るのが好きな理由は,多分確認して安心したいのだ。どこにも特別な場所なんてないということを。日常というのは平凡で退屈で閉塞感だらけのつまらないものだけど,つまらないのは自分だけじゃない。(p158)
 寝る場所があってパソコンがあってインターネットさえつながっていればそこが家だ,それくらいでいいんじゃないだろうか。思えば自分のそれまでの暮らしはいらない物に取り囲まれすぎていた。(p166)
 不動産というのは自ら放棄することができない。つまり,誰かが買い取ってくれなければ,死ぬまでずっと維持費を毎月数万払い続けなければいけないということだ。要は激安物件というのは,他人に維持費を払う義務を押し付合おうとする「ババ抜き」みたいなものなのだ。(p188)
 人間は,単純にサイコロを振るだけといった確率だけのゲームでも楽しむことができる。その理由は,人は全く意味のない偶然にも意味を見出してしまう生き物だからだ。(中略)人は無意味に何かが起こることには耐えられない。なぜならば,無意味を無意味としてそのまま受け止める心の強さがないからだ。(p196)
 昔,パチンコというのは1玉4円で遊べた。1000円で250発だ。だけど最近では1玉1円で遊べる1パチというのが増えているし,もっと安い0.25パチというのもある。これらのパチンコは安く遊べる分,当たりがで出た場合の勝ち分も少ない。なぜそういう安いパチンコが増えているかろいうと,儲けようと思ってパチンコを打つ人が減っているからだ。(p198)
 京都より東京のほうが大きい都市だけど,京都にいた頃のほうが都市全体を広々と活用できていた気がする。京都が一つの都市だとすると,東京はたくさんの都市の集合体という感じがある。(p211)
 結局自分たちみたいな真っ当に生きられない人間が真っ当に生きられない人間のままで暮らせる場所は東京しかないのかもしれない,ということを最近よく考えている。その理由は主に二つで,「人口が多いので自分と同じようなマイノリティの仲間を探しやすい」というのと,「人口が多いのでどこかでトラブルを起こしても他のコミュニティに逃げやすい」ということだ。(p220)

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