著者 永江 朗
発行所 ポット出版
発行年月日 2009.07.13
価格(税別) 1,800円
● 副題は「本はどう生まれ,だれに読まれているか」。
本は売れなくなったのか,そうだすれば理由は何か。若者の活字離れというのは本当なのか。出版社-取次-書店という流通経路に問題はないのか,あるとすればそれは何か。
そういったことを緻密に取材しながら,自身の考察を展開する。
● が,「本の現場」を素材にして,永江さんの世界観が述べられているものでもある。「本の現場」に興味がない人が読んでも面白いと思う。
って,そういう人は本なんか読まないか。
● 以下にいくつか転載。
なぜ90年代に本が売れなくなったのだろう。(中略)「若者の時代が終わったから」と佐々木(利春)さんは言う。(中略)バブルの頂点で若者が雑誌や書籍にそっぽを向き始めた。いや,若者の数そのものが減り始めたのだ。 「やっぱり本は若者のものなんです。誰だって若いときは読んだ。でも,年をとったら読まなくなる」(p12)
中村(文隆:ジュンク堂書店)さんの実感でも,この十数年で新刊店数は倍以上,そして中村さん自身の作業量も倍以上に増えたという。(p16)
「2匹目のドジョウとはよく言うけど,いまは平均すると4匹目,5匹目までは出る。最近の新書なんて,ほとんどが一昔前なら雑誌で16頁の特集を組めば済んじゃうようなものですよ」(p17)
「共同出版」はお金の流れがブラックボックス化している。客(著者)は「出版社と著者が費用を折半している」と思っているが,現実には客が全額負担してさらに出版社にマージンを払っている。(p39)
まったく無名のアマチュアが自身のWebサイトでコツコツと作品を発表しても,それが編集者に発見されてプロになる可能性はほとんどない。評論家の福田和也が(中略)「ネットの文章って,最初に編集者を『ダマす』という行為を通過してないでしょう。学生によく言うんだけど,編集者一人ダマせないのに,読者をダマせるわけがない。プロを目指すんなら,原稿料にならない文章をネットにだらだら書かないほうがいいね。ネット経由で一発当てる人もいるけど,長くやっていけるとは思えない」と発言している。私も含めて,出版界でこう考える人は多いだろう。(p49)
ケータイ小説を読んでいると「こんな下らないもの!」と罵りたくなるが,しかしノベルス版で大量生産されるミステリーであるとか,文庫本の官能小説も似たようなものである。(p52)
本が売れるためには,まず有名にならなければならないのだ。(p55)
原稿料や印税率が低下する最大の理由は,出版不況が続いて出版社の経営が悪化しているからであるが,書き手の変化という要因も大きい。一言でいえば,書き手のアマチュア化である。たとえば大学の教員なり会社員なりが,自分の専門知識を生かした本を書く。本業ではないから,印税についてあまりうるさいことはいわない。(p59)
取り換え可能なのはライターだけではない。小説家だって似たようなものだ。(中略)表現物の唯一性と代替不可能性は,作家だけが信じているにすぎない。(p66)
「Webマガジンは選択したくなかった。志向性の強い読者しか来なくなりますから。偶然でも手にとってもらう機会がなくなるのは,雑誌にとってつらいことです(p88)
「朝の読書」と「読書マラソン」を取材してみて,「若者の読書ばなれ」という紋切り型の言い方が,いかに表面的なものでしかないかを痛感した。(p105)
むしろ大人の読書離れのほうが問題だと考える人が,最近は増えている。しかもそれは大人自身にとって問題であるだけでなく,子どもの読書環境としても問題である。(p106)
世の中には何の抵抗もなく本を読んで意味をつかむことができる人と,本を読むこと自体にたいへんな労力を要するだけでなく意味をつかむのに苦労する人とがいる。(中略)読書あるいは文字文化との親和性に関連した格差は存在するのではないか。(中略)しかもその格差は親から子へと拡大再生産される。(p106)
日常的に書店に足を運ぶ人は,世の中全体で見ると少数派なのかもしれない。もう何年も書店に行っていない,という人は意外と多い。いや,本を扱うことで生活しているはずの書店員・書店主のなかにも,ほとんど本を読まないという人がいるのだから。(p107)
よく「電車の中で本を読む人も減りましたね」なんて言うけれども,それは思い込みにすぎない。「読書ばなれが進んでいる」と思って電車内を見るから,「本を読む人が減ったなあ」と感じるのである。これは「青少年の犯罪が増えた」というのと同じ。統計を見ると青少年の犯罪は激減しているのに,犯罪が増えているように思わされているだけだ。(P124)
では,新書は誰が読んでいるのか。「学生か中年男性の二つですよね」と田口(久美子:ジュンク堂書店)さんは言う。学生は大学の授業で使う。(中略)「どうして女性は少ないんでしょうね。不思議よね」(p133)
新書はどれだけロングセラーにできるかが重要だと思う。でもそれは本の力だけじゃないのよね。たとえば背にある整理番号のつけかた一つで,棚の補充のしやすさが変わるの。些細なことなんだけど,長い目で見ると,それがロングセラーになるかどうかを決めていたりするのよ。(p134)
05年のベストセラー1位は『頭がいい人,悪い人の話し方』だった。06年の1位は『国家の品格』だった。07年の1位は『女性の品格』である。なんと3年連続で新書が首位だ。しかもこの3冊がそろいもそろってクズみないな内容である。(中略)クズ本の山に埋もれて,真っ当な本が見えなくなってしまっている。(p136)
08年春から大学に勤務して驚いたが,いまどきの大学生はほんとうにお金を持っていない。(中略)だた,みんな身なりがこざっぱりしているので,ひどく貧乏そうに見えないだけで。(p164)
文学賞に限らず,賞はどんな作品が選ばれるかでその後の性格が決まる。読ませ大賞も,第1回が『鏡の法則』でなければ,その後も続いていたかもしれない。(p165)
かつて私は,リリー・フランキーを出版業界のリトマス試験紙と呼んでいた。イラストレーター,エッセイストとしては,以前から一部で人気が高かった。だがそれはあくまで「一部」だった。編集者の間でも評価は二分していた。好悪ではない。「わかる」「面白い」と言う人と,「わからない」「つまらない」と言う人のギャップが激しかった。リリー・フランキーがわからない編集者に未来はない,というのが私の考えだ。(p168)
ベテランの書店員や編集者に聞くと,ベストセラーの「つくられかた」には変化があるようだ。誰もが指摘するのが「一極集中」である。売れるものはすごく売れるが,売れないものはぜんぜん売れない。だが,売れるものと売れないものの質的な差はそれほどでもない。(中略)消費者は売れているものに飛びつく。「売れている」という事実によって,さらに売れる,加速する。(p178)
私の半径3メートル以内だけの印象かもしれませんが,自分も含めて最近急速にネットに対する関心が薄れてきているんですよ。この前会った雑誌の編集者はメールはチェックするけど情報の収集にネットを使うのはもうやめた,と言ってました。(中略)ネタ集めにはネットはほとんど使えないと実感したそうです。僕もよく大学での講義のとき,学生にアンケートを取るんですけど,彼らもネットに関心を持っていないですね。まあ,対象が早稲田の編集者志望の学生ばかり,という特殊性はありますが。(p218)
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